ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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患者たちの午後

患者たちの午後

 私はよく現地の小汚い御茶屋に行く。
 そこには、テレビがあって昼間から現地の映画やテレビ番組をやっていることが多い。
 
 だいたいミャンマー人は一杯のお茶で数時間粘ることが結構あるが、さすがに病院近くの御茶屋はそこまでの客はいない。 
 
 甘い甘い練乳入りの紅茶を飲み、だいたい川風に吹かれる。

 他の席を見てみると、手や足に包帯をした子どもや、顔に包帯をしたおばさんとその子どもらしい幼子が、小さな椅子に腰掛け、テレビを見ながら何かしら食べたり、飲んだりしている。

 ミャンマーの患者たちは、優雅なものだといつも思う。
 ひとつには日本のように体中に管の入った患者が少ない。
 それほどの程度の患者ならば多分、既に死んでいるのかもしれない。
 
 結構、しっかりした患者が多いのかもしれない。
 みんな体に包帯巻いて、昼間から飯をたらふく食べ、おしゃべりをして、夜は9時には消灯。
 
 患者たちには食事の無料券がジャパンハートより配られる。
 1日に1ドル25セント程度。
 これで本人の食費はまかなわれる。

 まあ、ぐったりして川風に吹かれている私を横目に、まあまあの患者ライフを送っている人が多い。

 日本の患者たちもこのくらい自由になれたら良いなと思う。
 これからは病院を中心に巨大なショッピングモールを作れればいいのかも。
 包帯をあちこちにした患者たちが、食品売り場やレンタルビデオ店に普通にいる街が良いなと思う。
 病院にいてテレビばかり見てないで、少し出かけることが可能になればきっと長期入院の人たちも狭い世界の中で、人生を浪費したという感覚は薄れるような気がする。

 人生は日常生活こそが、贅沢な空間。
 それを病という環境の中へ持ち込めれば良いなと思う。
 
 
 
by japanheart | 2011-09-28 00:24 | 活動記録 | Comments(1)
俺って、”しつこい”っていったよね

 このブログでも、様々なところでも、何度も宣言している通り、
俺って、”しつこい”!!!


 子どもの頃から、よく母親には、巳年の8月12日生まれのお前は、真夏のヘビだから、どうしようもなく、しつこいと言われた。何の根拠があってと、今でも思うが、それでも多分、何かにつけ、執念深かったのかもしれない。

 その私は、やっぱり、しつこいことを今回もやってみた。

 今年の4月29日ブログでも書いた通り、石巻の渡波地区に開設したジャパンハートの小児診療所が取り壊しにあった。
 びっくりするけど取り壊し
 仕方なく、近くの避難所の渡波小学校に場所を移し、診療を続けた経緯がある。

 今回、石巻で小児を中心とした診療施設を開設する全回のブログで書いたが、何とこの渡波地区に開設することにしている。
 渡波地区は、小児の診療施設が今までも全くなく、石巻でも医療が手薄な地区だ。

 でもこれだったら、ちょっと”しつこい”程度でしょ?
 まあ、「こだわるねっー」てところだ。

 ここから真夏の巳年の私、その取り壊された診療施設のまさにその場所そのものを今回手に入れようとしている。あの奪われた土地を、取り返したってこと。あそこの場所は、アクセスが良かったんで、来る人たちもきっと助かると思うからだけど。

 東北支援のために集めたお金は、こうやって使うことにした。
 そしたらお金もそれを出してくれた人たちも喜ぶってもんだ。
 この冬に、衛生状態も悪くなっている、しかも小児の施設がない、この地区で、何とか小児の健康を確保する。ここを拠点に、南三陸、気仙沼までをにらんで、小児そして仮設住宅で孤独になってしまったお年寄りや住民たちの健康確保に回ることにした。

 あとは医師会や地元との調整がいる。
 この辺が、少し厄介かも。

 しかしきっと困っている住民は支持してくれると思う。
 またそうでなければならない。

 今年の冬が本格化し、インフルエンザやひどい下痢症が流行る、その前までになんとか、開設を間に合わせるから。

  
by japanheart | 2011-09-25 10:30 | 医者の本音 | Comments(5)
ジャパンハート 東北への支援 2011年 秋

東北震災復興支援活動、、、。
多くの団体や個人。
東北を襲ったあまりのスケールの違いに上は国から下は子どもまで、
誰もがこの支援に、復興に長く関わらないといけないと誓った。

中には一生、東北に関わるのだと誓った人や団体もある。

6ヶ月経って、現実はどうなったであろうか?

