「ほっ」と。キャンペーン

ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2012年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

体験・見学者ー募集中

体験・見学者ー募集中

 5歳と7歳の息子たちが1週間、活動地で過ごした。まあ、ほとんど遊んではいたが、掃除をしたり、少しお手伝いをしたりしていた。

 帰りの車の中で、どんな子供たちがいたのかと聞くと、背中の腫れた子、ネズミみたいな口をした子(注:口唇裂のこと)、血をはいていた人などのことを話してくれた。
 手術に忙しくしている父親の姿も見て、何を感じたことだろう。
毎年1回は参加させていくつもりにしている。

 現地にエアコン付き個室が一部屋アリ、そこを今後は親子のボランティアに開放していくつもりにしている。
 
 近い将来、ジャパンハートHPにて発表するのでお楽しみに。

 ミャンマーが解放されたこともあって今夏から積極的に、部外者を受け入れている。
 ドリームトレインも,政府から許可を取り付けたので,訪問がようやく可能になった。

 今後、形式張ったどこかのNGOと違い積極的にボランティアの機会を日本人たちに提供したい。
 今はそういう時代だ。
 そう、時代なのだ。

 アジアの若者たちが、世界中の若者たちが当たり前に、ミャンマーやカンボジア、ラオスやネパールに,あたかも近くにでも旅行するように,存在している。
 昔のような危険もなければ、安全な水もある。食べ物もある。
 ホテルもあれば、日本食だってどこにでもある。
 アジアは既にそんな時代になっている。

 危険危険といって、相変わらず怖がっている世代は,去勢された,あるいは洗脳状態から抜け出せない人たちだ。
 医療だって、日本が一番進んでいるのだと思っている人たちは,もうその古い頭を処分した方がいい。

 フィリピンだって、多くの医者はアメリカで医療を学び、帰って来た人たちだ。
 インドだって,日本の脳外科より自分たちの方が進んでいるので、インド人は日本に治療など行かないという。
 タイだってすごい病院がある。
 あまりのすごさに日本人たちは驚く。
 どの国も都市部はすっかり進んだ医療をしている。
そんな時代なのだ。


 しかし、先進国の人間で私のような活動を短期ではなく、人生かけてやっている医師は出会ったことはない。
経営をしている医師には出会ったことはある。
 そういう看護師は何人も知っている。

 まあ、そこがせめてもの救い?わずかに文明力で勝っている。

 先日ある人が,事務所を訪れ支援を約束し、私に言った。
「あなたみたいなキチガイでなければ、この役は務まりません。」

 これで何度目だろうか?キチガイと言われたのは。


  まあいい。
 日本人たちに,ボランティアやチャリティーが特別なことではないという文化を創り出させるため、これからジャパンハートの海外を大きく解放する。

 学生のインターンも積極的に受け入れつつ、多くの人たちを海外へ誘う。
 わたしたちのこどもの世代は、もう日本のことだけを考えて生きていけない。
 だから国内問題と同じように、国際問題について考えなければならなくなる。

 政府が海外支援のために出すお金だけで何千億のお金が動いていることは知っているだろう。
 海外なんて興味ないって言ったって、知らない間にあなたの納めている税金から何割かは抜き取られ海外に送金されている。興味を持った方がいい。

 子どもから年寄りまで、みんな海外にどうぞ来てほしい。

 そういう経験から意識が開かれ、様々な問題意識も目覚め日本のことももっと相対的に知れるようになる。

 ジャパンハートのボランティア参加者が年間1000人を超える日はそんなに遠い将来ではない。

 
 
 
by japanheart | 2012-07-26 02:46 | 活動記録 | Comments(3)
いざ!出陣 with 息子たち

 この4月から我が家は,ヤンゴン在住。
 息子たちは日本人学校へ。 一クラス多くて10名。在学者がいない学年もある。

 そしてもうすぐ夏休み。
 妻は日本へと一足先に今日帰国。

 あまりなき組み合わせ。父親と息子二人。(今までは、いつもばあさんがそばにいたから)

