ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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子育てから見る、スタッフ育成

 子育てをしてみて思うことがある。
 子どもを厳しく叱ること、けなす事は果たして教育上、効果があるのかどうか?

 最近では子どもを厳しく叱ったり、時には手を出すこともあるが、そのときも極めて、本当に極めて冷静に状況を見つめながら、子どもを叱っている。
 子どもの表情やそのときの気持ちもひしひしと感じることができる。

 そういうことを感じながら日本の教育界を見たときに、いじめが起こる原因の99%は担任の教師のせいだと分かる。
特に小学校の場合はそれが当てはまると思う。

 その担任教師が、そのクラスという場を支配できていないからだ。
 いくらその性質がある子がいても、その場を教師が支配できていたらいじめが許容される環境は生まれてこない。
 そう考えると教師の質の劣化がいじめを生んだことになるが。質の劣化といっても昔の教師が全部すばらしかったわけでもなく、おそらくいじめは常習的にどこにでもあったに違いない。
 今のように表には出てこなかっただけなのだと思う。

 とはいうものの、教師のレベルの低さと場の支配力の無さがそういう状況を生み出しているの違いない。

 教師の人間力を上げる。それは簡単でないことは誰でも分かる。

 体罰は最高の教育の技術だという人もいるが、それを使いこなすのは真剣を扱うようなもので、未熟な使い方しかできないと、自分も子どもも傷つける。
 私もことの年になって、これだけの紆余曲折を経てようやくわが子への教育的制裁を客観的に眺めることができるようになったのだ。20台や30台の若い教師たちにはそれができるはずもないと感じるが。
 どうだろうか??

 もう一つ。私の考えでは子どもの教育は、引き出すことよりも前に強制的に教え込むことが必要だと思うがどうだろう?

 いやなことは生涯、しなくて済むならばその必要も無いが、人生いやなことをすることが多いのも事実。
 そして、いやなことは若い時代にしか取り組む寛容性が無いのも人間の習性だ。
 だからこそ、若いうちに苦手なことや嫌なことに取り組まないと生涯、取り組む機会は極めて少ない。
 このときに自分の性格や生き方の癖を直すことができるのだ。
 いびつな形を円に近づけるイメージだ。
 
 子どもの教育は、嫌なこと苦手なことにも否応なく取り組ませる必要性は大いにある。 どうせ成人したら誰も嫌なことなどしなくなるし、避けて通ろうとするに決まっている。

 ほめる教育。
 けなす教育。
 フランスはけなしてばかりだという話を聞いたことがある。

 子どもだったら、けなす教育は大いに成果を発揮すると思う。
 ほめる教育は弊害が多いと感じるし、むずかしい。

 しかし、ジャパンハートのスタッフたちのような成人に関して言えば、けなす教育は、あまり効果がないかもしれない。
 もうすでに、時期が遅すぎるのだと思う。
 一応、けなして育ててきたが、育った人間はみな立派に活躍するが、離脱者が多すぎる。

 これから、さらに熟考しなければならない。

 甘やかされて育った人間は始末に終えない。

 



by japanheart | 2013-12-23 10:52 | 基本 | Comments(1)
ジャパンハート総医療局 構想

派閥主義から個人単位へ、という流れと封建制度的な要素を持っている集団の弱体化は同じ流れの中にある。
白い巨塔のイメージに代表される従来の「医局」は、どんなに仕組みをいじり大学側が抵抗しようとしても、かつての栄光は戻ることはないと断言できる。
 なぜならば、それらは世の中すべての流れの中で起こっている出来事であり、医師を取り巻く環境だけが独立して存在しているわけではないからだ。
 あらゆる前近代的な思想や仕組みはそのスピードはともかく、崩壊していく途上にある。

 早く身をひるがえし、変革を行ったものは生き残る可能性が高い。
 無理やりにある種の強制力によって変革させられたものは、想像以上に悲惨な結果になる可能性もまた高い。

 約10年前に始まった研修制度の変革とともに、大学医局に入る人の数は減少の一途をたどっている。
 数こそ力でやってきた医局だから、数の減少はすなわち力の減少を意味する。

 新研修制度の始まる前、H15 大学に入局する医学部卒業生はや70%強だった。
 (ちなみに私が卒業した頃は95%といわれた。)
 今は反転し、4割くらいしか大学に入局しなくなっている。
 10年間入局医師数が減り続ければ、たとえはじめ100人医師がいても、半分くらいにはなってしまうだろう。
 すなわち、半分の力になってしまうということだ。

 なぜそうなるか?
 厚生省のせいではない。
 時代の要請だというのが私の見解だ。

 単純に、大学にそんなに医師を抱えないで、先端医療と研究機関・教育機関としての立場をしっかり確保すればいいのにと思うが。
 いい研究、いい教育をすれば、若い医者はいくらでも学びにくると思う。
 それをしないで医師ばかり集めていても仕方ない。

