特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
 ジャパンハートの事業のひとつに「smile smile project」というものがある。
このプロジェクトは、小児ガンの子どもたちを、好きなときに好きな場所へ連れていく!というのがコンセプトの中心となっている。
あるときはディズニーランド、あるときはキッザニア、そしてあるときはピクニック。
そこに医師や看護師が同行し、安心・安全を担保していくのが特徴だ。

e0046467_10305846.jpg
e0046467_10360616.jpg



毎年毎年、たくさんの子どもたちへたくさんの旅行をプレゼントしてきた。
中には、もう限界ギリギリの子どもたちもいた。残念ながらその日を待たずして亡くなってしまった子どもたちも少なくはない。

 親は我が子の事を愛おしく思い、できる限り何でも、あらん限りの事をしてあげたいと思う。
そしてまた他人であっても、子どもたちのその姿を実際に一目見れば、何かしら力になってあげたいと思う。


 ある女子高生は有名なB’zの大ファン。
ファンクラブにも入り、コンサートのチケットも手に入れる。
しかし、、、。
状態が思わしくなく、もう起き上がることもできない。
そんな自分、そんな状況、そして手元に虚しく残るコンサートチケット。
やけになる。
大切な人生の時間なのに、やけになり過ごさなければならない。

でも、彼女の主治医はあきらめなかった。
ジャパンハートに連絡をしたのだ。
そして主治医自らもこの子に付き添い、半ば強引に手押しベッドのままコンサート会場へ入った。
とうとう、B’zのコンサートに参加するというこの子の夢の時間を実現したのだ。
その子は、考えられないくらいにコンサート中を元気に過ごせた。

命をかけてでも行きたかったそのコンサート。

 もしかしたら、、、。
それを実現した誰もが、その思いを抱えていたことだろう。

それをするべきだったか?やらざるべきだったか?
もしもの事態が発生していたらどうだったのか?

正解は誰にもわからない。
ただ、神様はそれを許してくれたようだった。


 もう一人、この子も高校生の男の子。
新垣結衣さんの大ファン。
しかし、頭にできた小児ガンが再発。治療はかなり厳しいらしい。
せめて、この子の憧れの人であり、そして会うことが夢の新垣結衣さんに会えないのか?会わせてあげられないのか?
と、親がジャパンハートへ連絡をしてきた。

 もしも私が医師ではない一人の若者だったとしたら、その子に会う勇気があるかな?
あなたに会うのが夢でしたと言われたら、どんな表情をしたらいいのだろう?

ましてや、小児ガンの治療をしている人は日本に15000人以上いて、そのうち何人もの人に会いたいと言われたらどうするのだろう?
一人目の子には会うだろうか?
でも、二人目、三人目の子には同じチャンスはあるのだろうか?

再現できないような事をしてもいいのだろうか?

それをすべきか、やらざるべきか?

どちらも正解ではなく、誤りでもないだろう。


 今、この件は上手く進んでいない。
でも、スタッフ達は必死にこの子の夢を叶えようと動いている。
それを止めるような野暮な事は誰もしない。
どうすべきか?

理屈は確かにある。
人は頭で考え判断する。

しかし私たちは感情で動く。
これこそが、本来の人の姿なのだろう。


だから、できてもできなくてもただこの子の為に動きたいならば動く。
この子のために、せめて小さな奇跡が起こることを願う。

「この世は捨てたものじゃない」と、この子にも思ってもらいたい。
そして私たちも、そう思って生きていきたいから。







# by japanheart | 2018-10-02 04:34 | 子どものこと | Comments(0)

 カンボジアに小児医療センターを開設し、入院患者を受け入れはじめて1ヶ月が過ぎようとしている。

 

この病院をつくった大切な目的のひとつは、小児がんを治療することだ。


日本では既に8割程度も救命することが出来る小児がんの種類でも、カンボジアで治療を受けることが出来ている子どもたちは、おそらく10%もいないだろう。また金銭的な理由や医療設備の面から見ても、たとえ治療にこぎつけたとしても、最後まで治療を完遂できる子どもたちはほとんどいない。つまりそのほとんどは亡くなっているものと思われる。

 

 現在、私たちが特に力を入れているのは固形腫瘍というタイプの悪性腫瘍だ。

このターゲットとする固形の悪性腫瘍は、腎臓や肝臓、神経や筋肉などから発生する悪性腫瘍もので、通常は血液から発生する白血病よりも弱めの化学療法を行うことが多い。だから、感染症に対する過度な設備投資も一般的には不要になる。

ただし固形腫瘍は、薬剤治療だけがメインの白血病と違い外科的手術も必要になる。

しばらくの間はカンボジア、ミャンマー、ラオスのこのような腫瘍の子どもたちをこの小児医療センターに受け入れて、力の及ぶ限り助けていきたいと思っている。


小児悪性腫瘍で一番頻度の高い白血病は、無菌室や骨髄移植、造血製剤など様々な設備面で現在のカンボジアの状況ではハードルが高く、次のステップにターゲットとするしかない。


e0046467_14390401.gif


 長い間、たくさんの子どもたちの難病と関わってきて、なんともやりきれないような気持ちになることもある。

そんな中、この9月に手術予定である一人の少女の話をしようと思う。


 その少女は8歳。幼い頃に右上腕の筋肉から腫瘍が発生した。そしてそれは悪性だった。

少女は、不十分ながら小児のがんを治療してきた(しかしほとんどは成人のがん治療しかしていない)カンボジア最大の国立病院であるカルメット病院で治療し、元気に小学校にも通っていた。

ところが昨年の12月、再び悪夢が襲った。そして入院。再治療を開始したが、、、。


 お父さんはクーラーの修理屋、お母さんはホテルで働いていた。家族は少女を含め子ども4人の計6人家族。母は闘病に付き添うために仕事を辞め、父親もこの2ヶ月仕事をしていないという。

一体生活はどうなっているのだろうか?

まだ幼い弟は、この間、おばあちゃんに預けられている。

そして6ヶ月、治療を続けてきたが、金銭も尽きてしまう。

 

その国立病院の唯一のがん専門医から電話がかかり、家族がジャパンハートの病院に行きたいといっているという。既に治療もあまり効果が見込めなくなっていたのかもしれない。

しかしまだ設備的に準備ができない状況の中、再発のこのタイプの肉腫は難治性で移植を含む高度な治療となり、気の毒ではあるが難しい…と、ジャパンハートの小児医療センター小児がん専門医の嘉数医師と相談していた。 


ところが、患者が返事もまだしていないうちに勝手に押しかけてきてしまった。


それには理由があった。


少女は激しい痛みに苦しんでいたのだ。

その痛みのためにずっと泣き叫んでいる。

もうそれが長い間、続いていたようだ。

既に、この8歳の小さな身体に大人の使う数倍の量のモルヒネが投与されている。

しかし痛みはコントロールできていない。

泣き叫ぶ少女に寄り添いながら、両親は助けてほしいと拝んでいる。

わが子をこの痛みから救ってほしいと、拝んでいる。

痛みがなくなるならば、この腕を落としてほしいとせがまれる。


e0046467_14391888.gif


私も嘉数医師もこの家族を帰すわけにはいかなかった。


もちろん完治が厳しいことはお互いに多分理解している。

でも、やらないわけにはいかないだろう。 

せめて、痛みを止めてあげられないか?

 

 命が助かる可能性が低いとき、何もしないという効率的なものが医療なら、私はとうに医者を辞めていただろう。

医療は、その人の人生を少しでもよくする為にあるのであって、決して数量で割り切れるものではない。

 

私はいつもそうやって、一つ一つの命、一人一人の人生と向かい合ってきた。

 

たとえ命が助けられなくとも、この子から痛みを取り除いてあげることができれば、それもまた、立派な医療のひとつのかたちなのだ。

 その日から、嘉数医師によって抗がん剤治療が再開される。

それが落ち着いた頃、たった8歳の、この子の大きく腫れ上がった右腕を切り落とす手術をする。


誰もしたくないそんな手術を、私はやらねばならない。


2週間後、私が再びカンボジアを訪れたとき、少女は部屋で両親と笑っていた。

抗がん剤が効き、痛みから解放されたのだ。 

 

家族で一緒にトランプをしていた。

その腫れ上がった腕の先、彼女の指にはトランプが何枚も握り締めてられていた。


 少女は先日外泊した際、お家でお誕生日会をしたそうだ。

本来彼女の誕生日は11月なのに「なんで?」と聞いたら、「腕が上がるうちに、両手でケーキを持ちたかった」と。

それは彼女自らの提案だったそうだ。


 もうすぐその日がやってくる。


この腕を落とすのが私の役目。

医者という職業は本当に幸せなのだろうか?



e0046467_14385396.gif



カンボジアの小児医療センターに興味のある人はジャパンハートのホームページをのぞいてみてほしい。






# by japanheart | 2018-08-31 02:50 | 子どものこと | Comments(0)

場のちから

 以前からパワースポットブームが続いているが、私自身にそういうことを特別に感じとる能力があるわけではない。

しかし“場のエネルギー”というものはやはりあると思う。

 例えばスポーツの試合での、ホームとアウェイ。言うまでもなく、ホームでの場のエネルギーは絶大だ。
また、ある人と一緒にいるだけでとても幸せに感じること。それはおそらく、その場のエネルギーが安定しているのであろう。
 
 私の場合、手術室でよくそれを感じることがある。その一つの閉ざされた空間を、自分の“リズム”でコントロールしたいと強く思う。その中で、誰かが自分のリズム以外の音や動きを発すると、求めていたリズムが著しく乱されるのがよくわかる。誰かが何かを落とした音や、私語や、咳払い、歩く動きや足音でさえ、私の意識がそちらに引っ張られていくことがよくわかる。

e0046467_14070091.jpg
 
 それはオーケストラの指揮者のような感覚であると思う。その場のリズムが乱されると良い演奏があり得ないように、スムーズな手術は難しくなる。リズムの乱れはミスを誘発する。
 
 私が本当に最高の状態にあるときというのは、術野に意識が縮小固定された状態ではない。術野には他より高い密度の意識が投下されつつ、その他も十分に意識下に置かれた状態、すなわち手術室の全体を見渡すような意識を意味する。
 脳が予想外の情報を与えられると、私の場合、妙にそちらに意識を持っていかれる。この間、術野ではベストパーフォーマンスが成し遂げられない時間が続く。そしてそれを回復するには、思った以上の時間が必要となる。
脳が予め予想していない出来事が術野の中で起こることも同じで、予想通り動かない助手や、突然吹き出した血液によってもリズムは狂ってしまう。
また、たとえ優秀であっても新しい人と一緒に手術を行うと、リズムの調整には時間がかかる。
脳は未経験の事柄への調整には、時間を要してしまうのだろう。

 ついでにいうと、このリズムはその人特有のものであり、他のリズムで代用は効かない。手術の時、音楽をかけたり、メトロノームを動かしたりする人もいるが、私はそれはしない。私の場合、私の生来のリズムは、代用したリズムではいくら安定していても決してベストの状態にはなれないと信じているからだ。


 手術のみならず、物事を進めるときに私が最も意識しているものの一つがこの“リズム”であり、リズムから作り出される“場のちから”である。

 場のちからとは、「その中心になるもののリズムによって作り出されたエネルギー場」といういい方ができるかもしれない。この場との相性は、その場に存在する人間にとってとても大切なこととなる。 
 
まさに、神社やお寺や古い樹木を中心に形成されているパワースポットのようなイメージ。

e0046467_14454281.jpg

ある人はそれをある種の雰囲気と表現するかもしれない。

 常にこの場を作り出すことを意識している。
この場は、一定の周波数のリズムによって統一された世界ということになり、その周波数以外の存在は、周波数を変えてアダプテーションするか、その場から出るかという選択になる。

この場を上手く作り出すことができれば、能力が多少低い人がいてもそのリズムの流れに巻き込みながら結果的に合格点のレベルまで持っていける。

 なぜあの時あのような行動をしてしまったのだろう?とか、なぜあの時あのように考えたのだろう?
と後になって思うのは、その時の場の影響をかなり受けていたものだと思われる。
 この、場とその人間との関係性を上手く利用することかできれば、能力以上の結果を得られる可能性がある。しかしたとえ無意識であれ、場の選び方を間違えてしまうと、能力が発揮できないということが起こりうる。

 ある空間に入った瞬間に、まず、場と自分との相性を感じとる。

e0046467_14521369.jpg

それは時として、暗いとか明るいとかいうイメージとして伝わって来るかもしれないが、悪ければ離れる、勝負しない、長居しないという手段を、常に心に留めておくとよいかもしれない。
 
 自己の能力や性質は、相手や周辺環境や時間的なタイミングとの関係性の中にあることを、自覚する必要がある。
過去に上手くいったのも、それが良かったからであり、くれぐれも自分の能力だけでそれを成し遂げたと思わない方が賢明だ。
この時代の・この時期に・この事柄を・この人がしたから、上手くいったということ。


 リズムと場ということを少し意識して生きてみると、世界を違う角度から理解できるかもしれない。

 
 






 

# by japanheart | 2018-06-30 20:24 | 基本 | Comments(1)
 「私たちが習っている様々な勉強は、社会で実際に役に立つのですか?」

ある高校での講演会の最後に、生徒から受けた質問だ。
その質問の背後にある(そうは到底思えないのですが?)という彼の言葉を見てとることは容易であった。
誰でも一度は思ったことがあるだろう。

私は「はい。ほとんど役に立ちません。ですが、皆さんが習っているそれらの学問で皆さんは評価されます。ですから、皆さんが役に立たないと思うのであれば尚更、早く切り上げる為に集中してそれをやりきることをすすめます。」と答えた。

 かつて、このやり取りを含めこのブログに載せたことがある。それがどこかに転載され、あっという間に凄い数の批判コメントで埋め尽くされた。

「私は役に立っている!」
「こんな奴は医者にしておいては駄目だ!」
「教育は絶対に必要!」
「お前は役に立たなかっただけだろう!」
等々。

 しかし、化学記号や摩擦係数の測定、素数なんかを本当に社会に出て使うのだろうか?

e0046467_14473725.jpg

正直、先の高校生たちの体感覚はやはり間違えていないと思う。
 大人が論を労してもやはり多くの高校生たちは、「何でこんなことを勉強しないといけないのだ!」と思っているに違いない。もし学力の優劣で評価されず、将来に影響を受けないのであれば、多くの高校生が勉強など放り出してしまうと思う。
 
 親や周囲の大人たちは勉強自体の目的を、いい大学に行くため、いい会社に勤めるため、将来食いっぱぐれがないようにするため、リッチな生活をするためなどと言う。
しかしそれは、教育を受ける根本的な目的とズレてはいないのだろうか?
 
教育の目的とは、本来、人間力を付けるためではなかったのか?

教育が手段となってしまっていることを放置して、教育は大切だと言われても説得力に欠ける。そんなことは、子どもたちは見透かしているのだ。
それより、彼らが無理矢理に机の前に座り、興味も理解する気もない科目を一日中ぼーと聞き、無為に時間をやり過ごしている有り様を何とかしなければ、ひいてはこの国全体の機会損失へと繋がりかねない。

 教育という名のもとに、興味もない多くの若者の大切な時間と可能性を奪っていないか?
それは大人たちが、自己否定を恐れ、時代が凄いスピードで進んでいるにも関わらず、過去の方法論に固執し、凝り固まった教育の概念に囚われているからではないのだろうか?


 と、いうところまでが前回のブログに書いたところであった。

 さて、今日の本題はここからになる。
というのも、私のなかで教育の目的がある程度、明確になったからだ。

結論からいうと、

 教育の目的とは人類を進歩、発展、進化させること。

それが主目的になる。
そして教育を受ける人間が増えるほどに人類の進化は加速する。理由はこの後の流れから理解してもらえると思う。

 最近その重要性が強調されている“リベラルアーツ”。それは個人を主にイメージして語られることが多い。
個人の人間性への還元が本来の目的ならば、国家を挙げて、同じ科目、内容をやらせている意味が分からなくなる。それは画一的な教育内容ではなく、個個人の特性や個性、才能に合わせて最適化されていかなければ不十分に終わるからだ。

ではなぜ、全国民に対して等しく同じ教育内容を押し付けているのか?
なぜ、社会に出て到底役に立たないような知識を堂々と押し付けているのか?

今の時代、「私には役に立ちました!」等という一個人の感想のような稚拙な回答だけでは、多くの子どもたちは納得などするわけがない。

 さて、ここで人類の進歩とはどのようにして成し遂げられてきたのだろう?ということを考えてみたい。
 歴史を辿れば、人類を進歩させるような発明や発見は、わずかな数の人を中心に成し遂げられて来たものだ。産業革命の原動力となった蒸気機関の発明や、電球や電気の発明は、同時代の人びとが大勢で協力して作り上げたわけではない。ある人間を中心とした数少ない人びとが成し遂げたのだ。
それはips細胞もしかり。数学の理論や物理学の発見も同じだろう。コンピューターの発明やインターネットの発明なども、多くの人びとが与り知らぬところで成し遂げられてきた。
大多数の人びとは、そのユーザーであっても、発明する人ではないということだ。

 ある人の発想、発明を周りの人がサポートし、あるインノベーションが成し遂げられて人類は進歩していく。
言い換えれば、その人たち以外の人は、その発明や発見に対しては不要な人たちだったということになる。結果的にその無数の不要な人たちが投入した、その分野へ莫大な時間と労力は全て無駄だったということだ。せいぜい、何らかの形で飯の種になっている人間が少数いるだけだろう。

 しかし、本当にそうだろうか?

他の人間は全くの不要な存在であったのだろうか?
全ては無駄な労力と時間であったのだろうか?

 私の結論は、例えば、「一人の物理の天才を排出するためには、物理に関する無数の凡人の存在が必要になる」というものだ。
 
 一人の天性の才能を開花させるには、無数のライバル、無数の競争、無数の他人との比較という事象を抜きにしては語れない。
 子どもの頃から他人との様々な学問分野の競争の中で、挫折や称賛を経て、やがてその人が才能ある分野へと辿り着く。
その他の人間は皆、その人の才能を開花させるための肥やしになる。極論すれば、たった一人のその分野の天才の為に、その分野を経験した人類の残りの人間は、全て当て馬のような存在だということだ。
その人間の才能を刺激するために多くの人間は存在することになる。
 逆に考えてみると、その人間にいくら才能があっても、その人だけでは偉大な発明や発見などできない。その人間の才能は、それ以外の人間によって刺激され磨かれていく。その分野や他分野での競争や批判、優越感や劣等感がその人間の才能を開花させていく。

 こうして才能を開花させた人間たちが、様々な分野で発明や発見を成し遂げながら時代を一気に進めていく、人類に発展をもたらしていく。

e0046467_15050964.jpg


そういう視点でみると、教育を受けているほとんどの人間は人類の進歩に無関係ではないことが理解できる。

 その人は一粒の水の分子かもしれないが、その無数の分子が集まり、流れを作り、川となり、その流れの中で、ある人が才能を開花させ、人類に恩恵をもたらしていく。

これこそ教育を行う意味だと思っている。
見方を変えれば、教育を受けた全ての人間が、皆で人類の発展を創り上げているということだ。
天才は種、その他の人間は土や肥やしということだ。

 だから、別に社会に出て知識を使えなくても問題はない。
教育というシステムは、もっともっと大きな枠組みの中で動いているのだ。
そう。だからこそ、全ての国民に全く同じ内容の義務教育を9年間も押し付けている意味があるのだ。
 
 問題は、義務教育である小学校・中学校過程を終えてもなお、既に自分に才能や興味がないと判明している学問をやらされている高校生や大学生たちだ。自分に才能がある分野を探求するというプロセスに進めず、時間を無為に浪費している高校生や大学生たちは、数多く存在するのだ。
皆が当たり前に高校へ行く、大学へ行く。良かれと思って国が大学の門戸を広げているならば、少し考え直した方がいいと思う。

 とは言え、これほど個人が大切にされる時代の中、なぜ多くの人たちは、自分にとって生涯ほとんど役に立たないような、無駄な、しかし人類にとっては多分、極めて有益なその教育という機会を、義務という形で押し付けられなければならないのか?
人類の発展など興味もなく、自分の人生が豊かになればいいだけなのに、という人も多いだろう。
それに対する答えは、人は生まれたその時から、先人達の犠牲の上に、人類が歴史上成し遂げてきたその発展の利益を先に受け取っているから。 
つまり人間は利益を先取りしてしまっているわけだ。
先人達の利益を受けるだけ受けておいて、自分は誰の利益にもなりませんは通用しない。
人は生まれた時より受けているこの前借りの利益を、未来の人類に返す義務を負っている。
そして先人達と同様に、自分も一粒の水分子になり、流れの一部になり、人類の発展に参加することとなる。

e0046467_14525283.jpg


 多くの人は盲目的に、教育は大切だと言う。
それは本当に、自分の人生が豊かになったと理解して言っているのだろうか?
あたりまえに教育を受けた人間は、教育を受けていない自分の人生を経験していない。ではなぜ、教育を受けた方が幸せだと自信を持って言えるのだろうか?

