気がつけば
気がつけば、今年49歳になる。
時間に責め立てられているような、そんな感覚の中にいる。
長い歴史の中でつい最近まで、ほとんどの日本人たちはとにかく食を確保するために、その時間のほとんどを費やしてきた。
というか、古代から人間ずっとそうだった。
美輪明宏の「ヨイトマケの歌」は日本の名曲の一つだが、その中で登場する母親のように、日本人たちはみな、その日の生活を何とかするために、嫌な仕事でも、惨めなおもいを味わっても、我慢して、我慢して、わが為、わが子の為、わが親のためとがんばってきたのだ。
戦争中の、慰安婦たちも、誰が好き好んであんなことを年端も行かないうちからするものか。
贅沢がせめてもの慰めだったのだと思う。
炭鉱で働いていた多くの労働者たちもまた、頭の良し悪しに関わらず基礎教育すら受ける機会をなくし、危険な仕事についていたのだと思う。
それもこれも、生きていくためだ。
翻って、今の日本。
時間をもてあまし、一体、何にそれを使っている?
ある若者は、生きていてもあんまり意味なさそうだから、別に死んでもいいと思っているという。
そういう風に感じているということ自体が、贅沢な状況なのだ。
死んでもいいと思えるのは、贅沢なことだと認識しなくてはいけない。
食の心配からほとんど開放された今の日本で、このあまりにあまった時間を何に使うのか?
これが命題だ。
先人たちができなかったような本当の贅沢をしなくてはモッタイナイ。
本当の贅沢とはなんだろうか?
おいしいものを食べて涙が止まらなかったことがあるか?
無ければ、それは本当の贅沢ではない。
戦争中や戦後に、まずい水団を食べて涙が止まらなかったという話はよく聞いたが、それは本当の贅沢だ。
有り余った時間をたっぷり使い、何をする?
私の残りの人生はきっちりその贅沢の時間を作るために努力したい。
そこで、私にとって本当の贅沢の時間とはどんなものかを考え続けて生きたい。
厄介なことに、本当の贅沢な時間や機会を持つためには、その必要条件がある。
貧素な水団を最高の料理にせしめたのは、戦争と飢餓だった。
エジソンに発明の喜びを授けたのは、数え切れないくらいの失敗の体験だった。
お釈迦様に悟りならしめたのは、その前の難行苦行だった。
最高の贅沢には、その前段階としてどうしてもその逆向きのベクトルの時間が必要になる。
それを持つ覚悟がどうしても必要になる。
神はよく知っていて、苦労をいとわないものには、果実を与えるのかもしれない。