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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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膀胱結石の子どもーその後

 以前紹介した、15歳なのになぜか子どもっぽくて、結構大変な状況なのにいつも明るい膀胱結石の子どもがようやく退院にこぎつけそうだ。
 何ていうか、男の子というより少女っぽいこの子。
 
 いつも手を振ると満面の笑み+少女のような雰囲気をかもし出し、どんな顔をしていいのか困惑気味の私。

 今回のこの子が経過が悪くなったのは、看護師の術後管理ミス。
 そしてこの子が薬を飲んだ振りして、飲んでいなかったこと。

 もうすぐ退院のこの子を前にして思うのは、結果よければすべて良しだが、結果がうまくいかなかった子どもたちの記憶がいくつもある。
 そして、その時々でミスをしていた人間がいる。

 もし患者が生涯、背負い込まなければならないような事態になっても、そのミスをした医療者は、そのときはしおらしく反省していたが、今頃はきっと、何もかも忘れて充実した毎日を送っていることだろう。
 ミスをした人間が、平々凡々と暮らし、ミスをされた人間がそれを背負い込まねばならない矛盾。

 今、日本で世の中が、憤っているのも要するにこういうことだ。

 こういうことがないように目を光らせている。
 もしミスをしたら、本人と家族に代わって私がきっちり言うことを言う。

 今までもそうしてきたし、これからもそうしてゆく。
by japanheart | 2011-11-29 12:12 | 活動記録 | Comments(0)
腎透析セミナー IN YANGON

 ミャンマーに透析を広めることを加速させるために企画した透析セミナーがヤンゴンで開催され、うまく成功したと思う。

 講師は、小児腎臓の大御所、瀧先生お願いし、これに専門看護師と専門技師の方にもお願いし、5日間のセミナーが行われミャンマー中から腎臓関係の医師看護師などが集結し、この講演を受講した。

 今後もどんどん企画し、提示してゆきたい。

 透析というのは、お金がかかる事業になるが、これがないと患者は死んでしまうという現実がある。
 日本でこの恩恵にあずかっているのは30万人もいる。

 ミャンマーの人口は日本の人口の半分。
 これがこの国に広がると、少なくとも15万人の患者たちが将来的に助かるということになる。

 5年くらいかけてじっくり取り組んでみたい。
 慢性腎臓不全でなくなる子どもをみるのはつらい。

 1996年だったと思う。
 小学校4年生の女の子が、私が巡回診療していたミャンマー中部の村に牛車で運ばれてやってきた。
 約1日もガタガタと本当にしんどくて大変なのにやってきてくれた。
 体はぱんぱんに腫れ、すでに動けなくなっていた。
 私はほとんど希望なく神頼みのような心境である薬を処方した。
 それくらいしかやることがなかったのだ。
 だから祈った。
 どうかこの薬が効いて、この子が助かりますように、と。

 1週間後、再びその村に巡回した。
 その子はそこにいた。
 1週間前よりさらに体は腫れ、皮膚からは水がしみ出していた。
 私はどうしていいのか、わからなかった。

 そのとき、一筋の涙を流しながらその少女が、こう言ったのだ。
 「おうちへ帰りたい、、。」
 
 私は同じ薬をうつろな気持ちで再び処方した。
 親は娘のその言葉を聞き、村へ帰りますと言った。
 私はうなずくしかなかった。

 それから1週間後、ミャンマー人スタッフがこう教えてくれた。
 「あの少女が亡くなったそうです。」

 あの少女の一筋の涙とうつろな私の姿を今も思い出す。

 やっぱり透析は必要だ。
 私にできることは何でもするつもりだ。
 
by japanheart | 2011-11-27 00:52 | 活動記録 | Comments(0)
宮城県三陸地域の危機的な小児科事情ーその2

 石巻市はご存じの通り、震災でもっとも被害が大きかった場所の一つだが、その被災場所の、中心に石巻市民病院があった。
 300床以上の病院で、一階部分がすべて水没してしまい使い物にならない。
 特に、津波被災地域の中にあり、この同じ場所に病院を再開するかどうかすら疑問視されていた。
 浜辺の近くに無残に破壊された看護師寮があった。たぶんここに住んでいた多くの看護師たちはなくなったと思う。

