ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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ミャンマー透析事情

ミャンマー透析事情

性格的に、いいと思ったことは躊躇しない、ということにしている。
何かやるとき、まあ、お金もいることだから、何でも首を突っ込むわけにはいかないが、
それでもできる限り、力のおよぶ限り。

最近は、人材不足に悩みながら、少しでも前に進もうとしている。
何でこんなにいい人材がいないのだろう?と悩む。
でもこれって大半の経営者が言っている台詞かも。

ところでミャンマーでは腎不全で透析の恩恵を受けれる人口は日本と比べれば、本当に一握りだ。
日本は週3回が基本。
ミャンマーではコストの面もあり、週2回が基本になっている。

もう少し透析が広まればもっと多くの人々が恩恵を受けれるはずなのに。

もう一つ、ミャンマーは世界で一番、蛇にかまれて死んでしまう国。
バイパー、コブラ、キングコブラまでいる。
この人たちが、もし緊急に人工透析を受けることができれば、死ぬ人数ももっと減る可能性が高い。

そこで思いついたっていうか、この計画にまたもや乗ってみた。

ミャンマーに人工透析を少しでも早く広めよう!
お金はかかるけどね。

ジャパンハートのスタッフたちは、これを聞けば耳をふさぐ人も多いと思うけど。
そこはそれ、世の中のためだから。

ということで早速、11月の下旬に、ミャンマーで中心医療機関の医者や看護師など医療者を
旧都ヤンゴンに集めて、第一回セミナーを開催する。
徐々に、ここから加速させ、実際の透析の広まりをスピードアップする。

5年くらいで、すべての地方中心病院で、透析が行えるようになるのが理想だ。

日本人たちよ、日本で文句や愚痴ばかり言いながら働くよりも、年に1から2週間、こんな活動に協力を
してみたらどうか?

医療に関しては、正に、何でもやることがあるし、意義もある。
私たち日本人が、開拓すべき無限の荒野が今、目の前にある。
by japanheart | 2011-10-31 07:27 | いのちの重み | Comments(1)

子どもの手術患者

子どもの手術患者


 日本の小児の病院では、年に数例手術する程度の患者たちを、こちらで今年の11月の終わりから12月の初めにかけて一気に手術する。
 その数は30名以上になる予定。

 日本から小児外科医が4名、甲状腺外科医が1名、小児科医が2名参加する。

 この時のために、毎年、手の込んだ手術が必要な小児患者たちをストックして、一気に手術している。

 何とこのミャンマーの田舎でも、電話で連絡をする。

 その村のどこかに電話があって、昔の日本のように、電話がかかれば家主がその人を呼びに行く。
 とっても離れている場合は、家主が後日、内容を知らせてくれる。

 こうして数十人の患者の子どもたちが集められる。

 どの子どもも、そして親たちも待ちに待った機会。
 意気揚々とやってくる。

 私は、事故がないように、事故がないようにとそればかり考え、行動している。
 外科医としての向上心を無くした?私は、事故はきっと小さな周辺事項から起きてくると信じ、
 手術はなるべく若い世代の医師たちに任せ、様々なリスクを減らすために気を配ることになる。

 今回のミッションの指導医は、かつての私の恩師、青山先生。
 若い先生方が、彼の指導の下、全ての手術を行うことになる。

 医療を、主に金銭的な理由から受けれずにいた現地の子どもたちもハッピーになり、
 若い日本の医者たちも技術力が上がり、ハッピー。
 そして将来、その彼らによって手術を受けるであろう日本の子どもたちもハッピー。
 こういうのが良いと思う。
 ここでのポイントは、確かな技術を持った指導者がいること。
 そういう人をこれからどんどん呼び込んでみたい。

 誰も損しないことは、上手くいく可能性が高い。
 
 きっと上手くいく。
 こんなことなら、縁の下の力持ちになるのも悪くはない。

 
by japanheart | 2011-10-28 02:07 | 活動記録 | Comments(1)

バンコク講演

バンコク講演

 今日はバンコク講演。
 トランジットで10時間のバンコク滞在。

 2年ぶりのバンコクか?

 どうもタイは今大変らしい。
 洪水で、あちこち避難命令が出ている状況。

 前回のタイの講演会時は、タクシン派と反タクシン派でもめていて、戒厳令がひかれていた。

 なぜかいつもタイは、こんな感じ。

 タイの上を飛んでいると、あと20年でミャンマーもこんな感じになると思うと少し寂しい気がする。

 良くも悪しくも、あの厳しい環境下でこそ、ミャンマーの文化が昔のまま残っていたという気がする。
 日本もタイも、あっという間に変わってしまった。

 雪崩のような海外の影響を受けるということは同時に、その良いとこも悪いとこも取り入れ、自国の良いとこも悪いとこも失うということになる。

 もし日本が、60数年前に、ゆっくり自国のペースで文化を残せていたら今時どうなっていたのか?
 明治の頃に、それができていたら、廃仏毀釈などというばかげたことは起っていなかったろう。

 しかし、時代は容赦なく進む。
 政治に左右されない文化の保存の良い方法がないものか?