教育を受け、いい会社に就職して、十分なサラリーをもらえたからと言うならば、それは競争の手段であって、教育そのものの大切さなどとは関係ない。
そんなにも教育が大切ならば、どうして若い人たちがあれほどに反発したり、それを手に入れることに必死になれないのだろうか?彼らは利口ではないからか?教育が大切と言うときの教育とは、学校で教わることなのか?あるいはそれ以外のどのようなものを指しているのか?

 途上国でも、教育が大切だからと先進国の人たちが画一的に学校を建てまくる。ということは、彼らの考える教育とは学校で学んでいる学科というものを指すのだろう。
もしも人間にとって、私にとって教育が大切なのだと言うならば、果たしてその教育は他の人間が言うところの教育と同じものを指しているのか? 
個人単位で見たときに、読み・書き・そろばん(計算)という基礎中の基礎だけでは、何が足りないのか?

 ここで私が伝えたかったのは、国が行う教育と個人が求める教育は、同じゴールを目指してはいないということ。
国はあくまでも国家にとって有益な人間を生み出す為に、明治時代から教育を始めた。それは平成の今も変わっていないと思う。しかし個人が教育を受ける目的は、人間性を豊かにし才能を開花させることにあり、いい学校へ行ったり、いい就職を得るためだけではないということ。
国家にとって役に立つ人間をつくろうとしている教育は、その子どもにとっていいものとは限らない。だから日本の高校生たちも、あれほどに不信感を持っているのだろう。

 個人の幸せを追及できるようになった今の日本にあるのは、国家の求める教育と個人が求める教育の目的にズレが生じているにも関わらず、それを同じ教育だと信じ扱っている現実なのだ思う。



# by japanheart | 2018-05-30 12:46 | 基本 | Comments(0)

 「人間の命というのはお金で左右される」

これは当たり前のことだ。しかし何となく理解はできても、到底納得できるものではないという日本人は多い


 医療というのが、損得なしの福祉の一部だという建前は別として、完全に産業、言わば経済の一部に取り込まれてしまった昨今、国民皆保険という借金で成り立っている制度が、このまま維持されるわけがない。私にはよく分かる。誰もが安い費用で医療を享受できているのは、地下からお金の元が沸いてくるような国々を除けば、本当は異常なことなのだ。さらにそれが大きな借金で回っているという事実には、眉をひそめずにはいられない

 そして恐ろしいのは、誰もがそれに気づかず、ましてや感謝をすることなどなく、まだまだ足りない、もっともっと、とそれへの要求を上塗りしていることだ。


 アジアの途上国には、いまだに税金を上手く取る仕組みもない。最近までの傾向では、取れるほどの人々が少なかったと言うべきだろうか。そのような中で、入っていくる以上の還元ができるわけがない。

 25年前、ミャンマーの人口は日本の約半分弱GDPは日本の100分の1以下、国家予算の1しか福祉医療にまわっていなかった。結果、医療は壊滅的で、惨憺たる有様。

 

患者たちは針一本、綿1つから自己負担を強いられる。


そこへ放り込まれた私は、日本人が掲げる理想とは明らかに異なる現実と向き合わなければならなかった。

あれから25年、現実はそれほどには改善していない。



 昨日はカンボジアでも2件乳がんの手術を行った。

乳房を全摘出し、リンパ節を郭清する。

本来はこれに、化学療法やホルモン療法を加えながら治療することになる。

しかし、治療はこれで終了する。

ここでは手術は無料で提供できるが、薬は提供できていない。

彼女らは高価な薬を、自力でどこかで購入しなければならない。

もちろん、多くの人々にはその力はない。

だから近い将来、そのほとんどは死んでいくこととなる。


 乳がんは放置しておくと皮膚を突き破る。がん細胞は乳管や小葉の中で”ザクロの実”のように増殖し、やがて外へ向かって噴火する。

昔は日本でもよく見かけたはずだ。

大体このくらいに、あるいはそれ以上のかなりの大きさになってから、彼女らは治療に来る。

予後は悪い。

ここに来た時には、既に何も出来ないような人もいる。


乳がんが見つかった場合、その事実を家族へ伝える。もちろん本人もある程度は理解をしているが、国の慣習から、改めて本人には話さない事も多い。

そのような時、患者の中には、病院から梃子でも動かない人がいる。


e0046467_08555738.jpg


彼女らは最後の望みを託してここにきているのだ。

ここから何もせずに帰ることは、すなわち死を受け入れることとなってしまうからだ。

スタッフが時間を割き、ゆっくり患者の訴えを聞きながら、励まして、慰めて彼女らはやがて帰路へとつく。


e0046467_08545709.jpg


そんな患者たちを何人も何人も手術してきた。

せめて手術だけでもしてほしいと懇願される。

だから、手術をする。

もう長くはないかもしれない彼女らの人生に、ほんの少しだけでも希望を灯したいといつも思っている。

それがたとえ小さな灯火でも、人生、ないよりはあったほうがいい。

死のその瞬間まで、少しだけ、ほんの少しだけでも、希望はあったほうがいい。

だから手術をするのだ。



 日本でも毎年多くの女性が亡くなるこの乳がんという病は、アジアのミャンマーやカンボジアではいまだに不治の病だ。

ひとつだけ慰められることがあるとすれば、彼女らは最期、きれいに死んでいくのだ。


抗がん剤を打てない彼女らは、抗がん剤によって苦しむことはない。

髪の毛も抜けず、下痢もせず、感染もほとんど起こさない。

弱った体に高カロリー栄養の点滴もされることはない。

ただ病気が進行し、弱り、ご飯が食べれなくなった時、実にあっさりと死んでいく。

家族も長い闘病に付き合わされることもなく、経済的な負担をかけることもほとんどなく死んでいく。


家族も必要以上に苦しまず、本人の苦しみの期間は明らかに短い。

その死に様はきれいなものだ。


この姿を見ると、最期まで鞭を打たれて死んでいかなければならない日本人と、彼女らと、どちらが幸せなのか分からなくなってしまう。


神様は、せめて彼女らの最期が、安らかで美しいものであるという尊厳を与えたような気がする。



 明日はミャンマーに移動する。

やはり乳がんの患者は待っている。


命を救えない手術をすることもある。

救えないと分かりながらする手術もある。


e0046467_09115115.jpg


それでも彼女らは私の到着を待ってくれている。

明日も彼女らの心に少しでも明かりを灯せるだろうか?


たとえ体は救えなくても、少しくらい心は救えるだろうか?





# by japanheart | 2018-04-30 04:59 | 活動記録 | Comments(0)

その先への感謝

 若かりし私は、日本の病院で働き、途上国へたった1人で赴いた。

当時、病院というにはあまりにお粗末な施設しかもたなかったその国で、小さな診療所を何ヵ所も巡回していた。

自らの居住スペースも診療所に改造し、何もかも自前でひとつひとつ揃えていった。

煮沸すると熱で割れてしまうハサミやセッシなどの手術用の道具。水を吸収しそうにないガーゼ。それでも、ないよりはましだった。

全く効かない部屋のクーラー、暗いライト。水道の蛇口をひねれば、濁った水が吹き出し続けた。


e0046467_17355679.jpg

 

 そんな中、自分と数人の現地人で治療に関する全てをやりとげなければならなかった。


 手術の道具は粉の石鹸を付けて歯ブラシで洗い、そのまま煮えたぎるお湯の中へ放り込む。30分もすればその中から取り出し、道具箱の中へ戻していく。

毛羽立ちがひどいガタガタのガーゼをロールで買い込み、切れないハサミで何とか適当な長さに切り、折り曲げ、湿らないようにカネの箱に入れて、滅菌の機器に放り込む。

なけなしのお金をはたいて買った小さな滅菌器は、いつ来るかも分からない僅かな通電時間を逃さずに動かさなければならなかった。1日にたった2時間しか来ない通電。度重なる停電の合間を縫って、早朝、深夜を問わず、その貴重な時間を決して無駄にするわけにはいかなかった。

薬も自分でマーケットへ買い出しに行き、ハサミで必要分だけ切り取り、患者たちへ渡していた。

食事の世話まではとてもできるはずもなく、患者とその家族は庭先でご飯を煮炊きし、自分たちで何とかしてもらっていた。


 施設のあらゆること、医療のあらゆること、患者の周りのあらゆること、全てを整えることが私の役割となっていた。


日本ではこんなことしなくてよかった。

医者だけしておけばよかった。

楽だった。

と、そう思った。


 そのときはじめて、自分がいかに多くの人間に支えられて医者をできていたのかと、後れ馳せながら悟ったのだ。

いかに自分が、医者として、医療人として傲慢で何も見えていなかったのかを思い知らされた。




 医者や看護師は医療をすれば患者に感謝もされ、ほめられもする。それをモチベーションに医療を続けていくこともできる。しかし病院には、患者に感謝もされず、ほめられもせず、直接関わることもなく働いている人たちが、たくさんたくさんいることを知らねばならない。

 

 彼らは毎日、汚れたトイレを掃除し、暑い厨房で患者や働く医療者のために食事を作ってくれている。

 看護師でも機器を滅菌する中材(中央材料室)の人たちは、患者に接することはない。しかしその看護師がそこにいなければ、病院は回らない。病棟や外来で直接患者と接している誰かが、代わりにその役割を務めなければならない。絶対になくてはならない役割なのだ。


e0046467_17472384.jpg

 

 ところが、トイレを掃除している人が患者に感謝の言葉をもらうことはほとんどない。

暑い厨房の奥で食事を作ってくれている人が患者にお礼を言われることもほとんどない。

病院の事務所で働く人たちが患者からほめられることもほとんどない。


 でもね、こういう人たちがいてくれないと病院は機能しない。機能しなければ、いくら優秀な医者がいても何の役にも立たない。


わかってくれるかな?


 だからせめて、患者やその家族から感謝や評価をもらえる人たちや病院の管理職の人たちは、こういう人たちを大切にして、こういう人たちにいつも感謝の気持ちを持つべきだと思う!

 

トイレ掃除をしてくれているスタッフがいたら、お疲れ様と、ありがとうと声を掛けようか?

患者が今日はこの料理が美味しかったと言っていたら、直ぐに厨房に電話して知らせてあげようか?

すれ違う病院の縁の下の力持ちたちに深々と頭を下げ、お疲れ様と感謝を込めて言ってみようか?


 そうすれば病院が生き返る。

 誰もが働くことが楽しく誇りに思える場所になる。

 感謝が円を描いてスタッフの間を繋げていく。


 


 こんな話を聞いたことがある。

 アメリカのNASA航空宇宙局がまだ前身の組織であったある日、所長が赴任した。

廊下を歩いているとき、そこを掃除する老人に何をしているのか?と聞いたそうだ。

その清掃夫の老人はこう答えたそうだ。


「宇宙にロケットを飛ばす仕事をしています。」




 病院で働く全てのスタッフがあなたの仕事は?と聞かれたとき


「患者を助ける仕事のお手伝いをしています!」


e0046467_09064005.jpg


と答えられるような、そんな病院にできたらどんなに素晴らしいことだろうか。











 


# by japanheart | 2018-03-31 00:15 | 医者の本音 | Comments(0)

サボテンの花

その子はもう長い間、神経芽細胞腫という小児がんと共にあった。

5歳で発症し、現在17歳。何度も再発を繰り返し今も病床にあった。

なんと人生の3分の2がこの病気との闘いだった。


学校にもなかなか行けない彼は、病床で図鑑を見ていることが多かった。

中でもサボテンに興味を持ち、それは彼の友達の代わりだったのかもしれない。

やがて彼は、サボテン博士になってしまった。

彼には特にお気に入りのサボテンがあった。名はキンシャチというサボテンだった。

そのキンシャチの日本で最も大きなものが、伊豆シャボテン動物公園にあった。


それにずっと会いたかった、、、。

しかし、病気の調子も悪く、その夢はなかなか叶わずにいた。


多くの人は十代の頃、好きな人ができたり、友達といろいろ出かけたりを当たり前にする。

彼はその当たり前のようなことを、少しだけでもできたのだろうか?

もしかすると、普通の十代がするそれらを全てひとつにまとめたものが、彼にとってはそのサボテンだったのではないかと思うのは、少し違うかな?


彼のお父さんはお医者さんだ。小児科ではないけれど。

私は今まで何度も、医者の子どもが病で亡くなるのをみてきた。

きっと、自分には手が出せない無念さを今も抱えているのだろう。



ジャパンハートには”すまいるスマイル・プロジェクト”という企画がある。その企画は、今や多くの人たちに利用され、日本中の小児がん専門機関や医師たちの協力を仰げるようになった。

「好きなときに好きな場所へ」をコンセプトに、小児がんの子どもとその家族に生涯に残る思い出をつくってもらおうと始めた企画だ。ディズニーランド、キッザニアをはじめ、様々な場所に子どもたちを連れ出している。看護師や医師の付き添いはもちろんのこと、毎回多くのボランティアスタッフの献身的協力によってサポートされ、また、拠点病院とも必ず連携している。



このサボテン博士も、その企画に応募してきてくれたのだ。


病状がどんどん進んでいく中、遂に、伊豆のシャボテン動物公園でキンシャチとの出会いを果たせたのだ。


そのときの様子をボランティアスタッフから聞き、本当によかったと、幸せな気持ちになった。

お父さんは黙って子どもの車椅子を、ずっと押していたそうだ。

ただそれを聞いただけで、その父親の心が伝わってくるようだった。



e0046467_13500401.jpg




帰る前、サボテン博士はお土産を買いに行った。

お母さんがある写真をみて、サボテン博士に「この花、素敵ねぇ!」と言ったサボテンの花があったらしい。

サボテン博士は今まで貯めてきたお小遣いを使って、そのサボテンをお母さんへのプレゼントとして買ったそうだ。

しかしサボテン博士の買ったサボテンには、お母さんが「素敵!」と言った花は咲いていなかった。

なぜか花の咲いていないサボテンを買ったそうだ。


それには彼の命をかけた願いがあったのだ。


”お母さん!このサボテンの花が咲く頃までは僕は生きているから!”



幸せな一日を過ごしたサボテン博士とその家族は、やがてもとの病院に帰っていった。




数日前、ミャンマーで手術していた時のことだった。

私はいつになく手術に難儀していた。診断名と違い、複雑でなかなか上手く前に進まなかった。うんざりした気持ちで、血だらけになった手術着を一旦着替えに戻ったとき、その知らせが届いた。


彼が亡くなったという、日本からの知らせだった。


私はその瞬間、自分が生きて今、こうして難儀できる幸せを感じ、思い知らされた。

私はなんと幸せなのだと、生きているだけでも十分幸せなのだと。


失いかけた自分のエネルギーが再び充電されていくのを感じた。




最近よく思うことがある。

こころや肉体はこの時空に閉じ込められているけれど、人の魂は時空を越えて存在するのではないかと。

彼の魂は、自分が亡くなる時期を知っていたのではないかと思う。

だからあのぎりぎりの時期に、あの場所を尋ねることができたのではないかと。

ある人が死んだ後も、あるいは生きている今も、どうしてあのタイミングであのことが起こったのだろうかと、不思議に思うことがある。偶然にしては出来すぎているし、偶然で起こる確率などありえないと。


だからきっと、それは偶然じゃないのだと。

私たちの魂は時空を越えてちゃんと知っているのだ。最近、そう信じるようになった。


きっと彼の魂も、お父さん、お母さん、そして二人の弟たちと最期にあそこを訪れるタイミングを決めていたんだと思う。

 

サボテン博士は二人のボランティアスタッフに、お土産にはこのサボテンがいい、と小さな鉢に入ったサボテンをすすめてくれた。

彼が亡くなったその日は天気がよく、すごく気持ちがいい日で、地方のボランティアスタッフは別々の場所で、同じ日に、偶然にもそのサボテンを初めて外に出し、太陽に当てたそうだ。


きっと彼が、今日は天気が良いからサボテンを太陽に当てたほうが良い、と伝えたのだろう。


e0046467_13564450.jpg

そのサボテンは、花を咲かせ、今も彼の思い出と共に生きている。





     





# by japanheart | 2018-02-05 13:58 | いのちの重み | Comments(1)
「なぜ、苦労して医師や看護師になったのに、自分のお金を使ってまで途上国で働くのか?」

昔、よくこう言われたものだ。
もう20年以上前の話だよ。

でももし今こう言う人間がそばにいるとしたら、それは甚だ時代錯誤だとしかいえない。
その人たちの意識や認識はまだ20年前の状態にある。
年配の人は致し方ないかもしれない。その人の考えというのはその人が生まれ、人間としての成長期の0歳から20歳頃までの時代の影響を最も受けるのだから。
しかしながらこの考えが、現在の30歳代までの人たちにすんなり受け入れられているとしたら、それはかなりやばい。
現在に存在しながら、20年ほど過去の価値観の中に生きているということになる。
今の時代の考えや生き方はすでにそんなところにないからね。

もうちょっと詳しく話をすれば、

僕らの世代より上は、豊かになりたいと一心不乱に見栄を張ってがんばってきた。
豊かになるとは、すなわち物質的に豊かになることを指していた。
今の若い人たちには信じてもらえないのだけれど、例えば当時は、若者であろうと車を持っていない男を女の人たちはランクが低い男だと認識していた。だから男たちは借金してでも車を買った。信じられないでしょ?
クリスマスや誕生日には、女の人に有名ブランドの貴金属やアイテムをプレゼントできないと何となく惨めに思った。
家を持つために一生懸命に働いた。
とにかく物質的な豊かさが、精神的な豊かさとかなり、リンクしていた時代だった。

だから収入を放棄し、ましてや自分の金を使ってまで途上国に行って働くことは、たとえ立派なことだと思っていても本当に理解できる人間は少数だった。
体感覚として存在しないことであったのだから。

ところが今、時代はすっかり変っているのだ。

若い世代は、すでに物質的に豊かになる必要はない。
なぜなら、彼らはすでに豊かだからだ。
私たちの世代が時間をかけてようやく理解した、物質的な豊かさは精神的な豊かさとはそこまで相関しないということを、生まれたときから体感している。
せいぜい豊かになっていく加速度に、少しだけ満足を得る程度だろう。だから、あくせくしないし、物を必要以上に求めたりしない。
 
しかし逆に、難しい問題に直面している。
今の若者たちは、こころの満足や充足、精神の安定、自己承認欲求の認知などを求めて苦しんでいる。
精神的な豊かさの補償はお金や物では埋めることができないからだ。


今はいい時代になったと思う。
少し働けば衣食住に大して困らず、社会保障もある程度あり、貧困貧困というけれど、私が途上国で見てきた貧困とはそのレベルが違うのだ。
日本では、少なくともお金がないからといって、瀕死の状態にある子どもの治療を親が自ら諦めざるをえない現状など知らない。毒へびにかまれても、10時間以上いつ来るか分からない満員のバスを待ち続けている人間など見たこともない。

そしてこれから、もっともっとこの流れは加速する。
精神的な豊かさを、そこから得られる内面の満足を、いかに獲得するのかがこれからの世代のテーマになる。
私たち以上の世代には理解されないが(だから親の言うことを聞いてはいけない!)、真の豊かさを得るためにはお金も時間も投資する。
それこそがこれからの生き方であり、21世紀の生き様である。

e0046467_11541580.jpg
photo by Junji Naito


今の小学生の子どもたちの世代の平均寿命は100歳を超える。そして、AIによって多くの単純労働から人類は解放される。さらに、新しいマネーの創造によって人々は経済的にも安定していく。

そんな時代に
「なぜ、苦労して医師や看護師になったのに、自分のお金を使ってまで途上国で働くのか?」
の次世代の若者の答えは明白だ。

ぜひ40歳代以上の人たちには聞いてほしい。

その答えは、
「せっかく苦労して医師や看護師になったからこそ自分のお金を使ってまで途上国で働くのだ!」

若い世代は気づいてしまった。あるいは知っているのだ。
世の中の役に立つことによって、自分の存在価値を知り、生きている意味、内的な満足や充足を得ることができる。
何より、それらを手に入れることができる生き方のひとつが、それなのだと。

あとは、彼らを導くいいコーチが必要になる。
日本にはそのコーチが少ない。なぜならば、コーチであるべき世代がまだ古い考えに固執している人ばかりだからね。
若い世代はいいコーチを探して、どんどん自己実現していけばいい。

時間とお金を投資して、あなた自身の未来のためにミャンマーやカンボジアに来てほしい。
医療にたとえ無関係な人間であっても、私はあなた方に一人の人間として何かを伝えることができるかもしれない。

私もまた、あなたと同じく、この世界を少しでも良くしたいと思っている1人の日本人なのだから。

e0046467_12000146.jpg
photo by Junji Naito


◆吉岡秀人と一緒に支援活動をしてみませんか?
学生も社会人も、医療者も!イベント参加や支援で活動を応援しよう!



