特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

カテゴリ:基本( 91 )

場のちから

 以前からパワースポットブームが続いているが、私自身にそういうことを特別に感じとる能力があるわけではない。

しかし“場のエネルギー”というものはやはりあると思う。

 例えばスポーツの試合での、ホームとアウェイ。言うまでもなく、ホームでの場のエネルギーは絶大だ。
また、ある人と一緒にいるだけでとても幸せに感じること。それはおそらく、その場のエネルギーが安定しているのであろう。
 
 私の場合、手術室でよくそれを感じることがある。その一つの閉ざされた空間を、自分の“リズム”でコントロールしたいと強く思う。その中で、誰かが自分のリズム以外の音や動きを発すると、求めていたリズムが著しく乱されるのがよくわかる。誰かが何かを落とした音や、私語や、咳払い、歩く動きや足音でさえ、私の意識がそちらに引っ張られていくことがよくわかる。

e0046467_14070091.jpg
 
 それはオーケストラの指揮者のような感覚であると思う。その場のリズムが乱されると良い演奏があり得ないように、スムーズな手術は難しくなる。リズムの乱れはミスを誘発する。
 
 私が本当に最高の状態にあるときというのは、術野に意識が縮小固定された状態ではない。術野には他より高い密度の意識が投下されつつ、その他も十分に意識下に置かれた状態、すなわち手術室の全体を見渡すような意識を意味する。
 脳が予想外の情報を与えられると、私の場合、妙にそちらに意識を持っていかれる。この間、術野ではベストパーフォーマンスが成し遂げられない時間が続く。そしてそれを回復するには、思った以上の時間が必要となる。
脳が予め予想していない出来事が術野の中で起こることも同じで、予想通り動かない助手や、突然吹き出した血液によってもリズムは狂ってしまう。
また、たとえ優秀であっても新しい人と一緒に手術を行うと、リズムの調整には時間がかかる。
脳は未経験の事柄への調整には、時間を要してしまうのだろう。

 ついでにいうと、このリズムはその人特有のものであり、他のリズムで代用は効かない。手術の時、音楽をかけたり、メトロノームを動かしたりする人もいるが、私はそれはしない。私の場合、私の生来のリズムは、代用したリズムではいくら安定していても決してベストの状態にはなれないと信じているからだ。


 手術のみならず、物事を進めるときに私が最も意識しているものの一つがこの“リズム”であり、リズムから作り出される“場のちから”である。

 場のちからとは、「その中心になるもののリズムによって作り出されたエネルギー場」といういい方ができるかもしれない。この場との相性は、その場に存在する人間にとってとても大切なこととなる。 
 
まさに、神社やお寺や古い樹木を中心に形成されているパワースポットのようなイメージ。

e0046467_14454281.jpg

ある人はそれをある種の雰囲気と表現するかもしれない。

 常にこの場を作り出すことを意識している。
この場は、一定の周波数のリズムによって統一された世界ということになり、その周波数以外の存在は、周波数を変えてアダプテーションするか、その場から出るかという選択になる。

この場を上手く作り出すことができれば、能力が多少低い人がいてもそのリズムの流れに巻き込みながら結果的に合格点のレベルまで持っていける。

 なぜあの時あのような行動をしてしまったのだろう?とか、なぜあの時あのように考えたのだろう?
と後になって思うのは、その時の場の影響をかなり受けていたものだと思われる。
 この、場とその人間との関係性を上手く利用することかできれば、能力以上の結果を得られる可能性がある。しかしたとえ無意識であれ、場の選び方を間違えてしまうと、能力が発揮できないということが起こりうる。

 ある空間に入った瞬間に、まず、場と自分との相性を感じとる。

e0046467_14521369.jpg

それは時として、暗いとか明るいとかいうイメージとして伝わって来るかもしれないが、悪ければ離れる、勝負しない、長居しないという手段を、常に心に留めておくとよいかもしれない。
 
 自己の能力や性質は、相手や周辺環境や時間的なタイミングとの関係性の中にあることを、自覚する必要がある。
過去に上手くいったのも、それが良かったからであり、くれぐれも自分の能力だけでそれを成し遂げたと思わない方が賢明だ。
この時代の・この時期に・この事柄を・この人がしたから、上手くいったということ。


 リズムと場ということを少し意識して生きてみると、世界を違う角度から理解できるかもしれない。

 
 






 

by japanheart | 2018-06-30 20:24 | 基本 | Comments(1)
 「私たちが習っている様々な勉強は、社会で実際に役に立つのですか?」

ある高校での講演会の最後に、生徒から受けた質問だ。
その質問の背後にある(そうは到底思えないのですが?)という彼の言葉を見てとることは容易であった。
誰でも一度は思ったことがあるだろう。

私は「はい。ほとんど役に立ちません。ですが、皆さんが習っているそれらの学問で皆さんは評価されます。ですから、皆さんが役に立たないと思うのであれば尚更、早く切り上げる為に集中してそれをやりきることをすすめます。」と答えた。

 かつて、このやり取りを含めこのブログに載せたことがある。それがどこかに転載され、あっという間に凄い数の批判コメントで埋め尽くされた。

「私は役に立っている!」
「こんな奴は医者にしておいては駄目だ!」
「教育は絶対に必要!」
「お前は役に立たなかっただけだろう!」
等々。

 しかし、化学記号や摩擦係数の測定、素数なんかを本当に社会に出て使うのだろうか?

e0046467_14473725.jpg

正直、先の高校生たちの体感覚はやはり間違えていないと思う。
 大人が論を労してもやはり多くの高校生たちは、「何でこんなことを勉強しないといけないのだ!」と思っているに違いない。もし学力の優劣で評価されず、将来に影響を受けないのであれば、多くの高校生が勉強など放り出してしまうと思う。
 
 親や周囲の大人たちは勉強自体の目的を、いい大学に行くため、いい会社に勤めるため、将来食いっぱぐれがないようにするため、リッチな生活をするためなどと言う。
しかしそれは、教育を受ける根本的な目的とズレてはいないのだろうか?
 
教育の目的とは、本来、人間力を付けるためではなかったのか?

教育が手段となってしまっていることを放置して、教育は大切だと言われても説得力に欠ける。そんなことは、子どもたちは見透かしているのだ。
それより、彼らが無理矢理に机の前に座り、興味も理解する気もない科目を一日中ぼーと聞き、無為に時間をやり過ごしている有り様を何とかしなければ、ひいてはこの国全体の機会損失へと繋がりかねない。

 教育という名のもとに、興味もない多くの若者の大切な時間と可能性を奪っていないか?
それは大人たちが、自己否定を恐れ、時代が凄いスピードで進んでいるにも関わらず、過去の方法論に固執し、凝り固まった教育の概念に囚われているからではないのだろうか?


