特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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幸せを知る

 幸せの本質に迫りたければ”そぎ落とし”しかない。
 幸せと感じているものを一つずつそぎ落としていく。
 どうしてもゆずれない本質的なもの以外はそぎ落としていく。

 本当に食べれることの有り難さを体感智するためには、断食しかない。
 しかも一カ月程度の断食が必要かもしれない。
 あなたが食べれば幸せと感じている、寿司やステーキやお菓子やケーキなどの食から順に断っていく。
 次に当たり前のお米や卵や野菜や諸々を断つ。
 コーヒーやお茶を断ち、やがて水のみの生活にする。
 そしてさらに、水の量の制限に至る。
 これを全て意識的にやってのけてみる。
 既にこの頃には空腹感からは開放されている。渇きのみが肉体に自覚されているだろう。
 ほとんど全てのものをそぎ落としたこの時に、かつては全く認知できていなかった、当たり前にあった水の甘みやうま味を体感智できる。
 これを有り難き幸せの状態という。

 健康も同じだろう。
 筋肉を付けるとか、早く走るとか、マラソンやトライアスロンに出場するとか入賞するとか、山に登れるとか……。
 全て大病をすれば捨て去る事になる。
 きっと死を間近に意識した時、人は当たり前に日々、食べ、歩き、寝て起きて、笑い、泣く。そんな当たり前の日常の尊さを体感智する。

 本質的な幸せの自覚は日常の密度を大きく変えていく。

 我が子の事も同じなのだ。
 ジャパンハートがやっているSmileSmileProject(がんの子どもたちの旅行のサポート)などを経験してると、最後に親が子どもに望む事は、いい子でいることでも、勉強ができる事でも、いい学校や就職先を得ることでも何でもない。ただ、そこで生きて存在してくれていれば、それ以上何も望まないのだ。
 親にとって子どもに望むことは、そぎ落としていくと、ただ生きていてくれることだと分かる。そして、それこそが本質的幸せであり、それ以外は贅沢な幸せなのだと分かるのだ。
 だから昔、一休上人はこう詠んだのだ。
 「親が死に、子が死に、孫が死ぬ。この上の幸せはなし。」
 
 だから幸せには二つの方向性があることが理解できる。
 一つは付ける幸せ。いつもあなたが求めているものだ。
 もう一つ、そしてより本質的な幸せ。そぎ落としのその先にある幸せ。

 そしてとても個人的な見解なのだが、そぎ落としの方向の豊かさや幸せを得なければ、本当には人生は豊かにはならない。それは空気や水の有り難さを自覚できることに似ている。
 豊かさは積み上げるだけではなく掘り下げる事もできるのだ。

 別の角度からの例えとしては、かつてある武道家は無数の技を身に付け本当に取り込んだ時には、技を捨て去ることになると表現した。
 その時、無敵となると。
     
 そして、海外医療も実は同じなのではないのか。

 敢えて詳しくは語らないが、そぎ落として、そぎ落として、その結果。
 全ては自分自身の為にやっている行為だと悟ることになる。
 他人のためにやっているという人は、その入口にいるに過ぎない。
 そういう人間は常に主体としての自分と客体としての患者を意識する。
 だから心が常に動揺する。

 しかし、全ては自分の為なのだと体感智すれば、医療という相対的な行為から客体が消え去り、主体としての私だけが存在する世界観になる。病人や病気を相手にしながら、常に我が人生との対話を積み重ねていく。
 つまり、病というものを通して我が人生と向き合っているというそれだけの状態がそこにある。
 大した病気や危険を目前に置き、避ける事も逃げる事も自由。
 誰も私を責めることはなく、逃げてしまえば責任など発生しようもない。
 リスクを取らなくても臆病とは言われず、自らに理性的な判断なのだと、言い聞かせる事もできる。
 未来は多層的に広がっているだろうが、その中で選べる未来はたった一つ。
 それ以外の未来はそれこそ未来永劫、この世から消え伏せる。
 その決断がよかったかも悪かったかも分からぬまま時間は進んでいく。

 どんな時もそこにいるのは、満たされた私でもなく、満たされない私でもなく、他人の為に頑張っている私でもない。
 ただひたすらに心の声に従ってやらねばならぬことを為している自分が存在している。
 すでに求道の道のただ中にいる。
 誰かが口にする理屈は既に遠い風の音のようになっているだろう。

 その時、私はボロを纏っているのか、暖かい立派すぎるコートを着ているのか、藁を噛んでいるのか、贅沢な食を噛み締めているのか。
 どちらでも構わないのだ。
 心の目はそんなところを見てはいない。
 表面的な豊かさや貧しさなど、私を何も縛りはしない。 
 水の美味しさを知っている人間には、それ以外は誤差に過ぎない。

 私の人生にとって最も大切なものは何かを知ることは、まさに水の美味さを知る事なのだ。

 あなたも自分自身の人生と対話してほしい。
 他人の意見や目線などの世界から離れて。
 リスクをとって未来を開く方がいい未来が訪れると信じているのか?
 それともそんな信心は採用していないのか?
 あなたはどちらの人生を信じているのだろうか?
 あなたは、あなたが誰かの事を思い祈りを捧げるその行為に、あるいは誰かへの思いはきっと届くと信じている、その在り方を採用するだろうか?