# by japanheart | 2018-01-22 12:09 | 医者の本音 | Comments(1)

 うちの長男が中学受験をするらしい。そのためさまざまな事柄を、親が書かなければならない“申請書”の提出を求められているらしい。

e0046467_21384507.jpg


図々しくも長男が、日ごろの在り方の反省もせずに、それを書いてほしいとお願いしてきたので

「書くのは嫌だ!」

と言ったら

「それでも親か?」

みたいなことを言うので、1時間ほど説教をしておいた。

「お前は落ちたほうがいいと思っている」

と言うと、さらに

「それでも親か?」を通り越して「それでも人間か!」

のような表情をするので、大きく頷いておいた。



 そんな目先の利益しか考えていない人たちに、今日は是非に伝えておきたいことがある。

それは物事は必ず長期的視点で利益を目指せということだ。


目先の小さな利益や欲望は、長期的には損失を生じることのほうが多い。一時の大きな利益は、その後の人生や会社の運命を、全く不幸にしてしまうことなどざらにある。

人生ここが勝負というときに、100万円を惜しむ人は100万円に泣き、さらに大切な機会を失う。

目先の損得に飛びつかず、100万円を投資し新たな未来や機会を生み出す。すなわち可能性を生み出す。

自分のね。


極端な話、人生は小さなベストの合計が全体のベストと一致しない。かなり目減りすると思っておいたほうがいい。どこかの球団のようにスターばかり集めたからといって、必ずしも勝つわけではないということだ。


最善x最善x最善、、、、、、=最善

ではない、ということ。


パズルのように、雄ネジと雌ネジのように、上手く役割をかみ合わせた補強や協力、共生関係がはたらくと、より強固なチェーンを生みだす。

e0046467_17090254.jpg

もっと言うと、ある最善は別の最善を消費する、減力する。

例えば、年間100試合に出場することによって最高の成績を残せる人が、他のベスト選手に押し出されて30試合しか出場するチャンスをもらえなければ、その活躍はかなり目減りするということだ。


 私の考えとして、何事も全力で取り組める人間はその時点で救われているといえる。

試験に落ちようが、就職できなかろうが、それはその人にとってまずベストの結果を受け取っていると思っていい。もちろん、長期的な。

本気でやったけど医者になれなかったというのは、私から見ると“医者になる必要がなかった”と考えられる。

ちょっとした努力で結果を手に入れるよりは、一生懸命努力して失敗するほうが、得るものははるかに多いし、失うものははるかに少ない。

適当にやって結果を手に入れたということは、もともと低い跳び箱を飛んでいたに過ぎない。時間の無駄使いだ。


長期的な視点でー、

といっても未来のことは見えないし分からない。もちろん保証などどこにもない。

もしも疑うのなら、目先の利益に飛びついていればいい。

信じられないのは私の意見ではなく、自分の未来だと自覚をするのだ。


うちの子も本気で毎日それに向き合っていたら、黙って申請書くらい書いたんだけど。


とにかく、一旦立ち止まって、

本当にそれが必要なのか?

それを本当に求めているのか?

長い目で見たとき、自分はこのことによってどうなるのか?

本当はどうなりたいのか?

しっかりと自分に聞いてみたほうがいい。

胸に手を当てて自分に聞くんだ。

私の人生は本当にそれを求めているのか?と。


 60分間の我が子への話の中で私が伝えたことは、“親は本質的に子どもに伝えることは一つしかない”ということ。

それは、この世の真理の姿をわが身を通して子に見せること。


情けは人の為ならず。

自分と同じように人を大切にする人は人から大切にされる。

世の中を幸せにした人が幸せになれる。

奪う者は結局、損をする。

などなど、、。


これらのことを話し続けた。


生きてる時代も違えば、影響を受けたものも違い、未来も全く違う。

それを親たちは自分が未来でも見通しているかのごとく、子どもを自分の価値観に縛り付けようとする。

10年後のことも全く分からないくせに、こうすれば将来安全だし安心だと宣言する。

そして子も、それに従うことで安心する。

そのときは。


子どもの生きていく時代のことは親には分からないのだから、子どもの感性に任せる。

それが正解ではないのか?

そう子どもに伝えた。

e0046467_17251151.jpg

「お前の人生は今から自分で決めろ。親に従うことは正解ではないと思う。」

たった12歳の小学生の子どもに、そう伝えた。

親がそうしてほしいから受験をしたり、公務員になったり。

親想いのいい子だけど、本当にそれでいいのか?

親がいなくなった後も人生永い間続くぞ?!


本当に受験したいのか?

それはなぜ?

本当に公務員になりたいのか?

それはなぜ?


それを自分の心に手を当てて聞いてみて。

それで心がそういうならば、もちろん損得はなしで、そのまま進めばいいと思う。

しかし、少しでもわだかまりがあるのなら、一旦止まってみるべし。

期限までにそれが解決されないならば、それはやはり進むべき道ではないと思う。



 器の小さい人間は、その小さな器に人を無理やり押し込もうとする。

気をつけないと。

もちろん、自戒もこめてね。

大体、持ってる時間それ自体が、可能性の塊みたいなものでしょ。


私には残りせいぜい30年の時間しかないけれど、AI時代の長男には残り90年の時間がある。

時間は三倍だけど、それっていったい何倍の可能性の差なんだろう?





# by japanheart | 2017-12-26 19:27 | 子どものこと | Comments(1)
『ものごとの達成には二つの能力の結合が必要だと思う。』


先日、ミャンマーで長い手術を終えた深夜1時頃、スタッフたちを集め、話した内容だった。



 こんな果てまで、お金と時間を使ってやってくる人たちがたくさんいる。

「人の役に立ちたい」「自分を変えたい」「もっと自分の能力を開花させたい」と願ってやってくるのだろう。

深夜まで働いて彼らはすっかり疲れ切り、私の話を子守唄に居眠りをはじめる者までいる…。


その様子を見てふと思うのだ。

この人たちは大して人の役に立つこともなく、自分をさほど変えることもできず、能力も大して開花などしないのだろう…と。


なぜかって?

それは、彼らが決定的に勘違いしていることがあるからだ。

スポーツの選手じゃないのだから、体力を鍛えても仕方がない。

もっというと、スポーツも究極は同じなのだが。


体を動かし働いたと勘違いしている。

満足している。

そりゃ、“感じ”としてはそうかもしれないが、歳をとれば体力なんてものは、当たり前のように落ちていく。

20年もすれば、若い人たちに比べて働けなくなった自分を見て、きっと落ち込むことだろう。


昔は私もすごい働いた。

しかし、私はもう若くないから、、、

と自分に言い聞かせながら。


それじゃ、何を鍛えればいいのか?

身体じゃなくて何を?



脳を鍛える!


これに尽きる。


e0046467_18280171.jpg


脳を如何に鍛えるのか?

すべての人生の成果はこの一点にかかっているのだ。



ミャンマーの医療現場は、脳を鍛える場所であって、身体を鍛える場所ではない!

脳を鍛えるには?

脳を鍛えるには?

脳を鍛えるということは?

「この状況で、脳を鍛えるというのはどうすることなのか?」


といつも自問自答していなければならない。

身体をマニュアルや経験に沿って動かしているだけなんて、どうかしている。

そして疲れ切って居眠り…。脳を、ここぞ!というときに休眠させているなんて正気の沙汰ではない。



海を渡りここまできて、少なからずお金や時間を使って、この場所で自分の人生に向き合っていこうと本気で思っている人間に、私は、目先のテクニックや知識など、そんな安っぽいものを学んで帰ってほしいなんて、微塵も思っていない。

たとえそのとき、辛い思いをして、惨めになっても、あるいは挫折を味わったとしても、一生を通じて宝になるような経験や知恵を身につけてもらいたいと思っている。

そのためには、素直な心、謙虚な心、学ぶ姿勢を用意しなければならない。ねたみや比較など、つまらない過去の自分の殻に閉じこもって動かないような人間には、学ぶ資格すらない。

時間とお金がもったいない。


「ここを掃除しろ!」といわれれば、「なんで掃除しないといけないのですか?」と聞く前に掃除を始める。

掃除をしながら、なぜ私は「掃除をしろ!」といわれたのかを考える。そして、必死に考え、わからなければ聞く。

そういう姿勢が大切なのだ。


前置きが長くなったが、それを持っているという前提がなければ、以下、あえて読み進める必要はない。




 『ものごとの達成には二つの能力の結合が必要だと思う。』


e0046467_17532777.jpg


 一つ目は「気づきの力」。

これが低いとその時点で成果は望めない。

気づきの力とは、情報力であり、感度であり、予想力である。自分の内部世界の変化を興す力。

これが突き抜けると、後に出てくる2つ目の力が弱くても、まず成功すると思う。

しかしその場合の、突き抜けた気づきの力は、通常の力とは次元が違う。突き抜けたその力を例えるとすれば、いつもすごい占い師がついているような状態だといえるかもしれない。つまり、多くの人にはわからないし持つことはできないのだ。


 ある手術を、経験豊富な医者と若い医者が行っている。

このとき、二人はほぼ同じ空間でほぼ同じ画面(光景)を見ている。

ところがその同じ光景から得ている情報量には、想像をはるかに上回る差が存在する。

その情報の差を元に、次の手技が行われるとしたらー。

結果も全く違うものとなることが理解できると思う。


 一流の棋士とそうでない棋士との差も同じ。

何百手先まで読める人間と、そうでない人間が将棋を打てば、どうなるのか?


 ある患者のベッドサイドへ行き診察したとき、能力、すなわち脳力が高い看護師とそうでない看護師では、どのような違いを患者にもたらすのだろう?


この力は鍛えることができる。

そして効率よく鍛える方法もある。

今時の人たちは、皆、恵まれて育ってきたのでこの力が弱い気がする。

この力の成長を妨げる最大の障壁は、“過去の自分”であると心得ておいたほうがいい。

また、経験の浅い人間、自分に自信がない人間、成功体験の少ない人間のほうが大きくこの力を手に入れることになる。

 

なんだか、浄土真宗の開祖、親鸞上人の悪人正機のようではないか。



 そして二つ目の力、それは動く力。

これは、自分の外部世界を変える力。

この力の発動の大敵は、時間ということになる。

時間を空ければ迷いが生じ、力が弱まる。

思いや意志もエネルギーであるので、時間の経過とともに弱くなり、やがて崩壊する。

動き出すまでの時間、これは長くなってしまってはいけない。もちろん動き出してからも、そのスピードが遅いと、ゆっくり振り下ろした刀のように切れが悪いのだ。

心と身体がともに刀に乗り、一気に振り下ろす。そういうイメージのあり方がいい。

この二つ目の力も効率的に鍛える方法はある。


この一つ目と二つ目の力は別々に存在し、別々に鍛えることとなる。

この二つの力はまったく性質の違う別物なのだ。

だから、別々に鍛えなければならない。


だが、その合力で事を成す。


e0046467_17524043.jpg


ネクラだとか、内気だとか、はずかしがりやだとかいって、嘆く必要もない。

やれば、どちらの脳力も上げることができる。


たとえば、うちの次男は一つ目の力は優れているのに二つ目の力がかなり平均を下回る。

ところが長男はまったく逆。

それぞれの性質や性格の違いからであろう。

それが理解できていると、どちらに重点を置いて導いていけばいいのか、どんなアドバイスや励ましを与えればいいのかもわかってくる。




本当に自己変革する、自己の可能性開花したい、目先の薄い成功や知識や技術ではなくて本当に役に立つ実力を付けたいというのならば身体以上に脳を使う必要がある。
身体以上に使える脳を用意する必要がある。

だからこそ、脳を鍛える。


脳を鍛えにきたのだと理解していない人間は、ただ身体を動かしてここを去っていくことになる。




# by japanheart | 2017-12-13 18:23 | スタッフと想い | Comments(0)

 最近のミャンマーへの海外からの投資には、凄まじさを感じる。

「まだまだこれからですよ」という人もいるが、寂れていた頃を知る私としては、これでもかなり凄いと思っている。

 面白いもので、このようなことが起こると、人の心もすっかりと変化する。

ミャンマー人達は、俄然態度がでかくなり、自信も持ち始めている。

「自分たちの国は遅れている」いくらプライドが高くても、貧しい途上国だという現実を認めざるを得なかった人々が、プライドの裏返しから、すっかりとイメージを変えてしまった。特に、都会では。

 

 私達は、貧しいミャンマーで特に貧困層の人たちへ医療を提供してきた。

幸か不幸か、第2の大都市マンダレーから車で1時間程のところに私達が医療活動を行う病院が位置している。

別に悪いことをしている訳ではなく、医療を受けることのできない人たちに医療を提供している。


e0046467_17595786.jpg

一般のミャンマー人や、かつての軍政の時代の政府の人間、権威の中心である仏教僧侶達からは非常に好意的に受け取られてきた。

 当たり前?

ところがどこの世界にも、当たり前が当たり前でない人たちが存在する。


実はこの私達にとって当たり前でない人たちとは、ミャンマーでは医者と呼ばれる人たちであった。


 かつては医者がヒエラルキーの頂上だった。

しかし今は、一般の貧しいミャンマー人でもミャンマーは遅れていることは知っている。ミャンマーがどれ程遅れているか知らない人でも、日本が進んだ先進国だと知っている。だから、日本の医者に診てもらえるならば診てもらいたいのが人情というものだろう。

特に貧しい時代のミャンマーの医者たちは、金儲け主義の人も多く、政府の病院の給料が1か月1000円程度であった(まじで!)ので、彼らは毎日、午前中で公務をさっさと終了し、午後からはアルバイトへと出かけていった。おかげで患者たちは、主治医を捕まえるのがホントに大変だった。

そんな具合だから、日本の医者が治療し、日本の看護師達が一生懸命看病してくれる病院を、彼らは喜んでくれた。

 

ところが患者たちが期待すればするほどに、面白くない人たちがいた。

その人たちこそが医者”であった


 私達は現地ではマイノリティだ。弱い立場で、国籍もミャンマーではない。弱い立場の人間がいくら悪いことをしていないといっても、強い立場の人間から、あたかも悪いことをしているようにされてしまうものだ。

 ミャンマー人の医者たちからの干渉は凄いものがあった。何度も、治療をできなくされそうになった。

言いたいことは山のようにあっても、「それを言ったらおしまいよ!」の世界でマイノリティは黙っておいた方が賢明な方が多いのだ。

 

 彼らを刺激しないように極力注意しながらやって来た。

アメリカ人ならば絶対にしていないだろう。

アメリカ人ならばきっとお金の力で最新の設備を整えてやっただろう?

私達は日本の文化がバックにあり、どうしてもそれができなかった。

それはお金の問題ではなく。

患者にとっては最新の設備を使うことの方がメリットがあると理解はできても、どうしても、ミャンマーの医者達のプライドも立てなければと思ってしまうのが日本の文化なのだ。

 だから、いつもマンダレーの病院にある設備よりもランクが低い医療機器を使い続けてきた。手術用ライトも中国製で薄暗い。目が悪くなる。それでも我慢して、ミャンマー人の医者たちのコンプレックスを刺激しなかった。

 

結果、致命的となるような大きな対立も起こさず、何とか20年やって来た。

その間に治療できた患者たちの数はかなりになると思う。

喧嘩して辞めていたら、これらの成果は全てこの世から消えていただろう。

我慢して良かった。


 政府が代わり、時代が変わり、少しずつミャンマー人が自信を持ち始めている。自信を持ち始めて来ると、医者達の干渉も弱くなってきた。

海外からの支援が彼らの元にどんどん入り、最新の医療機器が当たり前に自前で持てるようになったのだ。


ふと気がつくと、私達の設備はまだ昔のままではないか!

手術用ライトも暗く、こちらが時代に取り残されたようだ。



そろそろ新しい今の時代に見合ったライトに替えてもいいかな?



そうしないと、今度は古い医療機器で治療をしているとクレームをつけられそうで。




 ____ジャパンハートから ご協力のお願い_____


のこり7日!あと49万5千円が必要です!手術用ライトを寄付するため、クラウドファンディングに挑戦しています!

「子どもたちが手術を待つミャンマーの病院に 医療ライトを届けたい」

ジャパンハートの学生団体ハーツが開始したこの挑戦。皆様のご支援のおかげでこれまでに150万5千円が集まりました。


終了まで残された時間は、あと7日。目標の200万円に対してあと49万5千円足りていない状況です。

目標金額に1円でも足りなければ、支援金全額が返金されてしまう仕組みです。


皆様に寄せていただいたご支援とお気持ちを必ずミャンマーへつなげるために、皆様のご支援が、今、必要です

▶詳細・ご協力はこちら



# by japanheart | 2017-11-01 17:28 | 医者の本音 | Comments(0)

海外医療を志す人たちが医療支援に参加したいと思い立った時、よくする犯す過ち。


その1 「英語を学びに留学する」

その2 「十分な専門的技術・知識を身に付けてから参加すべき」


問題は、それがあたかも全てに当てはまる公式かのように信じ込み、誰かにあるいはどこかで汚染された思い込みだと気付きもしないで、人生の大切な時間を無駄にしていくということだ。



 一つ目の

 「英語を学びに留学する」


e0046467_17392213.jpg


ハッキリ言って、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどは、現場の患者たちとの間には英語はほぼ不要。英語に費やす時間があれば、現地の言語を習得した方がはるかに有益だ。

なぜ日本人たちは、かくも英語を習得しないと海外に出れないと思うのだろうか?

しっかりとした日本の国際組織をつくることができれば、もちろんその中での公用語は、日本語、現地語、英語となる。


 ドイツ人たちで主に構成されるドイツの国際組織が、英語で会話するかな?

 スペインの国際組織は英語しか使わないかな?


 英語は組織の一部の人間がしっかりとできれば、組織的には全く問題ない。末端の医療専門家の人間には、日常的にあまり役立つものでもない。



長い時間と数百万円の語学留学費を費やし、その語彙力、語学力で、国際協力という目的を成し遂げた臨床家には、事実、ほとんどお目にかかることはない。このような段階を踏みたがる者がホントに国際協力をしたいと思っているのかさえ、私は疑わずにはいられない。



 二つ目の

 「十分な専門的技術・知識を身に付けてから参加すべき」


e0046467_19401155.jpg


これは国際協力に従事したことがある、専門家になったベテラン医師たちのよく言うことだ。


がしかし、それって本当なのだろうか?


