特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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ミチナ国立病院手術ミッション終わる

 ようやく国立病院での手術ミッションが終わった。患者たちは全て子ども。
 240名の外来患者、85件程度の手術を4.5日の間に終わらせることが出来た。
 
 手術は朝9時から始まり夕方の5時過ぎには終了するという、いつもよりのんびりした環境になった。
 まあ、医者達も公務員だから、仕方ない。
 公務員が就業時間を守らないと、誰も守らなくなってしまうだろうから。

 カチン州という州都にあるこの病院は、300ベッドの中規模病院で、ミャンマー北部ではおそらく最も大きな病院のひとつになる。

 ミャンマーの各州には、政府があり首相もいれば大臣もいて、比較的独自に運営されている。
 そういう様々な政府が連邦制を取って、今のミャンマー連邦が出来上がっている。

 今回のミッションでは、首相も大臣もやってきて子ども達をみまわっていた。
 病院スタッフも最初は、面倒くさそうだったが、偉い人たちが次々にやってくるので仕方なく働き始めた感じ。

 しかし、どんどんやっている間にモチベーションは上がり最後には、お互いにいい仕事をした感じで終われたし、互いに信頼も少しは生まれたようだ。

 日本からも数社マスコミが取材に入ってきたので、もしかするともうすぐ日本でこのときの映像が見れるかもしれない。

 
 私は何か新しいことをするたびに、自分の昔のことを思い出す。
 そしていつも最後に、「あの私が、マジか?」って。

 良いも悪いも併せ持ったどこにでもいる普通の人間としての私が、今ではこんなことやっている。
 あるいは、自分ひとりの力じゃないことも分かっているが、何がしか出来ている。
 じゃ、誰だってこんなことくらい出来るんじゃないか。
 病弱で、赤面症で、いつも何をやっても長続きしないと怒られた私がずっとこんなふうに続けている。
 
 まだまだ、まだまだ、自分の満足には程遠いけど、少しでも理想に近づくように。
 
 この同じ景色を一人でも多くの人たちに見せてあげたい気持ちで一杯だ。

 この景色を見に来る気はないか?

 
# by japanheart | 2013-06-06 16:00 | 活動記録 | Comments(2)

通過点としての私

通過点としての私

 泣いても笑っても、大変だなと思ってもやらなければならないこともあるだろう?
 明日、早朝ミャンマーへ出発。
 
 明後日早朝にはミャンマーでまだ内戦が収まっていない地域に入る。
 そして手術。

 ありがたいことに私は何度もTVや新聞などに取り上げられ世間の目に触れている。
 私の出たそれらの媒体の影響に受けて、医師や看護師を目指した人たちはきっとたくさんいると思う。

 私にあこがれてとか目標としてとか、結構、たくさん言われることだ。ありがたいことに。

 まあ、しかし、断言しておくと、私はあなた方の目標にはならないし、私を目標にしてはならない。
 私など、単なる通過点と認識することだ。
 
 自分がどういう時代に生きているか感じて欲しい。
 私が生まれた頃は、まだ日本は貧しかったし敗戦を引きずっていた。
 30才頃までは、パソコンも持っている人間は限られ、インターネットやメールだって最近だろ?
 公務員に憧れ、大会社に入ることが多くの人の成功の雛形だった。
 アジアは貧しく、アフリカはどこも飢餓を抱えていた。
 ロシアはソ連で、東ヨーロッパは、社会主義だった。
 若者は、車を持つことが夢で、いつも磨いていた。

 今のあなた達より断然、いくつかの価値観に縛られれた時代を生きてきた。
 だから、私はこの程度の、生き様しか示せない。
 自分でも、割り切れない思いがある。
 
 あなた達は自由なんだ。
 今からすぐにでも世界に打って出れる。
 誰も異常なことだとは思わないだろう。
 地球の裏側にある情報に瞬時にアクセスできる。
 公務員にあこがれなくても、大企業に入れなくても別にがっかりしない。
 少し働けばすぐに1万円たまり、何がしかを食べて飢えることもない。

 だから、私のいる場所なんかで満足してはいけない。
 もっと、もっと、高くだ!
 もっと、もっと、遠くへだ!

 時代が味方してくれる。
 
 私は感じているが、これからもっとすごい時代になる。
 やりたい放題だ。
 
 あなたたちが、うらやましい。

 
 
# by japanheart | 2013-05-26 23:52 | 活動記録 | Comments(4)

とにかく動け!

とにかく動け!

 今,自身5冊目の書籍の出版準備にかかっている。
 出版社の人たちとこの2日間ずっと、話をしていた。

 彼らが出してくるキーワードに私の考えを重ねる作業を繰り返した。
 キーワードから見えてくる考えや哲学は、それなりにあるが、改めてその考えや哲学をもつにいたったエピソードを、振り返ることが出来た。
 それはやはり私には収穫だったかもしれない。

 その言葉や哲学には、すでにそぎ落とされてしまっているが、もともとは感情がくっついていた。
 そのそぎ落とし前の感情を、想起することが出来たからだ。

 その時の感情を想起することで、再び、その言葉に命が吹き込まれる。
 自分の考えや思いは実は、自分の中ではばらばらに存在していて。ある問いかけや経験でいきなりリンクして意味を成してくることもある。

 だから密度の高い経験は多くしておいたほうがいい。
 それは一時、記憶の中にに封印されるが、やがて別の経験によって釣り上げられ、自分の人生に何らかの意味ある影響を及ぼしていく。
 特に若いうちがいい。
 歳をとってしまうと、何をしても密度が薄れていく。

 私が若かりし頃の自分にタイムスリップしてあったら、どんなアドバイスをするだろうか?
 多分こう言うだろう。

 Move!
Move!!
Move!!!


 
# by japanheart | 2013-05-23 02:20 | 天職 | Comments(2)
フラストレーションの本質

 最近はフラストレーションを色々感じる。
日中の問題、日韓の問題、慰安婦の問題、、、政治家もフラストレーションが大変だろう。
これらの問題は、全て、日本とアメリカの問題に帰結される。
アメリカさえ何も言わなければ、もっと早くけりが着く。
世界の中で最も日本に内政干渉をしているのはアメリカ。
内政干渉を通り越して、コントロールしていると早く日本人達は気づかないと。
基地はなくならないよ。
マスコミの論調も、今のまま、どこも同じになってしまう。
そして、多くの日本人達のこころと、政治家の言動が乖離してしまう。
そして誰も政治を信用しなくなる。
政治家も100人連続で討ち死にしたら、日本は変わる。

さて、先日数日ヤンゴンで休養を取った。
なんだか最近、得体の知れないフラストレーションを抱えている。
本当はこの得体の知れないフラストレーションは2年ほど抱えているけど、なんだろうか?
齢のせいか?
はたまた、環境のせいか?
解消しようにも、相手の存在が見えないために戦うことが出来ないできた。
アメリカみたいに、嘘でもいいから勝手に敵を作り出して、適当に戦ってみるか?
これをしたら、多分、疲弊するだろうな、自分が。

なんだろう?なんだろう?敵はどこだ?と思い続けてやっとことの本質に気づいた。
的は外ではなく、中にいる。
私の中に入る。
今の日本と同じじゃないか。
内なる敵こそ、真の敵。

そういえば、今まで私が幸せを感じてきた瞬間はいつも、外に向かって何かを出している時だった。
人間の本質は、面白いことに外に向かって何かを出すときに満足と快感を伴う。
食べ物をとるときの満足と快感は、排泄のときの満足と快感に比べ弱いものだ。
食物を食べるときの満足と快感は、人間の根源的な生命に対する安全と安心に由来している。
排泄の満足と快感は、どこにも由来のないただの快感であり、満足なのだ。強いてあげれば、本能そのものに源があるといえるかもしれないが。

冒険家や格闘家、あるいはその他、命がけの何かを目指す人々は、この根源的な満足と快感を求めて生きることになる。

人間は何かを本気で、命がけで志したときには必ずこの快感と満足に向かう。
そのとき、人間の中では、排泄が起こっている。
技を習得したとき、練習しているときに満足はあるが大したことはない。
技を出して、人を倒したときに心の満足と快感を得る。排泄の段階だ。

とにかく何かと、溜め込み、出すのが嫌いな人はそういうレベルの低い満足しか味わっていない。
それが、もっともいいものだと勘違いしている。
日本という国も、貯蓄性が高い。溜め込むことが、将来の安心と安全を保障しているかもしれない。
しかし、それはいかなる本質的な満足ともつながらない。
人も国も、企業もみんな同じだ。


人材も、育てることは国や企業にとって安全や安心を生むかもしれないが、それらの人材が使えないと本質的な豊かさは企業にも国にもやってこない。


私のフラストレーションの源は、どうやらその辺りにあったようだ。
すなわち、十分、アウトプットできていない。
宿便が残っていた。
自分の能力がアウトプットしていない。
もう十分でしょといってくれる人もいるが、それは違う。
自分のことは自分しか分からない。
自分で、それが出来ていないからこんなにフラストレーションを抱えている。

自分の才能や能力は出して減るものではないし、どんどん出していかないといけないと思う。

これからもっと、もうちょっとアウトプットを出すようにしていきたい。

人間が、生まれて初めて感じる快感は何か知っている?
排便したときの快感なんですって。
# by japanheart | 2013-05-15 12:32 | 医者の本音 | Comments(1)

一度目の気力

一度目の気力

 激しい医療環境の状態があるのは認める。
 昔からそうだった。

 私がいるミャンマーのサガインの病院は私がここで始めたときから戦地のような環境の中でやってきた。
 わずかな資金とわずかな医療資材や設備、そして人員しかいなかった。
 みんなで歯を食いしばって気力だけで、いつもいつも乗り切ってきた。

 環境が悪い、設備が貧弱だ、薬や資材の期限が過ぎている、何度もいわれてきた。
 でもないよりはマシだった。
 そんな医療でもなければ患者たちは救われなかった。
 そして私たちのかわりも、また誰もいなかった。
 そんな批判を真に受けても、不満を言った人たちが長くここに留まり私達の代わりになってくれることはなかった。

