特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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アジアの中の日本へ

アジアの中の日本へ

 医療支援をするときにも、災害救援をするときでも、たとえ戦争をするときでさえ地政学上の優位性という概念を欠落させていると、組織の命運を失ってしまう。

 アフリカはヨーロッパから近く、南米はアメリカから近い、しかし日本からははるか遠くに位置する地域になる。
 だからおそらく日本からアフリカや南米を支援しようとすると、アジアに比べて何倍もの資金を必要とし、成果も思うように残せなくなってしまう。
 逆に、ヨーロッパの国々はアフリカを支援しやすく、アメリカは南米を支援しやすい。
 緊急支援ですらアジアならば翌日には支援を届けることができるが同じ資金を用意してもアフリカにはどのくらいに日数を必要とし、しかも到達できる援助どのくらいに目減りしてしまうのだろう?

 
 第二次大戦時、真珠湾攻撃を敢行した日本海軍は全く地政学上の常識を無視したものだったと思う。
 はじめからサイパンやフィリピンでアメリカ海軍を迎え撃っておけば日本はあんな惨めな結末はなかったと思う。

 戦争も支援も距離に比例して兵站は伸びきることになる。
 これは現在でもまだまだ変らない現実だと思う。

 だからアフリカや南米で支援を行っている組織の苦労は想像に余りあるし、本当にがんばってほしいと思う。
 逆に、アジアを拠点に支援をしている私たちは当たり前に、もっと多くの成果を残さなければ努力が足りないということにもなる。

 この夏も、秋も、そして冬を迎える今も日本からの医療スタッフはたくさん訪れミャンマーでは医療活動を50人体制で行うことができている。
 これがアフリカならば参加人数は10分の1 程度になる可能性が高い。

私の考えでは、日本はやはりアジアでしっかりと成果を残さなければならないのではないかと思う。
日本政府にはされども、アフリカや南米でがんばる日本人たちにもう少しサポートをお願いしたいと思う。

 国単位でみれば、アフリカや南米は将来は日本にとっては大切なパートナーになる国々が多くあり、将来の投資になるので。そんなことは政府の人間も分かりきっていると思うけど。

 今後も日本の誇りとなるような活動をさらに発展させていきたいと思っている。
 僕がやるんじゃなくて、これからもたくさんやって来るであろう日本の次世代の人たちが中心でやってもらいたい。

 私もいつまでもこんな激しい生活ができるわけないので、よろしくお願いします。
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 (日本から参加したボランティア医師・看護師たちと 2014年11月)
# by japanheart | 2014-12-01 15:27 | 活動記録 | Comments(0)

赤ちゃんの運命

赤ちゃんの運命

 はじめに講演会のお知らせ。

 
【吉岡秀人講演会・開催】今、伝えたい「生きること」

日 時 2014年12月8日 月 16 30 18 00 開場 16 10 会 場 早稲田キャンパス 国際会議場第一会議室

 
さて、本日のブログですが、
 
 先日、2ヶ月の赤ちゃんのヘルニア(脱腸)の手術をした。

 病院側の麻酔に対する不安感のために私は手術を別の先生に任せ、麻酔のサポートに入ることにした。
 手術は、時間は大きい子どもよりも少しかかったが無事に終了した。

 しかし術後から、39度の発熱に悩まされる。
 術後の感染を疑い、抗生物質を投与する。
 2日後、解熱。
 ひと安心した。そして私はラオスに手術に向かう。

 3日後、ミャンマーに帰国。
 昨日はから再び39度の発熱状態だと言う。

 手術中に私たちが予期せぬ出来事が起こっていたのか??
 針で腸を刺したのかも??
 何らかの理由で腹水に感染が?
 点滴からの感染か?
 抗生物質アレルギーによる発熱か??
 
 お腹の触診所見はそんなに悪くないのになぜにこんなに熱が出るのだ??

 一体、熱の原因はどこにある???

 理屈がつながらない?
 何かを見落としている?

 子どもは既に1週間以上の発熱期間になり、ミルクを飲む力も弱まってきている。
 今日は一日中寝ている。

 親の顔もまさに不安に包まれている。
 このままでは大変なことになるのではないのか?

 レントゲンをとる指示を出す。
 一度目のレントゲン。
 子どもを横にした状態で撮影する。
 私が望んでいなかった体位での撮影で、ほしかった情報が集まらない。
 再び、スタッフに赤ちゃんを支え立たせた状態での撮影のレントゲンの指示を出す。
 夜、レントゲンを見せるように言うと、今日は撮れなかったという。
 医師と一緒に説明したが親が取りたがらなかったと言うではないか、、、。

 私は、そのスタッフに怒ったんだ。
 何かあったらお前が責任取れ!と言ったんだ。
 こっちは、もしもの状態を恐れながら一日中、子どものことを考えている。
 医学的にそれは大切な情報だという認識がないのだ。
 もしかしたら命を左右する大切な検査になるという認識もない。
 こっちは必死だった。
 申し訳ないけど親の一時的な感情に付き合っているほどこっちには余裕も能力もないのだ。

 そしてレントゲンが返ってきた。
 サブイレウス!(不完全腸閉塞)
 これか!!!
 ようやく熱源を突き止めたと思った。

 生まれつき腸の神経が一部欠損している病気(ヒルシュスプルング病)という病気の軽症タイプではないかと疑わせた。
 腸の神経がないと腸が動かず便がたまり、そこに細菌が繁殖し激しい腸炎を起こし、敗血症で亡くなる可能性もある。
 流れの悪い水溜りに薬をまいてもばい菌が繁殖するように、腸の中の細菌が異常繁殖するのだ。

 私は翌日日本に帰らねばならない。
 ぎりぎり間に合った!
 言葉の問題から私たちに上手く伝わっていない情報があった。
 実はこの赤ちゃん、生まれつき便が出ないために人工肛門を手術をして造られる予定だったらしい。
 親はそれを嫌がって無理やり病院を退院してきていたらしい。
 なんと、私がようやくこのこの熱源に気付いたその夜に家族がその時の入院中のレントゲンを持ってきたのだ。(早く言ってくれよ!!!と思った。)

 腸の動きをよくするためにいくつかの処置を行い便通は劇的に改善した。

翌日から一切熱も下がり、元気に先日退院していった。

 言葉の問題、習慣の問題、風俗の問題から上手く情報が集められないことはしばしばある。
 そのために医療のリスクは格段に上がる。

 それでも止められない。

 1週間、こっちもよく寝れなかった。
 本当に人の命を預かる仕事は気が重い。

 
 

 
# by japanheart | 2014-11-24 10:42 | 病と人間 | Comments(0)

いのちの行方

いのちの行方

 今日はある青年の話をしなければならない。
 この青年は生まれたときに膀胱が破裂し、ペニスも真っ二つに割れしかも、しかもかなり小さな大きさしか生涯にわたってもてない運命にあった。
 膀胱からは尿がダダ漏れで、いつもおしっこの臭いがしていた。
 手術も何度も受け、多くの時間を病院で過ごさなければならなかっただろう。
 尿道括約筋というものが生まれつき欠損しているせいで、破裂した膀胱は治せても尿は漏れ続けていた。

 自分の不遇をどのように受け止めていたかは知らない。
 彼は家族から離れ、お寺に住んでいた。
 それはおそらく自分の精神の安定を保つためであったのかもしれない。
 ミャンマーでは僧侶たちは生涯、独身を通す。
 
 彼が私の前に現れ、自分の尿の漏れとペニスの修復を望んできたのはもう6年ほど前かもしれない。
 スタッフや彼の家族の協力も得て、日本での治療を行うことになった。
 ほとんど容積が30ccしかなかった膀胱は、腸を使った再建術によって生まれ変わり、二つに裂けたペニスも一つになり、尿漏れもほとんど防げるようになったものの、時々、膀胱や尿道に石ができそれで苦しんでいた。ペニスは勃起はぜず、とても小さいものだった。

 最近は尿道に留置カテーテルをいれてることが多くなった。本当は自分でチューブを尿道から日に数回、適時入れておしっこを出すとその必要もなかったが、痛がってそれをしようとはしなかったからだ。

 彼には口癖があった。
 いつも、「死にたい、死にたい」と言っていたそうだ。

私たちの治療はほぼこの時点で終わっていたと思っていた。
医学的には、既にやれるべきことはやっていたと思う。

敬虔な仏教国ミャンマーではほとんど自殺はしない。
28歳になったある日、彼は、お寺にある自分の部屋に行って少し休むと言って、しばらく部屋に来ないように周りに告げた。
ミャンマーでは、一人部屋はあまり多くないので、数人で部屋に住んでいたのかもしれない。

1時間後、誰かが様子を見に行くと、静かに死んでいた彼の肉体がそこにあった。
彼はおそらく自分でいのちを絶ったのだ。
彼は肉体のある程度の修正では救われていなかった。

 仏の道に入っている僧侶たちでもない彼はやはり、一人の男としていきたかったのだろうと思った。
 若い男たちがそうするように、女を好きになり、恋愛もして、家族も持ち、、、普通に生きたかったのだと思った。

 このとき私は「しまった!」と思った。
 彼はその程度の肉体の修復では、心が救われなかったのだと自覚したからだ。
 だから彼は死んでしまったのだ。
 こころが救われなければ肉体が救われていても、仕方ないではないか。

 ではどうしたら彼のこころを救うことができたのだろうか?
 この答えも、私にはすぐに思い当たる節があった。
 それが私の後悔をさらに大きくした。

 ”自らの肉体の不遇な経験を持つ人のこころを救うには、他者の肉体の不遇を改善し、そのこころを救う行為によって、自らのこころも救われていく。”

 これが私が、自身の人生から得た教訓だった。
 肉体の苦しみは、自身あるいは他者の肉体の救済によってのみその苦しみから解放される。
 自身の肉体が完全に救済されないならば、他者を救済していくしか方法はない。
 貧乏で、ひもじい思いをした経験のあるものは、物質的な豊かさを獲得し、自身および他者に施すことによってのみ、そのトラウマから開放される。

