特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2014年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

いい出会いを求めて

いい出会いを求めて

 いい出会いを幾つになって求めたい。
 年老いて、周りに同じ年齢以上の者たちしかいない人生はどうなんだろう?
 
 若い人々に囲まれ、求められ、指導する。
 長生きするのもいいが、ただ生きればいいというものでもない。
 どこかである医療団体のトップが、東南アジアに来て日本の医療を見習えと言わんばかりに、
 世界最長寿の日本を支える医療のような題名で講演をしていたが、それってどうなのかと思う。

 日本は年寄りの生きやすい社会かな?
 肉体だけ生きながらえても仕方ないと多くの人は思っているはずで、生きがいとか、幸せであるとか、そういう感情とともに存在していたいと思う。
 
 かつて書いた例で、スウエーデンの年寄りは、衣食住を社会のシステムとしてやってもらって後年を施設で生きることができる。まあ、生命を維持するにはいい境遇を手に入れれる。
 一方、バングラディシュの年寄りは、衣食住の保障は社会はしてはくれない。しかし、忙しい。何せ、冠婚葬祭、もめごとの類まで、若い人たちが相談に来るからだ。

 ミャンマーの年よりも、ある意味、そういう世界観の中にいる。
 年取って農業や孫の世話に忙しい。
 そしてぽっくり死ぬことが多い。

 日本人は核家族ゆえに、身内の若い世代は年をとっても周りにいないことが多い。
 だとすれば他人の若者たちに身近にいてもらうしか、方法がない。

 どうすればいいのか?
 結論から言うと、若い人が求めるものがなければならない。
 バングラディシュの年寄りのように。
 でなければ、あなたの晩年はあなたより皺がよった人々の中で過ごすことになる。

 若い人が求めるもの。
 それがお金などの物質であっては、無いよりはましだが、あなたの心の充足は低くなる。
 そこで、ものではなく、それをあなたの中に造っていかねばならない。
 それこそ地道に時間をかけてつくる必要がある。
 形無きものは、造るのに時間がかかるのだ。
 だから、若い時代にそれを造り始めないといけない。
 あなたが将来、あなたがあなたの周りにいて欲しいと求めているような若者たちと同じ位の年から、それを造り始めなければ間に合わないという、人生の皮肉がある。

 それぞれの特性、個性に見合った魅力あるものをつくらねば。
 
 若いときしかできないこととは何なのだろう?
 年取ってからでも、できることは何だろう?
 今一度、詮索したし。
 

by japanheart | 2014-03-27 02:43 | 基本 | Comments(0)

不完全さを刻む

不完全さを刻む

 残念ながら、私の人生の記憶は失敗ばかりに彩られている。
 幼い時に食べたものの記憶ですら、ジンマシンを起こしたものや無理やり食べさせられたものの記憶が一番強烈にある。
 
 本気で望んで、失敗したときの記憶ほど消しがたいものはない。
 多分、死ぬまで思い出すことだろう。

 私の前で死んでいった多くの子どもたちを思い出すたびに、いつも、”私もいつか死ぬから”と言い訳のようにつぶやいてしまう。
 全ての子どもを助けれるなんて思うのは傲慢すぎると分かってはいるが、神の力を持ちたいと思ってしまう。
 全ての子どもが死なない世界がその後どうなるか?
 知らぬ身のわがままかも知れない。

 どんなに富を蓄えても、どんなに権力を欲しいままにしても、どうせ死は訪れる。
 世界で一番の権力者になったものは、どのような心境で死を迎えるであろうか?
 それを想像したとき、お前も私も何も変わらないじゃないかと、少しいい気分になる。

 脳のしわと頭の良さは全く関係ないと思うが、人生のしわと人生の豊かさは確実に関係する。
 しわは深いほど、豊かさは増す。
 
 豊かさというのは、いい実感というのとは異なる。
 豊かさは、強いて言えば、密度のことだ。
 死ぬときの木の走馬灯が、あっという間に終わっては、モッタイナイ。
 密度を増すには、失敗の体験が成功の体験よりも重要な役割を果たす。
 とにかく、失敗の体験が、記憶に深く留まる。

 成功したいと、一生懸命がんばるとき、人は力が入ってしまう。

 必死の失敗経験を、このあたりでしてみようと、ことに望むとき、どのくらい力が入るだろうか?

 必死の失敗体験。
 これを行うためには、自分の実力以上のことに望むほうがいい。
 とにかく、ちょっと背伸びした挑戦を3回に1度くらいはしたほうがいい。
 
 失敗しても、死ぬときの走馬灯の映像スクラップへのアップロードだと割り切って。

 今日も、そんな感じでいってみようと思う。
 

by japanheart | 2014-03-19 10:36 | 活動記録 | Comments(2)

医療者って、悪くない

医療者って、悪くない

あなたがもし人助けをしたいと思っているのなら、医者や看護師などの医療者はお勧めの職業だ。
私が10歳代は、インターネットもなく、情報もほとんどなく、海外の人々のいのちを助けると意気込んでみても、どこで、何をすればいいのか皆目、見当がつかなかった。

そして何よりも世界が狭くなった。
これだけ航空機が格安で世界を飛ぶ日がやってくるとは。
まことにめでたいことだ。
人がお金を儲けるために混ざれば混ざるほど、戦争も遠くなる。

会社には社訓というものがある。
そこにはどこの会社もたいていは「社会に奉仕する、或いは役に立つ」という趣旨のことが書いてあるが、普通は自分のやっていることが社会にどのように役に立っているのかを自覚するのは難しい。
さまざまな経験を経てきて今は私の立場からは、医者も公務員も工事現場で働く人もさして変わりはしないと自覚できるが、若い世代の人たちにそれを自覚せよといっても無理な話。
 自分が作るたった一つの工業製品が、いかに社会の役に立っているといわれても、心の底ではそんな自覚はない。
ゆえに、毎日が怠惰になってしまう人が出てしまうのも分かる気がする。
 しかし、人間は社会とのつながりを忘れてしまうとどこにいても、生きがいをなくす。

 日本の病院でいのちに向き合う現場でも、「それは私の仕事ではありません」という人が多い。
ジャパンハートの医療現場ではそれは言わないことになっている。
 それもこれもすべて自分の仕事なのだと、自覚するようにと教えている。
 
私の最近の考えでは、自己評価の低い人間は仕事を拒否する傾向が強い。
社会とのつながりの自覚も薄い。
 
いい医療者になりたければ、誰でもなれる。
志、次第だと思う。
 自己評価を高く持ち、社会とのつながりをしっかりと自覚する。
自己評価というのは他人が与えてくれる評価の総和の自覚に他ならないから、しっかり他人のために奉仕する。
 そうすれば、たいした技術などなくても自己評価を上げることができるようになる。

 
 医療者は、もっとも簡単に自己評価を与えてくれる職業だ。
 人が相手の職業のいいところは、そこにある。
 
 若い頃、幼い頃、どうしても自分の自信が持てない人や、親に否定的に育てられてしまった人、教師にバカにされてすっかり自分が信じれない人、そんな過去のある人は、医療者がお勧めである。
まじめに、一生懸命やれば必ず、自分のことを評価できるようになる。


 
 

by japanheart | 2014-03-11 03:01 | 病と人間 | Comments(0)