特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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いのちの授業

いのちの授業

 今年から小学生を対象に、”いのちの授業”を始める。
 一クラス程度の少人数相手の授業にしたいと思っている。

 小学生の講演会を全校生徒にといってよく頼まれるが、それが平等だと教師たちが勘違いしている節がある。
 小学校の1年生と6年生に同じ話をしても、同じように理解はできない。
 低学年には低学年の話し方があって、それをすると高学年は興味を失う。

 しっかりいのちについて理解してもらいたいと思えば、どうしても高学年に焦点を与えることになる。

 そうすると、低学年はきっとあまり分からないだろう。
 相手の理解度も無視して、一部の人たちに理解できる内容をすれば、それこそ私は不平等だと思うがいかがだろうか?

 たった60分程度の話のなかでは限界がある。

 話を戻そう。

 いのちの授業は、無料で行う。
 交通費は負担してもらうが、講演費は無料。

 子どもたちにいのちについて理解してほしければ、自分のいのちを相対化するような経験を持たさなければならない。
 人は他人と比べて初めて、自分の立場を理解する。
 
 安全で、解毒化された日本の子どもたちに、打ち込む予防接種みたいなものだ。
 社会が、親が、面倒見すぎているのかもしれない。
 大人から見て気の毒なことが、本当は子どもにとって必要なことだってたくさんある。

 そういえば、ずいぶん前にミャンマーの子どもが亡くなるストリーを写真を少し入れて小学校かどこかで話したことがあった。
 あとで校長に、あの話はちょっとまずいようなことをと言われた。
 結末が不幸になるような話はしないでほしいと言う。

 世界は、不幸で満ちている。
 世の中には、残酷な世界もあるんだ。

 それを知ることも大切な教育だと思う。

 おとぎ話の世界だけを、子どもに押し付けてどうする?

 人は死ぬ。
 人は病気になる。
 
 別に、不思議なことではない。

 いのちの教育は、人が死ぬということから、教えていかなければならない。
 
 
# by japanheart | 2013-11-03 08:18 | 子どものこと | Comments(2)

停滞するということ

停滞するということ

最近はどうも停滞気味。
 実は私は停滞を、マイナスには捉えていない。
 特に年齢のせいもあるかもしれないが、そういう心持ちになっている。
だから、焦燥感はあるが、悲壮感はない。

 何でも上手くいきすぎると、なんだか得体の知れない不安感に襲われこのあと急落下するんじゃないかという思いに捕われる。

 それと逆に、停滞があるとそのあとなんかいい事があるんじゃないかというこれまた得体の知れない思いが押し寄せる。

 まるで生体防御反応のようだ。

 中国の昔の考え方に、中庸(ちゅうよう)というのがある。
 調べてもらえばいいが、まあ、極端に触れないあり方がもっとも理にかなっているという考え方。
 中国の医療の考え方も同じ、体が悪いのは、陰陽のどちらかに極端に引っ張られているので、真ん中に戻すという考え方だ。

 これは生来のものか、親から織り込まれたものか、どうも私には楽観的な部分があり、ピンチのときにはいつも何だかきっとこの後はすごいいいことにつながっている気になってしまう。
 現実にはそうでもないときも多いが。

 たとえば発酵とは、腐らすことだ。
 発酵がなければ、ワインは生まれない。
 人間も同じ、一回、つぶさないとその先の世界には進めない。

 たとえば熟成とは、天の調整時間だ。
 天が、発酵状態の存在に意味と価値を与える時間だ。

 発酵と熟成期間を、私のかなでは停滞と位置づける。


 早く、早くと焦るわが心を、もう少し待て!と天が諌める。

 10代の頃の私は完全にいけてなかった気がする。
 腐っていたかもしれない。
 でも、そのとき思っていたんだ。

 きっと40歳になったら花開くんじゃないかって?
 発酵に20年以上かかった。

 まあ、人生はそんなものだから、焦らずにいけばいい。
 でも、毎日を疎かにしてはいけない。
 おいしいお酒をつくるときは、毎日誰かがしっかり見ている。

 あなたの人生を見ているのは、神様かもしれない。
# by japanheart | 2013-10-27 10:44 | 医者の本音 | Comments(1)

子どもを裏切るなよ!

子どもを裏切るなよ!

 このブログを読む前に、このタイトルが単数形すなわち、子どもたちではなく、子どもになっていることが大切だからと忠告しておく。

 私のところへやってくる多くの人が、医療者を目指したきっかけを語る。
 自分が医者になたきっかけは、看護師になったきっかけは、途上国で貧しい人たちのために医者をしたかった、看護師をしたかったからだと。

 翻って、現在は、家族を持ち、どっぷりその日本医療の世界につかり、あるいは結婚して、はたまた、親の健康状態がよくなくて、、、。
 そこはさまざま理由があるわけだ。

 そういえば、私は長男が生まれたとき、月齢3ヶ月までその手に抱けなかった。次男のときも然り。
 うちの親は、常に瀕死の時に私はせっせと海外で自分の父親ではなく、他人を助けていた。
 
 まあ、何でもいいけど。
 そして。大方の人たちは私にこう聞いて来るんだ。
 「なぜ、海外で医療を始めようと思ったんですか?」

 それは今、日本で流行の私の”個人情報”ですからと、言おうと思うが、根が優しい私は丁寧に応えてあげる。
 本当は、なぜ私がこれをはじめたかよりも、なぜあなたがそれを始めなかったのか!それが問題なんだ。
 
 
 多くの人間が医療者を目指すのは10代でしょ。
 ほとんどの人がそうだ。

 まあ、どんな夢だって10代に持つことが多いんじゃない?

 私はそういう輩に最近はこう言う訳だ。
 「あなたね、10代の自分の夢をかなえてあげなよ。」
 「今あなたが、それをできるのにしていないということはね、10代の頃の自分自身の夢を裏切っているよ。」
 「10代の頃の自分は、お金のことや地位のことなど眼中になかったろ?なぜ、お金を少し稼ぐとそう言うんだ?」
 「10代の自分を裏切った自分は、自分をこころのそこで信じることができなくなるよ。」
 「またそうやって、今がんばっても将来の自分を裏切るんだろ?」
 「そうやって、裏切り続けて一生を終えるわけだ。 うらやましいね!!」

 おおくの人に言いたいのは、世界中のすべての人が疑っても、だめだといっても、できないとあざ笑っても、
 せめてね、自分だけは信じてあげなよ、自分自身を、自分のことを。

 自分の夢は、自分だけの宝箱じゃないのかな?
 それを開けてみなよ。
 たぶん、すごいものが眠っていると思う。
 
 私は今までもあちこちで、子どもたちに夢を!というスローガンを聞いてきたが、、。
 
 その前に!!!

 まず、てめえの夢をかなえろ!
 お前が、まだ若く、純粋で、損得など計算できもしなかったあの頃持ったその夢を、それをかなえてあげろ!
 そんな純粋な子どもを裏切るなよ! 
 いい年になった大人が、裏切ったり、だましたりするなよ!

 あなたが、最も大切にしなければいけない若者は、ほかの誰でもない、子どもの頃のあなただろ?
 
# by japanheart | 2013-10-14 16:20 | 基本 | Comments(0)

5%の実感

5%の実感

 最近特に感じることがある。
 人は、どのようになれば満足した生き方というのだろうか?
 時間を忘れ、無我夢中で生きている、そういう状態以外に、果たして満足とか充実とかいう瞬間があるのだろうかと?

 冒険家 植村直巳はなぜに、死すまで冒険を続けたのか?
 イチローはなぜ、いまさらヤンキースへ移籍したのか?

 最近は、彼らの気持ちがわかるようになってきたと思う。

 人は、1000メートルの山を登ると、2000メートルの山を目指し、やがて地球上に存在するすべての頂きを制覇する。
 しかし、そこで終わりを迎えないのだ。

 人という性は、さらにその人に過酷な運命を要求する。

 その次に、人は地上に存在する最も高い頂きに、再び挑戦をする。
 しかも、前回よりもさらに過酷な条件を自分に課すのだ。
 前回よりも、険しい経路を選択をする、装備を不十分にする、たった一人で挑もうとしたりもする。

 その前回との違い、そのわずか5%のストレス、その5%の過負荷がその人の生きている実感となる。
 それが重過ぎると、すべてを失うことにもなる。
 それが軽すぎると、生の実感を感じることができない。

 悲しい人間の性かもしれない。

 上を目指しても人間はもう十分だと満足することはない。
 上に到達すれば、必ずもっと上を目指すことになる。
 そしてどこまでも、どこまでも満足しない。
 そして、現状にとどまることは、上を目指している人間にとっては、半ば死んでいるような状態と感じるのだ。
 生きていても、生きている実感がわかない状態。
 そういう人間には5%の負荷が必要になる。
 この5%の負荷を背負っているときだけ、その人は本当に生きている。

 この5%といつも向かい合っている人間は、現状にとどまっている人間の群れが、景色にしか見えない。
 違う世界の生き物に見える。
 まさに現実の世界と、霊界が同時に存在し、死者と人間が歩いていても交差するような世界を見ていることになる。
 
 そんなストレスを抱えて生きなくてもいいのではないかと思う人間も多いだろう。
 しかし、私の経験からするとこれは、どうしようもなく運命的な匂いがする。
 
 しかしながら、どんな人間も道を究めていけば、仕方なく放り出される世界であることも事実だと思う。

 どちらの道を行っても、終着駅は、死。

 人はなぜそこを目指すのか?
 
 本当の快楽とは何なのか?
 本当の快感とは何なのか?
 