  この世に、自分の人生と全ての貯金をはたき、貧しい患者たちのために医療をやり続けてくれる医者など、誰も現れない。
 お金は、使えばなくなる。
 そして、寄付者など誰もいなかった。
 だから、みんなで節約し、古い薬でも、古い糸でも出来る限り、見極めながら使った。
 ミャンマー人の医者達も、同様にみなそうしていた。
 そうやって一人でも多くの人に医療を届けたいと思ってきた。

 ここに来る看護師たちを離島に派遣し始めた。
 もちろん離島の人材不足を助けたかったからだ。
 しかし彼らの給与を取り上げた。
 そして、ほぼ全額、現地に投入した。
 一部の看護師たちから不満が起こった。
 私たちが働いて稼いだおい金をなぜ、寄付しなければならないのかと。
 私の答えは明確だ。
 「お金が欲しければここではなく別の組織に行ってくれ。」
 ここは、誰もがお金を払ってボランティアに参加する組織なのだ。
 患者や貧しい人たちのために、現地で働きたいと思っていた看護師たち。
 そしてそれを実現した看護師たち。
 そして、連続するスキームの中で離島に行った看護師たち。
 だから離島の婦長クラスの看護師たちは気の毒がって、皆親切にしてくれた。
 でも、とうとう、お金を払わずにとんずらする看護師たちが数名現れた。
 正直者が馬鹿を見る。
 だから、看護師たちの給与を取り上げるのをやめた。
 せいぜい、その稼いだお金で贅沢をしてくれと思っている。
 
 どんなときでも気力というのは大切だ。
 気力は、体力から出る。
 体力がないものは、気力も減る。
 歳が行くほどに、お金を出すにも気力を振り絞らなければならない。
 だから、若い人より歳をとった人間ほど、お金に執着し、色々文句を言ってくる。
 自分の人生に、全力で人生向い合いたいと多くの人は志望動機に書いてくる。
 全力とは、知力も体力も、気力も、財力もということだと思った。
 私の全力という内部基準ではそうだから。
 でもどうやら違ったらしい。

 忙しい環境になるともう限界ですとすぐに言う。
 やらないでいることを指摘されると、出来ませんとすぐに開き直る。
 気力がなえれば、もうだめなんだ。
 こころがマイナスに開き直ったらもうそこから前には進まない。
 どんなことがあろうと全ては自分の内部との、調整になる。
 
 高い山を登るとき、高い山ほど、上ばかり見ていたらもう登れなくなる。
 たくさんの患者が現れたら、患者の数ばかり見ていたら、もうみれないとさじを投げることになる。

 山が高いときは、足元を見ながら、一歩、一歩と数えて歩く。
 確かな一歩を感じながら歩く。
 患者が多きときは、一人、一人また一人、としっかり患者と向い続ける。
 
 続けさえすればやがて時間が全てを解決する。
 人間には時間を投入しても解決できないような問題は、そう多くはない。

 ひたすら全力で。
 全力とは、自分の全てをそのために出し惜しみしないこと。
 社会から大切にしてもらいたい、評価してもらいたい、そう思うんだったら、まず社会のために自分の方からもっているものを差し出す。
 それが当たり前と思っていた。
 2割残せば、その分、受け取るものは目減りする。
 半分残せば、もっと目減りする。

 人生にはイチかバチか攻めないといけない時が、一度や二度はある。
 そのときに、余力をもって攻めたり、逆に守りに重点を置いた戦いならば、勝ち目はないと思う。

 ここへ来る多くの医療者は、ここを人生の分岐点とは思っていないらしい。
 
 せめて1年、せめて1月。
 自分が関わる時間は、出し惜しみするな。
 自分に小さな利益を誘導しようとするな。
 愚痴るな。
 弱音を吐くな。
 甘えるな。
 小さなことに拘るな。
 
 全部終わったある日、全部まとめて天はあなたに感謝の意を示してくれる。

 

 
 
# by japanheart | 2013-05-12 02:39 | 基本 | Comments(1)
紛争止まぬミャンマーの国立病院へ

 ミャンマーの国境地域カチン州。
 ここはミャンマー政府が最後に少数民族ともめている地域。
 時折、激しいの戦闘が行われ、爆弾も炸裂する。

 それゆえ、現地政府の役人もあまり近づきたがらない。
 もちろん海外からの支援も、今はストップしている。
 まずは少数民族問題を解決してからということだろう。

 実はこの地域の患者達は電車にバスなどを乗り継いで、下手をすると2日、3日かかって私たちがいる病院にやってくる。
 現地の政府からカチン州で何か支援をしてほしいということを依頼されて、今回何とこの地域の国立病院で子ども達の手術のために10名以上の医療チームを編成した。
 5日間にわたって現地で手術を行う。
 患者数は州都周辺に声をかけただけであっという間に150名以上が集まっているらしい。
 ほとんどの対象は、先天異常、いわゆる先天奇形ややけどの子ども達になるだろう。
 今回は60件くらいの手術を何とかして帰ってきたい。
 もちろん子ども達は全て無料で行う予定にしている。

 1年位前、現地に私は視察に入ったが、いたるところバリケードが張られ、夜間は外出禁止だった。
 あれからどうなっているのだろう??まだ紛争は続いている。
 ジャパンハートは、現地事務所を設置した唯一の海外のNGO団体だ。

 いつも思うことだが、やっぱり私には馬上にまたがって先陣を切って切り込んでいくのが、性にあっているのかもしれない。いつ弾の当たるかもしれない船上に立ち、仲間達にその姿を見せて戦うのが、今もその役目である。弾の当たらない場所で、指示を出しているトップなどは卑怯だとすら思ってしまう。

 ミャンマー、カンボジアでそうしてきた。そして、もうすぐラオスでもそうするだろう。
 
 ミャンマー国境の紛争地域、ミッチーナの国立病院で、あと2週間後、再び先頭切って切り込んでゆく。
 
 

 
# by japanheart | 2013-05-08 00:59 | 活動記録 | Comments(1)

世界は確かに狭くなった

世界は確かに狭くなった

 世界は狭くなったと思わないか?
 20年前、アジアを歩いていたアジア人は日本人・台湾人・シンガポール人韓国人を除くとあまり多くはなかった。おばちゃんたちのツアーも日本人がメインだった。

 ハリウッド映画を見て、2000年頃までのそれとの違いに気づくだろう。
 それは主人公が、アメリカーヨーロッパーアフリカなどを動き回るようになったことだ。
 今までは、アメリカ大陸の中にいることが多かった。

 それがどうだ。
 今やアジアの空港はアジア人の若者であふれ帰り、韓国や中国の一目でそれと分かるおばちゃん達にいつでも進行方向を塞がれる。

 世界はかくも狭くなったのだ。

 ガラパゴスは、携帯の世界だけでない。
 日本人若者もまた、ガラパゴス化している。

 本当はすごいポテンシャルを日本人達は持っている。
 しかし、それを知らない。
 だからそれを使わないまま生涯を終えたりする。
 美人が美人だと知らずに生涯を終えるのは何となく美しさを感じるが、日本人の若者が、自分の能力を知らずに年老いていくのは哀れだ。
 
 世界に出てみるとすごいやつもいる。
 ひどいレベルのやつもいる。
 どちらも自分にはいい刺激になる。

 だから、若者は世界を知らなければならない。
 そういえば、最近日本でも、会社の採用にボランティア経験がかなり評価されるようになってきている。
 いいことだと思う。
 今、日本の会社は世界で戦える社員が欲しいのだから。

 宣言しておくと、私はこれからたくさんの若者を海外に連れ出す。
 そして日本を掃除してもらう。
 もっといい国に変えてもらう。
 18年前私は、ここに住み、このミャンマーの灼熱の大地で、第2次大戦の時、お国のために戦って亡くなった20万人の日本人に誓ったことだ。

 PS:夏に中高生のミャンマースタディツアーをする。
   一杯、申し込みが来ているらしい。医者や看護師も同行のツアーだから安心かな。
   学生達よ、一刻も早く世界を見て、近い将来、日本に新しい風を吹かしてくれ。
# by japanheart | 2013-05-02 01:48 | 活動記録 | Comments(2)

瞬発力を出す

瞬発力を出す

 人生はなんといっても瞬発力が大切。

 今日も、ミャンマーの田舎で手術をする。昨日は26件、今日は21件。6名の医者と6名の看護師達に助けられながら手術をする。
 若い頃、こんな地の果てのミャンマーで手術をしている日本人のことなど誰も知らず、きっと、緩やかに世界から忘れ去られていくことだろうと、半ばあきらめ加減ですねて思っていた。
 飽きもせず、しかし諦めもせず、ただ何年も、何年も同じことを繰り返しす。
 手術が上手くなっても、誰も褒めてはくれない。
 だから、人から認められるために手術をがんばるんではなく、純粋に患者の成績が良くなるためにがんばる。

 若いうちに何をしておいた方がいいのかと聞かれることがよくあるが、答えは自分で出せ。
 いつから海外で活動するのが一番いいかを聞かれるが、それも答えは自分で出せ。
 まあ、自分の人生だから、自分で決めたほうがいい。
 
 とにかく時間が大切だ。
 人生の中で、今より感度の高い時間はないと心得た方がいい。
 年とともに、感度は確実に落ちる。
 20歳より、21歳は悪く、50才より、70歳はさらに悪い。
 昨日より今日は悪く、今日より明日は悪い。
 だから今、何事も集中してやるのがよろしい。
 今を充実させるとは、明日を楽しみにして、あるいは未来のために現在を犠牲にすることではない。
 とにかく、今、この時間を、精一杯生きる、楽しむ、苦しむということだ。

 いつから海外でやるのがいいのかと、中途半端に考えているのは時間の無駄だ。
 2年考えれば、2年失う。
 悩んでもいい。
 しかし、吐くほど悩め。他の事が手につかないほど悩め。
 それであれば、考える価値はある。
 しかし、時々悩む程度なら、悩まない方がましだ。
 時間の無駄。

 とにかく中途半端に、時間を浪費するな。
 行動して、動きながらかんがえたほうが時間を大切にした生き方になる。
 人生は、瞬発力が大切だ。
 思ったらすぐ行動する。
 これはくせにできるから、やってるうちに慣れてくる。
 いつもこころの掛け声は、「エイ、ヤー!!」に決まっている。

 多くの人は何かに強制されないと思うように体が動かない。
 だから、自分が仕方なくでも動かねばならないような環境に自分をおくことが大切だと思う。
 
 海外医療がやりたければ、悩まず飛び込めばいい。
 それから考えろ。
 何が自分に足りないのか?自分の能力は何か?将来、これからどうやって生きていくのか?

