ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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日本人の残念なメンタリティー

 第二次世界大戦で負けた日本人たちにはどうしても超えないといけない壁がある。
 それはたとえば、合理性がないというメンタリティー。

 その考えの基では、精神主義がはびこり、刀や竹槍で飛行機を落とすのだという考えになってしまう。
 自らに足りない能力をどうしても精神力で乗り越えるということは、気持ち的にはよくわかるが、最後まで合理性を失わないことは大切なことだと思う。

 恐ろしいことに、気がつくと日本の組織というのは例に漏れず、この蟻地獄に落ち込んでゆく。

私の主催するジャパンハートも精神的にも肉体的にもタフな若者たちがやってくる故に、知らず知らず、そこにはまり込んでいたことに最近気づいたのだ。

 勇気を持って改めてゆく。

 たとえば日本人は精兵主義だといわれる。
 達人や名人に過度に評価を与える。
 だから何かをするときに、精兵主義に陥る。
 精兵主義に陥るとは、名人レベルの人たちでないとできないような作戦を立てたり、プログラムを組んだりしてしまいがちだ。
 しかし、本来は普通の一般人が達成できるレベルの作戦やプログラムを堅固に作り上げ、それを積み上げてゆくのが長い経過の中では最後には、有効であると歴史が証明している。

 私たちがやっているような活動もまた、私のような経験が長い医者ががんばるものではなくて、ごく普通の経験のものたちが集まっても成果を得ることができ、それを積み重ねていくことによって私が成した成果を大きく上回ってゆくそうなる方が、理にかなっていると思う。

 組織から精兵主義を極力排除し、今後取り組んでみたい。
 今までは、余りに精兵主義故に、後継者すら育たなかった気がする。

 もちろん、精兵主義が不必要なものではなく、もちろん大切なポイントでは登場させることに疑問はない。

 これからジャパンハートはしっかりと必要なものはお金でも資材でも使いながら、ある程度の経験があれば誰でもできるようなスキームを多く生み出し、世に役に立っていきたいと思っている。



 
by japanheart | 2012-04-23 00:51 | 医者の本音 | Comments(0)
どんな組織を作りたいのだろうか?

 どんな組織を作りたいのかと考えることがある。
 匠の国、日本の生まれだから、やはり”質”こだわった組織を作りたい。

 安かろう、悪かろうではまるでどこかの国の商品のようだ。

 今までジャパンハートの現地での医療は、なるべくお金をかけないようにしてやってきた。
 海外に圧力をかけられ、発展から取りのこされている国では、余りに現地の医師たちを刺激すると活動自体が成り立たなくなるからだ。

 限られた資源の中で、日本より高い医療を目指すが、今までのコンセプトだった。

 しかし、これからはもう少しお金をかけるようにしたいと思う。
 それは、やはり質にこだわりたいからだ。
 まあ、そこはコスト対パホーマンス、ある金額で最高の成果を上げてみたい。
 医療は、一応、サイエンスだから。
 
 この毎日の質が、我が人生の質そのものと直結する。
 たとえお金に恵まれなくても、芸術家がその芸術の高みに達したならば、質の高い人生だったということになる。
 何を人生の中心軸にそえるか?
 私ならば医療ということになるし、専業主婦ならば、良き家庭を作るというこになる。

 さあ、どうだろうか?

 それぞれの人が、何に人生の軸をおき、そこでどのような質を追求するのだろうか?

 人生は、質に極まる。

 もちろん、量から生み出される質もあることは忘れてはいけない。

 人生は、ひたすら質にこだわる時期と、量を一生懸命、かけなければならない時期がある。

 私は量に恵まれた人生だから、いつも質を意識して生きている。
 
by japanheart | 2012-04-16 12:41 | 基本 | Comments(0)

長い夜を越えてゆく

長い夜を越えてゆく

 昨日は、大阪である大手企業の新人研修で講演をした。
 ここ3年ほど、毎年行っている。
 学生から社会人へと二週間ほどの合宿で変わっていく。
 私は関わるのは、いつも最終日の二時間ほど。
 既に、学生の殻が脱げかけている。
 良くも悪しくも、これから汚れていくのかも知れない。

 今日は、岡山に来た。
 今は羽田に向かう飛行機を空港で待っている。
 ここへ来た目的は、国立病院で、ミャンマーの少女、ニーニーの治療を受け入れてもらうための相談をするためだ。
 おおかたの日程が決まった。
 5月18日羽田に到着する予定にした。