 もしあなたが、私と同じくそれを信じているのならば、きっと今日助けられなかった同じ病に苦しむ人を、あなたも10年後はきっと救えていることだろう。

 あなたが1番好きなことは目の前のそれか?
 あなたがそんな風に生きたかったのか?
 あなたは誰かの為の犠牲だと言うけれど、ホントにそうすることがその誰かを最も幸せにする保証はどこにある?
 
 いつもいつも自分と対話してみることだ。
 
 
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by japanheart | 2020-02-28 20:57 | 基本 | Comments(0)

ジャパンハートの目標

 2020年を境に日本を取り巻く状況は大きく変わる。経済的にも安全保障分野でも、国際情勢も国内の高齢化や社会保障分野での人材不足も。
 たとえ専門家でなくてもそんな足音はよく分かる状態になっている。
 ”20年”は、私が時代を測る尺度として考えている時間の概念だ。
 私が生まれた1965年は丁度、第二次世界大戦が終わって20年目。1945年、日本は焼け野原で壊滅していた。
 わずか20年で日本は既に東京オリンピックを終え、その5年後にはアジア初の万国博覧会である大阪万博に数百万人が押しかけたのだ。
 1985年はプラザ合意を終えてドルの自由相場に移行し、日本は翌年からバブルに突入する。
 それからわずか5年目の1991年、ベルリンの壁は崩壊し、ソビエト連邦は瓦解、東西冷戦は終結した。
 20年後の2011年に東日本大震災、その10年前の2001年はニューヨークで旅客機がワールドトレードセンターに突っ込んだ911のテロが起こり、時代が大きく変わっていった節目となっている。
 それから20年。

 どんな時代になるのだろうか?

 大きくうねる社会の中で怯え続けていても仕方ない。自分は自分にしかできないことをしっかりやっていくことを考えないと。

 私にしかできないことは何だろう?
 私がいなければなかった世界とはどんな世界なのだろうか?

 そう考えてジャパンハートの近未来をビジョンしてみた。
 私がいなければなかった世界がそこにあるための必要条件、そしてその指標。

ジャパンハート三つの指標
1)日本一のブランドとなる
2)日本一の規模となり、多くの雇用と絶大な裨益者の利益を実現する
3)これから勃興するであろう無数の日本のNGOの先導役となり、時代を加速させる


 三つのうちの2)3)を達成するためには1)の通過点を押さえなければならないだろう。
 特に3)は時代からジャパンハートが課せられた使命だと感じている。

 なぜ、ドラッカーがこれからはNGO・NPOが世界の主役の一翼になると考えたのか、この世界の流れを見ていると少しずつ分かる気がする。
 私が若い頃に流行ったようなアイドルはもう生まれないとよくいわれる。
 その事と同根のように思う。

 すなわち、この世界はかつてないほどに個人が大切にされ、個性や多様性が重要視される時代になり、それは今後も加速していくだろう、きっと。
 大切で個性的な個人は、多様性を大切にする世界の中で、彼らの細分化された要求を世の中に発信し、そしてそれを世の中で叶えてくれる存在が顕れてくる。

 誰もが同じものに価値を感じなくなる。いやむしろ、同じものしか好まない人間を世界は軽蔑するようになっていくのかもしれない。
 大企業のマスを対象としたマーケティングは、どんどんその規模を縮小していくだろう。
 きっと近い将来、大企業のしていたマスマーケティングは何と効率の悪いやり方だったのかと、反省の材料にされていることだろう。
 例えば、テレビの車のコマーシャルは、巨額のお金をかけて免許のない人々や子どもたちにもマーケティングをかけていることになる。
 これからは個人情報を元に、ターゲットマーケティングにどんどん切り替わることだろう。遥かに低コストで、遥かに効率よく成果を出すことだろう。

 では、誰がその細分化された個人の要求を叶えてくれるのだろう?

 それは大企業では不可能なのだ。
 そう、それがNGO・NPOの主戦場となるなのだ。
 無数に現れたNGO・NPOが、細分化された社会的ニーズにマッチングしていくだろう。
 大企業は抽象度の高いプロダクトを生み出さなければやがて衰退していく事になるだろう。そしてその衰退までのサイクルはもうかなり早まっていると思う。

 そしてそういう環境がおおよそ実現した世界では、企業とNPO・NGOの格の違いはほぼなくなり、より大きな母集団に向けたニーズに応えようとする企業と、小さく細かいニーズに応えようとするNPO・NGOとどちらで働きたいか、あるいはどちらの方が働きがいかあるのかというその基準で職場が選択される。
 多くの若者が新卒でNPO・NGOに就職し、優秀な若者もたくさん入ってくるだろう。
 一流企業や商社に入った若者が数年で辞めてNPO・NGOに転職する光景を当たり前に見かけるだろうし、その人たちがさらに時代の流れを加速する役割を担う。
 また、もしかしたらメインの職場をどちらに置くかは別として、その両方に籍を置く人も多く存在していると思われる。

 そして、今後しばらくジャパンハートがその先頭に立ち、多くのNPO・NGOを刺激し、誘導し、サポートしながらどんどん時代を先へ進めていきたいと思っている。

 で、結局、その先に何を見ているのかというと、

人の価値が、その人生の価値が、どんどん大きく高くなってる、そういう世の中にしたいと思っている。

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by japanheart | 2020-02-08 08:30 | 基本 | Comments(0)