 私たちはこの病院の復旧こそが地域復興のためには大切だと考え、何度も病院長や行政と折衝を繰り返した。
破壊的になった宮城県や石巻市の経済状況を考えると、病院の再建のための資金を用意するのは簡単ではない。
 国際赤十字から、20億円の資金提供の連絡があったという。
 それを元手に、仮設病院を6ヶ月くらいで立てる予定だった。5月頃の話。
 ところがその後、国際赤十字からはその一部の金額しか出ないことになった。
 ここで再建計画は頓挫する。
 
 外から見ていて、たぶんその後は坂を転げ落ちるような感じがする。
 関係者は努力したと思うが、、。

 最近、病院長に電話をしたら、あまり元気がなかったそうだ。
 なんと病院は平成28年から再開になったそうだ。
 エー、、、5年後って???
 それまでは、細々と仮設でやっていくそうだ。
 今でも患者数はかなり減り、医師や看護師の医療者流失もひどい状態だそうだ。
 宮城県の行政もそれを恐れ、また嘆いている現状がある。
 だから、私たちに診療所の許可を与えてくれたのだ。

 もちろん、たった一人いた小児科医は、すでにやめていてそこにはいない。
 
 もう、市民病院には、小児科は存在しない!

 今、あの地域にはたぶん色々対応できる病院が日赤しかないのだろう。
 今はどのようなサポートが入っているかはわからないが、元々、小児科医4名、ベット10床の小児科のキャパ。

 石巻市、南三陸、登米市、など30万人くらいのカバー人口でベットが10床だった。しかもそのうち4床くらいは赤ちゃん用。

 私が働いていた岡山では、多分120万くらいのカバー人口で300から400床ベットがある。

 要は10分の一。

 私は、現状を理解しながら、何とかしなきゃいけない問題だと認識した。
 
 動かない市民病院、排他的な地域性、少ない医療状者数、そしてもうそこまで来ているインフルエンザや下痢症など、子どもたちを脅かす季節。
 しかも今年は、衛生状況や住民の経済状況などかつてないくらい悪いはず。

 それで、子ども診療所開設と、相成った。

 
by japanheart | 2011-11-15 01:17 | 活動記録 | Comments(1)
宮城県三陸地域の危機的な小児科事情

 東北宮城石巻地域の休日の小児科診療は震災後特に危機的になっている。 震災前のいい頃は8名いた担当医師たちが現在はたった4名に。
もう少しするとジャパンハートのこども診療所が石巻に開設される。
休日を中心に診療をする予定。
 診療施設をプレハブで建設使用としているが、建設のために必要な東北地方の人や物が圧倒的に不足しているらしい。
 なんと順番待ちのような状況。
 少し焦っているが、11月の開院が12月にずれ込みそう。

 以下の内容の記事が日本小児会報に掲載された。
 記事の書き手は、石巻の小児科開業医の阿部先生。
 タイトルは「石巻地区でも医者が足りないー石巻市の時間外診療、休日当番システムの維持が難しいという現状」

 石巻といえば宮城第二の都市。
 そこですら、小児科の休日当番はすでに震災前の昨年12月から4名になっていた。
 そこに今回の震災が直撃。
 この記事が書かれた、8月現在も小児科開業医4名中2名がまだ、診療施設の再建途中で開業までこぎ着けていない。
 市民病院には小児科医が1名しかおらず、その医師も8月で退職予定。
 昨年までは東北大学や仙台市内の開業医、宮城子ども病院などのサポートで何とか継続されていた。
 今後、暗雲たちもめる。

 開業医もどうしていいかわからない。
 
 私たちの役目は何かと考えたとき、もちろん休日の医療を支えるのも一つ。
 もう一つはこの地域に、来てくれる医師を見つけることかもしれない。
 あるいはそのために何かを手伝うことかもしれない。

 少なくとも、ジャパンハートがそこで診療所をすれば、多くの医療者がそこでお手伝いすることになるし、
 もっと多くの医療者に、あるいは学生にそのことを知らせることができる。