現場で何が必要かも知らず、思い込みで専門的知識や技術を身につけて、後になってどうも活躍できる場所がない!ということもよくあることだ。


その国、その地域の発展度合いによっても、必要な医療支援の内容や分野は異なってくる。

自分に合わせて受け入れてくれる国などありえないのだ。


 ちなみに、私はおそらく臨床分野では日本で最も長く海外の現場で活動している人間の一人だと思うが、医師になって数年目、専門的技術は大したことはなく、ましてや専門医として医療支援をはじめたわけではなかった。しかし十分に現地の人の役に立ったと思うし、だからこそ今まで続けて来れたのだと思う。


決して専門的技術や知識が不要といっている訳ではない。大切なのは現場のニーズに合わせた支援な訳だから、まずは現場を知らねば何も始まらないでしょ、ということだ。


先進国にいて頭で考えたり、マスコミが作り上げたイメージそのままに勝手に妄想して自分を作っていくと、やがて現実に適応不良を起こしますよ、ということだ。


 さらに言うと、あまり偉い先生達の言う事を真に受けない方がいいとも思う。

人間には見栄というものがあり、自分が偉くなるとどうも他人を見下す傾向がある。自分のプライドを満たしたり、自分を大きく見せたいために、敢えて他人にハードルを課すような発言をしたりもする。


時代のトレンドはその先生達がのし上がった時とは比べものにならないほど速くなっているし、広がりも大きく、細分化も起こっているのだから

 

ご注意あれ。


   

 皆さんがよくご存知の、(しかし私は全くその製品を使っていない)アップルの創設者スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションを聞いたときに、私が最もショックを受けたことについて話をしたいと思う。


e0046467_17425499.jpg


それは彼がその中で次の一言を吐いた時だった。


「直感的に、、、、!」 


やられた!!

と思った。

思わない?

日本人なら

思うでしょ?

だってこんな東洋的な言葉、もっと言うと、最も日本的な言葉をアメリカ人が発したわけですよ。


直感的に操作できるアイテム、だからマニュアルはいらないと。

それ以来、そう、この世からどんどんマニュアルの類いが消滅していくこととなる。


これはホントに、これからの時代を象徴していく出来事だった。


直感的にいいと思ったことを、誰もが直ぐに行動して確かめていく時代になったのだ。

だから、しっかりとした計画書、マニュアルを作ってから行動に移していく日本企業はスピードを失ったのだ。

その製品が完成した頃、既に時代は次のコンセプトに移っているほど、世の中の流れは加速している。

  

 子どものような素直なこころで取り組む、そんなことができる時代になった。

新しいプラモデルを買った子どもは、マニュアルなんて見ないでいきなり作り始めるものだ。行き詰まった時に、改めてマニュアルを見る。そんな感じ。



 この時代の中で、何かをしっかり身に付けてから何か成そうとしては、もう時代は次に移ってしまっている。

だからやりながら考え学び、走りながら身に付ける。そういう姿勢でなくては時間ばかりが通りすぎる。



 英語を身に付けてから国際協力をする?


ダメです。今すぐ国際協力の現場を目指してください。

その過程で英語も必要な分、身に付けてください。


 

 専門的技術や知識を身に付けてから国際協力をする?


ダメです。今すぐ国際協力の現場を経験してください。

その過程で何が本当に途上国の医療現場で必要とされているか学んでください。



もうそういうホントにエキサイティングな時代になったんですよね。

行動力ひとつで、自分を新しいステージに連れていってくれる。


こういう時代を体感し、それに乗らないなんてもったいなすぎると思わない?




# by japanheart | 2017-09-29 17:10 | 医者の本音 | Comments(0)

親父の形見

 いつも子どもたちに接していて思う。

『自分には何をこの子たちに残すことができるのだろうか?』と。

e0046467_11200966.jpg

この子たちの才能の在り処を見つけるのは、至難の業。

一体どうすれば、私の子どもとして生まれてきたことを将来誇りに思うのか?或いはそれほどのレベルでなくても、後悔しないでいてくれるのだろうか?

親の後姿を見せることは大切だと思う。

私も努めてそのようにしてきたのだが、果たしてそれで上手くいくのだろうか?


 私の父親は、私にとってはあまりよろしくないイメージの男だった。

e0046467_11505945.jpg

あの頃の男親というのは、ほとんど子どもの面倒を見ることはなかったし、週末にはいつも、昼間は競馬かパチンコ。夕方からは、部屋中をタバコの煙で満たしながら、ほぼ徹夜でマージャン。と何かにつけて、子どもにはまったく理解できない生活スタイルだった。

戦後、苦労を重ねようやく車関係の縫製業を営む祖父の仕事が上手く回り出し、若かった父親は20歳頃からいい時代を過ごしていたようだ。しかしそれもつかの間、オイルショックが日本を襲う。そこからは、車関係の零細・小工場は衰退の一途をたどることになる。近所のおばちゃんたちのたくさんの笑い声で満ちていた我が家は、いつしか誰の笑い声も聞くことがなくなり、私が高校の頃には、たった一人で仕事をしていた父親が廃業をして、家業は終了した。


こんな父親だったから、私はいつも反面教師にして間逆をいくようにしてきた。それはそれでよかったのかもしれない。だから成長したあとの私は、父親をまったく尊敬などしてもいなかった。

  

 父親は小さい頃から頭脳明晰で体力もあり、運動神経も抜群だった。

背はあまり高くはなかったが、高校の頃までは短距離走でも大阪の中ではトップクラスだったらしい。中学生当時、素足で走って113というタイムだったと言っていたが、どうだろうか?

幼い私がタンスの奥をほじくっていた時、父親の賞状がたくさん出てきたので、多分本当にそこそこなものだったのだと納得した記憶がある。

子どもの頃のこの父親の姿と、私が知っている姿にあまりにもギャップがあり、同じ人間だとは思えないほどであった。

どうしてこのようなギャップになってしまったのだろうか?


父親は子どもの頃に終戦を迎える。

戦争に日本が負けて大変な思いをして何とか生きていくが、家庭はまだ貧しく、アルバイトもするが、どうしても学費が払えないので大学進学を断念したようだ。

高校を卒業して地方の銀行員になるが、高卒では昇進も厳しかったのもあってか、家業の縫製業を継ぐことになる。当時はそれが常識だった。

それから間もなく、オイルショック。そこからは坂を転がるように、一度も上向きに転じることはなく、40歳代後半で廃業に至る。

e0046467_11561743.jpg

その後いくつかの職を経て、最後の仕事は、大きなスーパーのガードマンだった。

廃業してからの父親の姿はさらにひどくなり、ギャンブルで借金しまくり、アルコール依存も加わって目も当てられなかった。 


私にはどうしても不可解なことがあった。

どうして私よりはるかに才能に恵まれ優秀だった父親が、会社を失くし、最後にはスーパーのガードマンで終わらなければならなかったのか?

大きな社会の時代の波をかぶって、彼の運命はその波の中に飲み込まれていったとしか言いようがなかった。

しかし、もっと何とかできなかったのだろうか?

もっと上手く時代を乗り切ることができなかったのだろうか?


 私が40歳を過ぎたある日、この父親の人生が私の中で走馬灯のようにつながって意味を語りはじめた。

そしてどうして父親の人生が、あんな風にならざるを得なかったのか?その理由をはっきりと私に教えてくれた。

私が父親から受け取った最大のものは、この命、そして彼が一生をかけて私に悟らせたそのメッセージだった。


 うちの小学生の長男は、口では受験をしたいと言うが、日々ダラダラして一向にやる気にならないらしい。

「毎日、面白くないのか?」

長男曰く、まったく面白くないと言う。

「なぜ?なぜ面白くないのだと思う?」

と聞いてみる。

理由はわからないらしい。ただ、つまらないという。


だから私はこう答えた。

「その理由は、人間、その人の能力以下の時間を生きていると必ず、人生つまらなくなる。

「面白くなくなってエネルギーをもてあましはじめると、それを消費するために、多くはくだらない事をしはじめる。」

「暇をもてあましたら、ゲームをしたり、テレビを見たりダラダラする。大人だとタバコを吸ったり、必要以上の物を食べたりするのも同じことだ。」


そして、

エネルギーを振り切るくらいのものを見つけ、日々生きなければいけない。

と言った。

それがなければ、目の前のことに今は全力を注いでみる。そこがスタート地点になる。

と話した。とにかくエネルギーを余らせるなというメッセージだ。


人間、その人の才能・能力に見合ったエネルギーの消費をしなければ、列車が脱線するように軌道を外れてしまう。

余ったエネルギーをうまく誘導し、建設的に使える人間はそう多くはないと思う。

ほとんどはその使い方を間違い、どんどん軌道を外れていく。

軌道を外れるとは、才能が廃れ、人生は開花しないということになる。


エネルギーをフルで消費している間は、あまり余計なことをする余裕もない。

野球の選手でも辞めた後に、或いは少し余裕が出て遊びを覚えた時などに、魔にはまり込んでいく。

このは、日本語ではに通じ、とは時間や空間のことだ。

上手く人生をいきたければ、をコントロールすることを覚えるしかない。

人間いつもフルスロットルでは走れないので、時々は休む時間、すなわちを持つ必要がある。

だからこのが上手くコントロールできれば、それがまた次のエネルギーに付加されていく。


 結局、父親の最大の失敗は、その才能と能力に見合った日常を送れなかった、送らなかったことにある。

その余ったエネルギーは、ギャンブルとアルコールに投下された。

そして人生の軌道はずれはじめ、ついに修正することなく生涯を終えてしまった。

はるかに私なんかより才能があったのに。


そんな人間はたくさんいると思う。

自分の毎日を面白く充実したものにしたければ、そして、人生をそこそこ満足したものにしたければ、自分の才能を裏切らない人生を送るしかない。

もし、毎日がつまらないのならば、それは自分の才能・能力以下で生きてるということだと思う。


e0046467_17443979.jpg


を上手く使い、エネルギーを上手く誘導して、とにかく何でも一生懸命にやるしかない。

自分の才能に出会うまで、やめてもいいから、その時間、その期間は、縁のあった目の前の事柄に全力投球する。




# by japanheart | 2017-08-24 17:46 | 随想 | Comments(0)

 ものごとの全体像をと捕らえて把握するという作業はなかなか厄介で、普通の人間はどうもこれが上手くいかず悩んでしまう。


e0046467_16545166.jpg


 先日、今年の暮れ頃から日本を出発し、海外の活動地や国内の離島に順次赴く看護師たちに話をしたときに彼らの挑戦や成果に対する不安、またそれぞれの現在の葛藤を聞いていて思ったことがある。

 

結論からいえば、悩みすぎ、考えすぎ、期待しすぎということだ。


e0046467_16572044.jpg


 何かに挑戦するときは、あまりに考えすぎると緊張し、硬くなる。これは肉体に限ったとこだけでなく人生にも当てはまる。考えすぎたり悩みすぎたりすると、現状という時間に人生が張り付いてしまい、動けなくなってしまう。

何事も経験が大事だというけれど、このような時は経験がかえって足かせになってしまい、子どもの頃のように素直に前へ進めなくなってしまう。

何事も行なってみなければわからないのだから、行なってみるしかない。

誰でも経験上、自分の頭で考えた予想とその結果は今までの人生でも大きく違っているのが常なのだから、悩みすぎは禁物で、時間の無駄だ。


 50歳を過ぎて思うのは、“何で私は未だにこんな位置に留まってしまっているのだろうか?”ということで、自分の人生に対してどうもしっくりきていない。

“もっと行けたんじゃないか?”と心がかしましい。

それでふと自分の人生を振り返ると、悩みすぎ、考えすぎた上に、だらだら過ごしすぎたと思い当たるばかりで、なんともやるせない気持ちになる。

だからせめて、ここから最後まで悩まずに、前へ前へ進もうと思っている。

神様が私の時間をまだ残してくれていたことに感謝するしかない。


 もう一つどうしても気になったことがある。

それは期待しすぎということだ。

結果的に期待以上ということはありえるのだが、私の経験上は、普通の日本人看護師が、一年や二年の時間投下で海外でも国内で通用するようなスーパーナースに生まれ変わることは難しい。

でも、できないわけではない。しかし二年では時間が足りない。

もちろん私の元で本気でやってもらえれば、20歳代と30歳代の看護師ならば五年でスーパーナースになると思う。


 私の言うところのスーパーナースとは、臨床能力が凄いということだけではなく、環境の変化や苛酷な状況下でも自己制御ができ、医師がいなくても患者の最低限の安全は確保し、必要があればその土地の行政や権威と折衝も交渉もできる、ということである。

さらに、なんといっても一番伝えるべきは、『医療は患者のためにある』という当たり前のこと(これをいつしか忘れてしまう医療者が多すぎるのが現実)と、常に一体化した医療人であるということだろう。


e0046467_17520373.jpg

 

そう考えると、私の残された時間で、このようなスーパーナースをいったい何人世に送り出せるのだろうか?


まあしかし、一年や二年でもしっかりやれば道筋が見えてくるとは思うのだが、後は自分でやらなければならない。人間、自分に甘いのでこれはなかなか大変だが。


 私が現地で厳しくやっていると「親にすらあまり怒られたことがない」という言葉を、いまどきの日本の若い世代からよく耳にする。

何でも褒めればいいという人もいるけれど、私はそうは思わない。

欠点や異常な癖の修正は、それらの指摘や注意から始めなければならないことは自明だ。


物を盗んだ子どもに、“君にはすごくいいところがある”という前に、“盗んではいけない”と注意することが当たり前のように。

 

 看護師という能力を本当に伸ばしたければ、どうしても欠点と癖の修正が必要になる。

それは看護師という職業が総合職であるという性質が強いからだ。だから、看護師の場合、人間力そのものを伸ばさなければならない。

ここが医師と違うところで、医師は長所の伸長に力点を置けばいいことが多い。それは医師は専門職という色彩が強いからだ。別に人格的に問題があっても、手術が上手い医者は結構いるということが現実なのだ。


 今の日本に少なくなってきたのは、怒ってくれる人かもしれない。

だからといって、よくスポーツで殴ったりするコーチもいるが、あれはどうかと思う。

殴って上手くなるかな??

基礎ができている選手たちには絶対に、欠点を責めるよりも長所を伸ばしたほうが効果的だと思うが。


怒って気づかせ、褒めて伸ばし、寄り添って支えるということができなければならないと思う。

そこではしっかりとした指導哲学や、方法論を自らに持っていなくてはならないと思う。


 日本の指導者で、学び続け、悩み続けて、考え続けている人は何パーセントくらいいるのだろう?


 私もこれからは指導が中心となっていくのだろうから、この辺をしっかり自覚していなければならないかもしれない。

 教えるほうも、学ぶほうも、人間やはり生涯勉強ということだろう。







# by japanheart | 2017-07-24 18:11 | 随想 | Comments(0)

空白の時間

空白の時間


発酵と熟成は、成長においてとても大切な要素だということに気がつく。

これを上手くコントロールできれば、きっともっと発展的な成長ができるのではないか?

いつからか、このような法則が世の中にも働いているのではないのかと気がついていた。

それに気づいてもう30年ほど経つが、いまだに上手くコントロールできているとはいえないのだが。



私は子供の頃そこそこ足が速く、小学生の頃クラスでは一番だった。

父親は戦前生まれだったが、中学生の頃100メートル走で、大阪府での記録を持っていたと聞いたことがある。

そんな私の小学生の頃、大して徒競走が速くないが、まじめに陸上をやっている友達がいた。

その友達はある出来事を境に急激に足が速くなり、あっという間に私も抜き去り、学年で一番の俊足となった。


e0046467_18140590.jpg

また高校生の頃には、陸上部の短距離走で活躍しているクラスメイトがいた。

この友達も同じように、中学生の頃、ある出来事を境に急激に足が速くなったそうだ。


そのようなことを何度か知るにつけ、俊足だったという父親にそんな経験がないか聞いてみた。

すると同じような友人はいたと話してくれた。そしてその友人もある出来事を経験していた。

そのある出来事とは何であったか?


それは風邪で学校を休み、運動ができないという時間を数日持った経験だった。


中学生や高校生の頃、テスト期間を経て再び部活動に参加したときに、動きが大きく進歩した経験のある人は結構いるのではないだろうか?


ある科目をがんばって勉強しているにも関わらずなかなか成績が伸びなかったが、しばらく他の科目に集中してやりこみ、数日して再びその科目に取り組んでみたら、理解度が数日前と明らかに違い進歩した経験を持った人も、多分、たくさんいるはずだ。


テニスをはじめて、毎日練習してもなかなかサーブが形にならず、あるいは自分が打ち返したボールがなかなか相手のコートに返らなかったのに、ある日を境に、いきなり相手のコートにバンバンとボールが戻り始めたりすることがある。


感覚的には、次元が変わったという感じだ。

坂道を上がるように直線的に進歩したのではなく、ある時、段差のある2つの坂をぴょんと飛び越えた感じ。

これは、進歩というのではなく進化と呼ぶほうが適切な表現かもしれない。


自分の人生の、連続性のない次元の違う2点間を繋ぐために必要なのが”空白の時間”だと考えている。

この”空白の時間”に起こっている出来事が、発酵と熟成という変化だ。


米をつき、かき混ぜる。

私たちの日常でいう所のこれは、努力というやつだ。


e0046467_18152310.jpg


この後、発酵して自然の力すなわち、何らかの法則が働き、米はまったく次元の違う、お酒に姿を変えはじめる。

そして熟成をさせることでその深みが増していくのは、人生も同じかもしれない。

このほとんど何もしない発酵の時間に、その次元を変化させる秘密がある。

何がどうなってそういうことが起こっているかは、別に知らなくていい。

ただ、そういう時間を持つことが大切だということだ。

ただしどのくらいの長さの時間が適切かは、経験に頼るしかない。

そこは酒造りと同じで、トライ&エラーを繰り返して最適な解を求めるしかない


手術のような技術の習得も同じだと理解している。

毎日休まずにずっと手術をやり続けていたら、きっと進歩の角度は緩やかになる。

よって投入している労力に対して、結果は大きくないと思っている。

ところが、集中的にやりこんだ後に時々、”空白の時間”を作ってあげると、その間に次元上昇がおこり、技術は飛躍的に進歩するのではないか?


緊張と弛緩を、バランスの良い組み合わせとして持つ必要がある。


もちろん緊張はかなりの努力を必要とする。それは米をかき混ぜるのがかなりの重労働であるのと同じだ。

ここなくしてはお酒は生まれない。

しかし、良質のお酒を造れるかどうかはこの後にかかっている。

すなわち弛緩のあり方である。

特に私が重要だと感じるのは、弛緩の後半。


病気の期間でいうと、熱が出て寝込み、辛い期間(緊張期)を経てから、熱が下がり体が回復期に入り、体の中に力がみなぎりはじめたときではないだろうか?

ここで一気に、自分のその対象での経験が、その他すべての自分の過去のものと脳内で攪拌され、結合し、新しい価値を生み出していく。


自己の人生に関する限り、これは脳の機能によるものだというのが今の自分の仮説だけれども、世の中で起こる場合はどう呼ぶのだろうか?

しかし、そのような法則性はきっとあると思う。


弛緩の前半は、まだ攪拌だけが行われている段階だと思う。

本格的な結合はこの後半の時期に行われるのではないか。

ここで一気に成果を形作る必要がある。

そのためにはこの時期に、陸上の選手ならば、その動きをできる範囲で再現しはじめなければならない。

外科医ならば、手術書を開き、頭の中で手術のシュミレーションの繰り返しを集中的にやらねばならない。


視点を未来に向け一気に駆け上がる。


ところでそういういわゆる”空白の時間”を、人為的に意図的に自分の人生に投入できれば、人は何度もワープしたような成長ができるのではないだろうか?と考えている。


では、どのタイミングでその”空白の時間”を持つか?


e0046467_18164821.jpg


たとえば、手術ならばやりすぎて飽きはじめたとき。すなわち、気持ちやモチベーションが上手く回転してくれなくなったとき。

勉強ならば、やりすぎて頭が回転しなくなったとき。

もっと大きく、人生ならば、一生懸命生きているのに何をやっても上手くいかないと自覚があるとき。


こういうときはあえて一旦、”空白の時間”を入れてみるのだ。

その後、手術やりたいな~、とか

あの勉強に関する本を読みたくなってきた、とか

日々、じっとしていられなくなって何かをやり始めたい衝動に駆られたり、体を動かしたくなってきたり。

そういう、感覚になってきたら弛緩の後半に差しかかっている。だから一気に、その方向に加速していく。



上手くいくこともそうでないこともあるかもしれないが、一度、試してみる価値はあるでしょ?






