ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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ファーストレディー 安倍昭恵さん について

色々揶揄するマスコミもいるが、私が知っているファーストレディー 安倍昭恵 さんについて語ってみたい。

彼女とはじめて知り合ったのはご主人がまだ、官房副長官の頃だった。

昭恵さんは以下のように私の中でイメージされている。

1)日本のことがとっても好きで、本当に日本のために生きようとしている。
2)涙もろい。
3)私よりはるかにお酒が強い。
4)できる限り公平性を持ちたいと心がけている。
5)一本気。

江戸時代のどこかの姫様みたいなイメージがある。

2008年ミャンマーがサイクロン、津波による被害で14万人も亡くなったときに渋谷の街頭に自ら立ち募金を呼びかけていた。現役のばりばりの政治家の奥さんでこんなことをする人はいなかった。
今も、東北にあしげく通っているが、政治家の妻としてより、一人の人間として通っていると思う。

私は彼女が日本のアジアや途上国に対する国際人道支援の広告塔にもっともふさわしい人間だと思っている。
彼女のような人が広告塔になってくれれば本当に日本のイメージもどんどんアップすると思う。

これは僕の勘だけど、将来はご主人よりも別の意味で名前を残すのではないかと思っている。

70年も前にミャンマー(ビルマ)のような国で亡くなった日本の人たちのことをいつも心に留めていてくれる人に悪い人はいない。
私も彼女もそういう意味ではミャンマーという土地で歴史の声を聞いた人間だと思う。

私の背中にも、彼女の背中にも、20万人の日本の人たちの”日本をよろしく!”と言う声がいつも木霊している。




by japanheart | 2014-09-28 10:05 | 随想 | Comments(0)

芸術としての人生

全てを手に入れた人は最後に何を求めるのだろう?
学生で企業家を目指す人たちを前に人道支援について講演会をした時に、ある学生が私にこう感想を述べた。
「とは言っても、僕は金持ちになりたいんです。」

それでなくても今時の人は、昔の大名みたいな生活をしてぜいたく品を食べ、
便利な乗り物にのり、病気の時はしっかり医療を受けることができ、、、、。

人は、果たして最後にたどり着くのは、、、どこなのだろうか?

大きな目標を掲げ、前に向かってどんどん進み、大きくしっかりとした時間の中で生きる。
子どもの頃の、小さな時間で達成される目標から始まり、しっかりと時間をかけなければならないような目標にどんどんシフトし、
やがて人生の多くの時間を費やさねばならない目標に取り組む。
それらがおおよそ達成されるような事態になったときに、さらに大きな目標はその向こうに見えてくる。
若い頃は、大きな目標を達成することが喜びで生きがいだった。
達成したときの自己肯定感はたいしたものだった。
しかし、いつからだろうか?
大きな目標を達成しても、若かりし頃のあの感覚は蘇らない。
生きがいとか、充実とかそういう日々を与えてくれそうで与えてはくれない。

極大は至りて極小にいたる。

長い時間を賭けて大きな目標を達成していくと、やがて満足感とか充実というのは目標そのものの中にはなくなってしまう。
目標は所詮、目的になってしまう。

そしてやがて悟るのだ。満足感や充実というのは長い時間を無限に細切れにした中にこそあるのだと。
すなわち、全ては瞬間の中に宿るのだと。
そしてその中でしか充実などという感覚は得れないのだと。

日々、生きている実感がほしければ、少しでも密度の高い瞬間を持つしかない。
多くの時間はその瞬間のために犠牲にされる。
しかも歳を取り、自分に何も課さなくなった人間からはこの瞬間、永遠なる現在は失われていく。

お金がほしければ求めればいい。
それを目的にしてしまえば、やがては”永遠なる現在”から遠のいていく。
若い頃はお金や権力のパワーに振り回される。
それはそれで若い頃は充実も満足感も得ることができる。
しかしいつしか、同じパワーに満足できなくなる自分を感じることになる。
まるで麻薬中毒患者のように。

若かりし頃魅力的だった多くの人間が年老いて魅力が衰えていくのはどうしただろうか?
肉体が弱り、老衰していくのは仕方ない。
しかし、私は人間力や芸事というのは極論すると、死ぬまで進化するものだと思っている。
だから武道の達人は書や絵画の達人でもありえるのだ。
武道の最高の極意は、戦わず勝つというのがある。
これは技術に支えられた人間力のなす業であり、芸術の領域に属するものだ。
年老いた白髭の老人が若い猛者たちをバッタバッタと倒していく武道の達人のイメージのようなものが強くある。

自らの人生に何をどう課すのか?
それが最も大切になってくる。

人生50年。
ここから先は、それぞれ人は芸術性を帯びていかねばならない。



by japanheart | 2014-09-23 10:25 | 随想 | Comments(0)

