新しい本の出版ーブログ本になる
2009年 06月 27日
このブログが、加筆、修正、様々な構成を加えて書籍になる。
また、詳しく紹介しますが、
この本の書籍化には、大手広告代理店のある女性の方と冨山房インターナショナルの社長のご好意によってすすめられた。
まあ、自分のことを言うのもおかしいが、別に無理して書籍化し、みんなに知ってもらうほどのものでもなしということだが、この女性の方が、出版社の社長と本当にぜひ哲学を社会のために広めてくださいと、このようなレベルの者の考えを、知らしめるために本当にご苦労いただいている。
本当に彼らの善意と編集にかかわる方々の努力だけで、進んできたのだ。
ところが大きな問題があった。
私の不徳のいたすところ、ジャパンハートのスタッフたちが動いてくれない。心が。。。
知らない、分からないを理由に、全部人任せ。
いったい、誰の本を作っているのか?と思えるくらいなのだ。
このようなスタッフたちの応対や態度や心持をみて、
全くある光景が蘇ってきたのだ。
それは、彼らのあり方が、
看護師たちが入院患者を受け持つ時のメンタリティーと全くオーバーラップするのだ。
全部、医師の責任でリスクや手間は取らないように行動する。できる範囲、自分にストレスがかからない範囲で関わり、それ以上は極端に距離を置く。分からないこと知らないことに関しては、すぐに思考停止になり、それ以上は放棄し開き直る。自分の働く病院がどうこうという意識は全くなく、ましてや経営概念などかけらもない。
全く同じ。
そのまま、単に働く場所が変わっただけ。
こういわれて心外な人もいると思うが、思い当たる人も多いはずだ。
決まって、これは医師の仕事です、あるいは看護師の仕事ではありません。という人が多いのだ。
法律は法律として、それをしなかったら他に何をするのかという話だ。何もしないでお茶を飲んだり話をするなら横で医師の仕事を見ているほうが何かの役に立つ。
仕事を自ら制限、抑制することは、自己の能力の開放を放棄することになる。そんなことをしていると、仕事に興味がなくなり、日々マンネリ化し、休みがこよなく待ちどうしく、休暇のために働いているようになって来る。
しかし、考えてみてほしい。
休暇はどんなにとっても、働く時間の半分もない。
ではその短い時間のために長い時間をがまんし無為・無駄に過ごすなど、馬鹿げていると考えなくてはならない。
労働時間こそが、人生のメインの時間であり、自分の人生の質に直結している。
そこで逃げていてはだめなのだ。
迎え撃たなくてはならない。
人生は迎え撃つべし!
それもこれもあれもどれも、あなたの仕事だ。あなたの仕事なのだ。気づいた事は全て自分の仕事にしてもいいのだ。
去年の今頃、看護師たちは、私の次々に発信される命令や要求に辟易し、看護師だけでもっと独立性の高い自立した組織にしたいと言い出した。
それを私が叩き壊した。
正解だった。
1年たって、その確信はさらに深まった。
君たちには無理なのだ。
君たちは命令されるのがにあっている。
独立性とは囲い込んだり、能力を抑制するための装置ではない。
自立の意味も分からず、知らないことに遭遇するとすぐに思考停止し、それ以上になると開き直るような人たちに一体、どんな社会的な貢献をなせるだろうか?
自分で考え、前に出て行動する人間でなければ、知らないところで社会に迷惑をかけている。
医療をやりながら、患者を悪くしている医療者が山のように日本にもいる。
自ら自分の使命と人生を引き受けない看護師は、右の天使と左の悪魔を交互に使い操っているようなものだ。