 本当の快感は、本当の快楽は、必ず苦痛や苦しみを含むものだと理解しなければならない。
 うれしさだけの、喜びだけの、快楽や快感は、もっとレベルの低い程度のものだ。

 究極の快楽・快感は、激しい苦痛と苦しみのその先にある。
 それは経験したもののみ分かる世界だが、それを知ってしまったものは、本能でそれを求めるようになる。

 植村直巳もイチローも、その快感の中毒といえるかもしれない。
 
 
# by japanheart | 2013-10-01 01:03 | 活動記録 | Comments(1)

足場を確保する

足場を確保する

 ジャパンハートでは年次ミーティングを4月に行う。
 今年はすべてのプロジェクトの報告を聞くだけで、3日間かかった。

 ジャパンハートという組織をつくってから9年目。
 たった数人ではじめた活動がそうなった。

 おそらく詳細を聞けば多くの人は驚くだろう。
 少ない予算でこれほど多くの人が動き、これほど多くのアウトプットを出していることに。

 展開する活動に、予算がついていかない。
 今まで多くの大企業にも知見を得たし、政府の予算を当てにしたいことも度々だった。

 しかし、軒並みだめだった。
 彼らほとんど振り向かなかった。
 とんでもなくどうでもいいプロジェクトや団体、不正がはびこっているあるいはろくな使い道もないのに、集金能力だけに長ける組織にそのような企業は協力し、日本政府もそれを後押ししているのを何度も経験してきた。
 むしろチェックの本当に厳しいわずかな財団や組織だけが私たちを支援してくれているというおかしな事態になっている。

 もしジャパンハートが、アメリカにあり、アメリカンハートなる組織であったなら今頃、すでに規模は10倍以上になっていると思う。
 日本社会に、日本の支配層に失望しながらのこの10年だった。
 そしてこれは今でも続いているのかもしれない。

 このような苦しい状況の中、少なくとも私たちを支えてくれたのは個人単位の市井の人々だった。
 もしかしたらそここそを”日本”と呼ぶのかもしれない。

 そして、いつも思うのはこつこつでもいいから、大きな幸運など期待せず、自分たちで、自分たちの力で少しずつ、少しずつやって行こうじゃないかということだった。

 そうやって足場を固め、確認し、地道にこれからもやって生きたい。

 結局、人間は自分の手に触れるもの、しっかり自ら摑んだものだけが、本当の収穫になる。
 どこか誰かの大きな力によって身の丈以上に大きくなってしまうとしたら、醜いぶくぶくの腫れ上がった得体の知れない組織になってしまう。
 
 そしてそこで働く人々は決して、幸せにはなれないような気がするのだ。

 いつか大きなホームランを打ってやろうと心に決めている。
 野球の選手が、バッターボックスに入ったとき、何度の何度も足場スパイクでしっかり作るように、
 今、しっかりと足場を固めてみたい。
 
 いつの日か、その弾道が
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多くの人々の心を酔わせるようなアーチを描いてみたい。 
 
# by japanheart | 2013-09-21 01:27 | 活動記録 | Comments(1)
迷走するくらいなら時間を忘れろ

 今でも多くの迷子たちがジャパンハートにはいる。
 どこでも、どこの組織でも同じかもしれないが。

 これからどうしていったらいいかわからない。
 自分が何をしたいのかわからない。
 何となく、気力がなくて、どう生きていいのか分からない。

 何をしたいのかは、私だって分からない。
 神様があなたにだけ特別に教えてくれるわけではない。
 衝撃的に、これをやりたいとか、これを手に入れたいなどと思うのは人間あまり人生で多くは経験できない。
 あるのは、何にもないような日常が、ただだらだらと続く。
 ほとんどの人が、そんなもんだと思う。

 場所を変えようが、やることを変えようが、すぐにこの世界に再び埋没する。
 人生を変えるきっかけがほしい?
 どうせ、きっかけをあげても、あなたはしないだろう。
 何度も同じパターンの憂鬱で、不安感たっぷりで、生の実感が乏しい人生を送り、やがて年おいて死んでいけばいい。

 私の人生でないから、別に気にしない。


 あなたが、もしも本当にこの不安な、迷走した、人生から抜け出したいと思うならば、私には妙案がある。

 興味ない人や、今までどおりに人生を歩みたい人は、ここで読むのをやめてほしい。
 どんないいアイデアでも、絵に描いたもちになる。
 簡単に、それから抜け出せると甘く考えている人間も、時間の無駄だから読まないほうがいい。
 人生は、生老病死、苦しいものだ。


 私があなたに示す案は、”没入”というアイデアだ。
 一旦そこに入ったら、しばらく出てくるな。

 国際医療に世界にはいったら、つべこべ言わずに、時間を忘れるくらいやってみることだ。
 あれもこれもと考えるな!
 考えてもどうせ実力がない人間は、どれも自分のものにはできない。
 勇気を出して飛び込んだのなら、そこで時間を忘れ、我を忘れるくらい必死になって、しがみつけ!
 人生、そんなに何度も勇気が出ないだろう?

 私はもう、狂うほどに、やりきったといってみたら、自分に返れ。
 本当に何もかも忘れ、あらゆる力を振り絞り、やりきってたら誰だって新しい世界が開ける。
 その虚脱感の向こうに、その停滞感の向こうに、新しい世界は必ずある。

 人生は一回きりだということを、忘れない。
 
 私が小学生の頃、同級生500人にヒーローは数人しかいなかった。
 今は、あっちこっちに社長や部長や、取締役や先生たちがたくさんいる。
 自分が子どもの頃、この人たちの多くは脇役で引き立て役で、ヒーローでも何でもなかったはずだ。
 どうして、こんなに大人になると、偉い人が増えるのだろうか??
 私は、大人の世界は、子どもの世界よりもレベルが低いのだと考えている。
 だから、ちょっとした勝利者になるのはそう難しいことではない。
 子どもたちは安心して大人になっていい。

 しかし、何をやっても面白かった子どものときより、没頭できるものが少なくなってくる。
 子どもの頃に戻り、もう一度そこからはじめるしかない。
 一度少しでもやりたいと思ったことは、我を忘れ、時間を忘れ、没頭してみたら?

 年取って、もうすぐお迎えが来るときに、自分の人生に小銭を残したり、銅像を残しても仕方ない。
 もうほんとうに、いろいろあって疲れたな、、、、そろそろ休みたくなったといいながら、あっちの世界にいくのもいい。


  迷っているな、と思ったらつべこべ言わずに、目の前にあるそこにもうこれ以上無理ですというくらいのエネルギーを落としきってから、もう一度、顔をあげなさい。
 次に、顔を上げたときは、世界が少し色が変わっていることに、気づくだろう。
 そしたら、また顔を下ろして、目の前のことにまたエネルギーを注げ、時間が消えるくらい必死に。
 
  ”分かった??”


 
 
 

 
 
 
# by japanheart | 2013-09-15 02:48 | 基本 | Comments(2)
基本的な事柄は人生をつくる

 今カンボジアにいて、短期参加者たちに朝から怒った。
 「おはようございます」の挨拶もできない。
 こちらからしても、返事をしているのかしていないのかわからない。
 こっちには全く聞こえないので、無視しているのと同じなわけだ。
 礼儀正しかったかつての日本人は幻となった。

 カンボジア人は、ちゃんと挨拶をしてくる。
 しかもスタッフたちは日本語で丁寧にしてくれる。
 この差は、なんだと思う。

 挨拶をしろ!!と怒れば今やパワハラだ!とやられるに決まっている。
 しかし、企業は大体挨拶もできない人間は採用などしない。
 はじめからアウト!
 上司もパワハラをすることもない、かもしれない。

 しかし、ここでは言わせてもらう。
 挨拶しなさい!できなければ帰りなさい。

 ここへ短期でくる人間は数日しかいない。 
 ここはカンボジア社会であり、そしてジャパンハートの団体の活動の中だ。
 彼らははじめ異物であり、部外者だ。
 この社会に、この組織に受け入れてもらわなければならないはずだ。
 だからこそ、自分からカンボジア社会やジャパンハートのここのスタッフたちに受け入れてもらう努力をしなければいけない。
 自ら挨拶をし、自ら笑いかけ、自ら前に出て自分の存在をアピールする。
 そうしなければ、数日間はあまりに短すぎる。

 ジャパンハートだって、そんな人間には来てもらわなくてもいい。
 ちゃんとコミュニケーションを取り、人間関係を持とうとする人に来てもらいたい。

 彼らは皆、自分を変えたかったり、多くの友人を得たかったり、病人たちのために働きたかったり、さまざまな動機を抱えてここへくる。
 確かに、知識として、こういう時にはこのように声をかけなさい、このように笑いかけ、このように目線をあわせと教えられているだろう。
 そしてそのようにして見せることもできるだろ。
 しかし、そんなの本心じゃない。
 本心じゃないから、頭で考えたことで、心から行っている行為でもない、だから、すぐにぼろが出る。

 自分が忙しいときには振り向きもせず、話もろくに聞かない。
 患者にはいい顔をしても、同僚や部下には冷たい。
 仕事は、いい加減で、いつも他人のせいにする。

 どこにでもいるだろう。
 そういうあなたもそうではないか??

 挨拶は、他人と世界が混ざり合う最初で最小の、入り口になる。
 それを無意識に拒否しているということは、何を意味するのか?
 口では友達もほしい、新しい世界を見てみたい、自分を変えたいといっていても、こころの隠れた欲求は、そうは言っていない。
 こころの声は、混ざり合いたくもなく、コンタクトしたくもなく、他人との交流を拒否しているのだ。
 それがあなたの隠れた本心だ。
 だからいつまでも世界が変わらず、いつも不平ばかり言っている。
 友達も大して増えない。

 ほんの小さな人生の基本事項をしっかりと行うだけで、人生は大きく変わり始める。
 あなたの最強のコミュニケーション・ツールが動き始めるはずだ。
 「おはようございます!」
 「こんにちは!」
 「ありがとうございます!」
 「さようなら、またお会いしたいです!」

 大きな声でしっかりといってみてほしい。
 これらの言葉は他人の耳に入るだけでなく、わが耳、わが心に染み込んでゆく。
 そしてやがて、私は多くの人たちや多くの出来事と、”リンク” したいのだと、いや、するのだ!と認識し始める。
 そして、、、現象が動き始める。


 人生の基本をおろそかにしてはいけない。
 これをないがしろにして、普通の人間に人生の開花などありえない。

 人生を開花させたければ、基本的な事柄を継続してやり続けることは、”MUST” だ。
 やっとほうがいいのではなく、”やれ!”ということだ。

 先日、同じことを6歳の次男に、言って聞かせた。
 今日は誰に言った?
 20・30才台の人間だよ。

 いつも言っているが、人生は基本だ。
 基本さえできていれば、大過なく生きていけるのだ。
 もう一度、基本とは何かを見つめてほしい。
 
# by japanheart | 2013-09-11 04:04 | 基本 | Comments(0)

久しぶりに口唇裂

久しぶりに口唇裂

 口唇裂というタイトルでブログを書いたのはもう8年も前かもしれない。
 あの頃は、確かに今よりもずいぶんとレベルはひどかったと思う、我ながら。

 あの頃に、ある専門家からやめた方がいいと遠まわしに言われたこともあった。
 じゃ、お前が私の代わりにここに住んでやってくれっていうふうに思っていたが。

 よく、未熟なレベルでやるべきでないという人もいるが、私はそうは思わない。
 なぜならば、この貧しい患者たちは、どんなレベルの人に治療をしてほしいとはねだってはいないからだ。
 彼らは治療というものを受けれるだけで幸せなのだ。本当に彼らはそう思っている。
 
 患者あってこその医師であり、医療だ。

 このくらいの専門的実力がないものはこういう活動をするべきでないというのはやっている側、医者側の理屈だ。

 私は心臓病も、脳の病気も、肺の病気も、子どもの病気も産科や婦人科も全部診ている。
 口唇裂の手術ができないのなら、すべてやめないといけないことになる。
 どれも十分ではないことなど若い頃から自覚している。
 
 文句はある人間はここにそれだけのスタッフを連れてきて、同じ成果を上げてほしい。
 そう思って20年やってきた。

 まあ、ともかくそれでもめげずにやってきた、、、口唇裂の手術。
 今ではおそらく年間の新手術件数は、日本でもトップクラスになっていると思う。
 専門家たちが聞いたらみんな驚いているから。

 最近では専門家がきても、何も言わなくなった。
 何せ、ここでは日本の3分の1の時間でやりきらないといけない。
 そんなことをする人は少ない。

 でも、子どもたちは、家族たちは、本当に幸せそうなんだ。

 誹謗や中傷、そして妨害は幾多もあったし、その人の価値観を押し付けられて押さえこまれそうになることもあった。
 しかし、めげずにやってよかった。
 誹謗中傷した人は、それっきりだからね。
結局、口だけで責任なんて取ってくれないのだ。
 
 たくさんの子どもたちに、未熟な技術で迷惑をかけたけど、ここから少しずつ、世の中にお返しをできそうな気がする。

 8月28日から3日間で17件。
 口唇裂の手術を、国境の町でやってきました。

 子どもたちのかわいくなった顔をどうぞ、見てやってほしい!!