 その中から一人でも、二人でも将来、数年でも、ここにいてくれる人が出ればいいと思う。

 この地域の人は、医師も含めて、一時だけの支援は、あとが大変になるので、かえって拒否するような感じがあるが、そんなことをいっているより、たとえ一時の支援であっても、より多くの人に知ってもらい、一人でもそこに興味を持ってもらうように動いた方がいいと私は思う。

 それを拒否すれば、間違いなく、今までと同じ状況になる。
 いや、ゆっくりと、それ以上に悪くなる。

 行政だけに任せないで、自らも何かアクションを起こすことが大切だと思う。
by japanheart | 2011-11-08 21:52 | 活動記録 | Comments(0)

第2回学生セミナー

第2回学生セミナー

12月18日の日曜日、第2回学生セミナーを開催する羽目に、否、ことになりました。

前回結構評判よかったらしい。
けど、いまいち私と話せない人もいたようなので、今回は懇親会まであってゆっくりと話をできるようにしたらしい。

内容は私は全く知りませんが、みんなで準備を進めている様子。

国際協力に興味がある人はぜひ参加を。

何せ私は、後進を育てることが、今の使命だと勝手に認識しているので。
性格的には、ちょっと面倒くさがってやりはしているけど。

とにかく損はないから、学生の間に、本気でやっている大人たちとつきあう時間を作ってみるのは大いに意味があるから。

名誉や形や、ステータスだけで生きている人間を将来、決して憧れたり尊敬したりしないようにするためだから。

人間はどこまで行っても、本質主義、実利主義がいいよ。

段位などないけど、本当に強い武道家を目指すか、10段の段位はあるけど、大して強くもない武道家になりたいのかという問題。

生まれてきたからには本当に強い武道家を目指せ。
by japanheart | 2011-11-04 11:10 | 講演会 | Comments(1)

今年の手術

今年の手術

今年は少し手術が増えそうだ。
何だか、せっせとやっているうちにおそらく2000件くらいになりそうだ。

手術を集中的にやる時期を、「ミッション」と称しているが、この時期は日に少なくても10件、通常は14件から15件の手術が行われる。

 ヘルニアなどの手術を中心に、甲状腺腫瘍や腸の病気、口唇裂や火傷、子宮筋腫や卵巣腫瘍など、疾患は多岐にわたるが、それを黙々とやっている。

 たとえば、虫垂炎(もうちょう)は、虫垂の手術ができればやっていいわけはない。
 診断が間違っていて、虫垂炎でないことも時にあるから、そのときに腫瘍が出てきたり、別の病気であったりと腸切除や人工肛門などを造らなければならないこともある。あるいは婦人科疾患が絡んでいたり、膀胱や尿管に問題があったりと、さまざまな問題に対処できなければここではリスクがある。
 日本では、婦人科の病気が出てくれば、産婦人科を呼ぶ、膀胱や尿管に問題があれば、泌尿器科を呼ぶ。
ここではこれをすべてできなければならない。

 若い医者にはそのように指導している。
 無理をして、かえって患者に迷惑をかけては医療のあり方としては正しいとはいえない。

 来年度からそろそろ若手のミャンマー人医師を鍛えようかと思っている。
 社会情勢さえ許せば、そうしたいところだ。

 でも、日本の医者は腰抜けになったものだ。昔からか?
 すぐに、自分の境遇や将来を心配した発言をする。
 ビビッて刀を抜かずに、生涯、生きてみるも良しだが、若いうちはやっぱり武者修行がいいと思うけど。

 今時、医師は売り手市場、どこでも、いつでも失業の心配はない。
 それを知ってか知らずか、その後のことが心配ですとすぐに言う。
 
 どうせ10年もすれば、生涯の道筋がなんとなく見えてくる。
 自分がどれほどの偉い医者になれるのかも。
 そのほとんどは大したことにはならないんだから、あんまり将来を心配しないで、いいと思うことを素直にやればいい。

 子どものころから、親や教師に、素直になりなさいって言われたでしょ?
 
 じゃ、素直になって!!

 
 
by japanheart | 2011-11-02 11:09 | 活動記録 | Comments(0)