「ほっ」と。キャンペーン

ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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足場を確保する

足場を確保する

 ジャパンハートでは年次ミーティングを4月に行う。
 今年はすべてのプロジェクトの報告を聞くだけで、3日間かかった。

 ジャパンハートという組織をつくってから9年目。
 たった数人ではじめた活動がそうなった。

 おそらく詳細を聞けば多くの人は驚くだろう。
 少ない予算でこれほど多くの人が動き、これほど多くのアウトプットを出していることに。

 展開する活動に、予算がついていかない。
 今まで多くの大企業にも知見を得たし、政府の予算を当てにしたいことも度々だった。

 しかし、軒並みだめだった。
 彼らほとんど振り向かなかった。
 とんでもなくどうでもいいプロジェクトや団体、不正がはびこっているあるいはろくな使い道もないのに、集金能力だけに長ける組織にそのような企業は協力し、日本政府もそれを後押ししているのを何度も経験してきた。
 むしろチェックの本当に厳しいわずかな財団や組織だけが私たちを支援してくれているというおかしな事態になっている。

 もしジャパンハートが、アメリカにあり、アメリカンハートなる組織であったなら今頃、すでに規模は10倍以上になっていると思う。
 日本社会に、日本の支配層に失望しながらのこの10年だった。
 そしてこれは今でも続いているのかもしれない。

 このような苦しい状況の中、少なくとも私たちを支えてくれたのは個人単位の市井の人々だった。
 もしかしたらそここそを”日本”と呼ぶのかもしれない。

 そして、いつも思うのはこつこつでもいいから、大きな幸運など期待せず、自分たちで、自分たちの力で少しずつ、少しずつやって行こうじゃないかということだった。

 そうやって足場を固め、確認し、地道にこれからもやって生きたい。

 結局、人間は自分の手に触れるもの、しっかり自ら摑んだものだけが、本当の収穫になる。
 どこか誰かの大きな力によって身の丈以上に大きくなってしまうとしたら、醜いぶくぶくの腫れ上がった得体の知れない組織になってしまう。
 
 そしてそこで働く人々は決して、幸せにはなれないような気がするのだ。

 いつか大きなホームランを打ってやろうと心に決めている。
 野球の選手が、バッターボックスに入ったとき、何度の何度も足場スパイクでしっかり作るように、
 今、しっかりと足場を固めてみたい。
 
 いつの日か、その弾道が
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多くの人々の心を酔わせるようなアーチを描いてみたい。 
 
by japanheart | 2013-09-21 01:27 | 活動記録 | Comments(1)
迷走するくらいなら時間を忘れろ

 今でも多くの迷子たちがジャパンハートにはいる。
 どこでも、どこの組織でも同じかもしれないが。

 これからどうしていったらいいかわからない。
 自分が何をしたいのかわからない。
 何となく、気力がなくて、どう生きていいのか分からない。

 何をしたいのかは、私だって分からない。
 神様があなたにだけ特別に教えてくれるわけではない。
 衝撃的に、これをやりたいとか、これを手に入れたいなどと思うのは人間あまり人生で多くは経験できない。
 あるのは、何にもないような日常が、ただだらだらと続く。
 ほとんどの人が、そんなもんだと思う。

 場所を変えようが、やることを変えようが、すぐにこの世界に再び埋没する。
 人生を変えるきっかけがほしい?
 どうせ、きっかけをあげても、あなたはしないだろう。
 何度も同じパターンの憂鬱で、不安感たっぷりで、生の実感が乏しい人生を送り、やがて年おいて死んでいけばいい。

 私の人生でないから、別に気にしない。


 あなたが、もしも本当にこの不安な、迷走した、人生から抜け出したいと思うならば、私には妙案がある。

 興味ない人や、今までどおりに人生を歩みたい人は、ここで読むのをやめてほしい。
 どんないいアイデアでも、絵に描いたもちになる。
 簡単に、それから抜け出せると甘く考えている人間も、時間の無駄だから読まないほうがいい。
 人生は、生老病死、苦しいものだ。


 私があなたに示す案は、”没入”というアイデアだ。
 一旦そこに入ったら、しばらく出てくるな。

 国際医療に世界にはいったら、つべこべ言わずに、時間を忘れるくらいやってみることだ。
 あれもこれもと考えるな!
 考えてもどうせ実力がない人間は、どれも自分のものにはできない。
 勇気を出して飛び込んだのなら、そこで時間を忘れ、我を忘れるくらい必死になって、しがみつけ!
 人生、そんなに何度も勇気が出ないだろう?