 時代は、派閥主義から個人単位に、時代がすごいスピードで動く。
 個人でいいと思った場所へ、人が移動していく。
 偉い教授の命令で動く時代はもう終わりかもしれない。

 そんな時代に、私は新しい仕組みを提唱する。

 それは個人がある方針のなかで、緩やかにつながった仕組みだ。
 そこに強制は無い。
 あるのは、参加する個人の自由意志だ。
 その大きな方針とは、”社会貢献”という意思の輪だ。
 この輪の中に入りたい人々が自由に出入りできるそんな仕組みだ。

 医師だけでなく、看護師も、その他の医療者も、医療にかかわるものであれば誰でもその輪に入ることができる。
 それぞれが、名前・職業・専門・卒業年月日とメールアドレスを登録する。
 それぞれの職種に合わせてジャパンハートが、情報を提供する。

 たとえば、海外の緊急救援の医師や看護師を募集するときは、このアドレスに直接、メールが飛び込んでくる。
 たとえば、離島で産休に入った看護師の代わりに1ヶ月間の離島病院からの要請があれば、看護師のみにメールで募集がくる。
 あるいは、短期ボランティアの海外医療情報やスタツアなどの情報も、その最適な職種ごとにメールで連絡が入る。
 医師に看護師に関係する、あるいはその逆の情報が来ることはしない。

 希望者は、それに応えればいい。
 こちらからの強制は一切ない。
 登録自体には、費用も一切発生しない。
 登録にはデメリットはないようにしてある。

 こうして、海外・国内で社会貢献をしたい医療者が精神的に所属する仕組み
             ジャパンハート総医療局
 と呼称する。

 近い将来、この登録をできるようにしていきたい。

 海外医療、国内地域・僻地医療、緊急救援活動は医療者ならばもう誰もが当たり前にしていい時代だ。
 
 新しい仕組みを日本の中でどんどんつくっていく。
 20代と30代の世代が活躍できないような仕組みやあり方には魅力を感じない。

 緊急救援だって、どこの組織も上のほうから、おじさんおばさんに占拠されている。
 これではいけない。
 世界で戦っていけない。

 この時代遅れの日本の医療界に、若い世代が活躍できる組織を、一気につくっていく。

 
 
 
  








by japanheart | 2013-12-16 02:46 | 基本 | Comments(0)

25歳の女性の話

25歳の女性の話

 その人は、生まれつきの腸閉塞だった。
 肛門が無かった。
 だから便が出なかった。

 生まれてすぐに手術して人工肛門を造った。

 それから25年人工肛門はそのままだった。
 肛門の手術をした。

 彼女には恋人がいた。
 恋人は、彼女の病気のことは知らない。

 人工肛門を直す手術は2年前に行った。
 簡単に言うと、口側の腸と、お尻側の腸をつなぐ手術だ。
 もっと簡単に言うと、2本のパイプをつなぐ手術。
 
 ところが、問題があった。
 そのパイプ、すなわち腸の大きさが4倍も違うのだ。
 4倍の大きさの入り口がある腸を縫い合わせなければならなかった。

 手術は、当時ミャンマーに来ていた日本の外科医が担当した。
 そして1週間後、便が漏れた。縫ったところに大きな穴が開いたのだ。
 おそらく、上側の腸が大きすぎて便がたまり、下のほうに縫った腸の中へ上手く通過しなかったためだと想像できた。
 そして再び、人工肛門を再度、逆戻り。

 仕事の持っているため、長期になかなか休めない。
 この国では、長期休みはすなわち、退職を意味する。
 
 そして2年。ようやく時間を確保して、今回、再び人工肛門を造ることに。

 前回の、便の漏れのせいで大腸も幾分か切除され、短くなっている。

 お腹を開けてみると、今度は6倍くらいの大きさに上下の腸の大きさが違っている。
 
 そして決断。

 拡張したすべての腸を切除した。
 大腸は、半分の長さになった。

 あれから10日間。
 今は元気に、おかゆを食べている。

 これから、25年以上の彼女の人生とは違う人生が始まる。
 恋人とも結婚も視野に入れていくだろう。

 彼女のために手術をしてくれた医師たち、看護師たち。
 お金を出してくれた人たち。
 ずっと飽きずに連絡を取り続けてくれたスタッフたち。

 すべての人たち苦労が報われるのは、これからかもしれない。

 たった一人の人間の人生を変えるために、一体、どれほど多くの人たちがエネルギーを使ったことだろう。

 医療というのは、こういう地味な世界だと肝に銘じなければならない。
 
by japanheart | 2013-12-13 08:51 | 活動記録 | Comments(0)