 齢50を前にして、20代や30代の若造達が悩んでいる姿を見ると、嫌味のひとつも言いたくなる。
 だってそうだろ。こっちはその時間に戻りたくて仕方ない。
 その年代のことばかりを思い出している。
 あの感度、あの時間が、もう一度あったならば、いかほどのすばらしい人生の時間を体験できるだろうかと。
 
 
 
# by japanheart | 2013-04-29 04:24 | 活動記録 | Comments(0)

非常識を持つ

非常識を持つ

 日本の常識は世界の非常識。
 かつての日本の常識は、今の日本では非常識。

 私達の周りにある常識を疑ってかかった方がいい。
 TVや新聞であたかも本当のように流される情報は、果たして真実であるのかどうか?

 新聞で流れる海外情報は、大体どこからか流してもらったものばかりだ。
 あるいは国内の情報だって、記者が自分で調べた情報がどれほどあるか?

 イラクに大量破壊兵器があるから。
 戦争を始めて、たくさん人が亡くなって、その戦争理由が真実だったか?
 でも世界中は、それを信じた。なぜ?

 あなたの周りにある食べ物にかいてある賞味期限は、本当に正解なのか?
 薬の効用や副作用は、使用書とうりなのか?
 薬の臨床データはそんなに正確に取れるものではない。
 だからあまり正確でないデータの積み重ねが、副作用表に現れているとしたら、それは信じるに値するのか?

 ある著者が子どもは褒めて育てろという?
 その方法が、ホントに普遍性をもつのだろうか?
 どの子にも合う指導法などあるのだろうか?
 でもその著者は、それを普遍的だと表現する。

 感覚を磨きながら、与えられた常識を疑いながら非常識な感覚も持ち合わせたほうがいい。
 油断していると常識という手法で他人からの情報操作に晒され、人生が磨り減る。

 時に賞味期限など当てにしないで、食べ物のにおい、味、色など自分で判断して食べればいい。
 たとえ使用期限が過ぎていようと、問題ないと感じる薬は試してみる価値はある。
 
 子どもとしっかり関わり、時に褒め、時にけなし、怒り、育ててもいいかもしれない。

 自分の感覚を信じるということは、同時に他人に振り回されないということでもある。
 他人とは、まさに常識といわれるもののことだ。

 他人から非常識といわれようと自分の常識に従う。
 時にその内部感覚を信じる。

 まずは、現実を揺らすこと。
 現実を揺らすとは、他人の常識を疑ってみること。
 そして自分の頭と内部感覚で判断すること。

 これからは、これがもっと大切な時代になる。
 
 
 
 
 

 
# by japanheart | 2013-04-23 05:00 | 活動記録 | Comments(2)
自分でがんばるしかないんだ

 人生は、自分でがんばるしかないといえば、確かにそうかもしれない。

 先日、北海道に行った。
 昔から北海道の人たちがよく、北海道の不景気はひどい、ひどいと言っていた。
 だから、みな生活が大変なんだよと。
 まだ雪も残っていて寒いから余計にそう感じたのかもしれないが、本当に寂しい感じがした。
 札幌は今回行っていないが、千歳から小樽、岩内へと抜けた。
 どこの町にっても人もまばらだし、観光客も少ないし、飲食店もガラガラのような気がした。
 
 その後、沖縄にいった。
 沖縄も似たり寄ったり、暖かい分、幾分気持ちは沈まないが、はやっている店はごく一部、季節柄か、勧告客があふれている気配がない。
 産業があまりない沖縄が、この程度の観光客で大丈夫かと思った。

 少しでも客のあまりいない店で食べてあげよう、とふと感傷に浸っている。
 こんな感傷のあり方は、子どもの頃と変わっていない。
 日本人の性か、何となく、そういう人々や光景に哀愁を感じてしまう。
 客のいない店の中で、静かに一人テレビを見ているマスターや女将。
 がんばって家族経営で何とかやりくりしている旅館。
 こんなのは、昔から当たり前の日本の一風情?でありきたりのものだった。

 しかし、何とかしてやれよ!日本政府。今のままじゃまずいだろ?って言ってしまいそうになる。

 しかし、アジアやミャンマーの人たちと接していると、はじめから政府を頼っている人々なんていない。
 当てになんかしていない。
 当てにしても仕方がない。
 何かあっても自分で、自分達でなんとやって行く。
 それが当たり前。
 
 洪水になっても、あっさりしたものだ。
 自分達で掘っ立て小屋を作って、生活し、収まれば、当たり前に元いた場所に帰っていく。
 毎年のように見る光景だ。

 私がアジアで学んだ大切なことは、結局、自分でがんばるしかないってことだった。
 誰かを頼りにしたり、当てにしたりしていたら、自分の能力が制限されてしまうということだった。
 精一杯努力して、誰かに助けてもらうことはあるかもしれないけど。

 北海道の人たちだって、沖縄の人たちだって、自分でがんばるしかないんだ。
 同情をもらったって、他人の同情など長続きするわけがない。
 
 今の若者も同じ。
 結局は自分ががんばるしかない。
 夢や希望がないというけれど、毎日、空爆にさらされた70年前の戦争中や戦後の焼け野原の頃の日本の若者達よりはよっぽど、希望や夢もてるだろ。
 
 テレビの向こうのかわいそうな境遇にある子どもを見て、みんな同情してくれるけど、どうせすぐに忘れる人たちばかりだ。
 人間というのはそういう生き物だ。
 それを責めちゃいけない。
 
 大切なのは、子ども達が自分達でがんばることだ。
 ただそれだけだ。
 その同情してくれた人たちの中のそのまた少ない人たちだけが実際に助けてくれるかもしれない。
 それは神様の助けみたいなもので、本来、望んではいけないものだ。

 だから、誰かに頼るこころではなく、何があっても自分が自分の力でがんばって生きていくんだ、という事が当たり前に根付いている人間をつくりたいと思う。
 
 
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# by japanheart | 2013-04-20 00:34 | 随想 | Comments(2)

時代の断層

時代の断層

 やはり本当のライバルがいなくてはならない。

 ソ連を失ってからの、アメリカは大変見苦しく、そしてどんどん弱まっている。
 それはそれで、日本という国の真の独立にとってはいいことだと思う。
 
 無理やり創り出した「悪の枢軸」や「中国」、「アルカイダ」、「イラク」「イラン」そして「テロ」などという概念は、虚しいだけだ。
 悪いあがきにしか見えない。

 そんなアメリカ失速時代の、ひとつの断層がまた見える。
 TPPへの誘導。
 どんなことでもそうかもしれないが、言いだしっぺが一番得をするから、それを口にしたと考えた方がいい。
 最初はともかく、今やTPPはアメリカのためにある。

 前にも書いたが、良い悪いは別。
 良かろうが悪かろうが、やってくるもんはやってくる。
 その覚悟と準備はするしかない。
 良くも悪しくも、アメリカに逆らって生きていける国は世界にないのも事実だから。
 笑い話だが、天変地異の次にどうにもならないのが、今のアメリカという国家で、中国を越えている。

 翻って、わが身を振り返る。
 そういえば、先日、日本最大の外科医の学会(今回は1万3000人以上が参加したらしい!)、日本外科学会の総会で発表を依頼された。

 時代は変わったもんだ。
 私が医者になった頃、海外医療したいなどといえば医局から痛い目にあわされた。
 そんな奴は、マトモな輩ではないので、取り合うなといわれた。
 もちろん日本に帰国後は就職につくことも難しかった。
 たった20年で、、。

 時代は変わった。
 そんなマトモでない人間の話を、皆で集まって聞こうという。
 しかも、日本で最も権威ある学会挙げて。
 誰もが予想しなかったことだ。私も含めて。

 医局制度が弱体化し、医療者が流動し始めた。
 大学に属することの最終目的だった安定した良い職場への永久定着は、大学の医局というシステムを経由しなくても、自分で直接、アクセスできるようになったのだ。
 さらに、TPPの加盟で保険が歪み、医療が変わっていく。
 もしかしたら、外国人の医療者が流れ込んでくるかもしれない。
 グローバル企業にとっては、医療者のコストは安ければ安いほうが良い。

 まさに、医療界は、幕末の日本と同じ。
 封建的な医局制度は権威を失いながら、今も続いている。
 医局からの、脱藩が止らない。
 
 佐久間象山や吉田松陰のごとくの時代を別の角度で眺めていた私のような人間の話を皆で聞く始末。
 
 TPPは黒船になる。
 こじ開けられる。
 医師会も医局も、もう時代の流れには逆らえない。
 時代の流れというのはそういうものだ。
 10年後、20年後の医師会や医局の姿を、語れるものがどれほどいるか?
 
