親に比べて子どもはイマイチ?
そう言われることもあるのかもしれない。
親が立派すぎると、あるいは兄弟姉妹の上の出来が良すぎると。
例えば、うちの長男は私が40歳の時の子どもで次男は42歳の時に生まれた。
私と子ども達の間には40年もの時間の差がある。
世間は親に比べてと言うけれど、私からすれば、「オイオイ、比較するなよ!失礼な。」と思ってしまう。
少なくとも私の場合は40年間も自分の長男よりも長く生き、その間、努力し苦しみやってきて今に至る。そんな長い時間のエネルギーをかけて今の自分がいるのに、40年分の努力もエネルギーも投下してない若者と当たり前のように比べられてもね〜。
逆に比べられた若者も迷惑だろうね。小学生の時にプロの野球選手と比べて、お前は能力がないと言われているようなものだろう? まだまだこれからなのに。
しかも、40年間時間をかければ何でもできる気がするではないか。
大切なことは、ただ、不器用でも一生懸命に生きること。
自分はこんなもんだと自分を低く扱わずに生きること。
高い給料をもらう。
大きな企業に勤める。
有名なブランド品を手に入れる。
こういう生き方が私たちの世代の目指す生き方だった。
そうして長い間、そういう人間達をたくさん観察してきた。
それでよく分かったのは、人間、給料はそこそこもらえていれば、自分とその家族の範囲は生きていける。
お金をたくさん持っていて自分自身の為にしか使えない人間は、まあー、心と生き様が20世紀に取り残された人間だと思って避けた方がいい。
私が思う使えない程のお金を持つメリットはただ一つ。
そのお金を他人や社会の為に使えるということだ。
だから、そこそこ以上のお金は自分や家族のために必要ないと思う。
いい車を持つとか、立派すぎる家に住むとか、いい衣装や携帯品を持つのは、私にとっては全部見栄の問題だからそこさえコントロールできれば、私の様になるかもしれない。
車は必要なときにあって壊れずに動きさえすればいい。
住む家は何とか雨露をしのぐレベルでいい。
衣類は寒さや暑さに耐え、携帯品は機能性に優れた物が最もいい。
こんな人間は文化や産業を育てにくいけれども、いざとなればこの辺まで考えや生き方をもってくればいいのだという覚悟があれば、人生も必要以上に苦しまずに済むかもしれない。
これからの若者達は、どんどん吉岡化していくような気がする。
もしかしたら二極化するのかも知れないけれど、きっと多くの人たちが私の様に感じ、考え、行動するようになると思う。
江戸時代や明治時代の貴族のような生活を現代の若者達がしているわけだから、本質的にはそれで満足できるのかもしれない。
明治時代と比べて見てよ! 現代の若者達ですら栄養価の高い食品を毎日食べ、かつてでは考えられないくらい高度な医療の庇護下にあり、かつては何日間もかかった距離をわずか数時間で安全に移動し、全く入って来なかった世界中の情報を瞬時に手に入れる。身分や生まれとは無関係に、何よりも自由に未来が描ける可能性があること。
明治時代までは、日本人にとって「夢」という概念は寝ている間に見る夢を指した。
今、言われているような将来の事を指す概念はそもそもなかったのだ。
私たち、日本人は身分や生まれに関係なく生きれる様になって、未来を描く事ができるようになったのだ。
だから、夢を持つことこそが近代人の近代人たる証なのだと思う。
この時代に生まれて自由な未来を描く事を放棄したら過去の人類に申し訳ない。
自分と親を比べても意味がない。
お金を必要以上に持つために時間を失うのは人生の無駄遣い。
多分、お金は目的ではなく、結果として手に入れているもの。
これからの世の中、人の評価は所属会社にはなくて、その人自身についていくもの。会社のブランドで自分を誇るというみっともない事はこれからしなくてもよくなる。
車も家も衣装も、見栄を張るためでなく、文化や産業を育てる意識で購入する時代。だから、値段に重きを置くのではなく自分の個性に見合うブランドを選び購入していく。
人はどんどん自由になっていく。
40年。
私と息子世代の時間差。
この間に人類が手にしたものはとてつもなく大きすぎる。
だから、40年も過去を生きた人間と比べて心乱す必要もないということだ。
これから間違いなくもっと素晴らしい時代が到来し、もっと素晴らしい可能性が待ち受けている。
うらやましい限りだ。
海外旅行がせいぜいの私の世代。
あなた達の時代はきっと宇宙旅行ができるだろう。
無料でスマホで通話し、音に聞き耳を立てているのがせいぜいの私の世代。
あなた達の時代は、きっと空間に映し出される相手を見ながら会話を楽しんでいるだろう。
大きな財布を開き国ごとにお札や小銭を支払っている私の時代。私の財布には13カ国のお金がいつも用意されている。
あなた達の時代はきっとお札や小銭は必要とされず、どの国に行っても実物のお金などというものは触ったこともない時代になっているだろう。実物の代わりにただ数字が移動する時代。
これからはまた少し夢の形が変わるかもしれない。
現実の変化が人の夢の形に変化を与えていく。