 と、いうところまでが前回のブログに書いたところであった。

 さて、今日の本題はここからになる。
というのも、私のなかで教育の目的がある程度、明確になったからだ。

結論からいうと、

 教育の目的とは人類を進歩、発展、進化させること。

それが主目的になる。
そして教育を受ける人間が増えるほどに人類の進化は加速する。理由はこの後の流れから理解してもらえると思う。

 最近その重要性が強調されている“リベラルアーツ”。それは個人を主にイメージして語られることが多い。
個人の人間性への還元が本来の目的ならば、国家を挙げて、同じ科目、内容をやらせている意味が分からなくなる。それは画一的な教育内容ではなく、個個人の特性や個性、才能に合わせて最適化されていかなければ不十分に終わるからだ。

ではなぜ、全国民に対して等しく同じ教育内容を押し付けているのか?
なぜ、社会に出て到底役に立たないような知識を堂々と押し付けているのか?

今の時代、「私には役に立ちました!」等という一個人の感想のような稚拙な回答だけでは、多くの子どもたちは納得などするわけがない。

 さて、ここで人類の進歩とはどのようにして成し遂げられてきたのだろう?ということを考えてみたい。
 歴史を辿れば、人類を進歩させるような発明や発見は、わずかな数の人を中心に成し遂げられて来たものだ。産業革命の原動力となった蒸気機関の発明や、電球や電気の発明は、同時代の人びとが大勢で協力して作り上げたわけではない。ある人間を中心とした数少ない人びとが成し遂げたのだ。
それはips細胞もしかり。数学の理論や物理学の発見も同じだろう。コンピューターの発明やインターネットの発明なども、多くの人びとが与り知らぬところで成し遂げられてきた。
大多数の人びとは、そのユーザーであっても、発明する人ではないということだ。

 ある人の発想、発明を周りの人がサポートし、あるインノベーションが成し遂げられて人類は進歩していく。
言い換えれば、その人たち以外の人は、その発明や発見に対しては不要な人たちだったということになる。結果的にその無数の不要な人たちが投入した、その分野へ莫大な時間と労力は全て無駄だったということだ。せいぜい、何らかの形で飯の種になっている人間が少数いるだけだろう。

 しかし、本当にそうだろうか?

他の人間は全くの不要な存在であったのだろうか?
全ては無駄な労力と時間であったのだろうか?

 私の結論は、例えば、「一人の物理の天才を排出するためには、物理に関する無数の凡人の存在が必要になる」というものだ。
 
 一人の天性の才能を開花させるには、無数のライバル、無数の競争、無数の他人との比較という事象を抜きにしては語れない。
 子どもの頃から他人との様々な学問分野の競争の中で、挫折や称賛を経て、やがてその人が才能ある分野へと辿り着く。
その他の人間は皆、その人の才能を開花させるための肥やしになる。極論すれば、たった一人のその分野の天才の為に、その分野を経験した人類の残りの人間は、全て当て馬のような存在だということだ。
その人間の才能を刺激するために多くの人間は存在することになる。
 逆に考えてみると、その人間にいくら才能があっても、その人だけでは偉大な発明や発見などできない。その人間の才能は、それ以外の人間によって刺激され磨かれていく。その分野や他分野での競争や批判、優越感や劣等感がその人間の才能を開花させていく。

 こうして才能を開花させた人間たちが、様々な分野で発明や発見を成し遂げながら時代を一気に進めていく、人類に発展をもたらしていく。

e0046467_15050964.jpg


そういう視点でみると、教育を受けているほとんどの人間は人類の進歩に無関係ではないことが理解できる。

 その人は一粒の水の分子かもしれないが、その無数の分子が集まり、流れを作り、川となり、その流れの中で、ある人が才能を開花させ、人類に恩恵をもたらしていく。

これこそ教育を行う意味だと思っている。
見方を変えれば、教育を受けた全ての人間が、皆で人類の発展を創り上げているということだ。
天才は種、その他の人間は土や肥やしということだ。

 だから、別に社会に出て知識を使えなくても問題はない。
教育というシステムは、もっともっと大きな枠組みの中で動いているのだ。
そう。だからこそ、全ての国民に全く同じ内容の義務教育を9年間も押し付けている意味があるのだ。
 
 問題は、義務教育である小学校・中学校過程を終えてもなお、既に自分に才能や興味がないと判明している学問をやらされている高校生や大学生たちだ。自分に才能がある分野を探求するというプロセスに進めず、時間を無為に浪費している高校生や大学生たちは、数多く存在するのだ。
皆が当たり前に高校へ行く、大学へ行く。良かれと思って国が大学の門戸を広げているならば、少し考え直した方がいいと思う。

 とは言え、これほど個人が大切にされる時代の中、なぜ多くの人たちは、自分にとって生涯ほとんど役に立たないような、無駄な、しかし人類にとっては多分、極めて有益なその教育という機会を、義務という形で押し付けられなければならないのか?
人類の発展など興味もなく、自分の人生が豊かになればいいだけなのに、という人も多いだろう。
それに対する答えは、人は生まれたその時から、先人達の犠牲の上に、人類が歴史上成し遂げてきたその発展の利益を先に受け取っているから。 
つまり人間は利益を先取りしてしまっているわけだ。
先人達の利益を受けるだけ受けておいて、自分は誰の利益にもなりませんは通用しない。
人は生まれた時より受けているこの前借りの利益を、未来の人類に返す義務を負っている。
そして先人達と同様に、自分も一粒の水分子になり、流れの一部になり、人類の発展に参加することとなる。

e0046467_14525283.jpg


 多くの人は盲目的に、教育は大切だと言う。
それは本当に、自分の人生が豊かになったと理解して言っているのだろうか?
あたりまえに教育を受けた人間は、教育を受けていない自分の人生を経験していない。ではなぜ、教育を受けた方が幸せだと自信を持って言えるのだろうか?

教育を受け、いい会社に就職して、十分なサラリーをもらえたからと言うならば、それは競争の手段であって、教育そのものの大切さなどとは関係ない。
そんなにも教育が大切ならば、どうして若い人たちがあれほどに反発したり、それを手に入れることに必死になれないのだろうか?彼らは利口ではないからか?教育が大切と言うときの教育とは、学校で教わることなのか?あるいはそれ以外のどのようなものを指しているのか?

 途上国でも、教育が大切だからと先進国の人たちが画一的に学校を建てまくる。ということは、彼らの考える教育とは学校で学んでいる学科というものを指すのだろう。
もしも人間にとって、私にとって教育が大切なのだと言うならば、果たしてその教育は他の人間が言うところの教育と同じものを指しているのか? 
個人単位で見たときに、読み・書き・そろばん(計算)という基礎中の基礎だけでは、何が足りないのか?

 ここで私が伝えたかったのは、国が行う教育と個人が求める教育は、同じゴールを目指してはいないということ。
国はあくまでも国家にとって有益な人間を生み出す為に、明治時代から教育を始めた。それは平成の今も変わっていないと思う。しかし個人が教育を受ける目的は、人間性を豊かにし才能を開花させることにあり、いい学校へ行ったり、いい就職を得るためだけではないということ。
国家にとって役に立つ人間をつくろうとしている教育は、その子どもにとっていいものとは限らない。だから日本の高校生たちも、あれほどに不信感を持っているのだろう。

 個人の幸せを追及できるようになった今の日本にあるのは、国家の求める教育と個人が求める教育の目的にズレが生じているにも関わらず、それを同じ教育だと信じ扱っている現実なのだ思う。



by japanheart | 2018-05-30 12:46 | 基本 | Comments(0)

能力という弱点

特に最近、強く思うことがある。

私がもし医者でなかったら何をしていただろうか?