 彼を医療者にすべきだったと悔いた。
 看護助手ならばミャンマーの現行制度の中でも可能だった。
 
 病気をある程度治したらそれで患者は満足しているのだろうと考えるのは、よくない。
 患者のこころの中をも静かに思いやる医療者でなければ。

 この経験が、彼の死が私の中で次のやるべきことの一筋の光になると思う。


 
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# by japanheart | 2014-11-17 00:19 | いのちの重み | Comments(1)
マイノリィティーマインド


私の中に人間が能力を開発しやすい環境というものがあるという自覚がある。
その環境とは、ひとことで言うと、マイノリティーマインド(少数派的精神状況あるいは弱者的精神環境)をもつということになる。

これは私の造語だが、これの反語なる言葉は、マジョリティーマインド(多数派的精神状況あるいは強者的精神環境)となる。
途上国で人材育成をしてみて大切なのは、もちろん個人的な情熱や能力ということもあるが、それを発揮する上でも大切な前提がある。
それがマイノリティーマインドだ。
ジャパンハートの活動に参加してくれた人間ならば分かると思うが、ミャンマーをはじめカンボジアでも、一般的なイメージと乖離するくらい現地人の中に優秀な人間が育つ。
なぜならば、彼らにはトレーニングする環境が現地人にあるにもかかわらず、マイノリティーな状況下なのだ。
多くの日本人の中の、少数の現地人という環境。
それが秘訣となる。

アジア人は一般的に日本人よりも働かないと思われている。
それはアジアという海外ではおおむね正解である。
なぜなら、彼らが自分の国で、サボっても手を抜いても自分を大甘にみてくれるの環境をよく分かっていて、それに甘えているからなのだ。

ところが海外にいるミャンマー人やカンボジア人は本国にいるその人々よりもよく働きよく学ぶ。
そして結果的に優秀な人材になる傾向が強い。
日本人だってそうだろう。
単身、アメリカやユヨーロッパなどに留学や働くために乗り込んだ人間は、そのようにがんばるものだ。
だから結果がついてくる。
ブラジル移民やアメリカ移民がすごい成果を残すのはそういう理由からだ。
自分の存在や能力を認めてもらうためにそうするしかないのだ。
同じ人間が本国にいると、そう簡単には上手くいかない。
なぜならば、人間は多数派的環境になるとそれに甘えてしまうからだ。
海外へ英語を学びに行っても、話せない人は折角のマイノリティーな環境を捨て、日本人たちでつるみはじめ、結局、マイノリティーマインドの利点を生かせないまま能力を開花させずに終わってしまう。
その結果、危機感を失い、精神的不安定感や圧迫感を嫌い、努力をしなくなる。
だから1年経っても話せない。

言ってしまうと、海外へ行ってもマイノリティーマインドをもてる人間は、国内にいてももてる可能性が高いので、わざわざ今の時代、語学を学ぶために留学する人必要はないのかもしれない。
まあ、習得がスピードアップはするし、問題点や文化も理解しやすいのでそれなりのメリットもあるが。

話を戻そう。

マイノリティーマインドは、たとえ自分がマジョリティーの状況でも、持ち続けることができればきっと人間の能力は思ったより開花する可能性がある。
常に孤独に耐え、自己の存在の危機におびえ、時間を惜しみながら事柄に対処する。

もっと大切なのは、マジョリティーマインドの弊害に陥らないことだ。
多数派になると人間はエゴが拡大しやすい。
エゴの拡大は個性の発揮とは違う。
個性の発揮とはすなわち、先天的素質の開発。
エゴの拡大とは後天的くせの増長だ。
気をつけなければならない。

多数派でないと思っている人間が、いじめはしない。

人は知らず知らずの間にマジョリティーマインドをもってしまう。

もしいつもどこでも自分の能力を目覚めさせたいと思うなら、このマイノリィティーマインドを心がけるといいと思う。
自分はいつも少数派で弱い立場なのだと自分にいいきかせ、自分を制御するといい。

また逆に、人を育てたければマイノリティマインドを持たせるような環境を用意するといい。

これは私が現場で得た知恵だ。

是非、お試しあそばせ。
# by japanheart | 2014-11-11 11:01 | 活動記録 | Comments(0)

途上国小児がんへの挑戦

途上国小児がんへの挑戦

 
 ミャンマー・カンボジア・ラオスなでのアジア途上国地域では、小児がんは今だにほとんど救命できずにいる病状の一つだ。

 先日、ラオスで発見し、日本に搬送し治療をしている小児の腎臓がんの1歳の女児は、順調に経過をたどりあと数ヶ月の抗がん剤の治療を行えば、大丈夫のようだ。
 この腫瘍は、発見時の状況からしっかり治療すれば救命できる見込みは十分にあったわけで、それだからこそ日本へも連れて行ったわけだけども。

 ところが発見時からがんの種類によってはちゃんと治療をしてもかなり予後の悪いものもある。

 先日ミャンマーで出会った10歳の少年は8時間も満員のバスに乗り父親に連れられて病院にやってきた。
 右足のひざから下は大きく腫れ上がり、触るとかなり痛がる。
 レントゲンを取り、骨や組織の様子を見てみると、、、、。
 悪性の骨肉腫を疑わせるの十分なものだった。
 このようなものに出会うと、私たちはもうお手上げになってしまう。
 ミャンマーでは、政府が民間の病院には麻薬類や抗がん剤の類の薬剤は一切、流通を止めているというわけの分からない状態になっているので、骨肉腫でなくても、全くお手上げになってしまう。
 政府の病院は、治療費までは面倒を見ないので、多くの人々は治療を受けないか、途中で中断してしまう。
 よって、ほとんどの子どもたちががんによって亡くなることになる。

 一応、、両親には悪性の可能性と政府の病院に行って治療をするように話をしたが、両親はここの病院で治療を受けたかったと何度も言った。

 彼らはよく分かっているのだ。
 政府の病院では治療が不適切で、値段も高く、医療技術も確かでないことを。
 そしてなにより、医療者たちが不親切な人が多く、自分たちは十分大切にされないことを。

 約20年の私の途上国での医療で、この小児がんの子どもたちに何もしてあげれずに本当にたくさん見送って来た。
 みんな既に亡くなっていることだろう。

 私はようやく積年のリベンジをする用意を整えつつある。
 来年、カンボジアに小児がんも治療できる病院の建設に着手する。
 日本に連れてこなくても、ミャンマーからもラオスからもわずかな時間でがんを治療してもらえる病院を作る。

 日本政府は、日系の企業や病院などに、経済産業省経由でかなりのお金をつけアセアン全域に富裕層相手の病院建設を進めるサポートをしている。

 だからカンボジアにもミャンマーにもラオスにも、日本の病院関係者や企業がどんどん大都市に病院などを作り始めている。

 言っておくけど、私たちはもちろんお金を儲けるためにやるわけではない。
 お金のために人を助ける必要も全く感じない。
 
 そんなことより、人としてそれが大切だと思うから、それをしなければならないから、やろうと決めているだけだ。
 もちろん、お金なんて十分でない。日本政府も出してなんてくれないだろう、、多分。
 でも、やる。
 やると決めたのだ。
 自分の子や孫に誇れることを一つや二つ生きてる間にやってみないか?
 たくさんお金を儲けた、すごいでしょ!などういうのは、昭和の時代ならいざしらず、次の時代にはバカにされる、そんな時代になると思うから。

 アジア中から病気の子どもをかき集め、できる限り治療してあげたいというごく自然な欲求なんだ。

 興味ある人は、ぜひ力を貸してほしい。
 あなたが自分のヒストリーを子や孫に語るとき、その1ページにアジアの子どもたちの命を救う試みに参加した物語が加わることを願っている。
 
 
 
 
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# by japanheart | 2014-10-31 03:35 | いのちの重み | Comments(1)

日本のNGOの将来について

日本のNGOの将来について

これからの日本のNGOはどのようになっていくかというとそれは既に大方、決まっていると思う。
どうせ欧米型のNGOのようになるに違いない。どんどん大型の組織が生まれる。
多額の宣伝費をかけ、多額の寄付を集める。
多くの資金が必要な事柄を抱える組織はそれはそれで仕方ないと納得するしかない。
寄付は宣伝に2億円かければ6億円は集まる。
寄付する日本人たちはそれで納得するだろうか?自分の寄付が宣伝広告費になっていくことに。

しかし現在、多分そういう団体に多くの人たちはその現実を知らず寄付しているから、納得する以前の問題かもね。

世界に出て本当にしっかりした規模の活動をしていこうとするとどうしても資金はいる。
だって、そこで働く日本人たちも現地スタッフも給料を立派によこせというのだから、どこかを削れるわけではない。
規模だって妥協できるはずもない。人命や人生がかかっているような事柄であればなおさらだ。

日本社会との妥協ラインは一体どこなのか?
ずっと考えてきたんだけど、最近はある事柄を思い出した。

昔のロンドン軍縮会議の戦艦の比の妥協ライン。
大英帝国:アメリカ合衆国:日本=10:10:6.97
このとき、日本が7になれば、イギリス、アメリカとも日本に単独では勝てない可能性が強いと踏んでいた。
そのくらい日本の海軍は能力があったということかもしれない。

ということで、何の根拠もないけど、欧米型のNGOが10の宣伝費をかけてお金を集め、何かをしたときに、私たちは6.97くらいの宣伝費をかけ、お金を集め、欧米の大型のNGO以上の成果を出すということを考えてみた。
日本のスタッフにはそれくらいの能力と成果を求めることになる。

足らないところは人的な資源とその能力で有史以来補ってきたのがこの日本という国柄だから、まあ、今後もそんな感じで行くしかない。

何でも欧米のやり方にまねする必要はないと思う。
効率論は、時として破られるのだ。
とにかく勝ちゃいいんだろう的なのりで日本の企業は、世界を席巻してきたしね。

世界に冠たる日本のNGOを作ってみたいと思う。
その時、それはもちろん、今までに誰も見たことがないような宇宙戦艦ヤマト的な組織のインパクトになっていたいものだ。

日本のNGOは一体、どうなっているんだ??といい意味で畏れられたい。

ここから10年で日本もアジアも大きく変わる。
10年後、NGOはどうなっているのだろうか?