医療だけでも、多くの団体は立ち去ってしまった。

現地の医療に関わる人々もまた、現実はともかく、
いつまでいるか頼りにならないような人々に依存するのは危険だという考えを持つ人々もいる。
または、元々足らない状態が恒常化していたのだからそれで良しとする考えもある。
または、外部の人間に必要以上にかき回されたくはないのだという思いの人もいる。

県や市、市井レベル、それぞれで考えに少しづつずれがあるのは確か。

私たちはどうか?
気合いや精神的な側面で支援に関わるのだというのは、あるかもしれないが、私たちは医療の組織なので
、実際に医療で、現実的に関わる。

私は、実利主義、実効主義な人間なので、精神論は必要以上には持ち込まないし、それを賛美する傾向がある日本人たちとも、
一線を画したいと思っている。

私たちは長期的視点で関わると誓った。
だから本当にそうする。
ただそれだけだ。

医療の側面から見て、それが現実に必要だと分析している。
だからそれを解決するように、現実に動く。
実際に効果があるように行動する。

私が、県や市の長ならば、今回の災害を逆手に取るだろう。
三陸地方は、元々、ひどい医療過疎の状態にある。

それを解決するためにに、今回の災害を逆手に取り、長く外の医療者を呼び込み、チャンスがあれば、
医療者の定住や長期就職を、画策すると思う。
そのための仕組みを用意し、実際にアプローチすると思う。

本当にあれほど多くの医療者が、訪れたのだから、一時的な支援に終わらせてはいけない。
どうすれば、長期的な支援に切り替えさせることができるのか、知恵の絞りどころだ。

そのひとつのアプローチを、今年、秋からジャパンハートが始めて見たい。
小児を中心とした診療所を宮城県に開く準備にかかっている。
実際に効果ある医療というのは、診療活動をしないと生まれないと考えている。


ここに全国の医療者を呼び込むためのアイデアを練っている。
今時の若い世代は、結構、やってくると思う。

あとは、お楽しみ。
上手くいくかもしれない、いかないかもしれない。

でも、許可を出してくれたら、宮城県には後悔はさせないつもりだ。

自分のことだけを考えているような人以外、誰も損はしないから、国にも協力をしてもらいたいと思っている。
by japanheart | 2011-09-24 10:29 | 医者の本音 | Comments(2)

リスクを負って動く

リスクを負って動く

 たくさんの手術を行うのは結構。
 病院が人で溢れ、住民たちが喜んでくれるのも結構。

 現在の私は現地に長くて10日間ほどしか滞在できない。
 日本に帰り、僅か数日、またミャンマーやカンボジアへ向かう。

 日本で、講演会だけでなく様々な事柄をこなさなくてはいけない。

 手術も後半、追い込みをかけたくさんの数をこなす。
 難易度の高いものは主に滞在の前半に行う。
 後半はなるべく軽いものをと。

 しかし、世の中はそんなに甘くはない。緊急で帰国前日に重症の患者がやってきたり、簡単だと思っていた手術が実はくせもので、大変な手術になったり。
 子どもだとなおさらたちが悪い。
 ほとんど子どもの外科というのは日本でも数が少ないために、そういう人間たちが常駐して現地で働くことは到底望めない。