 先日、開業している同級生達数名と食事をしたら、医師会の会合に出ると高齢化がひどく、真っ白な集団だといっていた。 髪の毛の色の話だ。もう年寄りばかりの集まりになりつつあるということだ。
 新陳代謝が上手くいっていない組織や肉体は、朽ち果てる。

 これも良い悪いではない。
 だからどうするかという、問題だ。
 今さら良い悪いを言っているより、準備をすることだ。
 
 幕末から明治に変わったときに、多くの一般人にとってはそれは自分達と関係ないところで起こったことだった。
 しかし、だからといって、明治になった後に、江戸時代の価値観のまま生きていくことが許されただろうか?
 新しい時代の法律に従わされ、新しい考え方や教育を受け入れさせられたはずだ。

 時代の流れというのはそういうものだ。
 嫌でも逆らえないのだ。
 受け入れるしかない。
 だから、それを前提で、どう動けば自分達が最も上手く時代とともに進めるかを考えた方がいい。

 私は、TPPなどなくても、医局は、医師会は変わらねばならないと思っていた人間だ。
 (別になくなれとはいっていないが)
 だから最大限に、この時代の流れを利用させてもらう。

 この世から、すぐに「医者」や「医療」が不必要な存在であるわけないのだから、今起こっているのは”システムエラー”なのだと、まずは認識することだと思う。

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# by japanheart | 2013-04-14 22:15 | 医者の本音 | Comments(2)

道を開くということ

道を開くということ

 道を開くということの大きな意味を考えねばならない。

 その開かれた道の上をこれから数百人、数万人が通っていくかもしれない。
 だから道を開くものたちは、その事柄の大きさに真剣に取り組まなければならない。
 いい加減な思考やいい加減な態度で、簡単に道を作ろうとしている人間が多すぎる。

 昔、公衆衛生や保健をやっている人間達がミャンマーで、大上段に振りかざしたプロジェクトでその後、現地の人たちが困惑し、迷惑し、苦労する姿を幾度となく見てきた。
 それをコントロールしているものたちは、大都市ヤンゴンで大いに恵まれた生活を送り、別にその結果責任が、その当人に問われることもない。
 こんなことで本当に、数万人の運命をもしかしたら決めるかもしれないプロジェクトが成功するだろうか?
 私には、今でも、到底、そうは思えない。

 自分が、適当に引いたレールの上を力もなく、純粋で、弱い立場の人たちが歩いていく。
 その行き着く先が、滝つぼであってはいけないはずだ。
 しかも道を開いた本人は決して落ちない滝つぼなのだ。

 道を開くものは、悩め。 
 苦しめ。考えよ。
 寝るな。食うな。
 そして、考えよ。

 これが私の戒めだ。

 政治の世界を見て欲しい。
 どうやらTPPに参加するらしい。
 これを決めた人たちは、吐くほど考え抜いたのだろうか?
 政治家の人たちはよく自分達の立場を、仕組みをつくる人間だと表現するが、その上を、これから億単位の人たちが歩んでいくという自覚と恐怖があるのだろうか?

 知識をいくらためても未来は見えない。
 いくら過去の戦争を研究しても、将来、全ての戦闘で勝利することは出来ない。
 いくら本を読んでも、それが必ず未来の幸福を約束してくれるるわけではない。

 未来を達観するセンスと才能を持っている人間が必要になる。
 これは才能だ。
 だから、学習では習得できない能力だ。
 先天のものだ。

 そういう人間を、政治家は抱えているだろうか?
 大学の、あるいは研究機関の偉い人たちだけの意見を聞くと、必ず、いつかは大きな失敗を起こす。

 政治家だけではない。
 道を示す全ての人たちは、心して道を開く必要がある。

 もしろくでもない道を開いてしまったら、そこに将来、投入される人々の時間、エネルギーがいかに無駄になることか。
 その責任の重さをしかと自覚されたし。
  
# by japanheart | 2013-04-10 16:55 | スタッフと想い | Comments(0)
信じられいなかもしれないけれど

 信じられないかもしれないかもしれないが、国際医療というと多くの日本人たちは多分,医師が海外で孤軍奮闘して貧しき途上国の人々を救う姿を想像するだろう。私が知らなかっただけかもしれないが、私が海外で医療をはじめようと決心したとき、世界中でのその姿を純粋に実現している日本人医師は誰もいなかった。
誰もいなかったのだ。
信じられないかもしれないが。

ある人は、医療から始まりやがてもっと社会インフラを整備することが大切だと認識し、そこへ向かって進んだ。
ある人は、医療では多くの人は救えないと、保健や教育分野へ進んでいった。
またある人は、海外で活躍するも、1年や2年で日本へ帰ってしまった。

私のようにずっと海外で医療をやっている人間は誰もいなかった。
だから誰にも頼ることもなく、見らなうべき雛形もなかった。
ただただ、手探りで進んできた18年だったように思う。

私が私なりに開いたこの道は、今は多くの国際医療を目指す医療者達が、参加できるようになった。
一生やりたければ、それも可能だ。
もう、誰も一人ぼっちじゃない。

これから私は、私の国際医療はどこへ行くのだろうか?
自分でもよく分からない。
だから、今でも毎月、最前線に出る。
どこかのNPOの代表のように、日本でいい生活をして、指令だけを出すつもりはない。
私は職人だし、現場を知らない指導者が、国ですら滅ぼしていった教訓を抱えていることは、日本人ならばよく分かると思う。
せめて、最前線で時代のトレンドを感じながら、次の方向をこの体でかぎ分ける。
机上の上では、分からない世界がそこにはあるから。


私は感性の声をだれよりも聞きたいと願っている。
自分の直感を信じ、自分の運命を信じたい。
どんなに状況が苦しくとも、最後には自分は未来にしっかりと立っているのだと信じている。

だから、誰も知らない世界をのぞいてみたい。
そうすることで、誰にも手に入らない感性を手に入れることが出来るかもしれない。
何かが目覚めるかもしれない。

信じられないかもしれないが、私は1月食事を断った。
一切の食を封鎖した。
カロリーは時々のむ紅茶と砂糖が入ったジュースが全てだった。
食塩は、1gも入れなかった。
体はどんどんやせていき、様々な体の変化に苦しんだが、こころの力は格段に上がっていった。
ひたすら自分の体と対話し、こころの声に耳をかたむけた。
何かが変わったかは、今は分からない。

30日間生きていたという実感だけがある。
きっと感性も大きく変化していると信じたい。
何かが変わったはずだと。

これには後日談がある。
本当は、食事をゆっくり1月以上かけて戻すべきだったのかもしれない。
長男が長らく一緒に食事をしていないので、一緒にインスタントうどんを食べたいと言い出した。
快く一緒に食べた。
それから、お構いなしに一気に、食事を普通に戻した。
ミャンマーに帰った今月の21日、体は完全に心不全状態だった。
全身が浮腫んで、足のすねは押すと1cm以上簡単にくぼみが出来た。
手も顔もパンパンになった。
坂道や階段は上がると息切れした。

それでも医療を、手術を最前線で行ってきた。
たとえ倒れようと前のめりに倒れ、手には刀を握り締めて、少しでも前をにらみつけて死にたいのだ。


そして今日、日本に再び帰国した。
今は、良くなっている。
働きながら心不全状態から脱していく方法をいろいろ試した。
支離滅裂だと思うかもしれないが、一応、職業は医者ということになっているから。

今になっていのちかけて何をやっているんだと思うが、そこまでしても欲しい世界がある。
だからいのちをかけて手に入れに行く。

私が何を手に入れたか、これからゆっくり見せていきたいと思う。
# by japanheart | 2013-03-27 03:32 | 活動記録 | Comments(3)
やり切ることの、本当の大切さを知る

 今日はやり切ることが如何に大切なのかを知ってもらいたい。
 やり切るというのはどのくらいのレベルの達した状態なのかは、なかなか難しい問題ではあるが。
 
 挫折とやり切りは、近くて遠い関係にある。
 具体例をあげて説明すると分かりやすい。

 あなたが高校生でグラブ活動でテニスを始めたとしよう。
 テニス部の練習はつらい。
 ランニングや筋トレばかり。そして素振りの繰り返しの毎日。
 いつまでたってもボールを打たせててくれない。
 やがて段々面白くなくなってやめてしまう。
 テニス部に退部届けを出した。

 まあ、挫折はしたけれど、しかし、振り返るとこの経験は決して無駄ではなかった。
 自分なりに努力はしたし、いい経験もできた。それはそれで良かったし、今回の経験は、人生の中で何らかの意味をもってくれることだろう。
 これは、決して間違った認識ではない。

 では、やり切りはどんな経験になるのだろうか?
 そのつらい練習を乗り切り、やがてテニス部をがんばって3年間続ける。
 これをやり切った状態と仮定しておこう。

 ここで得ることが出来る経験とはなんだろうか?
 考えて欲しい。
 分かるだろうか?
 やり切りによって選れる結果は、単にテニスを経験したという以上のものを受け取れるということを。
 得れるものを、例えば列挙してみよう。
 
 テニスの大会に出れた経験や緊張感。
 3年間やりきったという自覚。
 テニスを通してできた生涯の友達関係や友情。
 テニスでの、思いで。
 様々な遠征や大会を通じて、校内を越えた人間関係。
 体力。
 毎日の充実。
 学校生活での勉強以外での、充実感。
 仲間意識。
 スポーツへの理解と意味づけ。
 などなど。

 テニスというスポーツを突き抜けてそれ以外の財産をたくさん持てていることが分かる。
 これこそが人生で、テニスをやったということ以上に意味を持ってくるのは簡単に理解できる。
 やり切りは単に、その事象を飛び越えて広がりを見せ、様々な恩恵を人生に与えてくれる。

 だから、何かにつけ中途半端はいけない。
 何かひとつでもふたつでも、人生の中でやり切っていくことが出来れば、大変な恩恵を受けることが出来るのだ。

 何度の挫折はしてもいい。
 人間だからね。そりゃ仕方がない。そんなに強い人間は、あちこちにいるわけないから。
 でも、人生の中で、いくつかはやりきった経験を持とうとしたほうがいい。
 ここは踏ん張りどころだと思って、がんばる時間が欲しい。

 一度突き抜けてしまえば、後は自然にやっていけるものだ。

 やり切るという感覚を、大切にして数年に一度は力を入れてみたらどうか。
 
 あなたが最後にやり切ったのはいつだったか?
 思い出してみて欲しい。
 
 
 
# by japanheart | 2013-03-17 02:44 | 基本 | Comments(1)
これから医師としてどう動くのか?

 時代はもう逆戻りはしないだろう。
 大体、医者達にそんな力はない。
 大きな白い巨塔は、徐々に崩れ去っていく。

 もしかしたらどこかの巨塔は残るかもしれない。
 それも旧日の面影虚しい変わり果てた姿になっていることだろう。

 色々な人たちと話をしていると相変わらずどこかに囲いたがられている人たちもいるが、10年もすればそれほど包容力があって安心できるものなど何もないと悟るだろう。

 時代は、すでに走り出している。
 どんなに医師会が抵抗し、どんなに大学医局が人を呼び戻そうとしても、それは無理なことだと思う。
 時代の長れには、人力では抗しようがない。