誰も思いつかないそんな世界に踏み込んでみたいと思う。






# by japanheart | 2014-10-22 03:21 | 活動記録 | Comments(0)

人生はマラソンでしょ?

人生はマラソンでしょ?

 最近よくスタッフにアドバイスしているのは、この台詞。
 前からよく、人生を相対化しろというけど、こちらの方がずっとイメージしやすいと思う。

 医者としての私の人生がたとえ40年あっても、私の人生の一部に過ぎないから、ここは大切なポイントかもしれないけど、そこが全てではない。
 医者としての人生は、私の人生の前半中盤あたりから人生の後半にかけての時期ではあるが、普通に生きれば医者を引退してからまだ10年くらいは生きなければならないことになる。

 医者人生40年とすると、このうちの1年を早く走っても仕方ない。その時間に無理をして、ペースを乱し人生をガタガタにしたら元もこもない。
 また、医者としての人生を膨らましすぎて、人生の全てが台無しになっても仕方ない。
 
 こう考えて日々生きていくほうがきっと上手くいく。

 昔、岡山大学の大学病院外科で若い医者の自殺が相次いだ事件があった。
 何があったかはわからないが、最終的には心身喪失になったのだろう。
 この若い医者たちは、日本では確実にエリートで、大学に受かったときはさぞかし両親も本人も喜んだことだろう。
 でも結果から言うと、医学部に受からなければ、自殺などすることはなかった。
 医者にならなければ、そうならなかった。
 大きな大学病院に入らず、小さな地方の診療所に勤め、周りに大切にされていればそうならなかった。
 
 人生というのはトータルで見てみないとなんともいえない。
 人生全体を最高のものにするためにどう走ればいいのかを考える。
 これは人と比べてどうのこうのという問題ではない。
 人生はマラソンと唯一の違いは、スピード競争ではないということだ。
 しかもたった一人で走る競技なのだ。

 だからどのくらい早く走るのかということではなく、どのように走れたのかということが大切なのだ。
 自分の納得いく走りができたのか?
 ただそれだけだ。

 毎日を必死に走ることは大切なこと。
 しかし、この考え方のいいところは、自分が逆境のときに役に立つことだ。
 苦しいとき、思い通りにならないとき、人生はマラソンだから、この時間をどのように位置づけ、考え、過ごすのか。
 そのように考えるべきだ。

 本気のアスリートたちは、ペース配分を考えることがあっても、手を抜くことはない。
 このことは大切だ。
 だから毎日、必死に走らなければならない。

 大切なのは歩いてもいいから、途中で走るのをやめないこと。
 最終的にどんな走りになっても、手を抜かず必死に最後まで走ればきっとそれなりに「まあ、こんなもんかな」と自分は納得すると思う。

 という自分ももう後半に入っているので、これからどんな走りをするのか、したいのか、今も必死で走りながら考えている。
 


# by japanheart | 2014-10-13 03:03 | 随想 | Comments(0)
ファーストレディー 安倍昭恵さん について

色々揶揄するマスコミもいるが、私が知っているファーストレディー 安倍昭恵 さんについて語ってみたい。

彼女とはじめて知り合ったのはご主人がまだ、官房副長官の頃だった。

昭恵さんは以下のように私の中でイメージされている。

1)日本のことがとっても好きで、本当に日本のために生きようとしている。
2)涙もろい。
3)私よりはるかにお酒が強い。
4)できる限り公平性を持ちたいと心がけている。
5)一本気。

江戸時代のどこかの姫様みたいなイメージがある。

2008年ミャンマーがサイクロン、津波による被害で14万人も亡くなったときに渋谷の街頭に自ら立ち募金を呼びかけていた。現役のばりばりの政治家の奥さんでこんなことをする人はいなかった。
今も、東北にあしげく通っているが、政治家の妻としてより、一人の人間として通っていると思う。

私は彼女が日本のアジアや途上国に対する国際人道支援の広告塔にもっともふさわしい人間だと思っている。
彼女のような人が広告塔になってくれれば本当に日本のイメージもどんどんアップすると思う。

これは僕の勘だけど、将来はご主人よりも別の意味で名前を残すのではないかと思っている。

70年も前にミャンマー(ビルマ)のような国で亡くなった日本の人たちのことをいつも心に留めていてくれる人に悪い人はいない。
私も彼女もそういう意味ではミャンマーという土地で歴史の声を聞いた人間だと思う。

私の背中にも、彼女の背中にも、20万人の日本の人たちの”日本をよろしく!”と言う声がいつも木霊している。




# by japanheart | 2014-09-28 10:05 | 随想 | Comments(0)

芸術としての人生

全てを手に入れた人は最後に何を求めるのだろう?
学生で企業家を目指す人たちを前に人道支援について講演会をした時に、ある学生が私にこう感想を述べた。
「とは言っても、僕は金持ちになりたいんです。」

それでなくても今時の人は、昔の大名みたいな生活をしてぜいたく品を食べ、
便利な乗り物にのり、病気の時はしっかり医療を受けることができ、、、、。

人は、果たして最後にたどり着くのは、、、どこなのだろうか?

大きな目標を掲げ、前に向かってどんどん進み、大きくしっかりとした時間の中で生きる。
子どもの頃の、小さな時間で達成される目標から始まり、しっかりと時間をかけなければならないような目標にどんどんシフトし、
やがて人生の多くの時間を費やさねばならない目標に取り組む。
それらがおおよそ達成されるような事態になったときに、さらに大きな目標はその向こうに見えてくる。
若い頃は、大きな目標を達成することが喜びで生きがいだった。
達成したときの自己肯定感はたいしたものだった。
しかし、いつからだろうか?
大きな目標を達成しても、若かりし頃のあの感覚は蘇らない。
生きがいとか、充実とかそういう日々を与えてくれそうで与えてはくれない。

極大は至りて極小にいたる。

長い時間を賭けて大きな目標を達成していくと、やがて満足感とか充実というのは目標そのものの中にはなくなってしまう。
目標は所詮、目的になってしまう。

そしてやがて悟るのだ。満足感や充実というのは長い時間を無限に細切れにした中にこそあるのだと。
すなわち、全ては瞬間の中に宿るのだと。
そしてその中でしか充実などという感覚は得れないのだと。

日々、生きている実感がほしければ、少しでも密度の高い瞬間を持つしかない。
多くの時間はその瞬間のために犠牲にされる。
しかも歳を取り、自分に何も課さなくなった人間からはこの瞬間、永遠なる現在は失われていく。

お金がほしければ求めればいい。
それを目的にしてしまえば、やがては”永遠なる現在”から遠のいていく。
若い頃はお金や権力のパワーに振り回される。
それはそれで若い頃は充実も満足感も得ることができる。
しかしいつしか、同じパワーに満足できなくなる自分を感じることになる。
まるで麻薬中毒患者のように。

若かりし頃魅力的だった多くの人間が年老いて魅力が衰えていくのはどうしただろうか?
肉体が弱り、老衰していくのは仕方ない。
しかし、私は人間力や芸事というのは極論すると、死ぬまで進化するものだと思っている。
だから武道の達人は書や絵画の達人でもありえるのだ。
武道の最高の極意は、戦わず勝つというのがある。
これは技術に支えられた人間力のなす業であり、芸術の領域に属するものだ。
年老いた白髭の老人が若い猛者たちをバッタバッタと倒していく武道の達人のイメージのようなものが強くある。

自らの人生に何をどう課すのか?
それが最も大切になってくる。

人生50年。
ここから先は、それぞれ人は芸術性を帯びていかねばならない。



# by japanheart | 2014-09-23 10:25 | 随想 | Comments(0)

今時の若者を恐れる

今時の若者を恐れる

 よくよく昔から、否定的なニュアンスで「今時の若者は、、、、、!」というフレーズが使われる。
 実は私も最近は若者でなくなったのでこのフレーズをよく使う。
 しかしながら、その後の言葉が少し違うのだ。
 しかもこの若者というのもただ目の前にいる若者たちをさしているのではない。
 世界中の目に見えない、得体の知れない若者たちたちをも指している。

 私はこう言うのだ。
 
「今時の若者の中に、油断ならないやつが紛れ込んでいる!」

 1980年代を境に若者はおとなしくなり、少年犯罪も減少の一途をたどる。
 海外にひとりでやってくる若者でさえ、昔の若者のように大人びた人は少なく、何となく幼さを残す。
 意見を求めると、中学生のようなことをいう大学生も多いのが現状だ。
 かつて日本人たちは海外へ出たくて仕方なかった。
 戦争に負けて、中国や朝鮮半島、台湾やアジアから引き上げその後、長らく海外へ行く選択肢はなかったのだ。
 パスポートを持つことさえままならない時代が続き、ようやく最近は多くの人が自由に海外に行ける時代になったのだ。
 こんなにいい時代なのに、ビビッて出ないやつが多いし、頭も心も幼稚になっているので私もこの世代をなめていた。

 ところが、ところがである。
 この日本人の閉鎖性に時代が風穴を開けつつある。
 多くの若者の才能が、その触媒を得て、目覚めようとしている。
 
 世界を一瞬にして情報が駆け巡り、SNSを通じて簡単に情報をやり取りする世代が、あっという間に大人たちが造った世界観、価値観を塗り替えていく様を、見せつけられている。
 
 国際協力、国際医療の世界だって私たちが日々、コツコツと積み上げているにこんな若者が、思いつきで、何気なく、いとも簡単に、明日世界観を塗り替えてしまうかもしれない!という恐怖感に日々さいなまれる。

 世界には侮れない若者がたくさんいることを、私は知っている。
 
 上の世代が造ったものに挑戦するのは気持ちいいし、こころも晴れる。
 しかし、下からの追い上げよりもこころを焦らせることはない。

 これからは上も下も気にしながら生きていかなくてはならない。
 
 大変なことになった。

 
 

# by japanheart | 2014-09-17 13:00 | 医者の本音 | Comments(0)

折に触れ

折に触れ

最近はどうも昔のことをよく思い出す。
子どもの頃、中学生の頃、高校の頃のことなどなども思い出す。
その時々で自分なりに一生懸命のつもりだったのかもしれないが、本当に時間がもったいない人生を過ごしてしまったと思う。

先生も後悔してるんですか??
とよくスタッフにも言われるが、当たり前に普通の人以上に後悔している。
悲しいかな時間は戻らない。
どうしてこんなになってしまったんだろうか?とよくよく考えてみると、原因はたった一つのことに辿りつく。

”正しいと思ったこと、いいと思ったことを実行しなかった。
実行してもすぐにあきらめた。”

ホントこれだけだった。
お粗末さま、、、、。

これからどれほどの時間を有意義に使えるのだろうか?

