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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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才能について

才能について

天・地・人。
天運・地運・人の運。
未来・過去・現在。

私が大学の頃、海外で遺伝子の研究をしている学者の授業を受けたことがある。
その中で今でも忘れない講師の言葉は、「人の運命はおおよそ遺伝子で決まっている。」
現在でも、遺伝子検査がこれからのトレンドになると予想されている。
どのがんに何歳くらいでなるのか?
どんな病気を何歳くらいで発症するのかをおおかた予想でき、その時までに前もって
例えば乳房を取ったり治療を始めたりできる時代がもうそこまで来ている。
その人にはどのような才能があり、何をしたら向いているのか向いていないのか?
そんなことまで予想できてしまうようになるのか?

本当に人の運命はそこまで遺伝子によって確定してしまうのか?
それゆえ、精子バンクで高額で優秀な遺伝子が取引されているのか?

私は才能には実は、二種類の才能があると考えている。
天・地・人の地と人の部分があるということだ(天の部分についてはまた機会があれば考えを述べる)。
地の部分(地運)というのは私の中では、先祖の運だ。
そこにはもちろん遺伝子の継承も当てはまるし、自分の先祖や現在の親の財産も含まれる。
生まれつき足が速いとか、記憶力がいいとかそういうものも含まれる。
いくら努力したところで、普通の日本人がイチローの運動センスやジャマイカのボルトに100メートル走で勝てることはない。
政治家の子弟は、300倍も政治家になりやすいというが、それは親の地盤という地運を継承するからだ。


ということは、やはり遺伝子や先祖からの継承という地運があの学者が言ったように人生の全てなのか?

私の中では地運という生まれ持っての運には一つの弱点が存在すると思っている。
そのことを理解し自らにそして他者に対するのとそうでないのとは本当に運命が変わってしまう可能性がある。

その弱点とはなにか?
この地運という才能に根ざした能力は生涯にわたって伸び続けることはないということだ。
どこかで必ずピークアウトする。
死ぬまでボルトがいくら努力しても記録を伸ばし続けることはできないということ。
先祖から受け継いだお金も地盤もそのままでは減少していくということ。

そこから得られる結論は、このような強い地運をもつ人間や組織、国家と相対するときは静かに長い時をかけ勝負を挑まないといけないこともあるということだ。
それが国単位や企業体になればもしかすると、数百年の時間を掛けて成されなければならないこともあるかもしれない。
江戸時代、大阪を日本一の商都にした淀屋はあまりの繁栄振りに幕府によって財産を没収されお取り潰しにされた。
そのことを予想した淀屋はその前に山陰に今でいう分家を行う。
この山陰で生きながらえた淀屋の末裔が幕末の維新に全ての財産を投げ打って倒幕を支えたのだ。



さて、もうひとつの才能、人の運。
ここの才能を切り開いたとき、私たちに生きる意味を大いに与えてくれることになる。

私がいるこの海外の医療地には毎年数百人の医者たちがやってきて手術を行う。
その中には今日本の医療を支えているトップクラスの医者たちも含まれている。
ある時、誰もが知る超有名病院のトップのの医者がやってきた。
その手術を私は横で見ていたが、その医者の手つきは決して器用な感じではなかった。
むしろ元は不器用な人だなと感じたほどだ。
しかし、手術は淡々と、滞りなく進んでいく。
そして、しっかりと終わっていくのだ。


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一方、結構手先は子どもの頃から器用にできていている人間は、むしろいつも器用貧乏で、
人が10回かかるところを5回でできてしまうと何でもすぐ飽きて長続きしなくなる。
不器用な人間は逆にいつも上手くできないという意識が働き、常に努力するモチベーションを維持できることが多い。

器用であるという地運、才能。
不器用であるという地運、才能。
例えば、外科の世界ならば、1000件手術を経験すると、この地運がものをいう。
器用な人間とそうでない人間の差は歴然で、圧倒的に生まれつき器用な人間のほうが手術は上手くなる。
ところが、両者が10000件の手術を経験したらどうなるのか?
このとき、どちらもすごいレベルになっており、甲乙を付けがたいレベルになっている。
この時点で、生まれつきの起用・不器用の差は単なる誤差になってしまうのだ。
むしろ、不器用な地運を背負っている人のほうが努力を怠らず大成することが多いのだ。

あるアメリカの研究では既にこのことが指摘されている。
すなわち、成功することに才能はほとんど関係ない、ということが。

多くの人が上手くいかないことを、自分の才能がないという。
頭が悪いだの、不器用だの。
しかし、それは単に努力しないことの言い訳でしかない。
地頭がいいだの悪いだのは、圧倒的努力の前には誤差に変わるのだ。

まさにそれが人の運であり、私たちの生きる価値を生み出してくれるものなのだ。
そしてもうひとつ大切な事実は、この才能にはピークアウトがないということだ。
生涯にわたって伸び続ける可能性があるのだ。
自分の努力によって。

先祖の運がたとえ貧弱でも、親の財産がなくても、運動神経が生まれつき悪くても、努力しだいで
生涯、伸び続ける才能とそれにかけるチャンスが私たちには与えられている。

二つの才能を混同し道に迷ってはいけない。
私たちには現在と未来を創造する力が与えられている。
地運に囚われず、自らの人生と才能を信じ、努力を続けていくほうがいい。



by japanheart | 2015-11-24 05:47 | 基本 | Comments(1)