 これから医療者はさらにばらばらになる。
 実力のあるものにとっては最高の舞台となるだろう。
 ないものたちは、細々と生きていくしかない。
 医療の世界は成長産業だから、生きていく場所はあるだろう。
 僻地や離島、市井に近い場所に潜って、患者達に迷惑をかけないように祈るばかりだ。

 昔といっても20年位前は離島へ行くと、どうしようもない医師が一人や二人はいた。
 都会から流れ流れて、住み着いたのかもしれないが、僻地の人にとってはいい迷惑だ。

 今年から医療ボランティアの参加者がどんどん増えている。
 多分この流れは止まらない。
 それほどまでに人が首輪をつけるのを拒否しているということだ。
 昔は、教授が行くな!と言ったのでとか、部長から許可が出ません!婦長が、行かせないと言ってますとか、そんなことばかりで、来ない人も多かったのだ。

 震災から丸2年。
 医療者にはすでにボランティアの意識が出来始めている。
 しかし、東北には医療者を受け入れるボランティア組織はほとんどない。
 そこには、震災前よりさらに悪化した医療過疎があるだけだ。
 現実に医療行為をするのは今の被災地では簡単ではない。


 しかし、その医療者たちの、意識は目覚め続ける。
 被災地救援に行った人はもちろん、行きたくても行けなかった多くの医療者の意識が今目覚めつつある。

 この流れは、きっと世界へ向かう。
 海外へ向かうと予想している。

 昔、上司に止められてやめてしまったのは、一体、何だったのかと思うくらい、簡単に行ける時代がもうそこまで来ている。
 それを止めようとしている上司は、時代に逆らう愚か者で、濁流を逆向けに行く舟の船頭のようなものだから、そいつから早く離れたほうがいい。早晩、その舟は転覆する。

 これは、世界的な、そして日本を取り巻く意識の流れだ。
 決して医療界だけで起こっているのではない。
 ネットの世界を見てみろ。
 流通の流れ。情報の流れ。
 アジアの人の流れ、世界中の人の流れ。
 
 それらは実は意識の流れだ。
 
 そして、今、医療界に起こりつつあるのも、そのひとつの表象にすぎない。

 そのことが解らず逆向きに意識を動かすものは滅びる。
 逆向きの動きをするものは潰される。

 その価値観が正しいかそうでないかという問題ではない。
 正解は、ひとつしかない。
 時代が動く方向こそが、正しいのだ。
 そう認識するしかない。

 だから、あなた方も動け。
 そっちの方向に。
# by japanheart | 2013-03-12 03:35 | 活動記録 | Comments(0)
ジャパンハートの若手医師について

 医師たちが、もうひとつの大学医局に囲われている時代は終わった。
 市中病院も、医局をあまりに頼りにしているとやがて大変なことになると予言しておく。

 自分達で、優秀な医師たちを集める作戦を今から練っておいたほうがいい。
 大学様には、その力はほとんどない。

 ジャパンハートの医師たちは、大学的な強制力をもって統制はしていない。
 単なる揺るやかなつながりに過ぎない。
 自分の力、海外の医療に役立てたいという心で、あるいは思いでつながった集団に過ぎない。

 自由に入り、自由に抜けていける。

 そんなつながりが、時代の要請だと思っているから。


 だけども、ジャパンハートに来る若手医師たちには望めばある程度のいいトレーニングを提供したいと思っている。


 まあ、医療というのが最終的には社会のためにあるとすれば、彼らに投資するのも悪くない。

 まずは全ての若手に、超音波検査のの訓練を行っている。
 私が絶対的に信頼する病院に研修に出だし、そこでエコーの研修をお願いしている。

 参加した医師たちは、改めてエコーのすごさに開眼する。
 そのとき、診断技術が格段にアップする。
 
 次に、小児科の研修をしてもらう。
 来年から数ヶ月、広島の尾道の市民病院(総合医療センター)の方で、数ヶ月やってもらう。
 もちろん、給与も支払われる。
 ジャパンハートは小児科も多く、途上国で医療をやる場合、小児科を学んでおいて損はない。

 それから、熱帯医学の勉強を、タイのマヒドン大学で6ヶ月勉強してもらっていることが多い。
 もちろん、自費だけど、費用は格安だ。
 タイのマヒドンはアジアで唯一、熱帯医学を本格的に勉強できる大学で、しかもフィールドが十分にあるため、臨床ベースでやっている大学である。

 私が指導できない熱帯医学の分野は、そこで学んでもらっている。

 そうして、大体、若手医師たちは、育っていく。

 ジャパンハートのため、日本のため、世界のために、なるべくいい選択肢を提供していきたい。

 ジャパンハートはすでに、公器である。
# by japanheart | 2013-03-09 10:26 | 活動記録 | Comments(0)

医療活動の最近

医療活動の最近

 なんだか最近は、ミャンマー社会からの風当たりがゆるい気がする。
 私が、医療をここではじめたのは30歳のとき、今の病院に拠点を構えたのは38歳のとき。
 あの頃は、ミャンマー社会からの風当たりは結構なものだった。
 近くの大都市マンダレーの大学病院を中心とする医者たちやこの慈善病院のミャンマー人の医者たちですら、
 ”この若増が!!”ってな感じで思っていた節がありありと感じられた。
 
 とにかく歳が行くということは経験と医療技術に長けるということを意味しているアジアの国々では、38才程度の年齢では、経験も中途半端である、すなわち医療技術もたいしたレベルでないと考えていたのだろう。

 あるとき、子宮内膜症を患い、骨盤癒着(卵巣チョコレート膿腫数個と10倍以上に大きくなった子宮、そして膀胱、腹膜、腸が癒着でガチガチにくっついている)状態の患者の手術をした。
 癒着を時間をかけて剥がし膿腫を摘出、子宮を摘出、膀胱を部分切除し、手術を数時間かけてやった。

 これを知った大病院の産婦人科の教授が、産婦人科でもない人間が産婦人科の手術をしたとクレームをつけてきた。このような難しい症例は、大抵、外科や泌尿器の助けを借りてやる。特に、大病院ではそうなる。
 だから、余計に一人で全てやりきったことが、不満だったらしい。

 まあ、しかし、この病院の理事長の僧侶が上手くいなしてくれた。

 こんなことがたびたびあったのだ。
 日本で何の症例をどのくらいやったか書類を出せだのこの手術はするなだの。

 あれから10年。
 今は誰も何も言わない。
 言ってこない。
 ミャンマー社会に溶け込んでしまったのか?
 それとも48歳という年齢は、経験がある歳だと認識しているのか?
 ミャンマーの社会背景が劇的に変化しているためなのか?

 まあ、しかし、どんな状況でも今までやってこれたのは、いつも患者達のおかげだった。
 彼らが、心から私を必要としてくれたからだった。
 それに応えようとし続けた結果、今になっているだけなのかもしれない。

 いつ、ここから立ち去らなくてはならないかもしれない状況は、今でもあるが、それでも何とか足元を見て、一歩ずつ、前に進む。

 医者のやることは、それしかない。
 
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# by japanheart | 2013-03-04 02:17 | 活動記録 | Comments(0)
自分を本気ならしめる何か

 昔、戦前の全日本柔道選手権 を何連覇もした男がいた。
 柔道の鬼 木村雅彦、その人だ。
 おそらく、歴代の柔道かで最も強い男として認識している人も多い。
 
 その人に面白いエピソードがある。
 日本選手権を控えたある日。
 自分は柔道に命を懸けている、日本一に成れなければ死ぬと考えていたそうだが、果たしてその決意が本物かどうか?
 口では何とでも言えるのだから。
 しかしそれをどうやって確かめればいいのか?自分が命をかけて柔道をやっているということを。

 やがて考えた挙句に、木村はおもむろに、正座し、左の下腹部に短刀を突き刺したそうだ。
 そして、この突き刺した短刀をこのまま右に向かって引きさえすれば自分は死ねると感じた。
 こうして木村は、自分が柔道に命がけの本気であると、悟ったそうだ。

 私達は果たしてどうやって、自らが本気にそれを行っていると悟ることができるのだろうか??
 それぞれにそのような方法を持たないといけないのかもしれない。
 皆が木村のように、お腹に刀を刺すことができないのだから。


 そこまで本気にならなくとも、生きていける。
 ゆるく、軽く、衣食住を確保して、それなりに。
 それもひとつの生き方、笑って納得する。

 しかし、世の中には、3000メートルの山があればそれに登り、5000メートルの山が存在すれば、それを超えていこうとする人間がいる。
 その命を懸けた緊張感が、生きている実感になり、日々の生活の密度を上げる。

 ひとつ言えることは、その限界の緊張感を追い求める人間は、もちろんその世界を感じ、そして知り、人生を生きている。そして、ゆるく、軽く、生きるという世界も知っているし、感じることも出来ている。

 しかし、ゆるく、軽く、衣食住を確保して、それなりに生きている人間は、その世界だけしか知らない。
 本気で生きている人間の、部分集合になる。

 私は、今、自らのそれを確かめるために、あることを実行している。
 腹を刺す代わりに、あることをして本気を知ろうと思っている。

 探検家の植村直巳も、のりを越えてしまったら、どんなに他人が大変だと思うような世界観さえ、満足せず彼にとっての困難である冒険を目指して、やがて死んでいったのだと、わかった。
 多分そうすることでしか、彼は自分の人生の質と心の安定を維持できなかったのだと思う。
 冒険家は、冒険の途中で死すのが、もしかしたら最高の死に方かも知れない。

 じゃ、医者はどうなるんだ?
 どこが死に場所なんだ?
 コンピューターのプログラマーは?
 教師は?
 政治家は??
 、、、、、????

 人生の質に、満足し続けたければ、上に上がっていくしかない。
 登山家はさらに上を目指し、医師はさらに困難な治療に向かう。
 
 あなた方は自分の人生の満足を目指して、どこに向かうのか??
 