もし医者でない立場で途上国で何かをするならば、何をしていただろうか?



e0046467_17404670.jpg



私は医者であることにこだわり続けてきた。

いい加減な自分ではあるけれど、患者や医療者たちの前では医者であることを自覚し、行動し、誇りを持って生きれるようにと、いつも強く自分と向き合ってきた。


海外でたとえどんな逆境にあってときでも、自分がメスを握り、患者たちを救っていくイメージを常に心に留め置きながら前にすすんできた。


でも、もし、私が医者でなかったならば、あの悲惨だった人々の現状を見過ごして生きていただろうか?

それとも止むに止まれぬ心が動き出し、何かを為すために前にすすみ続けていただろうか?


プレイヤーに拘り、プレイヤーとして患者に向き合うことを当たり前に選び続けてきた。


統制の厳しかったミャンマーで綱渡りのように医療を続けてきた。

もし医者でなかったならばそれも不可能だったのだろうか?



人は武器をもつと武器に拘り、型をもつと型に拘る。

それが可能性を奪っているなどとも気付かずに。

それゆえ、武道の達人は、型に入り、型を捨て、やがて自由の境地に入る。


弱い自分が、もしも武器を持っていなければ、自分より強い相手に立ち向かわない。ゆえに殺されることもない。

もしも柔道などの型を知らなければ、その個人の秩序ない拳や蹴りの動きは相手には読めず当たることもある。

型を知っていれば、その防御の策は必ず準備される。


自分の強みだと思っていたことが、実は弱みだったと気付いた。


ある日ふと気付いたのだ。


e0046467_09080016.jpg


もし私が医者でなかったならば、たとえミャンマーのように、どのような困難な状況のときにあっても今頃、病院の一つや二つ建てきって、もっと多くの人々を救えていたに違いないと。

自分ではできないから、他人の力を借りる。

自分の力に必要以上に頼るより、人々の才能を信じて借りてくる。


50歳を過ぎ、そのことの威力を思い知ったのだ。

目が覚めて、世の中にはすごい才能の人間がごまんといることに今更ながら気付いた。

私がすべきだったのは、自分で刀を振り回すことではなく、この人たちの力を借りれる仕組みを作ることだった。



私は医者が得意だ。

手術も得意だ。


しかしそれこそが私の最大の弱点だったのだ。


人は一生涯を得意なことだけして、生きてはいけない。

医者の人生は、私の人生の一部でしかない。

人生はきっと医者をできなくなった後も何年も続くだろう。


だからこそ私の命が最も活きる道を見つけなければならない。


遅すぎるとしても今始めるしか道はない。



by japanheart | 2017-04-30 07:35 | 基本 | Comments(1)

苦労は買ってでもしろ?

将来の夢やビジョンはどうしたら生まれてくるのだろうか?
よく若い世代の人たちから受ける質問だ。

自分にはビジョンも夢もないから、という。
別に夢やビジョンがなくてはいけないわけではない。そんなものなくても十分幸せに生きていける。
夢やビジョンがなければ、日々の生活が充実していないわけでもない。
むしろ夢やビジョンはその人の人生を大きく変えてしまい、大きな災いを生み出す可能性もある。
言葉には、その言葉自体が持つイメージと裏腹に大きなマイナスをはらんでいる可能性があるのだ。
夢やビジョンという言葉は、まさにその一つだと思う。
愛という言葉も、そういう言葉の一つだろう。

人の一生は山あり谷あり。
一時よくても、全体を通して惨めな一生を送っている人間はたくさんいる。

人生はマラソン。
だから、42.195キロという人生を全体としてもっとも満足できる走りにしなくてはいけない。
中盤や前半の一部だけ、いい走り、満足できる走りをしても、最後にだらだらの状態になったり、途中棄権という人生では取り返しがつかない。

だから目の前の事態に対しては、当然全力で取り組むにしても、たとえ悲惨な状態であっても人生を投げたり諦めたりする必要もない。
人は小説や映画の中では、災難に見舞われ絶体絶命の主人公がそれを乗り切り、逆転の結末を迎えたとき、えらく感動し、涙を流しながら、自分の人生もそうありたいと心に誓う。
しかし、現実に自分の人生に同じような事態が訪れると途端に弱気になり、愚痴りはじめ、悪い結末を想像し、最後には現実に押しつぶされてしまう。

 しかし、人生はそこで諦めて走ることをやめなければ、必ずもう一度幸せになるチャンスは与えられている。

一方的にエネルギーを消費するマラソンと大きく違う点は、それを行っている人間のエネルギーを再び大きく高めることができるという点にある。
 だから途中棄権しないで走り続けなければならない。大きな失敗は、やがて大きな幸運を呼び込む糧になる。
特に若いうちに失敗や苦労から得た知恵や体感は、成功の母となる。
私がまだ子どもの頃、祖父に枕元に呼ばれ
「若いうちの苦労は買ってでもしろ!と昔の人は言った。現在はそういう時代ではなくなり、買ってでも苦労をしろとは言えないが、苦労をしておけば将来きっとためになる」と、何度か言われたことがある。
苦労という言葉に付きまとうイメージにも裏腹に、大きなプラスの可能性が秘められている。

e0046467_2144315.jpg


立ち止まっている人間には大きな苦労は訪れない。
しかも、立ち止まっている人間に訪れる苦労はやがて、薄められて効果も薄くなっていく。
人間は同じ苦労を経験しているとやがて適応し慣れ始めていくことができるからだ。

今世の中は、成功するのにもお金持ちになるにも、別に苦労しなくても良いではないか。という考え方がある。
それはそうかもしれない。お金儲けで別に苦労してする必要はない。
しかし、人生はそうではない。やはり苦労はしておいたほうがいい。
人生の幸せをその根で支えてくれるのは、まさにその人の苦労なのだと思う。
「苦労を買ってでもしろ」のその真意は、「行動しろ、そうすれば苦労が手に入る」ということだ。

大きな行動をすれば大きな苦労が手に入る。
大きな行動を起こすには、夢とビジョンが必要になる。
マラソンも走るコースが決まっているように、本来は、人生もすすむ方向が定まっている方がいい。
夢やビジョンはその方向性のあることだから、それがあれば、そちらへ向かってとりあえずすすむことができる。

日々の幸せとは、良いことで埋め尽くされているわけではない。
何もない日常で埋め尽くされるわけでもない。
人は適合し慣れが生まれ、同じ状態では不感症になっていく。
何も起こらない日常は平穏な日常ではなく、つまらない日常へと変わっていく。
そのつまらない日常もあなたが癌にでもなれば、再び、輝き始めるだろうが。

何でもない日常に幸せを感じたければ、良いことでデコレートしたいと思えば、必ず苦しみや悲しみという要素が必要になる。
 
夢やビジョンは動かない人には生まれない。
思考もエネルギー。
夢もビジョンもエネルギーだから、生まれても動かなければ、色あせ失われていく。

日々、目の前の変化に敏感になろう。
そして、その小さな変化へ自分から積極的に関わっていこう。
そして、その変化の振幅が大きくなっていくのを体感しよう。
やがて、そこから夢やビジョンを持てるようになる。
その過程で、必ず苦労を背負うことになるだろう。
もしそうでなければ、そんな夢やビジョンは捨ててしまおう。
人生は飛行機と同じで、向かい風がなければ飛べないようになっている。
前に向かって走るスピードは、あなたの生きる密度となる。
それが早ければ早いほど、向かい風、世の中からの風当たりは強くなるだろう。

