通過点としての私
2013年 05月 26日
泣いても笑っても、大変だなと思ってもやらなければならないこともあるだろう?
明日、早朝ミャンマーへ出発。
明後日早朝にはミャンマーでまだ内戦が収まっていない地域に入る。
そして手術。
ありがたいことに私は何度もTVや新聞などに取り上げられ世間の目に触れている。
私の出たそれらの媒体の影響に受けて、医師や看護師を目指した人たちはきっとたくさんいると思う。
私にあこがれてとか目標としてとか、結構、たくさん言われることだ。ありがたいことに。
まあ、しかし、断言しておくと、私はあなた方の目標にはならないし、私を目標にしてはならない。
私など、単なる通過点と認識することだ。
自分がどういう時代に生きているか感じて欲しい。
私が生まれた頃は、まだ日本は貧しかったし敗戦を引きずっていた。
30才頃までは、パソコンも持っている人間は限られ、インターネットやメールだって最近だろ?
公務員に憧れ、大会社に入ることが多くの人の成功の雛形だった。
アジアは貧しく、アフリカはどこも飢餓を抱えていた。
ロシアはソ連で、東ヨーロッパは、社会主義だった。
若者は、車を持つことが夢で、いつも磨いていた。
今のあなた達より断然、いくつかの価値観に縛られれた時代を生きてきた。
だから、私はこの程度の、生き様しか示せない。
自分でも、割り切れない思いがある。
あなた達は自由なんだ。
今からすぐにでも世界に打って出れる。
誰も異常なことだとは思わないだろう。
地球の裏側にある情報に瞬時にアクセスできる。
公務員にあこがれなくても、大企業に入れなくても別にがっかりしない。
少し働けばすぐに1万円たまり、何がしかを食べて飢えることもない。
だから、私のいる場所なんかで満足してはいけない。
もっと、もっと、高くだ!
もっと、もっと、遠くへだ!
時代が味方してくれる。
私は感じているが、これからもっとすごい時代になる。
やりたい放題だ。
あなたたちが、うらやましい。