耐えられぬ死
2010年 10月 14日
最近よく考える。
私にとって「耐えられぬ死」というのはどういう死なのか。
二つの死が、私にとって耐え得ぬものだと分かる。
一つ目の耐え得ぬもの
それは、自分の患者たちが、おそらく自分の医療技術の未熟さ故に、亡くなってしまったとき。
今まで何度も経験している。
その度に、嗚咽するほど苦しむ。
もう医者を、やめて楽になりたいとこころから願う。
しかし、目の前には、私を求める患者たちがいる。
私は一体どうすればいいのか?
二つ目の耐え得ぬ死。
それは我が子の死。
それは想像できない。
やはり人は、生まれてきた順番に死ななければならない、と思う。
我が子の死を、みおくることは耐え難い。
私は、自分の死に関しては、多分恐怖はあっても、それは上の二つの死以上の苦しみではない。
自分が消滅しようとも、苦しくはない。
悲しみはあっても、そこに苦しみはない。
私の父親が亡くなった。
父親と私はちょうど30歳、離れている。
この親の、生きた証が私に宿っているのだと認識している。
その父親の死をみおくり、私はこころでこう誓ったのだ。
あと30年間、暴れ回わります!