しかし、やがて自分の体がふと浮かび上がる瞬間がやってくる。
空から見下ろすその景色は、あなた自身の人生の景色そのものになる。
それは安定して地上にいたときとは全く違った景色になる。
その見える範囲が、あなたの夢とビジョンの範囲なのだ。
高く飛べば飛ぶほど必ず重力が増していく。
その重力の大きさこそが、自分が背負う苦労という。
より高く飛ぶは、より大きな夢を持つと同じ。
大きな夢を持つほど、より苦労を背負う。人生も世の中の理も全く同じである。
より高く飛んでいる人間の見ている世界は、低いところを飛んでいる人間からは理解できない。
だから夢やビジョンは自分より低い人間ではなく、高い世界にいる人に語らなければ理解してもらえない。

何事も効率だけが正義とされる世の中だから、50年のときを経て、祖父から受け取った大切な日本の知恵を若い世代に伝えておきたい。

 
「若いうちの苦労は買ってでもしろ!と昔の人は言った。現在はそういう時代ではなくなり買ってでも苦労をしろとはいえないが、目の前の時間に大切に生き、とにかく行動を起こせ。それはあなたに必要な身の丈にあった苦労をあなたに連れてくる。苦労を積み重ねていけば、かみ締めるほど現在が充実し、そしてその経験は将来もきっとあなたの宝になる。」

e0046467_21471040.jpg

by japanheart | 2016-12-31 14:39 | 基本 | Comments(2)
我が医療活動の原点を見つめ直す

 ある日、ある貧しい国で目の前に病気の子どもを小脇に抱え女性が現れる。
日本人の自分を見つけ、あなたの国は豊かな国なので、この子のために治療費を出してくれとせがむ。
あなたはその国の生活環境改善の任務を得て赴任している。
その国の劣悪な生活環境は、小手先のテクニックだけではとても改善されるわけもなく、何かしら抜本的な取り組みを始めなければ同じことが繰り返される。

e0046467_0231116.jpg


そのとき、あなたはその女性にお金を与えその子を助けようとするだろうか?
それとも、お金を与えずにその場を立ち去るだろうか?
もちろんそんな試みが成功したとしても、この国の現状には全く影響などない。

私の経験上、一般の人たちはお金を与えてその子どもを助けようとする人たちが多い。
逆に、いわゆる政府機関などで公衆衛生の大きなプロジェクトに関わる人間は、与えないことが多いような気がする。

絶対はないにしても、より好ましい回答というのはないのだろうか?
私ならばどっちの行動を取るのだろうか?

国際協力に関わってから22年目になるが、昔も今も私の答えは変わっていない。

私ならば、迷わず、お金を与える。

22年前、本当に劣悪な状況のミャンマーで医者として働き始めた頃、国際機関で働く多くの日本人から言われたのは、「ちまちま一人ひとりを助けていても仕方ないから、多くの人を一度に助けませんか?」という話ばかりだった。
私のような患者一人ひとりと取り組む作業は、かなりの批判的な意見を受けたものだった。

しかし、当時も今も、日本でも医療を行う医者というのは、それこそちまちまと、患者たちの病と日本全土で格闘している。なぜ、日本でも行われている行為を、途上国で行おうとすると批判されるのか?
私は理解に苦しんだ。そして彼らの考えに一種の違和感を感じたのだ。だから自分が正しいと思う医療活動を行い続けてきて今に至る。

最近思い返してみてわかることは、彼らは各論と総論を混同していたのではないのか、ということだ。
同じコンセプトでも各論と総論は全く、見える景色が違ってくるということだ。

いくつか例を挙げると、
ポリオという病気の予防接種が日本で毎年行われている。これは生ワクチンを使うので、その予防接種によってポリオにかかってしまう子どもが必ずわずかなパーセンテージ存在する。
その子どもは、おそらく予防接種などしなければ生涯、ポリオにかからなかった可能性は十分ある子どもかもしれない。
その子どもの人生にフォーカスしてみると、予防接種がなければよかったということになる。各論的には。
ところが、もし予防接種を行わなければ、多くの子どもたちが毎年ポリオに罹患し苦しむことになる。だから総論的にはポリオの予防接種は行われるべきものとして扱われている。

車や飛行機の使用も、事故で死んだ人間や家族にとっては各論的にはなかったほうがよかったものだ。

ルーズベルトやトルーマンが原爆を日本に投下したが、大きな航空写真や風景だけでなく、一人ひとり焼けただれて死んでいった人たちをリアルタイムで見せ付けられたとしたら、もう既に数人で彼らはその計画をギブアップしたと信じたい。

各論と総論は風景が違う。
全く逆の局面が見えることもしばしばある。
そのことを理解しなければならない。
大切なのは、総論の思考で各論を扱わないことだ。
政治家が、国全体を良くすると信じる政策を行うとき必ず犠牲になる人々が存在する。
それに振り回されてその政策をやめてしまうと、多くの人々が苦しむことになる。
しかし、その犠牲になっている人々を無視したときに政治家としては死んでいく。
必ずその人々の声に耳を傾け、個別に救う試みをしなければならない。
その個別の試みは決して全体に影響など与えないだろうが。

人は総論的な事柄を推し進めようとする時、必ず各論的な視点を強く意識なければ、道を間違うことになる。
その視点さえあれば、原爆投下などという人類の愚考など行われることなどなかったのだ。
日本社会でマイノリティーの声に耳を傾ける大切さもここにある。
各論に目を向ける意識は、大きな過ちを防ぐセーフティーボックスになるのだ。

だから私はその女性にお金を与え、その病気の子どもを助けようとするだろう。
一人の母親の声に耳を傾けて取り組めない人間が、大きな事柄をなそうとすると既に危険領域に踏み込んでいることになる。
ましてや、その病気の子どもの運命とその国の生活環境は時間スパンが違うので、全く結果に影響しないのに。

そして、自分の医療を振り返ると、医者になった動機は、やはり各論的に一人ひとりの患者に関わり助けることができればということだった。
その国の医療を良くしようとか、日本の医療レベルを上げようとかそんな気持ちは微塵もなかった。
はじめからあったのは、ひたすら患者のために働く自分の姿だけだった。

それを今も、ひたすら繰り返しているだけなのだ。

私の医療活動。
ジャパンハートの医療活動は、各論をひたすら愚直に繰り返す医療活動であろうと。
患者一人ひとりの人生を考える医療であろうと思う。

e0046467_038646.jpg


現地の医療者を育てることが一番、患者のためになるのならばそうしよう。
そうでなければ、それはしない。
それは総論的に理屈で良いからではなく、それが各論的に患者のためになるのならばそうするというだけだ。
だから政治を変えろという提言もしない。
それはそれでやる人たちがいる。
その人たちに任せればいい。

