DREAM TRAIN -経過
2010年 10月 10日
病気で親を亡くしたり、貧困から人身売買の危険にさらされている子どもたちのための施設 DREAM TRAIN 。
その後、施設の工事は突貫で進んでいる。
10月終わりの完成に向け、雨期の中を土日も休まずに進めている。
20名足らずの子どもたちからはじめ、1年で100名を超す予定だ。
できれば数年以内に、1000名の子どもたちを収容する。
お金もきっとかかる。
子ども一人に一人は、里親を見つけなければならない。
これからが大変になる。
なぜ、このプロジェクトを始めたのか?
どうしてこれをする必要があるのか?
当たり前だが、これをいつもこころとアタマにおいておけるかどうかが勝負になる。
組織でも、個人でも、大きな人数を相手にしだすと、子どもの面倒を見ることが全てになる。
でも、なんで子どもの面倒を見ているかということがいつも意識されていなければならない。
なぜ、それをする必要があるのか?
子どもの面倒を見ているというのは結果であり、手段であると言い換えれる。
私が、そのような多くの子どもの面倒を見て、育てようと思う理由は、、、。
昔、20年も前になる。
ある友人が実際に自分が経験したタイの北部の話をしてくれた。
売春宿で、多くの女の人が並べられ、どの女性を買うのかと言われる。
片方の列は、処女たちあり、片方の列は、そうでないといわれる。
その処女の列に並ぶのは、まだ幼顔の女の子たちだったそうだ。
それは、まさに今、私が守ろうとしている子どもたちのことではないか。
あるスタッフはこう教えてくれる。
バンコクにいて体うって生活している女性の8割は、だまされてこうなってしまった。
その多くは、顔見知りや知人、親類にだまされてここにたどり着いた。
それが自分の子どもだと想像してみたらどうだろう?
あり得ないことではないか。
そんな風にだまされた人間が、その後、人を信じ、社会を信じて生涯をまともに生きていけるだろうか?
幼い頃に、だまされ、連行され、労働させられ、年ごろになれば強制的に、売春させられる。
そして、最後は病気にかかって、治療も受けれない。当然、国籍も違うから、捨てられる。
もし、透明人間になって、そばで一部始終を見ていることができるなら、普通の人間は一体、どれほどの時間耐えれるだろうか?
そんな、尋常でないことが世の中に存在する。
でも、それを阻止しようとする力があってもいいではないか、この世に。
その力のひとつになりたい。
そして、この世から、そんな悲しい光景を、ひとつでも減らしたい。
ひとつ、またひとつ、と減らしてゆきたい。
それこそが、私の目的だ。
そんな光景など、見たくも聞きたくもない。
だから私はやる。
一人でもやろうと思った。
このことを知った多くの人にお願いしたい。
どうかこのような光景をこの世から消し去るために、私たちに力を貸してほしい。
どうだろうか?
私からの提案なんだけど。






