特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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国際看護師になるとは

国際看護師になるとは

本来は、国際看護っていう怪しげな概念はない。
何が国際的か?といわれれば、英語が話せるとか、世界標準の人権意識を持っているとか、何かよく分からない。

国際的を、海外でも大まかに「大抵、どこの国でも通用する」という風に捕らえると、また難しい。
ムスリムの国では、仏教の慣習ではやっていけないし、ムスリムの国で通用するからといって、アフリカで通用するとも限らないし。

いちいちWHOの出している情報をキャッチアップしている人間も少ないだろうし、まあ、情報だけとっても国際的というわけではない。

別に英語が話せなくても、現地語が話せて、十分そこで通用しているならば、それは国際的といっていいと思う。
とすると英語は国際的に必須条件ではない。


私は、国際的という概念を2国間で捉えることが多い。
ミャンマーと日本、カンボジアと日本。
要するに、多国籍ではない。
数多くの国が混ざってやるよりは2国間のほうがコントロールしやすい。
2国間の文化の妥協で済むから。

インターナショナルは国と国の間という概念だから、まあ、自国ともう一カ国で十分通用したら、国際的ということで良いんじゃないかな。

もし、国際的にどこでも通用するというものは、使い方を間違わなければ日本にいても十分獲得できるものばかりじゃないか。

 人に親切であるとか
 愛情深いとか、
 清潔であるとか、
 丁寧であるとか、
 誠実であるとか、

 こういうものはどこへ行っても評価されることだから。
 基本、人間的にちゃんとした素養を持っているとそれで十分、国際的になれる能力を持っていると思う。
 あとは、自分の国のことをよく知っていること、
 なんせ相手は、あなたにもあなたが生まれた国にも興味を持つだろうから。あなたが相手の国に興味を持つように。
 
 そう考えると、まあ、国際的になるということは、自分の国のことを深く知り、そして人間的に基礎がちゃんとしていることでいいということかもしれない。

 ところで、あなたたちは自分の国ことを十分知っているか?
 まず、それを知りたいとか、知らねばならないとか、そういう風に思わないといけない。
 そこからすべてが始まるから。
 そのためには、その必要性を感じないといけないということ。
 何事もモチベーションは必要だから。

 ということは、やっぱり海外に出て日本の良さや悪さを知って感じて、自分がそれを知らなきゃという風に思わないと。

 逆説的だけど、あなたが本当に日本の国のことを知りたいと思ったそのとき、あなたの国際化が始まる。



# by japanheart | 2014-02-14 03:09 | Comments(0)
今年も国際貢献を学ぶ学生フェリーツアー

 今年も神戸発-大分 2泊3日 国際貢献を学ぶ学生フェリーツアーを3月29~31日に開催する。
 費用はホテル、フェリー、食事も全てついて19900円で何とか!
 ホテルは昨年同様に温泉つきで、きれいな個室のビジネスホテル。
 
 現地、大分では地元をはじめ九州の学生も2日目に参加してもらい大いに盛り上がろうと思う。

 私は全行程参加する予定。
 夜は、私と恒例のタイマン質問コーナーをぶち込んでいる。

 詳しくは、以下を参照。
  



 いつも言うことをここでも繰り返そう!
 若ければ若いほど参加したほうがいい。
 アルバイトをするなんてもってのほか。
 若いうちは親に借金に決まっている。
 少しでも若いうちのほうが、はるかに多くものを吸収できることは私が保証する。
 年取ってから働く賃金は、若い頃の3倍になる。借金は年取ってから返せ!親は利息は足らないものだ。
 何なら踏み倒せ!それを喜んでくれるバカ親も多いはず。

 年をとると賃金は学生時代の3倍になり、人生の感度は3分の1になる。

 若いうちに、ちまちまとはした金を稼ぐやつは、時間の価値を知らないやつだ。
 若いときは、体力と無謀さに任せて冒険するのが良いに決まっている。

 若者たちよ!どんどん前に前に!
 どんどん外へ外へ!

 

# by japanheart | 2014-02-09 07:16 | 活動記録 | Comments(0)

人生のベースライン

人生のベースライン

 若いときにがんばっておいてよかった!
 人生は自分を裏切らない。

 私たちは何気に生きているが、自分のベースラインを知っているだろうか?
 たとえば、自分がうれしいと感じるのはどのようなレベルからなのか?
 自分がおいしいと感じるのはどのようなレベルの味からなのか?
 自分が本当に苦しいと感じるのはどのようなレベルからなのか?

 知っているようで知らない。
 だから、何でも不幸に感じてしまう。
 何をやっても、何か腑に落ちないような人生になってしまう。

 自分で本当にがんばったときを持ったものは、幸せだ。
 人生を思い出してもらいたい。
 一番がんばったときはいつで、どのくらいがんばったのか?
 それが、あなたのがんばるという基準だ。
 この基準を知らないと、一体がんばっているのか、そうでないのか?
 それすらも分からない。
 そしてたいていは、その期間にもムラが大きく、何かがんばったようなそうでなかったような、そういう印象になってしまう。

 若い頃に、十分に苦しんだほうがいい。
 失恋もしたほうが良いだろう。
 貧乏生活も大変重要である。
 金欠は大切な道しるべになる。

 そこが、底だとして、それからどのくらい上の時間や生活を過ごしたいのかを考える。
 ただ単に、楽をしたいとか、お金持ちになりたいでは、何も基準などない。
 ないから、目標もない。
 形だけの目標を作っても、実感としての体感がない。

 今一度、若くても良いから自己の人生を整理してみる価値はある。

 ジャパンハートは厳しいといううわさがあるが、今は、そんなこともない。
 でも、本当は自分の知らない極限を経験してほしいのだ。
 そうすれば、将来、自分の本気の努力とは、そういうレベルだと分かる。
 分かれば、今のレベルがどのくらいで、あとどのくらいがんばればいいのかも分かる。
 それを経験しないからどこへ行っても、何をやっても何となく、宙ぶらりんな感じがするのだ。

 最後に、大切だからもう一点。

 なぜ、お金をそのくらい持ちたいのか?
 なぜ、楽をしたいのか?
 なぜ、結婚をしたいのか?
 なぜ、子どもがほしいのか?
 なぜ、その教育を受けたいの?

 そして、それらは本当にあなたの人生で必要なものなのか?
 本当にあなたはそれを望んでいるのか?
 
 それをしっかり考え続けないといけない。
 目的のない努力はすべきでないし、人生時間を失うばかりだ。



# by japanheart | 2014-01-31 06:49 | 基本 | Comments(0)

若者をどうするのか?

若者をどうするのか?

 若者をどのように扱っていくのか?
あるいは、
 若者がどのように生きているのか?

という命題は国にとっても個人の人生にとっても非常に重要な事柄だ。

戦争中、日本人が若者たちをどのように扱ったかを考えれば察しもつくが、年寄りばかりが残ってしまうような状況では国の未来は決して明るくはならない。
 戦争は多くの若者が戦いそして死ぬものだ、だから未来を明るくしないことは自明ということになる。
しかも、年寄りたちがその指示を出しているから始末に終えない。

 今の日本の将来が暗く見えるのは、経済の問題よりむしろ若者たちの相対的な減少によるものだ。
 日本の経済で暗かったら、アジアの国々の未来はもっと暗いことになる。
 貧しい国の生活や戦争を経験したものなら、人間は生きていくだけなら食物の確保だけで十分だと感じるはずだ。
 
 実は、若者をどのように扱っていくのか?ということよりも、若者たちがどのように生きているのかの方が、さらに重要なのだ。
 今の日本が暗いのは、そこのところが一番問題だと思う。

 若者たちが、飛躍できる仕組みをしかなくてはならない。
 それが、年長者たちの重要な役目になる。

 医者の世界を見てみよう。
 私の意見は、日本の医者の世界は最悪の状況だと思う。
 一般に、多くの医師たちは30代ではまだまだ未熟だと認識しているし、社会もそのように扱う。
 医者は40代や50代が中心なのだ。
 問題はそのことではなく、若い世代の知力体力ある医師たちが、自分が若いうちは未熟だと考えてしまうその慣習にある。
 だから外科医でも、手術を十分にさせてもらえなくても、なんだかんだと理由をつけてその組織に長いできる。
 人生はそんなに長くはないのに。
 一般の社会を見てみるといい。
 20代の若い世代の成功者や元気な経営者がどんどん出てきてみんな焦っている。
 それなのに医者たちはのんびりしている。
 定年の年齢は同じなんだけどね。
 それがなぜかというと、医者の世界は50代や60代の年長者たちが支配しているからだ。
 彼らが、自分たちを基準に成功者の社会のイメージをつくっている。
 その価値観を若い世代の医者たちも受け入れている。
 愚かなことに。

 かくて時間と才能が失われていく。

 別に20代で凄腕の外科医が出現しても良いし、30歳そこそこで偉大な内科医が出現しても良いのに。
 そりゃ、無理でしょ、とあなたは考えるかもしれない。
 私は断言する。
 あなたの頭も、彼らにいかれている。

 若者たちが、自らの可能性を制限しているのは見ていて割り切れない。
 古い制度にしがみつかされ、知らぬ間に年老いてゆく。
 それは社会的損失ではないのか?

 謙虚さのない若者は見苦しいが、才能を封印しようとしている若者は惨めなものだ。
 ちりゆく桜の”いとをかし”の物悲しささえ宿らない。

 今一度、おのおの、自己のあり方を見つめなおすべし!
 

 


# by japanheart | 2014-01-25 09:08 | 活動記録 | Comments(1)
ジャパンハート 10年ーその2

昔、昔といっても20年ほど前のことだよ。
私が、海外で医療を始めた頃のこと。

国連やJICAなど、とにかくいろいろな人たちからコンタクトがあったんだ。
理由は、日本のNGOで医療系のものが私以外になかったこと。
そして、私が医者だったこと。

ひとことで言うとこう言われた。
「ちまちま一人ひとり患者を助けてもきりがないだろ!」
ということだ。
もっと、多くの人に影響を与えるような仕事をしてみないか?
ってな感じだった。
確かに、まあ、朝から深夜まで患者たちを診察治療してみて、キリがないという心境であったし、彼らの言わんとすることも一理あった。
しかし、私は結局、ありがたい彼らのお誘いを断りその後も、ちまちまと患者を治療し続けた。
なぜかというと、頭では彼らの言わんとすることが理解できても、心が納得しなかったからだと思う。

医療というのは、患者をちまちま診ることにこそ極意がある。
丁寧に、一人ひとり診る。それが医療にとって大切なことだからだ。
大体、ちまちま患者を診ることを否定的にとらえてはいけない。
世界中、医療というのは患者をちまちま診て成り立っている。
日本でもそうして医者をやってきたのだ。

患者を知る。
患者の家族のことを知る。
彼らの生活を知る。
家族の病歴を知る。
どれも大切なことだ。

私はちまちま診ることを否定することは間違っていると思う。
彼らは医者ではないからそう行動するのかもしれないが、一人ひとりの人生から視点を失うと、どんな良い事業でもやがて結果は思うところから狂ってくると思う。

例を挙げようか。
政治家が、庶民の生活や苦しみも知らず、適当に周りの人にだけ意見を聞いて政策を作っていけばそれは人々を幸せにするだろうか?
第二次大戦の戦争中、ミャンマーでは20万人近い日本人たちがなくなったが、彼らには、一人ひとりに父母がいて、兄弟もいて、こんな子ども時代を過ごし、こんな妻子がいて、どんな風な人間だったとしっていれば、玉砕しろという命令などそう簡単に出せるはずがないと思うがどうだろうか?