 この少女と、家族の長い長い夜が明けてくるかもしれない。

 今回受け入れてもらう病院の小児外科医の先生も、資金集めの時、寄付をしたと言っていた。
 ありがたいことだ。

 ミャンマーの子どもたちの保護施設「ドリームトレイン」。
 もうすぐ子どもたちの数が150名になる。
 1年程度で6倍になった。
 
 子どもたちはもう陽の当たる場所へ出ているのかも知れない。

 大きなことはできないけれど、それでも少しずつ、少しずつ。
 そうやって長い間やってきた。
 
 長くやれば少しは成果が出るもんだ。
 皆さんも、あきらめずに何かを続けてみたら?
 私でも成果が出るんだから、同じように出ると思う。

 
 
by japanheart | 2012-04-13 19:42 | 子どものこと | Comments(2)

命の話をしよう

命の話をしよう

 今日は命の話をしよう。

 なぜに私は命にこだわるようになったのだろうか?

 ミャンマー、昔ビルマといわれていた国に行ったのは17年前、ちょうど戦後50年目だった。
 私が子どもの頃、大阪の町や近くの駅の地下には、いつも手や足がなく、古い軍服を着て、タートルを巻いた物乞いの人がいた。戦後20年以上もたった頃の話である。

 多分嘘だと思うが、子どもの頃通っていた塾の校長は、自分は神風特攻隊の生き残りだと、私たちに何度か言ったことがある。時代がまだソ連が元気な左よりの頃で余り大きな声では言えなかったのだろうが、どことなくそれが勇敢でかっこいいことだとその校長は思っていたんだろう。

 ミャンマーにはじめて行った頃、多くの現地の年寄りたちが戦争に参加していた日本人たちとの交流や関係を話してくれた。そこには、戦後の偏った教育の中でゆがめられてしまった日本という国に対する概念を全く覆すものだった。

と、同時に戦争に参加した日本人たちに全く同情した。日本人には生きることがつらいこんな熱い国で、戦い死んでいかなければならないという運命に、何とも言えなくなってしまった。

別に私が言ったことではないが、少なくとも大局的に観て、アジアの国々が欧米発の植民地主義から解放され、大戦後に次々に独立していったのは、日本が欧米をアジアから一時的にも追い出し、各地、各国に独立のための組織や志が創られていったからだろう。
 それを全く日本がアジアのためにやったわけではないが、結果的に歴史はそう動いたのだ。

 インドはサンフランシスコ講和会議に参加していないという事実を知っているだろうか?
 インドの首相は、日本なかりせば、30年は独立が遅れただろうと言っていた。
 そしてこの不当な講和会議には、不服として参加せず、その後、独自に日本と講和条約を結んでいる。

 日本は、日本人たちは、何百万人もの犠牲を払い、戦争をおこなった。
 行わなければならなかった。アメリカが不当に経済封鎖し、圧力かけたということだけでなく、今も変わらぬ政治的センスの欠乏からかもしれない。政治を何とかしないと、別の形で今後も犠牲は出るだろう。

 自分で、期せずして、実際の現地人から真実の歴史の声を聞き、そして自ら学び、考え、そして今ある結論に達している。

 それは、
      人間生きなきゃ、だめだ。
 という結論。
少々、惨めでも、恵まれなくても、10代で特攻なんかに行っちゃだめだ。
戦争で散華していった英霊たちに感謝しつつもあえてそう言いたい。

もし時代が変わり同じようなことがあれば、私たちのような世代の人間がまず行く。
だから若い人たちは、命を大切にして人生をもっと楽しまないとだめだと思っている。

国も政治も、人の命を奪っちゃいけない。
アメリカはまだやっているけど、一度、戦争に惨敗してみると悟るだろう。
それまではまだ国としては子どもみたいなもんだ。

私は自分の命の、その大切さを手に取るように認識したいと思っている。
でもそれは健康で生きている限り、難しい。
命という、手に取ることができないものの大切さなど理解できないのだろう、本当は。
でも、ある刹那に、その影を見ることができる。
命なるものの影を。

それは、自らの前に、その存在や健康を脅かされた人がいて、その人たちが亡くなったり、あるいは生還したりしたときに、命というものの価値と存在を感じることができる。

 そして、いつも思う。

 何もかも、何もかもが、生きていればこそ、だなと。
by japanheart | 2012-04-06 03:23 | いのちの重み | Comments(5)