私たちはどんな時代になっても、どんな状況でもひたすら患者個人の人生に関わり続けよう。

それがこの活動に関わる多くの人々の動機であったし、今も私たちの唯一の共通した志となる。
by japanheart | 2016-09-30 16:40 | 基本 | Comments(1)
医療の届かないところに医療を届ける

これは私たちNPO法人ジャパンハートのモットーとしているものだ。
こんな当たり前のことがモットーになるとははじめ思わなかった。
しかし、ジャパンハートに毎年参加してくる数百人の人たちの参加志望動機書にもスタッフたちの発言にもそのモットーをよく見かける。

医療の届かない場所など世界中に腐るほどあるし、この先進国日本だってそんな場所はあちらこちらにある。
大都会東京にさえ、まともに医療を受けることができずにいる人たちだって数え切れないくらいに存在している。
 だから、あえてそんな当たり前すぎることを口にするなどということはする必要もないはずだった。

 私がこの言葉をもともと使った動機は、がんの子どもたちとその家族のためだった。

e0046467_16373560.jpg


日本のがんの子どもたちは、今では随分と救命率が改善されてきているとはいえ、かなり過酷な運命を背負わされている。助かればいいけれども不幸にもそうでない子どもたちはたくさんいる。
結果的に、助からないのならば治療で辛い思いをするばかりでなく、その生きている期間それなりの楽しいことも経験してほしい。
 しかし、どの子が助かりどの子が助からないかは、神のみぞ知る世界で私たちには結果はわからない。
 がんの子どもたちは、多くは母親が面倒を見てずっと長い期間を乗り越えていく。
 その子どもの兄弟姉妹は、病院にお見舞いにいってもなかなか患児に会うことはできない。
 抗がん剤の副作用で免疫系が低下している子どもに、風疹や水ぼうそう、はしか等を持っている可能性がある別の子どもを接触させることは致命的な結果を招く恐れがあるからだ。
 患児の兄弟姉妹たちは、母親と過ごす時間は激減し、多くの時間を父親や祖父母と過ごすことになる。
その期間が長期間に及ぶのだ。
それでも助かればいいけれども、運悪く亡くなってしまう子どもは最期まで兄弟姉妹との十分な接触が難しくなってくる。
 日本にいて小児がん治療に関わっている時、私は患者ばかりを見ていて、患者の家族やその兄弟姉妹の大変さまで思いを馳せることができなかった。
 ここまで視点を広げ患児やその家族をケアーすることが治療に値するのだろうと遅ればせながら気付いた。
 だから、私にとっての医療が届かない場所というのは、物理的に離れた場所や物理的に医療行為が成されていない場所を指すのみならず、医療者の意識の中に未だに認識されていない精神的な場所をも指していた。
 そうしてこのモットーを使い始めたのだが、多くの人たちにとってはそれはやはり物理的な場所を未だに指す概念であるようだ。

 ところで、このモットーを使うときに多くの人が全く勘違いしていると思うことがある。
 かつてジャパンハートは、頼まれてネパールの標高4,000メートル以上の場所に診療をしに行ったことがある。そんな場所はもちろん、医療が届かない場所だと思う。
 あるいは、現在でもラオスの山岳部、中国との国境地域に手術や診療をし行っている。
 もちろん、私たちが行けないような紛争地域、アフリカのどこかなど、世界中には多分私たちが治療に行っている地域よりも、もっと医療が必要とされている、物理的に医療が届かない場所が無数にあるはずだ。

 しかし、多くのスタッフも多くの参加者も、このモットーを使うときに大きく欠損している概念がある。
多くの場合、このモットーを使うときに意識されているのはその医療が届いていない人々の姿や地域のイメージだろう。
 一般企業であれば、私たちにとっての患者の利益は、まさに顧客の利益であり、もっというと売り上げそのものを意味するのかもしれない。
 だから、それを最高にするために努力するのは、悪いことではない。
 対象がお金ならば気付きやすいのかもしれないが、対象が患者たちの健康ということになると、霞がかかって見えなくなる。
 「患者のために」「患者様のために」という言葉は今や多くの人々には嘘くさく聞こえ、聞き飽きるほどの言葉だか、なぜそれが嘘くさくてもこれほど垂れ流されるかといえば、それが全ての人にとって絶対的な”錦の御旗”になるからだ。命は大切だというのと同じくらい当たり前で否定できない、してはいけない概念なのだ。
 お金儲けだけを追い続ける様な企業活動ならば、何度も足元を見る必要を感じるが、患者のためといわれれば、足元を見るという行為を怠ってしまうし、なんでもなし崩しになる。

 医療の届かないところに医療を届ける

実はこの言葉の中には二人の主人公が存在する。
 もちろんその一人は、医療を受け取る患者たちである。
 もう一人は、医療を届ける側の人たちだ。

 「医療の届かないところに医療を届ける」というモットーが最高の状態というのは、医療を届ける側と届けられる側のバランスが過不足なく最高の状態に達したときだ。
 まさに、おもりが釣合ったときのような均衡の取れた状態のイメージだ。
患者の利益が最大化するポイントが、このモットーが最高の状態であるわけではない。
患者に最高の利益を与えたとしても、医療者が疲弊してしまったり、命を失ったりしてしまってはこのモットーは最高の状態にはならない。
 だからこのモットーの元では”患者のため”という掛け声は完全な錦の御旗ではありえない。
医療を届ける医療者が過度に疲弊することなく、過度の危険にさらされることもなく、医療を行えるというポイントでたたき出す最高の患者利益がこのモットーが目指すところとなる。

 企業活動でいうともっと分かりやすい。
患者の利益は、企業の売り上げ。
医療者の状況が、労働者の状況と置き換えてみる。

 企業利益を最大化したとき、労働者が過度に疲弊していたり、危険に晒されている企業というのは、今の言葉でいうと、ブラック企業と呼ばれている。
 
 「医療の届かないところに医療を届ける」というモットーを実行する者は、患者のこと、そこで働く医療者のことを同じくらいに大切にしなくてはいけない。

e0046467_172251.jpg


 そのバランスを上手く取れないと、 やがて時間が経てば、医療を届けていた場所に医療が届かない状況に陥る。

 私たちの活動は結果、その両者のバランスを取りうる最高の状況を目指した場所で行われているに違いない。

 それが、ミャンマー、ラオス、カンボジア。
 日本の離島や東北。
 そしてがんの子どもや家族への企画ということになるのだろう。
by japanheart | 2016-08-24 03:24 | 基本 | Comments(0)

