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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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結構、きついと感じる近況

 ミャンマーの手術ミッション。今月は少し短かった。
約5日間、手術60件ほどか。

 今は田代医師が手術をできる範囲でやってくれているのですべてをやるわけではないけれど。

 大体、終了が12時、遅いと夜中の2時前になる。
 それからミーティング、で約1時間。
 最近は、体力的な問題もちらほら。
 あまりのだるさに、このミーティングを何回もぶっちぎろう(さぼろう)と思った。
 まあ、結局は出たけれど。

 20歳代の面々も結構疲れているらしい。
 聞いてみたら、そう言うんだけど。


 移動・移動の毎日で乗り物疲れかな。
 手術は、事故なく何とかいつもながらに乗り切った感がある。

 私はいつも気をつけることは、、、
 ① 事故を起こさない
 ② 治療を何かしら、患者のためにする。(財産はたいて遠くからきている人たちが多いので)
 ③ 少しでも患者たちに喜んでもらう。
 ④ スタッフたちが医療をやることに真剣であり、充実している。
 ⑤ 治療が上手くいく。

 毎日のミーティングで最後に私が言うことは、いつも同じ。
 油断して、決して事故やミスを起こさないこと!

 とにかく今はこれにつきる。
by japanheart | 2011-05-31 01:05 | 活動記録 | Comments(1)

謙虚さを取り戻す場所

謙虚さを取り戻す場所

 皆さんは謙虚さを取り戻す場所をもっているだろうか?

 年をとると年々歳々、人は謙虚さを失う傾向がある。
 ごたぶんに漏れず。

 日本で息巻いて、ミャンマーのことや活動のことをいろいろなところで話しをする。
 多くの人たちはそれなりに、敬意を払ってその私の活動を評価してくれる。
 何度も何度も話していると、どうも人間、僧上慢になっている。
 それも知らぬ間に。

 治療などすべて上手くいっているはずもないのに、そして口で確かにそう告白しているはずなのに、なぜか心は知らぬ間に、すべて上手くいっているような心持ちになっているのだ。恐ろしい。

 だから私は、ミャンマーの、カンボジアの医療現場に帰る。
 そして惨めに、汗臭く、じっくり、必死に治療に没頭する。
 そして結果はやはり、満足いかないことが多い。

 そしてやはり悟るのだ。
 私は、なんと大したことがない人間なのだと。

 あんな日本で偉そうにみんなに話していたことを後悔する。
 恥ずかしくなってしまう。

 そうして、謙虚にもう一度、こつこつとがんばらなければと自覚するのだ。

 多くの人はどこでこの謙虚さを獲得しているのだろうか?
 毎日の生活の中で、どうやって正気を取り戻すのだろうか?

 私に海外の医療現場がなければ、すでに破滅していると思う。
by japanheart | 2011-05-24 23:10 | 活動記録 | Comments(4)
人格以上の医療はできない

 まあ、しかし、と最近考えることがある。
 
 結局、医療というのは人格以上にならないのではないだろうか。
 
 医療技術という側面からいうと、そうでもないのだけど、人を癒すという側面における医療は、
 人格以上にはならないと、思う。

 面倒なことを嫌う人間が行う医療は、ミスが多い。それは多分、観察が足らない、あるいは情熱が欠如するのかもしれない。
 上から目線で、人を治療する医療者は、知らない間に患者を苦しめている。精神的に圧迫している。

 分からないことをそのままにできる人間は、患者の病態が理解できなくてもそのまま、適当に治療してしまう。
 これは今まで何度も目撃してきた。

 私は、若いくせに年寄りに、敬語を使えない医療者は嫌いだ。
 ため口を利くような医療者も多いが、なんでそんなに偉そうにいうのか分からない。
 患者である、あるいは施設入居者である老齢の人間は、受け身である上に寛容になっている。
 
 いつも言っているが、言葉が人生を造る。

 だから、年寄りに敬語を上手く使えない人間は、そのような人生を形造っている。
 簡単に言うと、傲慢になっている。

 私は、若い人対しては、結構、傲慢に振る舞う。
 上からの圧迫や上への反発こそ、大切な上昇の力を生む。
 いい気持ちではない人も多いのは、確実だけど。

 悔しかったら、いつでも私を抜き去ってもらいたいと切に願う。
by japanheart | 2011-05-18 09:29 | 医者の本音 | Comments(1)
今日は”看護の日”


  実は、今日は”看護の日”。
 
  ジャパンハートは、多くの看護師が所属する看護団のごとき組織形態。
  医者も、なんと女医が多い。

  何年も多くの看護師と接してみて、わかったこと。
  日本の女性はすごい!(まあ、ピンキリではあるけど)
  黙々と目的達成のために24時間でも働き続ける。(でも、ストレスはためている。)
  そして、他国の女性に比べて、総じて「軟らかい」。
  母性の強さは、一等級だと思う。