人の”いのち”のつながるところ



先日、大阪で久しぶりに財団を通じてジャパンハートの活動を支援していただいているミュージシャンの浜田省吾さんのコンサートによばれていって来た。内容はもちろんすごかった。

 コンサート後も、励ましの言葉を頂き、いつもながらありがたく優しい人柄を実感できた。


 コンサートの中で何度か、この時期だからか、自分自身の運命からなのか、それは私の知る由もないが、戦争や紛争などのシーンが幾度となく映像で流されていた。

 戦争については、ミャンマーでは第二次世界大戦で20万人近い日本人たちがなくなった土地で、そして今もなをその残骸が多く残る国でもあり、私もずっと戦争をいのちという視点で感じ続けてきたことがある。


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 ある視点から見れば、こういう質問もしばしば受けるのだけれども、私が途上国で長い間やっている手術や診療などの活動は果たして、どれほど正しい活動であるのだろうか?


 ある人は、そんな活動をちまちまやっていても救える人数たかだか知れているだろうといい、

 ある人は、外国人が現地で医療をすることは、現地の医療界や社会の秩序のバランスを崩す行為だといい、

 またある人は、患者が死ぬというリスクばかりを強調し思い描き、予期せぬことが起こったときの責任はどうするのだという。


 結論からいうと、私はいつも一生懸命に現実と格闘するだけで、それらの視点からの意見は私にも患者にもどうでもいいことであるということだ。

 また、私は人のいのちを救っているのだと自覚している。

 ミャンマー人やカンボジア人や日本人のいのちを救っているのだとは考えていない。


 私が悩んでいたのはこのように抽象度の低い課題ではなく、もっと大きな視点からの悩みなのだ。


 それは私たちが、通常のミャンマーやカンボジアで人をどんどんさらに効率よく治療していき、多くの人々が助かっていくときに、社会全体の中でのバランスをどう考えるのかという課題であった。

 多くの人々が助かるということは、多くの人々の食料や職業が必要になるということでもあり、私たちがターゲットとしている貧困層の子どもたちが多く助かるということは、貧困層の姉弟は犯罪の予備軍になりやすいために、将来、犯罪発生率をどうコントロールいていけばいいのかというような悩みなのだ。

 たくさんの人を助けるということはさらにそういう課題を社会に生み出すことになる。


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 戦争はいけないことだ。

 人を殺すのは正しくない行為だ。

 は限りなく正解に近いが、

 人を救うは正しい行為だは、それほどには正解には近くはない。

 なぜならば、人を救う行為はさっきの例のごとく、また別の問題を生み出してしまうからだ。

 日本では新生児医療が進み世界で最も低い死亡率を誇っているというが、別の角度から見ると、生涯、人工呼吸器から離脱できない子どもや重度の脳性麻痺の子どもたちもたくさん生み出している。


  それで途上国で医療規模を拡大し、成果をたくさん出し始めていくなかで、その人を救うは正しい行為だという思考をどう位置づけるのかというのが私自身の悩みでもあった。


 そして、数日前、浜田省吾さんのコンサートで、その歌声を聴きながら映像を追い続けていたときに私の意識は別の次元に飛んでいく。

 浜田さんの声は既に遠くに木霊したようになり、ある思考が私の頭を占拠し別の映像が次々に映し出される。


 昭和のはじめ日本の平均寿命は45歳程度であった。

 多産多死。まさに1歳を待たずに死んでいた多くの子どもたち。

 現在、カンボジアでもミャンマーでも、ラオスでも日本よりも明らかに平均寿命は短い。

 ポルポトの時代、虐殺にあっていのちを失った数百万人のカンボジア人たち。

 先日、ラオスで白血病で亡くなった7歳の男の子。


 今のアジアの途上国でも、戦前の日本でも人の死は、現在の日本なんかよりも明らかに身近にある。それは特別で非日常的なことではないのだ。

 

 死が近い。


 私の思考も直感も浜田さんの歌を背景にしながら同じ結論に達したのだ。

 

 死が身近な国や時代は、生(=いのち)は軽くなる、ということだった。


 どんどん戦争が起こるから人がたくさん死に、生が軽いのではない。

 人の生が軽く扱われるから、戦争が起こるのだ。


 だから私はこのときに確信したのだ。

 死をあまりに身近にしないこと。

 人間たちを死から遠ざける作業、すなわち生(=いのち)を救うという行為、生(=いのち)を重んじる行為というのは、最も正解に近いといえる戦争や人を殺すということを、遠ざけ遮断する行いなのだということを。


 死を忘れた生はその密度を失い、死を寄せすぎた生はその存在を失う。


 いのちを救うという行為は様々な重荷を背負っては生み出す行いではある。

 しかしながら、私たちが胸を張っていえる戦争はいけない、人を殺ろしてはいけないという正解と確実につながっている。


 これが、私が浜田省吾さんからもらったメッセージだった。


 

 


by japanheart | 2015-11-06 02:44 | いのちの重み | Comments(1)