日本の戦い方

日本の戦い方

一体いつからこのような考え方が蔓延ってしまったのだろう?
どのような過程でこうなってしまったのだろう?
日本では全ての予算が単年度で決済される。
政府の予算などはその傾向が強い。
私たちが関係するODAなどはその傾向が顕著で、その年に決めた予算を何が何でも消化しなければ次年度は予算が減らされるという。
今年は予算をセーブして余ったお金を次年度にもっと投入をなどとやってしまったら、余ったお金は返金させられて、もちろん次年度の予算は全く足らなくなってしまう。
NGOとしてある途上国で病院を作り、現地の医療者を育成しそこにある程度の運営システムを一から構築しようとする。
これを日本政府の予算を使って行おうとすると単年度予算X3年でそれを成せと要求される。
こんなこと不可能に決まっている。
相手は医師も看護師も日本の十分の一程度しか存在しない国で、目を覆いたくなるような医療状況の国であるからこそ、病院をつくる価値があるにもかかわらず。
この話を色んなところで日本の医学部の大学教授たちにしてみると、皆、失笑する。
日本の医者たちが一体どれくらいの時間とエネルギーを使い、技術を磨き医療を遂行しているかを理解しているからだ。
しかも3年でシステムすら構築しなければならないとしたら、普通は不可能に決まっている。
建物はお金さえあれば建つ。
しかし建物ではなく、その中身をつくるのが大切だし、それこそが日本政府がODAで失敗に失敗を重ね学んだ教訓だったにもかかわらずだ。

e0046467_1131121.jpg


しかし、そんな現実はお構いなしに相変わらず日本政府は自分たちの形を押し付けてくる。
「本当の成果を上げたい」のか、それとも「やったという形だけ示したい」のか?
その辺もわからなくなってくる。

それを管理する役人たちは決められたルールをひたすら守る権限しかない。
だから実現可能かどうかではなく、そのルールを守ることに全てのエネルギーを割くし、強要する。
一体このあり方のせいでどれくらいの人間の労力が無駄になり、どれくらいの私たちの税金が無駄になってきただろうか?
と考えると恐ろしいものがある。

何事も早いに越したことはないかもしれないが、時間をかけてみないと判らない事も沢山ある。
3年で正解であったものが、10年後には、不正解のことだってある。
物事は長い期間かけて見なければわからないのだ。
せめて10年スパンで物事を判断できないものか。
それくらいの期間、それに関わる意思がない人間や組織に大きな税金を投入する必要はない。

ところでブラジリアン柔術の400戦無敗の男、ヒクソングレイシーは面白いことを語っていた。
最近、日本人たちが格闘技の国際試合でなぜ勝てないのかという理由についてだ。
彼曰く、「日本人たちの本来の戦い方は長期戦で戦い、相手のミスを誘発し、そこに付け入るカタチで自分のペースに引き込み最後に勝利するという戦い方なのに、今の格闘技は短い時間制で瞬発力のみ必要とされ日本人の戦い方ができないでいる」というものだった。

戦前の柔道の日本選手権などは30分以上戦ったという。
その中で勝敗を決めたらしい。
今のように5分で全て決めなければならないなどという無理な戦い方を要求されない。
このような戦い方は欧米人のように筋肉量を重視する瞬発力を命とする人々には向いている。
肉を沢山食べ、瞬発力を増やす。
既に国際試合は欧米人たちによって都合がいいように知らぬ間にルールが変えられている。
戦前の日本人たちはほとんど肉を食べなかったが強靭な持久力の持ち主たちだった。
戦争中の3日間不休不眠の行軍などということは当たり前に成されていた。
今の日本人たちでは絶対できない所業だ。
既に敗戦によって食生活を変えられてしまい、知らぬ間に持久力を奪われていることに日本人たちは気付いていない。

第二次世界大戦だって日本はアメリカに対して短期決戦前提で臨んでいる。
こんな戦い方は日本の戦い方ではなかったはずだ。
日本が、長い歴史のある国であると豪語するならば、長い歴史を感じさせる、その知恵を用いた戦い方をすべきだったのだ。
100年の戦争という視点で戦うべき国なのに、1年や2年の戦いしか想定できないとは愚かなのだ。
既に戦いを始める前のこの時点で戦争に負けていたのだ。
ない資源の中でどのように戦略・戦術を立てれば100年戦えたのかという発想が必要だった。
その中で相手のミスを誘発しながら、負けない戦いが可能だったかもしれない。
だから、ぶちぎれて真珠湾攻撃などという馬鹿な作戦などありえなかった。

話を戻すと、こういう視点は今なを大いに意味を持つ。
私たちは日本人には単年度予算は合わない。
職人の国で、なんで即席に物事を完結しようとする発想になるのか?
時間をかけた熟成・発酵という発想を当たり前に生み出した国がなぜ1年や3年で全てを成さねばならないという発想に陥ったのか?
この文化と政治や行政の不整合性には何かしら歴史的にも人為的なゆがんだ意思を感じるのだ。

日本の国際支援は欧米ではできないような長期的視点で成されるべきではないのか?
たくさん数をするというのも大切だが、長期視点の支援もたくさん投入すべきだ。
様々な海外支援が日本政府が真に日本の利益のためになされるとしたら、もっと長期的視点に立った支援を投入したほうがいい。
単に政治家のリップサービスのためにあちこちに短い支援を散らすべきではない。

長期的展望に立った、欧米の組織では気付かないような、あるいはできないような支援とはどういうものなのか?という視点に今一度たってみる必要がある。

日本人たちが気付かなかった世界一の格闘家が教えてくれている視点は、単に格闘技のみではなく、もっと視点を広げればこれからの日本の国際貢献のスタンスに十分利用できるものだと思う。
by japanheart | 2016-07-23 09:18 | 基本 | Comments(0)

才能について

才能について

天・地・人。
天運・地運・人の運。
未来・過去・現在。

私が大学の頃、海外で遺伝子の研究をしている学者の授業を受けたことがある。
その中で今でも忘れない講師の言葉は、「人の運命はおおよそ遺伝子で決まっている。」
現在でも、遺伝子検査がこれからのトレンドになると予想されている。
どのがんに何歳くらいでなるのか?
どんな病気を何歳くらいで発症するのかをおおかた予想でき、その時までに前もって
例えば乳房を取ったり治療を始めたりできる時代がもうそこまで来ている。
その人にはどのような才能があり、何をしたら向いているのか向いていないのか?
そんなことまで予想できてしまうようになるのか?

本当に人の運命はそこまで遺伝子によって確定してしまうのか?
それゆえ、精子バンクで高額で優秀な遺伝子が取引されているのか?

私は才能には実は、二種類の才能があると考えている。
天・地・人の地と人の部分があるということだ(天の部分についてはまた機会があれば考えを述べる)。
地の部分(地運)というのは私の中では、先祖の運だ。
そこにはもちろん遺伝子の継承も当てはまるし、自分の先祖や現在の親の財産も含まれる。
生まれつき足が速いとか、記憶力がいいとかそういうものも含まれる。
いくら努力したところで、普通の日本人がイチローの運動センスやジャマイカのボルトに100メートル走で勝てることはない。
政治家の子弟は、300倍も政治家になりやすいというが、それは親の地盤という地運を継承するからだ。


ということは、やはり遺伝子や先祖からの継承という地運があの学者が言ったように人生の全てなのか?