私は世の中でそれほど重宝はされていないと感じることが度々ある。
多分、私自身が世の中を大切にしていないからだろうと思う。

それと同じなんだろう。
自分がいいと思ったことや正しいと思ったことを自分の人生で自分に形にしてあげないから、自分の人生は何も返してはくれないのだろう。
 
10代のとき日本でグタグタしているくらいだったら、アジアやアメリカの学校へでも行けばよかったかな。
勇気を出して。
今ならば、こころから奇声を発して気合をいれ、全力で突っ込んでいけると思うが、、。

若い世代には、私からのお願いなんだけど、どうか10代や20代の頃の私の敗戦の仇を討ってもらいたい。
よろしくお願いします。



折に触れ、その時代の自分を映す歌を最近、思い出している。

面白いことに、自分の人生のなかで何度も現れた人生の歌というべき歌が2つあった。

中島みゆきの ファイト!
という歌と
竹内まりあの 時空(とき)の旅人
という歌だった。

私の尊敬する偉大なミュージシャンの
浜田省吾さん と 氷室京介さん  の人生の歌としては現れなかった。ちょっと残念、、、。
歌もさることながら、彼らはその存在そのものが、レジェンドだから許してもらおう。
きっと僕なんかよりも、もっともっと彼らを必要とする多くの人々の”人生の歌”として彼らの歌は存在している。

やっぱり音楽はいいな。
すごい。

私もせめて彼らのように、彼らの歌のように人々の人生を色づける存在になれるように、まだまだがんばるしかないな。
50歳にして振り出しに戻ったような心境だ。







# by japanheart | 2014-09-03 05:51 | 随想 | Comments(0)
ワンメーターを大切にすると、起こる未来

小さな積み重ねを馬鹿にしてはいけない。
小さな積み重ねこそが流れを生み出す。
川は小さな水の分子からできている。

私がタクシーの運転手ならば、ワンメーターの客を狙ってのせる。
気持ちよくワンメーターをのせまくる。
だから駅の長いタクシーの行列には多分、並ばない。長い時間を費やしてようやく客を乗せても元は取れないと考えている。
町を流しながら、ワンメーター程の距離でもいい、どんどん客を拾いたい。
その丁寧で親切な積み重ねが、やがて長距離の顧客を呼び込む。
やがて大量のご指名のリピーターを呼び込む。

私が救急の経営責任医師ならば、喜んで深夜の軽症患者を診る。
いつでも断らずに、軽症の風邪や発熱、下痢症を積極的に相手にする。
やがて、そこで流れが生まれ、重症の患者たちが運び込まれる。
たとえ軽症でも親切に、丁寧に診察された患者やその家族はそのままその病院を愛用することになる。
人は必ず死ぬから、死ぬ前には重症になってその人たちも、その病院に運び込まれる。

うそだと思うのならば、逆に、ワンメーターの客をどんどん断り、軽症患者を粗末に扱ってみるといい。

小銭をバカにし、大切にしない人間は、大きなお金にも見放されるに違いない。

人生の大切で重要な流れを作るには、特別な能力は要らない。
ただ大切に小さなことを嫌がらずに積み重ねていくだけだ。
特別な能力は、その流れの中でやがて巡ってくる大きなチャンスをつかむときに必要になる。
しかし、特別な能力もまた、日々の積み重ねの中で身についてゆく。

毎日の掃除を小まめにしているか?
小まめに挨拶をしているか?
何が流れを呼び込むか分からない。
だから毎日行うことは、しっかり丁寧に意識して行ったほうがいい。





# by japanheart | 2014-08-31 04:50 | 基本 | Comments(0)

身の程を知ること

身の程を知ること

今年で、私が国際医療を担う医師になることを決心し医学部を目指しまる30年が経過し、
海外医療をミャンマーではじめてからまる20年が過ぎ、
ジャパンハートをつくりまる10年が過ぎた。

 何だかんだの節目の今年、で、外務大臣表彰と沖縄平和賞をいただく事ができた。私自身にとってはそれはさほど意味を成さないが、支援してくれた人々や活動を支えてくれたスタッフたち、そして苦労をかけた家族のためにも、なんだか理屈の通った言い訳ができたみたいで少しほっとしている。
 
 最近では、現地人医療スタッフや日本人医療スタッフたちがどんどん力を付け私は引退前のピークアウトしたかつての名打者のように代打で時々、舞台に立たしてもらっている感じがする。
 スタッフたちにそのように言うといつも、「そこにいてくれることに価値があるんです!」といわれるが、
それではなんだか病院のいたるところにある仏像と同じ扱いだな、と素直に喜べないでいる。
 技術を見せつけないと人から尊敬を勝ち得ないようでは、人としてまだまだだと、反省している。

 たまたま先日全く偶然に、あるフォルダを開いたらこの10年間のさまざまな現地での活動の写真が何百枚と出てきて、懐かしい顔をたくさん見かけた。
ジャパンハートや私という人間に不満を持って立ち去っていった人間もその中にはたくさんいた。
しかし、みんないい顔をしていて患者と触れ合っていたり、笑顔で仲間たちと写っていたり、ホントみんないい時間を過ごしていたんだなと、改めて感じることができた。

そして何より思ったのは、このような人たちの努力の積み重ねで今の私やジャパンハートという組織があるのだなと、思った。
そして、その中の誰というわけでもなく、その人たちの人生の合力の功績に対して自然と敬意と尊敬の念、そして感謝の想いが沸いてきたのだった。

この節目の時期に天は、驕るのではなく足元を見ることと、自己の身の程を知ることを私に要求している。



# by japanheart | 2014-08-25 03:46 | 活動記録 | Comments(1)

力を抜いてね

力を抜いてね

私は今まで少し力んでいたような気がする。
エネルギーもあったし、欲もあったし、見栄もあったし、意地もあった。

しかしながら私の人生には幼い頃より、なぜか厭世観があって、もう一人の自分がなぜかいつも忠告してくる。
「そんなに組織を大きくすることは意味あるの?」
「そんなにお金を稼いででどうする?」
「そんなに名前を知ってもらって何がうれしいのだ?」

いつもいいところになると、この忠告というか警告というか、内部の声に私は何がしかに理由をつけて応えねばならなかった。
そして、その応えた結果が、現在の有り方の質の上昇を結果的に生み出してきた感がある。

それはそれで自己を見つめる作業であったし、大いに意味があった。

でも最近は、人生もっと力を抜いてみたら、どうなるのだろうと思うようになった。
きっと全て最終的には上手くいく様な気がするが、なかなか勇気もいることだ。

そう悩み考えているうちに、やっぱし今後、自分のやるべき大きな仕事は教育じゃないかと思い出した。
単に、医者を教育するとか医療者をというだけでなく、大きく日本の若者や子どもたち、そしてその向こうのアジアの若者たちに、何か人として大切なことを伝えていくことなんじゃないかと。

彼らががんばってくれれば、私が成し遂げた仕事の数万倍の成果をこの世に提供してくれる。
幸いに、医療を私の代わりにやってくれる人たちがかなり多く活動を助けてくれるようになった。

だったら、やっぱりここからは人間教育でしょ!
ということで、今後また何かいいアイデアを考えて発信するつもり。

# by japanheart | 2014-08-15 10:17 | 医者の本音 | Comments(0)

一から広がる世界

ようやく、ラオスの腎臓がんの子どもは日本に来れた。統計的には日本で治療できれば生存確率は7から8割。
あと1週間、来日が遅れていたら繰り返す嘔吐や低栄養、脱水あたりで死んでいたと思う。
あのタイミングでラオスを訪問できてよかった。

日本人たちは今日も、肥満を気にしながらおいしいものを食べ、世界の飢餓の子どもたちを心配する。
所詮、他人のいのち。
それは、現実に起こっているだろう事だが、映画の中の出来事のように感じる。
それはそれで仕方ないことだと思う。
人間は、同時に空間をまたいで生きることはできない。
アフリカの飢餓が、カザの空爆が、どんなに許しがたい現実の出来事であろうとも、自分の現実にならない限り動けないのだ。
人間とはそういうものだ。

そう考えるとこれらに介入するためのポイントは、それを如何にそれぞれの人間にとっての現実にできるかということになる。
しかし、それは向こうからはやってくることができない。向かうからやってくるような認識を作り上げることができるのはマスコミの力だと思うが、それを行使できるマスコミと人間が少ないのは悲しいことだ。
 いくら有名人でも自殺した人間の話や芸能人のゴシップを繰り返し流しても、誰も助かりはしない。
日本の政府にアジアの富裕層相手の病院建設のためにODAを与えるその5%でも貧しい子どもたちの有効で、確実な
わたしたちのような活動にまわしてくれるのが国民の声だとしたら、TVや新聞をそのようのな貢献のためにたとえ3%でも裂くのが世界の常識になればいいなと思う。

第二次世界大戦の前に杉原千畝という外交官が迫り来るナチスやソビエトの迫害からユダヤ人を救うために数千枚のビザを日本本国の命令に逆らって書き続け多くのユダヤ人を救った有名な話がある。
これのポイントは、彼にとってのユダヤ人はやはり自分にとっての現実になったということだ。
彼には大切なユダヤ人の友人がいたという。11歳の少年とその家族だった。
彼が書いた命のビザの最初のものはその家族に対するビザだったのだ。
彼にとっての現実は、迫害を逃れたいと逃げてくる多くのユダヤ人たちではなく、この家族だった。
その家族がいて、そしてその向こうに数千人のユダヤ人たちがいたのだ。

それが私がたった一人の命の医療にこだわる理由なのだ。
私の前に現れたラオスの1歳のがんの少女こそは私の現実であり、世界に多く存在する同様の子どもたちはいまだに現実ではない。
しかし、あえて言うと、そのまだ見ぬ子どもたちが、この1歳の少女の向こうに存在すると確信している。
多くの子どもたちを救いたければここから始めるしかない。
自分と接点のない世界の悲劇は、私の人生に力を与えてはくれない。