人間は、大きなお金や力を持つと、勘違いする。
あたかも自分はすごい力を持ったかのようにだ。

私はだから現場に足を運ぶ。
自らの非力を思い知るためにだ。

別に1万人いっぺんに救わなくても、一人でも二人でも救えたらそれはそれですごいことだと思わないか?

そうやって一人ひとりと積み重ねて結局、数万人になっちゃった。

数万人をいっぺんに助けるべきだと考えていた彼らは今どうしていると思う?

# by japanheart | 2014-01-18 10:25 | 基本 | Comments(1)
ジャパンハート 10年 その1

ジャパンハートを設立してもうすぐ10年になる。
企業は10年で、90%は倒産か廃業するという。
ありがたいことに、何とか10年はやってこれた。

私は大分の田舎の国立大学の医学部を出た。
浪人してから、医学部を目指し、文系から理系に転向した。
頭がもっとよかったらもっと都会の医学部に入っていただろうが、なんせ医者になることが目標で、どこの医学部でもよいという目標を立てたために、大分に落ち着いた。
もし、私が東大の医学部だったらと思うこともよくある。
驚くことに、古い帝大を出た人間ほど、ボランティアの世界でもその後の政財界をはじめとするサポートが多いのだ。
大分は最高に素敵でいい場所だったが、大分の医学部を出てもサポートはほとんどない。
だから大学のつてなど当てにせず、自分でがんばるしかない。
こんなことも結果的によかったのだと後できっと思いたい。

2013年度は海外医療に参加した医師・看護師の数が年間のべ400名を突破する。
これは奇跡としか言いようがない。
わずか3億円程度の規模の組織で、年間400名に及ぶ医療者を海外に派遣している組織などないと思う。
国内の僻地・離島や東北への医療者を合わせると500名近くになると思う。
そして、この数はさらに増え続けると確信している。
英語が話せないと、国際医療ができないと勘違いしている人がいるが、それは誤りだと指摘しておきたい。
どこで誰にどう織り込まれたか知らないが、勘違いしている。
欧米人は、自国の言語で医療活動している。
日本人だってそれでいい場合もある。
そういう場を作れなかったことが、問題だったのだ。

世の中の流れを読む。
そんなことなどできないという人間がいるが、それはあなたができないだけで、私はできると信じている。

これからのキーワードは”点と線”

ジャパンハートも”点と線”で展開する。

では、今までのあり方は何だったのか?
私の意見では、それは”面”戦略だったと思う。

ミャンマーのジャパンハート活動拠点を、アジアに散らばるジャパンハートの活動拠点を、点としそこを線でつなぎ、人がその上を移動し医療を展開する。
 決してその地域に特化し深く広く医療も保健も教育も開発もという”面”での戦略は行わない。
 専門特化された分野のみに集中し、そこを特殊部隊のような専門家が移動する。
 
 皆さんも分かると思う。
 時代がすでに、”点と線”の時代の流れの中にあるからだ。




# by japanheart | 2014-01-12 12:24 | 基本 | Comments(0)
子育てから見る、スタッフ育成

 子育てをしてみて思うことがある。
 子どもを厳しく叱ること、けなす事は果たして教育上、効果があるのかどうか?

 最近では子どもを厳しく叱ったり、時には手を出すこともあるが、そのときも極めて、本当に極めて冷静に状況を見つめながら、子どもを叱っている。
 子どもの表情やそのときの気持ちもひしひしと感じることができる。

 そういうことを感じながら日本の教育界を見たときに、いじめが起こる原因の99%は担任の教師のせいだと分かる。
特に小学校の場合はそれが当てはまると思う。

 その担任教師が、そのクラスという場を支配できていないからだ。
 いくらその性質がある子がいても、その場を教師が支配できていたらいじめが許容される環境は生まれてこない。
 そう考えると教師の質の劣化がいじめを生んだことになるが。質の劣化といっても昔の教師が全部すばらしかったわけでもなく、おそらくいじめは常習的にどこにでもあったに違いない。
 今のように表には出てこなかっただけなのだと思う。

 とはいうものの、教師のレベルの低さと場の支配力の無さがそういう状況を生み出しているの違いない。

 教師の人間力を上げる。それは簡単でないことは誰でも分かる。

 体罰は最高の教育の技術だという人もいるが、それを使いこなすのは真剣を扱うようなもので、未熟な使い方しかできないと、自分も子どもも傷つける。
 私もことの年になって、これだけの紆余曲折を経てようやくわが子への教育的制裁を客観的に眺めることができるようになったのだ。20台や30台の若い教師たちにはそれができるはずもないと感じるが。
 どうだろうか??

 もう一つ。私の考えでは子どもの教育は、引き出すことよりも前に強制的に教え込むことが必要だと思うがどうだろう?

 いやなことは生涯、しなくて済むならばその必要も無いが、人生いやなことをすることが多いのも事実。
 そして、いやなことは若い時代にしか取り組む寛容性が無いのも人間の習性だ。
 だからこそ、若いうちに苦手なことや嫌なことに取り組まないと生涯、取り組む機会は極めて少ない。
 このときに自分の性格や生き方の癖を直すことができるのだ。
 いびつな形を円に近づけるイメージだ。
 
 子どもの教育は、嫌なこと苦手なことにも否応なく取り組ませる必要性は大いにある。 どうせ成人したら誰も嫌なことなどしなくなるし、避けて通ろうとするに決まっている。

 ほめる教育。
 けなす教育。
 フランスはけなしてばかりだという話を聞いたことがある。

 子どもだったら、けなす教育は大いに成果を発揮すると思う。
 ほめる教育は弊害が多いと感じるし、むずかしい。

 しかし、ジャパンハートのスタッフたちのような成人に関して言えば、けなす教育は、あまり効果がないかもしれない。
 もうすでに、時期が遅すぎるのだと思う。
 一応、けなして育ててきたが、育った人間はみな立派に活躍するが、離脱者が多すぎる。

 これから、さらに熟考しなければならない。

 甘やかされて育った人間は始末に終えない。

 



# by japanheart | 2013-12-23 10:52 | 基本 | Comments(1)
ジャパンハート総医療局 構想

派閥主義から個人単位へ、という流れと封建制度的な要素を持っている集団の弱体化は同じ流れの中にある。
白い巨塔のイメージに代表される従来の「医局」は、どんなに仕組みをいじり大学側が抵抗しようとしても、かつての栄光は戻ることはないと断言できる。
 なぜならば、それらは世の中すべての流れの中で起こっている出来事であり、医師を取り巻く環境だけが独立して存在しているわけではないからだ。
 あらゆる前近代的な思想や仕組みはそのスピードはともかく、崩壊していく途上にある。

 早く身をひるがえし、変革を行ったものは生き残る可能性が高い。
 無理やりにある種の強制力によって変革させられたものは、想像以上に悲惨な結果になる可能性もまた高い。

 約10年前に始まった研修制度の変革とともに、大学医局に入る人の数は減少の一途をたどっている。
 数こそ力でやってきた医局だから、数の減少はすなわち力の減少を意味する。

 新研修制度の始まる前、H15 大学に入局する医学部卒業生はや70%強だった。
 (ちなみに私が卒業した頃は95%といわれた。)
 今は反転し、4割くらいしか大学に入局しなくなっている。
 10年間入局医師数が減り続ければ、たとえはじめ100人医師がいても、半分くらいにはなってしまうだろう。
 すなわち、半分の力になってしまうということだ。

 なぜそうなるか?
 厚生省のせいではない。
 時代の要請だというのが私の見解だ。

 単純に、大学にそんなに医師を抱えないで、先端医療と研究機関・教育機関としての立場をしっかり確保すればいいのにと思うが。
 いい研究、いい教育をすれば、若い医者はいくらでも学びにくると思う。
 それをしないで医師ばかり集めていても仕方ない。

 時代は、派閥主義から個人単位に、時代がすごいスピードで動く。
 個人でいいと思った場所へ、人が移動していく。
 偉い教授の命令で動く時代はもう終わりかもしれない。

 そんな時代に、私は新しい仕組みを提唱する。

 それは個人がある方針のなかで、緩やかにつながった仕組みだ。
 そこに強制は無い。
 あるのは、参加する個人の自由意志だ。
 その大きな方針とは、”社会貢献”という意思の輪だ。
 この輪の中に入りたい人々が自由に出入りできるそんな仕組みだ。

 医師だけでなく、看護師も、その他の医療者も、医療にかかわるものであれば誰でもその輪に入ることができる。
 それぞれが、名前・職業・専門・卒業年月日とメールアドレスを登録する。
 それぞれの職種に合わせてジャパンハートが、情報を提供する。

 たとえば、海外の緊急救援の医師や看護師を募集するときは、このアドレスに直接、メールが飛び込んでくる。
 たとえば、離島で産休に入った看護師の代わりに1ヶ月間の離島病院からの要請があれば、看護師のみにメールで募集がくる。
 あるいは、短期ボランティアの海外医療情報やスタツアなどの情報も、その最適な職種ごとにメールで連絡が入る。
 医師に看護師に関係する、あるいはその逆の情報が来ることはしない。

 希望者は、それに応えればいい。
 こちらからの強制は一切ない。
 登録自体には、費用も一切発生しない。
 登録にはデメリットはないようにしてある。

 こうして、海外・国内で社会貢献をしたい医療者が精神的に所属する仕組み
             ジャパンハート総医療局
 と呼称する。

 近い将来、この登録をできるようにしていきたい。

 海外医療、国内地域・僻地医療、緊急救援活動は医療者ならばもう誰もが当たり前にしていい時代だ。
 
 新しい仕組みを日本の中でどんどんつくっていく。
 20代と30代の世代が活躍できないような仕組みやあり方には魅力を感じない。

 緊急救援だって、どこの組織も上のほうから、おじさんおばさんに占拠されている。
 これではいけない。
 世界で戦っていけない。

 この時代遅れの日本の医療界に、若い世代が活躍できる組織を、一気につくっていく。

 
 
