前略 医師たちへ
2009年 06月 16日
今サガインにいる、医師たちへ、そしてこれから海外でやってみたいという医師たちに今日はメッセージ。
自分の人生を上手くハンドリングできない理由はいつも自分にある。
私は昨年度からの結構な高血圧、そして狭心症の発作を起こし、渡航のたびにもしかすると、笑えない状況にならねばいいがと少し不安を抱えながらミャンマーでの生活を送っている。命は大切にするが、いつもまさかのときの覚悟はしておかねばならない。
だからちょっとした感染や怪我ぐらいでは取り乱さない。人間だから不安は誰も同じだが、取り乱す姿は、美しくはないからだ。
昔、離島で数ヶ月働いていた頃、50歳代の医者に、ここでは若い医者は6ヶ月しか持たない。特に家族のいる人間はさびしくなって、3ヶ月が限界かな?と言っていた。
今は私も家族を持ち、あまり一緒にいることもできないが、何とかやっている。人間、さびしいのは同じだが、ぐっとこらえてやる姿は、どの職業の人でも、滲み出るような何かを生み出す。
こらえた苦しみや涙は、皮膚を通してオーラとして外に出る。
今ここで誰かのために何かをできる自分の幸せのはじまりは、私の命のはじまりに遡る。
親の恩は、無から有を生み出したことだと自覚する。
そして、そこからの自分の人生の物語を現在まで辿ってみる。多くの人の導きがあったことが分かる。
助けてくれたのは決して神仏だけではない。
その全ての助けに、恥じぬような生き方をしなければならない。
未来に線を引いてみる。
両親はすでに亡くなり、子どもたちも自立し、自分にもそろそろお迎えが来そうな時間に立ってみる。
子どもの頃、両親の喜ぶ姿が見たくて、一生懸命に彼らの理想に適うようにと、生きてきた。途中からは恋人や妻、そして後半は子どもたちにいいところを見せたかった。
しかし、今では世間からすごいと言ってもらい、褒めてもらっても喜びもあまりない。それより寿命を1年でも長くしてもらいたい。
この期に及んで、やっと分かる。
地位や名誉やお金は、何だったのだろ?
人より勝ることは、何の意味があったのだろう?
他人に自慢してきたものは、なんだったのだろう?
かっこいいから医者をする?
かっこいいから国連や名前の知れたところで働く?
かっこいいから国際医療も経験してみる?
学歴は高い割りに、知性は低い人が多いということだ。
まあ、死ぬ頃には分かる。
1.患者のこと。病気の事。医療技術のこと。心のこと。その他、医療をなすために必要な様々な知識や経験の習得のこと。
2.地位のこと。名誉のこと。お金のこと。待遇のこと。
この間を私たち日本の医者は行ったり来たりする。
本当に医療者として大成したければ、なるべくいらないことは考えないことだと思う。