理性は動いても、心が動かなければ、世界は変えれない。

今日、岡山医療センターでこの子の手術が始まる。
日本の小児外科の重鎮で中四国地方でナンバーワンの小児外科医 青山興司先生と彼の後継者でこれから日本の小児外科の世界を背負ってたつだろうと私が確信している中原康雄先生が執刀してくれる。

昼寝でもして結果を待とう。




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# by japanheart | 2014-08-07 02:36 | 活動記録 | Comments(1)
国家というシステム、この厄介なもの

 一月ぶりにラオスに来ている。
 小児の腎臓がんの1歳の少女はまだ、この国を出ることができない。
 一月前、すぐに用意し始めたパスポートの準備がまだ完了しないからだという。
 ミャンマーでもそうだったが、こういう国の田舎の人々は戸籍もない人が多い。
 だからそこから用意しなければならない。そこに時間が取られる。
 今では日本も、1週間足らずでパスポートを取れるようになったが、私が学生の頃は1月かかるのが当たり前だった。
 この国のことを笑えない。
 今でも海外に来る日本人医療者には厚生省に頼んで英文免許を出してもらうのだが、これも平気で2ヶ月かかる。
 プリントアウトされたものに、印鑑とサインがしてあるが、この1枚30秒で終わる書類をもらうのに申請して2ヶ月以上かかっても来ないことがある。
 笑えないでしょ?今でも役所仕事というのは、こんな感じになっている。

 こっちも笑っていられない。
 子どもの状態が、いまいち悪くなっている。
 飲んだものを吐いてしまう。
 腫瘍も確実に大きくなっている。
 体重も少しへってきた。
 6キロほどの彼女の体重の1キロほどは腫瘍の重さだと思う。
 吐いているこの子に今日は点滴を入れた。
 少しでも時間を稼がなければ。

 スタッフに言ったんだ。
 「賄賂でも何でもいいから払っても死ぬよりはましだろ。早くパスポートを取ってくれ!死ぬ前に!!」
 眉をひそめる人もいるかもしれないが、偽ざるべき私のこころの声だ。
 明日、首都ビエンチェンに向かう。
 親も子も一緒に、パスポートをとるための面接があるらしい。(マジで。ここは社会主義の国なんだ。)
 
 中東ではイスラエルがカザを爆撃し、すでに数百人の人たちがなんと簡単に死んでいるのに、私たちは、一人を助けるためになんと苦労をしているのだ。
 あまりの無力に笑えてしまう。

 さっき子どもに点滴を入れたときに大泣きをしていたな。
 大きな声で泣いてくれたので、少し安心した。
 何とかしないと。

 天はこの子にどんな運命を与えているのだろうか?
 それも分からず、私たちは必死にやるしかない。

 スタッフたちの健闘に期待する。
 
 
 


# by japanheart | 2014-07-28 04:23 | いのちの重み | Comments(1)

常識を疑え

常識を疑え

 国際貢献なんて、特別な人間じゃないとできないということが常識だった。
 特に医療は、経験年数があって、英語などの外国語もできないと、やる資格すらないのだというのが常識だった。
 国際医療貢献は、保健・啓蒙活動が中心で、治療を主とする臨床医療を行うなど、時代遅れだと当たり前に思われていた。

 私はこれの全ての常識を疑った。
 もちろん揶揄もされたし、非難もされた。
 しかし、自分のこころの声と内なる基準に素直に従ったのだ。
 もし言葉が大きな障害になって、医療ができないとすると、医療はサイエンスではなくなってしまう。
 途上国で臨床医療をすることが、時代遅れならば、目の前にある先進国で行われている臨床医療そのものも否定されるべきものだからだ。
 
 今から思えば、それらは常識などではなく、単なるトレンドであったのだ。

 果たして、途上国の数万人の人間がその恩恵を受け、たくさんの人生が救われた。
 英語などしゃべれなくても国際医療をしたものは数千人に達し、実際の途上国の患者たちに医療を届けた日本人は数千人に達した。
 
 つまらない世間の常識など、吹き飛ばしてしまえばいい。

 日本でも医療過疎地があるのに何で外国なんだ?
 日本で小児科医が足りないのに、なんで外国でやるのだ?
 自分ではそのために行動できない人たちの非難をたくさん受けた。
 そんな彼らの常識に目もくれずに、自分のこころの声に従った。

 その結果、海外に来た人たちの力を借りて海外だけでなく今では日本国内の僻地・離島に派遣した医療者も100人以上になった。
 日本の小児科がなかなかできないがんの子どもたちと家族のための事業も始めることができた。

 今回もラオスから1歳の小児腎臓がんの女の子をつれてきて日本で治療する。

 何でその子だけなんだ?
 ほかにも一杯、同じような子がいるじゃないか?
 と声が聞こえそうだ。
 
 一人も海外のそんな子どもを助けることができない人間たちがそんなことを言っても説得力があるか?

 一人でも助かりゃいいじゃないか!
 
 多くの人を助ける仕組みを作るのは大変なことなんだ。
 その大変さも知らないから、簡単に建前論を言う。
 
 そんなこと、簡単にできていれば日本で医者たちも今みたいに苦労はしていない。

 力ない人間はこうして、一人ひとり丁寧に助けていくしかないんだ。

 ラオスの腎臓がんの1歳の女の子は8月、日本に来て治療を行うことが決定した。

 

 

# by japanheart | 2014-07-19 10:27 | 活動記録 | Comments(1)
1歳の小児腎臓がんの子どもを救いたいと思う

 ミャンマー、、、カンボジア、、、ラオスと移動し治療をしながら生きている。
 今日まで、ミャンマーで中四国の合同小児外科のチームと合流し、小児の手術をおこなっていた。

 この6日前、ラオスで治療中に1歳の子どもがおなかの固まりを見せに来た。
 
 子どもは検査の結果から、小児の腎臓がんだと思う。
 現地での検査代ですでに母親は限界らしい。
 ラオスでもこのような病気は多くは治療できないのだろう。
 
 この病気は、本気で治療すれば治る可能性も十分ある。
 日本で手術する。
 やるかやらないか?
 いつもこの選択なのだ。

 おそらく、やってほしくない人は誰もいないだろう、、、。
 また、お金が必要だな、、、、、。また、みんなに渋い顔されるかな???
 
 この子、一人だけでも助かれば私が国際医療に人生賭けた元は取れるかもしれない。
 そう考えると、もう十分に人生の終始はプラスをいただいている。

 早めに動き出そう。
 時間はあまり与えられていない。
 
 では、ラオスおよび日本スタッフのみんなよろしくお願いします。
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                (この子を、よろしくお願いします。)
               
 

# by japanheart | 2014-07-07 10:08 | Comments(0)

こころの年齢

こころの年齢

こころの年齢というものがある。
最近、サプリや食事療法、肉体改造などによる今流行りの実際の年齢よりかなり若く見える体の話が巷を賑わしている。
しかし、私の経験から言うと、もちろん肉体が若いのはいいことだという前提だが、実際にある経験を人生の中で味わっていくときの幸せ度は、肉体の若さと相関せず、こころの年齢に相関してそれが決まる。

分かりやすくいうと、いくら50歳で20歳の肉体が持てても、所詮、50歳のこころので感じる幸せしか感じることができないということだ。
50歳で、20歳の女性と恋愛しても、20歳の頃のような気持ちや感動はなく、50歳、その年齢相応の恋愛しかできないということ。
一瞬、感情の高まりはあるかもしれないが、それは長続きはしない。

人には、こころの年齢に見合った生き方、感じ方というものがある。
そのことを知らねばならないだろう。

それぞれの年齢に見合った経験を積み重ねていく。
人間とはそういう風に、生きていくしかない。

今の私には、人生の大きな目標というのは存在しない。
ジャパンハートの代表としての目標はあるし、医師としても目標もある。
しかし、私のという人間の目標は存在しない。

私という人間は、ただただ、生きていることに幸せを感じることしか有り様を表せないのだ。
到達点もない。
今、このときを、いかに密度高く充実した時間にするか、それしかない。
”永遠なる現在”を意識した生き方。

そういえば、こころの年齢を重ねると感じることがある。
私だけにある感覚かもしれないが、時代とのマッチングを色で見分けるという感覚だ。
今までの時代は、原色の時代だった。
濃い赤や茶色、青もそう。
しかし、これからは薄い色の時代になる。
薄いピンク、薄い青、薄い緑。
そういうイメージを持っていない組織は時代に取り残されていく。

たとえば古いデパートは何色をイメージする?
医師会などの制度は、どんな色?
日本政府は何色だろうか?