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# by japanheart | 2013-09-08 15:49 | 活動記録 | Comments(2)

我が家のルール

我が家のルール

 この度、我が家にルールを設けることにした。
 もちろん子どもたちが守るべきルール。
 もともと我が家は、私が不在が多く女性たちによって子どもたちがほとんど育てられてきた。

 そのため、非常に子どもたちは上手く女性と付き合う術を心得ている。
 甘え上手で、ごね上手。
 必ず最後は、勝利している。
 このことを常々、私は苦々しく思ってきた。
 しかしながら、彼らもなかなかで、私がいるときには非常にいい子どもを演じている。
 時に尻尾を出して私に怒られるが、なかなか尻尾を出さない。

 それでも子どもの性格によっては上手く人生を乗り切っていきそうな長男と、たぶん大きなリスクを負いそうな次男。

 今回日本に帰国し、新しい学校に通うことになったが、長男は合格通知をもらったものの、次男は上手くいかない。何とか会議を開いてもらい合格したらしい。長男とあわせ技で。

 教師たちは何を不安に感じたのだろうか?
 
 次男は、時に父親を求める傾向が強い。
 これは彼が、父性というものを、必要としているからに違いない。
 父性とは、秩序であり、ルールであり、力であり、安定であり、時に強制である。

 このような種類のものを次男は求めているに違いない。
 もともと長男よりエネルギーレベルが高く、いつもその処理を上手くできない次男はさまざまな問題を周辺と起こす傾向が強い。
 これが、高学年や中学生になったときに上手く誰もコントロールできなければ、周辺に悪影響を及ぼすことは目に見えている。
 おそらく、教師たちの一部は、これを感じたと思う。

 しかし、私はこの子と上手く付き合っていく自信がある。
 この有り余るエネルギーを上手く誘導してやれば、さぞかし景色のいい時間をすごすことになるだろう。
 失敗すれば誰もが地獄の時間に変わるかもしれない。

 そこで、子どもたちに父性の一部を流し込んでいくことにした。
 これがしっかりできれば、必ず上手くいく。
 甘やかしは禁物だ。

 人間には勉強よりも大切なことがある。
 正確には、勉強の前に習得しておかねばならないことがあるということだ。

 今回、私が子どもたちに宣言したルールを少し書いてみよう。

 1.朝起きたら「おはよう!」とあいさつをする。
 2.ご飯はのこさず食べる。
 3.食器は、流し台まで持っていく。
 4.いってきますと元気にいう。
 5.くつは、ちゃんとそろえる。
 6.使ったものは元の場所に戻す。
 7.便所掃除を毎日順番にする。
 8.宿題はすぐにする。
 9.ご飯の後は歯をを磨く。
10.

20.呼ばれたらいつも、「はい!!」と元気に返事する。


 とまあ、ざっと20個程度のルールを決めた。
 
 こんな当たり前のことができれば、子どもはちゃんと育つ。
 当たり前のことを当たり前にしていないから、おかしくなっていく。
 夜更かしさせたり、間食をひどくさせたり、問題は親にある。

 親が、ルーズだから子どもがルーズになる。 
 親がサボっているから、子どももサボる。
 小さいうちから、親の背中を見て生きてきたのだから、そうなるに決まっている。
 子どものやりたいようにさせることは自由でもなんでもない。
 社会でも好き勝手にやったら、捕まるのと同じだ。
 好き勝手にやることは、他人の自由を侵害するからだ。

 これらのルールを定め、これを守らせていくのが父性だと思う。
 力ずくで、従わせずに、繰り返し我が身で示しながら、繰り返し、繰り返しやっていくつもりにしている。

 我が家の子どもたちの才能を目覚めさせるために、今からいくつかのことを考えているが、いいタイミングで繰り出していきたいと思う。
 子どものエネルギーを少しも目減りさせたり、失わせてはいけない。

 このやり方は、国際看護長期研修でも取り入れていく。
 もちろんもっと複雑に、もっと体系的にやっていく。

 いい人間が、いい医療ができる。
 特に看護の分野はそれが顕著だと思うから。

 まずは、立派な人間をつくりたいと考えている。
# by japanheart | 2013-08-23 02:53 | 子どものこと | Comments(1)

エネルギーの行方

エネルギーの行方

 最近の子どもたちはつかみどころがないとよく言われる。
 先日、中高生向きのスタディーツァーを、ミャンマーでやった。
 この時の子どもたちの感想が、私にはショックだった。

 ここに来た子どもたちは、口々に生きている実感が持てたと語った。
 まだ、15歳前後の子どもたちだ。
 いったい、日本では何が行われているんだろうか?
 
 子どもたちに媚び、個性重視の名の下に、至れり尽くせり。
 結果、子どもたちから生きている実感を奪っているという、由々しき事態になっている。

 ここで整理しておきたいのだが、個性を重視することと、嫌いなことをさせることは決して矛盾することではない。
 いい年になってしまったら、どうせ嫌いなことなどしなくなるのだ。

 だからこそ、若いうちに嫌いなことや苦手なことをさせなければならない。
 これが子どもたちの将来の、土壌の栄養になる。
 根が張らない子どもなど、大きな木に育たない。

 人間には睡眠を除くと、本質的には欲求は2つしかない。
 性欲と食欲だ。
 性欲は、今の日本では著しくコントロールされる。
 ゆえに、子どもたちのエネルギーは、別の経路に流されることになる。
 学業であったり、スポーツであったりと。
 これらが本人の個性にうまく合致してくれていたり、いい指導者にめぐり合ってうまく誘導してもらえればキット、いい人生をイメージして前に進んでいけるし、本人も日々、充実した時間をもてる。
しかし、何もこれといったものが持てなかった子どもたちは迷走する事になる。

 かつては暴走族や夜遊びということになった。
 結局は、教育者を親を中心とした大人たちが、彼らのエネルギーをうまく誘導できなかったせいだ。
 彼らが、そういう世界から抜け出していけるのは、時間がたって、別のエネルギーのはけ口というか、誘導先を見つけるまで待たなければならない。だから、多くは20歳を過ぎたころまで時間が必要なのだ。

 しかし、こういう子どもたちはまだ、エネルギーを保って生きていることになる。
だから、別のエネルギーの回路が開け次第、すぐにうまく社会適応していけることが多い。

 ところが問題は、エネルギーのはけ口を持たなかった子どもが、自らエネルギーレベルをとした場合だ。
 生きているエネルギーレベルを落とすことによって、自己を保持する。
 こういう子どもたちが、引きこもる。
 引きこもれば、時間がたっても、自身でエネルギーレベルを上げない限り、社会復帰などできない。
 そして、このエネルギーレベルを上げるという作業は、大変な作業になる。
 そう簡単に一度、止めたタービンを回転させることは大変なことだ。
 寒い冬に車のエンジンをかけるのと似ている。
 それくらいのエネルギーを逆に初動で必要とする。
 ゆえに、引きこもりはなかなか直らない。

 これらを解決するには、エネルギーをうまく誘導する人間がいる。
 もちろん、仕組みとしてそれが行えれば言うことはない。
 しかし、それにはある程度の情熱と人間的なレベルが必要となる。
 教育とは、まさにそういう作業だ。

 親の子どもへの甘やかしはご法度だし、社会の子どもたちへの迎合はあまりすべきではない。
 傷が深くなる。
 情熱をもち傷つくことを恐れない教育者たちもたくさん必要になる。

 もし、本当に誰もが教育こそ大切だと思っているならば、真剣に子どもたちと向かい合わないと大変なことになる。

 私は、本当に思うのだ。
 こんな大人たちばかりで、本当に子どもたちがかわいそうだと。

 貧しいながらも目が輝いているアジアの子どもたちや、アフリカで少年兵として生きている子どもたち。
 彼らの目のほうが、日本の子どもたちより力があるのだ。
 それは、おそらく、生きていることをしっかり自覚しているからだと思う。
 生きながら子どもたちを殺していては、子どもたちがかわいそ過ぎる。

 
 
# by japanheart | 2013-08-19 01:31 | 子どものこと | Comments(0)

鎧を誇る人たちへ

鎧を誇る人たちへ

 スポーツの世界は医者の世界と違ってつくづくいい世界だと思う。
 ほとんどの場合、過去の栄光や現在の肩書きなどは現在は何の役にも立たないからだ。
 ところが医者の世界は、そうはいかない。

 例えば専門医という制度がある。
 誰かを評価するときに、すぐに専門医を持っているかなどと言ったりする。
 柔道や空手や剣道も同じで、何段を持っていますとやったりする。
 だから、みんなそれを求めて迷いなく進むことになる。

 ところが、このような世界から遠く離れて生きている私にとってはこんな制度など何の意味もないことになる。
 できるかどうかが全ての世界にいる。
 スポーツの選手達は、数字や結果が確実に表れるので、私はいわばこのような世界観の中にいる。

 専門医や段位を持つというのは、私から見れば同時にリスクを背負うということになる。
 柔道3段ですと威張っている人間が、初段の人間に試合で負けたときの心情はどのようなものだろうか。
 もし小児外科や形成外科、消化器外科の専門医を持っていますと、それを拠り所したり誇りにしている人間より、私のほうが圧倒的に手術が出来れば一体どう思うだろうか?そういう人間は例外だと、黙殺してしまうのだろうか。
 人間、形だけを追い求めてはいけない。
 中身のともなわない器など、滑稽でしかない。