 
 
 
# by japanheart | 2013-02-25 02:15 | 医者の本音 | Comments(0)

中味との直結する何か

中味との直結する何か

ミャンマーに初めて来てから19度目の年を迎えた。
時間は早いものだ。
医療の他にも、色々なことに手を出しているが、多分私はどこまで行っても職人なんだと思う。

自分で何でも確かめたくなる。
誰かが大きな権力や金銭的な力、地位を持っていても、いまいち敬意を払う気にはなれない。
それはそれで多分すごい人なのだろうけど、それがどうしてもその人の本当の中味そのものだとは思えないからだ。
それに、私は本当の技術とは、匠の技だという感覚がある。
技とは、その人のオリジナリティーに根ざし、独自の味を出しているものだという感覚を抱いてしまう。

お金や権力や地位は技ではない。
そこに匠の概念はない。

技術屋の私は、そういうものには興味がないのだと思う。

日本は匠の国だというが、日本が世界に誇れるのは何もその人たちの技だけではない。
この技術者達は、ある意味日本で最も自立的に生きている人たちなのだと思う。
それは技術があるからなのか?
それとも、技術をつける過程でそうなっていくのか?


以前、山本七平さんの書物の中でこんなエピソードを紹介していた。
第二次世界大戦のフィリピンで終戦直後のアメリカ捕虜収容所での日本人捕虜達のエピソードだ。
日本人たちの収容所では、必ず暴力が支配する。腕力に勝るものが、弱きものを従え、暴力によって服従させる。
その中でも、上級の士官達にはその傾向が極めて強かった。
しかし、それは全ての日本の軍人達に当てはまる傾向だった。

ところが、その中でそうならない集団があった。
それが、職人達の集団だった。
彼らは淡々と自分達がすべきことをし、自然にあるいは独自に秩序を作り、そして保った。

という大体、そんな感じの内容だった。


結局は、人間から暴力という力もあるという要素を表立って認めようとしない現在のような時代は、平時、すなわち平和な時代ということだ。
だから、理屈がまかり通る。
世の中は理屈だけでないと半ばわかっているのに、理屈が全てだと思ってしまう。理屈が通っていれば、自分が守られると思っている。
国と国との関係も、なんだかそんな感じで日本人達は思っているのだろう。

そんな理屈は、いざという時、普通の人間同士には通用しにくいのは、戦争のときでなくともわかるはずだ。

どんな時代でも、しっかりと自分を保って生きていけるのは、職人達のごとく、自分の中味と直結した何かを持っている人間だと思う。

本当に平和を生み出したいのなら、まずは自分の中に動揺しない何かを生み出すのが大切だと思う。
# by japanheart | 2013-02-18 03:53 | 基本 | Comments(0)
ドリームトレイン:スタディツアー

 ドリームトレインの初のスタツア。
 先日、女優の戸田恵梨香さんもやってきたあそこ。

 NHKプレミアム「輝く女」で1月24日、31日と2週にわたって放送された施設。
 
 ここの施設を訪問希望する人が多いのだが、今までは政治的な状況もあり、ウエルカムで迎えることができなかった。しかし、今はほとんど問題なくここを見学できるようになってきた。

 3月の上旬にやるそうです。
 もちろん医療活動の病院見学も入っていて、その後、ここで子ども達と一緒に様々なことをやってもらおうと考えています。

 後半には私も皆さんの前で色々話をすることになりそうですが。

 先日、「輝く女」の撮影スタッフの方々とお会いしたら、戸田恵梨香さんはすごく感動していたそうな。
 そして、またドリームトレインにいって見たい、いや,行くと思っているそうだ。

 彼ら曰く、戸田さんは、必ず行く!と。

 皆さんもどうでしょうか?

 体験と時間は、お金をかけるに値する。

 詳しくはここを見てください
【募集中!】戸田恵梨香さんも訪問したDream Train訪問ツアー! 【2013年3月】




 
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# by japanheart | 2013-02-09 00:24 | 子どものこと | Comments(0)

向こうを見よう

向こうを見よう

 人生、マンネリ化して行動や思考のパターンが、段々同じになってきていることに違和感を覚えていた。
 若いときは、ばらばらに存在してなんとなくまとまりがなかったものが、ようやく年を経て、意味づけされ、まとまったようにも感じていたんだが。
 
 同じホテルに泊まり、同じような食事を取り、同じような仲間達と集う。
 安心、安全とどこかの航空会社のフレーズのような世界にしたっていることに、不安も感じてきた。

 こういう行動は、実は自分の可能性を否定する行動や思考パターンではないかと、ふと思った。

 時々、かわいい子どものと道端で目が合えば、微笑みたい自分がいて、しかし、それを何となくやめてしまう。
 見栄なのか、恥ずかしさなのか?
 年寄りが日向ぼっこをしていれば、隣に腰掛けて、お天気の話でもしたい自分がいる。
 しかしやはり、めんどくさくてやめてしまう。
 きれいな人や魅力的な女性を見ても、ふーん、とすかしてしまう。
 何でもかんでもこんな感じ?になっていないか。

 私の人生はこのまま固まっていくのか??

 今の人生の延長線上にある人生でいいのか?
 
 否、その向こうの、今まで考えても見なかったような人生を見よう!
 そう決めた。

 じゃ、どうするんだ??
 どうすればいいんだ??

 とりあえず、かわいい子どもには微笑み返そう!
 年寄りの日向ぼっこに寄り添おう!
 魅力的な女性には、素敵ですねって、言ってしまおう!

 知らない土地へ行こう。
 知らない人に話しかけよう。
 知らなかったことに、どんどん挑戦しよう。

 向こうを見たい!
 どうしても、見たくなった。
 今の私の延長線上にはないその世界とその可能性を。

 若い人たちも、一緒にどうかな?
 おじさんたちこそ、もちろん。
 
# by japanheart | 2013-02-05 11:31 | 活動記録 | Comments(0)
人生の後半は”破壊”を使命とする

 人間なんて所詮、と最近よく思う。
 どんなに金持ちになっても日に3回しか飯は食えない。
 1日に6時間も7時間も寝なければいけないし、贅沢に使えるお金も知れている。
 不思議なことに、お金は使えば使うほど、興奮は薄れ、食べ物は食べれば食べるほど、味が薄くなっていく。
 
 同じように年をとれば年をとるほどに、人生から受ける感動や動揺は少なくなっていく。

 どんなに人にほめられ、どんなに贅沢をしても、多分人間は、そんな自分に飽きて満足しなくなる。
 齢50を前にして思うのは、困難なことも達成してしまうと人間は感動も興奮も薄れるという性をすでに背負っている、ということだ。
 どんなに多くの人間を助け、どんなに世間から評価を得ても、医者も所詮、人間、満足はなくなる。
 巷で名医ともてはやされ、持ち上げられて大した収入を得ている人たちも、きっとそんなには満足はしていないだろう。

 私は、海外で医療をやり、様々なチャレンジをしてきたが、満足など今の自分にはない。全くない。
 大切な時間が少しずつ、失われていく焦燥感があるだけだ。
 多くの医療者や社会人が安定した大きな組織や国の組織で働きたいと、躍起になっているがそれを私は覚めた目で見ている。
私ならそんな興奮がない生き方はしないと思うからだ。
 あなたなら、世界企業となるためにがんがん坂道を駆け上がっていたときのトヨタにいたいか?
 それとも世界企業になった今のトヨタで働きたいのか?
 私は明らかに、前者で生きることを選ぶ人間なのだ。

 しかし、、というか、そして、気がつけばいい年になってしまった。
 感覚では最近まで20代だった感覚なのだ。
 これからは何をすれば、興奮して生きていくことができるのだろうか?
 どうすれば、日々生きている実感を、自分が存在している実感を自らに感じながら生きていけるのだろうか?
 この数年、この問いに悶々とし続けた。

 そして、、、、最近、答えを得たのだ。
 ”破壊”
 これが答えだった。

 破壊する。
 壊す。
 
 過去の自分を破壊する。
 過去の業績を壊す。
 他人の作り上げてきた仕組みや構造を破壊する。
 社会が良しとして、押し付けている仕組みを破壊する。
 
 それを進歩というのではないかと思った。
 新しい仕組みや秩序を作るために、過去の古びた仕組みを破壊する。
 これが、先を行くものたちの役目ではないか。
 こうして人類は進歩してきたのではないか?

 破壊する作業は、困難を伴う。
 大いなる抵抗に会い、消耗するだろうが、破壊は新しいものを生み出すために行う作業だ。
 恐れずに前に進もう。
 私達に進化の能力とその遺伝子が組み込まれているとしたらきっと神は私の味方をする。

 きっと、興奮し、我を忘れ、感動し、消耗もするだろう。
 しかし、多分、この自分の存在を、自らに向かって確かに宣言することはできる。

 若い奴らは、栄達を求めればいい。
 年をとってどれも、意味のうすいものだと分かるまでは、誰の言葉もきっと届かないだろう。
 大した肩書きが腐るほどあるヨボヨボの老人の名刺を見たことがあるか?
 腐るほどの財産をため、植物状態になって人工呼吸器でかろうじて生きている老人達の姿を見たことがあるか?
 死ぬ前は、肩書きを全て脱ぎ捨て、一人の男になって死にたいものだ。

 ここから、私は破壊者として生きる。
 まずは過去の自分を破壊する。
 
 
 
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# by japanheart | 2013-01-30 20:56 | 活動記録 | Comments(4)
大きく動いて、小さくまとまる

 「大きく動いて、小さくまとまる」は私が常日頃心がけているこころ極意のひとつだ。
 
 最近若い世代のスタッフや学生たちに、将来のプランや夢を聞いてみる。
 そうしていつも惨憺たる気持ちにさせられる。

 「おい、おい、10代や20代でそんな質素で、ちっぽけな夢かよ」って思ってしまうからだ。
 
 10、20のガキどものくせに、その夢が、さらに自分にこどもが生まれたあとの将来を考えていたりする。
 ガキがそのまたあとのガキのことを考えてどうするんだ???って思わず思ってしまう。