今時の若者を恐れる

今時の若者を恐れる

 よくよく昔から、否定的なニュアンスで「今時の若者は、、、、、!」というフレーズが使われる。
 実は私も最近は若者でなくなったのでこのフレーズをよく使う。
 しかしながら、その後の言葉が少し違うのだ。
 しかもこの若者というのもただ目の前にいる若者たちをさしているのではない。
 世界中の目に見えない、得体の知れない若者たちたちをも指している。

 私はこう言うのだ。
 
「今時の若者の中に、油断ならないやつが紛れ込んでいる!」

 1980年代を境に若者はおとなしくなり、少年犯罪も減少の一途をたどる。
 海外にひとりでやってくる若者でさえ、昔の若者のように大人びた人は少なく、何となく幼さを残す。
 意見を求めると、中学生のようなことをいう大学生も多いのが現状だ。
 かつて日本人たちは海外へ出たくて仕方なかった。
 戦争に負けて、中国や朝鮮半島、台湾やアジアから引き上げその後、長らく海外へ行く選択肢はなかったのだ。
 パスポートを持つことさえままならない時代が続き、ようやく最近は多くの人が自由に海外に行ける時代になったのだ。
 こんなにいい時代なのに、ビビッて出ないやつが多いし、頭も心も幼稚になっているので私もこの世代をなめていた。

 ところが、ところがである。
 この日本人の閉鎖性に時代が風穴を開けつつある。
 多くの若者の才能が、その触媒を得て、目覚めようとしている。
 
 世界を一瞬にして情報が駆け巡り、SNSを通じて簡単に情報をやり取りする世代が、あっという間に大人たちが造った世界観、価値観を塗り替えていく様を、見せつけられている。
 
 国際協力、国際医療の世界だって私たちが日々、コツコツと積み上げているにこんな若者が、思いつきで、何気なく、いとも簡単に、明日世界観を塗り替えてしまうかもしれない!という恐怖感に日々さいなまれる。

 世界には侮れない若者がたくさんいることを、私は知っている。
 
 上の世代が造ったものに挑戦するのは気持ちいいし、こころも晴れる。
 しかし、下からの追い上げよりもこころを焦らせることはない。

 これからは上も下も気にしながら生きていかなくてはならない。
 
 大変なことになった。

 
 

by japanheart | 2014-09-17 13:00 | 医者の本音 | Comments(0)

折に触れ

折に触れ

最近はどうも昔のことをよく思い出す。
子どもの頃、中学生の頃、高校の頃のことなどなども思い出す。
その時々で自分なりに一生懸命のつもりだったのかもしれないが、本当に時間がもったいない人生を過ごしてしまったと思う。

先生も後悔してるんですか??
とよくスタッフにも言われるが、当たり前に普通の人以上に後悔している。
悲しいかな時間は戻らない。
どうしてこんなになってしまったんだろうか?とよくよく考えてみると、原因はたった一つのことに辿りつく。

”正しいと思ったこと、いいと思ったことを実行しなかった。
実行してもすぐにあきらめた。”

ホントこれだけだった。
お粗末さま、、、、。

これからどれほどの時間を有意義に使えるのだろうか?

私は世の中でそれほど重宝はされていないと感じることが度々ある。
多分、私自身が世の中を大切にしていないからだろうと思う。

それと同じなんだろう。
自分がいいと思ったことや正しいと思ったことを自分の人生で自分に形にしてあげないから、自分の人生は何も返してはくれないのだろう。
 
10代のとき日本でグタグタしているくらいだったら、アジアやアメリカの学校へでも行けばよかったかな。
勇気を出して。
今ならば、こころから奇声を発して気合をいれ、全力で突っ込んでいけると思うが、、。

若い世代には、私からのお願いなんだけど、どうか10代や20代の頃の私の敗戦の仇を討ってもらいたい。
よろしくお願いします。



折に触れ、その時代の自分を映す歌を最近、思い出している。

面白いことに、自分の人生のなかで何度も現れた人生の歌というべき歌が2つあった。

中島みゆきの ファイト!
という歌と
竹内まりあの 時空(とき)の旅人
という歌だった。

私の尊敬する偉大なミュージシャンの
浜田省吾さん と 氷室京介さん  の人生の歌としては現れなかった。ちょっと残念、、、。
歌もさることながら、彼らはその存在そのものが、レジェンドだから許してもらおう。
きっと僕なんかよりも、もっともっと彼らを必要とする多くの人々の”人生の歌”として彼らの歌は存在している。

やっぱり音楽はいいな。
すごい。

私もせめて彼らのように、彼らの歌のように人々の人生を色づける存在になれるように、まだまだがんばるしかないな。
50歳にして振り出しに戻ったような心境だ。







by japanheart | 2014-09-03 05:51 | 随想 | Comments(0)