 そして18日朝から,この愚息二人、7歳と5歳を引き連れ、活動地サガインへ初見参する。

 戦国の昔は,初陣というのがあって、武将たちはある年齢になったら息子たちを戦場に連れて行った。

 日本の父親は息子に働く姿を見せることがないだろう、今時。
 それができればすこしは家族関係が変わるかもしれない。

 私は,やりたい放題なので息子を本当は学校など行かせずに,ずっと活動地でお手伝いをさせたいが、
 妻に反対されて,今はあきらめている。

 そこで、夏休み+妻不在=やりたい放題 という環境を利用して、息子たちを,私の戦場、そしてジャパンハートの最前線、ミャンマーワッチェの慈善病院に連れて行く。

 そこで、同じように生活をさせ、活動の足を引っぱらない程度にお手伝いをさせる。

 父親などというのは,結局、背中で語るしかない。
 特に、小学生の頃にしっかり背中を見せておくと、素直に彼らの脳裏に沈んでくれる。

 それが今すぐにではなくても,将来、彼らの目に見えぬ力になったり、目標になったりするかもしれない。
 男同士の教育は、頭ではなく,肉体や五感を通して行われていく。
 

 私は親になったら,子どもにその働く姿を見てもらわないとと思っている。
 ジャパンハートのスタッフも,親になったら皆、子どもを連れて活動に参加すべし!
 子どもの見てる前ならば,いい加減な姿やかっこわるい姿は見せられない。

 子どもにとっても,親にとっても,最高の学びの場になるはず。

 これからはもちろん、ジャパンハートという団体が、親子でボランティアで共に学ぶという,そういう場所になればいい。

 ではさっそく、その第一号として,吉岡家が突入させて頂きます!

 
by japanheart | 2012-07-16 23:19 | 子どものこと | Comments(3)

スタッフのこと

スタッフのこと

 ジャパンハートは海外活動地は,ミャンマー・カンボジア・ラオス・そしてネパール。

 ラオスは事務所が構えられ,現在様々な角度から活動の検討がなされている。

 ネパールは,上ムスタンという標高が富士山より高い地域で巡回診療が先日行われた。

 日本だって、長崎の離島や山梨、島根の離島、宮城の石巻の診療所、不定期には女川の病院などでスタッフが働く。

 ジャパンハートのスタッフがそのように散っている。

 私は感傷的かもしれないが、そこで働くスタッフのことを時々思う。

 特に誰からも支援を得にくい状況にあるスタッフには、何ともいえないような郷愁を感じる。

 彼らも自分のためにやっているのだろうが、それでも感謝の気持ちがわき出てくることがある。


 ジャパンハートの遠くで働くスタッフの多くはミャンマーで直に指導したスタッフたちだ。
 まあ、昔でいうところの、できの悪い弟子たちみたいなもの。

 だからなおさら気になるのかもしれない。


 かつてジャパンハートのことを気に入らずに去っていた人たちも,実は私がそのような気持ちを彼らに持っていたことなど知るよしもなかろうが。

 患者たちに、一期一会の喜びを感じるように、またスタッフたちにもその喜びを感じている。

 歳を取ってきたのだろうか?

 年々歳々感じるのは、次世代の人たちや大きく年の離れた人たちに囲まれていないような人生というのは、
 充実度が低くなるのだろうと、何となく思う。

 20年後も自分がそうあるように、手を緩めないで生きていきたいと思っている。

 楽はいつでもできるから、死んでからゆっくりと。
by japanheart | 2012-07-15 00:04 | 活動記録 | Comments(0)

開祖を超えよ!

開祖を超えよ!

 よく「道」のつく会からの講演があるとこの話をする。

 武道、茶道、そして宗教も。

 現存する大きな伝統宗教などは、平安から鎌倉時代にその流派が興されていることが多い。

 それが1000年近く残って現在に至る。

 それぞれの流派には,その始祖,すなわち開祖が存在する。

 その宗教の一派が生み出された時代、日本は疫病や飢餓、災害など今の人たちが見ると目を覆いたくなるような状況だった。
 世界中どこでも多分、同じだったかもしれない。

 昭和の戦争前ですら、日本人の平均寿命は45歳程度だから、多くの子どもたちが死んでいた。
 その少し前には,2 ・2 6 事件があり、東北地方の惨状を嘆いた一部の軍部がクーデターをおこしたとされている。
 ましてや平安鎌倉時代、人は当たり前に死に、子どもたちの数人にひとりは普通に亡くなり、食べ物は始末で、食物は安定的に与えられることはなかった時代。
 ただそこに生きているだけで、開祖たちは悩み、傷つき,考え、苦しんだ。
 だからこそ、新たなる真理に目覚め、流派を興した。

 今は,恵まれすぎて宗教者も、かつての開祖のようには悩み・傷つき・考えそして苦しまなくなっている。
 だから、開祖の心が分からない。
 開祖の生み出したその教えの真の意味が分からない。