 ささやかでもいいんだけど、もっと魅力ある夢をこのおじさんに語って聞かせてくれないかな?
 この年になっても、もっと夢を持っていきたいと思うわけよ。

 このガキ、大ぼら吹いてうっとうしいが、将来笑ってやろうって、せめて思いたいだけど。
 こっちがすぐに忘れるくらいの、若いやつらのみみっちい夢など聞きたくもない。

 10代で、20そこそこで、もう将来のお金の心配をしているやつもいる。
 なんでもお金と比べるなよ。

 これとこれを勉強して、将来はあの安定してステイタスも与えられる組織で働きたいっていうやつもいるけど、せいぜい将来、安定してくれ。
 取り返しがつかない頃に、きっと後ろから来たすごいやつらにどんどん追い抜かれていくから。
 楽しみな未来だ。


 神仏は尊び、されど頼らずといった武蔵のこころと正反対だな。
 まあ、いい。


 人生はいやでも収縮する。
 収縮するというのは、正しくイメージを伝える言葉ではないがそうなる。
 要するにコンパクトに、鋭くなるといったほうがいい。

 あなたの知っている一流の野球選手が、はじめから縮こまった小さなスイングを練習したりはしない。
 はじめは、大きく、大きく正しいイメージを定着させるように、しっかりと大きくスイングの練習をするものだ。
 やがてそれがどんどんコンパクトに鋭さを増していく。
 そうして、やがてヒットやホームランを量産できるようになる。

 人生もはじめから、コンパクトにまとまろうとすると、縮こまってしまう。萎縮してしまう。
 だから若い頃は、大胆に、大げさに、無駄を承知で大きく動くことを意識しながら生きたほうがいい。
 嫌でもやがて、それがコンパクトにまとまり始める。

 せめて20代の間はそのくらいで生きてくれよ。

 
 私はね、最近、どんどんやったるで!って思っている。
 新しい世界を見たいじゃない?
 それは別の言い方をすれば、自分の眠っていた可能性に気づきたいってことなんだ。
 おおー!!自分にはこんな才能もあったって、自分に思わせたい。
 
 最近、自分のこどもを見ていると、こいつらに絶対抜かれるってわかるんだ。
 すげー!!っておもうことも一杯あって、どんなけ才能あるんや?って。
 別に親ばかじゃないよ。
 だって、日本から来る多くの若者たちにも、それを見るからね。本当に、多くの人たちにだよ。
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 だから何が言いたいかって?
 
 気づけよ!気づけ!
 お前らは、本当は結構、いけてて、すごいんじゃないか?
 ってことよ。

 だから、そんなちっぽけな夢を持って、縮こまった人生を生きてくれるなよ、、。ということ。

 大胆に、大胆に、大きく、大きく。
 親を困らせてね。
 親に、そんなことをしてて将来、どうなるんだって?不安がらせてみなよ。
 
 そんなやつのほうが、30年後には、親が誇りに思ってくれるような人間になっている確率が高いような気がする。
 
 

 
# by japanheart | 2013-01-18 02:09 | 活動記録 | Comments(0)
春休み学生セミナー 神戸~九州 

以下の学生セミナーは、中学生や高校生でも参加できますよ。

 例の春休み学生セミナーの募集が、ジャパンハートのHPで始まりました。

 スマホでアクセスしましたが、 上手くいきません。
 携帯かPCでアクセスをしてください。

 定員はどちらも1回15名以内。
 日時は以下のどちらかになります。
 1)3月14日夕方~16日午前11時
    神戸からフェリーで出発し大分へ
 2)3月17日昼過ぎ~19日朝
    18日にはフェリーで大分出発し神戸へ


 フェリーの中では深夜までディスカッションします。
 九州では、地元の学生たちと国際協力について熱いディスカッションをしたい。
 
 交通費、ホテル代、食事代全部込みで19800円です。
 
 海外医療の現場を経験した看護師やインターン学生も参加して、熱い2泊3日を経験できます。

 最近、ずいぶんと学生関わる機会が増えてきたんだけど、今年からはバンコクを医療活動の拠点化とし、
 ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナムそしてネパールも攻めるかも。

 だから結構忙しいのに、もっと忙しくなるかも知れないから、ゆっくり話をする機会が少なくなってくるから。
 ぜひ、興味ある人は、積極的に参加を。


申し込みは以下になります。
 3月14日神戸発希望者 PC版

3月14日神戸発希望者 携帯版

3月17日大分発希望者 PC版

3月17日大分発希望者 携帯版


 詳しくは以下の内容参考に。
 ジャパンハート・トピック


 最後に、大分で宿泊する施設は、私が常宿にしているビジネスホテル。
 かけ流しの温泉がわき、完全個室のビジネスホテルで快適なんです。
 
 お楽しみの食事も、もったいない位の内容です。
 (フェリーの中ではバイキングになります。)

 温泉つかって、フェリーで旅をして、上手いものを食べ、そして色々な学生たちと意見を交わす。
 昔の学生がやっていったような特別な時間を過ごせるかも。
 

 
# by japanheart | 2013-01-13 01:22 | 活動記録 | Comments(1)

新年に思う

新年に思う

 日本では、再び政権が変わり、恒例の内閣も順調に1年周期で入れ替わった。
 私の予想では、今回の政権は円安とTPPでトラブらない限り長期政権になると思う。
 少なくともいままでよりは。
 憲法改正と防衛問題では政権はつぶれないっていう意味だけど。

 話はそれたが、2014年でジャパンハートをつくって10年目を迎える。十年の節目にというのが本来のあり方かもしれないが、私は時間を早巻きにしたい性質なので、9年目の今年に原点帰りをしようと決心した。

 原点とは何かというと、ジャパンハートのオリジンを確かめるということだけど、それは一言でいうと、
 貧しく医療が受けれないような人たちのために、医療行うという事だと思う。

 8年間ジャパンハートをやってきて、すっかり様々なことに手を出し、色々とやることも増え、医療・教育・社会福祉やその他ということになったけれども、ここで一発、原点帰りをしたい。

 すなわち、私は医者であって、ジャパンハートというのは医療の組織ということを再確認するというとしにしたい。

 それは、医療というものに力を入れることであり、医師や看護師を派遣するということであり、患者たちに医療を届けるということである。

 それを様々なレベルで戦略的に展開していきたいと思っている。

 戦前、あるいは戦後、世界のフォードを前に、トヨタやホンダの経営者たちは何を思い、何を考えていたのだろうか?

 松下幸之助はどんな思いで、世界に支店を出していったのだろうか?

 日本人たちが日本製のものには振り向かず、舶来ものといってヨーロッパのものばかりを買うことを誇りとしていたとき、日本の技術者や経営者たちはどんな思いで前に進んでいったのだろうか?

 かつて、メイド・イン・ジャパンはその匠の技術によって生み出されたプロダクトを指していた。
 しかし、何十年か後に、メイド・イン・ジャパンといえば、その文化や精神性によって生み出された仕組みや哲学の高いクオリティーを指す代名詞にしてみたい。

 その先駆けたる組織であり、人であるものになりたい。
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# by japanheart | 2013-01-07 03:10 | 活動記録 | Comments(0)

ジャンプする

ジャンプする

 前を見て進んでいると、時間が思いを色々な形に変えてくれる。
 何かが形になると、多く人たちにたまには褒められることもある。
 人間生きていれば、人生に何度かそんな経験をするものだ。

 あなたも私も、そんな経験あるよね?

 ところで、そんな時人は”おー”とか”ほー”とかいってくれるわけだ。

 最近、ラオスのジャパンハート・スタッフと話していて、自分の人生をどうせ生きるならばどう表現してみたいのかと考えた。

 それでやっぱり自分の人生は人から”ほー”とか”おー”と言われるんじゃなくて、

 ”えー!!!!??”

 って言われてみたいと思ったのだ。

 今の延長線上でいくら何かを成し遂げても、多分自分も含めて”おー!!”なんだ。
 これじゃ、自分の可能性がほんとの意味で開花していないんじゃないかと。

 だから,良くも悪しくも ”えー!!!” って自分も他人も言わせてみたい。
 あまり世間の評価を下げることは慎むように多くの人に言われているが、適当に聞き流して。


 殻を破るにはどうしたらいいのか?
 
 年をとると年年歳歳,知っているパターンを繰り返したくなる。
 それのほうがストレスがないので。

 この当たり前のパターンを壊すことからはじめている。
 小さなものから大きなものまで、気がつけば、今までと違う行動をとるようにこころがけている。

 この小さな積み重ねが、いつの日か大きな”えー!!!!”につながると信じている。

 大体、あと数年で50に手が届くのに、未だ自分を知らず、不惑の状態が続く。
 己を知ることは、難しい。

 おのれの眠っている可能性をどんどん目覚めさせたら人生どうのなるのだろうか?

 エキサイティングな人生を、ぐっと引き寄せてみようと思う。

 
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# by japanheart | 2012-12-31 18:21 | 活動記録 | Comments(0)
2013年3月 学生セミナー

 1月19日(土)東京で4回目のセミナーを開催する。
 関東の皆さんはぜひ参加を。

 いつも東京でばかりのセミナー。
 そこで、西日本の学生を対象に、じっくりセミナーをやることにした。
 2013年3月に2回。
 
第一行程は
 3月14日(木)神戸港を船で出発、翌日、大分港着。 船の中で夜はじっくりみんなでディスカッションしたい。
  15日は朝食後、午前、午後、2回のディスカッションを予定している。夜はみんなで宴会予定。ホテル宿泊。
  16日(土)は朝から 総括を行い、お昼前に現地解散する。

第二行程
 3月15日(日)昼過ぎ集合し、ディスカッション。夜は宴会。ホテル宿泊。
 16日は午前・午後とディスカッション。夕方の大分港発の船で神戸へ。再び船内でディスカッションと総括。
 17日、神戸港で解散。

ってな感じで考えていますよ。

 どちらでもいいほうで参加を。
 ジャパンハートのスタッフにも参加して大いに盛り上げてもらいます。

 そして費用はなんと、19800円!!

