ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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ボランティアが当たり前になる

 今年の夏、はジャパンハートへの参加者は短期・長期・スタツアと合わせて軽く100名を突破した。
 年間1000人くらいは、参加者が集まる組織にしたい。

 もうそろそろアジアは、誰でもがすぐにでも行けるそんな感覚の地域になる。
 日本の東北でボランティアに参加する感覚で、アジアに来て欲しい。

 いろいろな次元で費用はかかるが、費用対効果はかなり高いと思う。

 年々歳歳、感受性は低下する。
 参加するなら若いうちにこしたことはない。

 もちろん壮年になってからでもいいが、人生の再調整の意気込みをもって参加してもらいたい。


 今年から決定的に変えたことがある。

 それは私自身が参加者に積極的に関わり始めたことだ。
 時間があればじっくり数時間でも彼らと話をする。

 あと10年もすれば私のような人間が特別ではなくなるだろう。
 海外でボランティアなんて当たり前過ぎて話題にもならない時代が来るといいなと思う。

 日本人は知らないが、韓国人は韓国内で仕事がないからガンガン、アジアに出ている。
 ほかの国だって似たりよったりだ。

 日本人だけが取り残されている気がする。

 日本人たちよ、顔を上げて、前に出よう。
 
by japanheart | 2012-08-31 04:34 | 活動記録 | Comments(0)

「執念」という感覚

「執念」という感覚


 「執念」なんていうと、おぞましいい感じがするこの時代。
 先日、山本寛斎さんと2時間くらいお話したときに、あるビデオの中で彼が言っていた言葉だった。

 それは、寛斎さんはロンドン・ニューヨークで開花したとそのビデオの中では説明されていたが、唯一、後悔している時代があるらしかった。
 それがパリ時代。

 その時代に自分に足りなかった物は、何かと?
 あの時代自分が上手くいかなかったのは、自分には「執念」がなかったからだと、インタビューに答えていた。

 この言葉が,その日の私に一番響いた言葉だった。
 一番響いた言葉は,多分、私に一番必要な言葉。
 まさに、万象を師とすると決めている私にとっては,天の声ということになる。

 「執念」という、おおよそスマートとはほど遠い感覚。
 しかし、想いが「執念」まで高まらないと,ことは成らないのかも知れない。

 私は、この感覚をしばし頼りに物事を進めたい。
 執念を持つには、絶対的に自分のやろうとしていう事柄に信頼がなくてはならない。
 まず、これを持てるかどうか?
 なぜ、自分がその行動を取るのか?
 それをすれば何が起こり,どういう風に自分自身が納得できるのか?
 とことん、思い考えなくてはならないだろう。
 しかしながら、多分、執念を形にするその過程で,きっとそのことは答えが出るのだろう。
 
 しかし、つくづく、「執念」という言葉には、いい響きがある。
by japanheart | 2012-08-16 23:28 | 基本 | Comments(1)

ちょっと夏休み

ちょっと夏休み

 最近、学生に機会が多くなってきた。
 それはそれで、悪いことではない。

 日本の国の学生は甘えていてどうしょうもないと思っていたら、海外の学生も結構同じで、こんなものかもしれない。
 それでいて結構、やるなっと思わせる奴らもいるんで、こっちも真剣に向き合わざるを得ない感じになっている。


 私の誕生日にちなんで、後進の人たちに一言。
 
 早く自立しなさい!
 しかも、1日でも早く。

 私は30歳になってすぐに、100万円を握りしめてミャンマーへ乗り込んだ。
 そして今、ここでこうしているわけだけれども、47歳にして思っていることは、2年遅れた!ということだ。

 あと2年早く動いていたら、もっと違う世界があったような気がする。
 もっと前に進んでいたような気がする。

 47歳にして思っていることは、同時に、あと思いっきり動ける時間が30年ほどしかないかもしれないということ。

 はっきり言って、焦っている。
 時間が無さ過ぎる。

 しかも体力がだんだんと失われていくことは避けられないことは、自明。
 動きが制限されるということだ。

 若い間の時間は、特にお金には代えられない。
 年をとっていくほどにその価値はわかるのは、残りが少なくなってきたからで、70歳の1年より、20歳の1年の方が、値打ちだよ。
 