ジャパンハートはもちろん薄い色に導いていく。

まあ、そんなこともこころの年齢を積み重ねると何となく感じるようになる。
肉体は、衰えを隠せないが、歳を少しずつとっていくのも悪くないかな?と自分を慰めている。



# by japanheart | 2014-06-29 19:45 | 随想 | Comments(0)
これからのアジアで何をするのか?

 先日のインドネシアの調印は無事終了した。
 インドネシアは東西に広がる島々からなり、その広さはアメリカ合衆国と同じ位になる。
 ここで災害が起こればどうすれば医療団をアプローチさせることができるのか?
 インドネシア政府主導の青年団2万8000人所属の全国組織TAGANAという団体をカウンターパートにこれから災害訓練を行っていくことになった。
 フィリピンもそうだが、一部の医者やクリニックの人たちと懇意にしてその人たちに支部をつくらせいざという時に動くのは限界がある。
 そして、アジアの国々の人々は今までのような格下の相手ではなく、対等のパートナーとして上手くやっていってくれると思う。
 だからそれぞれの国でジャパンハートがカウンターパートにするのは全国的な組織ということになる。
 インドネシア、フィリピン、ミャンマー、徐々にその範囲を拡大していく。

 さて今日の話はそれよりも、アジアの今後を俯瞰して私たちがやっていかなくてはいけない役割とは何かについて再確認しよう。
 1)これからのアジアは、貧富の差はどんどん広がる。
 2)意外かもしれないが、東南アジアの国々はかなりのスピードで高齢化社会に突入していく。
 3)国民皆保険を十分に発達できないような経済格差が都市部と地方に存在する。
   (都市部と地方の経済格差は30から40倍になるといわれている)

 ここから導かれる解は、貧困層は相変わらず医療にアクセスしにくい状況が続くということになる。

 これらに人々に医療を届けていくのがこれからも私たちの使命のようだ。

 さらに私がもう一つやってみたいことがある。
 今まではあえてそうしなかった方法だ。
 その地域の人々に見合ったレベルの医療を提供していくということだったが。
 簡単に言うとミャンマーの貧困層の人々に、日本の人々が受けているような最新の医療行為はしないということだ。
 それなりの理由があったからだが、、。

 これを大きく変えていこうかとも思っている。
 せめて、手術は最先端の手術器具を使い、先端の治療を行ってあげたいなと。
 そうすれば、富裕層の人たちほどではないにしても、それなりの満足と安心は得ることができる。

 これが正しいことかそうでないかは分からないが、誰も損しないならやってみよう。

 最近すごく感じていることがある。

 それは、ジャパンハートの医療のあり方自体がもうすぐ大きく変化するだろうということだ。
 それは私たちの要求というよりは、時代の流れということだと思う。
 それに、適応するように変化すればそうならざるを得ないということだろう。

  最後に、、、。 
 
人間、時間があれば余計なことを考えてしまう。
 目の前のことに、一生懸命に生きて死んでいくのが幸せなのだろうか?
 ふと振り返れば、あっという間の数十年。
 大きな目標を掲げ、あるいは何かの目標や目的を達成するために、今日や明日はやりたいことや時間を犠牲にして生きてみる。
 そんな生き方は今の私にはもうありえないと思う。
 その生き方をできる人間は、無邪気にも明日や数年後の自分の生を信じている人間だけだ。
 私には、その確信が持てないのだ。
 だから、せめて今の時間に生の確信を求める。

 大きな栄達は結果であって、目標にしてしまっては人生台無しになる。
 その過程の時間を常に、意識して生きてみたい。

 私はあとどのくらいのことを成すことができるのだろうか?
 たとえ、どんなことが成せたとしても今日という一日一日に満足しなければ、死んで生きているようなものだ。
 人は生きて、そして死んでいかねばならない。

 この部屋の窓の外から入る夜風が心地よい。
 私はこの風の心地よさを感じるために生まれてきたのだ。
 

# by japanheart | 2014-06-22 02:40 | 活動記録 | Comments(3)

日本政府を嘆く

日本政府を嘆く

 政府は国民以上にはならない。それは、国民から選挙で国会議員が選ばれているいる以上は当たり前すぎ話し。

 どうして、人間は上に立ったと思った瞬間から、このようになってしまうのだろう?
 あるいは相手が、政府の役人だと思った時から、日本人たちはそんなにへりくだるのだろう??

 今、国際協力の分野での日本政府のやり方はパターン化されていて、まず比較的簡単な草の根の支援を政府の予算の一部を使って行う。
 次に、JICAなる組織を使ってどんどん援助を落としこめて行く。
 それで結構いい線いけていると考えているのが彼らである。

 しかし考えてほしい。
 世界は広い。
 そんなものでカバーできるわけがない。
 
 見る人が見たら、穴ぼこだらけで、笑っちゃう!

 この大きな穴を誰が埋めるのかといえば、民間に頼るしかない。
 民間の人々が動き、政府のやっている間隙を埋めていくしかない。
 問題は、その民間も政府も、もうその内容や価値を判断できる人間がその場にいないことが問題なのだ。
 しかも、この上から目線とお金ほしさの下からのへりくだり。
 政府の援助をもらうと、よく言われることがある。
 きめ台詞はこれだ!「国民の税金なんで。」
 僕はその国民の一人なんだけどと思ってしまう。
 自分のお金を自分で大切に使えない人間はバカである。

 たとえば、私の専門分野。
 アジアの人命にとって最も重要なポイントは何か?
 そりゃ、子どもの命でしょ、となるが、カンボジア、ラオスの子ども病院は韓国が全部先に手を入れてすでに日本は蚊帳の外。
 ミャンマーの心臓病の子どもは100人に1人いて、手術をしなければ大方近い将来に死ぬ。
 しかし、子どもの心臓外科医は一人もいない。
 これってどう???
 100人に一人の子どもの命ってすごくない?
 これって日本がすればすごくない?価値があることない?
 未来永劫、100人分の1人が助かっていくってすごくない?
 
 でもそのことを発見できた人間は僕だけなんだ、、、、。
 
 でもそこはぐっと我慢して、外務省に行ったのだ。
 そこで外務省の人間から言われた台詞を国民のみんなが聞くとびっくりするぜ。国民の代表としていったのにね。
 アジアの富裕層相手の病院経営のためにしこたま企業を支援して支援金のお金を出すのはいいけど、せめてその一部でもアジアの貧困層の子どものために使う。本当に、本当にだよ、効果があるこんなことに国民の税金の一部をつかってもいいじゃない?

 どっちに税金を使ってほしいのか?
 聞いてみるといい。ドナーの国民にだよ。
 僕はきっと国民の常識を信じるね。

 アジアの子ども病院だって、日本がやればいいだよ。
 民間を信用しないから、そこにきづかなかったんだよな。
 わずか600万人の人口のラオスにJICAが派遣している人間の数と予算を聞いたら国民はほんとにそれがバランスがとれたことだと思うかな??

 僕に任せてくれたら、アジアでほんとに必要な医療支援は軒並み日本が主要な役割を果たせるようにする自信があるけどね。
 僕は民間の人間だからな、、。政府はまた適当にやるだろうね。


 今からインドネシアに行ってきます。
 インドネシア政府と正式に調印するんだ。
 災害の国際緊急救援の枠組みをアジア全域に張るその始まりよ。
 インドネシア政府はそれの価値を分かってるんだね。
 日本政府はね、だめ!!JICA,JICA,JICA.......
 やがていいポジションを子ども病院のようにほかの国に持っていかれる。
 
 でも安心してくれ!日本国民の若者たちよ。
 僕が君たちがそれを実現できる枠組みを身を挺して残しておくから。
 
 日本人はすごい!本当の友達だ!!
 日本人はありがたい!って
 必ず、君たちに言ってもらえるようなそんな仕事ができる枠組みを残すから。

 日本政府はぼくらのことをなめてるのかね??

 
 


# by japanheart | 2014-06-08 14:50 | 活動記録 | Comments(3)
再現性という魔術ーその2


 再現性の効力についてまだ、認識不足のようだから今日も再度、それについて話したい。
 究極の再現性はどういうときに発揮されるか?ぴんと来ないからその有効性を認識できない。

 究極の再現性は実は、生死を分ける戦争のようなときにこそ発揮される。
 山本七平さんが生前、第二次世界大戦の日本兵の優秀さについて書いた場面がある。
 一読されたし。
 その優秀で強靭な兵士たちは、武器ももたしてもらえず到底、日本兵ほどの訓練も受けていないアメリカの若い兵隊たちに火炎放射器で黒焦げにされたり、爆弾で吹っ飛ばされたりしてしまった。

 それ以外にも、もちろん戦闘機のパイロットたちの優秀さは戦争が始まったときには世界でも群を抜いていたと思う。

 しかし、その優秀なパイロットたちは結局、初期のうちにほとんどが死んでしまった。
 名人ばかりをそろえても、それに続く平均的な人々も育っていなかったからだ。

 どのようにしてアメリカがその人的なギャップを埋めたか。
 その人的ギャップを上回る圧倒的な兵器を作り出したのだ。
 戦闘機もしかり。

 この再現性は、別の言葉でいうと、科学性と言い換えてもいいのかもしれない。
 科学性を、もって事に当るようになれば、個人の頭の中から思考が飛び出し、構造的に、そして具体的になっていく。
 構造的、具体的なものは誰にも再現が可能になる比率は圧倒的に高まる。
 東洋医学と西洋医学の差は実はそこにある。
 東洋医学の名医たちの医術は、再現性に乏しいゆえに、持続性が薄い。
 彼らはまさに芸術家のようなものだ。

 だからこそ私は、ジャパンハートという組織を再現性のある組織にする。
 そうすることで組織にも、活動にも永続性が生まれる。
 それができれば、社会が受けるメリットは圧倒的に大きくなる。

 日本人はマネージメントができないとよく言われる。
 それは科学的な思考が、できないことに起因する。
 科学的な思考が自分に落としこめるようになると、自然とマネージメントができるようになると思う。


 さて、最後にこれはいっておかねばならない。
 では最高の形はどういう形なのか?

