過去は変えられる!
2005年 08月 15日
私がミャンマーでの医療に関わりを持ってから既に10年が経ちました。
この国にいて今も私の胸にあるのは、この大地には20万人以上の日本人が眠っている、という想いです。草生す屍、という言葉があります。今はそこにもう屍は存在しませんが、多くの日本人の手によって建立された、慰霊碑がそこにはあります。しかし、、、、。その慰霊碑も今では訪れる人も減り、あるものは崩れ、その多くは草生す碑、としてそこに存在します。その姿は、まるで今の日本人のあの戦争や多くの犠牲者に対する記憶をはじめ、様々な心の形の表れのような気が致します。
あの戦争から60年目の今日、このビルマの大地に立った時、私の心には1つの思いの言葉が木霊します。
「過去は変えられるのだ。私達の手によって。」
未来はまだ私たちの手にはない。しかし、今を変えることによって、過去に生きた人々の、その存在の意味を変えることはできる。それは、過去を変えることに他ならないのだ、ということです。
あの多くの人々の犠牲を単なる、死に終わらせることなく、意味あるものにしなければならないのは、子孫である私達の使命なのだと。私達には彼らの死を、負から正に昇華させることこができるのだと。そのためには、あの戦争から私達は、ごくごく当たり前の事実を学び取り、それを実践していけばいいのだと。
それは、「人の人生は、それぞれに尊い」のだ。
という事を知ること。そして、それを日々の人生の中で実践し、人を大切にし、人の存在の意味を認め、ともに理解しあいながら暮らしていく努力をする、という単純な事だと思います。
かつて、進め、進め、玉砕しろ。あるいは国の為に死ねと、言われた人々には皆、それぞれの人生があり、それは全て尊いもので、決して誰も他人にないがしろにされてはいけないものだったのだ、ということを学び、私達が他人の人生を自分の人生のごとく大切にしていく事が、多くの戦争でなくなられた人に対する最大の慰霊になるのではないかと思うのです。
戦後60年目のこの日、8月15日に、多くの英霊が眠る、ビルマにいて、そのことを感じ、草生す碑の前で静かに頭を垂れるのです。
写真の塔の周りには亡くなられた無数の日本の人々の名前が刻まれています。







