特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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10年後

10年後

10年後は一体どうなっているのだろう?
考えても仕方ないが、時代に振りまわらされたくはない。
最近のキナ臭い世界情勢の中で、あなたの家族や日本が今のまま安全であることなど誰が保障してくれるというのか?

人間は目の前の日常にしっかりコミットしなければならないが、いつ何時何が起こるかわからないと心の準備をしておいたほうがいいというのが私の見解だ。
 武士道が日本国民にそういう形で残っていけば、大いに意味がある。

 たとえ日本という国家がなくなっても、私も私の子どもや子孫もどういう風に生き残らせようかと考える。
 手に職を持つという方法は今も昔も有効な方法だと思う。
 さまざまな角度から、そういう視点を持ってみるのもいい。
 迫害の歴史が長かったユダヤ人たちに、医師や弁護士が多いのは偶然ではない。
 人の秘密を知ることができるポジションにいることは、彼らの安全弁だった。
 世界に最も移民が多いのはイタリア人・アイルランド人・中国人。
 過去の歴史に中で迫害の憂き目にあってきた歴史がそうさせたのだろうが、今やそれが彼らのさまざまな安全弁になっている。

 医療者の世界はどうなるのだろうか?
 医は仁術というのは、もう昔話になるかもしれない。
 社会も医療者に、人格を求めるのはいいが、それ以上の自己犠牲を求めてはいけない。
 これからは、医療を行うものは外国人になるかもしれない。
 期待が大きければ、また落胆も大きい。

 10年前、今の世の中を予想できて人はどれくらいいただろうか?
 20年前、この世からソビエトが消え、社会主義が消えていった。
 25年前、韓国は軍事政権だった。
 40年前、中国は文革をしていて、国民はみんな飢えて青い顔をしていた。
 50年前、日本は高度経済成長を駆け上がり、オリンピックをすでに終えていた。
 70年前、日本は戦争で焼け野原。壊滅状態だった。

 時間はあっという間にすぎていく。しかし、それ以上に時代が早く流れて私たちを翻弄するかもしれない。
 だからこそ、準備が要る。


 昔、乳がんの患者は早期に病院に行かなかった。
 私は若い頃はそんな患者たちを時々診たし、アジアでは今でも当たり前に見る。
 乳がんは、成長し、やがて皮膚を突き破って破裂する。
 そして噴火した火山のような形状になる。
 そこに感染を起こし、膿をマグマのように垂れ流す。

 しかし、患者たちはなぜそれほどまでにひどい状態何に病院に行かなかったのか。
 現実を受け入れられないこころ。
 それ以外に何があったのか?
 それは、今日の乳がんの様相と、昨日の乳がんの様相、そして明後日のその様相が、見た目にあまり変わらないからだ。
 一日一日は、それはほとんど変わらないのだ。
 しかし、その一日が積み重なって6ヶ月になったとき、大きく変わっている。
 1年たったとき、どうなっているのか?
 やがてその変わらない塊が破裂し、感染を起こし、異臭を発するのだ。

 変わらない一日を、見過ごしてはいけない。

 

by japanheart | 2014-04-21 13:27 | 随想 | Comments(1)
信用というモティベーション


 国際協力ということではなく、信頼してもらえるというのは私が医療者として生きてきてもっとも私を前に事を進める動機づけになった原動力だった。

 まだ若く経験年数の少ない医師のときに、上司や患者たちに信頼してもらえるというのは、どんなに体が疲れていても私を踏み度とませる力となった。

 ミャンマーで医療を始めた1995年。
 ミャンマー中から集まり、未熟な私を無条件で信頼し、訪れてくれた人々の有難さは今でも忘れない。

 大げさでも何でもなく、この信頼に応えるためにお金も時間も労働も、私の持っているものは何でも投入することに躊躇も疑問もなかった。

 よくお金を出してまでボランティアをする気持ちが分からないという人がいるが、私はそういう活動を通じて人間が欲しいているものは、お金でなく、そういう信頼への喜びだと思う。

 お金を出してそんな活動をというときの人間の頭の中は、明らかに信頼という概念は吹き飛んで、お金が信頼の上位に位置づけられている気がする。
 人それぞれの価値とは言うが、少なくとも私にとってはお金よりも十分価値あるものだった。

 子どものときに、もっとも幸福を感じたのはお小遣いをもらう経験だったか、親にほめられたり、認められたりした経験なったか?

 それよりもさらに幼い日。
 まだ、お金などというものを知らない頃、子どもたちの喜びは、親に喜んでもらったり、まなざしを向けてもらえるということだったのではないか?

 今では、そのまなざしは、親から社会に広がったが、私たちの根本的な幸せは変わっていないと思うが、どうだろう?

 人間は死ぬときに、お金を求めるだろうか?
 それとも、信頼を求めるだろうか?

 死がいつ訪れるか分からないから、人は本質を見失う。
 明日の保証など何もないなら、今、生きている間にもっとも大切なものは何かを考え、感じ、そしてそれを求めるように生きていければと思う。

 人生に必要な主軸を放棄し、それをアコモデートする副軸のお金を主軸と思い込めば、そりゃ、こころは満足しない。
 満足しない心を満たそうと、さらにお金を求めても、満足などするわけはない。

 


by japanheart | 2014-04-09 08:17 | 基本 | Comments(0)