 それは、上に立つものが卓越した芸術性を持ち、下のものが再現性を強く実現できているような組織である。

 日本の医者に多くいるゴットハンドたちは、どうも下の人間を大切にしていない人が多い。
 あるいは、一匹狼な人が多いのは困ったものだ。
 それはすなわち再現性の弱い組織を生み出してしまう。
 頭だけでっかくて、体が小さいとバランスが悪くなる。
 肉体も組織も同じである。 
 


# by japanheart | 2014-06-03 02:40 | 活動記録 | Comments(0)

再現性という魔術

再現性という魔術


 私は”ゴッドハンド(神の手)”ともてはやされている人間は、好きになれない。
 別に、嫉妬からそう言っているのではない。

 組織を、あるいは医学と置き換えてもいい、それを発展させていくためにもっとも大切なことは何か?
 上にいる者たちの芸術性と下にいる者たちの再現性だと思う。
 
 マニュアルというものがある。
 これの正体は、下にいる者たちの平均への引き上げの目的にある。
 能力高きものは、マニュアルに従えば当然、パーフォーマンスは低下する。
 なぜならば、人を相手とする場合、この世に同じ人間は存在しないからだ。
 医療で考えると分かりやすい。

 ある患者が、重症の治療の状態にあるとき、この患者に薬を与えるタイミング、その量、あるいは人工呼吸器の設定を変更する条件などは、すべて最適化されるべきタイミングというのがある。
 ところが、マニュアルというのは、何時にどのくらい薬を使い、何時に血圧をはかりとすべて決まっている。
 それは、能力が低いものが患者を看る場合にはかなりメリットが多い、しかし、医療のレベルが高いものがそれに従うとき、患者にとっての最適化のタイミングをみすみす逃すことになる。
 よって結果は、実力以下になる可能性が高い。

 では社会にとってマニュアルを作ることは是か非かといわれれば、それを作るほうが圧倒的に利益が大きい。
 STAP細胞を引き合いに出すまでもなく、再現性をなすことが科学であり、それが人類の進歩を約束してきたといえる。

 ゴットハンドな人間は、再現性がない。
 よって、社会にとってはメリットよりもデメリットのほうが大きい。
 私たちが考えなくてはならないのは、そのゴットハンドを誰もができるものにどう仕上げていくかということである。

 彼しかできない手術を、ある機器を発明することによって誰もが再現可能な技術にすることが科学であり、社会利益が最も達成されることなのだ。

 ゴットハンドを会いも変わらず重宝する日本は、医学が科学ではなくて、芸術であると勘違いしているらしい。
 それはよくないことだ。

 それは突き詰めれば、宮本武蔵が、銃弾を切り落とすという幻想まで抱かしてしまう。
 達人 宮本武蔵はほとんど未訓練の兵隊が撃った銃弾に当り死んでしまう。
 その兵器を発明するのが科学ということだ。

 だから私はスタッフを再現性をもって引っ張り上げていこうと誓っている。




# by japanheart | 2014-05-24 10:38 | 活動記録 | Comments(0)

男と女の関係で考察する

男と女の関係で考察する


 ジャパンハートは若い男女が多く参加するせいか、おめでたい話も多く影ではジャパンハートのことを、
 ”出会い系NPO”とありがたくない名称で呼ぶ人たちもいる。

 今日はそんなダイレクトな男女関係のハナシではなく、仕事あるいは就職と自分との関係を男女関係にたとえると分かりやすいので考えてみたい。
 
 最近、ジャパンハートが事務局スタッフを募集するに当たりたくさんの人たちの応募をいただいて面接を繰り返しているのだが、正式採用する前に3ヶ月アルバイト期間というか試験期間をおいている。

 ジャパンハートという男性に、あなたという女性がアプローチしていると想像すると分かりやすい。

 その時、面接のときに、たとえばある人がこう言ったとする。
 「保険等の補償をしっかりしてもらえないならば御社に勤めるのはちょっと、、、。」
 当然、就職を希望するというのは相手(この場合、ジャパンハート)に惚れていることが前提になっていると考えたい。
 あるいはお見合いでもいいのだが。
 この場合、男女関係に喩えると、こういう台詞に変わる。
  「ご飯をおごってくれるならば、一緒に時間を過ごしますけど、、、、。」
 
 もしあなたが本気で相手に惚れていたら、あなたはご飯をおごってくれないといって、デートに行かないだろうか?
 本当にその男性をものにするためには、自らおごってでもデートに持ち込みたいと思わないだろうか?
 それほどの仕事でなければ、あるいは職場でなければ、今時のNGOなどの職場(一般の会社に比べて待遇が悪いことが多い)に転職してくる魅力などあるのだろうか?

 あるときジャパンハート側からこう切り出す。
  「では、アルバイトで3ヶ月様子を見ましょう。お互いに、相性が合うか確かめれるので」
 と言ったとしよう。
  これに対して、あまりいい顔をしない人もいる。

 これは男女関係で言うと。
  「では、まずは友達からスタートでお願いします。」ということだ。
 これに対して、いい顔をしないのは、個人的には、えー!友達からじゃダメなの!!と驚いている。
 いきなり、初対面で恋人になろうとするのは、少しきついと思うのだが。

  先日は、かなりの待遇の現在の職場を辞職する覚悟で面接を受けにきたある人が、帰り際に一言こういったのだ。
 「返事をずっと待っています。」

 これを男女関係に喩えると、
  「あなたがその気になってくれるまで、いつまでも待っているから!」になる。

 人も組織も構成する人間が日々を織り成すゆえ、そのあり方はそう変わるものではない。
 今の日本や先進国が行っている保証は、個人の権利の名の下に、ある場面ではあまりに手厚すぎ、ある場面ではあまりに手薄すぎるようになっている。

 企業は、本当に企業のためにやってくれている人間はもっと大切にしなければならないし、そうでない人間はそうする必要はないと思う。
 しかしながら、法律はそのように運営されていない。
 本当に成果を出しがんばっている人間も、サボりまくって遊んで給与だけもらうために働いている人間も、一個人として同等に扱う。これでいいのかな??
 
 能力の低い人を切り捨てる社会は間違っていると思うが、能力が高い人を、そうでない人と同等にしか扱えない社会も違っている。
 何も保証のない中でこの活動を始めた、というかそういうことすら考えたこともなかった。今までずっと給料もなしでやってきて、それが当たり前で、また生きがいでもありの日々だから。
 現地に来る医療者の多くも、無償どころか、自分で費用一切合財負担してきている人たちに囲まれて朝から晩まで働いていると、まず、給料はどのくらいもらえるのか?保障はどうなっているのか?と当たり前のことだけど、いきなり言われると、何となく腑に落ちない感じがするのだ。
 
 人間生きていかなくてはならないし、家族もいるから仕方ない。
 仕方ないけど、、、、なんだ。

 いい待遇を期待する人は、日本のNGOでは就職はまだ少し時期が早いかもしれない。
 今は精神的な生きがいとか、人の役にたちたいとか、将来の経験をためたいとか、そういう金銭的な欲求と少し違うものを求めに来る場所かもしれない。

 あと10年もしたら、そういう人たちの金銭的・安定保障な欲求にも応えられるようになっているかもしれない。

 
 

# by japanheart | 2014-05-18 02:26 | スタッフと想い | Comments(0)

未来のイメージを絞る

未来のイメージを絞る


 日々、同じ時間を過ごしていると段々退屈になる。
 人間というのは、一旦、征服してしまうと山でも、男女関係でも、手技でも、国家でも、、、。
 興味が半減してくる。

 そこで生まれる余力というか、未消化感というかそういうものが先へ進むエネルギーになっていくのだろうが。

 先日、約2週間の間に、200件ほどの手術をチームで行った。
 もちろん若いスタッフは、医師も看護師もがんばっていて大変充実した時間を過ごしていたに違いない。
 ところが私はというと、確かに体は年々きついが、この未消化感が強く、満足などしない。
 あるおいしい食べ物を食べ続けると、何度目にかは、
 「うん、おいしい。この味、この味。こんな感じ。」という程度の事態になるが、私のとっての200件の不朽の2週間はそれとさして換わらない。

 そこで生まれてきたこの余力を集めて、ある形にしていく。
 それが未来の目標ということになる。
 だから、日常をサボっていたり、目の前の事態に振り回され続けている人間には、未来の目標は生まれにくい。
 
 最近気付いたのだが、そのときにはじめの未来の目標というかそれと、ある未来の時点にたったときのその現実との乖離があまりに大きくなっているのはなぜか?
 どうして想像した、あるいは希望した未来と現実がこうもずれまくってしまうのか?

 この原因は一体?

 その答えが少し分かり始めた。

 それは今の自分という存在や思考の認識のイメージが現実とずれているからなのだ。
 それを修正しなければ未来は、時間と共にどんどんずれはじめて、ある一定時間がたてばすっかり現実が希望や想像とずれていることになる。
 それはそれでいいと言う人もいるかもしれないが。
 
 これを修正する方法を私なりにすでに考案をしているが、今日は書かない。
 灯台下暗しだが、誰もしていない方法で、少々、アイドリングに手間取るが誰にでもできるといえば誰でもできる方法だと思う。

 ヒントをひとつ。

 聖書の言葉。
 はじめに言葉ありき!
 をかみ締めよ。


# by japanheart | 2014-05-09 10:28 | 活動記録 | Comments(1)

10年後

10年後

10年後は一体どうなっているのだろう?
考えても仕方ないが、時代に振りまわらされたくはない。
最近のキナ臭い世界情勢の中で、あなたの家族や日本が今のまま安全であることなど誰が保障してくれるというのか?

人間は目の前の日常にしっかりコミットしなければならないが、いつ何時何が起こるかわからないと心の準備をしておいたほうがいいというのが私の見解だ。
 武士道が日本国民にそういう形で残っていけば、大いに意味がある。

 たとえ日本という国家がなくなっても、私も私の子どもや子孫もどういう風に生き残らせようかと考える。
 手に職を持つという方法は今も昔も有効な方法だと思う。
 さまざまな角度から、そういう視点を持ってみるのもいい。
 迫害の歴史が長かったユダヤ人たちに、医師や弁護士が多いのは偶然ではない。
 人の秘密を知ることができるポジションにいることは、彼らの安全弁だった。
 世界に最も移民が多いのはイタリア人・アイルランド人・中国人。
 過去の歴史に中で迫害の憂き目にあってきた歴史がそうさせたのだろうが、今やそれが彼らのさまざまな安全弁になっている。

 医療者の世界はどうなるのだろうか?
 医は仁術というのは、もう昔話になるかもしれない。
 社会も医療者に、人格を求めるのはいいが、それ以上の自己犠牲を求めてはいけない。
 これからは、医療を行うものは外国人になるかもしれない。
 期待が大きければ、また落胆も大きい。

 10年前、今の世の中を予想できて人はどれくらいいただろうか?
 20年前、この世からソビエトが消え、社会主義が消えていった。
 25年前、韓国は軍事政権だった。
 40年前、中国は文革をしていて、国民はみんな飢えて青い顔をしていた。
 50年前、日本は高度経済成長を駆け上がり、オリンピックをすでに終えていた。
 70年前、日本は戦争で焼け野原。壊滅状態だった。

 時間はあっという間にすぎていく。しかし、それ以上に時代が早く流れて私たちを翻弄するかもしれない。
 だからこそ、準備が要る。


 昔、乳がんの患者は早期に病院に行かなかった。
 私は若い頃はそんな患者たちを時々診たし、アジアでは今でも当たり前に見る。
 乳がんは、成長し、やがて皮膚を突き破って破裂する。
 そして噴火した火山のような形状になる。
 そこに感染を起こし、膿をマグマのように垂れ流す。