 どんなに時間をセーブしても、後悔はするだろうが、しないよりしたほうがいい。

 だから、恋愛でも勉強でも、なんでもいいが思いっきりやってみたほうがいい。
 思いっきりというのは、我を忘れてという意味だから。

 勉強でも気がつけば2年くらい経っているというくらいに、毎日そのことしか考えないくらいに生きるということ。
 恋愛だって、ボロボロになるまで突き進めるか?
 どうせ人生1回だから、天国と地獄の両方を見たほうがいい。

 何でもいいだよ。
 自分の持ってるモノを全て捨てるくらいの覚悟で。
 プライドも捨ててね。

 この前、ある学生が来たんだ。
 内定もらったけど、それを捨てていいって。
 勇気があるね。
 既に自立しようという意志がある。

 社会の既得の常識からの自立。
 将来への不安感への対峙。
 自分への信頼心。

 これらすべてがうまく働かないと、そうは行動できない。
 
 将来、安定を失っている日本という国の、日本企業を信頼し、よく信用できるな、多くの若者たちよ。

 国を信じるな。、企業を信じるな。自分を信じなさい!と言いたい。


 私のところにくる若者がいれば、容赦はしないが、面倒は見るよ。

 さあ、どうする?
 日本の20代、30代の若者たちよ。
 来る人いるかな???

 
 
by japanheart | 2012-08-13 01:27 | 医者の本音 | Comments(1)

弱者の本音

弱者の本音

 思い起こせば2004年、私がジャパンハートを立ち上げたとき、何もなかった。

 お金もなければ、人もいない、ネットワークもなければ、支援者もいない、おまけにミャンマーの片田舎で貧乏人相手に医療をやっている人間のことなど、身内以外は日本の誰も知らない、そこからのスタートだった。

 あれから10年も経っていないけど、テレビ局の視聴率が1%100万人と換算するならば、日本の1000万人以上の人たちが、何らかの形で私やジャパンハートのことを知ったことになる。

 私は確実に、弱者だった。
 何もなかった。
 技術は誰も取らないといったが、私にあるのは数人の仲間とわずかなお金、そして医療の技術だけだった。
 しかし、その技術が日本と違い、直接、お金を生み出さないところが、歯がゆかった。

 結論から言うと、しかし、時代が味方してくれたのだ。

 2004年ころから急速に、日本中に急速に広がったものがあった。
 ちなみに、鳥インフルエンザではない。

 それは、インターネットだった。
 今では、検索は日本中、グーグルが使われているが、当時はグーグルにヤフー、ライブドアなど、結構自分たちで検索サイトを運営していた。

 その時代の流れが、私を助けてくれた。
 たとえお金がなくても、ほとんど無料でWEBを通じて、24時間365日、日本中にリクルートをかけることができた。自分たちの成果を報告することができた。ミャンマーの片田舎にいて、医療をやっている人間のことを知らせることができた。
 そして、電話など通じなかったミャンマーからメールで返信できた。
 
 双方向のコミュニケーションが成立したのだ。

 私がジャパンハートを立ち上げる時、私が以前所属し、もめてやめた団体の代表は私の前では応援する!と言ったが、裏では「そう簡単にうまくいくはずがない。私がこの団体をここまでするのにどれほど苦労したことか。」と当然、失敗すると思っていた。

 確かに10年前ならば、そうなったかもしれない。

 しかし、既に時代は変わっていた。私より20歳以上も年長のその人は、このネットの世界の威力を本当に自覚していなかった。
 WEBの威力を操れるものは、”神の手”を持った如くに振る舞える。
 この”神の手”を少し振ってみた。

 私は弱者だった。
 だから悩んだ。だから、考えた。だから、早く行動した。
 
 人生の一時期、このような期間は絶対にいる。
 
 そしてその行動体系は、おそらくこの組織が世界一になるまで継続されることだろう。
 さらに今年から、この”神の手”を激しく振ってみたいと思っている。
 

 
 
by japanheart | 2012-08-05 13:37 | 医者の本音 | Comments(0)