# by japanheart | 2017-06-22 14:25 | 随想 | Comments(1)

オープンマインド

”オープンマインド”になること


 弦の引きがなければ弓矢は前に飛ばないように、ジャンプするときの屈曲がなければ高さが望めないように、人が成長するためには必ず成長の方向と逆方向の力が必要となる。

 

これについて大切なことがある。


 それは、逆方向の力がかかるのは必ずその初期の段階であるということ。

そして逆方向の力を長く引きずると必ず失速するという事実。


人生の経験上、ストレス、たとえそれが、ある時期の学校でのいじめや入社してから、あるいは職場が変わってからの上司からのパワハラなど、見方を変えれば人生や能力アップのためのバネになるということである。


それがどのように結果に作用するか、人生がめちゃくちゃになるのか、その経験がもとでより成長し上手くいくのか?

 問題は、その時間の長さにあると思う。


例えば、長く弦を引きすぎるとどうなる?

ジャンプ時の屈曲を長時間するとどうなる?

と考えれば良い。

弦を長く引きすぎると弦が切れるか、腕が疲れて弦は緩む。結果、前への飛距離は著しく損なわれる。

ジャンプ時の屈曲を長くすると、疲れて立てなくなるか、膝がこわばんで伸びなくなる。結果、ジャンプ時の高さが失われる。

 それと同様に、虐待やいじめ、パワハラは長時間行われてはいけない。

だから虐待やいじめ、パワハラからは早めに救い出す必要がある。

良いタイミングで救い出された人は、それを受けなかった人より、この理屈からいうとより成長することになる。

 人生、成果と損失は裏表。


鹿児島の離島、徳之島から出て日本最大の医療グループのひとつ徳洲会病院をつくった徳田虎雄の成果を成し遂げさせたのは一体誰なのか?

私の意見は、彼なかりせば、日本の救急医療の発展は10年ほど遅れていたのではないか?と思っている。

その彼を初期の段階でしきりに潰そうとしたのは誰だったか?

それはなんと日本医師会だった。

徳田虎雄自身は、この医師会との戦いによって成長したと思う。

多分、相手が強敵ゆえ医者を辞めて国会議員にもなったのではないだろうか?

だから、私に言わせれば、現在の徳洲会グループを生み出したのは皮肉にも日本医師会だったということになる。

最初から、徳田虎雄を無視しておけば、彼は地方の巨大病院のいち経営者程度に収まって、全国にまたがる今の徳洲会グループはなかったかもしれない。

しかし、彼は少し長く医師会と戦いすぎた感がある。その期間をもっと短くしていたら今頃どんな組織になっていただろうか?


翻って、自分にその理屈を当てはめてみたときに、軍政下のミャンマーに単身乗り込み、それなりの苦労をしてここまで来たのだが、どうしても自分でなければならない、自分がやらなければならないと意気込んでここまで来てしまった。ミャンマーの医療レベルのお粗末さに時に怒りを覚え、気の毒なこの人々のためにもっとがんばろうと、どんどん自身を先鋭化してここまでやってきた。そしてそれなりの仲間や支援者たちも得て、それなりにやってきた。

 しかしある時、ふと、時間の流れの中に何か大切なものを忘れてきたのではないか?と感じたのだ。


 多分、長く弦を引きすぎた。


だから決心したのだ。

もう一度できるならば、弦をゼロ点に戻して引きなおそうと。


大きな人間になりたいと思いながらここまでやってきたのに、その疲れや必死さから気がつけば時にギスギスと人を傷つけ、仲間を信用することもできずに、心から大切にもできていなかったのではないか。

家族は、分かってくれる、信じてくれているはずと勝手に都合よく思い込み妻や子どもたちに迷惑をかけここまでやってきたのではないか。


こんな人間が、大きな人間であるはずがない。

大きな人間になりたかったのに、なんとちっぽけな人間に成り下がっていたのだろう。

そう気付いた。


そう気付いたとき、心に一つ、フレーズが思い浮かんだ。

”オープンマインド”



心開けば、世界が違って見えた。


e0046467_11485249.jpg

自分がやらねば、自分しかいない、と信じ込んでいた頑なな心を開いてみたら、そこに多くの才能ある人々を発見した。

自分が一番がんばっていると思っているその思いを手放したら、自分はなんと多くの人に支えられているのか、そしてその向こうにそれぞれがんばっている多くの人たちの顔もはっきり見えてきた。

私がいない間の日常を苦労しながらも生きてきてくれた妻や子どもたちの姿、それを支えてくれていた自分の母親の姿も見えてきた。


私は長く屈曲しすぎていた。


だからもう一度、今度こそ高く飛ぶために、いいタイミングで膝を伸ばして見せるのだと誓った。


心をオープンにし多くの才能ある人々を発掘し、サポートしていくと決心した。

それこそが社会を最も潤すことになると心底、分かったのだ。


そして今度こそ、ビッグな人間になろうと決心している。

ビッグな人間とはより多くの人々のその才能を開花させ、成長させた人に与えられる称号かもしれない。

私の本心が大きな人間になりたいと言っている。


そのためには、心を開き、世の中のあらゆることを見ていきたい。

心を開き、多くの人たちに接していきたい。







 


# by japanheart | 2017-05-30 03:30 | 活動記録 | Comments(0)

能力という弱点

特に最近、強く思うことがある。

私がもし医者でなかったら何をしていただろうか?

もし医者でない立場で途上国で何かをするならば、何をしていただろうか?



e0046467_17404670.jpg



私は医者であることにこだわり続けてきた。

いい加減な自分ではあるけれど、患者や医療者たちの前では医者であることを自覚し、行動し、誇りを持って生きれるようにと、いつも強く自分と向き合ってきた。


海外でたとえどんな逆境にあってときでも、自分がメスを握り、患者たちを救っていくイメージを常に心に留め置きながら前にすすんできた。


でも、もし、私が医者でなかったならば、あの悲惨だった人々の現状を見過ごして生きていただろうか?

それとも止むに止まれぬ心が動き出し、何かを為すために前にすすみ続けていただろうか?


プレイヤーに拘り、プレイヤーとして患者に向き合うことを当たり前に選び続けてきた。


統制の厳しかったミャンマーで綱渡りのように医療を続けてきた。

もし医者でなかったならばそれも不可能だったのだろうか?



人は武器をもつと武器に拘り、型をもつと型に拘る。

それが可能性を奪っているなどとも気付かずに。

それゆえ、武道の達人は、型に入り、型を捨て、やがて自由の境地に入る。


弱い自分が、もしも武器を持っていなければ、自分より強い相手に立ち向かわない。ゆえに殺されることもない。

もしも柔道などの型を知らなければ、その個人の秩序ない拳や蹴りの動きは相手には読めず当たることもある。

型を知っていれば、その防御の策は必ず準備される。


自分の強みだと思っていたことが、実は弱みだったと気付いた。


ある日ふと気付いたのだ。


e0046467_09080016.jpg


もし私が医者でなかったならば、たとえミャンマーのように、どのような困難な状況のときにあっても今頃、病院の一つや二つ建てきって、もっと多くの人々を救えていたに違いないと。

自分ではできないから、他人の力を借りる。

自分の力に必要以上に頼るより、人々の才能を信じて借りてくる。


50歳を過ぎ、そのことの威力を思い知ったのだ。

目が覚めて、世の中にはすごい才能の人間がごまんといることに今更ながら気付いた。

私がすべきだったのは、自分で刀を振り回すことではなく、この人たちの力を借りれる仕組みを作ることだった。



私は医者が得意だ。

手術も得意だ。


しかしそれこそが私の最大の弱点だったのだ。


人は一生涯を得意なことだけして、生きてはいけない。

医者の人生は、私の人生の一部でしかない。

人生はきっと医者をできなくなった後も何年も続くだろう。


だからこそ私の命が最も活きる道を見つけなければならない。


遅すぎるとしても今始めるしか道はない。



# by japanheart | 2017-04-30 07:35 | 基本 | Comments(1)

小を捨てて、大を為す

 小を捨てて、大を為す


その人の持っている特別な能力が、皮肉にも逆に可能性を奪うということがある。


私はミャンマーで医療をはじめて23年経ち、多くの患者たちを治療しここまでやってきた。

1995年当時、ミャンマー政府から医師免許を出され、医療行為を継続的に長期間に許されていた外国人医師は私だけだった。



最近まで外国人がミャンマーで医療をやるためには、大きく分けて4つの方法が存在した。


1つは団体を作り、団体と政府が正式な契約を結び、政府の管理下の病院で働くことだった。

しかしこれには問題があって、全額ほぼ自己負担の医療を行っていたミャンマーでは、本当に貧しい患者は政府の病院にはかかることはできなかった。


2つ目は、軍と関係を結び軍関係の病院で軍属とその家族、関係者に医療を行う選択肢。


3つ目は、民間病院に営利目的で入り、短期間の医療を定期的に繰り返し行うという形だった。

  ただし短期型の医師免許には50万円ほどかかり、しかも富裕層しか治療を受けにこれないので、貧困層へ医療を届けるという選択はなかった。



そして私が選択した4つ目の方法があった。

  ミャンマーでは僧侶が特別な地位にあり、独自の世界観を築いている。

そこは通常、政府もあまり意見を言えないようになっている。

当時のミャンマーは、大きく分けてはっきり3つの権威・権威が存在していた。

  政府・軍・僧侶。

今では、それは当時と比べて相当弱くなっている。

そしてこの4つ目の選択肢を私は選ぶことになった。それは、僧侶が運営する病院で働くというスタイルだった。

 ここで働くメリットは大きく3つあった。


1.国民の多くが敬虔な仏教徒であり、国民から信頼されている。

. 比較的安価な値段で治療が行える。よって、貧困層にも医療を届けることができるかもしれない。

3.政府や軍の関与を受けにくく、政府のように制限を加えたりされずに、自分たちの正しいと思える医療の形を追求できる。

e0046467_1657654.jpg


 やはり政府の病院だと、ミャンマー人の医師と一緒に手術に入り、多くはミャンマー人医師たちに執刀させなければならない。ミャンマー人外科医が上手かろうとそうでなかろうと、ミャンマーという国の中でやる限り、ミャンマー人医師によって医療が行われているという形が政府的には必要だからだ。

しかも、相手のペースに合わせてやらなければならず、今では1日に20から30件の手術を行うが、政府系の病院では朝から夕方の4時まで、1日に数件の手術件数に設定され、大人は大人、子どもは子どもと病院も施設も担当も違うので成果も手間も目減りし、対応にも大きく手間を取られてしまう。

 さらに、政府のミャンマー人医師たちは非常に薄給だったので、通常、当直医を残して昼からはほとんどアルバイトに出かけてしまう。この状態で日本人だけが病院に残り、医療を継続するのは到底不可能だった。


そして私たちがどうしても成し遂げたいことがあった。

 それは医療を受けられずにいる貧困層の人々に医療を届けることだった。


 富裕層や中間層は民間病院あるいは政府の病院で医療を享受することができる。しかし、この国中のどこの病院でも医療を受けられずにいる貧しい人々が医療を受けられる可能性があるのは僧侶の運営する病院のみだった。

ただ僧侶が運営する病院の本来の目的は、僧侶を治療するためであるので、僧侶は無料あるいは安価な値段で医療を受けることができたが、一般の国民はそうではなかった。そこでどうしても交渉が必要になった。

どこよりも安く医療費を設定するために根気強く交渉を続けた。

そして政府系の病院の約10分の1の治療費で手術ができるようになった。これで貧困層にも医療を届けれるという形が整った。もちろん、もっと貧しい人々には無料で医療をできる仕組みも作った。村長の作った患者の生活環境を証明する書類を持ってきて、病院管理している僧侶の承認をもらえば、治療は全てタダにできた。


軍関係の病院はおそらく最も医療をしやすかったと思う。しかし、権力闘争の激しい軍内では組む相手を間違うとあっという間に天国から地獄に共倒れで落ちていかねばならない。

民間病院は、営利を求められ、富裕層の人々しか治療を受けられない。私たちの目的とする貧困層に対する医療提供の道は閉ざされる。

政府系の病院は上記のように様々な制約があり、主に中間層の人々の治療を担当することになる。

 

 これらの問題を上手く調整できそうなのは僧侶の病院しかなかった。


権力や営利とは距離を置き、権威と共にあることを決めた。


しかし、医療を始めても様々な問題に突き当たる。

いくら安くしても、患者たちの中には病院への交通費すら払えない人々も結構いることを知った。

患者たちは、病院まで平均で4時間、遠くからの人々は48時間、果ては医療費の高い海外からも帰国し我々の病院で治療を受けに来た。


交通費の払えない人には代わりに交通費を払った。


また問題が起こった。

ミャンマーの病院では食事が出ない。全部、自炊あるいは外食になる。外食は村の人々にとっては相当の負担になる。もちろん、患者本人のみならず付き添いの家族の分も必要になる。

入院期間が長引くとその食事代に圧迫されあっという間にお金が尽きる人たちがいた。

そこで、勝手にお金は配れないので、毎日1ドル分の食事クーポンを配り、病院近辺の食堂で食事を毎日1ドル分購入できるようにした。これをすることによって、患者たちからかなりの金銭的ストレスを軽減できるようになった。


ところがまた新たな問題が発生する。

子どもの難病や火傷の手術はどうしても入院期間も長くなり、多くの患者たちが治療半ばで離脱をしなければならないようだった。

これを何とか解決するために、子どもの治療費・交通費・入院費・食費は一律に全部無料にした。

入院費や治療費はもちろん、病院は子どもの親に大人の手術患者同様にチャージしてきた。

僧侶といえども病院を善意だけでは運営できないので、お金を患者からはある程度取らなければならないのだ。

結果、子どもの親に代わって私たちが病院に治療費と入院費を払っている。

自分で治療して自分で治療費を払うという笑えない状態だが、そうしなければ貧困層の子どもたちに治療を安定的に実現できない。


 私はいつも自分が何を達成したいのか、何をなすべきかを見失わずにやってきたつもりである。そのためには多少の無駄や非効率は許容している。


何人もの人から、「無料はまずいのでは?」とか、「金持ちの子どもも治療を受けに来ますよね?その人たちからお金を取らないのですか?」と言われたこともある。

しかし、考えてみてもらいたい。貧困層の人々は情報から最も遠くにいて、最も力の弱い立場にある人々だ。

もし、富裕層の子どもからお金を取ったらどうなるだろう?

きっと、日本人の医療を受けるにはお金が必要だと噂が広がり、交通費すら負担の大きい貧困層の人々がまずはじめに来なくなってしまう。

だから、たとえ富裕層の子どもでも無料で医療を行う。それは、無駄ではなく貧困層の人々のための投資なんだと理解している。



ひとつひとつ問題を解決して、今では年間2000人近い人々の手術をできるようになったのだ。


しかし、問題はまだまだ起こる。







# by japanheart | 2017-03-31 15:10 | 活動記録 | Comments(0)

強い人間は弱いものいじめはしないのか?


「本当に強い人間は弱いものをいじめない。」は本当か?

この事について先日、小学生の息子たちに話をした。


私がまだ小学生の頃、同じクラスに全く話をしない女の子がいた。本当にほとんど声を聞いたことがなかった。

たまに先生が無理やり、朗読や質問に答えさせるのだが、それでも蚊の鳴くような声しか出さない子どもだった。そんな調子だから、ある種の子どもたちからは、格好のいじめの対象になっていた。

その女の子がある日、本当に偶然、私が公園で遊んだ帰り道、その子がお父さんと手をつないで歩いている場面に出くわした。その時、初めてその子の声がそんな声なのだと聞いてしまった。

お父さんと本当に楽しそうに、大きな声ではきはきと笑いながら話していたのだ。

なんともいえない気分になった。割り切れないようなそんな感情だった。


最近、特に50歳を過ぎた頃から、ふとした光景の中に愛おしさを感じるようになった。


e0046467_22353336.jpg

例えば、私が医療支援活動を行うミャンマーでは深夜まで手術が続くが、ある人が自分の手術を控え室で一人で待っている。誰もいないその部屋で、ただ下を向いて静かに待っている光景をふと見る。

その時、とても愛おしくなり抱きしめたくなる。


手術を受けた子どもが次の日におもちゃで遊んでいるのを見た時も、汗水たらして路肩で働いている人を見たときも、同じような気持ちになる。

人が焦って必死になっているのを見たときも、緊張で手が震えている人を見たときも、同じような気持ちになるのだ。




何でそんな気持ちになるのか?



多分、その人の人生そのものを、なんとなく感じとれるようになったのではないか。

その人の部分的なものではなく、その人を全体として感じとるようになったのではないか。

ある光景を、その中心に存在するある人物だけでなく、その人物を中心にした全体的な構図の中でその光景を理解できるようになったのではないか。

と思っている。

だから、抱きしめたくなってしまうのは、きっとその人物の全体性に対して愛おしくなってしまうからだろう。


ところで、これも最近なんだが、映画やドラマでいじめのシーンが出てくるといたたまれなくなるのだ。

中学生が、ある子どもを直接ではなくても机や椅子をいじめの意味で蹴っているシーンですら、みていられない。

何でこんなことをするのか理解できない?

意味がわからない??のだ。

しかもそれは生理的なレベルで既に受け付けなくなっている。

昔はそんなことは全然なかった。

でも最近どうもだめなのだ。


それでふと、思ったのだ。

人間、本当に人としての力がついてくると、こんな感じになってしまうのだと。

すなわち、人間として強くなるとこうなっていくのだと。

だから、「本当に強い人間は弱いものをいじめない。」は正確には、

「本当に強い人間は弱いものを(生理的に)いじめたくなくなる。(生理的に)いじめることができなくなる。」ということなのだ。

 強いから「いじめない」のではなく、強くなると「いじめることができなくなる」ということ。



これが、広がると社会的弱者や不正義に対して、生理的に我慢できなくなってしまうのだと思う。


今の私が、小学校の頃の教師であったなら、きっとあの少女はいじめの対象にならなかったと思う。

なぜならば、その子のことをめっちゃ褒めるから。


だって大きな声も出せないのに、健気にちゃんと学校に来ていたんだ。毎日毎日。

いじめられても、ほとんど休まず学校へやってきていた。

それだけでもなんて愛おしい子どもで、何とがんばっているのだろうと、涙が出るほど感激してしまう。

心の中で何度も抱きしめていることだろう。

そんな子どものことを人生かけて守るよ、やっぱり。

教師なんだから。


本当はお父さんと話していたときのように大きな声で話し、笑えるはずなのに。

誰が声と笑いを奪ったのだ?


そう思うと、やっぱり教師のせいだと思う。

音読をその子に当ててる場合じゃない。

教師が心から信頼し、大切にしているものを子どもたちの誰も傷つけることはできはしない。


息子たちに言ったんだ。

「人間いじめをしている間、人に意地悪をしたいと思っている間は、ちっちゃい弱い人間だということ。そういう人間は逆にいじめの対象にされるかもしれないよ。人間強くなってきたら、いじめに興味がなくなりはじめる。もっと強くなってきたら関係なくてもいじめを見たらなぜか自分が傷つくんだ。そういう本当に強い人間になってもらえるかな?」






# by japanheart | 2017-02-28 03:59 | 子どものこと | Comments(2)

お前は私を超えることができるか?


 若い世代の人たちに話す際によく言うことがある。

私は私なりに自分の人生で良いことも悪いことも経験してきたし、普通の人たちよりもおそらくたくさんの失敗をしてきたと思う。それゆえに、そこからまあ、いろいろな事を悟りもし、自分の中に沈めてきた考えや知恵もある。



e0046467_1033830.jpg


 今私が若い世代に語りかけるその知恵は、私が若いころには手に入れることができなかったものだ。

だから苦労をして、その結果、なんとか手に入れ今に至る。

私が若い頃にも当然、、世の中にはそのような知恵を持つものはたくさんいた。

しかし、その知恵をついに私は聞くことはできなかった。

それはなぜか?