 しかし、患者たちはなぜそれほどまでにひどい状態何に病院に行かなかったのか。
 現実を受け入れられないこころ。
 それ以外に何があったのか?
 それは、今日の乳がんの様相と、昨日の乳がんの様相、そして明後日のその様相が、見た目にあまり変わらないからだ。
 一日一日は、それはほとんど変わらないのだ。
 しかし、その一日が積み重なって6ヶ月になったとき、大きく変わっている。
 1年たったとき、どうなっているのか?
 やがてその変わらない塊が破裂し、感染を起こし、異臭を発するのだ。

 変わらない一日を、見過ごしてはいけない。

 

# by japanheart | 2014-04-21 13:27 | 随想 | Comments(1)
信用というモティベーション


 国際協力ということではなく、信頼してもらえるというのは私が医療者として生きてきてもっとも私を前に事を進める動機づけになった原動力だった。

 まだ若く経験年数の少ない医師のときに、上司や患者たちに信頼してもらえるというのは、どんなに体が疲れていても私を踏み度とませる力となった。

 ミャンマーで医療を始めた1995年。
 ミャンマー中から集まり、未熟な私を無条件で信頼し、訪れてくれた人々の有難さは今でも忘れない。

 大げさでも何でもなく、この信頼に応えるためにお金も時間も労働も、私の持っているものは何でも投入することに躊躇も疑問もなかった。

 よくお金を出してまでボランティアをする気持ちが分からないという人がいるが、私はそういう活動を通じて人間が欲しいているものは、お金でなく、そういう信頼への喜びだと思う。

 お金を出してそんな活動をというときの人間の頭の中は、明らかに信頼という概念は吹き飛んで、お金が信頼の上位に位置づけられている気がする。
 人それぞれの価値とは言うが、少なくとも私にとってはお金よりも十分価値あるものだった。

 子どものときに、もっとも幸福を感じたのはお小遣いをもらう経験だったか、親にほめられたり、認められたりした経験なったか?

 それよりもさらに幼い日。
 まだ、お金などというものを知らない頃、子どもたちの喜びは、親に喜んでもらったり、まなざしを向けてもらえるということだったのではないか?

 今では、そのまなざしは、親から社会に広がったが、私たちの根本的な幸せは変わっていないと思うが、どうだろう?

 人間は死ぬときに、お金を求めるだろうか?
 それとも、信頼を求めるだろうか?

 死がいつ訪れるか分からないから、人は本質を見失う。
 明日の保証など何もないなら、今、生きている間にもっとも大切なものは何かを考え、感じ、そしてそれを求めるように生きていければと思う。

 人生に必要な主軸を放棄し、それをアコモデートする副軸のお金を主軸と思い込めば、そりゃ、こころは満足しない。
 満足しない心を満たそうと、さらにお金を求めても、満足などするわけはない。

 


# by japanheart | 2014-04-09 08:17 | 基本 | Comments(0)

いい出会いを求めて

いい出会いを求めて

 いい出会いを幾つになって求めたい。
 年老いて、周りに同じ年齢以上の者たちしかいない人生はどうなんだろう?
 
 若い人々に囲まれ、求められ、指導する。
 長生きするのもいいが、ただ生きればいいというものでもない。
 どこかである医療団体のトップが、東南アジアに来て日本の医療を見習えと言わんばかりに、
 世界最長寿の日本を支える医療のような題名で講演をしていたが、それってどうなのかと思う。

 日本は年寄りの生きやすい社会かな?
 肉体だけ生きながらえても仕方ないと多くの人は思っているはずで、生きがいとか、幸せであるとか、そういう感情とともに存在していたいと思う。
 
 かつて書いた例で、スウエーデンの年寄りは、衣食住を社会のシステムとしてやってもらって後年を施設で生きることができる。まあ、生命を維持するにはいい境遇を手に入れれる。
 一方、バングラディシュの年寄りは、衣食住の保障は社会はしてはくれない。しかし、忙しい。何せ、冠婚葬祭、もめごとの類まで、若い人たちが相談に来るからだ。

 ミャンマーの年よりも、ある意味、そういう世界観の中にいる。
 年取って農業や孫の世話に忙しい。
 そしてぽっくり死ぬことが多い。

 日本人は核家族ゆえに、身内の若い世代は年をとっても周りにいないことが多い。
 だとすれば他人の若者たちに身近にいてもらうしか、方法がない。

 どうすればいいのか?
 結論から言うと、若い人が求めるものがなければならない。
 バングラディシュの年寄りのように。
 でなければ、あなたの晩年はあなたより皺がよった人々の中で過ごすことになる。

 若い人が求めるもの。
 それがお金などの物質であっては、無いよりはましだが、あなたの心の充足は低くなる。
 そこで、ものではなく、それをあなたの中に造っていかねばならない。
 それこそ地道に時間をかけてつくる必要がある。
 形無きものは、造るのに時間がかかるのだ。
 だから、若い時代にそれを造り始めないといけない。
 あなたが将来、あなたがあなたの周りにいて欲しいと求めているような若者たちと同じ位の年から、それを造り始めなければ間に合わないという、人生の皮肉がある。

 それぞれの特性、個性に見合った魅力あるものをつくらねば。
 
 若いときしかできないこととは何なのだろう?
 年取ってからでも、できることは何だろう?
 今一度、詮索したし。
 

# by japanheart | 2014-03-27 02:43 | 基本 | Comments(0)

不完全さを刻む

不完全さを刻む

 残念ながら、私の人生の記憶は失敗ばかりに彩られている。
 幼い時に食べたものの記憶ですら、ジンマシンを起こしたものや無理やり食べさせられたものの記憶が一番強烈にある。
 
 本気で望んで、失敗したときの記憶ほど消しがたいものはない。
 多分、死ぬまで思い出すことだろう。

 私の前で死んでいった多くの子どもたちを思い出すたびに、いつも、”私もいつか死ぬから”と言い訳のようにつぶやいてしまう。
 全ての子どもを助けれるなんて思うのは傲慢すぎると分かってはいるが、神の力を持ちたいと思ってしまう。
 全ての子どもが死なない世界がその後どうなるか?
 知らぬ身のわがままかも知れない。

 どんなに富を蓄えても、どんなに権力を欲しいままにしても、どうせ死は訪れる。
 世界で一番の権力者になったものは、どのような心境で死を迎えるであろうか?
 それを想像したとき、お前も私も何も変わらないじゃないかと、少しいい気分になる。

 脳のしわと頭の良さは全く関係ないと思うが、人生のしわと人生の豊かさは確実に関係する。
 しわは深いほど、豊かさは増す。
 
 豊かさというのは、いい実感というのとは異なる。
 豊かさは、強いて言えば、密度のことだ。
 死ぬときの木の走馬灯が、あっという間に終わっては、モッタイナイ。
 密度を増すには、失敗の体験が成功の体験よりも重要な役割を果たす。
 とにかく、失敗の体験が、記憶に深く留まる。

 成功したいと、一生懸命がんばるとき、人は力が入ってしまう。

 必死の失敗経験を、このあたりでしてみようと、ことに望むとき、どのくらい力が入るだろうか?

 必死の失敗体験。
 これを行うためには、自分の実力以上のことに望むほうがいい。
 とにかく、ちょっと背伸びした挑戦を3回に1度くらいはしたほうがいい。
 
 失敗しても、死ぬときの走馬灯の映像スクラップへのアップロードだと割り切って。

 今日も、そんな感じでいってみようと思う。
 

# by japanheart | 2014-03-19 10:36 | 活動記録 | Comments(2)

医療者って、悪くない

医療者って、悪くない

あなたがもし人助けをしたいと思っているのなら、医者や看護師などの医療者はお勧めの職業だ。
私が10歳代は、インターネットもなく、情報もほとんどなく、海外の人々のいのちを助けると意気込んでみても、どこで、何をすればいいのか皆目、見当がつかなかった。

そして何よりも世界が狭くなった。
これだけ航空機が格安で世界を飛ぶ日がやってくるとは。
まことにめでたいことだ。
人がお金を儲けるために混ざれば混ざるほど、戦争も遠くなる。

会社には社訓というものがある。
そこにはどこの会社もたいていは「社会に奉仕する、或いは役に立つ」という趣旨のことが書いてあるが、普通は自分のやっていることが社会にどのように役に立っているのかを自覚するのは難しい。
さまざまな経験を経てきて今は私の立場からは、医者も公務員も工事現場で働く人もさして変わりはしないと自覚できるが、若い世代の人たちにそれを自覚せよといっても無理な話。
 自分が作るたった一つの工業製品が、いかに社会の役に立っているといわれても、心の底ではそんな自覚はない。
ゆえに、毎日が怠惰になってしまう人が出てしまうのも分かる気がする。
 しかし、人間は社会とのつながりを忘れてしまうとどこにいても、生きがいをなくす。

 日本の病院でいのちに向き合う現場でも、「それは私の仕事ではありません」という人が多い。
ジャパンハートの医療現場ではそれは言わないことになっている。
 それもこれもすべて自分の仕事なのだと、自覚するようにと教えている。
 
私の最近の考えでは、自己評価の低い人間は仕事を拒否する傾向が強い。
社会とのつながりの自覚も薄い。
 
いい医療者になりたければ、誰でもなれる。
志、次第だと思う。
 自己評価を高く持ち、社会とのつながりをしっかりと自覚する。
自己評価というのは他人が与えてくれる評価の総和の自覚に他ならないから、しっかり他人のために奉仕する。
 そうすれば、たいした技術などなくても自己評価を上げることができるようになる。

 
 医療者は、もっとも簡単に自己評価を与えてくれる職業だ。
 人が相手の職業のいいところは、そこにある。
 
 若い頃、幼い頃、どうしても自分の自信が持てない人や、親に否定的に育てられてしまった人、教師にバカにされてすっかり自分が信じれない人、そんな過去のある人は、医療者がお勧めである。
まじめに、一生懸命やれば必ず、自分のことを評価できるようになる。


 
 

# by japanheart | 2014-03-11 03:01 | 病と人間 | Comments(0)