 
  








# by japanheart | 2013-12-16 02:46 | 基本 | Comments(0)

25歳の女性の話

25歳の女性の話

 その人は、生まれつきの腸閉塞だった。
 肛門が無かった。
 だから便が出なかった。

 生まれてすぐに手術して人工肛門を造った。

 それから25年人工肛門はそのままだった。
 肛門の手術をした。

 彼女には恋人がいた。
 恋人は、彼女の病気のことは知らない。

 人工肛門を直す手術は2年前に行った。
 簡単に言うと、口側の腸と、お尻側の腸をつなぐ手術だ。
 もっと簡単に言うと、2本のパイプをつなぐ手術。
 
 ところが、問題があった。
 そのパイプ、すなわち腸の大きさが4倍も違うのだ。
 4倍の大きさの入り口がある腸を縫い合わせなければならなかった。

 手術は、当時ミャンマーに来ていた日本の外科医が担当した。
 そして1週間後、便が漏れた。縫ったところに大きな穴が開いたのだ。
 おそらく、上側の腸が大きすぎて便がたまり、下のほうに縫った腸の中へ上手く通過しなかったためだと想像できた。
 そして再び、人工肛門を再度、逆戻り。

 仕事の持っているため、長期になかなか休めない。
 この国では、長期休みはすなわち、退職を意味する。
 
 そして2年。ようやく時間を確保して、今回、再び人工肛門を造ることに。

 前回の、便の漏れのせいで大腸も幾分か切除され、短くなっている。

 お腹を開けてみると、今度は6倍くらいの大きさに上下の腸の大きさが違っている。
 
 そして決断。

 拡張したすべての腸を切除した。
 大腸は、半分の長さになった。

 あれから10日間。
 今は元気に、おかゆを食べている。

 これから、25年以上の彼女の人生とは違う人生が始まる。
 恋人とも結婚も視野に入れていくだろう。

 彼女のために手術をしてくれた医師たち、看護師たち。
 お金を出してくれた人たち。
 ずっと飽きずに連絡を取り続けてくれたスタッフたち。

 すべての人たち苦労が報われるのは、これからかもしれない。

 たった一人の人間の人生を変えるために、一体、どれほど多くの人たちがエネルギーを使ったことだろう。

 医療というのは、こういう地味な世界だと肝に銘じなければならない。
 
# by japanheart | 2013-12-13 08:51 | 活動記録 | Comments(0)
公休もらって国際医療へGO!

 先日、長崎県医療企業団とジャパンハートの間で正式にジャパンハートの海外医療サイトへの短期ボランティアが研修として認定された。

 長崎県医療企業団は、長崎県が主催する対馬や五島列島のなどの離島の病院および島原市や雲仙市などの公立病院を束ねる医療団のことだ。
 この地域の病院に半年以上、看護師や医師として勤務したものは、ジャパンハートの海外医療サイトでのボランティア活動が研修として認められ、正式に公休をとって活動に参加できることになった。有給や休みを取らなくてもいいわけだ。

 実は、対馬や五島はその病院が最終受け入れ先になることも多く、離島とはいえ比較的大きな病院が存在し、検査もほとんどそこで可能になっている。

 都会の看護師たちはぜひ、生涯一度は、1年、せめて半年は、僻地や離島での医療を体験してもらいたい。
 きっと、ジャパンハート看護師たちが声をそろえて言うように、本当に勉強になる素敵な時間になるはずだ。
 もちろん、給与もしっかり保障してくれる。しかも、海外医療にも参加できる。

 公立の機関が、勇気を持ってNGOと組み、人材確保に乗り出したことは特筆すべきことだ。
 そうしなければ、10年後は取り返しのつかないことになっているかもしれない。
 施設はあっても、結局は医療は人が行うものだから。人あってこその医療だ。

 企業団の理事長の先見の明と副企業長の努力はすばらしいと思う。
 裏で力を貸してくれた、佐世保区の政治家の人も知人で佐賀県のNGOーMIS代表の古賀氏にもこの場を借りて感謝したい。

 今後の僻地の医療の未来は、都市部の医療者をどう循環させるかにかかっている。
 おそらく、意気揚々と自ら都市部の医療者が僻地に乗り込んでいくことが当たり前になるにはあと20年くらいはかかるだろう。まだまだ、医療者は都市部に集中するだろう。
 まだ、時代はそこまでいっていない。
だから、何かしら魅力ある仕掛けを都市部の看護師たちに示しながら、僻地医療を支える流れを作らないといけない。

 田舎の医療は、信頼関係で成り立っている。
 都市部では、人間関係が機能的な関係になりがちだろう。

 都市部の医療に疲れたら、一度離島に行ってみるといい。
 きっともう一度、看護の魅力に気づくに違いない。

 そのときは、ジャパンハートにぜひ声をかけてもらいたい。
 信頼できる僻地離島の病院を紹介してあげることができる。

 来年あたり、ジャパンハート主催でツアーを組んで看護学生を大量に、離島医療体験でもさせるかな。

 海外医療パートナーシップ推進事業


# by japanheart | 2013-11-30 03:13 | 活動記録 | Comments(0)

憐れ、日本大企業

憐れ、日本大企業

今も、フィリピン台風の支援は続く。
昨日は200名の患者たちが押し寄せ、120名しかみれなかったそうだ。

東北の大震災のとき、ジャパンハートを支援してくれたのは誰だったか?

一般の日本人。
外国の企業。

今もジャパンハートを支援してくれているのは、ドイツのルフトハンザ航空であり、BMW、アメリカのインテルだ。
もちろん、同支社の日本人たちの尽力は大切な要素だ。

日本大企業は、全く、その気は無い。

ユニセフや日赤には、中身も確認せずに意気揚々と寄付をする。
JAlの機体には堂々と、ユニセフのロゴが刻まれる。

馬鹿な人たちだと相変わらす思うのだ。

中身もしっかり、確認せず、詳しくも知らず、ただ、それを何十年も続けている。
外国企業では、申請し中身をしっかり評価して、そしてお金が下りてくる。

そうしてもらったお金だ。

日本の大企業のこの前近代的なメンタリティーとあり方は何とかならないものか??

だから庶民の寄付が、無駄になる。

大企業群のこの偉そうな上から目線の、新しい力を無視したような、あるいは否定したような態度は、絶対に修正を迫るつもりだ。

このような大企業のあり方は、少なくとも日本の恥だと思う。

時代はすでに、次の段階に進んでいるのに。




# by japanheart | 2013-11-24 13:26 | 活動記録 | Comments(2)

大切な時間

大切な時間

昨日23時、まだ働いている理髪店があった。
どのくらいの時間を一日に働いたのだろうか?

若い頃、40時間以上は連続で少なくとも働くことが当たり前だった。
当直も、週4回した頃もあった。
寝ているのが、なんと電車などの乗り物を乗っている間だけという時期もあった。

でも幸せだった。

家族を持ち、子どもと過ごす。
それはそれで幸せな時間だと思う。
でも、そればっかりではいつか、子どもたちがうんざりくる。

お金だけのためでなく、無我夢中で働くことは、そんなに損なことか??
私はそうは思わない。

趣味を持てばいいという人もいるだろう。
でも、趣味は所詮、趣味だ。
本道ではない。

人生で一番長く時間を過ごす仕事。
この中で、自分に一番の生きがいの時を設定するするのは、道理にかなっている。
しかも、人生の中で、若くすばらしい時間を犠牲にしているとしたら。

理髪店の中で、働くと人を遠くから眺めながら、うらやましいと心から思った。
あんな風に、一生懸命に働かなくては、人生、損だと思った。

やればやるほど深みのある何かを求め続ける、そんな人生を歩みたいものだ。
一生、前を向いて進める。

仕事を馬鹿にしてはいけない。
なめてはいけない。

それこそ自分の人生を輝かせてくれるものだ。

時間を大切にするには、目の前にある仕事を大切にするということときわめて近似的な関係にある。




# by japanheart | 2013-11-18 10:20 | 基本 | Comments(2)
フィリピン台風被害緊急支援

 今回、フィリピンのレイテ島を中心に襲った台風被害に対して緊急支援を開始することになった。

 医師2名、看護師2名、ロジ1名の5名を第一陣で送り込む。
 今年開設した、タイのバンコク事務所を拠点に支援を行う。
 もちろん日本からも、スタッフが各地に向かう。
 
 私は本来、その国に拠点が無い場合は支援はしない方針だった。ジャパンハートはそういうスタンスだった。
 ミャンマー・日本・カンボジア・ラオスなどは事務局もあり、ロジがしっかりしているので、活動はすぐに軌道に乗るだろうし、やるべきこと、サポートすべきこともしっかり把握できるので、効果が上がりやすい。

 しかし、フィリピンにはそれがない。
 行き当たりばったりでは、何もできない。

 しかし、またもや支援をしたいと、海外のスタッフから連絡が入った。

 それであまり乗り気でなかった。
 医療者は何とでもなる。
 しかし,兵站をどすうるのか?

 これがもっとも大切だ。
 これが確保できるのか??
 
 まあ、しかし、ロジは、外部から精鋭を招き入れた。
 すでに現地でのさまざまな状況やネットワークを確保したらしい。
 それでようやく、私も不安ながら、GOサインをだすということになった。
 果たして上手くいくかどうかは不明だが、本日、先遣隊が出発する。

 ミャンマーの津波のときもそうだったが、若い人間が前に出るときに、私はあまり止めない事にしている。
 行けば、医療専門職ゆえ、邪魔になることはあるまい。
 しかし行くからには、どこの組織よりも、確実に成果を上げてほしいと願う。

 そういえば、ミャンマーのサイクロンそしてそれに続く津波のとき、日本政府の医療団は、かなり遅れて入ってきた。
 まあ、いつものことながら、遅すぎるということかな。

 私たちは海外での医療活動のために生きているから、せめてアジアで災害があったときは、真っ先に飛んでいって、被害者を救うことができれば有難い。

 まだまだ課題が多いが、組織も人間と同じ。
 経験を一つずつ積み重ねるしかない。

 とりあえず、今日、ジャパンハートは飛び発つ。
 


# by japanheart | 2013-11-13 01:56 | 活動記録 | Comments(3)

日本は変われるのか?

日本は変われるのか?