私には若い頃にそれを聞ける才能がなかったからだ。

才能がない私は自分で失敗をしながら時間をかけ痛い目にあいながら、ようやくその知恵を手に入れることになった。

もしも若い頃に私がそのような知恵を手に入れる才能があれば、、、。

きっと、もっとすばらしい、エキサイティングな人生になっていたような気がする。


もし20代や10代で私の話を聞き、その知恵を手に入れることができたのならば、それは少なくとも同じ年頃の私よりはるかに才能に恵まれているということだ。

あなた方は間違いなく私より才能に恵まれている。

それでもなお、私以下の成果しか人生に残せないとしたら、それは自分の才能を裏切ったことになると自覚しなければならない。

人の目線や、常識、お金や待遇、名誉、それら全ては自分の才能を奪う可能性が高い性質のものだ。

これらをどうコントロールできるかで人生は大きく変わる。




私がいつもお世話になっている松下政経塾 元塾頭の上甲さんはある日、松下幸之助翁からこう聞かれたそうだ。

「お前は私を超えることができるか?」

恐縮して、上甲さんはそんな大それたことは考えられないと応えたそうだ。

しかし、翁は「なぜだ?」「超えれるはずだ!」と言う。

応えに窮していると、続けてこういう内容を言ったらしい。

「あなたは私のことをずっとそばで見て知っている。何を行い、何をどう考え、どのように失敗したかもだ。」

「だからあなたは私を取り入れることができる。」

「それに自分を足すのだから、超えれないわけはないだろう」と。


多くの人は自分には大した才能がないと思い、世の中を変えるようなことができないと思う。

でも本当は、世の中を変えるというのは、なにも政治家や企業家の専売特許ではない。

誰でもできるし、その可能性はある。

時間・場所・タイミング・やり方・考え方、これらを上手く組み合わせればありえることだ。

それを拒むものがあるとしたら、その人の意識や考え方、それから欲やエゴが邪魔するからだ。


病院で働く、いち看護師だって世の中を変えれる側に立てる可能性がある。

しかし、病院にお金で飼いならされ、マスコミや銀行に不安や欲望をあおられ右往左往している間は、まず無理だ。

生涯、不安を持ってあたふた生きるあなたになる。


勇気というのは翼のようなものだ。

少しの勇気を持って世の中に変化を与える側に立ってみる。

押さなければ跳ね返りがないように、世の中に変化を与える人間には世の中からいろんな反応が返ってくる。



e0046467_1033487.jpg


そして人生が動き始める。

同じ場所で右往左往していても世の中は何も変わらない。だから自分の人生にも変化は起こらない。

世の中はすごく単純にできている。


与える変化の大きさは問題ではない。それは個人の個性によって変わってくるだけだ。

それより自分の人生にいかなる変化が起こったか?それが全て。


今日も、明日も、その次も、そして10年後も、、、。

同じ毎日を同じように過ごしたいかどうか?


同じ毎日でもたった一つだけ違うことが起こる。

それは人は歳を取っていくということだ。

同じような毎日でも気がつけば、髪は抜け、皺は増え、そして内臓は弱る。


機械で編んだ布は狂いがなくて均一でしっかりしている。

しかしその中に宇宙は感じない。

調和していそうで、調和などない。ある種の緊張があるだけだ。

しかし、人の手によって高度に編まれた布は、一糸一糸まったく同じでないが、全体が調和してそこには宇宙の縮図があるような気がする。


人生の時間も同じだ。

人生をかけてどんな布を編みたいのか。今一度、惰性で生きている若い世代に詮索したいのだ。








# by japanheart | 2017-01-30 16:45 | 医者の本音 | Comments(1)

苦労は買ってでもしろ?

将来の夢やビジョンはどうしたら生まれてくるのだろうか?
よく若い世代の人たちから受ける質問だ。

自分にはビジョンも夢もないから、という。
別に夢やビジョンがなくてはいけないわけではない。そんなものなくても十分幸せに生きていける。
夢やビジョンがなければ、日々の生活が充実していないわけでもない。
むしろ夢やビジョンはその人の人生を大きく変えてしまい、大きな災いを生み出す可能性もある。
言葉には、その言葉自体が持つイメージと裏腹に大きなマイナスをはらんでいる可能性があるのだ。
夢やビジョンという言葉は、まさにその一つだと思う。
愛という言葉も、そういう言葉の一つだろう。

人の一生は山あり谷あり。
一時よくても、全体を通して惨めな一生を送っている人間はたくさんいる。

人生はマラソン。
だから、42.195キロという人生を全体としてもっとも満足できる走りにしなくてはいけない。
中盤や前半の一部だけ、いい走り、満足できる走りをしても、最後にだらだらの状態になったり、途中棄権という人生では取り返しがつかない。

だから目の前の事態に対しては、当然全力で取り組むにしても、たとえ悲惨な状態であっても人生を投げたり諦めたりする必要もない。
人は小説や映画の中では、災難に見舞われ絶体絶命の主人公がそれを乗り切り、逆転の結末を迎えたとき、えらく感動し、涙を流しながら、自分の人生もそうありたいと心に誓う。
しかし、現実に自分の人生に同じような事態が訪れると途端に弱気になり、愚痴りはじめ、悪い結末を想像し、最後には現実に押しつぶされてしまう。

 しかし、人生はそこで諦めて走ることをやめなければ、必ずもう一度幸せになるチャンスは与えられている。

一方的にエネルギーを消費するマラソンと大きく違う点は、それを行っている人間のエネルギーを再び大きく高めることができるという点にある。
 だから途中棄権しないで走り続けなければならない。大きな失敗は、やがて大きな幸運を呼び込む糧になる。
特に若いうちに失敗や苦労から得た知恵や体感は、成功の母となる。
私がまだ子どもの頃、祖父に枕元に呼ばれ
「若いうちの苦労は買ってでもしろ!と昔の人は言った。現在はそういう時代ではなくなり、買ってでも苦労をしろとは言えないが、苦労をしておけば将来きっとためになる」と、何度か言われたことがある。
苦労という言葉に付きまとうイメージにも裏腹に、大きなプラスの可能性が秘められている。

e0046467_2144315.jpg


立ち止まっている人間には大きな苦労は訪れない。
しかも、立ち止まっている人間に訪れる苦労はやがて、薄められて効果も薄くなっていく。
人間は同じ苦労を経験しているとやがて適応し慣れ始めていくことができるからだ。

今世の中は、成功するのにもお金持ちになるにも、別に苦労しなくても良いではないか。という考え方がある。
それはそうかもしれない。お金儲けで別に苦労してする必要はない。
しかし、人生はそうではない。やはり苦労はしておいたほうがいい。
人生の幸せをその根で支えてくれるのは、まさにその人の苦労なのだと思う。
「苦労を買ってでもしろ」のその真意は、「行動しろ、そうすれば苦労が手に入る」ということだ。

大きな行動をすれば大きな苦労が手に入る。
大きな行動を起こすには、夢とビジョンが必要になる。
マラソンも走るコースが決まっているように、本来は、人生もすすむ方向が定まっている方がいい。
夢やビジョンはその方向性のあることだから、それがあれば、そちらへ向かってとりあえずすすむことができる。

日々の幸せとは、良いことで埋め尽くされているわけではない。
何もない日常で埋め尽くされるわけでもない。
人は適合し慣れが生まれ、同じ状態では不感症になっていく。
何も起こらない日常は平穏な日常ではなく、つまらない日常へと変わっていく。
そのつまらない日常もあなたが癌にでもなれば、再び、輝き始めるだろうが。

何でもない日常に幸せを感じたければ、良いことでデコレートしたいと思えば、必ず苦しみや悲しみという要素が必要になる。
 
夢やビジョンは動かない人には生まれない。
思考もエネルギー。
夢もビジョンもエネルギーだから、生まれても動かなければ、色あせ失われていく。

日々、目の前の変化に敏感になろう。
そして、その小さな変化へ自分から積極的に関わっていこう。
そして、その変化の振幅が大きくなっていくのを体感しよう。
やがて、そこから夢やビジョンを持てるようになる。
その過程で、必ず苦労を背負うことになるだろう。
もしそうでなければ、そんな夢やビジョンは捨ててしまおう。
人生は飛行機と同じで、向かい風がなければ飛べないようになっている。
前に向かって走るスピードは、あなたの生きる密度となる。
それが早ければ早いほど、向かい風、世の中からの風当たりは強くなるだろう。

しかし、やがて自分の体がふと浮かび上がる瞬間がやってくる。
空から見下ろすその景色は、あなた自身の人生の景色そのものになる。
それは安定して地上にいたときとは全く違った景色になる。
その見える範囲が、あなたの夢とビジョンの範囲なのだ。
高く飛べば飛ぶほど必ず重力が増していく。
その重力の大きさこそが、自分が背負う苦労という。
より高く飛ぶは、より大きな夢を持つと同じ。
大きな夢を持つほど、より苦労を背負う。人生も世の中の理も全く同じである。
より高く飛んでいる人間の見ている世界は、低いところを飛んでいる人間からは理解できない。
だから夢やビジョンは自分より低い人間ではなく、高い世界にいる人に語らなければ理解してもらえない。

何事も効率だけが正義とされる世の中だから、50年のときを経て、祖父から受け取った大切な日本の知恵を若い世代に伝えておきたい。

 
「若いうちの苦労は買ってでもしろ!と昔の人は言った。現在はそういう時代ではなくなり買ってでも苦労をしろとはいえないが、目の前の時間に大切に生き、とにかく行動を起こせ。それはあなたに必要な身の丈にあった苦労をあなたに連れてくる。苦労を積み重ねていけば、かみ締めるほど現在が充実し、そしてその経験は将来もきっとあなたの宝になる。」

e0046467_21471040.jpg

# by japanheart | 2016-12-31 14:39 | 基本 | Comments(2)

盗んではならない、それは、、、、。


 先日、我が家の9歳と11歳の息子たちが親子げんかの延長で妻の財布から150円を抜き取っていたことが判明した。びびりで正直者の次男がそれを妻にカミングアウトしたそうだ。


息子の友達にも素行の悪い友達もいて、よく万引きをしている子どももいるらしい。

そういう子どもの家庭は何かしら問題がある家庭も多い。

親が子どもをほったらかしにしてパチンコに行き、夜遅くまで帰ってこない。

子どもにレトルト食品ばかり食べさせて子どもが酷いアトピーになっている。

少しの休みもなく、習い事で全ての日程を埋められている。


子どもの頃は、人のものを盗むということは有りがちだと思う。

他人でなくとも、兄弟同士では日常的な出来事だ。

物を盗む、お金を盗む。

それはいけないことなのだと、どういう風に教育すればいいのだろうか?

罪に問われなければ平気でやる人間も多いので、罰則があるからでは抑止力には少なくとも子供のうちはなりにくい。


妻は息子たちに、お天道様が見ているから、悪いことをしたら自分に返ってくるのだと戒めたそうだ。

日本人たちも伝統的にそのようなニュアンスで子どもたちを指導してきたかもしれない。


しかし、私は少し違うニュアンスでなぜ盗んではならないのかを以下のように子どもたちに教育した。


”盗む”という行為自体に本来は善悪は存在しない。

70年前の敗戦時、日本もたくさんの子ども達が親を失い、飢えに苦しんでいた。

子どもだから上手く働くこともできなかったに違いない。

どうしようもなくなって他人のものを盗んだ子どもたちもたくさんいた。生きていくために。


e0046467_1415588.jpg

それは果たして悪いことだろうか?

いいことではないかもしれないが、誰も代わりに食べ物や職を与えることができないならば、そのような子どもを責めることはできないかもしれない。

神仏なら間違いなく、その子どもを赦すだろう。


そのとき、盗む行為は悪い行為なのか?と息子たちに問うた。

子ども達の理性が善悪のはざ間で、迷走している。


続けて、こう語り続けた。


人間というのは、生きている日々の時間を過ごしたような人生を形成していく。


分かりやすく言うと、150円を盗む人間は、150円を盗まなければ生きて行けないような人生を創ってしまうということだ。

悲しいことにそれを無意識のうちに成し遂げようとしてしまう。

1万円をケチって生きている人間の人生は、1万円という金額が大きな比重をもってしまう人生を創ってしまうということだ。


息子たちに、私は語りかけたのだ。

150円に困る人生を歩みたいのか?

もしお前たちがたった150円に困る人生を歩みたくなければ、150円を盗むな!

お前たちが1万円のお金に振り回される人生を歩みたくなければ、1万円に必要以上の未練を乗せるな!

本当に恵まれている人間は、お金が余りない間から寄付を行うものだ。

だからやがてその人は豊かになるのだ。寄付できる、でき続ける人生を歩むことができるのだ。

人に施せ。自分のために人に施せ。必要以上に無理はしなくてもいいから。

その人への施しが自分にとって快感に変われば、それがやがてお前たちの人生の境遇そのものになる。

気がつけば、人への施しが十分できるだけのお金、心の余裕、自分の境遇を手にしていることになるから。


盗まないのは、自分のために盗まないのだ。


盗んだことを責められると思い、後ろへのけぞっていた息子たちの顔は、その頃には私のすぐそばまで近づき、瞳孔は大きく開かれていた。


# by japanheart | 2016-11-30 15:21 | Comments(1)

病院に行って、いい加減な対応や診察をされたら誰だって腹が立つ。

自分の大切な人生を汚されたような気になる。

健康問題が絡んでいるとなおさらだ。

しかし他人の健康や応対となると、人は大らかにそしていい加減に扱ってしまいがちだ。

せいぜい、大病を患った直後は人に優しくなれる程度かもしれない。

ましてや、遠く空間を隔てられた人々の健康問題など、国内であろうと海外であろうと同じように余り興味ない。



アジアの途上国では、どの国でも大きな都市部以外は昔ながらの悪路が続く。

雨季には、ジャパンハートの四輪駆動の車でも泥につかまり前に進めなくなる。

その時には、村のあちこちから人々がやってきて、タイヤの下に草と小石を詰め込んでいく。

そして、村人たちと泥に足を突っ込みながら、車をぬかるみから這い出させるのだ。

彼らが病気になった時は、しっかりお返ししなければならない。


しかし考えてみると、そんな道を患者たちは、自転車やオートバイ、果ては牛車や徒歩で何時間もかけて私たちの所へやって来てくれているのだ。

あふれかえる患者たちの一人ひとりにはそんな隠れた風景がある。

e0046467_1343997.jpg

待てど暮らせど、どうせ自分たちの村には医者は来ない。だから自分からやって来てくれるのだろう。


人は大きなことがらに関わりだすと個人の人生が見えなくなる。

病院であふれかえる患者たちに慣れてしまうと、患者たちの苦労がわからなくなる。

苦労がわからなくなると、患者たちの人生が見えなくなる。

患者の人生を診ない医療は温かさを失う。

その体温は医療者自身を暖める温もりでもあるのに。


アジアには、昔の日本にあったような慣習が今でもたくさん残っている。

私たちがアジアの田舎で救急車を使う時、人の命を救うために使い、そして患者や家族の精神的な救いのために使うことも多い。

昔の日本人たちは大病を患い、死の床に就くと自宅で死にたいといって皆、病院から家に帰って行ったものだ。

今では、多くの人々が病院というおおよそその人の人生には無関係な場所で死を迎える。

これは幸せなことなのだろうか?

私たちが医療を届けているアジアの地域では、病院までの道のりがかなり遠い。

e0046467_12552628.jpg

平均で4~5時間程度かもしれないが、中には48時間以上かけてやってくる患者たちも多い。

彼らは病院で死の床に就くと、必ず私たちに村へ帰りたいと懇願する。

村の外で死んだ人間は村で遺体を埋めることができない。「不幸を村へ持ち込む」という考え方があるからだ。

その人が遠い病院で死んでしまうと、家族は二度とその人の面影を偲ぶこともできなくなってしまう。

だから、何が何でも生きているうちに村にたどり着きたいと願う。

点滴をつるし、酸素を与え、数時間の道のりを、少しでも心臓が動いている間に村に向かって救急車を疾走させる。

生きているうちに村にたどり着いた時、今まさに息絶えようとしている患者に聞くことはできないが、家族や身内はみな安心した顔をしている。

その最終目的を達成するために、治療を途中で切り上げることもある。

助かるかどうかわからない段階でも、その決断をしなくてはならない時もある。

神ではない私が、何という宿命を背負ってしまったのだろう。

心筋炎で死にそうな人を治療を中断し、そうやってうちに帰した。

一月後、その人が先日はお世話になりましたと元気にお礼を言いに来たときは、苦笑いするしかなかった。


どこにしまってあったかわからない汚れたお金を握り締めて、治療を待ち続ける患者たちの人生とはどのようなものだろう?

多くは支援に効率を重視するだろう。それは多くの場合、お金に換算される効率だ。

それも支援する側だけのお金に換算される場合だけが多いのだ。

このプロジェクトにはいくらのお金が必要でその成果はこれほどなのだという具合に。

そこには患者たち一人ひとりが、自らに費やしている時間やお金は含まれていない。

もしも、そのどちらをも加えた総計から効率が導き出されるとしたら、支援の様子も今とは変わるかもしれない。

 私たちが逆に彼らの元に赴き、彼らのなけなしのお金が交通費で費やされることがなければ、少しは彼ら自身の健康にお金が使えるかもしれない。

 さらに、こちらから彼らの村へ出向き診療活動をしても、多くは聴診器一本の戦いになる。

心電図をとらなければわからないことも多い。薬すら決めることができない。

腹痛や腫瘤の診断に触診だけでは限界もある。

だから、せめて超音波を大きな町で撮るようにと依頼してしまう。


しかし、結局は彼らがそれらの検査を受けることはない。

交通費、宿泊費、診断費。

それらを支払い、また私たちが近い将来そこへ診察に帰ってくると信じるほど、彼らに金銭的な余裕があるわけではいのだろう。

e0046467_13164440.jpg

 私たちは少しくらい患者と私たちの持ち出したエネルギーの総和で効率を計る医療活動をしてみたい。それは時に、人の健康を取り戻すという行為からかけはなれた、今まさに絶命しようとする人を生まれ故郷に送り届けることになるかもしれない。


 人はきっと効率だけでは生きていない。

 生きていけない。

人を好きになるのも、人のために生きるのも、生まれ故郷を大切にするのも、どれも効率でははかれない。


 私たちは、そんな非効率な医療も行うことができるドクターカーをラオスに投入してみようと思う。


 あなたの人生のように、私の人生のように、見ず知らずの病気の人々の人生をいい加減には扱わないように。そして、汚さないために。


10万人が待つラオスの貧しい村へ
 ドクターカーで医療を届けたい!

ジャパンハートはクラウドファンディングに挑戦しています。
ご協力よろしくお願い致します。
# by japanheart | 2016-10-31 23:45 | いのちの重み | Comments(1)
我が医療活動の原点を見つめ直す

 ある日、ある貧しい国で目の前に病気の子どもを小脇に抱え女性が現れる。
日本人の自分を見つけ、あなたの国は豊かな国なので、この子のために治療費を出してくれとせがむ。
あなたはその国の生活環境改善の任務を得て赴任している。
その国の劣悪な生活環境は、小手先のテクニックだけではとても改善されるわけもなく、何かしら抜本的な取り組みを始めなければ同じことが繰り返される。

e0046467_0231116.jpg


そのとき、あなたはその女性にお金を与えその子を助けようとするだろうか?
それとも、お金を与えずにその場を立ち去るだろうか?
もちろんそんな試みが成功したとしても、この国の現状には全く影響などない。

私の経験上、一般の人たちはお金を与えてその子どもを助けようとする人たちが多い。
逆に、いわゆる政府機関などで公衆衛生の大きなプロジェクトに関わる人間は、与えないことが多いような気がする。

絶対はないにしても、より好ましい回答というのはないのだろうか?
私ならばどっちの行動を取るのだろうか?