 私はもう、狂うほどに、やりきったといってみたら、自分に返れ。
 本当に何もかも忘れ、あらゆる力を振り絞り、やりきってたら誰だって新しい世界が開ける。
 その虚脱感の向こうに、その停滞感の向こうに、新しい世界は必ずある。

 人生は一回きりだということを、忘れない。
 
 私が小学生の頃、同級生500人にヒーローは数人しかいなかった。
 今は、あっちこっちに社長や部長や、取締役や先生たちがたくさんいる。
 自分が子どもの頃、この人たちの多くは脇役で引き立て役で、ヒーローでも何でもなかったはずだ。
 どうして、こんなに大人になると、偉い人が増えるのだろうか??
 私は、大人の世界は、子どもの世界よりもレベルが低いのだと考えている。
 だから、ちょっとした勝利者になるのはそう難しいことではない。
 子どもたちは安心して大人になっていい。

 しかし、何をやっても面白かった子どものときより、没頭できるものが少なくなってくる。
 子どもの頃に戻り、もう一度そこからはじめるしかない。
 一度少しでもやりたいと思ったことは、我を忘れ、時間を忘れ、没頭してみたら?

 年取って、もうすぐお迎えが来るときに、自分の人生に小銭を残したり、銅像を残しても仕方ない。
 もうほんとうに、いろいろあって疲れたな、、、、そろそろ休みたくなったといいながら、あっちの世界にいくのもいい。


  迷っているな、と思ったらつべこべ言わずに、目の前にあるそこにもうこれ以上無理ですというくらいのエネルギーを落としきってから、もう一度、顔をあげなさい。
 次に、顔を上げたときは、世界が少し色が変わっていることに、気づくだろう。
 そしたら、また顔を下ろして、目の前のことにまたエネルギーを注げ、時間が消えるくらい必死に。
 
  ”分かった??”


 
 
 

 
 
 
by japanheart | 2013-09-15 02:48 | 基本 | Comments(2)
基本的な事柄は人生をつくる

 今カンボジアにいて、短期参加者たちに朝から怒った。
 「おはようございます」の挨拶もできない。
 こちらからしても、返事をしているのかしていないのかわからない。
 こっちには全く聞こえないので、無視しているのと同じなわけだ。
 礼儀正しかったかつての日本人は幻となった。

 カンボジア人は、ちゃんと挨拶をしてくる。
 しかもスタッフたちは日本語で丁寧にしてくれる。
 この差は、なんだと思う。

 挨拶をしろ!!と怒れば今やパワハラだ!とやられるに決まっている。
 しかし、企業は大体挨拶もできない人間は採用などしない。
 はじめからアウト!
 上司もパワハラをすることもない、かもしれない。

 しかし、ここでは言わせてもらう。
 挨拶しなさい!できなければ帰りなさい。

 ここへ短期でくる人間は数日しかいない。 
 ここはカンボジア社会であり、そしてジャパンハートの団体の活動の中だ。
 彼らははじめ異物であり、部外者だ。
 この社会に、この組織に受け入れてもらわなければならないはずだ。
 だからこそ、自分からカンボジア社会やジャパンハートのここのスタッフたちに受け入れてもらう努力をしなければいけない。
 自ら挨拶をし、自ら笑いかけ、自ら前に出て自分の存在をアピールする。
 そうしなければ、数日間はあまりに短すぎる。

 ジャパンハートだって、そんな人間には来てもらわなくてもいい。
 ちゃんとコミュニケーションを取り、人間関係を持とうとする人に来てもらいたい。

 彼らは皆、自分を変えたかったり、多くの友人を得たかったり、病人たちのために働きたかったり、さまざまな動機を抱えてここへくる。
 確かに、知識として、こういう時にはこのように声をかけなさい、このように笑いかけ、このように目線をあわせと教えられているだろう。
 そしてそのようにして見せることもできるだろ。
 しかし、そんなの本心じゃない。
 本心じゃないから、頭で考えたことで、心から行っている行為でもない、だから、すぐにぼろが出る。

 自分が忙しいときには振り向きもせず、話もろくに聞かない。
 患者にはいい顔をしても、同僚や部下には冷たい。
 仕事は、いい加減で、いつも他人のせいにする。

 どこにでもいるだろう。
 そういうあなたもそうではないか??