 それは武道の型に似ている。
 型は,かつての達人たちが生み出したものだ。
 すなわち達人でなければその方の意味を理解できないし、使いこなせない。
 型はその達人が、未熟であった過程で創り出されたものではなく,完成されたあとに創り出されたという事実がある。
 それゆえの理を真に理解し体現するためには、それを生み出した達人と同じレベル以上でなければ,理解できない。


 宗教も,同じ。

 それ故すべての求道者は、その在り方として 開祖を超える という志を持って修行しなければならない。

 それ無き者は、その道を廃れさせる一員となる。

 開祖がいかなるレベルにあろうとも、その道に入った限りは、それを目指さなければならない。


 だから開祖を崇めてはならない。
 崇めれば、そこには到達できない。

 キリスト教のように、相手は神ではない。

 釈迦も親鸞も日蓮も、千利休も小堀遠州も、植芝盛平も宮本武蔵もすべて人なり。

 自らの個性を著しく開花させた人たちである。

 心すべきはすなわち自らの個性の著しき開花。

 これのみ心がけ日々、道を進む。

 
 

 
by japanheart | 2012-07-04 23:22 | 医者の本音 | Comments(0)

最近の想い 2012 雨期

最近の想い 2012 雨期

 最近想うことをつらつらと。

 ミャンマーが騒がしくなってきた。都市ですら当たり前にいた壮観な民族衣装をまとった人々の姿が、どんどん消えてゆく。
 先日、看護師になるために国境からやってきた女の子は、カチン州のちゃらちゃらと鳴る金具をつけた民族衣装を着てきた。多分、家族が送り出す時にそれを着せたのだと思う。
 それをみたときに、少しうれしかった。
 私たちは、これから失われゆくだろう古き良き文化のミャンマーの最後を見届けることになりそうだ。


 今回も患者が無事、治療が済みほっとしている。
 患者が多すぎて大変だが、いつまでもこのペースで続けることもできないなと、ここらあたりで少し変化させるつもり。
 なぜなら、今までミャンマーでは、子どもや貧困層への医療活動・視覚障害者自立支援活動・人身売買やHIVにさらされる危険のある子どもたちを引き取り、育てる活動「ドリー・トレイン」・災害孤児の支援活動・保健教育活動・ミャンマーの難病の子どもを日本で治療を受けさせる活動・看護師、医師養成・医学生、看護学生に対する奨学金支援活動などをやってきた。

これに今年からさらに、ミャンマーの全土の広がるハンディキャップのある人たちに対する活動が始まる。
さらに、ミャンマーの腎臓病患者に透析の機会を作り出す活動、すなわち透析の仕組みを整え、専門家を増やし、技術を上げなどという大それた活動も開始する。

プラス、子どもの心臓病の手術ができる医者、腎臓病の手術ができる医者を、育てるために日本の大病院と共同でプログラムを実行していく。

というわけで、私の時間が、体が足らない感じ。

 それ以外に、カンボジアでも事業が継続し、さらにラオスに既に事務所が構えられ、事業計画調査の段階にあり、ネパールにも現在、調査隊が入っている。

 日本での講演会をはじめとする用事は、年々歳々、増え続け、あっという間の日本滞在になる。

 あの人にも会って久しぶりに、お礼を、この人にもお礼をと思っているが、悲しいかな現実には上手く時間とれない。

 人生、不義理だけはしたくないと思っているのだが。


 不義理で思い出したが、私が学生の頃、うちの母親が朝6時から毎日深夜12時まで働いて、女で一つで私を大学を出してくれたんだけど、その時に午前中は近くのとても流行っている魚屋さんでアルバイトをして仕送りをしてくれていた。バブルの頃の話。
 今では、そこもすっかり客が減り、そこの店主夫婦がやっていくのがいいところかも。
大阪に帰ると、いつもうちの母親をそこの店に連れて行く。
そして、シコタマ、派手に魚や干物を買わせる。(母親は魚が大好き。私は魚は嫌い)

 いつもそうしている。
 最近近所の母親の友達のおばさんが大阪の実家にご飯を食べに来たのでその話をして、こう言った。
「私の家族が苦しいときに母親を雇ってくれて、そのお金で私は大学を卒業できた。大したことはできないけど、景気が悪い現在、せめて私だけでも景気よく買い物をしてあげようと。昔のお礼です」

 そのおばさん曰く「義理堅い子やな~!!」

 気がつけば、義理堅かった。
 よかった。
by japanheart | 2012-07-01 02:33 | 活動記録 | Comments(3)