特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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いのちの行方

いのちの行方

 今日はある青年の話をしなければならない。
 この青年は生まれたときに膀胱が破裂し、ペニスも真っ二つに割れしかも、しかもかなり小さな大きさしか生涯にわたってもてない運命にあった。
 膀胱からは尿がダダ漏れで、いつもおしっこの臭いがしていた。
 手術も何度も受け、多くの時間を病院で過ごさなければならなかっただろう。
 尿道括約筋というものが生まれつき欠損しているせいで、破裂した膀胱は治せても尿は漏れ続けていた。

 自分の不遇をどのように受け止めていたかは知らない。
 彼は家族から離れ、お寺に住んでいた。
 それはおそらく自分の精神の安定を保つためであったのかもしれない。
 ミャンマーでは僧侶たちは生涯、独身を通す。
 
 彼が私の前に現れ、自分の尿の漏れとペニスの修復を望んできたのはもう6年ほど前かもしれない。
 スタッフや彼の家族の協力も得て、日本での治療を行うことになった。
 ほとんど容積が30ccしかなかった膀胱は、腸を使った再建術によって生まれ変わり、二つに裂けたペニスも一つになり、尿漏れもほとんど防げるようになったものの、時々、膀胱や尿道に石ができそれで苦しんでいた。ペニスは勃起はぜず、とても小さいものだった。

 最近は尿道に留置カテーテルをいれてることが多くなった。本当は自分でチューブを尿道から日に数回、適時入れておしっこを出すとその必要もなかったが、痛がってそれをしようとはしなかったからだ。

 彼には口癖があった。
 いつも、「死にたい、死にたい」と言っていたそうだ。

私たちの治療はほぼこの時点で終わっていたと思っていた。
医学的には、既にやれるべきことはやっていたと思う。

敬虔な仏教国ミャンマーではほとんど自殺はしない。
28歳になったある日、彼は、お寺にある自分の部屋に行って少し休むと言って、しばらく部屋に来ないように周りに告げた。
ミャンマーでは、一人部屋はあまり多くないので、数人で部屋に住んでいたのかもしれない。

1時間後、誰かが様子を見に行くと、静かに死んでいた彼の肉体がそこにあった。
彼はおそらく自分でいのちを絶ったのだ。
彼は肉体のある程度の修正では救われていなかった。

 仏の道に入っている僧侶たちでもない彼はやはり、一人の男としていきたかったのだろうと思った。
 若い男たちがそうするように、女を好きになり、恋愛もして、家族も持ち、、、普通に生きたかったのだと思った。

 このとき私は「しまった!」と思った。
 彼はその程度の肉体の修復では、心が救われなかったのだと自覚したからだ。
 だから彼は死んでしまったのだ。
 こころが救われなければ肉体が救われていても、仕方ないではないか。

 ではどうしたら彼のこころを救うことができたのだろうか?
 この答えも、私にはすぐに思い当たる節があった。
 それが私の後悔をさらに大きくした。

 ”自らの肉体の不遇な経験を持つ人のこころを救うには、他者の肉体の不遇を改善し、そのこころを救う行為によって、自らのこころも救われていく。”

 これが私が、自身の人生から得た教訓だった。
 肉体の苦しみは、自身あるいは他者の肉体の救済によってのみその苦しみから解放される。
 自身の肉体が完全に救済されないならば、他者を救済していくしか方法はない。
 貧乏で、ひもじい思いをした経験のあるものは、物質的な豊かさを獲得し、自身および他者に施すことによってのみ、そのトラウマから開放される。

 彼を医療者にすべきだったと悔いた。
 看護助手ならばミャンマーの現行制度の中でも可能だった。
 
 病気をある程度治したらそれで患者は満足しているのだろうと考えるのは、よくない。
 患者のこころの中をも静かに思いやる医療者でなければ。

 この経験が、彼の死が私の中で次のやるべきことの一筋の光になると思う。


 
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by japanheart | 2014-11-17 00:19 | いのちの重み