ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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いのちの価値と本音

今もラオスにいて手術をしている。
 先日、「あごの下に塊がある」と来た男の子の検査の結果は、悪性リンパ腫だった。
 この国でも、まともな子どものがん治療は出来ない状況にある。
 少しでも早く、がん治療を出来る病院を作らねばならないが、現実は日本政府のように右から左にお金を自由に動かせるようなふところ事情ではない。 

実際、私たち人間は、本心では他人のいのちはどうなってもいいと思っているのではないか、と思う事がある。
 人間とは戦場の兵士や特殊な異常性を持つ人をさしているのではない。

 昔、日本人が乗った航空機がハイジャックされ、それを救ったときの首相は、「人間の命は地球より重い」と言ったそうだ。しかしそれは、彼の頭で考えたリップサービスや人気取りを大いに加味した正解であっても、本心ではないだろう。

 本当に人のいのちは、地球よりも重いのだろうか?
 いやいや、教育現場でも「子どもたちに命よりも大切なものはない!」と教えているのではないか。
 しかし、政治家たちが命がけでやると宣言している戦争反対のシュプレヒコールは、本当にいのちが大切だからやっている行動なのか?

 今、本当に他人の命が失われることに心を痛め、行動している人間がどれほどいるだろうか?今もきっと、世界のどこかでバッタバッタと多くの子どもたちがマラリアなどで死んでいる。
 時に、わが子の命を救おうと募金を募り、アメリカあたりまで心臓移植を受けに行く子どもの親に協力する人間は、その募金箱の前を通り過ぎる人間の、何パーセントになるのだろうか?
 
教育現場では「いのちが何よりも大切だ」と戦後からずっと、今も教え続けているのに、どうして企業は、いのちを救うプロジェクトに賛同をせず、建物を建てたり、木を植えたり、職業訓練やレクリエーションに支援をするのだろう?

 それはそれでもいいのかもしれない。

 それならば、教育現場で「人命よりも大切なものはない」などとうそぶくのはやめてほしい。
 「世の中には人命と同じくらい大切なものがいくつもあります」といえばいいだけだ。
 そういう心の底では信じていないのにする教えは、さまざまな弊害をもたらす。
 
 「人間とは自己の延長線上で他者を認識する」は、大切な定理になる。

 この自己の延長線をどこまで拡大できるかが、人間も企業も本当に大切になる。
 自分の子が愛おしいと思い、自分の命に代えても助けたいと願う状態は、わが子が自分の一部になった状態ということになる。
 仏教の悟りの境地は、自己の意識の拡大にあるとすると、自分が他者や自然とつながる状態。
 他者も自然も自己の一部と感じるくらいにつながった自己拡大を起こした状態とすると、
 そしてそれが私たち人間が目指すあり方だとすると、
その人間が集まって出来ている企業が目指すところも究極はその辺りにあるのかもしれない、、、。

 企業理念はきっとどこも無意識にもその辺りから生まれてきている可能性もある。
 企業理念がたとえ立派でも、中身がついていかない、あるいはそこで働く人々やお客たちが、うそ臭く感じたり、違和感を持ってしまうのは、
 結局のところ、企業活動の内容やあり方が、個人でいうところの意識の拡大、すなわち企業の利益と社会の利益の共有、企業の存在が社会の一部として100%有効に働いていない状態だと思う。
 すばらしい企業理念、すなわち多くの企業が掲げているあれは、ある意味、悟りを得ている人間に近い状態のあり方である。しかし、現実は悟りを得ていない人間が、悟ったことを吹いているようなもので、
 多くの人々が企業に感じる違和感やうそ臭さはどうもそのあたりを感じ取っていると思う。

 ではどうすれば、人の命を大切に扱えるのだろうか?
 どうすれば、社会を大切にした企業になれるのだろうか?
 どうすれば、うそ臭い人間だ、企業だといわれないのだろうか?

 まずは行動してみることだと思う。
 小さな行動をしてみることに尽きる。
 そのためには現実を如何に自分事に引き寄せれるかにかかっている。
 心臓移植の子どものために10円を募金箱に入れる。それでいい。大きな金額は必要ない。
 企業のCSRの責任者たちは、自分の子どもががんになったらどのような行動をとるのだろう?
 国民皆保険で支えられ、医療を受ける事の出来る日本という国で生きていない人間たちの、その不安と不幸に少しだけ寄り添う、そんな人たちがCSRの担当者であれば何人の人間が救われるだろう?
 本当に人の命が大切というならば、そう行動することだ。
 自らそう信じ行動できない嘘を、子どもたちに堂々と教えてはいけない。
 この国には相変わらず嘘が多すぎる。

 個人も企業も、どこまで自己拡大できるか。ズウタイだけの拡大は不健康な状態だ。
 人間も企業も、その意識を拡大できたとき、進化したという、健康状態に至る。
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by japanheart | 2015-06-25 19:11 | いのちの重み | Comments(0)
ハフィントンポストにインタビュー記事

 あと数時間以内でしょうが、ハフィントンポスト(The Huffington Post)トップページにインタビュー記事が出ています。
 よろしければ、どうぞご覧ください。