私の中では地運という生まれ持っての運には一つの弱点が存在すると思っている。
そのことを理解し自らにそして他者に対するのとそうでないのとは本当に運命が変わってしまう可能性がある。

その弱点とはなにか?
この地運という才能に根ざした能力は生涯にわたって伸び続けることはないということだ。
どこかで必ずピークアウトする。
死ぬまでボルトがいくら努力しても記録を伸ばし続けることはできないということ。
先祖から受け継いだお金も地盤もそのままでは減少していくということ。

そこから得られる結論は、このような強い地運をもつ人間や組織、国家と相対するときは静かに長い時をかけ勝負を挑まないといけないこともあるということだ。
それが国単位や企業体になればもしかすると、数百年の時間を掛けて成されなければならないこともあるかもしれない。
江戸時代、大阪を日本一の商都にした淀屋はあまりの繁栄振りに幕府によって財産を没収されお取り潰しにされた。
そのことを予想した淀屋はその前に山陰に今でいう分家を行う。
この山陰で生きながらえた淀屋の末裔が幕末の維新に全ての財産を投げ打って倒幕を支えたのだ。



さて、もうひとつの才能、人の運。
ここの才能を切り開いたとき、私たちに生きる意味を大いに与えてくれることになる。

私がいるこの海外の医療地には毎年数百人の医者たちがやってきて手術を行う。
その中には今日本の医療を支えているトップクラスの医者たちも含まれている。
ある時、誰もが知る超有名病院のトップのの医者がやってきた。
その手術を私は横で見ていたが、その医者の手つきは決して器用な感じではなかった。
むしろ元は不器用な人だなと感じたほどだ。
しかし、手術は淡々と、滞りなく進んでいく。
そして、しっかりと終わっていくのだ。


e0046467_1723661.jpg



一方、結構手先は子どもの頃から器用にできていている人間は、むしろいつも器用貧乏で、
人が10回かかるところを5回でできてしまうと何でもすぐ飽きて長続きしなくなる。
不器用な人間は逆にいつも上手くできないという意識が働き、常に努力するモチベーションを維持できることが多い。

器用であるという地運、才能。
不器用であるという地運、才能。
例えば、外科の世界ならば、1000件手術を経験すると、この地運がものをいう。
器用な人間とそうでない人間の差は歴然で、圧倒的に生まれつき器用な人間のほうが手術は上手くなる。
ところが、両者が10000件の手術を経験したらどうなるのか?
このとき、どちらもすごいレベルになっており、甲乙を付けがたいレベルになっている。
この時点で、生まれつきの起用・不器用の差は単なる誤差になってしまうのだ。
むしろ、不器用な地運を背負っている人のほうが努力を怠らず大成することが多いのだ。

あるアメリカの研究では既にこのことが指摘されている。
すなわち、成功することに才能はほとんど関係ない、ということが。

多くの人が上手くいかないことを、自分の才能がないという。
頭が悪いだの、不器用だの。
しかし、それは単に努力しないことの言い訳でしかない。
地頭がいいだの悪いだのは、圧倒的努力の前には誤差に変わるのだ。

まさにそれが人の運であり、私たちの生きる価値を生み出してくれるものなのだ。
そしてもうひとつ大切な事実は、この才能にはピークアウトがないということだ。
生涯にわたって伸び続ける可能性があるのだ。
自分の努力によって。

先祖の運がたとえ貧弱でも、親の財産がなくても、運動神経が生まれつき悪くても、努力しだいで
生涯、伸び続ける才能とそれにかけるチャンスが私たちには与えられている。

二つの才能を混同し道に迷ってはいけない。
私たちには現在と未来を創造する力が与えられている。
地運に囚われず、自らの人生と才能を信じ、努力を続けていくほうがいい。



by japanheart | 2015-11-24 05:47 | 基本 | Comments(1)

アタリマエを疑う

”アタリマエ”を疑うということを日常化する


 ここ10年で一番私自身が変わったことは、”アタリマエ”を疑えるようになったことだ。

 この”アタリマエ”という常識の罠はどこにでも転がっている。

 しかし、こういう常識は時代や社会環境の変化でいくらでも変わることは誰だって理解できるだろう。

 70年前の日本は国家のために死ねることが常識的な正義だったし、今でもそうかもしれないが老後に備えて貯金をすることはアタリマエなことなのだ。しかし、これは本当なのだろうか?誰かがそう思わせているだけではないのか?


 よくよく考えてみれば、常識というのは誰かの基準であって、それを社会に浸透させていったものが多い。時の権力者や国内の大資本、今ではグローバル企業によってきっと私たちはある種の洗脳状態にある。マスコミだって、偏らない公平な視点といいながら、誰が見ても思いっきりバイアスをかけている(そして国民はそんなことを十分にアタリマエに嘘くさいと理解している)。


 「本当にそうか??」 と幾度となく自身に問いかけれるようになった。


 公務員は公僕である。

 病院が何より患者さんのために私たちはがんばっていますとか、

 アメリカは自由と正義の国だとか、

 イランやミャンマーは危険な国だとか、

 

 何でもいい。社会にあふれているありふれたアタリマエに全て??を一度付けてみて、その後、自分で調べながら、自分の頭で考え、結論を出すという経過を意識してやり始める。


 そうすると、面白いことに世界観が変わる。

 

 そこから導かれる結論は、やはり最後に信じれるのは自分の頭と体験だけなのだということになる。



 最近、わが子を全て東大の医学部に入れたある親の話が話題になっている。

 すごい母親だということかもしれない。

 受験は時間との勝負だから、恋愛は逃げだと確か言っていた。

 

 これはすごいということで紹介されたのかもしれないが、私の頭と体験は、それをすごいという結論には結び付けなかった。

 東大の医学部へ入るのがすごいことなのだというアタリマエを疑ってみたのだ。

 大体、東大の医学部出身=いい医者、優秀な医者、社会的安定という方程式には医局制度が解体し始めた今はそういう時代ではないと思う。

 また、私の経験では、10台の恋愛体験はすばらしいと思う。

 10台の恋愛体験は、20台や30台のそれとは全く違うし、すばらしい経験だと思う。

 それは決して逃避でない。

 それともうひとつこの年になって思うのは、10台や20台はまさに自己拡大の時期であったのだということで、我ながら後悔している。

 自己拡大は、すなわちさまざまなことを経験し、さまざまな人々と出会い、自分の視野を広め自己相対力を高める時期で、これが出来ていると30台や40台を越えたあたりからかなり威力を発揮できるようになる。ところが、医学部と医者の世界は、全く逆に人生が振れる。

 10台から学問は医学だけ、受験は忙しく、大学に入っても勉強に忙殺され、医師になってからも研修、レジデント時代と毎晩病院に泊り込み、医療をすることに明け暮れる。

 世界はこんなにも広く、世界にはこんなにもすごい人たちもいて、世界にはこんなにも価値あるものがたくさんあるのに、外へ外へと動かずに、内へ内へと人生が収縮していくようだ。

 そういう意味では医師になるというのは、人生の大変貴重な何かを犠牲にしてなっている可能性がある。その犠牲の前には将来の多少の収入の増額などほとんど価値があるとは思えないのだ。

 そういう世界に自分の息子3人も一度に引っ張り込んでしまっていいのだろうかと?と私は感じてしまう。それだけ優秀な子どもたちならば、きっともっとすばらしい世界が見れたのにとも思ってしまうのだ。




 私たち国際協力の世界では、現地の自立という概念が重宝される。

 学生たちと話していても、自立させるという言葉がよく出てくる。

 現地の医師や看護師たちに技術移転し、最終的には現地人だけで運営するのが自立であり、すばらしいことなのだというスタンスである。

 しかし、これも本当か?と疑っている。

 現地人だけで医療をすることが本当に自立ですばらしいことなのか?