 帰国しなければならない私は、後ろ髪をかなりの力で引っ張られながら、空港に向かい、現地からのメールが入るたびに、こころが萎む思いをする。

 かつて、何人かの人たちの死を報告されたことがある。

 私がいれば何とかなった人もいる。
 手の施しようがなかった人もいる。

 だから後継者を作れとよく言われるが、同じ境遇を引き継いでも仕方ない。

 私の後継となるものは、全く新しいコンセプトの元、作り上げていかねばならない。

 駅で空港で、街角で、くたびれた同性代以上の男性たちを見ながら、私も同じ顔をして向こうからも見られているのかと思うと、何となく気味が悪い。

 どんなに偉くなっても、お金を持っても、そんなくたびれた人間にはなりたくないものだ。

 わが子たちを見習って、激しいオン・オフと自分の世界の中に埋没できるわが身を作り出していこうか?

 
by japanheart | 2011-09-11 23:45 | 活動記録 | Comments(2)
スマイル-スマイル その2

 ずっと前に書いたブログに、私が日本で小児外科の外科をやっていた頃、ガンの転移で失明して目が見えなくなってしまった子どもがいた。
 4歳か5歳か、そのくらいだったと思う。
普通の大人でもそんな風になったら、一体どれほど動揺するのだろうと思う。
この記憶を引っ張り出すといたたまれなくなるが、話を続けたい。
 この子どもがある日、突然病棟から消えた。
 病棟は上へ下への大騒ぎ。
 みんなでそこら中探した。

 数時間後だと思う。やがて、病棟の倉庫の片隅から、この子が出てきた。
 当時、私の上司は、本当に心配したのだろう。
 本気でこの子を怒鳴って怒った。
 私を含む多くの大人が、この光景を黙ってみていた。
 それが私の後悔。

 どうして、こう言えなかったのかと今でも思う。
「皆でずいぶん探したんだ。どこに隠れていたんだい?全然分からなかったよ。すごいね。」

 目が見えなくなった子どもが、ちょっと隠れんぼをしただけだった。
 毎日、暗闇の中で過ごすたった4歳か5歳の少年が、少しだけ冒険をしたのだ。
 みんなで、この小さなトム・ソーヤを囲んで楽しくいかなければならなかったのだ。

 この子はもうこの世にいない。
 そして私は今でも後悔している。

 この記憶が、スマイル・スマイル事業に反映されている。

 子どもたちの好きなところに行って、好きなことをさせてあげよう!

 大人が大人の価値で決めた場所や冒険ではなく、自分たちがしたい冒険の場所へ。

 がんと戦うたくさんの子どもたちが、これから冒険してゆくだろう。

 それを実現すれば、あの子は少しでも私たち大人を許してくれるだろうか?
 
by japanheart | 2011-09-02 13:24 | いのちの重み | Comments(3)

近況

近況

 最近私は、空飛ぶマイル男、よろしく、動き回っている。

 月に2回、ミャンマーへ行って手術を行う。
 一回は7日間程度の間にやはり70件から80件。
 
 その合間に、カンボジア。
 そこは2月に1回程度。
 なんとカンボジアでは、婦人科の手術をメインに最近はやらされている、否、やっている。

 今から再びミャンマー、今回は4日間しかないが、手術は60件以上あるらしい。

 児玉医師いわく、「小物(マイナー手術)が多いですから。」

 最近、いや、いつも思うが、飛行機の移動って疲れない??

 空港まで行って、大体私は荷物の運び屋の一面もあるから、一度に医療物資を、55キロ運ぶ。

 現地の病院まで到着するのに4回飛行機を乗り換える。

 そして夜中の移動ばかりでしょ?
 ありがたいのか、そうでないのか?
 深夜発便が、時間が節約できて、いいということで乗っているんですけど、、、、。
 さらに私、飛行機の中で眠れない性質。

 映画ばかり見て、すっかり最新映画を把握している。

 運動もままならない状況なので、睡眠は5時間はなるべく確保するようにしているが。


 私の唯一の、健康法は、5時間以上の睡眠かな??

 みんなに健康に気をつけてといわれるけど、どうすりゃいいんだろうかね??

 
by japanheart | 2011-09-01 23:34 | 活動記録 | Comments(0)