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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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未来予想-日本から医療僻地が消える日

 私は今からある未来を予想する。
 多分誰も考えていないだろう未来だが、もし10年から15年以内に私の予想は的中すると思う。
 今日は2012/02/28。
 2025年までにそうなるだろう、、、、と思う。
 もしかしたらもっと早く、なるかも知れない。

 結論から言う。

 医療者がいない医療僻地は日本から消滅する!

 ストリーはこうだ。

 日本はこのまま失速する。
 どんどん悪くなる。
 国内経済はさらに冷え込み、もしかすると預金封鎖が起こるほど冷え込むかも知れない。
 2020年を過ぎてもさらに悪くなり回復などしない。
 
 一方、アジアはさらに加速し経済発展する。
 しばらくは中国が中心だろう。
 中国が失速する頃、東南アジアの国々の発展が加速するだろう。
 そして最終的にはインド。
 ここから50年はアジアの経済発展はめざましいだろう。
 世界の経済の中心はアジアになる。

 日本は単体では上手くいかないだろう。

 やがて、人的な、医療者のTPPがまず、日本・韓国・台湾の3カ国でなされるだろう。
 そこにやがて中国が加わることになる。
 ところが日本から韓国や台湾、そして中国に流れる医療者はほとんどいない。
 ソウルや台北、上海など一部の大都市に流れる以外は、日本からの医療従事者の流出は、ほとんど大きな流れにならない。
 ところが韓国、台湾、特に中国からの日本への医療者の流入はかなりの数になり、しかも給与が高く、日本人との競争にされされにくい都市部以外に大量に流入する。
 言葉の問題はその頃の様々な翻訳器機の発達である程度は解消され、一部医療通訳を職にする人々も現れるだろう。
 その結果、日本の医療僻地はある程度、消滅する!
 田舎のどの町に行っても、同じ皮膚の色をした同じような顔立ちの、少しアクセントがおかしい日本語を話す医者に会うことになる。

 そんな馬鹿な!!という人が多いだろうが、多分そうなる。
 なぜならば、このTPPは医療者の交流だけでないあるものとセットになる。
 それは、東アジアの富裕層の医療受け入れだ。
 日本の病院はアジアでダントツのホスピタリティーを誇る。
 東アジアの富裕層は、医療を求めてどんどん日本に押し寄せ、日本の外貨収入の大きな柱になるだろう。
 しかし、保険はどうなる?
 皆保険制度のない外国人には高額な医療は受けれない?ではないか。
 心配ない。
 必ずアメリカの保険会社がそこにハゲタカよろしく、舞い降りてくるだろう。
 現にアメリカは、民間保険会社が医療を仕切っている。
 彼れらは特に15億人の中国市場を目指して押し寄せ、日本で医療を受けるための保険を用意するだろう。

 その収益性だけでなく、これは日本にとっても、国益にかなっていることにもなる。
 なぜなら東アジアの国々の富裕層、支配者階級の健康を握ることになる。
 国防上、きわめて重要な政策になる。

 私の時代の読みは、こうだ。

 政治家の中で、このような大胆??ことを思っている人が何パーセントいるだろうか?
 でもきっとそう考えている、あるいはそれも自然だと考える政治家が中国にはいるような気がしてならない。

 15年後、真実はどうなっているだろうか?


 
 
by japanheart | 2012-02-28 07:27 | 随想 | Comments(0)

こころを救うという行動

こころを救うという行動

 こころを救うというということを具体的にすることは難しい。
 私が20年以上医者をしていて、私にとっての目指す医療とは、結局そこだった。

 肉体が救われていてもこころが救えないのであれば、本当に医療を施したことになるのだろうか?
 脳死の人間を無理矢理作り上げたとて、本人にとってそれは幸せなことではないだろう。
 いのちはつながりがあるから、脳死の状態であっても生きていてくれればいいと、家族が思えるのであれば、それはまた意味のある生かもしれない。
 しかしながら患者本人は、本当はどう思っているのだろうか?