  船代、全食事代、宴会代そしてホテル代全て込みの値段です。

 しかも、ホテルは私が大分で常宿にしているあるホテルです。
 ここは源泉かけ流しの温泉がわき、しかも完全個室のビジネスホテルです。
 (あまり教えたくないけどそこにしました。)
 
 一度に定員は15名程度。
 西日本・九州の学生はぜひ参加を。
 もちろん、東日本の学生や一般の人でもぜひ参加したい人は、いいでしょう。

 今、大分の知り合いに頼んで大分や九州の学生とディスカッションするための調整をしています。
 現地、大分でみんなで盛り上がれればいいですね。

 おそらく先着順になるかもです。
 募集は1月上旬から中旬頃、ジャパンハートのHPとブログでします。

 お楽しみに。

 このためにわざわざ私はミャンマーから帰国するんだから、よろしくね。
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# by japanheart | 2012-12-22 01:46 | 講演会 | Comments(2)
ミャンマー保健省と正式調印

 今日、昼過ぎからミャンマー保健省と正式調印をする。
 ミャンマー新政府になってから、保健省と正式に活動の合意に至った日本の国際NGOはジャパンハートが最初になる。

 今回の合意案件は、まずミャンマーに透析を広めること。
 あまり知られていないが、ミャンマーは世界で一番、蛇にかまれて人が死ぬ国である。
 緊急透析ができれば多くの人が助かる。
 人工透析があれば、多くの子供たちにも福音がある。
 腎不全=死という公式を、塗り替えることができる。

 次に、子供の心臓を手術できる医師を養成すること。
 今、ミャンマーでは子供の心奇形を手術できる医師がほとんど存在しない。
 だから、生まれてから10歳間生きることができないような子供たちは、全滅する。
 もし、ミャンマーに子供の心臓疾患を手術できる医師たちが生まれてくれば、毎年何千人もの子供たちの命が救われていく。
 これをやる。
 自分が手術しなくても、人を助けることができることはすばらしいことだ。
 そう思わないか?

 そして、子供の各種専門家、例えば腎臓の専門家、肝臓の専門家なども養成する。

 まあ、こういう案件が認められ評価され、合意に至っている。


 少し予断だが、興味深い話をしておこう。
 この国には、私たちのような医療ではなく、保健(衛生教育や指導など)をするために来ている団体は多い。
 このような案件は、かなりのお金を消費する。
 保健省の役人があるとき、私たちにこう言った。
 「一杯理屈をつけて、たくさんお金を使って、たくさん協力も与えて保健案件をやるという団体がいくつもやってきた。しかし現実はどうだ?何も変わらないじゃないか!あんなの意味ない。」
 これが、彼らの本音。
 私たちが、医療をやる団体で、保健をやる団体ではないから漏らした本音だったと思う。
 自分たちのための援助。現地の人たちのためというよりは、自分たちが存在するための援助。
 そうなっている人たち、そうなっている団体が多い。
 それはそれでいいが、結果が伴ってこそだ。
 結果が出なければ、ほんとに意味なしだ。

 だけどもね、少なくとも血眼になってそれをやっている人に私は出会ったことはない。
 たとえば、大学でよ、高校で、医師の世界で、いつもトップクラスの頭を持っていなかった人が、机の上だけで色々考えても、すごいアイデアやプランが出てくることはないだろ?普通は。
 そんなすごい一流の頭脳でしたか?あなたはと、本気になっていない人には言いたい。
 だから泥臭くてもね、現場に赴き、血眼になってやらないと、結果などついてこない。
 それは医療も、保健も一緒だ。


 そしてそれは、医療だけでなく、どんなビジネスをやっていても、どんな仕事についていても同じ。

 基本戦略は同じ。
 泥臭く、泥臭く、現場に赴き、現場を知り、現場力を鍛え、必死になって考え、必死になってやる。
 それ。
 それができた人間が、マネージメントに進むというのが王道だと思う。

 
 
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 この子はね、心臓病でなくなった1歳6ヶ月の男の子なんだ。
 生まれてから死ぬまでミルクしか飲めなかった。体重が6kg。それ以上になると、心不全になって呼吸ができなくなるから。
 助けたかった、、、。
 生きていれば、これから良いことも悪いことも、たくさん経験できたろうに。
 このような子供たちとの出会いが、私の背中を押し続けている。
# by japanheart | 2012-12-20 01:48 | 活動記録 | Comments(0)

ボランティアへようこそ

ボランティアへようこそ

 これから、一人でも多くの人に海外での医療活動を経験してもらうために、現地をもっと心地よい場所に変えていく。

 今まで現場に来た人ならば理解できると思うが、ミャンマーは修行場、カンボジアはユースホステルくらいの表現が適当かもしれない。

 それをせめて「おもてなしの行き届いた旅館」にしてみたい。
 ホテルよりもそれのほうがいい。

 宿泊施設を改善し、空港へはスタッフがお迎えに行く。
 できれば宿泊施設は、個室にし、料理も心を砕かなくていい状況にしたい。

 今までは、来る人は中途半端な気持ちでは来ないでほしいというのが現地の日本人たちの声だったが、それも私はどうでもいいと思っている。
 なぜならば、現地の患者たちの声ではないからだ。
 現地の患者たちは、医療者が本気であろうが、なかろうが、結果をしっかり残してくれることこそを願っている。
 だから、友達どうして来てもらってもいい。
 親子で来てもらってもいい。
 夫婦でも、恋人同士でも。
 来たらしっかり働いてもらえばいいだけの話だ。

 毎日は無理でも数日に一回は、ミッション中にみんなでバーベキュウでも良い。
 現地の日本人スタッフや現地人スタッフとゆっくり語り合ってほしい。
 ミャンマーの、カンボジアの文化を肌で感じてほしい。

 これからは、短期で参加するボランティアも、長期で参加しているスタッフも同等に現地ではいくつかのチームに分かれて医療活動をしてもらう。
 日本ではできないだろう医療にも積極的に目を向けてもらいたい。

 大きな視点で考えたら、小さなこだわりを捨てて、より多くの人がこのような現場を知る機会を設ける、貧しい人や医療を受けることができない人たちのために、たとえ1年に数日でも自分の技術と時間を、誰かのために使える時代を切り開いていくほうが、よっぽど世の中のためだと思っている。
 悲壮感を漂わせ、海外で医療活動する時代を終わらせる。


 これからはもっと気軽に、もっと当たり前に、参加する。

 批判もあるかもしれないが、誰よりも悲壮感を漂わせ医療活動を長くやってきた人間が、それのほうがきっと世界がよくなるというのだから、とりあえずその私のこころの声を信頼してほしい。
 

 新しい時代だ。
 ようこそ!国際ボランティアの世界へ。
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# by japanheart | 2012-12-14 10:34 | 活動記録 | Comments(1)

あなたの運命を知る

あなたの運命を知る

 自分の運命などに思いをめぐらせたことはあるだろうか?

 難しく考える必要はない。
 簡単に、自分は”質”に恵まれる運命なのか、それとも”量”に恵まれる運命なのか?

 それを知ることは実は自分の人生の大きな指針を羅針盤を手に入れることになる。

 私の人生は、かなり”量”に恵まれた人生といえる。
 私の妻は”質”に恵まれている。

 どちらか一方が大切というこではない。
 人生は豊かさは、あくまでも”量”と”質”のバランスの上に成り立つ。

 例えばこんな感じだ。
 量に恵まれた運命を持つ二人が結婚すれば、お金には困らない。
 お金に恵まれれば、おいしいものを食べたり、好きなだけ贅沢をできるだろう。
 贅沢も過ぎれば、一向に豊かさを感じない。
 そして、幸せになれない。
 なぜならば、幸せとは質の概念だからだ。
 
 逆に、質に恵まれた運命の二人が結婚すれば、生涯、お金に苦労する。
 おいしいものはたまに食べる程度、子どもにも惨めな思いをさせるかもしれない。
 しかし、幸せを手に入れることはできる。
 少なくともいい老夫婦になっているだろう。

 これはあくまでも、自分の運命を知らなかった場合の話だ。
 自分の運命を知ることは羅針盤の役目を果たす。
 ”量”に恵まれた人生と知ったものは、伴侶には”質”で生きている人間を迎える。
 業績が上がり、どんどん収益が増える企業は”質”にいつも重きを置く。
 ”質”を与えてくれる人材をいつも求め、”質”の高い製品をいつも排出できているか、注意を凝らす。
 逆に”質”に恵まれた環境にある企業は、”量”を生み出す人材を求める必要がある。
 あくまでも大きな指針として、心の力点として。

 そうすれば、両輪が上手く動き始めてバランスのいい人生や企業が出来上がる。
 ヒトもモノも、バランスはそのようになっていると思う。

 大体、そんな風に自分に問いかけたことがある人間は、いったいどのくらいいる?
 おそらく1000人に一人もいない。
 そしてそれを自覚して生きている人間はその何分の一だろうか?
 だから、いいバランスの人生をおくれないでいる。

 これは、いわゆる人生の極意だ。
 すべての極意は”灯台下暗し”というかたちに存在している。

 なぜ今回、こんな話をするかというと、私の人生は”量”に恵まれている。
 だから、いつも”質”に意識を集中して生きている。
 いつもいつも”質”を求める。
 ジャパンハートも私がはじめた組織ゆえ、おそらく”量”に恵まれることになる。
 現にそうなっている。
 だから、ここで敢えて、”質”をもう一度、重視しなおしたいと思っている。

 ”質”高い人材を求め、”質”高い活動を行う。
 そうすればきっと、もっとジャパンハートの活動はよくなる。
 関わっている人も幸せになる。
 
 例えば、ほかの組織が毎年100%のペースで成長したとする。
 でも、ジャパンハートは5%の成長ペースを意識して活動する。
 その代わりその成長のエネルギーを、内容の充実に向かわせる。
 それでも、きっと”量”に恵まれているから、もっと速いスピードで成長するに違いないが。

 ”量”と”質”について、今一度それぞれが考えて見たらどうだろうか?
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 きっと人生に、組織にも大きな福音をもたらすに違いない。

 
# by japanheart | 2012-12-09 01:00 | 活動記録 | Comments(0)