 挨拶は、他人と世界が混ざり合う最初で最小の、入り口になる。
 それを無意識に拒否しているということは、何を意味するのか?
 口では友達もほしい、新しい世界を見てみたい、自分を変えたいといっていても、こころの隠れた欲求は、そうは言っていない。
 こころの声は、混ざり合いたくもなく、コンタクトしたくもなく、他人との交流を拒否しているのだ。
 それがあなたの隠れた本心だ。
 だからいつまでも世界が変わらず、いつも不平ばかり言っている。
 友達も大して増えない。

 ほんの小さな人生の基本事項をしっかりと行うだけで、人生は大きく変わり始める。
 あなたの最強のコミュニケーション・ツールが動き始めるはずだ。
 「おはようございます!」
 「こんにちは!」
 「ありがとうございます!」
 「さようなら、またお会いしたいです!」

 大きな声でしっかりといってみてほしい。
 これらの言葉は他人の耳に入るだけでなく、わが耳、わが心に染み込んでゆく。
 そしてやがて、私は多くの人たちや多くの出来事と、”リンク” したいのだと、いや、するのだ!と認識し始める。
 そして、、、現象が動き始める。


 人生の基本をおろそかにしてはいけない。
 これをないがしろにして、普通の人間に人生の開花などありえない。

 人生を開花させたければ、基本的な事柄を継続してやり続けることは、”MUST” だ。
 やっとほうがいいのではなく、”やれ!”ということだ。

 先日、同じことを6歳の次男に、言って聞かせた。
 今日は誰に言った?
 20・30才台の人間だよ。

 いつも言っているが、人生は基本だ。
 基本さえできていれば、大過なく生きていけるのだ。
 もう一度、基本とは何かを見つめてほしい。
 
by japanheart | 2013-09-11 04:04 | 基本 | Comments(0)

久しぶりに口唇裂

久しぶりに口唇裂

 口唇裂というタイトルでブログを書いたのはもう8年も前かもしれない。
 あの頃は、確かに今よりもずいぶんとレベルはひどかったと思う、我ながら。

 あの頃に、ある専門家からやめた方がいいと遠まわしに言われたこともあった。
 じゃ、お前が私の代わりにここに住んでやってくれっていうふうに思っていたが。

 よく、未熟なレベルでやるべきでないという人もいるが、私はそうは思わない。
 なぜならば、この貧しい患者たちは、どんなレベルの人に治療をしてほしいとはねだってはいないからだ。
 彼らは治療というものを受けれるだけで幸せなのだ。本当に彼らはそう思っている。
 
 患者あってこその医師であり、医療だ。

 このくらいの専門的実力がないものはこういう活動をするべきでないというのはやっている側、医者側の理屈だ。

 私は心臓病も、脳の病気も、肺の病気も、子どもの病気も産科や婦人科も全部診ている。
 口唇裂の手術ができないのなら、すべてやめないといけないことになる。
 どれも十分ではないことなど若い頃から自覚している。
 
 文句はある人間はここにそれだけのスタッフを連れてきて、同じ成果を上げてほしい。
 そう思って20年やってきた。

 まあ、ともかくそれでもめげずにやってきた、、、口唇裂の手術。
 今ではおそらく年間の新手術件数は、日本でもトップクラスになっていると思う。
 専門家たちが聞いたらみんな驚いているから。

 最近では専門家がきても、何も言わなくなった。
 何せ、ここでは日本の3分の1の時間でやりきらないといけない。
 そんなことをする人は少ない。

 でも、子どもたちは、家族たちは、本当に幸せそうなんだ。

 誹謗や中傷、そして妨害は幾多もあったし、その人の価値観を押し付けられて押さえこまれそうになることもあった。
 しかし、めげずにやってよかった。
 誹謗中傷した人は、それっきりだからね。
結局、口だけで責任なんて取ってくれないのだ。
 
 たくさんの子どもたちに、未熟な技術で迷惑をかけたけど、ここから少しずつ、世の中にお返しをできそうな気がする。

 8月28日から3日間で17件。
 口唇裂の手術を、国境の町でやってきました。

 子どもたちのかわいくなった顔をどうぞ、見てやってほしい!!

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by japanheart | 2013-09-08 15:49 | 活動記録 | Comments(2)