 最近、”いのちの授業”を小学校ではじめた。
 私には、これをしなければならない理由があるからだ。
 単に、子どもたちに私の人生を伝えるためではない。

 運命か?
 この授業がスタートした場所は、佐世保の公立小学校で、10~20%の生徒がアメリカ人の子どもだった。

 日本は1941年、戦争に突入した。第二次世界大戦、すなわち大東亜戦争(この名称はGHQによって禁止され、太平洋戦争と変えられる)。
 ミャンマーでは30万人の日本人が戦争に参加し、20万人程が亡くなった。
 日本全国で約300万人が亡くなったのだ。

 国内外で、日本人たちに求められたのは、生きて捕虜にならないという考えだった。
 中国という国際法という認識すら無かった人々を相手に戦っていたせいかもしれない。
 つかまって、串刺しにされたり、足を裂かれたりして殺された話は、たくさんあるから、自分で死んだほうがいいと思ったのかもしれない。
 
 ミャンマーでも、無謀な玉砕が繰り返される。
 刀で、イギリスの戦車隊に切り込む話は何度か現地の年寄りから聞いた。
 最後は、死ぬ。
 机上や希望的観測で無謀な作戦が立案され、そして飢えと病気で多く死に、戦闘で玉砕する。

 何で死なないといけなかったのか?
 といつも、考える。
 生きようとしたらだめだったのか?
 生きて、再起をかけ、もう一度、敵に挑んではいけなかったのか?
 戦争は、戦闘だけではない。
 多くの若者が生きていれば、きっと戦後もっと日本は早く復興したに違いない。
 次世代があれほど、生きる道を迷わずにすんだかもしれない。
 
 しかし、命令は、生きて帰るな!だった。
 命令を下した人たちは、早めに逃げ、そして責任も取らなかった。
 今でも、日本でもよくある光景だ。
 あれだけ、たくさんの若者を殺しておいて、職を辞したり、階級を下げる程度で済ませていいのだろうか?
 日本政府も、官僚も、どこかの電力会社も、同じじゃないか? 今でもきっと。

 何が間違っているんだろう?
 いや、何を日本はあの戦争から学び、何を変える必要があるのだろうか?
 
 それを私たちがしなければ、戦争で無くなった300万人は浮かばれない。
 ミャンマーの大地に無くならなければならなかった20万人の慟哭が聞こえる。

 私はミャンマーで使命を背負った。
 いのちや一人ひとりの人生の大切さを、亡くなった20万人から受け取りそれを日本に伝え、そしてその文化を創っていくという。
 だから、はじめた”いのちの授業”なのだ。

 日本人には、あなたの人生やいのちは大切だから、いのちは粗末にするな、何が何でも生き延びよと、教えなければならない。

 
 私は、今、日本政府と交渉している。
 ミャンマーの心臓病の子どもを救うための交渉を。
 100人の1人の子どもが、心臓病で生まれ、そのほとんどが幼くして死んでいく。
 子どもの心臓外科医が一人もいないからだ。
 
 しかし、厳しそうだ。
 彼らは言う。
 命に直接かかわる場合、もし患者が死亡すれば、国と国との問題になると。
 
 しかし、私は言いたい。
 そんな問題にならない!と。
 なぜならば、この子達は、手術をしなければどうせ死んでしまうからだ。
 どうせならば、治療を受けれて死んだほうがまだましだ。

 海外の人々の命を助けることは、日本人の命を助けることにつながるのだ。
 なぜならば、こういう活動を通じて、私たちは命というものはかけがえなのないものだという文化や概念を、自らの国の中に創っていくことができるからだ。
 そしてそれはやがて、戦争や災害のような危急のときに大いに発揮され、それにしたがって人々は行動するようになる。
 だから、いのちを救う作業は、日本人のためにやっている作業でもあるのだ。
 その日本人とは、自分たちよりもむしろ私たちの子孫のことだ。

 また、上の人間がそれをできないと言ってのけるのならば、この国はやはり、あの戦争からもっとも大切なことを学んでいないということだ。
 悲しい国だ。
 まだ、学んでいない。

 でも、私は、せめて私だけでも、それをやりたいと思う。
 あの戦争でなくなった300万人の人に、申し訳ないから。
 あの世に行ったときに、顔向けができない。

 講演会のときに小学生たちにこう言ったんだ。
 首相に手紙を書いて!
 私の話は届かないかもしれないが、君たちの手紙ならば届くかもしれないからと。

 なぜならば、君たちは私たちの”未来そのもの”なんだ。
 だれでも”未来”からのメッセージには耳を傾ける。
 
 未来からのメッセージを政治家や役人が無視したら、もうこの国は終わりだと思う。

 

 

# by japanheart | 2013-11-09 01:36 | いのちの重み | Comments(1)

いのちの授業

いのちの授業

 今年から小学生を対象に、”いのちの授業”を始める。
 一クラス程度の少人数相手の授業にしたいと思っている。

 小学生の講演会を全校生徒にといってよく頼まれるが、それが平等だと教師たちが勘違いしている節がある。
 小学校の1年生と6年生に同じ話をしても、同じように理解はできない。
 低学年には低学年の話し方があって、それをすると高学年は興味を失う。

 しっかりいのちについて理解してもらいたいと思えば、どうしても高学年に焦点を与えることになる。

 そうすると、低学年はきっとあまり分からないだろう。
 相手の理解度も無視して、一部の人たちに理解できる内容をすれば、それこそ私は不平等だと思うがいかがだろうか?

 たった60分程度の話のなかでは限界がある。

 話を戻そう。

 いのちの授業は、無料で行う。
 交通費は負担してもらうが、講演費は無料。

 子どもたちにいのちについて理解してほしければ、自分のいのちを相対化するような経験を持たさなければならない。
 人は他人と比べて初めて、自分の立場を理解する。
 
 安全で、解毒化された日本の子どもたちに、打ち込む予防接種みたいなものだ。
 社会が、親が、面倒見すぎているのかもしれない。
 大人から見て気の毒なことが、本当は子どもにとって必要なことだってたくさんある。

 そういえば、ずいぶん前にミャンマーの子どもが亡くなるストリーを写真を少し入れて小学校かどこかで話したことがあった。
 あとで校長に、あの話はちょっとまずいようなことをと言われた。
 結末が不幸になるような話はしないでほしいと言う。

 世界は、不幸で満ちている。
 世の中には、残酷な世界もあるんだ。

 それを知ることも大切な教育だと思う。

 おとぎ話の世界だけを、子どもに押し付けてどうする?

 人は死ぬ。
 人は病気になる。
 
 別に、不思議なことではない。

 いのちの教育は、人が死ぬということから、教えていかなければならない。
 
 
# by japanheart | 2013-11-03 08:18 | 子どものこと | Comments(2)

停滞するということ

停滞するということ

最近はどうも停滞気味。
 実は私は停滞を、マイナスには捉えていない。
 特に年齢のせいもあるかもしれないが、そういう心持ちになっている。
だから、焦燥感はあるが、悲壮感はない。

 何でも上手くいきすぎると、なんだか得体の知れない不安感に襲われこのあと急落下するんじゃないかという思いに捕われる。

 それと逆に、停滞があるとそのあとなんかいい事があるんじゃないかというこれまた得体の知れない思いが押し寄せる。

 まるで生体防御反応のようだ。

 中国の昔の考え方に、中庸(ちゅうよう)というのがある。
 調べてもらえばいいが、まあ、極端に触れないあり方がもっとも理にかなっているという考え方。
 中国の医療の考え方も同じ、体が悪いのは、陰陽のどちらかに極端に引っ張られているので、真ん中に戻すという考え方だ。

 これは生来のものか、親から織り込まれたものか、どうも私には楽観的な部分があり、ピンチのときにはいつも何だかきっとこの後はすごいいいことにつながっている気になってしまう。
 現実にはそうでもないときも多いが。

 たとえば発酵とは、腐らすことだ。
 発酵がなければ、ワインは生まれない。
 人間も同じ、一回、つぶさないとその先の世界には進めない。

 たとえば熟成とは、天の調整時間だ。
 天が、発酵状態の存在に意味と価値を与える時間だ。

 発酵と熟成期間を、私のかなでは停滞と位置づける。


 早く、早くと焦るわが心を、もう少し待て!と天が諌める。

 10代の頃の私は完全にいけてなかった気がする。
 腐っていたかもしれない。
 でも、そのとき思っていたんだ。

 きっと40歳になったら花開くんじゃないかって?
 発酵に20年以上かかった。

 まあ、人生はそんなものだから、焦らずにいけばいい。
 でも、毎日を疎かにしてはいけない。
 おいしいお酒をつくるときは、毎日誰かがしっかり見ている。

 あなたの人生を見ているのは、神様かもしれない。
# by japanheart | 2013-10-27 10:44 | 医者の本音 | Comments(1)

子どもを裏切るなよ!

子どもを裏切るなよ!

 このブログを読む前に、このタイトルが単数形すなわち、子どもたちではなく、子どもになっていることが大切だからと忠告しておく。

 私のところへやってくる多くの人が、医療者を目指したきっかけを語る。
 自分が医者になたきっかけは、看護師になったきっかけは、途上国で貧しい人たちのために医者をしたかった、看護師をしたかったからだと。

 翻って、現在は、家族を持ち、どっぷりその日本医療の世界につかり、あるいは結婚して、はたまた、親の健康状態がよくなくて、、、。
 そこはさまざま理由があるわけだ。

 そういえば、私は長男が生まれたとき、月齢3ヶ月までその手に抱けなかった。次男のときも然り。
 うちの親は、常に瀕死の時に私はせっせと海外で自分の父親ではなく、他人を助けていた。
 
 まあ、何でもいいけど。
 そして。大方の人たちは私にこう聞いて来るんだ。
 「なぜ、海外で医療を始めようと思ったんですか?」

 それは今、日本で流行の私の”個人情報”ですからと、言おうと思うが、根が優しい私は丁寧に応えてあげる。
 本当は、なぜ私がこれをはじめたかよりも、なぜあなたがそれを始めなかったのか!それが問題なんだ。
 
 
 多くの人間が医療者を目指すのは10代でしょ。
 ほとんどの人がそうだ。

 まあ、どんな夢だって10代に持つことが多いんじゃない?