 医療というのは患者のためにあるとしたら、患者が最も幸せになる仕組みこそが最も優れた医療の体系ではないのか?それを阻害する構造は改定されるべきものではないのか?と思っている。

 例えば、ビジネスの世界では、アタリマエに多国籍の人々が行きかい働いている。それを日本人だけで働いていないと自立していないのだとは誰も考えないだろう。

 なぜビジネスの世界では外国人が多く働いていても自立していないとはいわないのに、国際医療の世界では外国人が混ざっていると、あるいはたくさん働いていると自立していないと考えるのだろう?それって誰かの洗脳なんじゃない?と思っている。

 現に、ユーロ圏は医師たちは比較的自由に医療を出来る仕組みが整いつつあるし、アセアンでも医師の免許は統一の方向に動いている。ということは、そういう思考回路自体が、古い、人や経済の流動性が弱かった時代の発想であると思うのだが。既に世界は、大きく動き出し人々が国家という仕組みを超えて混ざり合う時代に突入し、現地人だけで運営される医療がすばらしい自立したあり方なのだという概念を吹き飛ばす段階まで来ている。


 今まで常識と思っていた事柄がどんどん音を立てて崩れていく感覚がある。

 それは同時に、全くすごい可能性の時代の中に自分がいることと、その古い常識や既得権益にしがみつく人々の近未来がかなり厳しいものになっていくだろうことを感じさせる。


 世の中には二通りの人間しかいない。

 自ら変わる者と、無理やり世の中の力によって変えられる者。

 自ら変わる者は、新しい時代に上手く合わせるチャンスと時間をもてる。

 常識を、アタリマエを疑えず、最後までそれにしがみ付く人間は、突然、時代の高波に襲われることになる。


 世の中のアタリマエを疑えば、時代が見える。

 実は時代のトレンドは、世の中のアタリマエのカウンターポジションとしてひっそり進行しているのかもしれない。

 

 

 


by japanheart | 2015-10-04 01:09 | 基本 | Comments(1)

私の子育て論

私の子育て論


 今年の夏はひと月以上の期間、10歳の長男と行動を共にした。

 夏休みになったその日に日本を飛び出し、夏休みの終了するその日に日本に帰国する。

 この間、医療活動にもずっと同行させていた。



e0046467_14564714.jpg


 日本から北京経由で、タイのバンコクに入りラオスには陸路で国境を越える。

 それから中国とラオスの国境地帯の医療活動に同行させた。

 ラオスから始まった医療活動は、その後、カンボジア-ミャンマー-カンボジア-ミャンマーと巡り、その間に、タイやマレーシア、シンガポールと移動を重ね日本帰国までに21回のフライトを私と行ったことになる。


 実は私と長男は40歳も年齢が離れており、おそらく長男が私の歳になったときには私はこの世にいないだろう。

 こんな生き方なのでどうせ物質的な財産は残せないと確信しているのでせめて、無形の財産をわが子には残して逝きたいと思っている。


 なぜ、この機会にわが子を連れ立ったかというと、実は私なりの理屈がある。




 人間には第一次反抗期という大体、3歳くらいまでの子どもが通る反抗期がある。

 この時期までに、子どもにはしっかりと母性を伝えなくてはいけない時期だと思っている。

 母性とは絶対的安心であり、無条件の受容であり、子どもの脳幹深くに沈み、人生を決定的に左右する大切なチカラである。

 母性を受け取ることが上手くいかなかった子どもは脳の奥深くに欠乏感を宿し、成人しても愛情を求めて彷徨うことになる。

 お金や物質でその脳幹の欠乏感を埋めようとするが、決して埋まらない。

 愛情は物質ではないからだ。精神的欠乏は物質的満足では一時的にしか埋めることができないということも分からないままに、それを無意識に求め続けてしまう。

 だからこそ母親の役割は大きい。

 

 そして第二次反抗期がやってくる。これは中学生頃に遭遇することが多い。

 この時期からは、親の言葉が子どもに入っていかなくなってしまう。

 昔はこの時期は、元服の歳で、それから後は一人前の大人として扱われていたのは偶然ではない。この時期を通過すれば、もう一人前の大人になるのだ。

 すなわち、第二次反抗期は人間が親離れ、子離れのするための生理的通過点なのだ。


 この第一次反抗期と第二次反抗期の間の時期は、また大切な時期で、この時期は子どもに父性を伝える時期でもある。

 父性を伝え損ねると、あるいは父性が弱くなってしまうと、子どもは生きる力を失う。

 父性の弱い家庭で育った子どもは、ひきこもりを起こすようになることも多い。



  核家族化が進み、父性を与えるのは主に父親の役目かもしれないが、昨今の父親の弱体化は子どもの生きる力に影響をしていると思っておいたほうがいい。

 


 私の2冊目の著書の「死にゆく子どもを救え!」を出した冨山房インターナショナル社からは、聖路加国際大学の日野原先生が「10歳の君へ」という本を出している。この本を出している動機は、日野原先生自身が人間にとって10歳という年齢が最も意味のある、しかもキーになる年齢であると考えているようだ。

 そういえば、私たちの記憶も10歳を境に大きく増えているような気がする。


 そして私自身もその10歳の時間を大切に考えている。

 なぜならば、この後、子どもは反抗期に入り私たちの言葉を受け取らなくなってしまう可能性が高いからだ。

 この10歳をスタートに12歳頃までの間に、わが子に私の持っている知恵や経験を伝えておこうと思ったのだ。


 だからこの夏の同行期間は毎晩、子どもと色々なことを話した。

 時間について、お金について、努力について、才能について、世界はどうなるか?人とはどう付き合っていくか?などなど幾夜も話込んだ。

 それから、私の生き方もそばで見せた。

 一切、飾らず、良いことも悪いことも、ごく自然に振舞ったつもりだ。


 途上国に暮らす多くの人々の暮らしや病気の人たちの大変さも知ったに違いない。

 多くの人たちの情けも知り、日本との違いも経験したことだろう。

 



e0046467_1457961.jpg


 目的はたった一つ。

 どんな時代になっても、たとえ何が起こっても、生き残る能力を与えること。

 サバイブさせる能力を与えることこそ、親の最大の役目なのかもしれない。


 この後はどうなるか?

 この種が何をわが子に与えるかは時間を待つより仕方ない。


 今回、10歳のときに本当に私のすべてを伝えたかったが、やはり理解力には限界があったので、まだ2年ほどかけてかなり補強しなくてはならないと思った。


 近い将来、私なりの生きる知恵を世の中の子どもたちに伝えるために1冊の本にしてみるつもりでいる。

 

 とにかくこれから日本は大変な時代に入るし、海外の子どもたちも私の持つ東洋的な思想に触れておくことは悪いことでもないと思うから。


 どの親も子どもに願うことは、生きていてもらうことだから、とにかく母性と父性を上手く子どもに示し、的確な時期に大切なことを伝えていかねばならないと思う。

 

 ただそれは、生まれてすぐからはじまり、思ったより早く訪れ、そして早く終了してしまうのだ。


 


 


 

 


by japanheart | 2015-08-22 05:14 | 基本 | Comments(0)