 ミャンマーで今からそれを見届けなければならないのかもしれない。

 ちょっと寂しいな。
by japanheart | 2011-10-21 23:36 | 活動記録 | Comments(1)

小児診療所開設

宮城に小児診療所開設

 私は人生の節目節目に、蛇を見る。
 蛇を見るって、本物の蛇を。

 巳年の私は、何となく、意味があると感じているが、確信はもちろんない。

 最近の記憶は、南三陸の海岸で、津波の後、2匹の白蛇を見た。

 不思議とよくあの津波をかいくぐって生きていたなと、感慨深かった。
 そして、これから運命が変わると何となく感じた。

 今、どんどん私を取り巻く状況が変わっている。

 来年は、今より長く海外生活をすることになりそう。

 そういえば、宮城県石巻市の例の場所に診療所を開設する許可が宮城県から正式に下りた。

 いよいよ11月から診療を開始する。

 子どもたちの診療に、全国のこころある小児科医たちの賛同を求めている。

 三陸地方の小児医療現状に今年は何とか力を貸そうではないか。
 
 県外のNPO法人で唯一、さらにいえば震災後に宮城県が診療所の許可を出したただひとつのNPOになった。
 責任を感じている。

 だから、がんばる。

 あの震災の後に、みんなこころで思ったではないか。
 もうこれ以上、ここの人たちに悲しい思いはさせないと。

 だからやる。

 先日、その場所を訪れたスタッフは、現地の人たちにこう言われたそうだ。

 「また、やって来てくれるのか!ありがとう。」

 がんばらないとね!!
 

 
by japanheart | 2011-10-15 23:05 | 活動記録 | Comments(1)

膀胱の石に思う

膀胱の石に思う

 今、ミャンマーの病院には数人の膀胱結石の子供たちが入院している。

 なぜか、ミャンマーは膀胱結石が多い?
 子供の結石の手術を毎年数人は行っている。
 これは日本ではないことだ。
 
 水の問題か、遺伝的なことなのか、はたまた別の原因か、定かでないが。


 ひどい子供は、膀胱の中がすべてたった一つの石で充満している。
 
 さてこの中の一人に、13歳の少年がいる。
 13歳といってもとてもおぼこく、ある看護師曰く、これで13歳???って。
 見た目は10歳前後。
 いつもおもちゃのギターを片手に寝ころがっている。
 膀胱にチューブは2本も挿入されているから、仕方ない。

 実はこの子供、石を取る手術を行った後、感染がひどくなる。
 手術中もおしっこがかなりくさく、感染の危険性が高いと思っていたが、やはり起こした。

 最終的には、膀胱を縫った糸がきれいに外れ、膀胱に大きな穴が開いてしまった。

 再手術を行い、感染状態がひどい間は、一旦、膀胱を直接、皮膚に縫い付けて感染が収まるのを待っている。

 次回、手術を行う予定(10月20日頃)。

 それで何かというと、この子供、いつもなぜかニコニコしている。
 たまに手を上げて。遠くから挨拶すると、同じように手を上げて返してくる。
 笑いかければ、笑い返す。
 自分の状況にもかかわらず、この上機嫌、どう。
 彼のこのメンタリティーに私たち医療者はずいぶん救われている。

 ありがたや!
by japanheart | 2011-10-10 11:00 | 活動記録 | Comments(1)

我が美しき景色

我が美しき景色

 私にはどうしても死ぬときに見ていたい光景がある。
 かつて何度か同じ景色を見て、「ああ、人生あってよかった!」と思ったことがある。

 いくつもすばらしい光景や美しい光景を見てきたが、私にはそれを越える光景はなかった。

 私の第二の故郷、大分で学生時代を過ごしていた頃、いつも授業をサボって夕方近くになると
 近くの温泉に出かけた。
 
 当時、多分今も、大分は温泉の宝庫。
 ただの温泉もまだまだたくさんあると思う。
 私はいつも、大分市の外れ、狭間町にあった、ある温泉に出かけていた。
 1回100円、薄い黄色のとても良い香りのする温泉だった。
 
 秋の夕暮れ、いつも温泉から山道を、ドライブして帰った。
 秋の風は気持ちよく、村々の夕暮れも心地よかった。

 その帰り、いつも多くの田んぼがあった。
 秋の夕方、たわわに実った稲たちが、夕暮れの太陽を浴びて、金色に輝き、風を受け少し揺れていた。
 私は何度かその光景に出会った。
 いつもこころ奪われ、しばし車を止め、日が暮れるまでそこにいた。

 日本にはこんなに美しい景色があるのだと思った。
 お米は不思議な食物だ。
 

 是非この光景を見ながら死にたいといつも思っている。
 だから、多分私が死ぬ季節は、秋かな。
 美しさの中で死ねるなどということは、何と日本人の心を揺さぶるのだろうか?

