宣告ーその1
2006年 11月 04日
この国では通常、昔の日本のように本人にはガンの宣告はしない。
ただ家族は、知っているから、それを死ぬまで決して本人には知らせないように努めている。
だからガンの患者がこの病院にやって来ても、すぐに帰すことはしない。
しないというより、家族が患者本人に悟られないようにして欲しいと懇願し、3日ほど入院し、なにがしかの治療をしてから、またないがしかの薬をもって帰っていく。
そのほとんどはおそらく1月以内に亡くなっていると思う。
多くの患者が最後の希望として外国人の私のところへ治療を求めてやってくる。
しかし、私には何もない。何も出来ない。この国の医者達の方が抗がん剤やなんかをよほど持っている。
だから、何も出来ずにただ淡々と語って無理だという。
患者やその家族の顔は、いつも悲しい。
私は何回、人に悲しみを与えてきただろうか?
最後の希望が絶たれたとき、人はどのような気持ちになるのだろう。
私のように、もし、その希望が自分で、その自分はその力がないと良く分っていて、さらにその自分が、死の宣告をしなければならないとしたら、多くの人はどうするだろうか。
いつも、ごく当たり前に繰り返されていく、この現実を私は、何年もの間、ただ淡々と生きている。






