国際看護師になるとは
2014年 02月 14日
国際看護師になるとは
本来は、国際看護っていう怪しげな概念はない。
何が国際的か?といわれれば、英語が話せるとか、世界標準の人権意識を持っているとか、何かよく分からない。
国際的を、海外でも大まかに「大抵、どこの国でも通用する」という風に捕らえると、また難しい。
ムスリムの国では、仏教の慣習ではやっていけないし、ムスリムの国で通用するからといって、アフリカで通用するとも限らないし。
いちいちWHOの出している情報をキャッチアップしている人間も少ないだろうし、まあ、情報だけとっても国際的というわけではない。
別に英語が話せなくても、現地語が話せて、十分そこで通用しているならば、それは国際的といっていいと思う。
とすると英語は国際的に必須条件ではない。
私は、国際的という概念を2国間で捉えることが多い。
ミャンマーと日本、カンボジアと日本。
要するに、多国籍ではない。
数多くの国が混ざってやるよりは2国間のほうがコントロールしやすい。
2国間の文化の妥協で済むから。
インターナショナルは国と国の間という概念だから、まあ、自国ともう一カ国で十分通用したら、国際的ということで良いんじゃないかな。
もし、国際的にどこでも通用するというものは、使い方を間違わなければ日本にいても十分獲得できるものばかりじゃないか。
人に親切であるとか
愛情深いとか、
清潔であるとか、
丁寧であるとか、
誠実であるとか、
こういうものはどこへ行っても評価されることだから。
基本、人間的にちゃんとした素養を持っているとそれで十分、国際的になれる能力を持っていると思う。
あとは、自分の国のことをよく知っていること、
なんせ相手は、あなたにもあなたが生まれた国にも興味を持つだろうから。あなたが相手の国に興味を持つように。
そう考えると、まあ、国際的になるということは、自分の国のことを深く知り、そして人間的に基礎がちゃんとしていることでいいということかもしれない。
ところで、あなたたちは自分の国ことを十分知っているか?
まず、それを知りたいとか、知らねばならないとか、そういう風に思わないといけない。
そこからすべてが始まるから。
そのためには、その必要性を感じないといけないということ。
何事もモチベーションは必要だから。
ということは、やっぱり海外に出て日本の良さや悪さを知って感じて、自分がそれを知らなきゃという風に思わないと。
逆説的だけど、あなたが本当に日本の国のことを知りたいと思ったそのとき、あなたの国際化が始まる。
by japanheart
| 2014-02-14 03:09