 そんな光景や場所をみんな持っているのだろうか?
 
 人間、明日死ぬのだと思えば、殆どの欲がはげ落ちてゆくが、その後、何が残るのだろう?

 欲は人のエネルギーだと最近、つくずく良く分かる。
 私は、それほど欲深くないので、何事も、まあこれくらいだってすぐ思ってしまう。
 自分が結構、淡泊なのだと、最近よく分かる。

 若い人たちを見ていると、全く美しくはないけれど、様々な欲望のために邁進しているのを見ると、
 少しうらやましくなる。

 美を備えた人間になるには今何をすればいいのだろうか?
 
 
by japanheart | 2011-10-09 11:31 | 医者の本音 | Comments(2)

感謝の力

感謝の力

 どうも最近、私は感謝の力を見くびっていたのかもしれない。
 数年前までは、よく神社やお寺に行っては手を合わせたものだった。

 特定の宗教を熱心に信心している私ではないが、どうもこういうこころがけが最近は前に出なくなっている。


 宮本武蔵が言った「神仏は尊び、そして頼らず」
 は、今でも私の生活の基本姿勢だ。
 神仏には日々、感謝、感謝、感謝だと今までの人生で何度となく、言われてきたような気がする。
 今日健康でいられること。
 今、目の前に平和な光景があること。
 そういう当たり前のことに感謝する。
 しかし、決して今でもお願い事はしない。
 
 自分が自分のために、人に何かを期待したり、望んだりしているときは何となく気持ちが卑しくなっているような気がする。
 私は昔から人に何かを施されると何となく罪の意識を感じる癖がある。
 きっと自分の生まれ持った本姓に根ざしているのだと思う。
 お前は人のために施す係だと。

 そうではあるけれど、感謝はいい縁を引き寄せてくるような気はする。
 たとえば、今の活動をしていて、こんないい協力者を私に引き合わせてくれて有り難いと思う。
 と、程なくその人と上手くいかなくなる。
 そしてなぜか、その人が離れていってしまう。
 その後、また別の人が現れ、次の手助けをしてくれる。
 何となくその繰り返し。

 これからは、もし私が神様仏様だったらという感覚で自分を見ていこう。
 私が神仏ならば、どんな人間を助けたいと思うのか?
 どんな人間を愛おしいと思うのか?
 まあ、そんな感じ。

 自分に感謝してくれている人にはもれなく、チャンスをあげたくなるのが神仏。
 じゃ、感謝しなきゃ損でしょ?

 ちょっと、人間くさすぎるかな

 
by japanheart | 2011-10-06 10:57 | 随想 | Comments(0)

視点

視点


 ビルマの竪琴という映画の中でどうしても忘れえないシーンがある。

 ビルマの僧が水島という兵隊へ言った言葉。

 「そんなことをして、何になる?」

 イギリスと戦争する日本。
 領土の拡張・国家の利益・人々の思惑。
 それに命をかける両国の多くの若者たち。
 その被害に遭う多くのアジア住民。

 それを全て包み込んでの言葉。

 これは宇宙からの言葉だと今でも思う。

 宇宙からのというのは、僧の立っている視点。

 まさに悠久という宇宙の長い時間の中で、領土の拡張は一体、どれほどの価値を持つのか?
 イギリスや日本の利益に、いかほどの価値を見いだすのか?
 
 本当は領土など広くなくても、腐るほどの物質がなくてもいいではないか。
 人々が日々飢えず、人々が互いに信頼し合い、助け合える社会をつくった方が、人々は一度しかない
 人生を大切にできる。

 広い領土を持って、イギリスは幸せになったのだろうか?
 日本はどうだろうか?
 アメリカの人々は世界中の資源を牛耳って、幸せになっているのか?
 有り余るほどの、掃いて捨てるほどの食料を食べ尽くしている日本人やアメリカ人は、
 それほどでもない国々の人々よりも健康で日々幸せを感じているだろうか?

 最近、私はよく思うことがある。

 有名になる。
 金持ちになる。
 人より贅沢をする。
 人から注目される、社会から評価される。
 立派な医者だと言われる
 、、、、、。


 そんなことのために、時間を使っていられない。
 そんなものを手に入れるために一度の人生を、浪費していてどうする?

 私の中に何かしら、無駄な欲が湧いてきたとき、あの僧侶が現れこう言うのだ。

 「そんなことをして、何になる?」
by japanheart | 2011-10-03 19:02 | 随想 | Comments(2)