 専門医や段位などという形は、自分の中のひとつの到達目標であって、外に向かって誇ったりしてはいけない。ましてやその尺度で他人を見ていると、世間知らずの自分が恥ずかしくなるからやめたほうがいい。

 ミャンマーやカンボジアにもたくさんの医療者がやってくる。
 日本での量的経験値では、多分、生涯私の追いつく人間は少ないと思う。

 繰り返しになるが、地位や名誉は、他人に誇るものではなく、それを使うことによって世のために役立てるためにこそ、天から与えられたものだと認識する。
 形や器にとらわれず、いつも他人の真の実力、すなわち中身を見抜く目を持つ。(その為には自らが形に重きを置いていてはならない)

 専門医をもつことよりも、たくさんの手術を経験し、たくさんの患者を経験することを基準に日々過ごす。
 
 どの世界にいても真の実力をつけるように生きていく。
 結局はそれが、どんな時代でも、どんな世界でも、自分を助ける唯一の力になる。

 中身がないのに器だけ立派なものをもっている人間は、見ていてみっともないと悟らねば。
# by japanheart | 2013-08-07 01:21 | 医者の本音 | Comments(1)
浜田省吾さんのコンサートに想う

 浜田さんがあまり宣伝もせず、ずっと続けていることがある。
 JSファウンデーションという財団。
 ここの代表が佐藤さん。とてもいい人だが、口は悪い。
 こんな人が昨今少なくなってきているので、貴重な存在であることには変わりない。

 その財団の財源はもちろんコンサート会場で寄付されるファンからの募金が主なものだ。
 はっきり言って、浜田省吾というミュージシャンは私の子どもの頃から活躍していた人だ。
 私が彼を知ったのは30年以上前のカップヌードルのコマーシャルの挿入歌からだが、中学生の頃、11PMという当時としては少し進んだ夜の番組があったがそこで司会のかわいい女の子が、「私、浜田省吾さんのファンで、、、」といったのをなぜか今でも記憶している。
  まあ、どうでもいい記憶だが。

 今回、初めてコンサートにお邪魔して驚いた。
 だって、声が昔と同じでまったくあのままだったからだ。
 30年前のあのままの声が聞こえるのだ。
 私の大学の頃は、彼の歌をよくカラオケでみんな歌っていた。
 隣の部屋の同級生の部屋からは、いつも浜田省吾の歌がスピーカーから聞こえていた。
 
 コンサート会場で、ファンのみんなに感謝を伝えるメッセージが彼から送られる。
 その声のトーンとリズムから、本当にこころから、この人はファンに感謝している、周りのスタッフにも感謝していると感じた。
 
 なぜそう感じたんだろうか?
 多分、私はミャンマーみたいな今の日本人にとってはまったくなじみのなかった、いわゆる地の果てで、誰からも知られることもなく細々と医療を自分の貯金だけではじめた。
 このお金が尽きるとき自分の行う医療も尽きる。
 しかし、私のことなどは誰も知らなければ、多分このまま世界から忘れ去られていくことだろうと何となく感じながら医療を行っていた。
 運命は、しかし、少しずつ私に微笑みかけてくれた。
 支援する人が、少しずつ現れてくれたのだ。
 初めのころ私を本気で支援してくれた人たちのことは決して忘れない。
 一人、一人と、本当に私と向き合ってくれた支援者やスタッフは、浜田さんのファンやスタッフと同じなのかもしれない。

 どんなミュージシャンだって、無名の時代もある。
 苦しい時期もある。
 それを乗り越えて今がある。
 それを乗り越えてこれたのは決して自分だけの力じゃないと彼はわかっていると思ったのだ。
 だからこその心からの感謝だった。

 JSファンデーションはジャパンハートをずっと支援してくれている。
 ありがたいことに。
 それでどれほどの子ども達が恩恵を受けたことだろう。既に数千人は恩恵を受けている。

 浜田さんの歌を本気で聞いているとき、横から百戦錬磨の佐藤さんが、聞こえにくい歓声の中でも私に向かってこう言った。
 「こうやって彼が体にいくつになっても鞭打って歌ってくれる。それでJSファンデーションがあるし、そのお金で多くの子供たちが助かっている!」

 う~ん、さすがに佐藤さん!
 しっかり押さえるところは押さえてくる。
 こういうプレッシャーを時々もらわないとお金のありがたみを失うから、私にもジャパンハートにも必要なことだ。

 コンサート後、楽屋でビールをどうぞと勧められて一緒に飲みながら、浜田さんと少し話をした。
 とてもいい感じの人だったな、、。
 少しして、スタッフがファンが出口で待っていますと言って来た。
 じゃ、ファンが待っていますので行きますと。やっぱりファンが最優先の人なのだ。
 
 硬い握手をして別れた。

 また、がんばって子ども達と向かい合わないといけなくなった。

 

 
 


 
 
# by japanheart | 2013-07-24 23:40 | 医者の本音 | Comments(2)

寿命の話

寿命の話

 日本人の寿命は、この80年で約2倍になっている。
 昭和の10年頃の日本人の平均年齢は男子45歳、女子47歳程度だった。
 子どもがたくさん死んでいたに違いない。

 戦後の焼け野原から登場した戦後日本を再生してきた経営者達の多くは死ぬまで一筋、自ら興した会社の経営と発展に生涯を捧げたのだ。
 あの頃は、人生50~60年が平均。ましてや、戦争でいつ死ぬかという時代を生き抜いた人たちにとっては、そんな時代とても人生が80年も続く前提の生き様など存在しなかった。

 だから、50歳を過ぎても、ひたすら同じ人生を継続することを選ぶようになる。
 だって、誰も自分が80歳まで生きるという前提で、考えていないから、近い将来しか見れなかったに違いない。

 しかし、今、寿命を考える前提が60歳ではなく、80歳になっている。
 あるいは85歳かもしれない。

 そうすると、今までの人たちと同じ時間軸で人生を考えてはいけない。
 50歳を過ぎても、もう一時代を築けるくらいの時間がある。
 そういう前提で生きていく。
 だとすると、、、。

 会社の発展や、その延長線上での栄達だけで人生で終わってしまっては勿体無い。

 50歳を過ぎれば、もっと何というか、自分の人生の質を本質的に高めてくれるような生き様に最後はシフトしていく方がいいと思う。私の人生は最高に個性的で、楽しく、しかも美しいというような感じか、、。
 
 会社を大きくしたり、名声を得たりという、そういうことだけで満足するには現代は人生は長すぎるのだ。

 今は、50歳からもうひとつの人生を頂いているんだから、昔の人たちよりもっといい夢が見れるはず。
 しかも、日本の以外のアジア人たちはまだまだ、物質的な豊かさを謳歌していないゆえに、生涯それを目指して終わって行く人たちがほとんどだ。
 いい夢見れるのは、日本人の特権だと自覚しなければならない。
 
 隠居して、毎日暇をもてあましていては勿体無い。
 これは若いときから意識して、どのように生きるかの準備を何となくでもはじめたほうがいい。

 50を過ぎれは、心構えはひとつ。

 ひたすら、”人生の質”を意識する。
# by japanheart | 2013-07-16 09:00 | 活動記録 | Comments(0)
がんばったあなたへの感謝

 ラオスのミッションが終わった。
 手術はいつもながらの疾患が多かったが、何とか無事に終わってほっとしている。

 思えば、ラオスで新規プロジェクトをすると決断してから1年以上がかかった。
 看護師のHさんに、その全てをゆだねる形で企画が進められていく。
 
 何かといえば上手くいかない土地柄、思い通りにいくことはほとんどなかったに違いない。
 まるで自分の人生のようではないか。

 今回のような立ち上げ計画は、多分彼女には向いていなかった。
 私がはじめそうであったように、私はミャンマーで新規立ち上げをしたとき日本ではただの医者しかしたことがない自分が何でこんなことをしなければならないのだろうと思っていた。
 彼女も多分そう思ったに違いない。ただの看護師なんだと何度も言ったことだろう。

 途中で、何度も様々な人とぶつかった。
 本当に途中でやめるかもしれないと私も思ったし、辞めた方がいいかもしれないともおもった。

 それでも彼女には必要な経験だと私のこころのどこかで思っていた。
 彼女はこういう仕事には私以上に向いていない。
 それでもだ。
 なぜだろう?
 彼女の人生にとって今回の経験は、大きな意味を持つと感じている。
 きっとかつての私がそうであったように。

 多分、彼女が得たものはあまりないと見えるかもしれない。
 単に、ラオスを立ち上げ、プロジェクトを行っただけに思えるかもしれない。

 しかし、私は思うのだ。
 これで彼女は、生涯、自分を自分で信用できるようになった、と。
 正に、彼女の人生にまだまだ細いが一本の芯が通った。
 これから毎日の葛藤の中で、ますますそれが太くなっていくことだろう。
 おめでとう,と言いたい。
 苦しんだ人間には、神様はちゃんとご褒美を用意してくれている。

 彼女は、根っからの臨床家だから、医療そのものの世界に戻ってくる方がいい。
 コーディネートは、他の人に任せればいい。
 それが、一番の彼女の居場所になる。


 人を見守るという作業は、簡単ではない。
 すぐに手を出したくなる。
 親になればついついやってしまう。
 いつもこれとの葛藤だ。

 これでようやく私の満足いく医療者が一人また誕生した。
 
 苦労してすっかりやせ細ってしまった彼女を、褒めてあげて欲しい。

 今年も私の元へたくさんやってくる者達も、彼女に続いて欲しい。
 容赦はしないが、後悔はさせない。
 
# by japanheart | 2013-07-07 01:23 | 活動記録 | Comments(3)
小児医療を考えるーその3

 小児医療を考える。
 さて、この管理者の罷免によって、小児医療はこの市民病院から撤収するということが予想できた。
 しかし、市長はそれを断行する。

 小児外科に関しては、数も少ないし影響はないというコメントだった。
 本当に、そんなことを言っていいのかと思った。
 たとえ一人でも二人でも患者がいるならば、その人たちの面倒を見るのも市民病院の役目ではないのか?
 でなければ、何のための公立病院なのか?