 患者の病気を治すことで、こころが救われるということは、きわめて大切なことではあるが、治せなかったとしてもこころが救われるているという現実があれば、それはそれで立派な医療というのが私に意見だ。

 すべての患者の病が治せるわけではない、という現実から出発すると、病を治すという行為そのものよりも、医療という行為を通してこころが救われたのかどうか、ということが最終的に残るあり方かもしれない。

 今、ミャンマーで生まれつきの腸と膀胱の奇形で、おなかの壁からおしっこと便が垂れ流しになっている女の子がいる。
 姉弟は二人。
彼女には弟がいる。
 弟は、脳性麻痺になっている。

 親は死に、やがてこの女の子が生涯この弟の面倒をみていくことになるだろう。
 その現実はまだこの子にはわからないが、それでも私たちにはそのことがわかる。

 この子にはどんな運命が待っていようと、自信を持って生きてほしいと願っている。
 もっと言うと、自分の人生を信頼して生きてほしいと。
 自分が子どもの時に、自分のために多くの日本人が力を貸してくれたのだという自信、世の中に対する信頼が、やがてこの子の生きていく力に変わる。
 苦しくなったとき、弟の存在が重荷になったとき、きっと彼女は思い出すことだろう。
 幼い頃、見ず知らずの自分のために、見ず知らずの多くの日本人たちが力を貸してくれたのだということを。

 それが、今回の企画で私が求めている結末だ。
 最終的には病気など治らなくても良いのかもしれない。
 病気を抱え、上手くつきあって生きていくのも一つの生き方だから。

 しかし、そんな病気を抱えて生まれてきた自分の運命を呪いながら生きるのはやめてほしいのだ。
 だから、そんな病気を抱えていても生きていく力を与えてみたい。

 私はそんな願いを込めている。

 彼女の名前はNi Ni Min Lwin ニーニーミンルィン 2005年12月10日生まれの6歳の女の子
 興味ある人は以下をみてほしい。
 一人の少女の『心』を救うためのプロジェクト

 
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by japanheart | 2012-02-26 20:56 | 病と人間 | Comments(2)
最後の時かも知れない

 1995年からミャンマーで医療を始めた。
 貧しいあの時代、私のような未熟な医師の前にも、ミャンマー人たちは遠く何日もかけ医療を求めてきてくれた。
 いつも罪の意識と感謝の意識が混ざった複雑な心境ではあったが、私はそれなりにガンバッタとは思う。

 毎日、朝の5時から夜の12時まで働いた。

 2004年、関わっていたNGOのあり方やその提供している医療レベルに大きな不満を抱き、自分でジャパンハートを立ち上げた。

 それから今年で9年目、まあ何とか続いてきたものだ。


 ミャンマーの医療事情もその間、少しずつ良くなっていろ。さらに今後は経済発展に伴って、今年から10年くらいの間にかなり改善されるのではないだろうかと思っている。

 アジアの経済発展から取り残され、経済封鎖によって医療に十分お金をまわすことができなかった国の姿は10年後は、もうなくなっているかも知れない。
 それはそれですばらしいことで、今までミャンマー人たちの病気の状況を目の当たりにしてきた私は、隔世の思いで、そのことを感じている。


 ある意味、私は幸せだった。
 国際分野では私自身は指導者にはついに出会えなかったが、それでも多くの人たちに医療を提供できた。
 手術は2万件以上を、行っただろうか?
 外国人の私にそんなことが許されたのは、時代のなせることで、多分将来、実力のない医師が、ミャンマーの人々に手術をするなどということはできなくなると思う。

 私は国際協力がしたいという、若い医師たちは多い。
 でもあなたたちにそれを実現するフィールドはアジアにはなくなっているかも知れない。10年後には。

 私は自分の半生を振り返っても、ラッキーな人間だった。
 すでに十分、海外で医療を実現できた。
 医師になった目的は、これをするためだったから、満足できているのかも知れない。

 これからは、短い時間で専門的な医療行為をチームでする海外医療協力が、ほとんどになっていくだろう。
 現地に住み、文化を理解し、現地の人たちと人間関係や信頼を築きながらというのは、もう夢物語かも知れない。私は、本当に信頼できる現地人と出会えた。そんなことは時間がかかるし、何度もともに困難を乗り越えなければあり得ないことだ。
 簡単にすれば、簡単な人間関係しか残らない。人生とはかように上手くできている。