 私はそういう輩に最近はこう言う訳だ。
 「あなたね、10代の自分の夢をかなえてあげなよ。」
 「今あなたが、それをできるのにしていないということはね、10代の頃の自分自身の夢を裏切っているよ。」
 「10代の頃の自分は、お金のことや地位のことなど眼中になかったろ?なぜ、お金を少し稼ぐとそう言うんだ?」
 「10代の自分を裏切った自分は、自分をこころのそこで信じることができなくなるよ。」
 「またそうやって、今がんばっても将来の自分を裏切るんだろ?」
 「そうやって、裏切り続けて一生を終えるわけだ。 うらやましいね!!」

 おおくの人に言いたいのは、世界中のすべての人が疑っても、だめだといっても、できないとあざ笑っても、
 せめてね、自分だけは信じてあげなよ、自分自身を、自分のことを。

 自分の夢は、自分だけの宝箱じゃないのかな?
 それを開けてみなよ。
 たぶん、すごいものが眠っていると思う。
 
 私は今までもあちこちで、子どもたちに夢を!というスローガンを聞いてきたが、、。
 
 その前に!!!

 まず、てめえの夢をかなえろ!
 お前が、まだ若く、純粋で、損得など計算できもしなかったあの頃持ったその夢を、それをかなえてあげろ!
 そんな純粋な子どもを裏切るなよ! 
 いい年になった大人が、裏切ったり、だましたりするなよ!

 あなたが、最も大切にしなければいけない若者は、ほかの誰でもない、子どもの頃のあなただろ?
 
# by japanheart | 2013-10-14 16:20 | 基本 | Comments(0)

5%の実感

5%の実感

 最近特に感じることがある。
 人は、どのようになれば満足した生き方というのだろうか?
 時間を忘れ、無我夢中で生きている、そういう状態以外に、果たして満足とか充実とかいう瞬間があるのだろうかと?

 冒険家 植村直巳はなぜに、死すまで冒険を続けたのか?
 イチローはなぜ、いまさらヤンキースへ移籍したのか?

 最近は、彼らの気持ちがわかるようになってきたと思う。

 人は、1000メートルの山を登ると、2000メートルの山を目指し、やがて地球上に存在するすべての頂きを制覇する。
 しかし、そこで終わりを迎えないのだ。

 人という性は、さらにその人に過酷な運命を要求する。

 その次に、人は地上に存在する最も高い頂きに、再び挑戦をする。
 しかも、前回よりもさらに過酷な条件を自分に課すのだ。
 前回よりも、険しい経路を選択をする、装備を不十分にする、たった一人で挑もうとしたりもする。

 その前回との違い、そのわずか5%のストレス、その5%の過負荷がその人の生きている実感となる。
 それが重過ぎると、すべてを失うことにもなる。
 それが軽すぎると、生の実感を感じることができない。

 悲しい人間の性かもしれない。

 上を目指しても人間はもう十分だと満足することはない。
 上に到達すれば、必ずもっと上を目指すことになる。
 そしてどこまでも、どこまでも満足しない。
 そして、現状にとどまることは、上を目指している人間にとっては、半ば死んでいるような状態と感じるのだ。
 生きていても、生きている実感がわかない状態。
 そういう人間には5%の負荷が必要になる。
 この5%の負荷を背負っているときだけ、その人は本当に生きている。

 この5%といつも向かい合っている人間は、現状にとどまっている人間の群れが、景色にしか見えない。
 違う世界の生き物に見える。
 まさに現実の世界と、霊界が同時に存在し、死者と人間が歩いていても交差するような世界を見ていることになる。
 
 そんなストレスを抱えて生きなくてもいいのではないかと思う人間も多いだろう。
 しかし、私の経験からするとこれは、どうしようもなく運命的な匂いがする。
 
 しかしながら、どんな人間も道を究めていけば、仕方なく放り出される世界であることも事実だと思う。

 どちらの道を行っても、終着駅は、死。

 人はなぜそこを目指すのか?
 
 本当の快楽とは何なのか?
 本当の快感とは何なのか?
 
 本当の快感は、本当の快楽は、必ず苦痛や苦しみを含むものだと理解しなければならない。
 うれしさだけの、喜びだけの、快楽や快感は、もっとレベルの低い程度のものだ。

 究極の快楽・快感は、激しい苦痛と苦しみのその先にある。
 それは経験したもののみ分かる世界だが、それを知ってしまったものは、本能でそれを求めるようになる。

 植村直巳もイチローも、その快感の中毒といえるかもしれない。
 
 
# by japanheart | 2013-10-01 01:03 | 活動記録 | Comments(1)

足場を確保する

足場を確保する

 ジャパンハートでは年次ミーティングを4月に行う。
 今年はすべてのプロジェクトの報告を聞くだけで、3日間かかった。

 ジャパンハートという組織をつくってから9年目。
 たった数人ではじめた活動がそうなった。

 おそらく詳細を聞けば多くの人は驚くだろう。
 少ない予算でこれほど多くの人が動き、これほど多くのアウトプットを出していることに。

 展開する活動に、予算がついていかない。
 今まで多くの大企業にも知見を得たし、政府の予算を当てにしたいことも度々だった。

 しかし、軒並みだめだった。
 彼らほとんど振り向かなかった。
 とんでもなくどうでもいいプロジェクトや団体、不正がはびこっているあるいはろくな使い道もないのに、集金能力だけに長ける組織にそのような企業は協力し、日本政府もそれを後押ししているのを何度も経験してきた。
 むしろチェックの本当に厳しいわずかな財団や組織だけが私たちを支援してくれているというおかしな事態になっている。

 もしジャパンハートが、アメリカにあり、アメリカンハートなる組織であったなら今頃、すでに規模は10倍以上になっていると思う。
 日本社会に、日本の支配層に失望しながらのこの10年だった。
 そしてこれは今でも続いているのかもしれない。

 このような苦しい状況の中、少なくとも私たちを支えてくれたのは個人単位の市井の人々だった。
 もしかしたらそここそを”日本”と呼ぶのかもしれない。

 そして、いつも思うのはこつこつでもいいから、大きな幸運など期待せず、自分たちで、自分たちの力で少しずつ、少しずつやって行こうじゃないかということだった。

 そうやって足場を固め、確認し、地道にこれからもやって生きたい。

 結局、人間は自分の手に触れるもの、しっかり自ら摑んだものだけが、本当の収穫になる。
 どこか誰かの大きな力によって身の丈以上に大きくなってしまうとしたら、醜いぶくぶくの腫れ上がった得体の知れない組織になってしまう。
 
 そしてそこで働く人々は決して、幸せにはなれないような気がするのだ。

 いつか大きなホームランを打ってやろうと心に決めている。
 野球の選手が、バッターボックスに入ったとき、何度の何度も足場スパイクでしっかり作るように、
 今、しっかりと足場を固めてみたい。
 
 いつの日か、その弾道が
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多くの人々の心を酔わせるようなアーチを描いてみたい。 
 
# by japanheart | 2013-09-21 01:27 | 活動記録 | Comments(1)
迷走するくらいなら時間を忘れろ

 今でも多くの迷子たちがジャパンハートにはいる。
 どこでも、どこの組織でも同じかもしれないが。

 これからどうしていったらいいかわからない。
 自分が何をしたいのかわからない。
 何となく、気力がなくて、どう生きていいのか分からない。

 何をしたいのかは、私だって分からない。
 神様があなたにだけ特別に教えてくれるわけではない。
 衝撃的に、これをやりたいとか、これを手に入れたいなどと思うのは人間あまり人生で多くは経験できない。
 あるのは、何にもないような日常が、ただだらだらと続く。
 ほとんどの人が、そんなもんだと思う。

 場所を変えようが、やることを変えようが、すぐにこの世界に再び埋没する。
 人生を変えるきっかけがほしい?
 どうせ、きっかけをあげても、あなたはしないだろう。
 何度も同じパターンの憂鬱で、不安感たっぷりで、生の実感が乏しい人生を送り、やがて年おいて死んでいけばいい。

 私の人生でないから、別に気にしない。


 あなたが、もしも本当にこの不安な、迷走した、人生から抜け出したいと思うならば、私には妙案がある。

 興味ない人や、今までどおりに人生を歩みたい人は、ここで読むのをやめてほしい。
 どんないいアイデアでも、絵に描いたもちになる。
 簡単に、それから抜け出せると甘く考えている人間も、時間の無駄だから読まないほうがいい。
 人生は、生老病死、苦しいものだ。


 私があなたに示す案は、”没入”というアイデアだ。
 一旦そこに入ったら、しばらく出てくるな。

 国際医療に世界にはいったら、つべこべ言わずに、時間を忘れるくらいやってみることだ。
 あれもこれもと考えるな!
 考えてもどうせ実力がない人間は、どれも自分のものにはできない。
 勇気を出して飛び込んだのなら、そこで時間を忘れ、我を忘れるくらい必死になって、しがみつけ!
 人生、そんなに何度も勇気が出ないだろう?

 私はもう、狂うほどに、やりきったといってみたら、自分に返れ。
 本当に何もかも忘れ、あらゆる力を振り絞り、やりきってたら誰だって新しい世界が開ける。
 その虚脱感の向こうに、その停滞感の向こうに、新しい世界は必ずある。

 人生は一回きりだということを、忘れない。
 
 私が小学生の頃、同級生500人にヒーローは数人しかいなかった。
 今は、あっちこっちに社長や部長や、取締役や先生たちがたくさんいる。
 自分が子どもの頃、この人たちの多くは脇役で引き立て役で、ヒーローでも何でもなかったはずだ。
 どうして、こんなに大人になると、偉い人が増えるのだろうか??
 私は、大人の世界は、子どもの世界よりもレベルが低いのだと考えている。
 だから、ちょっとした勝利者になるのはそう難しいことではない。
 子どもたちは安心して大人になっていい。

 しかし、何をやっても面白かった子どものときより、没頭できるものが少なくなってくる。
 子どもの頃に戻り、もう一度そこからはじめるしかない。
 一度少しでもやりたいと思ったことは、我を忘れ、時間を忘れ、没頭してみたら?

 年取って、もうすぐお迎えが来るときに、自分の人生に小銭を残したり、銅像を残しても仕方ない。
 もうほんとうに、いろいろあって疲れたな、、、、そろそろ休みたくなったといいながら、あっちの世界にいくのもいい。


  迷っているな、と思ったらつべこべ言わずに、目の前にあるそこにもうこれ以上無理ですというくらいのエネルギーを落としきってから、もう一度、顔をあげなさい。
 次に、顔を上げたときは、世界が少し色が変わっていることに、気づくだろう。
 そしたら、また顔を下ろして、目の前のことにまたエネルギーを注げ、時間が消えるくらい必死に。
 
  ”分かった??”