 市長のプライドと院長の怠慢、ついでに言うと多くの市会議員たちの無関心によってこの町の子ども達は見捨てられたのだと感じだ。
 結果的にはそうだろう。

 今でも、何とか週2日ぐらいどこかから派遣してもらってお茶を濁そうとしている。
 いいかげんにしないと、10年後はこの町では小児医療は崩壊する。

 そのとき市長もちろん、院長も退職金をもらってすでに蚊帳の外だ。

 6月中旬、私は市会議員の約半数を前に、講演した。
 今の医師・小児科・医療界を取り巻く現状や広島県の小児医療の状況、医局のみに頼る医師確保の後進性など。
 自分達の手で、しっかりとした市民病院を運営し、若い医者が自らそこで研修したいと応募し、そしてそこに残っていくような魅力ある病院運営をしなければ、崩れ行く大学医局の人事に振り回されながら、一緒に崩壊していくしかなくなってしまう。
確かにお金でやってくる医者もいるだろうが、そういう人はお金でまた去っていく可能性が高い。
何よりも市民のためにずっといいついてはくれないだろう。
だから、しっかり病院運営をして、院長を先頭にみんなが一生懸命に働き、そして若手医師たちをしっかりと呼べる病院にしなければならないと。

 しかし、しかしだ。
 おそらく彼らも動きはしないだろう。
 この町の、子ども達の健康を行政がいい加減に考えていると思う。
 まず守るべきは、それではなかったか?
 例え、成人の科が撤収しても (絶対にそんなことにならなかったと思うが、、、なぜならばすでにこの病院は長い間そこで働いている医師ばかりで、院長もまた、その病院の医師たちからは全く信頼されていないからだ)、小児の医療を守れれば、この時代は、最低限の正義が守られたことにならないか?

 しかし、市長をはじめとする行政は、それを見誤った。
 
 私は、そして静かに言ったのだ。
 「市政は、子どもを見捨てた。私たちはこれにて小児科の派遣を撤収する!」

 ある市会議員が言った。
「それでは、子ども達が困る。ぜひ、派遣を続けてもらいたい。」

 そして私は答える。
「派遣を私達に要請する前に、皆さんはやらねばならないことがあるんではないでしょうか?
 私たちは、近い将来、沈んでいく泥の舟には乗りません。」

 子どもを守れない市長や、行政関係者は退室させるべきだと思う。
 次の選挙まで2年ある。

 その間、きっと、市民病院にまともな小児医療は戻ってこない。 
 すでに、岡山の国立病院の若手の医者達は、この病院での夜間救急からの撤収を宣言した。
 30年以上の長きにわたり、彼らのサポートによって続けてきた尾道市民病院夜間救急小児科が姿を消す。
 一度やめれば、小児科が再興されても、夜間の小児救急の復興は難しいかもしれない。

 尾道の子ども達やその親は気の毒で仕方ない。

 7月から不毛なこの件の裁判が始まる。
 この市長は、医療のことは知らない。
 教師あがりの人間だ。
 
 知らないからこそ、ブレーンを雇ったのに、それを排除すればすでに裸の王様だ。
 誰も幸せにしない決断の誤りは、反省されることもなく、どうでもいい、自分の威厳とちっぽけな力を見せつけただけだ。

 尾道市の子ども達にこころから同情する。
 

 
 
# by japanheart | 2013-06-28 08:49 | 活動記録 | Comments(2)
小児医療を考えるーその2

それは、市民にとっては突然の出来事だった。
それは5月のある日、この統括管理者を市長が突然、罷免するということが起こったのだ。
市長が大学の脅しと院長の懐柔に屈したのだ。

 院長に泣きつかれて、市長にプレッシャーをかけた大学関係者は、さぞかし自分の見せかけの影響力に満足していることだろう。
 それをさかのぼること1年前に、その大学からの小児科の医者は撤収している。
 それを持ってこの病院から小児科医はいなくなってしまった。
 この小児科医はこの病院唯一の小児科医で、夜間救急をするのを拒否していた。
 そりゃ、一人しかいないのに夜間救急は無理だろう。
 しかし、実際はこの小児科医が当直しなければならないのは週一回水曜日のみだった。

 あとは、国立の岡山病院が30年にわたって小児科の当直を派遣し続けていた。
 その医者達によって全て当直がカバーされていた。
 それでも、やめろということだった。
 もしやめなければその医師の派遣元の大学教授が、小児科を引くぞと脅した。
 
 しかし、この罷免させられた管理者は今まで市民のために30年も続けてきた小児科当直をやめないと決定した。
 そしてその大学から小児科は撤収させられてしまった。
 その後国立岡山病院の医師たちが、入れ替わり小児科を支ええ続けてきた。

 実はこの話に裏事情があった。
 当の大学小児科は近年人気もなく入局医者数が激減していた。
 もう大学にも十分若手医師たちがいない状況で、何とか市中病院から呼び戻して大学を運営している有様だった。
 
 この尾道の岡山寄りに尾道市の3倍の人口の広島県福山市というのがある。
 この福山市こそ、この大学病院の守らなければならない関連病院があるところだ。
 実はこの大学は、福山市と広島県から5年で1億位円以上の寄付をもらい、福山市の小児夜間救急を安定させるという事業が始まったばかりで、とても尾道市民病院に医師など派遣できるレベルではないのだ。
 おそらく、チャンスがあれば撤収させてたかったに違いない。

 そして、夜間救急は継続されたが、市民病院小児科の常勤医は消滅する。

 あれから2年。
 この管理者の、度重なる要請によって、ジャパンハートはこの4月から2名の小児科医を派遣したのだった。
 1名では、入院に対するストレスが大きいためあえて2名を派遣したのだ。
 2名ならば、入院患者もしっかりとって市民病院としての機能と責任を発揮できるから。

 ただし派遣する前に、いくつかの条件を出した。
 1)しっかりと黒字経営をしてくれること。
 2)院長をはじめ、皆さんが一生懸命に働いていること。
 3)若い医者がここに来て働きたい病院であること。

 少なくともそれに向かってしっかりと進んでいること。

 という約束をした後、派遣を開始した。
 4月のことだ。
 小児科常勤医いなくなってから約2年。ようやく市民病院に小児科医と小児科が戻ってきた。

 そして今回の事件が起こったのだ。
 
 
# by japanheart | 2013-06-25 17:20 | Comments(0)
小児医療を考えるーその1

 小児医療を考えてみたい。
 実はジャパンハートは、国内事業として離島や僻地に医療者を派遣する事業もしている。
 それ以外に、実は今年から私の恩師のたっての頼みで小児科医のいなくなった尾道市民病院に小児科を2名派遣していた。彼は市町村合併で統合された2つの市民病院の統括管理者になり、経営の改善を任されたのだ。

 尾道は人口15万程度の地方都市。
 病院勤務の医師は、JAの総合病院に8名いる。
 この病院は新生児もやっているから決して楽ではないだろう。
 
 この地域である事が起こった。
 尾道市民病院は、市からの繰入金によってようやく黒字。実質は赤字の病院。
 しかも、すでに数十億の借金がある。
 近い将来、病院建て替えもせまり、これにはまた100億単位の金額がかかるだろう。

 そこで、彼は経営改善のために奔走するが、院長が抵抗し始める。
 要は、もっと働けといわれ、嫌だと抵抗したという感じだ。
 実質赤字なんだから、もっと働けと。
 この院長はあと2年で退職金をもらってめでたく退官予定の内科医だ。
 
 そして、彼は出身大学に泣きつく。
 この病院はその大学からの派遣が多い。
 そこで、市長が大学病院に呼び出される。
 そこでおそらく、、、このままのことをしていると医者達を撤収させると脅される。
 ここで、市長がビビッてしまう。
 
 実際、大学にそんな力は今ない。
 誰がそう言って脅したか知らないが、そんな勝手なこと同じ大学の他の教授たちも、絶対に付き合わない。
 大体自分の知らないところでそんなことを勝手に約束していること自体に不快感を示すだろう。
 しかし、この市長は、そのことを知らない。
 時代はまだかつての大学医局全盛の時代のように考えてしまった。

 ここから、ことは尾道市という範囲を飛び越えて動き始める。
 
 まさに時代錯誤のような事態が起こり始める。

 この管理責任者は、大赤字だった国立病院を日本一の黒字国立病院にわずか4年でしてしまった実績を買われて、尾道市政がいわゆる三顧の礼を持って迎えた人間だった。
 
 ここで押さえておかなければならないのは、なぜそのような人間を迎えなければならなかったか?
 答えは明白。
 誰も、病院経営ができないからだ。
 特に、院長はすでに、病院経営に失敗している。

 ところが、、、、。
 
 実質、管理責任者の権限の制限が始まる。

             尾道市民病院
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# by japanheart | 2013-06-22 10:56 | 医者の本音 | Comments(0)
中・高生向けスタディツアー

 ほぼ定員が一杯らしい。
 中高生のときに、実際の医療現場をみて、不遇な人たちのために働くことは将来の投資だ。
 語学留学やホームステイもいいけど、こういう形も、時代が生み出した新しい教育の形だ。

6歳と8歳のわが子たちはすでに何度も医療現場に訪れているが、日本の子ども達にも機会を提供したい。

 若かりし頃、自分より大人のおじさんおばさんたちが(医者や看護師たちのことだけど)、一所懸命に汗水たらして、必死な形相をして朝から晩までただひたすら、貧しい人たちのために働いている姿を目撃することはきっと、将来子ども達を助ける大きな経験になる。

 若かりし頃に、こういう活動に時間とお金を割くべし。
 残り少ないが、こぞって参加して欲しい。

 その最後の説明会がこの日曜日にある。

 ぜひ参加を!
 話を聞くだけでも、参加する価値がある。

ツアーは
 2013年7月29日(月)成田空港発 ~ 8月6日(火) 成田空港着 8泊9日
*前日 7月28日(日)に東京にてオリエンテーション

【説明会日程】
第三回:6/16(日)13:30~15:30(質疑応答含む)
説明会終了後、15:30頃より1時間ほど、ご希望の方を対象に、本スタディツアーに関する相談会を実施。



【予約・問い合わせ先】
ジャパンハート東京事務局
〒110-0016 東京都台東区台東1-33-6 セントオフィス秋葉原10階
TEL:03-6240-1564
FAX:03-5818-1610
email : japanheart@e-mail.jp

以下のページから説明会に申し込みを。

説明会申し込み
# by japanheart | 2013-06-15 00:29 | 活動記録 | Comments(1)
ミチナ国立病院手術ミッション終わる

 ようやく国立病院での手術ミッションが終わった。患者たちは全て子ども。
 240名の外来患者、85件程度の手術を4.5日の間に終わらせることが出来た。
 
 手術は朝9時から始まり夕方の5時過ぎには終了するという、いつもよりのんびりした環境になった。
 まあ、医者達も公務員だから、仕方ない。
 公務員が就業時間を守らないと、誰も守らなくなってしまうだろうから。

 カチン州という州都にあるこの病院は、300ベッドの中規模病院で、ミャンマー北部ではおそらく最も大きな病院のひとつになる。

 ミャンマーの各州には、政府があり首相もいれば大臣もいて、比較的独自に運営されている。
 そういう様々な政府が連邦制を取って、今のミャンマー連邦が出来上がっている。

 今回のミッションでは、首相も大臣もやってきて子ども達をみまわっていた。
 病院スタッフも最初は、面倒くさそうだったが、偉い人たちが次々にやってくるので仕方なく働き始めた感じ。

 しかし、どんどんやっている間にモチベーションは上がり最後には、お互いにいい仕事をした感じで終われたし、互いに信頼も少しは生まれたようだ。

 日本からも数社マスコミが取材に入ってきたので、もしかするともうすぐ日本でこのときの映像が見れるかもしれない。

 
 私は何か新しいことをするたびに、自分の昔のことを思い出す。
 そしていつも最後に、「あの私が、マジか?」って。

 良いも悪いも併せ持ったどこにでもいる普通の人間としての私が、今ではこんなことやっている。
 あるいは、自分ひとりの力じゃないことも分かっているが、何がしか出来ている。
 じゃ、誰だってこんなことくらい出来るんじゃないか。
 病弱で、赤面症で、いつも何をやっても長続きしないと怒られた私がずっとこんなふうに続けている。
 
 まだまだ、まだまだ、自分の満足には程遠いけど、少しでも理想に近づくように。
 
 この同じ景色を一人でも多くの人たちに見せてあげたい気持ちで一杯だ。

 この景色を見に来る気はないか?

