ブログの難しさ
2005年 10月 12日
このブログの限界
実は、現在このブログを続けていて、おおきなジレンマに陥っています。
子供たちの現状を、といってもおそらくそれは日本もこの国もそんなに病気の種類が大きく変わるわけではありませんが、全てお知らせする事が困難だということです。確かにこの国は、日本と比べ乳幼児死亡率は高く、多くの子供が死んでいくのは事実ですが、そんなに日常が変わるわけではありません。どうしても途上国というと、子供たちがどんどん悲惨に死んで行くというイメージがありますが、それは内戦や飢餓という状況の時の話で、ここはそれとは対照的な牧歌的時間が流れています。日本でも戦前多くの子供が、病気で死んでいきましたが、それと同様です。ゆっくりした時間の中で、日本のそれの何倍かの子供たちが死に、病気にかかっている。そして、様々な事情から病院にかかれない人たちが多いということです。
そのような子供たちにスポットを当て、紹介して行きたいと思っていますが、それは昔の日本の子供たちにスポットを当てる作業と同じ意味を持つということかもしれません。
いつも限界を感じているのですが、日常とても可愛そうな子供たちもいます。しかし、そのようなケースは本当には、写真を提示したりして公表は出来ません。私は、個人情報というような、頭で考えた事でなく、悲惨な写真を見せても決してその子供の悲しみは伝わらないと、私の抱える苦しみも伝わらない、そしてそれを見ている受け手側も、決してその事情の一部しか理解できないため、全体像を誤解してしまうという、ジレンマに陥るからです。ですからどうしても、ブログ自体が、その許容範囲で書かれていっていることになります。少しでも正しく上手く伝えていく事が出来るのだろうか?これからの課題は多いと思います。
実は、現在このブログを続けていて、おおきなジレンマに陥っています。
子供たちの現状を、といってもおそらくそれは日本もこの国もそんなに病気の種類が大きく変わるわけではありませんが、全てお知らせする事が困難だということです。確かにこの国は、日本と比べ乳幼児死亡率は高く、多くの子供が死んでいくのは事実ですが、そんなに日常が変わるわけではありません。どうしても途上国というと、子供たちがどんどん悲惨に死んで行くというイメージがありますが、それは内戦や飢餓という状況の時の話で、ここはそれとは対照的な牧歌的時間が流れています。日本でも戦前多くの子供が、病気で死んでいきましたが、それと同様です。ゆっくりした時間の中で、日本のそれの何倍かの子供たちが死に、病気にかかっている。そして、様々な事情から病院にかかれない人たちが多いということです。
そのような子供たちにスポットを当て、紹介して行きたいと思っていますが、それは昔の日本の子供たちにスポットを当てる作業と同じ意味を持つということかもしれません。
いつも限界を感じているのですが、日常とても可愛そうな子供たちもいます。しかし、そのようなケースは本当には、写真を提示したりして公表は出来ません。私は、個人情報というような、頭で考えた事でなく、悲惨な写真を見せても決してその子供の悲しみは伝わらないと、私の抱える苦しみも伝わらない、そしてそれを見ている受け手側も、決してその事情の一部しか理解できないため、全体像を誤解してしまうという、ジレンマに陥るからです。ですからどうしても、ブログ自体が、その許容範囲で書かれていっていることになります。少しでも正しく上手く伝えていく事が出来るのだろうか?これからの課題は多いと思います。
by japanheart
| 2005-10-12 12:37
| 随想