 
 
 

 
 
 
# by japanheart | 2013-09-15 02:48 | 基本 | Comments(2)
基本的な事柄は人生をつくる

 今カンボジアにいて、短期参加者たちに朝から怒った。
 「おはようございます」の挨拶もできない。
 こちらからしても、返事をしているのかしていないのかわからない。
 こっちには全く聞こえないので、無視しているのと同じなわけだ。
 礼儀正しかったかつての日本人は幻となった。

 カンボジア人は、ちゃんと挨拶をしてくる。
 しかもスタッフたちは日本語で丁寧にしてくれる。
 この差は、なんだと思う。

 挨拶をしろ!!と怒れば今やパワハラだ!とやられるに決まっている。
 しかし、企業は大体挨拶もできない人間は採用などしない。
 はじめからアウト!
 上司もパワハラをすることもない、かもしれない。

 しかし、ここでは言わせてもらう。
 挨拶しなさい!できなければ帰りなさい。

 ここへ短期でくる人間は数日しかいない。 
 ここはカンボジア社会であり、そしてジャパンハートの団体の活動の中だ。
 彼らははじめ異物であり、部外者だ。
 この社会に、この組織に受け入れてもらわなければならないはずだ。
 だからこそ、自分からカンボジア社会やジャパンハートのここのスタッフたちに受け入れてもらう努力をしなければいけない。
 自ら挨拶をし、自ら笑いかけ、自ら前に出て自分の存在をアピールする。
 そうしなければ、数日間はあまりに短すぎる。

 ジャパンハートだって、そんな人間には来てもらわなくてもいい。
 ちゃんとコミュニケーションを取り、人間関係を持とうとする人に来てもらいたい。

 彼らは皆、自分を変えたかったり、多くの友人を得たかったり、病人たちのために働きたかったり、さまざまな動機を抱えてここへくる。
 確かに、知識として、こういう時にはこのように声をかけなさい、このように笑いかけ、このように目線をあわせと教えられているだろう。
 そしてそのようにして見せることもできるだろ。
 しかし、そんなの本心じゃない。
 本心じゃないから、頭で考えたことで、心から行っている行為でもない、だから、すぐにぼろが出る。

 自分が忙しいときには振り向きもせず、話もろくに聞かない。
 患者にはいい顔をしても、同僚や部下には冷たい。
 仕事は、いい加減で、いつも他人のせいにする。

 どこにでもいるだろう。
 そういうあなたもそうではないか??

 挨拶は、他人と世界が混ざり合う最初で最小の、入り口になる。
 それを無意識に拒否しているということは、何を意味するのか?
 口では友達もほしい、新しい世界を見てみたい、自分を変えたいといっていても、こころの隠れた欲求は、そうは言っていない。
 こころの声は、混ざり合いたくもなく、コンタクトしたくもなく、他人との交流を拒否しているのだ。
 それがあなたの隠れた本心だ。
 だからいつまでも世界が変わらず、いつも不平ばかり言っている。
 友達も大して増えない。

 ほんの小さな人生の基本事項をしっかりと行うだけで、人生は大きく変わり始める。
 あなたの最強のコミュニケーション・ツールが動き始めるはずだ。
 「おはようございます!」
 「こんにちは!」
 「ありがとうございます!」
 「さようなら、またお会いしたいです!」

 大きな声でしっかりといってみてほしい。
 これらの言葉は他人の耳に入るだけでなく、わが耳、わが心に染み込んでゆく。
 そしてやがて、私は多くの人たちや多くの出来事と、”リンク” したいのだと、いや、するのだ!と認識し始める。
 そして、、、現象が動き始める。


 人生の基本をおろそかにしてはいけない。
 これをないがしろにして、普通の人間に人生の開花などありえない。

 人生を開花させたければ、基本的な事柄を継続してやり続けることは、”MUST” だ。
 やっとほうがいいのではなく、”やれ!”ということだ。

 先日、同じことを6歳の次男に、言って聞かせた。
 今日は誰に言った?
 20・30才台の人間だよ。

 いつも言っているが、人生は基本だ。
 基本さえできていれば、大過なく生きていけるのだ。
 もう一度、基本とは何かを見つめてほしい。
 
# by japanheart | 2013-09-11 04:04 | 基本 | Comments(0)

久しぶりに口唇裂

久しぶりに口唇裂

 口唇裂というタイトルでブログを書いたのはもう8年も前かもしれない。
 あの頃は、確かに今よりもずいぶんとレベルはひどかったと思う、我ながら。

 あの頃に、ある専門家からやめた方がいいと遠まわしに言われたこともあった。
 じゃ、お前が私の代わりにここに住んでやってくれっていうふうに思っていたが。

 よく、未熟なレベルでやるべきでないという人もいるが、私はそうは思わない。
 なぜならば、この貧しい患者たちは、どんなレベルの人に治療をしてほしいとはねだってはいないからだ。
 彼らは治療というものを受けれるだけで幸せなのだ。本当に彼らはそう思っている。
 
 患者あってこその医師であり、医療だ。

 このくらいの専門的実力がないものはこういう活動をするべきでないというのはやっている側、医者側の理屈だ。

 私は心臓病も、脳の病気も、肺の病気も、子どもの病気も産科や婦人科も全部診ている。
 口唇裂の手術ができないのなら、すべてやめないといけないことになる。
 どれも十分ではないことなど若い頃から自覚している。
 
 文句はある人間はここにそれだけのスタッフを連れてきて、同じ成果を上げてほしい。
 そう思って20年やってきた。

 まあ、ともかくそれでもめげずにやってきた、、、口唇裂の手術。
 今ではおそらく年間の新手術件数は、日本でもトップクラスになっていると思う。
 専門家たちが聞いたらみんな驚いているから。

 最近では専門家がきても、何も言わなくなった。
 何せ、ここでは日本の3分の1の時間でやりきらないといけない。
 そんなことをする人は少ない。

 でも、子どもたちは、家族たちは、本当に幸せそうなんだ。

 誹謗や中傷、そして妨害は幾多もあったし、その人の価値観を押し付けられて押さえこまれそうになることもあった。
 しかし、めげずにやってよかった。
 誹謗中傷した人は、それっきりだからね。
結局、口だけで責任なんて取ってくれないのだ。
 
 たくさんの子どもたちに、未熟な技術で迷惑をかけたけど、ここから少しずつ、世の中にお返しをできそうな気がする。

 8月28日から3日間で17件。
 口唇裂の手術を、国境の町でやってきました。

 子どもたちのかわいくなった顔をどうぞ、見てやってほしい!!

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# by japanheart | 2013-09-08 15:49 | 活動記録 | Comments(2)

我が家のルール

我が家のルール

 この度、我が家にルールを設けることにした。
 もちろん子どもたちが守るべきルール。
 もともと我が家は、私が不在が多く女性たちによって子どもたちがほとんど育てられてきた。

 そのため、非常に子どもたちは上手く女性と付き合う術を心得ている。
 甘え上手で、ごね上手。
 必ず最後は、勝利している。
 このことを常々、私は苦々しく思ってきた。
 しかしながら、彼らもなかなかで、私がいるときには非常にいい子どもを演じている。
 時に尻尾を出して私に怒られるが、なかなか尻尾を出さない。

 それでも子どもの性格によっては上手く人生を乗り切っていきそうな長男と、たぶん大きなリスクを負いそうな次男。

 今回日本に帰国し、新しい学校に通うことになったが、長男は合格通知をもらったものの、次男は上手くいかない。何とか会議を開いてもらい合格したらしい。長男とあわせ技で。

 教師たちは何を不安に感じたのだろうか?
 
 次男は、時に父親を求める傾向が強い。
 これは彼が、父性というものを、必要としているからに違いない。
 父性とは、秩序であり、ルールであり、力であり、安定であり、時に強制である。

 このような種類のものを次男は求めているに違いない。
 もともと長男よりエネルギーレベルが高く、いつもその処理を上手くできない次男はさまざまな問題を周辺と起こす傾向が強い。
 これが、高学年や中学生になったときに上手く誰もコントロールできなければ、周辺に悪影響を及ぼすことは目に見えている。
 おそらく、教師たちの一部は、これを感じたと思う。

 しかし、私はこの子と上手く付き合っていく自信がある。
 この有り余るエネルギーを上手く誘導してやれば、さぞかし景色のいい時間をすごすことになるだろう。
 失敗すれば誰もが地獄の時間に変わるかもしれない。

 そこで、子どもたちに父性の一部を流し込んでいくことにした。
 これがしっかりできれば、必ず上手くいく。
 甘やかしは禁物だ。

 人間には勉強よりも大切なことがある。
 正確には、勉強の前に習得しておかねばならないことがあるということだ。

 今回、私が子どもたちに宣言したルールを少し書いてみよう。

 1.朝起きたら「おはよう!」とあいさつをする。
 2.ご飯はのこさず食べる。
 3.食器は、流し台まで持っていく。
 4.いってきますと元気にいう。
 5.くつは、ちゃんとそろえる。
 6.使ったものは元の場所に戻す。
 7.便所掃除を毎日順番にする。
 8.宿題はすぐにする。
 9.ご飯の後は歯をを磨く。
10.

20.呼ばれたらいつも、「はい!!」と元気に返事する。


 とまあ、ざっと20個程度のルールを決めた。
 
 こんな当たり前のことができれば、子どもはちゃんと育つ。
 当たり前のことを当たり前にしていないから、おかしくなっていく。
 夜更かしさせたり、間食をひどくさせたり、問題は親にある。

 親が、ルーズだから子どもがルーズになる。 
 親がサボっているから、子どももサボる。
 小さいうちから、親の背中を見て生きてきたのだから、そうなるに決まっている。
 子どものやりたいようにさせることは自由でもなんでもない。
 社会でも好き勝手にやったら、捕まるのと同じだ。
 好き勝手にやることは、他人の自由を侵害するからだ。

 これらのルールを定め、これを守らせていくのが父性だと思う。
 力ずくで、従わせずに、繰り返し我が身で示しながら、繰り返し、繰り返しやっていくつもりにしている。

 我が家の子どもたちの才能を目覚めさせるために、今からいくつかのことを考えているが、いいタイミングで繰り出していきたいと思う。
 子どものエネルギーを少しも目減りさせたり、失わせてはいけない。

 このやり方は、国際看護長期研修でも取り入れていく。
 もちろんもっと複雑に、もっと体系的にやっていく。

 いい人間が、いい医療ができる。
 特に看護の分野はそれが顕著だと思うから。

 まずは、立派な人間をつくりたいと考えている。
# by japanheart | 2013-08-23 02:53 | 子どものこと | Comments(1)

エネルギーの行方

エネルギーの行方

 最近の子どもたちはつかみどころがないとよく言われる。
 先日、中高生向きのスタディーツァーを、ミャンマーでやった。
 この時の子どもたちの感想が、私にはショックだった。

 ここに来た子どもたちは、口々に生きている実感が持てたと語った。
 まだ、15歳前後の子どもたちだ。
 いったい、日本では何が行われているんだろうか?
 