  苦境で耳を傾けた「感性の声」

 
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by japanheart | 2015-06-07 18:57 | 活動記録 | Comments(0)

自分を相対化すること

自分を相対化すること

 これも世の流れかと感じるが、この2年で円安が40%以上も進み、海外で円をドルに替え持ち出し支援を続ける団体にとってはとたんの苦しみを味わっている。
現地政府と交わす契約はすべてドルベースで500万ドルという契約でサインをした3年前は4億円という計算だった。
ところが日本政府が一気に円安を進めたせいで、それが今では6億円になる。なんと、1.5倍の円を払わなければ契約を履行できなくなっている。
かといって日本政府が支援のお金をわれわれのために回してくれるわけもなくさまざまな自助努力でこれを解消しなければならなくなっている。
私たちにとってははっきりいってこの円安誘導の金融介入は迷惑なだけだった。
アジアの経済勃興を肌身で感じているこの身にとっては、日本のこれからの失速はもうどうしょうもないのではないかと思ってしまう。
人口は毎年1%減り、少子高齢化も進み、中国をはじめとしてアジア各国はさまざまな分野で追い上げ、日本のフィールドを脅かしている。
さらにはアメリカやヨーロッパの国々の企業だってどんどん経済発展するアジアに食い込んできている。
医療分野だって20年前はアジア各国、どこの病院に行っても日本製品をたくさん見たが、今ではドイツだのフランスだの中国だのという製品ばかりで日本製品すっかり見なくなった。
気がつけば、日本の頼みの綱、車だってそうなっているかもしれない。
日本人は、この島国にの中で閉じこもり、長い間デフレを貪っていたのでいまだに気づかないかもしれない。
かつてオーストラリアなど物価が安くて、日本人たちはバンバン、旅行や留学に行っていた。
今、オーストラリアではラーメン1杯が2000円するということが日本人には理解できているだろうか?
一杯380円の牛丼が本当は、日本レベルのサービスも含めると1000円の値打ちがあると理解できているだろうか?
石油価格の暴落に修飾されてまだピンと来ていないのかもしれないが、今のままではやがて物価はどんどん上がり始めると思う。
世界レベルの視点で考えたときに、すでに円の価値は40%以上もこの2年で吹っ飛んだのだ。
銀行で1%にも満たない利子を受け取り喜んでいる間に、100万円は実質60万円になったのだ。
これから世界経済がさらに激しく混ざり合い、人々が流動していく。
本当に日本人たちはその準備が出来ているのか?

大阪都構想が否定されたようだが、それは決してシルバー世代の無料地下鉄代などをアピールして票集めるようなことをするものではなかったはずだ。
首都機能の分散と地盤沈下しもう何も有効な手立てを打てていない関西経済をいったいどうするつもりなのか?
昭和のはじめか、大正の頃は大阪は日本で最大の人口を抱え、最大の都市だった。
それは今ではこの様で、若い世代は生活にアップアップしている。
本当は大阪都構想は大阪市民だけの問題ではない。
大阪府民全体の問題であり、私の実家がある大阪市のすぐ上の吹田市にとっても将来、死活問題になるかもしれないのだ。
都構想の何が良い、何が悪い。言い分は全くそれぞれにあるが、今のままでは大阪は緩やかな自殺状態にあり、現状を変えなければいけないことだけは確かなのだ。

日本の国内だけを見ていては正解は得られなくなっていると思う。
アジアを見て、世界を見て、それで今どういう決断をすべきかを考えなければ、きっと将来大きな代償を払うことになる。

日本が韓国のように経済が悪化し、大学を卒業しても就職が厳しい状態になることは、決して悪いことでもないのかもしれない。
韓国人のように、生きるために韓国を飛び出し、世界に散ってゆく。
日本人も世界に散って、多くのビジネスを成功させれば、それは将来すごいネットワークとしてファンクションするに違いない。

日本は70年前、戦争に負けて、そして世界は日本語ではなく英語になってしまったのだから。
その時代に、外国人が日本で働くためには日本語試験なるものをパスしなくては働けないような縛りがある分野も多い。
今の時代にこれってどうなの?と思う。
日本も英語を小学生から導入し、もっともっと英語化をと国策としていっているくせに、これってどうなの?
もう世界で、アジアでそんなことをやっている国はあるのかな?
優秀な人が英語ではなく、日本語を優先して覚えて、日本を選択して来てくれると考えているのだろうか?
私がアジア人の親ならば子どもに将来のために、英語か中国語を習えと言うに決まっている。

若い人には一度は必ず海外に出ることを勧める。
日本という国と、自分という人間を世界の中で相対化しないと、きっと時代に振り回され自分の理想とか夢とかなんて実現できなくなってしまうから。

だから、、、

とにかく出ろ!
若いうちに出ろ!
何度も出ろ!
そして、アジアを感じ、中国を感じ、世界をその身、その若い感性で感じてつかみ取れ!

日本国内の、状況に右往左往せず、世界から日本を見て生きていけ!


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by japanheart | 2015-06-04 04:16 | 活動記録 | Comments(0)