 医学生や医師たちに、言いたいのは日本でゆっくり技術を磨くなどと悠長なことを言っていたら、その頃にはもう働く場所がないよ、ということだ。
 少なくともアジアにはほとんど。
 法整備が整い、様々な発展がみられれば、勝手に他人の国の中で、良いことだから、必要だからと言って、医療行為をすることは許されなくなる。

 アジアでは私が人生のすべてをかけて医療行為を行った最後の医師になるかも知れない。
 ホントは、後進にたくさん出てきてもらいたかったが、誰も出てこないから仕方ない。
 道先案内人になる気持ちはあるのだが、残念なことだ。
 
 あなたたちが、本当に海外協力を医療でしたいなら、余り時間は残されていない。
 あとは、私の思い出話を、おとぎ話のように聞くだけだ。
 きっと桃源郷の話のように感じることだろう。

 看護師たちは、安心しても良い。
 まだ数十年は大丈夫だし、あなたたちのやることはまだまだあると思う。
 でも、確実に競争が激しくなるので、いけるチャンスは年々、減るかも知れない。
 現に、ジャパンハートの長期の海外医療参加の倍率は上がり続けている。
 だから、早めがお勧めなのは、変わりない。

 迷うなよ!
 迷えば道はなし。
 その一歩が道となり、その一歩が道となる。
 アントニオ猪木に皆、びんたをしてもらったら目が覚めるのだろうか?

 前に出でよ!
 
 他人のためではない。自分自身のためにやることだ。
 貧しき人々はそのチャンスをあなた方にくれているのだ。
 あなた方が生まれてきた意味と医療者としても、人としてももっとも高く自分に自己価値と人生のすばらしさを認識させてくれる機会をだ。

 未来はくるかどうかは、神のみぞ知る。
 明日のいのちの保証など、誰も与えてはくれない。
 そこに今を全力で生きる理由も生まれてくる。
 だから、お金や将来のことを気にせずやらねばならない。
 少なくともそれをコントロールして、今を生きるすべを身につけよ。
 
 私が今どんな精神的世界に住んでいるか、見せてあげたい。
 結構、美しい世界だよ。
 
 生まれてきたからには、あなたたちも覗いてみるべきだ。
 
 
by japanheart | 2012-02-25 02:07 | 医者の本音 | Comments(1)

志ある医師求む!

志ある医師求む!

 そんな医者たちの可哀想な人生のせいなのか、なかなか”志ある医師”という種類の人に出会えない。
                「大きく学び、小さくまとめる」
 という極意がある。
 野球のスイングを想像してみるとわかりやすいが、大きなフォームでしっかりと練習を重ね、基本をしっかりと身につける。最初から、いきなり器用な素振りを行おうとせず、大きな素振りでしっかりとイメージや大切な要素を体にしみこませる。やがて繰り返しによりホームは鋭さを増し、小さく小さくコンパクトになっていく。

 武術の同じかも知れない。身を震わす程度の小さな動きで人が倒れるほどの名人の話を知っている。

 人生も同じ原理が働くように思えてならない。

 最初から志も低く、目先の利益や安定や成果を求めすぎ、大成しない人は多くいる。
 大器晩成と言うけれど、人生の大きな成果にはそれぐらいの時間がかかるということだろう。

 そういえば、最近、海外で2年も3年も働きたいという医者が来ない。
 1年程度がせいぜい。

 折角やるなら、2年は最低やった方がいいというのが、私の持論だが。
 1年程度なら、短大や専門学校も卒業できない期間だな。
 
 自分には技術や知識など何か足らないとよくいうけれど、そんなのは私は今で持続いている。

 要は、こころざし!
 
 私が地域医療のためにがんばってやるという、気持ち。
 私が、日本の医療のために人一倍、貢献するのだというこころざし!
 海外で、医療がまともに受けることができない人たちのためにという、こころざし!
 