 子どもたちに媚び、個性重視の名の下に、至れり尽くせり。
 結果、子どもたちから生きている実感を奪っているという、由々しき事態になっている。

 ここで整理しておきたいのだが、個性を重視することと、嫌いなことをさせることは決して矛盾することではない。
 いい年になってしまったら、どうせ嫌いなことなどしなくなるのだ。

 だからこそ、若いうちに嫌いなことや苦手なことをさせなければならない。
 これが子どもたちの将来の、土壌の栄養になる。
 根が張らない子どもなど、大きな木に育たない。

 人間には睡眠を除くと、本質的には欲求は2つしかない。
 性欲と食欲だ。
 性欲は、今の日本では著しくコントロールされる。
 ゆえに、子どもたちのエネルギーは、別の経路に流されることになる。
 学業であったり、スポーツであったりと。
 これらが本人の個性にうまく合致してくれていたり、いい指導者にめぐり合ってうまく誘導してもらえればキット、いい人生をイメージして前に進んでいけるし、本人も日々、充実した時間をもてる。
しかし、何もこれといったものが持てなかった子どもたちは迷走する事になる。

 かつては暴走族や夜遊びということになった。
 結局は、教育者を親を中心とした大人たちが、彼らのエネルギーをうまく誘導できなかったせいだ。
 彼らが、そういう世界から抜け出していけるのは、時間がたって、別のエネルギーのはけ口というか、誘導先を見つけるまで待たなければならない。だから、多くは20歳を過ぎたころまで時間が必要なのだ。

 しかし、こういう子どもたちはまだ、エネルギーを保って生きていることになる。
だから、別のエネルギーの回路が開け次第、すぐにうまく社会適応していけることが多い。

 ところが問題は、エネルギーのはけ口を持たなかった子どもが、自らエネルギーレベルをとした場合だ。
 生きているエネルギーレベルを落とすことによって、自己を保持する。
 こういう子どもたちが、引きこもる。
 引きこもれば、時間がたっても、自身でエネルギーレベルを上げない限り、社会復帰などできない。
 そして、このエネルギーレベルを上げるという作業は、大変な作業になる。
 そう簡単に一度、止めたタービンを回転させることは大変なことだ。
 寒い冬に車のエンジンをかけるのと似ている。
 それくらいのエネルギーを逆に初動で必要とする。
 ゆえに、引きこもりはなかなか直らない。

 これらを解決するには、エネルギーをうまく誘導する人間がいる。
 もちろん、仕組みとしてそれが行えれば言うことはない。
 しかし、それにはある程度の情熱と人間的なレベルが必要となる。
 教育とは、まさにそういう作業だ。

 親の子どもへの甘やかしはご法度だし、社会の子どもたちへの迎合はあまりすべきではない。
 傷が深くなる。
 情熱をもち傷つくことを恐れない教育者たちもたくさん必要になる。

 もし、本当に誰もが教育こそ大切だと思っているならば、真剣に子どもたちと向かい合わないと大変なことになる。

 私は、本当に思うのだ。
 こんな大人たちばかりで、本当に子どもたちがかわいそうだと。

 貧しいながらも目が輝いているアジアの子どもたちや、アフリカで少年兵として生きている子どもたち。
 彼らの目のほうが、日本の子どもたちより力があるのだ。
 それは、おそらく、生きていることをしっかり自覚しているからだと思う。
 生きながら子どもたちを殺していては、子どもたちがかわいそ過ぎる。

 
 
# by japanheart | 2013-08-19 01:31 | 子どものこと | Comments(0)

鎧を誇る人たちへ

鎧を誇る人たちへ

 スポーツの世界は医者の世界と違ってつくづくいい世界だと思う。
 ほとんどの場合、過去の栄光や現在の肩書きなどは現在は何の役にも立たないからだ。
 ところが医者の世界は、そうはいかない。

 例えば専門医という制度がある。
 誰かを評価するときに、すぐに専門医を持っているかなどと言ったりする。
 柔道や空手や剣道も同じで、何段を持っていますとやったりする。
 だから、みんなそれを求めて迷いなく進むことになる。

 ところが、このような世界から遠く離れて生きている私にとってはこんな制度など何の意味もないことになる。
 できるかどうかが全ての世界にいる。
 スポーツの選手達は、数字や結果が確実に表れるので、私はいわばこのような世界観の中にいる。

 専門医や段位を持つというのは、私から見れば同時にリスクを背負うということになる。
 柔道3段ですと威張っている人間が、初段の人間に試合で負けたときの心情はどのようなものだろうか。
 もし小児外科や形成外科、消化器外科の専門医を持っていますと、それを拠り所したり誇りにしている人間より、私のほうが圧倒的に手術が出来れば一体どう思うだろうか?そういう人間は例外だと、黙殺してしまうのだろうか。
 人間、形だけを追い求めてはいけない。
 中身のともなわない器など、滑稽でしかない。

 専門医や段位などという形は、自分の中のひとつの到達目標であって、外に向かって誇ったりしてはいけない。ましてやその尺度で他人を見ていると、世間知らずの自分が恥ずかしくなるからやめたほうがいい。

 ミャンマーやカンボジアにもたくさんの医療者がやってくる。
 日本での量的経験値では、多分、生涯私の追いつく人間は少ないと思う。

 繰り返しになるが、地位や名誉は、他人に誇るものではなく、それを使うことによって世のために役立てるためにこそ、天から与えられたものだと認識する。
 形や器にとらわれず、いつも他人の真の実力、すなわち中身を見抜く目を持つ。(その為には自らが形に重きを置いていてはならない)

 専門医をもつことよりも、たくさんの手術を経験し、たくさんの患者を経験することを基準に日々過ごす。
 
 どの世界にいても真の実力をつけるように生きていく。
 結局はそれが、どんな時代でも、どんな世界でも、自分を助ける唯一の力になる。

 中身がないのに器だけ立派なものをもっている人間は、見ていてみっともないと悟らねば。
# by japanheart | 2013-08-07 01:21 | 医者の本音 | Comments(1)
浜田省吾さんのコンサートに想う

 浜田さんがあまり宣伝もせず、ずっと続けていることがある。
 JSファウンデーションという財団。
 ここの代表が佐藤さん。とてもいい人だが、口は悪い。
 こんな人が昨今少なくなってきているので、貴重な存在であることには変わりない。

 その財団の財源はもちろんコンサート会場で寄付されるファンからの募金が主なものだ。
 はっきり言って、浜田省吾というミュージシャンは私の子どもの頃から活躍していた人だ。
 私が彼を知ったのは30年以上前のカップヌードルのコマーシャルの挿入歌からだが、中学生の頃、11PMという当時としては少し進んだ夜の番組があったがそこで司会のかわいい女の子が、「私、浜田省吾さんのファンで、、、」といったのをなぜか今でも記憶している。
  まあ、どうでもいい記憶だが。

 今回、初めてコンサートにお邪魔して驚いた。
 だって、声が昔と同じでまったくあのままだったからだ。
 30年前のあのままの声が聞こえるのだ。
 私の大学の頃は、彼の歌をよくカラオケでみんな歌っていた。
 隣の部屋の同級生の部屋からは、いつも浜田省吾の歌がスピーカーから聞こえていた。
 
 コンサート会場で、ファンのみんなに感謝を伝えるメッセージが彼から送られる。
 その声のトーンとリズムから、本当にこころから、この人はファンに感謝している、周りのスタッフにも感謝していると感じた。
 
 なぜそう感じたんだろうか?
 多分、私はミャンマーみたいな今の日本人にとってはまったくなじみのなかった、いわゆる地の果てで、誰からも知られることもなく細々と医療を自分の貯金だけではじめた。
 このお金が尽きるとき自分の行う医療も尽きる。
 しかし、私のことなどは誰も知らなければ、多分このまま世界から忘れ去られていくことだろうと何となく感じながら医療を行っていた。
 運命は、しかし、少しずつ私に微笑みかけてくれた。
 支援する人が、少しずつ現れてくれたのだ。
 初めのころ私を本気で支援してくれた人たちのことは決して忘れない。
 一人、一人と、本当に私と向き合ってくれた支援者やスタッフは、浜田さんのファンやスタッフと同じなのかもしれない。

 どんなミュージシャンだって、無名の時代もある。
 苦しい時期もある。
 それを乗り越えて今がある。
 それを乗り越えてこれたのは決して自分だけの力じゃないと彼はわかっていると思ったのだ。
 だからこその心からの感謝だった。

 JSファンデーションはジャパンハートをずっと支援してくれている。
 ありがたいことに。
 それでどれほどの子ども達が恩恵を受けたことだろう。既に数千人は恩恵を受けている。

 浜田さんの歌を本気で聞いているとき、横から百戦錬磨の佐藤さんが、聞こえにくい歓声の中でも私に向かってこう言った。
 「こうやって彼が体にいくつになっても鞭打って歌ってくれる。それでJSファンデーションがあるし、そのお金で多くの子供たちが助かっている!」

 う~ん、さすがに佐藤さん!
 しっかり押さえるところは押さえてくる。
 こういうプレッシャーを時々もらわないとお金のありがたみを失うから、私にもジャパンハートにも必要なことだ。

 コンサート後、楽屋でビールをどうぞと勧められて一緒に飲みながら、浜田さんと少し話をした。
 とてもいい感じの人だったな、、。
 少しして、スタッフがファンが出口で待っていますと言って来た。
 じゃ、ファンが待っていますので行きますと。やっぱりファンが最優先の人なのだ。
 
 硬い握手をして別れた。

 また、がんばって子ども達と向かい合わないといけなくなった。

 

 
 


 
 
# by japanheart | 2013-07-24 23:40 | 医者の本音 | Comments(2)

寿命の話

寿命の話

 日本人の寿命は、この80年で約2倍になっている。
 昭和の10年頃の日本人の平均年齢は男子45歳、女子47歳程度だった。
 子どもがたくさん死んでいたに違いない。

 戦後の焼け野原から登場した戦後日本を再生してきた経営者達の多くは死ぬまで一筋、自ら興した会社の経営と発展に生涯を捧げたのだ。
 あの頃は、人生50~60年が平均。ましてや、戦争でいつ死ぬかという時代を生き抜いた人たちにとっては、そんな時代とても人生が80年も続く前提の生き様など存在しなかった。

 だから、50歳を過ぎても、ひたすら同じ人生を継続することを選ぶようになる。
 だって、誰も自分が80歳まで生きるという前提で、考えていないから、近い将来しか見れなかったに違いない。