 
# by japanheart | 2013-06-06 16:00 | 活動記録 | Comments(2)

通過点としての私

通過点としての私

 泣いても笑っても、大変だなと思ってもやらなければならないこともあるだろう?
 明日、早朝ミャンマーへ出発。
 
 明後日早朝にはミャンマーでまだ内戦が収まっていない地域に入る。
 そして手術。

 ありがたいことに私は何度もTVや新聞などに取り上げられ世間の目に触れている。
 私の出たそれらの媒体の影響に受けて、医師や看護師を目指した人たちはきっとたくさんいると思う。

 私にあこがれてとか目標としてとか、結構、たくさん言われることだ。ありがたいことに。

 まあ、しかし、断言しておくと、私はあなた方の目標にはならないし、私を目標にしてはならない。
 私など、単なる通過点と認識することだ。
 
 自分がどういう時代に生きているか感じて欲しい。
 私が生まれた頃は、まだ日本は貧しかったし敗戦を引きずっていた。
 30才頃までは、パソコンも持っている人間は限られ、インターネットやメールだって最近だろ?
 公務員に憧れ、大会社に入ることが多くの人の成功の雛形だった。
 アジアは貧しく、アフリカはどこも飢餓を抱えていた。
 ロシアはソ連で、東ヨーロッパは、社会主義だった。
 若者は、車を持つことが夢で、いつも磨いていた。

 今のあなた達より断然、いくつかの価値観に縛られれた時代を生きてきた。
 だから、私はこの程度の、生き様しか示せない。
 自分でも、割り切れない思いがある。
 
 あなた達は自由なんだ。
 今からすぐにでも世界に打って出れる。
 誰も異常なことだとは思わないだろう。
 地球の裏側にある情報に瞬時にアクセスできる。
 公務員にあこがれなくても、大企業に入れなくても別にがっかりしない。
 少し働けばすぐに1万円たまり、何がしかを食べて飢えることもない。

 だから、私のいる場所なんかで満足してはいけない。
 もっと、もっと、高くだ!
 もっと、もっと、遠くへだ!

 時代が味方してくれる。
 
 私は感じているが、これからもっとすごい時代になる。
 やりたい放題だ。
 
 あなたたちが、うらやましい。

 
 
# by japanheart | 2013-05-26 23:52 | 活動記録 | Comments(4)

とにかく動け!

とにかく動け!

 今,自身5冊目の書籍の出版準備にかかっている。
 出版社の人たちとこの2日間ずっと、話をしていた。

 彼らが出してくるキーワードに私の考えを重ねる作業を繰り返した。
 キーワードから見えてくる考えや哲学は、それなりにあるが、改めてその考えや哲学をもつにいたったエピソードを、振り返ることが出来た。
 それはやはり私には収穫だったかもしれない。

 その言葉や哲学には、すでにそぎ落とされてしまっているが、もともとは感情がくっついていた。
 そのそぎ落とし前の感情を、想起することが出来たからだ。

 その時の感情を想起することで、再び、その言葉に命が吹き込まれる。
 自分の考えや思いは実は、自分の中ではばらばらに存在していて。ある問いかけや経験でいきなりリンクして意味を成してくることもある。

 だから密度の高い経験は多くしておいたほうがいい。
 それは一時、記憶の中にに封印されるが、やがて別の経験によって釣り上げられ、自分の人生に何らかの意味ある影響を及ぼしていく。
 特に若いうちがいい。
 歳をとってしまうと、何をしても密度が薄れていく。

 私が若かりし頃の自分にタイムスリップしてあったら、どんなアドバイスをするだろうか?
 多分こう言うだろう。

 Move!
Move!!
Move!!!


 
# by japanheart | 2013-05-23 02:20 | 天職 | Comments(2)
フラストレーションの本質

 最近はフラストレーションを色々感じる。
日中の問題、日韓の問題、慰安婦の問題、、、政治家もフラストレーションが大変だろう。
これらの問題は、全て、日本とアメリカの問題に帰結される。
アメリカさえ何も言わなければ、もっと早くけりが着く。
世界の中で最も日本に内政干渉をしているのはアメリカ。
内政干渉を通り越して、コントロールしていると早く日本人達は気づかないと。
基地はなくならないよ。
マスコミの論調も、今のまま、どこも同じになってしまう。
そして、多くの日本人達のこころと、政治家の言動が乖離してしまう。
そして誰も政治を信用しなくなる。
政治家も100人連続で討ち死にしたら、日本は変わる。

さて、先日数日ヤンゴンで休養を取った。
なんだか最近、得体の知れないフラストレーションを抱えている。
本当はこの得体の知れないフラストレーションは2年ほど抱えているけど、なんだろうか?
齢のせいか?
はたまた、環境のせいか?
解消しようにも、相手の存在が見えないために戦うことが出来ないできた。
アメリカみたいに、嘘でもいいから勝手に敵を作り出して、適当に戦ってみるか?
これをしたら、多分、疲弊するだろうな、自分が。

なんだろう?なんだろう?敵はどこだ?と思い続けてやっとことの本質に気づいた。
的は外ではなく、中にいる。
私の中に入る。
今の日本と同じじゃないか。
内なる敵こそ、真の敵。

そういえば、今まで私が幸せを感じてきた瞬間はいつも、外に向かって何かを出している時だった。
人間の本質は、面白いことに外に向かって何かを出すときに満足と快感を伴う。
食べ物をとるときの満足と快感は、排泄のときの満足と快感に比べ弱いものだ。
食物を食べるときの満足と快感は、人間の根源的な生命に対する安全と安心に由来している。
排泄の満足と快感は、どこにも由来のないただの快感であり、満足なのだ。強いてあげれば、本能そのものに源があるといえるかもしれないが。

冒険家や格闘家、あるいはその他、命がけの何かを目指す人々は、この根源的な満足と快感を求めて生きることになる。

人間は何かを本気で、命がけで志したときには必ずこの快感と満足に向かう。
そのとき、人間の中では、排泄が起こっている。
技を習得したとき、練習しているときに満足はあるが大したことはない。
技を出して、人を倒したときに心の満足と快感を得る。排泄の段階だ。

とにかく何かと、溜め込み、出すのが嫌いな人はそういうレベルの低い満足しか味わっていない。
それが、もっともいいものだと勘違いしている。
日本という国も、貯蓄性が高い。溜め込むことが、将来の安心と安全を保障しているかもしれない。
しかし、それはいかなる本質的な満足ともつながらない。
人も国も、企業もみんな同じだ。


人材も、育てることは国や企業にとって安全や安心を生むかもしれないが、それらの人材が使えないと本質的な豊かさは企業にも国にもやってこない。


私のフラストレーションの源は、どうやらその辺りにあったようだ。
すなわち、十分、アウトプットできていない。
宿便が残っていた。
自分の能力がアウトプットしていない。
もう十分でしょといってくれる人もいるが、それは違う。
自分のことは自分しか分からない。
自分で、それが出来ていないからこんなにフラストレーションを抱えている。

自分の才能や能力は出して減るものではないし、どんどん出していかないといけないと思う。

これからもっと、もうちょっとアウトプットを出すようにしていきたい。

人間が、生まれて初めて感じる快感は何か知っている?
排便したときの快感なんですって。
# by japanheart | 2013-05-15 12:32 | 医者の本音 | Comments(1)

一度目の気力

一度目の気力

 激しい医療環境の状態があるのは認める。
 昔からそうだった。

 私がいるミャンマーのサガインの病院は私がここで始めたときから戦地のような環境の中でやってきた。
 わずかな資金とわずかな医療資材や設備、そして人員しかいなかった。
 みんなで歯を食いしばって気力だけで、いつもいつも乗り切ってきた。

 環境が悪い、設備が貧弱だ、薬や資材の期限が過ぎている、何度もいわれてきた。
 でもないよりはマシだった。
 そんな医療でもなければ患者たちは救われなかった。
 そして私たちのかわりも、また誰もいなかった。
 そんな批判を真に受けても、不満を言った人たちが長くここに留まり私達の代わりになってくれることはなかった。

  この世に、自分の人生と全ての貯金をはたき、貧しい患者たちのために医療をやり続けてくれる医者など、誰も現れない。
 お金は、使えばなくなる。
 そして、寄付者など誰もいなかった。
 だから、みんなで節約し、古い薬でも、古い糸でも出来る限り、見極めながら使った。
 ミャンマー人の医者達も、同様にみなそうしていた。
 そうやって一人でも多くの人に医療を届けたいと思ってきた。

 ここに来る看護師たちを離島に派遣し始めた。
 もちろん離島の人材不足を助けたかったからだ。
 しかし彼らの給与を取り上げた。
 そして、ほぼ全額、現地に投入した。
 一部の看護師たちから不満が起こった。
 私たちが働いて稼いだおい金をなぜ、寄付しなければならないのかと。
 私の答えは明確だ。
 「お金が欲しければここではなく別の組織に行ってくれ。」
 ここは、誰もがお金を払ってボランティアに参加する組織なのだ。
 患者や貧しい人たちのために、現地で働きたいと思っていた看護師たち。
 そしてそれを実現した看護師たち。
 そして、連続するスキームの中で離島に行った看護師たち。
 だから離島の婦長クラスの看護師たちは気の毒がって、皆親切にしてくれた。
 でも、とうとう、お金を払わずにとんずらする看護師たちが数名現れた。
 正直者が馬鹿を見る。
 だから、看護師たちの給与を取り上げるのをやめた。
 せいぜい、その稼いだお金で贅沢をしてくれと思っている。
 