 海外でも、本気でやってやろうという人を求めている。
 日本国内でも私たちはいつでも、「石巻や女川」などで働いてくれる医師や看護師を求めている。

 ああ、こころざしある医師は、日本のどこにいるのか?
 
by japanheart | 2012-02-15 02:48 | スタッフと想い | Comments(1)
解放されない日本の医師たち

 まあ、もっとも、、という感じで今日の話を始めてみたい。

 まあ、日本の医者たちも同情すべきことはある。
 悲しき寄らば大樹という伝統が強いに日本では、どうしても医局というシステムが封建的な仕組みを大きく組み込みながら温存されやすい。
 10年くらい前までは、私は、医局を女医が結婚で辞めるという以外で、穏やかすまなかったケースを何度も見聞してきた。

 多分、二度と働けなくしてやるというようなことを言われた医師たちも少なくないかも知れない。
 それは単なる脅しに過ぎないけれど、はじめから大樹に寄り添っている人間にとっては、単なる脅し以上の効果がある。
 
 私は今まで、私も若い頃、海外医療をしてみたかったのだという台詞を、多くの医師たちから何十回となく聞かされたものだ。

 あの頃本当に多くの医者が途上国に行っていたら、今の私以上に大変役に立ったに違いない。
 しかしほとんど誰もいかなかった。
 まあ、理由は自分かわいさだったのだろう。

 欧米の医師たちは、余裕で1月から3月、休暇を取る。
 日本人は1週間でも四苦八苦。
 何かが違うのだろう。

 まずはそれをかえなければならない。
 彼らを少し休ませなさいということ。

 医学教育も同じで、何のために医者が存在して、何のための医療かということを徹底的にたたきこまなければならない。
 少なくとも金儲けがしたいとか、かっこいいからという理由は、大口たたいて言えないようにしておかねばならない。
 税金を投入してなされる教育だから、もちろん社会貢献は当たり前だが、日本の人たちのみに重点を置いて
医療を行うことをよしとするのか、いのちというのは平等に国境を超えて大切にすべきだと教えるのか、国家としてのヒロソフィーを決めなければならない。

人道大国を目指すなら、当然後者になる。

 今の多くの医師たちは、国民の守るという意識をあまり持てない状況にあることが多いのではないか?
 本来自分でできる健康管理や軽傷の病気でさえ、他人任せにして、日本の保健医療を崩壊させつつある一般、国民たちに決していい印象は持っていないだろう。

 予防、予防管理と口うるさくは言うが、結果は、自己管理の放棄のような現状。

 かくして医師たちは迷走する。

 日本でなかなか大いなるモティべーションを保ちながら医療ができず、医局という仕組みを手放すこともできず、経済的安定はある程度求め、休みは取れず、権威は薄れ、、、、。

まあ、可哀想な人たちだということは確かだ。
by japanheart | 2012-02-10 09:04 | 活動記録 | Comments(0)
ミャンマー医療活動の今後

 ミャンマーの医療活動は、多分今年は節目を迎えることになるだろう。
 ミャンマー人医師の本格的雇用に乗り出す。

 ミャンマー人医療者でベースを作り、そこに日本人が参加するという形にいよいよ切り替えようと思う。

 今までそれを望んできたが、現地の社会的情勢がそれを許さなかったのだ。
 いよいよ長年の思いを形にする時期が来ている。

 私がそれに踏み出したもう一つの理由がある。
 それは、日本人医師たちに失望したからだ。
 看護師たちには決して失望はしていない。
 彼らにははっきり言って十分、未来を感じる。

 しかし日本人の特に、医師たちには失望させられている。
 リスクを犯さない。
 すぐに、安定を志向する。
 何かというとすぐに医局の話をする。
 当てにならない日本人医師たちと組むより、現地人医師と組んだ方が十分勝算はある。
 
 
 
 なぜなのだろうか?
 同じ医療職でも、同じ日本人でも、なでこんなにも看護師と医者は行動や考えが違うのだろうか?

 学生時代にはあれほど海外医療をするといっていた人たちが、どんなにましな人でも、数ヶ月しか参加しない。
 それは、家族や子どもがいれば、少しくらい安定が必要なのはわかる。
 でもだ、私はなぜ自分の若い頃の夢を叶えないのだろうか?

 大体、日本にいてもそんなに大量に医師が都会の病院だけにいらないだろう?
 
 次回、また。
 書きたいことがたくさんある。

 

 
 
by japanheart | 2012-02-06 16:12 | 活動記録 | Comments(1)