今時の若者を恐れる
よくよく昔から、否定的なニュアンスで「今時の若者は、、、、、!」というフレーズが使われる。
実は私も最近は若者でなくなったのでこのフレーズをよく使う。
しかしながら、その後の言葉が少し違うのだ。
しかもこの若者というのもただ目の前にいる若者たちをさしているのではない。
世界中の目に見えない、得体の知れない若者たちたちをも指している。
私はこう言うのだ。
「今時の若者の中に、油断ならないやつが紛れ込んでいる!」
1980年代を境に若者はおとなしくなり、少年犯罪も減少の一途をたどる。
海外にひとりでやってくる若者でさえ、昔の若者のように大人びた人は少なく、何となく幼さを残す。
意見を求めると、中学生のようなことをいう大学生も多いのが現状だ。
かつて日本人たちは海外へ出たくて仕方なかった。
戦争に負けて、中国や朝鮮半島、台湾やアジアから引き上げその後、長らく海外へ行く選択肢はなかったのだ。
パスポートを持つことさえままならない時代が続き、ようやく最近は多くの人が自由に海外に行ける時代になったのだ。
こんなにいい時代なのに、ビビッて出ないやつが多いし、頭も心も幼稚になっているので私もこの世代をなめていた。
ところが、ところがである。
この日本人の閉鎖性に時代が風穴を開けつつある。
多くの若者の才能が、その触媒を得て、目覚めようとしている。
世界を一瞬にして情報が駆け巡り、SNSを通じて簡単に情報をやり取りする世代が、あっという間に大人たちが造った世界観、価値観を塗り替えていく様を、見せつけられている。
国際協力、国際医療の世界だって私たちが日々、コツコツと積み上げているにこんな若者が、思いつきで、何気なく、いとも簡単に、明日世界観を塗り替えてしまうかもしれない!という恐怖感に日々さいなまれる。
世界には侮れない若者がたくさんいることを、私は知っている。
上の世代が造ったものに挑戦するのは気持ちいいし、こころも晴れる。
しかし、下からの追い上げよりもこころを焦らせることはない。
これからは上も下も気にしながら生きていかなくてはならない。
大変なことになった。