 しかし、今、寿命を考える前提が60歳ではなく、80歳になっている。
 あるいは85歳かもしれない。

 そうすると、今までの人たちと同じ時間軸で人生を考えてはいけない。
 50歳を過ぎても、もう一時代を築けるくらいの時間がある。
 そういう前提で生きていく。
 だとすると、、、。

 会社の発展や、その延長線上での栄達だけで人生で終わってしまっては勿体無い。

 50歳を過ぎれば、もっと何というか、自分の人生の質を本質的に高めてくれるような生き様に最後はシフトしていく方がいいと思う。私の人生は最高に個性的で、楽しく、しかも美しいというような感じか、、。
 
 会社を大きくしたり、名声を得たりという、そういうことだけで満足するには現代は人生は長すぎるのだ。

 今は、50歳からもうひとつの人生を頂いているんだから、昔の人たちよりもっといい夢が見れるはず。
 しかも、日本の以外のアジア人たちはまだまだ、物質的な豊かさを謳歌していないゆえに、生涯それを目指して終わって行く人たちがほとんどだ。
 いい夢見れるのは、日本人の特権だと自覚しなければならない。
 
 隠居して、毎日暇をもてあましていては勿体無い。
 これは若いときから意識して、どのように生きるかの準備を何となくでもはじめたほうがいい。

 50を過ぎれは、心構えはひとつ。

 ひたすら、”人生の質”を意識する。
# by japanheart | 2013-07-16 09:00 | 活動記録 | Comments(0)
がんばったあなたへの感謝

 ラオスのミッションが終わった。
 手術はいつもながらの疾患が多かったが、何とか無事に終わってほっとしている。

 思えば、ラオスで新規プロジェクトをすると決断してから1年以上がかかった。
 看護師のHさんに、その全てをゆだねる形で企画が進められていく。
 
 何かといえば上手くいかない土地柄、思い通りにいくことはほとんどなかったに違いない。
 まるで自分の人生のようではないか。

 今回のような立ち上げ計画は、多分彼女には向いていなかった。
 私がはじめそうであったように、私はミャンマーで新規立ち上げをしたとき日本ではただの医者しかしたことがない自分が何でこんなことをしなければならないのだろうと思っていた。
 彼女も多分そう思ったに違いない。ただの看護師なんだと何度も言ったことだろう。

 途中で、何度も様々な人とぶつかった。
 本当に途中でやめるかもしれないと私も思ったし、辞めた方がいいかもしれないともおもった。

 それでも彼女には必要な経験だと私のこころのどこかで思っていた。
 彼女はこういう仕事には私以上に向いていない。
 それでもだ。
 なぜだろう?
 彼女の人生にとって今回の経験は、大きな意味を持つと感じている。
 きっとかつての私がそうであったように。

 多分、彼女が得たものはあまりないと見えるかもしれない。
 単に、ラオスを立ち上げ、プロジェクトを行っただけに思えるかもしれない。

 しかし、私は思うのだ。
 これで彼女は、生涯、自分を自分で信用できるようになった、と。
 正に、彼女の人生にまだまだ細いが一本の芯が通った。
 これから毎日の葛藤の中で、ますますそれが太くなっていくことだろう。
 おめでとう,と言いたい。
 苦しんだ人間には、神様はちゃんとご褒美を用意してくれている。

 彼女は、根っからの臨床家だから、医療そのものの世界に戻ってくる方がいい。
 コーディネートは、他の人に任せればいい。
 それが、一番の彼女の居場所になる。


 人を見守るという作業は、簡単ではない。
 すぐに手を出したくなる。
 親になればついついやってしまう。
 いつもこれとの葛藤だ。

 これでようやく私の満足いく医療者が一人また誕生した。
 
 苦労してすっかりやせ細ってしまった彼女を、褒めてあげて欲しい。

 今年も私の元へたくさんやってくる者達も、彼女に続いて欲しい。
 容赦はしないが、後悔はさせない。
 
# by japanheart | 2013-07-07 01:23 | 活動記録 | Comments(3)
小児医療を考えるーその3

 小児医療を考える。
 さて、この管理者の罷免によって、小児医療はこの市民病院から撤収するということが予想できた。
 しかし、市長はそれを断行する。

 小児外科に関しては、数も少ないし影響はないというコメントだった。
 本当に、そんなことを言っていいのかと思った。
 たとえ一人でも二人でも患者がいるならば、その人たちの面倒を見るのも市民病院の役目ではないのか?
 でなければ、何のための公立病院なのか?

 市長のプライドと院長の怠慢、ついでに言うと多くの市会議員たちの無関心によってこの町の子ども達は見捨てられたのだと感じだ。
 結果的にはそうだろう。

 今でも、何とか週2日ぐらいどこかから派遣してもらってお茶を濁そうとしている。
 いいかげんにしないと、10年後はこの町では小児医療は崩壊する。

 そのとき市長もちろん、院長も退職金をもらってすでに蚊帳の外だ。

 6月中旬、私は市会議員の約半数を前に、講演した。
 今の医師・小児科・医療界を取り巻く現状や広島県の小児医療の状況、医局のみに頼る医師確保の後進性など。
 自分達の手で、しっかりとした市民病院を運営し、若い医者が自らそこで研修したいと応募し、そしてそこに残っていくような魅力ある病院運営をしなければ、崩れ行く大学医局の人事に振り回されながら、一緒に崩壊していくしかなくなってしまう。
確かにお金でやってくる医者もいるだろうが、そういう人はお金でまた去っていく可能性が高い。
何よりも市民のためにずっといいついてはくれないだろう。
だから、しっかり病院運営をして、院長を先頭にみんなが一生懸命に働き、そして若手医師たちをしっかりと呼べる病院にしなければならないと。

 しかし、しかしだ。
 おそらく彼らも動きはしないだろう。
 この町の、子ども達の健康を行政がいい加減に考えていると思う。
 まず守るべきは、それではなかったか?
 例え、成人の科が撤収しても (絶対にそんなことにならなかったと思うが、、、なぜならばすでにこの病院は長い間そこで働いている医師ばかりで、院長もまた、その病院の医師たちからは全く信頼されていないからだ)、小児の医療を守れれば、この時代は、最低限の正義が守られたことにならないか?

 しかし、市長をはじめとする行政は、それを見誤った。
 
 私は、そして静かに言ったのだ。
 「市政は、子どもを見捨てた。私たちはこれにて小児科の派遣を撤収する!」

 ある市会議員が言った。
「それでは、子ども達が困る。ぜひ、派遣を続けてもらいたい。」

 そして私は答える。
「派遣を私達に要請する前に、皆さんはやらねばならないことがあるんではないでしょうか?
 私たちは、近い将来、沈んでいく泥の舟には乗りません。」

 子どもを守れない市長や、行政関係者は退室させるべきだと思う。
 次の選挙まで2年ある。

 その間、きっと、市民病院にまともな小児医療は戻ってこない。 
 すでに、岡山の国立病院の若手の医者達は、この病院での夜間救急からの撤収を宣言した。
 30年以上の長きにわたり、彼らのサポートによって続けてきた尾道市民病院夜間救急小児科が姿を消す。
 一度やめれば、小児科が再興されても、夜間の小児救急の復興は難しいかもしれない。

 尾道の子ども達やその親は気の毒で仕方ない。

 7月から不毛なこの件の裁判が始まる。
 この市長は、医療のことは知らない。
 教師あがりの人間だ。
 
 知らないからこそ、ブレーンを雇ったのに、それを排除すればすでに裸の王様だ。
 誰も幸せにしない決断の誤りは、反省されることもなく、どうでもいい、自分の威厳とちっぽけな力を見せつけただけだ。

 尾道市の子ども達にこころから同情する。
 

 
 
# by japanheart | 2013-06-28 08:49 | 活動記録 | Comments(2)
小児医療を考えるーその2

それは、市民にとっては突然の出来事だった。
それは5月のある日、この統括管理者を市長が突然、罷免するということが起こったのだ。
市長が大学の脅しと院長の懐柔に屈したのだ。

 院長に泣きつかれて、市長にプレッシャーをかけた大学関係者は、さぞかし自分の見せかけの影響力に満足していることだろう。
 それをさかのぼること1年前に、その大学からの小児科の医者は撤収している。
 それを持ってこの病院から小児科医はいなくなってしまった。
 この小児科医はこの病院唯一の小児科医で、夜間救急をするのを拒否していた。
 そりゃ、一人しかいないのに夜間救急は無理だろう。
 しかし、実際はこの小児科医が当直しなければならないのは週一回水曜日のみだった。

 あとは、国立の岡山病院が30年にわたって小児科の当直を派遣し続けていた。
 その医者達によって全て当直がカバーされていた。
 それでも、やめろということだった。
 もしやめなければその医師の派遣元の大学教授が、小児科を引くぞと脅した。
 
 しかし、この罷免させられた管理者は今まで市民のために30年も続けてきた小児科当直をやめないと決定した。
 そしてその大学から小児科は撤収させられてしまった。
 その後国立岡山病院の医師たちが、入れ替わり小児科を支ええ続けてきた。

 実はこの話に裏事情があった。
 当の大学小児科は近年人気もなく入局医者数が激減していた。
 もう大学にも十分若手医師たちがいない状況で、何とか市中病院から呼び戻して大学を運営している有様だった。
 
 この尾道の岡山寄りに尾道市の3倍の人口の広島県福山市というのがある。
 この福山市こそ、この大学病院の守らなければならない関連病院があるところだ。
 実はこの大学は、福山市と広島県から5年で1億位円以上の寄付をもらい、福山市の小児夜間救急を安定させるという事業が始まったばかりで、とても尾道市民病院に医師など派遣できるレベルではないのだ。
 おそらく、チャンスがあれば撤収させてたかったに違いない。

 そして、夜間救急は継続されたが、市民病院小児科の常勤医は消滅する。

 あれから2年。
 この管理者の、度重なる要請によって、ジャパンハートはこの4月から2名の小児科医を派遣したのだった。
 1名では、入院に対するストレスが大きいためあえて2名を派遣したのだ。
 2名ならば、入院患者もしっかりとって市民病院としての機能と責任を発揮できるから。

 ただし派遣する前に、いくつかの条件を出した。
 1)しっかりと黒字経営をしてくれること。
 2)院長をはじめ、皆さんが一生懸命に働いていること。
 3)若い医者がここに来て働きたい病院であること。

 少なくともそれに向かってしっかりと進んでいること。

 という約束をした後、派遣を開始した。
 4月のことだ。
 小児科常勤医いなくなってから約2年。ようやく市民病院に小児科医と小児科が戻ってきた。

 そして今回の事件が起こったのだ。
 
 
# by japanheart | 2013-06-25 17:20 | Comments(0)