国際協力に関わってから22年目になるが、昔も今も私の答えは変わっていない。

私ならば、迷わず、お金を与える。

22年前、本当に劣悪な状況のミャンマーで医者として働き始めた頃、国際機関で働く多くの日本人から言われたのは、「ちまちま一人ひとりを助けていても仕方ないから、多くの人を一度に助けませんか?」という話ばかりだった。
私のような患者一人ひとりと取り組む作業は、かなりの批判的な意見を受けたものだった。

しかし、当時も今も、日本でも医療を行う医者というのは、それこそちまちまと、患者たちの病と日本全土で格闘している。なぜ、日本でも行われている行為を、途上国で行おうとすると批判されるのか?
私は理解に苦しんだ。そして彼らの考えに一種の違和感を感じたのだ。だから自分が正しいと思う医療活動を行い続けてきて今に至る。

最近思い返してみてわかることは、彼らは各論と総論を混同していたのではないのか、ということだ。
同じコンセプトでも各論と総論は全く、見える景色が違ってくるということだ。

いくつか例を挙げると、
ポリオという病気の予防接種が日本で毎年行われている。これは生ワクチンを使うので、その予防接種によってポリオにかかってしまう子どもが必ずわずかなパーセンテージ存在する。
その子どもは、おそらく予防接種などしなければ生涯、ポリオにかからなかった可能性は十分ある子どもかもしれない。
その子どもの人生にフォーカスしてみると、予防接種がなければよかったということになる。各論的には。
ところが、もし予防接種を行わなければ、多くの子どもたちが毎年ポリオに罹患し苦しむことになる。だから総論的にはポリオの予防接種は行われるべきものとして扱われている。

車や飛行機の使用も、事故で死んだ人間や家族にとっては各論的にはなかったほうがよかったものだ。

ルーズベルトやトルーマンが原爆を日本に投下したが、大きな航空写真や風景だけでなく、一人ひとり焼けただれて死んでいった人たちをリアルタイムで見せ付けられたとしたら、もう既に数人で彼らはその計画をギブアップしたと信じたい。

各論と総論は風景が違う。
全く逆の局面が見えることもしばしばある。
そのことを理解しなければならない。
大切なのは、総論の思考で各論を扱わないことだ。
政治家が、国全体を良くすると信じる政策を行うとき必ず犠牲になる人々が存在する。
それに振り回されてその政策をやめてしまうと、多くの人々が苦しむことになる。
しかし、その犠牲になっている人々を無視したときに政治家としては死んでいく。
必ずその人々の声に耳を傾け、個別に救う試みをしなければならない。
その個別の試みは決して全体に影響など与えないだろうが。

人は総論的な事柄を推し進めようとする時、必ず各論的な視点を強く意識なければ、道を間違うことになる。
その視点さえあれば、原爆投下などという人類の愚考など行われることなどなかったのだ。
日本社会でマイノリティーの声に耳を傾ける大切さもここにある。
各論に目を向ける意識は、大きな過ちを防ぐセーフティーボックスになるのだ。

だから私はその女性にお金を与え、その病気の子どもを助けようとするだろう。
一人の母親の声に耳を傾けて取り組めない人間が、大きな事柄をなそうとすると既に危険領域に踏み込んでいることになる。
ましてや、その病気の子どもの運命とその国の生活環境は時間スパンが違うので、全く結果に影響しないのに。

そして、自分の医療を振り返ると、医者になった動機は、やはり各論的に一人ひとりの患者に関わり助けることができればということだった。
その国の医療を良くしようとか、日本の医療レベルを上げようとかそんな気持ちは微塵もなかった。
はじめからあったのは、ひたすら患者のために働く自分の姿だけだった。

それを今も、ひたすら繰り返しているだけなのだ。

私の医療活動。
ジャパンハートの医療活動は、各論をひたすら愚直に繰り返す医療活動であろうと。
患者一人ひとりの人生を考える医療であろうと思う。

e0046467_038646.jpg


現地の医療者を育てることが一番、患者のためになるのならばそうしよう。
そうでなければ、それはしない。
それは総論的に理屈で良いからではなく、それが各論的に患者のためになるのならばそうするというだけだ。
だから政治を変えろという提言もしない。
それはそれでやる人たちがいる。
その人たちに任せればいい。

私たちはどんな時代になっても、どんな状況でもひたすら患者個人の人生に関わり続けよう。

それがこの活動に関わる多くの人々の動機であったし、今も私たちの唯一の共通した志となる。
# by japanheart | 2016-09-30 16:40 | 基本 | Comments(1)
医療の届かないところに医療を届ける

これは私たちNPO法人ジャパンハートのモットーとしているものだ。
こんな当たり前のことがモットーになるとははじめ思わなかった。
しかし、ジャパンハートに毎年参加してくる数百人の人たちの参加志望動機書にもスタッフたちの発言にもそのモットーをよく見かける。

医療の届かない場所など世界中に腐るほどあるし、この先進国日本だってそんな場所はあちらこちらにある。
大都会東京にさえ、まともに医療を受けることができずにいる人たちだって数え切れないくらいに存在している。
 だから、あえてそんな当たり前すぎることを口にするなどということはする必要もないはずだった。

 私がこの言葉をもともと使った動機は、がんの子どもたちとその家族のためだった。

e0046467_16373560.jpg


日本のがんの子どもたちは、今では随分と救命率が改善されてきているとはいえ、かなり過酷な運命を背負わされている。助かればいいけれども不幸にもそうでない子どもたちはたくさんいる。
結果的に、助からないのならば治療で辛い思いをするばかりでなく、その生きている期間それなりの楽しいことも経験してほしい。
 しかし、どの子が助かりどの子が助からないかは、神のみぞ知る世界で私たちには結果はわからない。
 がんの子どもたちは、多くは母親が面倒を見てずっと長い期間を乗り越えていく。
 その子どもの兄弟姉妹は、病院にお見舞いにいってもなかなか患児に会うことはできない。
 抗がん剤の副作用で免疫系が低下している子どもに、風疹や水ぼうそう、はしか等を持っている可能性がある別の子どもを接触させることは致命的な結果を招く恐れがあるからだ。
 患児の兄弟姉妹たちは、母親と過ごす時間は激減し、多くの時間を父親や祖父母と過ごすことになる。
その期間が長期間に及ぶのだ。
それでも助かればいいけれども、運悪く亡くなってしまう子どもは最期まで兄弟姉妹との十分な接触が難しくなってくる。
 日本にいて小児がん治療に関わっている時、私は患者ばかりを見ていて、患者の家族やその兄弟姉妹の大変さまで思いを馳せることができなかった。
 ここまで視点を広げ患児やその家族をケアーすることが治療に値するのだろうと遅ればせながら気付いた。
 だから、私にとっての医療が届かない場所というのは、物理的に離れた場所や物理的に医療行為が成されていない場所を指すのみならず、医療者の意識の中に未だに認識されていない精神的な場所をも指していた。
 そうしてこのモットーを使い始めたのだが、多くの人たちにとってはそれはやはり物理的な場所を未だに指す概念であるようだ。

 ところで、このモットーを使うときに多くの人が全く勘違いしていると思うことがある。
 かつてジャパンハートは、頼まれてネパールの標高4,000メートル以上の場所に診療をしに行ったことがある。そんな場所はもちろん、医療が届かない場所だと思う。
 あるいは、現在でもラオスの山岳部、中国との国境地域に手術や診療をし行っている。
 もちろん、私たちが行けないような紛争地域、アフリカのどこかなど、世界中には多分私たちが治療に行っている地域よりも、もっと医療が必要とされている、物理的に医療が届かない場所が無数にあるはずだ。

 しかし、多くのスタッフも多くの参加者も、このモットーを使うときに大きく欠損している概念がある。
多くの場合、このモットーを使うときに意識されているのはその医療が届いていない人々の姿や地域のイメージだろう。
 一般企業であれば、私たちにとっての患者の利益は、まさに顧客の利益であり、もっというと売り上げそのものを意味するのかもしれない。
 だから、それを最高にするために努力するのは、悪いことではない。
 対象がお金ならば気付きやすいのかもしれないが、対象が患者たちの健康ということになると、霞がかかって見えなくなる。
 「患者のために」「患者様のために」という言葉は今や多くの人々には嘘くさく聞こえ、聞き飽きるほどの言葉だか、なぜそれが嘘くさくてもこれほど垂れ流されるかといえば、それが全ての人にとって絶対的な”錦の御旗”になるからだ。命は大切だというのと同じくらい当たり前で否定できない、してはいけない概念なのだ。
 お金儲けだけを追い続ける様な企業活動ならば、何度も足元を見る必要を感じるが、患者のためといわれれば、足元を見るという行為を怠ってしまうし、なんでもなし崩しになる。

 医療の届かないところに医療を届ける

実はこの言葉の中には二人の主人公が存在する。
 もちろんその一人は、医療を受け取る患者たちである。
 もう一人は、医療を届ける側の人たちだ。

 「医療の届かないところに医療を届ける」というモットーが最高の状態というのは、医療を届ける側と届けられる側のバランスが過不足なく最高の状態に達したときだ。
 まさに、おもりが釣合ったときのような均衡の取れた状態のイメージだ。
患者の利益が最大化するポイントが、このモットーが最高の状態であるわけではない。
患者に最高の利益を与えたとしても、医療者が疲弊してしまったり、命を失ったりしてしまってはこのモットーは最高の状態にはならない。
 だからこのモットーの元では”患者のため”という掛け声は完全な錦の御旗ではありえない。
医療を届ける医療者が過度に疲弊することなく、過度の危険にさらされることもなく、医療を行えるというポイントでたたき出す最高の患者利益がこのモットーが目指すところとなる。

 企業活動でいうともっと分かりやすい。
患者の利益は、企業の売り上げ。
医療者の状況が、労働者の状況と置き換えてみる。

 企業利益を最大化したとき、労働者が過度に疲弊していたり、危険に晒されている企業というのは、今の言葉でいうと、ブラック企業と呼ばれている。
 
 「医療の届かないところに医療を届ける」というモットーを実行する者は、患者のこと、そこで働く医療者のことを同じくらいに大切にしなくてはいけない。

e0046467_172251.jpg


 そのバランスを上手く取れないと、 やがて時間が経てば、医療を届けていた場所に医療が届かない状況に陥る。

 私たちの活動は結果、その両者のバランスを取りうる最高の状況を目指した場所で行われているに違いない。

 それが、ミャンマー、ラオス、カンボジア。
 日本の離島や東北。
 そしてがんの子どもや家族への企画ということになるのだろう。
# by japanheart | 2016-08-24 03:24 | 基本 | Comments(0)

日本の戦い方

日本の戦い方

一体いつからこのような考え方が蔓延ってしまったのだろう?
どのような過程でこうなってしまったのだろう?
日本では全ての予算が単年度で決済される。
政府の予算などはその傾向が強い。
私たちが関係するODAなどはその傾向が顕著で、その年に決めた予算を何が何でも消化しなければ次年度は予算が減らされるという。
今年は予算をセーブして余ったお金を次年度にもっと投入をなどとやってしまったら、余ったお金は返金させられて、もちろん次年度の予算は全く足らなくなってしまう。
NGOとしてある途上国で病院を作り、現地の医療者を育成しそこにある程度の運営システムを一から構築しようとする。
これを日本政府の予算を使って行おうとすると単年度予算X3年でそれを成せと要求される。
こんなこと不可能に決まっている。
相手は医師も看護師も日本の十分の一程度しか存在しない国で、目を覆いたくなるような医療状況の国であるからこそ、病院をつくる価値があるにもかかわらず。
この話を色んなところで日本の医学部の大学教授たちにしてみると、皆、失笑する。
日本の医者たちが一体どれくらいの時間とエネルギーを使い、技術を磨き医療を遂行しているかを理解しているからだ。
しかも3年でシステムすら構築しなければならないとしたら、普通は不可能に決まっている。
建物はお金さえあれば建つ。
しかし建物ではなく、その中身をつくるのが大切だし、それこそが日本政府がODAで失敗に失敗を重ね学んだ教訓だったにもかかわらずだ。

e0046467_1131121.jpg


しかし、そんな現実はお構いなしに相変わらず日本政府は自分たちの形を押し付けてくる。
「本当の成果を上げたい」のか、それとも「やったという形だけ示したい」のか?
その辺もわからなくなってくる。

それを管理する役人たちは決められたルールをひたすら守る権限しかない。
だから実現可能かどうかではなく、そのルールを守ることに全てのエネルギーを割くし、強要する。
一体このあり方のせいでどれくらいの人間の労力が無駄になり、どれくらいの私たちの税金が無駄になってきただろうか?
と考えると恐ろしいものがある。

何事も早いに越したことはないかもしれないが、時間をかけてみないと判らない事も沢山ある。
3年で正解であったものが、10年後には、不正解のことだってある。
物事は長い期間かけて見なければわからないのだ。
せめて10年スパンで物事を判断できないものか。
それくらいの期間、それに関わる意思がない人間や組織に大きな税金を投入する必要はない。

ところでブラジリアン柔術の400戦無敗の男、ヒクソングレイシーは面白いことを語っていた。
最近、日本人たちが格闘技の国際試合でなぜ勝てないのかという理由についてだ。
彼曰く、「日本人たちの本来の戦い方は長期戦で戦い、相手のミスを誘発し、そこに付け入るカタチで自分のペースに引き込み最後に勝利するという戦い方なのに、今の格闘技は短い時間制で瞬発力のみ必要とされ日本人の戦い方ができないでいる」というものだった。

戦前の柔道の日本選手権などは30分以上戦ったという。
その中で勝敗を決めたらしい。
今のように5分で全て決めなければならないなどという無理な戦い方を要求されない。
このような戦い方は欧米人のように筋肉量を重視する瞬発力を命とする人々には向いている。
肉を沢山食べ、瞬発力を増やす。
既に国際試合は欧米人たちによって都合がいいように知らぬ間にルールが変えられている。
戦前の日本人たちはほとんど肉を食べなかったが強靭な持久力の持ち主たちだった。
戦争中の3日間不休不眠の行軍などということは当たり前に成されていた。
今の日本人たちでは絶対できない所業だ。
既に敗戦によって食生活を変えられてしまい、知らぬ間に持久力を奪われていることに日本人たちは気付いていない。

第二次世界大戦だって日本はアメリカに対して短期決戦前提で臨んでいる。
こんな戦い方は日本の戦い方ではなかったはずだ。
日本が、長い歴史のある国であると豪語するならば、長い歴史を感じさせる、その知恵を用いた戦い方をすべきだったのだ。
100年の戦争という視点で戦うべき国なのに、1年や2年の戦いしか想定できないとは愚かなのだ。
既に戦いを始める前のこの時点で戦争に負けていたのだ。
ない資源の中でどのように戦略・戦術を立てれば100年戦えたのかという発想が必要だった。
その中で相手のミスを誘発しながら、負けない戦いが可能だったかもしれない。
だから、ぶちぎれて真珠湾攻撃などという馬鹿な作戦などありえなかった。

話を戻すと、こういう視点は今なを大いに意味を持つ。
私たちは日本人には単年度予算は合わない。
職人の国で、なんで即席に物事を完結しようとする発想になるのか?
時間をかけた熟成・発酵という発想を当たり前に生み出した国がなぜ1年や3年で全てを成さねばならないという発想に陥ったのか?
この文化と政治や行政の不整合性には何かしら歴史的にも人為的なゆがんだ意思を感じるのだ。

日本の国際支援は欧米ではできないような長期的視点で成されるべきではないのか?
たくさん数をするというのも大切だが、長期視点の支援もたくさん投入すべきだ。
様々な海外支援が日本政府が真に日本の利益のためになされるとしたら、もっと長期的視点に立った支援を投入したほうがいい。
単に政治家のリップサービスのためにあちこちに短い支援を散らすべきではない。

長期的展望に立った、欧米の組織では気付かないような、あるいはできないような支援とはどういうものなのか?という視点に今一度たってみる必要がある。

日本人たちが気付かなかった世界一の格闘家が教えてくれている視点は、単に格闘技のみではなく、もっと視点を広げればこれからの日本の国際貢献のスタンスに十分利用できるものだと思う。
# by japanheart | 2016-07-23 09:18 | 基本 | Comments(0)
プロセスに学ぶ賢者、結果にだけ学ぶ愚者

 これは絶対的に正しいかどうかは分からない。
 しかし私の人生では真実であった。
 今日はその物語。

 途上国でずっと医者をしてきた私にとって、手術はまさに格闘だった。
 途上国で手術を始めた20年前、私にはほとんど何もなかった。
 アジアの田舎の家屋の一部屋を改造した手術室で、私の手術は行われていた。
 ベッドすら、木で現地の大工が作ったものだった。
 停電は頻発し、平均して1日に2時間しか電気は来なかった。時には1週間以上全く来ない時もあった。
 薄暗い部屋では昼も夜も現地人スタッフ数人が両手に抱えて照らす懐中電灯が全ての明かりであった。
 電気メスもなかった。道具もろくなものはなかった。
 それどころか、麻酔薬も日本のようにガス麻酔はなく、静脈麻酔と局所麻酔しかなかった。
 だからどんなに長い手術でも1時間程度が限界だった。それでも後半は薬が切れてきて患者も私も、暴れる患者たちを押さえつけるスタッフも何度もつらい思いをした。
 さらに医者は私だけで、看護師すらそのほとんどの期間存在しなかった。
 今から思えば仕方なかった思う。
 私にとってはそれでもやるのか、やらないのかという選択肢だった。
 そして現地の貧困層の人々にとってもそんな私の元で手術を受けるのか、それとも諦めるのかという選択肢しかなかったから。
 だから、私の手術は早い。普通の日本人医師の約3倍のスピードで進むと思う。
 上手いかどうかは別だが。
 それはその環境が私の与えた当然の帰結でおそらく誰でもそのような環境で手術を行い結果を出そうとすればそうなったと思う。
 


e0046467_17141292.jpg
 あれから長い時間が経って多くの日本の医者たちの手術をこの目で見てきた。
 そしてある時、あることに気付いた。
 何で私の手術はこんなに早く、彼らの手術はこんなに遅いのか?
 それでもなんで私の手術のほうが大抵、上手くいき、彼らの手術がトラブルのか?
 はさみで切る時間、糸を縫う時間、一つ一つの動作のなかで器具で組織を扱う時間。
 これらは、私と彼らではそうは違わない。
 なのになぜこんなに手術時間が3倍も結果的に違うのか??
 要するに、問題は動作と動作をつなぐその間(ま)に答えはあった。

 そして、その間(ま)にはさらに二つの要素があると思った。
 一つ目は、彼らには無駄な動きや不必要な動きが多いということ。
 多くの日本の外科医は私の使うおおよそ3割から5割増しの視野を必要とするために、多くの組織を切ったり開いたりして傷めることになる。
 だから患者のダメージも大きい。術後の痛みの程度が断然違う。
 さらに手術時間も短いから麻酔時間も短く、私が手術した患者たちは術後の回復が早い。
 しかし、本当に大きな差は次の二点目から生まれてくる。
 それは、日本の外科医たちはいくつかの作業を繰り返した後に、次の判断をしていることが多いということだ。
 詳しく言うと、A点からB点まで組織切るとすると、例えばそれにハサミを入れて半分くらい切ったときに、どうかな?と確認作業をする。
 あるいは腫瘍の側面を露出するとき、何回か器具でそこをほじくって、それから、どうかな?上手くいっているかな?何か見えるかな?という確認を行う。
 そしてその結果で、次のステップを決めて作業が続いていく。
 ところが、私は同じようにA点からB点までハサミを半分いれていても、実はずっとその過程を追っかけてはさみの先を微調整させている。その結果、彼らのように半分の地点で作業が中断し、そこから動き出すというような作業の断絶は普通はせず、すっと最後まで動いて一気にA点からB点まで切ってしまう。しかし、その作業の間中、脳とハサミは微調整をしながら作業を連続的に進めている。
 腫瘍も同じで、数回の作業の繰り返しの後の結果で次のステップを決めてはいない。たった1回の作業中ずっと、五感を使い連続的に判断をしながら微調整を繰り返している。
 いずれも、脳と体の機能は連続して発動され途切れるたり中断したりすることはない。
多くの場合、このプロセスへの連続的集中が結果の差になって現れいるのではないか?と考えている。

 そしてここからが多くの人にとって大切なのだが、このプロセスへの連続的集中という結果に圧倒的に影響する秘訣に、ほとんどの人は気付いていないのではないか?ということだ。
 
