ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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子どもの前で

子どもの前で

 先日面白い記事をどこかで読んだ。
 子どもを部屋に入れて、ひとつ飴を箱から取らせる実験。
 子どもには1つだけ取っていいというルールにしておく。

 その部屋の子どもの前に鏡を置いた場合と、そのまま何も置かなかった場合。どのような差が生まれるか?

 鏡をおかずに取らせた場合は2つ以上の飴を黙って取った子どもたちが多かったそうだ。
 鏡を置いた場合は、10人に一人も多くは取らなかったとか。

 この記事を読んで私は、子どもにとっての鏡とはなんだろうかと考えてしまった。

 真っ先に、思い浮かんだのはやはり鏡とは親だということだ。
 親が、年寄りに席を譲ることを普通にできれば、子どももそれが普通になる。
 親が、汚いことをすれば子どももその価値を許容するようになる。
 難しいことにこの鏡は表と裏があって、たとえば、他人に冷淡な人間が親だとすると、子どもはほとんど同じような冷淡な人間になるか、その親を軽蔑して生きるがゆえに、過度に親切な人間になるか、どちらかだろう。
 いずれにしろ子は親の正と負というか、表と裏いうか、そんな感じに育ってゆく。
 それがまた、両親の影響が何割ずつ混ざり合うかによって微妙な感じになっていくと思う。

しかしながら、やはり親ができる方法というのはただひとつ正しい姿を見せるしかない。
親も人間だから、いつもそうする必要は全くない。子どもの前だけで十分だと思うが、立派な父親母親を演じる。演じる必要がある。さりげなく、さりげなく。

 人間は善はコントロールできても悪はコントロールできない。
 だから悪い親を演じて、子どもをよい人間にする方法を望まないほうがいい。
 なぜなら、その子どもはその過程で深く傷ついてしまうからだ。
 その傷ついた自分を癒すために、他人を癒すようになる。
 逆に、悪い親を持つ多くの子どもは、他人を傷つけることによって自分を守ろうとする。しかし、傷つけた他人はやがて自分を傷つけに来る。

 子どもがずるいことをしたり、うそをついたりしたら怒る前に、本当はしまった!と思わないとだめ。
 自分のそういう部分をそういう部分を子どもは拡大再生産しているだろうと思う。

そういえば先日、大学入試のセンター試験があったが、多くの親たちが子どもの成績がよくないとがっかりしている。
 大体、何になりたいかもはっきりしない高校生にあれになれこれになれと親が言うのはいかがなものかと。
 子どもが自分が勉強したいといったから中学から私立に行かした親も多いが、これは根本的に親が勘違いしていると思う。
 小学校の子どのどれくらいが本当に勉強が楽しく好きで進学を希望していると思っているのだろう?
 なぜ、子どもたちが勉強して進学を望むかといえば、理由は明白で、親が言うように将来のためなんかではない。大体、そんなこと実感を持って10歳そこそこの子どもが理解するわけがない。
 じゃ、何が子どもたちが進学を望んだ理由かというと、、、。
 親が喜ぶから。これに決まっている。
 子どもたちは親のために進学している。
 長い時間をかけて子どもは親の気持ちや志向を理解し、自らも知らず知らずのうちに親の期待に応えようとする。
 いじらしいじゃない。
 だから悪い点数をとっても、子どもを罵倒したり否定したりしてはいけない。
 私たち親のためにがんばってくれてありがとう!と言わなければ。

 やっぱり、親は子どもの鏡なんだ。
 だからこういう受験は鏡の中の自分(親)が先に笑って、それに合わせて実際の自分(子ども)が笑うような違和感がある。

 もうそろそろ既存の成功モデルが崩れていっているのだから、いろいろな希望を子どもとじっくり話し合って相談したらどうだろう?

 私も子育てしていて反省させられることも多いがなるべく立派な父親を演じようとしている。

 
 
by japanheart | 2015-01-30 10:54 | 活動記録 | Comments(2)

ラオスの少女

ラオスの少女

 約5ヶ月の及ぶ小児腎臓がんの少女が岡山での治療を終え、先日帰国した。
 日本へ治療に来る前は、状態が悪く、もう間に合わないかも知れないと焦ったが、結果的に何とか間に合ってくれた。
 腎臓の腫瘍が大きくなり、消化管を圧迫し通過障害を起こし、ミルクや食物を食べれば吐くの繰り返し。
 親は状態があまり良くないとは理解はしていてもそれほど危機的は状態とは理解していない。
 明るい顔して笑顔も見れるが、こっちはいつ急変するかとヤキモキしている。

 当初の予定を前倒しして何とか日本へ駆け込んだ。
 
 国立病院機構の青山先生や中原先生に大変お世話になりながら、手術と抗がん剤治療、放射線治療を完結できた。
 国立病院の関係者各位には本当にいつも感謝している。
 
 青山先生は10年以上前に私が大学で講師をしていた頃の教授だったし、中原先生は同僚だった。
 今もってつくづく、人間関係の大切さを実感させられる。
 
 しかしながらいつも思うのは、この子どもを助けるために幾人の人間の協力を受けたことだろう。
 人間は知らない間に多くの人たちに助けられて生きている。
 しかしながら、そうやって受けた恩などにはつゆぞ思い至らず、自分が他人に対してしてやったことばかりを覚えていたり、自慢したりする。
 大体、おぎゃーと生まれたときから親をはじめどれほど他人に助けられたことか。
 こういう事実を忘れちゃいけない。
 
