宣告ーその3
2006年 11月 17日
もうひとつ最近の経験を語りたい。
患者は20歳代の男性、その妻は25歳くらいかもしれない。子供も2人いる。
遠く離れたカチン州のある町から丸2日間汽車を乗り継いで、この家族は私の元にやってきた。
数ヶ月前からお腹がはれるということで、近くの病院や医者にかかってきていた。
十二指腸の潰瘍や腸の癒着、はたまた肝臓に傷があるなどといわれていた。
お腹に固い塊が触れる。
超音波を当ててみた。
大きな腫瘍、というより肝臓の全てが腫瘍に置き換わっているようだった。
私の診断が間違っていなければ、肝がんの末期。
おそらく、もうどのような治療も効果はないだろう。
体もすでに痩せ細っている。
もう1月か、もって2月の命かもしれない。
ミャンマー人のスタッフと相談し、妻にそのように告げねばならなかった。
そのほうがどう考えても、いいと私も思った。
そのことを告げたとき、彼の妻は天を仰いだ。
涙だけが音もなく流れていく。
おそらくどの医者も、ほとんど最初から肝がんだと思っていたに違いない。
でも誰も告げなかった。なぜだか分からない。
家族は私の元で治ると信じていた、と思う。
少なくともがんではないと思っていたはずだからだ。
そして、家さえ売り払って、ここまで治療を求めてきたのだ。
私にはどうすることもできない。
早く、せめて家族に死の前のわずかな準備時間を造ってあげたいと思った。
しかし、それが正しいかどうかは、全く分からない。
最期まで、治療を求めて借金をしながらでも、国中をわずかな希望をもって動いていた方が、家族は幸せだったのかもしれない。
いつも思う。
私は一体、何様なのだ?






