特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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こころを救うという行動

こころを救うという行動

 こころを救うというということを具体的にすることは難しい。
 私が20年以上医者をしていて、私にとっての目指す医療とは、結局そこだった。

 肉体が救われていてもこころが救えないのであれば、本当に医療を施したことになるのだろうか?
 脳死の人間を無理矢理作り上げたとて、本人にとってそれは幸せなことではないだろう。
 いのちはつながりがあるから、脳死の状態であっても生きていてくれればいいと、家族が思えるのであれば、それはまた意味のある生かもしれない。
 しかしながら患者本人は、本当はどう思っているのだろうか?

 患者の病気を治すことで、こころが救われるということは、きわめて大切なことではあるが、治せなかったとしてもこころが救われるているという現実があれば、それはそれで立派な医療というのが私に意見だ。

 すべての患者の病が治せるわけではない、という現実から出発すると、病を治すという行為そのものよりも、医療という行為を通してこころが救われたのかどうか、ということが最終的に残るあり方かもしれない。

 今、ミャンマーで生まれつきの腸と膀胱の奇形で、おなかの壁からおしっこと便が垂れ流しになっている女の子がいる。
 姉弟は二人。
彼女には弟がいる。
 弟は、脳性麻痺になっている。

 親は死に、やがてこの女の子が生涯この弟の面倒をみていくことになるだろう。
 その現実はまだこの子にはわからないが、それでも私たちにはそのことがわかる。

 この子にはどんな運命が待っていようと、自信を持って生きてほしいと願っている。
 もっと言うと、自分の人生を信頼して生きてほしいと。
 自分が子どもの時に、自分のために多くの日本人が力を貸してくれたのだという自信、世の中に対する信頼が、やがてこの子の生きていく力に変わる。
 苦しくなったとき、弟の存在が重荷になったとき、きっと彼女は思い出すことだろう。
 幼い頃、見ず知らずの自分のために、見ず知らずの多くの日本人たちが力を貸してくれたのだということを。

 それが、今回の企画で私が求めている結末だ。
 最終的には病気など治らなくても良いのかもしれない。
 病気を抱え、上手くつきあって生きていくのも一つの生き方だから。

 しかし、そんな病気を抱えて生まれてきた自分の運命を呪いながら生きるのはやめてほしいのだ。
 だから、そんな病気を抱えていても生きていく力を与えてみたい。

 私はそんな願いを込めている。

 彼女の名前はNi Ni Min Lwin ニーニーミンルィン 2005年12月10日生まれの6歳の女の子
 興味ある人は以下をみてほしい。
 一人の少女の『心』を救うためのプロジェクト

 
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Commented by モモ at 2012-02-26 22:18 x
先日より、『心』を救うプロジェクトにぜひ参加したいと思い、詳細を拝見していましたが、私はクレジットカードを持たないため参加できなくて非常に残念です。その代わりとして職場で興味を持ってくれそうな人にお声掛けしてみます。
Commented at 2012-02-27 11:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by japanheart | 2012-02-26 20:56 | 病と人間 | Comments(2)