 なぜならば多くの人は結果のみに集中しすぎているからだ。

 分析もデータ収集も、テストの評価や反省も、スポーツにおけるビデオの分析もすべて結果しか見ていないことになる。
 結果から修正されるものは実はそう多くはないのではないか?
 地震があったとき、まさに地表の被害を見て次の対策を立てても、なかなか有効な対策になっていないように、やはり地下でどのような過程でそれが発生するのかを知らなければならないように。
 あるいは、結果として起こっている政治家の不正でその政治家をやめさせても、そのような政治家を生み出しているそのプロセスを修正しなければまた同じことが起こるように。
 
 学生のために少し言うと、これはもちろん試験である問題を結果として解けたということに、あるいは解けなかったということにフォーカスしてはいけないということになる。
 実は、大切なのはその試験を解いているときに、どのような思考過程である公式のような思考基準をどのように導入してやっているかを客観視することだ。試験のときは、それができなければ、自分の時間で問題を解いているときにその解いているプロセスをずっとモニターし続け、どの回路を使うのが正しいのか感覚的に理解することだ。
 問題を解き終わってから答え合わせをして、結果的にどこが間違っていたかを正そうとしても、効率が悪くなる。

 自分の正解に近づけたければ、結果を待って修正すると、手術のように時間はかかるし、正解率も悪くなる。
 ある方法である事柄に臨もうと決めたとき、その過程、すなわちそれを行っている最中に、微調整を繰り返し、思考をフル回転させ続ける。そして、その結果が出たときには、それはそれで反省したり分析したりはするのだ。
 しかしおそらく決定的な修正や新しいアイデアへの気付き、ゴールへ辿り着くためのある種の感覚への目覚めは、既にその過程で獲得されていることだろう。
 結果から逆に導き出して得れるのではなく。

私たちは自分の中にある感覚で普通はこれを自然に行っている。
 人と話しているときに、会話のある分量で区切って流れを決めているわけではない。
 そういう人間は、コミュニケーション能力が低いといわれる。
 そうではなく、刻々と変わる表情や声のトーン、雰囲気や様々な要素を途切れることもなく分析し、修正して会話を行っている。
 ところが、事柄が自分の外にあることと認識しているときは、過程ではなく、結果を分析して修正しようとする癖がある。
 だからそのことをいかに自分の内側にあるものと認識できるのかということが大切になると思う。
 これは分かりやすくいえば、自分で自分の体を手術する感覚を身に付けるということだ。
 自分の体を自分で手術するとき私たちは、脳はフル回転し、体からの瞬間瞬間の情報は脳に伝達され、瞬時に微調整が行われていくだろう。そして、おそらくその時の最高の能力を発揮することだろう。
 
 だから、白けて仕事をしていたり、いやいや物事をしていたり、その状態はもう最高の状態を発揮するのには程遠い状態だといえる。
 これは大切な自分の人生と自分の目の前の時間が分離している状態だ。
 
 人は愚かにも、気付かないことがもうひとつある。
 そうやって、いやいや仕事をしている、毎日をだらだら過ごしている、適当に手を抜いている状態というのが、実は本来は連続的修整をなすべき自分の人生のプロセスそのものになっているという事実だ。
 5年勤めたらまあ、辞めようか。とか、面白くなく、やる気もないけどもう少しだけ人間関係で続けるか。
 などとやって、ある時間が経ったときに反省したり修正したりしているその姿が、日本の医者たちがいくつかの動作を繰り返してから修正する姿と、全くかぶってはいないか?
 そして、それははじめに書いたようにトラブル率が高くなるあり方なのだ。
 
 人生で最も大切なものは時間。

e0046467_17131947.jpg

 人生の時間を大きくセーブするためには、そして自分の人生の正解率を上げるためには、
 今、この瞬間、瞬間を最適な正解を求めて微調整し修正しながら進む以外にない

 そのための必要条件は、今、自分の人生の目の前にある事柄にフルコミット。すなわち、自分と時間の一本化である。
 自分の体を自分で手術するときの感覚だ。
 目の前にある事柄に白けているということは、すなわち自分の人生に白けているということ。
 人のことを愚痴っているというのは、自分の人生を愚痴っているということ。
 
 これが人生というのは今この瞬間にあるということの意味だと思う。
 
  
 





 

# by japanheart | 2016-06-10 03:56 | 活動記録 | Comments(0)

美しさを求めて

美しさを求めて



 美しいモナリザの絵が目の前にある。

 この美しさきものを何とか自分のものにして所有したいと思う。

 そしてあらゆる力をつかってとうとう、それを手に入れる。

 

 目の前に本当に出会ったことがないような美人がいてこの女性をあなたの伴侶にしたいと思う。

 そしてあなたはとうとうその女性を妻にできた。


 また、あなたは自分のまだ幼い子どもが笑っているのを見て、なんとも美しくそして愛らしくなんともいえないような幸せな気持ちになりこの瞬間をなんとか留め置きたくて写真のシャッターを何度も切って記録する。

e0046467_11503051.jpg


 それから30年後、、、、。


 モナリザは相変わらずあなたの前にあり永遠の微笑をたたえている。

 時々その絵を取り出してみては何度も美しいと呟くのだ。


 若かったこの世のものとも思えないようなあなたの妻も50歳を過ぎて、髪にはかなり白いものが混じり、しわも深く刻まれるようになった。

 あなたは思う。「私の妻はいまだに美しいが、私が出会った頃の妻は本当に美しかった。初めて出会ったあの日、この世のものとは思えないような息を呑むような美しさだったな、、。」と。

 


 まだ笑顔が本当に愛おしく幼かったわが子は既に30歳を過ぎ、今ではすっかりいい男になった。背も高く、ひげも濃いが、なかなかのハンサムな息子だと今でも自慢である。



 それからさらに20年後、、、。


 モナリザは相変わらずあなたの前にあり、相変わらず永遠の微笑をたたえている。

 少し視力が弱くなってきたが、その美しさは本当にすばらしいものだと今でも思う。


 美しかった妻は、すっかりいいおばあちゃんになってしまった。

 しわは深く刻まれ、それが彼女のいろいろな人生の経験を物語っているようだ。

 あの頃に戻れてもう一度だけあの頃の妻に出会えたらどれほど幸せだろうか。


 息子も今では立派になり、彼の息子、すなわちあなたの孫もそろそろ結婚を考えていると聞いている。


 それから10年後、、、、、。


 今では取り出してみる機会はめったになくなったがモナリザは相変わらず永遠の微笑をたたえている。その美しさは本当にすばらしいものだと今でも思う。

 この絵は私は死んだ後、どうなるのだろう?それだけが気がかりだ。

 そのことを思うといたたまれない気持ちになる。


 妻は1年前に死んでしまった。毎日妻の写真を眺めては幸せだった日々を振り返る。

 出会いの頃、彼女は本当に美しかった。彼女と出会えたことは私の人生で一番の幸せだった。


 まだ子どもだと思っていた息子も孫に囲まれここしばらく会っていない。時々、ここに

子どももや孫をつれてやってきてくれる。

 ひ孫を抱いたとき、息子の同じ頃をふと思い出し幸せな気持ちになる。


 そして、、、、、、それから数年後。


 さてそろそろ私も臨終が近づいているようだ。


 モナリザの絵は、あの世にもっていけないが今でもきっと美し微笑んでいるだろう。

 目を閉じればいつでもその微笑を思い出すことができる。

 


 妻よ。そろそろそちらへ私も行くときが来たようだ。

 目を閉じれば、君との思い出がよみがえってくる。

 君は本当に美しかった。今でもその美しさは永遠だ。君のその美しさははっきり思い出すことができる。


 息子よ、私はもうすぐ旅立つがしっかり生きて行ってくれ。

 お前があの幼き日に私に向けてくれたあの愛くるしいほどの姿が、その微笑が何度私を勇気づけてくれただろう。本当に感謝している。

 こうして死の際にあっても、この脳裏にしっかり思い出すよ。

 ありがとう。




   、、、、、、、、、、。



 万物流転。何一つとして留まることはない。刹那刹那に全てが変化して、同じものなどない。

 どんなに美しいものでも時と共に変化し、それは失われていく。

 人の苦しみは所有できないものを所有しようとしたときに生まれてくる。

 たとえどんなに美しい女性でも、本人ですら、それを生涯、持つことはできない。

 否、一瞬たりとも同じ美しさを持つことなどできない。

 どんなに愛くるしい存在でもやがてそれは無くなってしまう。

 本人が自覚もないうちに。

 若さも感動も、人生で本当に価値あるものは全て。


 私たちの存在は時間に制約される。


 やがて全てを手放さねばならないときが来る。

 はじめからもてないものをもとうとしないことだ。

 そこに苦しみが生まれる。


 モナリザの美しさを所有などできないのだ。

 モナリザの美しさなどという決まったものは本来どこにも存在しない。

 その絵から感じる美しさは、あなたのそれと私のそれとは全く違うものだ。



e0046467_11541829.jpg

 どんな美しさもきっと自分の中にある。

 あなたがモナリザに感じた美しさ、若き妻に感じた美しさ、わが子に感じた愛くるしさ、それらはあなただけの特別なもので、あなたの心と頭の中以外、どこにも存在しないものだ。

 それを感じる感性さえあれば、いつでもどこでも、あなたの中に蘇える。

 それが本当に所有しているということだと思う。

 だから、物理的に所有などする必要はないのだ。

 それをすれば苦しみが生まれる。


 モナリザを見たとき、なんと美しい!と思う。

 若き日の妻に出会ったとき、なんと美しい人だ!と思う。

 幼きわが息子があなたに向かって微笑んだとき、なんと美しく愛くるしい!と思う。


 そう感じた瞬間、あなたは既にその全てを、その全ての美しさを手に入れている。

 それが永遠の宝であり、誰にも奪えないものだ。



 もっと言えば、その美しさははじめからあなたの中にあったものだ。

 人は自分にないものには感応しない。

 外部の刺激であなたの中のその美が目覚めたに過ぎない。

 はじめからその美をもっていたのだ。

 だからそれを外部に求めて所有しようとしてはいけない。


 私たちの人生は外へではなく、自分の内へと深く入っていくとき真実が見える。


  

 




 

 


# by japanheart | 2016-05-20 14:06 | 随想 | Comments(0)

ものごと上達の秘訣

ものごと上達の秘訣

先日ない時間をぬって小学生の二人の息子たちに質問をした。
「スポーツや習い事での上達の秘訣は何だと思う?」
長男曰く、「心の持ち方が大事」
次男曰く、「たくさん練習すること」
共に正解である。
今や世界の一流のアスリートでも、はじめの頃は小さな集団の中でそこそこ目立っていても、だんだんとレベルの高い集団に属し始めるとすごいレベルの人たちが周りにたくさんいて、その中から突き抜けてしまった現在の世界一流の姿は想像できなかったと思う。
世界一流になる!と心では威勢を吐いても、はじめの頃、現実には半信半疑の状態だったろう。
それでも自分を日夜信じ、人一倍の「たくさんの練習」を行い自ら一流になるのだという「心を持ち続ける」ことは大切だと思う。もちろんそれなくしては今の姿はなかっただろう。それは必要条件だったのだ。

もちろんスポーツなるものは生まれつきの体格や運動神経などが大きく影響する。
勉強や習い事の類にもそれは当てはまるだろう。

おそらく今、世界トップレベルの人と同じ才能に恵まれた人間はおそらく世界に数多くいるだろう。
勉強も鍛えれば東大にいける人間は、それこそ万の単位になるだろう。
では、そのトップレベルとそうでない人との間には一体、どんな違いがあったのだろう?

トップレベル近くにいる母集団の人間たちと、トップの人間と何によって差が出てしまったのだろうか?
東大の合否境界の上と下、天国と地獄を分けたものは一体どういう経過によってなされたのだろう?

私が子どもたちに指示したことは、たった一つ。
「いつも考えること」だった。
これが、私が考える抜き出るための秘訣なのだ。

千回野球の素振りをする。
千本サッカーでシュートの練習をする。

ただ、千回必死にバットを振る。
ただ、千本ゴールにめがけてシュートを放つ。

その人間と、
一振り一振りにテーマを儲け、何かを確認しながら素振りを1000回行う、
あのゴールの角にこの角度でシュートを入れるためにはどうすればいいのか、を考えながら毎回シュートを放つ、
そういう人間の差は同じ才能があったとしても時間の経過と共に大きな成果の違いを生み出す。

近代随一の武道の天才、佐川義幸氏は弟子たちにこう言ったそうだ。
「考えろ、考えろ。私にとっての正解が、あなたにとっての正解とは限らない。」

医療の現場にいても同じことを感じる。
人の指示に従う癖がついている人間は自分で考える習慣がない。
だからいつまでたっても医療のレベルが上がってこない。

e0046467_14471444.jpg


10年やっても20年やってもほとんどそのレベルは変わらないのだ。
ただ経験と習慣だけで動く。それはなれれば早く動けるようにはなる。しかし、場所や条件が変われば途端にフリーズしてしまう。そして何も自分で答えを生み出せない。その姿は最近、医療者になったのか?と思ってしまうほどのレベルなのだ。
しかし、実はそれがその人の真実のレベルだと思うのだ。慣れとごまかしで日々何とかなっていただけなのだ。
自分で考えないということは、ホントは相当、恐ろしいことなのだ。

より深く考えるためにはできるだけ現状の正確な認識が必要だ。
ある事柄についてどれほど知らないのか。どこが分かっていないのか。何がおかしいと考えられるのか。
ここでごまかす人間は成長しない。
間違ったままの状態でいくら練習しても癖が増長されるだけで決して高いレベルには達することはできない。

本番以外の試験は全てその正確な現状把握のための材料であり、自己修正のための情報だ。
他人の競技や試合、そして自分のビデオを見るのも全て、自己修正のための手段だ。
他人の動きから自己の動きを認知、分析し、自分の修正に使う。
これは全ての事柄に当てはまり、医療も全く同じだと思う。

そしていつも考えるのだ。
この動きの修正はどうすればいいのか?ああでもない、こうでもないとやってみる。
この問題が解けないのは、どこが分かっていないのか?ここはどうか、あそこはどうかと考えてみる。
そういうことを四六時中、癖になるまでやる習慣がつくと必ず大きな上達が起こる。
やがて大きな気付きが起こるのだ。

私たちが知っている一流の人間たちは皆、
いつも自分の心で未来と現在を何とかコントロールしようとし、誰よりも多くの練習をこなし、一番、悩んで考え続けている人間だと思う。

今日、次男が妻に「俺、今日考えてサッカーしたよ」と言っていたそうだ。
ここからの継続が大事なんだけどね。

ライフワークにしたいものは、とにかくいつも現状を正確に把握しようとし、修正発展させるためにいつも考える習慣をつけたほうがいい。


e0046467_14464491.jpg







# by japanheart | 2016-04-28 02:21 | 医者の本音 | Comments(0)

letter to mie727

letter to mie727

私の元にはもはや数え切れないくらいの女性たちが訪れる。
私がモテモテということではなく、国際協力を目指す医師や看護師や学生たちがたくさん勉強に来るということである。
そしてその8割くらいが女性だという、なんとも男性にとっては情けない事態になっている。

mie727はある看護師のコードネームである。

彼女とのはじめての出会いは、ちょうど9年前のTBS夢の扉という番組の撮影時にさかのぼり、ちょうどその時に看護師として短期ボランティアに参加していた。しっかり全国ネットのTV放送にも乗っかっていた。
背が低く几帳面な性格ではあるが、ちょっとびびりなところが愛嬌であり、誰とでも上手くやっていく性格で、それはそれでそれなりの人生経験を感じさせた。

このびびりで几帳面なコードネームmie727にNPO法人ジャパンハートの最も大切なプロジェクト、それは全ての活動の力の源泉である国際的な看護師をシステマッチックに育て上げるという重大任務を任せたのだ。
ジャパンハートの全ての活動は無償で働く看護師たちによって支えられている。私がどんなにがんばったところで看護師たちの力なくして多くの人々は救えなかったであろう。
私のわずかな貯金を元手に活動を始めた当初は全くの金欠で、看護師たちが離島で働く給与が活動資金の一部として投入されていた。(ジャパンハートの看護師たちは海外6ヶ月、国内離島6ヶ月の労働を義務としている)
私は海外医療を志す多くの日本人たちは私と同じように皆、せめてその活動に関わる期間、時間もお金も捧げて一心不乱に医療が受けられない人々のためにやってくれるものだと40歳になっても青臭く信じていた。
ところが実際、離島での給与を勝手に使い込む人やそのままネコババして活動から消えてしまう看護師達が現れたのだ。
これには参った。
自分が海外で働いている間の活動費は、その間、離島で働いている看護師たちの給与でまかなわれていた。
だから、自分が離島へ行った時は次の看護師たちの海外での活動を支えることが当たり前だと私は信じていたのだ。
お金を納めない人がいると海外の活動に支障が起こることになる。
この仕組みに不満を持っている人はきっと多くいたことだろう。
自分の稼いだ金を何で貧困層の人々のためだとはいえ、差し出さないといけないのだと。

私にとっては人生はやるか、やらないかのだ。
力を抜くくらいならやらないほうを選ぶ。
人生を勝負しているときに、何かを出し惜しみしてとても満足いく結果が得られる気がしないのだ。
私の人生手を抜いて上手くいったためしがない。
だから、
やるときは、やる!
お金がほしければ、お金を稼ぐ。
国際協力もお金も同時に取れるほどに多くの人には能力は備わっていない。

ある人には看護師たちへの感謝が足りないのだとたしなめられたことがある。
私は確かに感謝などしていなかった。
当たり前だと思っていた。
なぜならば離島で働く看護師たちは、先に海外で働き、そのとき離島で働いてくれた看護師たちの努力によって自分が希望している海外での活動を思う存分できたからだ。それから次の人を支えるために離島にやってきていたからだ。
私にはそれは前の人たちに対する義務にしか思えなかった。
受けた恩は、次の世代に当たり前に返す。
そういうものだと思っていた。
だから彼女たちの様々な不満は、突き詰めるとお金が惜しいとしか解釈できなかったのだ。

私はこのスタンスだから当時いた人の中でもいろいろ悪く言う人はいるかもしれない。
しかし、それは考え方と生き方の違いだ。
きっと今でも相容れないだろう。

しかしながら、これは組織の危機だった。
不信感が充満し、活動を継続する人々も減っていった。
患者は増え続ける一方、完全なるマンパワーの不足状態になってしまった。
誰もそこまでして国際協力などしたくないのだと言われているようだった。
もしあの時mie727がいなければきっと今でも私は寂しく医療をしていたかもしれない。
あの時mie727にこの看護師の研修事業を任していなければ今頃どうなっていただろう?とふと思うのだ。
今では、その努力によって全てスキームが作り変えられ、離島での給与は現在は一切、看護師達が払うことはなくなった。
それは決して簡単なことではなかったはずだ。

私は知っていた。
mie727がいつも数時間ものあいだ不満を抱いている看護師たちに電話をして彼女たちに少しでも活動を支えてもらおうとがんばっていてくれたことを。
mie727がいつもどうすれば多くの人たちが参加したくなる組織になるか?研修事業にできるかを必死に考えていてくれたことを。
そして私は今でも知っているのだ。
mie727がかつて特別な能力がなければできないと思われていた国際協力・国際看護を誰にでもできる、全ての看護師たちに道を開けるために今も何を自分がすればいいのかを考えていてくれることを。

コードネームmie727が国際看護研修事業を任されてから今では年間300人以上、のべ1000人以上の日本人看護師達が国際協力の現場に実際に行き、多くの貧困層の人々のために働いてくれている。
それは保健や衛生活動ではなく、バリバリの直接患者に触れる・癒す、、、臨床医療活動なのである。

この数は年々歳々増え続けており、近い将来、年間1000人の派遣を目指している。

これで日本の全ての看護師たちに本格的な国際臨床医療の道が開けたのだ。
日本の多くの看護師達がアジアの途上国の貧困層に人々に直接、医療を届け、日本の離島へ少しでも貢献できるようになった。

今後、数え切れないくらいの看護師達が国際協力の道に入るだろう。
この道の半分はコードネームmie727がひいたものだ。

mie727はこの春、ジャパンハートから離れていくが、彼女が日本の看護師のために道を作った国際医療協力の世界に多くの若き看護師達が進むことを願っている。
e0046467_10425311.jpg

# by japanheart | 2016-03-30 03:25 | スタッフと想い | Comments(0)