 どんなときでも気力というのは大切だ。
 気力は、体力から出る。
 体力がないものは、気力も減る。
 歳が行くほどに、お金を出すにも気力を振り絞らなければならない。
 だから、若い人より歳をとった人間ほど、お金に執着し、色々文句を言ってくる。
 自分の人生に、全力で人生向い合いたいと多くの人は志望動機に書いてくる。
 全力とは、知力も体力も、気力も、財力もということだと思った。
 私の全力という内部基準ではそうだから。
 でもどうやら違ったらしい。

 忙しい環境になるともう限界ですとすぐに言う。
 やらないでいることを指摘されると、出来ませんとすぐに開き直る。
 気力がなえれば、もうだめなんだ。
 こころがマイナスに開き直ったらもうそこから前には進まない。
 どんなことがあろうと全ては自分の内部との、調整になる。
 
 高い山を登るとき、高い山ほど、上ばかり見ていたらもう登れなくなる。
 たくさんの患者が現れたら、患者の数ばかり見ていたら、もうみれないとさじを投げることになる。

 山が高いときは、足元を見ながら、一歩、一歩と数えて歩く。
 確かな一歩を感じながら歩く。
 患者が多きときは、一人、一人また一人、としっかり患者と向い続ける。
 
 続けさえすればやがて時間が全てを解決する。
 人間には時間を投入しても解決できないような問題は、そう多くはない。

 ひたすら全力で。
 全力とは、自分の全てをそのために出し惜しみしないこと。
 社会から大切にしてもらいたい、評価してもらいたい、そう思うんだったら、まず社会のために自分の方からもっているものを差し出す。
 それが当たり前と思っていた。
 2割残せば、その分、受け取るものは目減りする。
 半分残せば、もっと目減りする。

 人生にはイチかバチか攻めないといけない時が、一度や二度はある。
 そのときに、余力をもって攻めたり、逆に守りに重点を置いた戦いならば、勝ち目はないと思う。

 ここへ来る多くの医療者は、ここを人生の分岐点とは思っていないらしい。
 
 せめて1年、せめて1月。
 自分が関わる時間は、出し惜しみするな。
 自分に小さな利益を誘導しようとするな。
 愚痴るな。
 弱音を吐くな。
 甘えるな。
 小さなことに拘るな。
 
 全部終わったある日、全部まとめて天はあなたに感謝の意を示してくれる。

 

 
 
# by japanheart | 2013-05-12 02:39 | 基本 | Comments(1)
紛争止まぬミャンマーの国立病院へ

 ミャンマーの国境地域カチン州。
 ここはミャンマー政府が最後に少数民族ともめている地域。
 時折、激しいの戦闘が行われ、爆弾も炸裂する。

 それゆえ、現地政府の役人もあまり近づきたがらない。
 もちろん海外からの支援も、今はストップしている。
 まずは少数民族問題を解決してからということだろう。

 実はこの地域の患者達は電車にバスなどを乗り継いで、下手をすると2日、3日かかって私たちがいる病院にやってくる。
 現地の政府からカチン州で何か支援をしてほしいということを依頼されて、今回何とこの地域の国立病院で子ども達の手術のために10名以上の医療チームを編成した。
 5日間にわたって現地で手術を行う。
 患者数は州都周辺に声をかけただけであっという間に150名以上が集まっているらしい。
 ほとんどの対象は、先天異常、いわゆる先天奇形ややけどの子ども達になるだろう。
 今回は60件くらいの手術を何とかして帰ってきたい。
 もちろん子ども達は全て無料で行う予定にしている。

 1年位前、現地に私は視察に入ったが、いたるところバリケードが張られ、夜間は外出禁止だった。
 あれからどうなっているのだろう??まだ紛争は続いている。
 ジャパンハートは、現地事務所を設置した唯一の海外のNGO団体だ。

 いつも思うことだが、やっぱり私には馬上にまたがって先陣を切って切り込んでいくのが、性にあっているのかもしれない。いつ弾の当たるかもしれない船上に立ち、仲間達にその姿を見せて戦うのが、今もその役目である。弾の当たらない場所で、指示を出しているトップなどは卑怯だとすら思ってしまう。

 ミャンマー、カンボジアでそうしてきた。そして、もうすぐラオスでもそうするだろう。
 
 ミャンマー国境の紛争地域、ミッチーナの国立病院で、あと2週間後、再び先頭切って切り込んでゆく。
 
 

 
# by japanheart | 2013-05-08 00:59 | 活動記録 | Comments(1)

世界は確かに狭くなった

世界は確かに狭くなった

 世界は狭くなったと思わないか?
 20年前、アジアを歩いていたアジア人は日本人・台湾人・シンガポール人韓国人を除くとあまり多くはなかった。おばちゃんたちのツアーも日本人がメインだった。

 ハリウッド映画を見て、2000年頃までのそれとの違いに気づくだろう。
 それは主人公が、アメリカーヨーロッパーアフリカなどを動き回るようになったことだ。
 今までは、アメリカ大陸の中にいることが多かった。

 それがどうだ。
 今やアジアの空港はアジア人の若者であふれ帰り、韓国や中国の一目でそれと分かるおばちゃん達にいつでも進行方向を塞がれる。

 世界はかくも狭くなったのだ。

 ガラパゴスは、携帯の世界だけでない。
 日本人若者もまた、ガラパゴス化している。

 本当はすごいポテンシャルを日本人達は持っている。
 しかし、それを知らない。
 だからそれを使わないまま生涯を終えたりする。
 美人が美人だと知らずに生涯を終えるのは何となく美しさを感じるが、日本人の若者が、自分の能力を知らずに年老いていくのは哀れだ。
 
 世界に出てみるとすごいやつもいる。
 ひどいレベルのやつもいる。
 どちらも自分にはいい刺激になる。

 だから、若者は世界を知らなければならない。
 そういえば、最近日本でも、会社の採用にボランティア経験がかなり評価されるようになってきている。
 いいことだと思う。
 今、日本の会社は世界で戦える社員が欲しいのだから。

 宣言しておくと、私はこれからたくさんの若者を海外に連れ出す。
 そして日本を掃除してもらう。
 もっといい国に変えてもらう。
 18年前私は、ここに住み、このミャンマーの灼熱の大地で、第2次大戦の時、お国のために戦って亡くなった20万人の日本人に誓ったことだ。

 PS:夏に中高生のミャンマースタディツアーをする。
   一杯、申し込みが来ているらしい。医者や看護師も同行のツアーだから安心かな。
   学生達よ、一刻も早く世界を見て、近い将来、日本に新しい風を吹かしてくれ。
# by japanheart | 2013-05-02 01:48 | 活動記録 | Comments(2)

瞬発力を出す

瞬発力を出す

 人生はなんといっても瞬発力が大切。

 今日も、ミャンマーの田舎で手術をする。昨日は26件、今日は21件。6名の医者と6名の看護師達に助けられながら手術をする。
 若い頃、こんな地の果てのミャンマーで手術をしている日本人のことなど誰も知らず、きっと、緩やかに世界から忘れ去られていくことだろうと、半ばあきらめ加減ですねて思っていた。
 飽きもせず、しかし諦めもせず、ただ何年も、何年も同じことを繰り返しす。
 手術が上手くなっても、誰も褒めてはくれない。
 だから、人から認められるために手術をがんばるんではなく、純粋に患者の成績が良くなるためにがんばる。

 若いうちに何をしておいた方がいいのかと聞かれることがよくあるが、答えは自分で出せ。
 いつから海外で活動するのが一番いいかを聞かれるが、それも答えは自分で出せ。
 まあ、自分の人生だから、自分で決めたほうがいい。
 
 とにかく時間が大切だ。
 人生の中で、今より感度の高い時間はないと心得た方がいい。
 年とともに、感度は確実に落ちる。
 20歳より、21歳は悪く、50才より、70歳はさらに悪い。
 昨日より今日は悪く、今日より明日は悪い。
 だから今、何事も集中してやるのがよろしい。
 今を充実させるとは、明日を楽しみにして、あるいは未来のために現在を犠牲にすることではない。
 とにかく、今、この時間を、精一杯生きる、楽しむ、苦しむということだ。

 いつから海外でやるのがいいのかと、中途半端に考えているのは時間の無駄だ。
 2年考えれば、2年失う。
 悩んでもいい。
 しかし、吐くほど悩め。他の事が手につかないほど悩め。
 それであれば、考える価値はある。
 しかし、時々悩む程度なら、悩まない方がましだ。
 時間の無駄。

 とにかく中途半端に、時間を浪費するな。
 行動して、動きながらかんがえたほうが時間を大切にした生き方になる。
 人生は、瞬発力が大切だ。
 思ったらすぐ行動する。
 これはくせにできるから、やってるうちに慣れてくる。
 いつもこころの掛け声は、「エイ、ヤー!!」に決まっている。

 多くの人は何かに強制されないと思うように体が動かない。
 だから、自分が仕方なくでも動かねばならないような環境に自分をおくことが大切だと思う。
 
 海外医療がやりたければ、悩まず飛び込めばいい。
 それから考えろ。
 何が自分に足りないのか?自分の能力は何か?将来、これからどうやって生きていくのか?

 齢50を前にして、20代や30代の若造達が悩んでいる姿を見ると、嫌味のひとつも言いたくなる。
 だってそうだろ。こっちはその時間に戻りたくて仕方ない。
 その年代のことばかりを思い出している。
 あの感度、あの時間が、もう一度あったならば、いかほどのすばらしい人生の時間を体験できるだろうかと。
 
 
 
# by japanheart | 2013-04-29 04:24 | 活動記録 | Comments(0)

非常識を持つ

非常識を持つ

 日本の常識は世界の非常識。
 かつての日本の常識は、今の日本では非常識。

 私達の周りにある常識を疑ってかかった方がいい。
 TVや新聞であたかも本当のように流される情報は、果たして真実であるのかどうか?

 新聞で流れる海外情報は、大体どこからか流してもらったものばかりだ。
 あるいは国内の情報だって、記者が自分で調べた情報がどれほどあるか?

 イラクに大量破壊兵器があるから。
 戦争を始めて、たくさん人が亡くなって、その戦争理由が真実だったか?
 でも世界中は、それを信じた。なぜ?

 あなたの周りにある食べ物にかいてある賞味期限は、本当に正解なのか?
 薬の効用や副作用は、使用書とうりなのか?
 薬の臨床データはそんなに正確に取れるものではない。
 だからあまり正確でないデータの積み重ねが、副作用表に現れているとしたら、それは信じるに値するのか?