 医者の世界だって、技術を習う時間はたった数年かもしれないが、後進に教える期間は何十年とある。
 看護師だって同じ。
 どこの世界だって同じ。
 それくらい社会に対する恩返しにはかかるのだ。
 これは天の仕組みだ。
 受け取れば、きっちり利子を取られる。
 与えればきっちり利子を与えてくれる。
 後進に教えない人、めんどくさがる人がいるが、こういう人を恩知らずな人という。

 このラオスの少女もやがて誰に助けれらたか忘れるだろう。
 しかしそれはそれですばらしいことだ。
 この子を助けることに参加した人たちは、それぞれに皆幸せを何らかの形で受け取っている。

 この子に関わる中で私たちは、人というのはこのように多くの人に支えられ、助けられて生きている存在なのだと知り、日々感謝の心を失わないことを知るべきだ。
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      (ラオスへ帰国後の子ども)

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by japanheart | 2015-01-23 06:09 | 活動記録 | Comments(0)
また死にかけたじゃないか


 クリスマスの頃、それはイブの夜だった。
 私は日本から素敵な恋人たちの大切な日に毎年空中移動をすることにしている。
 今年もまた、ミャンマーへ向かう。
 夜ようやくジャパンハートの宿舎けんオフィスに着くと、1人の子どもがジャパンハートの看護師に付き添われて待っていた。
 今日昼頃よりお腹が痛くて苦しんでいるという。

 お腹を触ると少し塊が振れる。
 医療機器がここにおいてあるわけではないので、触ることしかできないが、いくつかの病気を頭に思い浮かべながら子どもを診察し、一度、浣腸をしてみた。

 あまりよくならない。

 その後点滴を採り、経口のものは全て控え、朝まで様子を見た。
 あまりよくならない。
 
 子どもの唇を見ると色調の変化があり、ある疾患が思い浮かぶ。
 遺伝性の病気で腸にポリープができる病気だ。
 このせいで、腸閉塞に陥っているのではないかと考えた。
 私たちの医療活動地はそこから600KMは離れているので、はい、今すぐなどと簡単にそこまで運んで入院させるわけには行かない。

 朝になって私はそのまま手術のために活動地に飛行機で向かう。
子どもはそのままヤンゴン市内の病院で検査を受け、そのまま入院になるだろうなと予想をしながら受診指示をして出発した。

 その日の夕方、ヤンゴンから電話が入り、超音波で腸閉塞ですという診断ですという。
 予想通り、例の病気による腸閉塞。
 すぐに手術の準備に入っていると思いきや、入院はしなかったという。
 診断してそれだけだった、、、。

 やばいと思った。
 多分、早くしないとえらい事になる。死ぬかもしれないと。
 しかし、ミャンマーの病院では日本のように一大事、すなわち死にかけているような局面なら分からないが、そうでもない患者を緊急手術をしてくれるような病院はほとんどない。特に夜には絶望的だ。
 特に内臓の病気は画像診断が止まるので翌朝まで確実に待たされる。っていうか翌夕方までかな。
 最低、今運よくヤンゴン市内の病院に入院しても、手術はだいぶ待たされそうである。下手したら1日や2日は待たされる。

 とっさに、できればそのままバスのチケットを取って600キロ離れた活動病院まで12時間かかるが送ることは可能かと聞いた。
 何とかぎりぎりバスのチケットが確保できて、翌朝到着。

 既に腸は破れたようで、お腹はパンパンになっている。
 全身状態もよろしくない。。。
 遅かったか!と思いながらも緊急手術。腸管壊死・腹膜炎から、ショックになっている。
 とりあえず、長時間の手術に耐えうる余力もない感じなので、腐ったり血流不全になっている腸管を1メートル以上切除して、人工肛門を造って今は救命を図る。
 術後も一晩中、脈拍は160回/分という状態だった。

 運よくというか、本当に運よく、その後、徐々に回復していく。

 ヤンゴンにあのまま置いていたら死んでいた!と思うとぞっとする。

 この子は強運の持ち主かも。
 私が帰国するその日に腹痛を起こしたこと。1日でもずれていたら、多分ダメだった。
 すぐにバスで搬送をすると決断できたこと、そしてバスのチケットが手に入ったこと。
 
 今は少しづつ、食事も採れて落ち着き始めている。
 やれやれ。
 
 今年も、サンタ並みに忙しく、ありがたいクリスマスのその日を天は私に与えてくれた。
 その生きるか死ぬか分からない危機的な手術日に実は一つお願いしたというか、イメージしたことがあって、それは術後まる3日目のその日に、この子の笑顔を見てやろうと。

 で、3日後、部屋に見に行ったら一瞬ほんの少し笑った、、ような気がした、、多分。

 それはまるで神様に微笑まれた気がしないでもない。e0046467_15555756.jpg

 
 
 
 
 
 

 
by japanheart | 2015-01-12 15:56 | 活動記録 | Comments(1)