特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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口唇裂とういう病気

口唇裂という病気ーその1
 
口唇裂という病気は、どこの国にもあります。例えば、日本では生後1月暗いから手術を行っています。日本ではこの病気の人を一般には今では見かける事がなくなったのは、既に人の目に触れる頃には手術を完了しているからです。日本の子供たちは日本という国の保健制度に守られているといつも思います。しかし、途上国ではそうではないことが多いのです。手術を受けるためのお金がないために。或いは手術を行える人が少ないためにそのまま一生を終えることもあります。私の前に現れる子供たちの多くがこのような子供です。彼らはその顔の奇形から隠れるように村に住んでいます。そして成人した後、結婚できる事もまれです。
このような子が手術に現れたその日、下を向き、何も話さず、暗かったその子が、手術を終え、退院する時にはとても明るく笑顔を絶やさない、はきはきした子になっています。このギャップこそ、実は健気にも幼きこの子が受けてきた苦しみだったのだと悟るのです。
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# by japanheart | 2005-08-19 03:27 | 病と人間 | Comments(0)

過去は変えられる!

ミャンマーでの8月15日の意味
私がミャンマーでの医療に関わりを持ってから既に10年が経ちました。
この国にいて今も私の胸にあるのは、この大地には20万人以上の日本人が眠っている、という想いです。草生す屍、という言葉があります。今はそこにもう屍は存在しませんが、多くの日本人の手によって建立された、慰霊碑がそこにはあります。しかし、、、、。その慰霊碑も今では訪れる人も減り、あるものは崩れ、その多くは草生す碑、としてそこに存在します。その姿は、まるで今の日本人のあの戦争や多くの犠牲者に対する記憶をはじめ、様々な心の形の表れのような気が致します。
あの戦争から60年目の今日、このビルマの大地に立った時、私の心には1つの思いの言葉が木霊します。
「過去は変えられるのだ。私達の手によって。」
 未来はまだ私たちの手にはない。しかし、今を変えることによって、過去に生きた人々の、その存在の意味を変えることはできる。それは、過去を変えることに他ならないのだ、ということです。
あの多くの人々の犠牲を単なる、死に終わらせることなく、意味あるものにしなければならないのは、子孫である私達の使命なのだと。私達には彼らの死を、負から正に昇華させることこができるのだと。そのためには、あの戦争から私達は、ごくごく当たり前の事実を学び取り、それを実践していけばいいのだと。
それは、「人の人生は、それぞれに尊い」のだ。
という事を知ること。そして、それを日々の人生の中で実践し、人を大切にし、人の存在の意味を認め、ともに理解しあいながら暮らしていく努力をする、という単純な事だと思います。
かつて、進め、進め、玉砕しろ。あるいは国の為に死ねと、言われた人々には皆、それぞれの人生があり、それは全て尊いもので、決して誰も他人にないがしろにされてはいけないものだったのだ、ということを学び、私達が他人の人生を自分の人生のごとく大切にしていく事が、多くの戦争でなくなられた人に対する最大の慰霊になるのではないかと思うのです。
 戦後60年目のこの日、8月15日に、多くの英霊が眠る、ビルマにいて、そのことを感じ、草生す碑の前で静かに頭を垂れるのです。
写真の塔の周りには亡くなられた無数の日本の人々の名前が刻まれています。

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# by japanheart | 2005-08-15 14:22 | なぜミャンマーか | Comments(0)
今、私がいる場所、ミャンマー中部サガイン。ここは60年前第二次世界大戦の時に、日本人達が住んだ町です。イギリスと戦い、多くの傷ついた日本人達がこの地のビルマ人達に助けられました。この町サガインはあれから60年、その姿を殆ど変えることなくそこにあります。
昔のままの町、川、人々、、、、。タイムスリップしたような場所です。
この地で私は、日々、医療をしています。
写真はこのサガインの高台から撮った町の風景です。
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# by japanheart | 2005-08-11 18:51 | 戦争
1995年以来、もうどれくらいの子供たちをはじめ多くのミャンマーに生きる人たちの治療に関わってきたでしょうか。これから今も続く日々、まさに私にとっては戦いのような日々を綴っていきたいと思います。
 多くの農業を生計とする人々のその日々の生活収入は20円から40円、盲腸の手術代が10000円以上という、保険という後ろ盾がない世界のなかで、日本人の医師や看護師たちに一体、何が出来るのか、或いはごく普通の日本人が出来る事はなんなのか?ということをともに考えて生きたいと思います。
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# by japanheart | 2005-08-10 17:42 | はじめに | Comments(1)