 ある著者が子どもは褒めて育てろという?
 その方法が、ホントに普遍性をもつのだろうか?
 どの子にも合う指導法などあるのだろうか?
 でもその著者は、それを普遍的だと表現する。

 感覚を磨きながら、与えられた常識を疑いながら非常識な感覚も持ち合わせたほうがいい。
 油断していると常識という手法で他人からの情報操作に晒され、人生が磨り減る。

 時に賞味期限など当てにしないで、食べ物のにおい、味、色など自分で判断して食べればいい。
 たとえ使用期限が過ぎていようと、問題ないと感じる薬は試してみる価値はある。
 
 子どもとしっかり関わり、時に褒め、時にけなし、怒り、育ててもいいかもしれない。

 自分の感覚を信じるということは、同時に他人に振り回されないということでもある。
 他人とは、まさに常識といわれるもののことだ。

 他人から非常識といわれようと自分の常識に従う。
 時にその内部感覚を信じる。

 まずは、現実を揺らすこと。
 現実を揺らすとは、他人の常識を疑ってみること。
 そして自分の頭と内部感覚で判断すること。

 これからは、これがもっと大切な時代になる。
 
 
 
 
 

 
# by japanheart | 2013-04-23 05:00 | 活動記録 | Comments(2)
自分でがんばるしかないんだ

 人生は、自分でがんばるしかないといえば、確かにそうかもしれない。

 先日、北海道に行った。
 昔から北海道の人たちがよく、北海道の不景気はひどい、ひどいと言っていた。
 だから、みな生活が大変なんだよと。
 まだ雪も残っていて寒いから余計にそう感じたのかもしれないが、本当に寂しい感じがした。
 札幌は今回行っていないが、千歳から小樽、岩内へと抜けた。
 どこの町にっても人もまばらだし、観光客も少ないし、飲食店もガラガラのような気がした。
 
 その後、沖縄にいった。
 沖縄も似たり寄ったり、暖かい分、幾分気持ちは沈まないが、はやっている店はごく一部、季節柄か、勧告客があふれている気配がない。
 産業があまりない沖縄が、この程度の観光客で大丈夫かと思った。

 少しでも客のあまりいない店で食べてあげよう、とふと感傷に浸っている。
 こんな感傷のあり方は、子どもの頃と変わっていない。
 日本人の性か、何となく、そういう人々や光景に哀愁を感じてしまう。
 客のいない店の中で、静かに一人テレビを見ているマスターや女将。
 がんばって家族経営で何とかやりくりしている旅館。
 こんなのは、昔から当たり前の日本の一風情?でありきたりのものだった。

 しかし、何とかしてやれよ!日本政府。今のままじゃまずいだろ?って言ってしまいそうになる。

 しかし、アジアやミャンマーの人たちと接していると、はじめから政府を頼っている人々なんていない。
 当てになんかしていない。
 当てにしても仕方がない。
 何かあっても自分で、自分達でなんとやって行く。
 それが当たり前。
 
 洪水になっても、あっさりしたものだ。
 自分達で掘っ立て小屋を作って、生活し、収まれば、当たり前に元いた場所に帰っていく。
 毎年のように見る光景だ。

 私がアジアで学んだ大切なことは、結局、自分でがんばるしかないってことだった。
 誰かを頼りにしたり、当てにしたりしていたら、自分の能力が制限されてしまうということだった。
 精一杯努力して、誰かに助けてもらうことはあるかもしれないけど。

 北海道の人たちだって、沖縄の人たちだって、自分でがんばるしかないんだ。
 同情をもらったって、他人の同情など長続きするわけがない。
 
 今の若者も同じ。
 結局は自分ががんばるしかない。
 夢や希望がないというけれど、毎日、空爆にさらされた70年前の戦争中や戦後の焼け野原の頃の日本の若者達よりはよっぽど、希望や夢もてるだろ。
 
 テレビの向こうのかわいそうな境遇にある子どもを見て、みんな同情してくれるけど、どうせすぐに忘れる人たちばかりだ。
 人間というのはそういう生き物だ。
 それを責めちゃいけない。
 
 大切なのは、子ども達が自分達でがんばることだ。
 ただそれだけだ。
 その同情してくれた人たちの中のそのまた少ない人たちだけが実際に助けてくれるかもしれない。
 それは神様の助けみたいなもので、本来、望んではいけないものだ。

 だから、誰かに頼るこころではなく、何があっても自分が自分の力でがんばって生きていくんだ、という事が当たり前に根付いている人間をつくりたいと思う。
 
 
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# by japanheart | 2013-04-20 00:34 | 随想 | Comments(2)

時代の断層

時代の断層

 やはり本当のライバルがいなくてはならない。

 ソ連を失ってからの、アメリカは大変見苦しく、そしてどんどん弱まっている。
 それはそれで、日本という国の真の独立にとってはいいことだと思う。
 
 無理やり創り出した「悪の枢軸」や「中国」、「アルカイダ」、「イラク」「イラン」そして「テロ」などという概念は、虚しいだけだ。
 悪いあがきにしか見えない。

 そんなアメリカ失速時代の、ひとつの断層がまた見える。
 TPPへの誘導。
 どんなことでもそうかもしれないが、言いだしっぺが一番得をするから、それを口にしたと考えた方がいい。
 最初はともかく、今やTPPはアメリカのためにある。

 前にも書いたが、良い悪いは別。
 良かろうが悪かろうが、やってくるもんはやってくる。
 その覚悟と準備はするしかない。
 良くも悪しくも、アメリカに逆らって生きていける国は世界にないのも事実だから。
 笑い話だが、天変地異の次にどうにもならないのが、今のアメリカという国家で、中国を越えている。

 翻って、わが身を振り返る。
 そういえば、先日、日本最大の外科医の学会(今回は1万3000人以上が参加したらしい!)、日本外科学会の総会で発表を依頼された。

 時代は変わったもんだ。
 私が医者になった頃、海外医療したいなどといえば医局から痛い目にあわされた。
 そんな奴は、マトモな輩ではないので、取り合うなといわれた。
 もちろん日本に帰国後は就職につくことも難しかった。
 たった20年で、、。

 時代は変わった。
 そんなマトモでない人間の話を、皆で集まって聞こうという。
 しかも、日本で最も権威ある学会挙げて。
 誰もが予想しなかったことだ。私も含めて。

 医局制度が弱体化し、医療者が流動し始めた。
 大学に属することの最終目的だった安定した良い職場への永久定着は、大学の医局というシステムを経由しなくても、自分で直接、アクセスできるようになったのだ。
 さらに、TPPの加盟で保険が歪み、医療が変わっていく。
 もしかしたら、外国人の医療者が流れ込んでくるかもしれない。
 グローバル企業にとっては、医療者のコストは安ければ安いほうが良い。

 まさに、医療界は、幕末の日本と同じ。
 封建的な医局制度は権威を失いながら、今も続いている。
 医局からの、脱藩が止らない。
 
 佐久間象山や吉田松陰のごとくの時代を別の角度で眺めていた私のような人間の話を皆で聞く始末。
 
 TPPは黒船になる。
 こじ開けられる。
 医師会も医局も、もう時代の流れには逆らえない。
 時代の流れというのはそういうものだ。
 10年後、20年後の医師会や医局の姿を、語れるものがどれほどいるか?
 
 先日、開業している同級生達数名と食事をしたら、医師会の会合に出ると高齢化がひどく、真っ白な集団だといっていた。 髪の毛の色の話だ。もう年寄りばかりの集まりになりつつあるということだ。
 新陳代謝が上手くいっていない組織や肉体は、朽ち果てる。

 これも良い悪いではない。
 だからどうするかという、問題だ。
 今さら良い悪いを言っているより、準備をすることだ。
 
 幕末から明治に変わったときに、多くの一般人にとってはそれは自分達と関係ないところで起こったことだった。
 しかし、だからといって、明治になった後に、江戸時代の価値観のまま生きていくことが許されただろうか?
 新しい時代の法律に従わされ、新しい考え方や教育を受け入れさせられたはずだ。

 時代の流れというのはそういうものだ。
 嫌でも逆らえないのだ。
 受け入れるしかない。
 だから、それを前提で、どう動けば自分達が最も上手く時代とともに進めるかを考えた方がいい。

 私は、TPPなどなくても、医局は、医師会は変わらねばならないと思っていた人間だ。
 (別になくなれとはいっていないが)
 だから最大限に、この時代の流れを利用させてもらう。

 この世から、すぐに「医者」や「医療」が不必要な存在であるわけないのだから、今起こっているのは”システムエラー”なのだと、まずは認識することだと思う。

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# by japanheart | 2013-04-14 22:15 | 医者の本音 | Comments(2)

道を開くということ

道を開くということ

 道を開くということの大きな意味を考えねばならない。

 その開かれた道の上をこれから数百人、数万人が通っていくかもしれない。
 だから道を開くものたちは、その事柄の大きさに真剣に取り組まなければならない。
 いい加減な思考やいい加減な態度で、簡単に道を作ろうとしている人間が多すぎる。

 昔、公衆衛生や保健をやっている人間達がミャンマーで、大上段に振りかざしたプロジェクトでその後、現地の人たちが困惑し、迷惑し、苦労する姿を幾度となく見てきた。
 それをコントロールしているものたちは、大都市ヤンゴンで大いに恵まれた生活を送り、別にその結果責任が、その当人に問われることもない。
 こんなことで本当に、数万人の運命をもしかしたら決めるかもしれないプロジェクトが成功するだろうか?
 私には、今でも、到底、そうは思えない。

 自分が、適当に引いたレールの上を力もなく、純粋で、弱い立場の人たちが歩いていく。
 その行き着く先が、滝つぼであってはいけないはずだ。
 しかも道を開いた本人は決して落ちない滝つぼなのだ。

 道を開くものは、悩め。 
 苦しめ。考えよ。
 寝るな。食うな。
 そして、考えよ。

 これが私の戒めだ。

 政治の世界を見て欲しい。
 どうやらTPPに参加するらしい。
 これを決めた人たちは、吐くほど考え抜いたのだろうか?
 政治家の人たちはよく自分達の立場を、仕組みをつくる人間だと表現するが、その上を、これから億単位の人たちが歩んでいくという自覚と恐怖があるのだろうか?

 知識をいくらためても未来は見えない。
 いくら過去の戦争を研究しても、将来、全ての戦闘で勝利することは出来ない。
 いくら本を読んでも、それが必ず未来の幸福を約束してくれるるわけではない。

 未来を達観するセンスと才能を持っている人間が必要になる。
 これは才能だ。
 だから、学習では習得できない能力だ。
 先天のものだ。

 そういう人間を、政治家は抱えているだろうか?
 大学の、あるいは研究機関の偉い人たちだけの意見を聞くと、必ず、いつかは大きな失敗を起こす。

 政治家だけではない。
 道を示す全ての人たちは、心して道を開く必要がある。

 もしろくでもない道を開いてしまったら、そこに将来、投入される人々の時間、エネルギーがいかに無駄になることか。
 その責任の重さをしかと自覚されたし。
  
# by japanheart | 2013-04-10 16:55 | スタッフと想い | Comments(0)