  この看護師さんたちを使って、ミャンマー・カンボジア・日本の僻地・離島などなどに彼らを行かせている。
  今も続いているが、現在までに200名近い看護師を東日本大震災に派遣し、現地では総じて大好評でした。

   これから時代は、ますます女性を求める。
   看護師のニーズは、もっと高くなる。
   それに見合った実力をつけてもらいたいと切に願う。

   ジャパンハートでは、今年は1000人を目標に医療者を募集してゆく。

   私の個人的な希望としては、本当にやる気のある看護師たちに出会いたい。
   そして、ともに働きたい。

   
 
  
  
  
by japanheart | 2011-05-12 23:32 | スタッフと想い | Comments(6)
子どもの心のケア―というけれど

 今回の災害報道の中で、最近しきりに言われている子どもの”こころのケア”。

 おそらく世間一般が認識しているいわゆる、PTSDやトラウマという用語に対しての理解が、しっかりしていないと大きく迷惑を被る子どもたちが出るに違いないと思っている。

 しかもトラウマの処理というのはとても根気が要る作業であるということ。
 いろいろな人が入れ替わり立ち替わり、中途半端な関わり方をすると反って症状を悪化される可能性も高いのだ。

 でも、今回はやらねがならないのだろう。
 
 実は、昨年、ジャパンハートが数年前のミャンマーの津波でトラウマを背負ってしまった子どもたちにケアをしようとしたとき、アドバイスを求めて専門家たちが共有するメーリングリストに、アドバイスを求めて情報を流した。
 (実は、これが日本人医療チームが海外の外国人災害被害者に対してトラウマ処理をした初めてのことだった。)

 そると、どうだろう。

 多くの専門家が、それはやめたほうがいいというコメントを多くよこし始めた。
 理由は、上記のごとく、中途半端な介入、継続支援の難しさ、専門家たちの交代などの理由を挙げてきたのだ。

 しかし、一部の権威からの、そんなことを言っていたら何もできないからやったほうがいい、しかもジャパンハートはミャンマーでは地盤もあり、文化も慣習も知り尽くしているのだから、という書き込みがあってから、反対意見は鳴りをひそめ建設的意見が舞い込むように変わっていった。


 今回の災害、いろいろな精神ケア―チームが、ころころ人を入れ替えながら入ってきている。
 それって、本当に大丈夫なのかということになるし、中途半端ゆえ、深い介入ができないでいる。

 だから心配している。

 私たちは、気仙沼で、南三陸で、そして石巻で、繰り返し繰り返し、中心メンバーを固定し、深い介入をしてゆく。
 
 治療的なトラウマケアとは、子どもたちと楽しい時間を過ごしたりするのとは少しニュアンスが異なるかもしれない。

 簡単に言うと、悪いトラウマの記憶のイメージに新しく建設的なイメージを張り付ける作業だ。
 脳のシナプスとシナプスを新しくつなぐ作業だともいえるかもしれない。

 専門的なテクニックとリスク管理が要る作業だ。

 小児科・精神科・臨床心理士などと共に、あくまでも医学的な観点から介入してゆきたい。

 
by japanheart | 2011-05-10 23:12 | 活動記録 | Comments(3)

そして再び、気仙沼

そして再び、気仙沼

 ミャンマーから帰って、2週間ぶりに気仙沼を訪れた。
 来るたびに、被災地は徐々に落ち着いている。
 目の前を、サッカーボールを抱えた子どもが自転車に乗って通り過ぎる。

 一方で、被災地の避難所で生活する人々はかなり疲れてきたらしい。
 それが表情から手に取るようにわかる。

 どうすればいいのだろう?
 健康をそんなに害している様子はない。
 自由にならない生活。
 仕事が出来ない生活。
 将来への不安を抱える生活。

 それを抱え込んでじっと耐えているように感じる。

 こんなこといつまで、させているのだろうか?
 あと何ヶ月待てば、何がどう変わるのだろうか?
 国は、行政は何をどうしてくれるのだろうか?

 少しでも早く、何がしかの指針を知らせてあげてほしい。
 ゴールを。我慢しなければならないゴールの日にちを知るだけで人は少し楽になる。

 今回の大災害で、行政の機能は、国・県・市、すべての単位で麻痺した。

 そして医療は、日赤をはじめとするさまざま医療機関へ丸投げされた。
 しかし考えてもらいたいのは、彼らは今まで普通に診療していた医師たちであり、病院経営をしていたに過ぎない面々なのだ。
 それにいきなり、長期的視点に立って医療行政をさせてもうまくいくはずがない。
 そのゆがみはや機能障害はいたるところに出ている。

 今回のことで、官といわれる分野の人たちは、もう一度大いに反省してほしい。
 民のための官なのに、民が苦しんでいる。

 どんなことがあっても麻痺しない仕組みづくりを、作り上げなければならない。
 
 すべては人が織り成す景色。
 どの分野も、一部の利権によって、人がうまく育たないことがあってはいけない。

 もう一度、根幹から国を作り直す覚悟がいると思う。
 でもやらねばならない。
 ここで私たちが踏ん張って、子孫には同じ轍をふまさないために。
by japanheart | 2011-05-08 01:09 | 活動記録 | Comments(0)

2011年 ジャパンハート

2011年 ジャパンハート

 ジャパンハートという組織は、実は中心的に動いているのは40名ほどだと思う。
 実際にジャパンハートの名前のもとに動くのは、年間今年は多分1000名ほどになる。
 ある人は、ジャパンハートは、形があってないようなものというが。

 へー、たった40名くらいしか、中心的に動く人がいないのかと思ったら、ちょっと現実と離れてしまう。

 なぜならば、この40名ほどはほとんど無給で、望めば24時間働き続ける軍団だからだ。
 お金による契約は全くなく、人それぞれだが、何かの個人的な将来への夢というキーワードで結びついた有機的な集団ということになる。

 あなたの学校や会社で、あるいは所属する組織で、無給で年単位、24時間働き続ける集団を見たことがあるだろうか?あるいはそれ信じられるだろうか?

 この集団を中心に、周りにどんどん人が付いてゆく。
 そして、震災もあって、今年は多分その数は1000名を超えると思う。

 この有機的な、集団が国内外で、医療活動を行ってゆく。

 全く新しいコンセプトで結びついた人々が織りなす新たな地平を、一緒に見たくはないだろうか?

 この組織は、全く混沌としてそして一見、無秩序に収縮と膨張を繰り返す。
 まさに、アメーバを見ているような感じだ。

 もしかしたら、分裂するかもしれない。
 そうなったらさらによし。
by japanheart | 2011-05-06 01:31 | 活動記録 | Comments(3)
ここから始まる本当の勝負

 今から16年前の30歳のとき、たった100万円を握り締め単身、どんな政治体制かも知らずにミャンマーという国へ乗り込んだ。
 右も左も全く分からず、ただ医者を志したときから、医療を受けられない人たちのために医療というものを提供したい、それだけを考えてきた。
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(1996年 ミャンマー)

 
 現地では苦労の連続だった。別にそれは今でも変わっていないが、とにかくいつも困難に向かい合い、潰されそうになりながらも、なんとかのらりくらりとここまでたどり着いた。
 気がつけば、数百人の仲間をえ、年間1万人以上の人々に治療をしている。
 
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(1996年 ミャンマー)




 多分、その影響力は今後もしばらくは増え続けることだろう。
 不労所得という言葉があるが、私にとっての所得は、金銭ではなく、本当に医療を必要とする人たちが、医療を受けてくれること。
 
 今私は、国内・海外をいつも動き回る。時に家族と数日休日を過ごすこともある。
 そのとき、私自身は医療をしてはいないけれど、今もこの瞬間も、私の数百人の仲間たちは世界のどこかで医療を誰かのために提供している。
 私はすっかり大富豪のごとき不労所得(=医療提供による患者たちの健康回復)というものを得ているのだ。私は金は全くないけど、既に大富豪になっているかも。

 今回も、一つの困難が私たちの前にやってきた。
 何者かによる石巻市渡波ジャパンハート小児診療所施設の突然の取り壊し。

 でもね、正直言うと、全然堪えてないよ。
 今までこの程度の、痛い目には海外でも国内でも何度もあってきて、まあ、こんなこともあるのかと感じる程度なんだ。本当に嗚咽するくらい苦しいことが今まで何度もあったからね。それに比べればね、大したことない!
それに今回は、日本のみんながついているからね。既に心は大舟に乗っている。

 私たちはね、今まで誰にも頼らず、自分の力で海外でも国内でも一からその分野を切り開いてきた経験がある。
 お金がなくても、資源がなくても、やって見せれるだろうという、得体の知れない自信があるんだ。

 今回の、診療施設取壊しで、心に火がついた。

 じゃ、もっと大きいことをしてやろうじゃん!と。

 そしてその試みは、既に始まった。
 その立ち直りの良さは、私のいいところなんだけど、何と言っても時間がもったいないからね。

 既に、もっと確実で大きな小児医療復活の試みのために動き出している。

 
 成功したら、多分、日本中の人が喜んでくれるだろうな。
 
 そして、震災によって傷ついたこの地域の子どもたちのこころと体の健康は取り戻せると信じている。
by japanheart | 2011-05-03 22:34 | 活動記録 | Comments(8)