ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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看護師たちのこと-ニュージーランドの地震に思う

 ニュージーランドでの地震で、多くの看護師という職種の人たちが、いまだに行方不明になっている。
その多くは、海外での医療を求めて、まずが語学の習得をということで、留学していたに違いない。
誠に残念。

しかしこれは一体どういうことか?
いつから、誰が、どうして英語を習得していないと海外で働けないと決めたのだろうか?
英語圏の国で働く。それならわかる。仕方ないから。
しかし、途上国での活動を志すなら、まず英語と考える、それは果たして唯一の正解だろうか?

現実的に、それを目指して語学留学をする。
それはそれで、お金もかかる。アメリカやカナダへ行けば400万くらいは全て含めるとかかるという話もある。
問題はそこから。
そのほとんどは、その途中で力尽きて頓挫する。
語学習得というプロセスで、途上国医療への情熱や志を失う。
要するに、途上国の医療までは辿り着かない。
だってそうだろうと思う。
それほどまでに、途上国の医療にかける情熱など、はじめから彼らが持ち合わせている理由などない。
彼らにあるのは、ごく一般の日本人が、同情的に持っている程度の途上国の現状に対する思いでしかない。
彼らが、一般の日本人が知る以上の現状など、知っている理由は普通はない。
強いてあげれば、彼らが看護師という職業を選んだ動機が、なにがしかの母性に基づいているという可能性はある。

だから、時間をかけて、手間もお金かけて、そこへ辿り着こうとすると、そのほとんどは失敗する。

情熱は、その道を、現実に進むことによって、持続し、そして強化される。


それは、現実がさらに頭にある幻想を打つ砕きながら、しかし確実に体験を与え、意識とこころになにがしかの重みを与えるから。

日本には、英語ができないと海外医療ができないと思っている人が多い。
なぜだろうか?

私は、敢えて言う。
日本の、日本発の国際医療組織がないからだ。
フランスのチームはフランス語、ドイツのチームはドイツ語、スペインのチームはスペイン語でやっている。
あれば、公用語は日本語になる。
一部に英語の堪能な人間がいればことすむ。
それよりも現地語を話せる方が、よほどいい。

だから、ジャパンハートの海外医療の選考には、英語の基準はない。
公用語は、日本語と現地語。

しかし、全ての研修者に英語を学ぶ機会は与える。
能力は、ないよりあった方が良い。

大切なのは、手段を目的と混同しないことだ。
英語はただの、手段。手段なのだ。
手段を得るために、目的を失ってしまっては、本末転倒。

しかし、現実はよくわかっている。
そうなる人ばかりであることを。
だから、つくってみた。
手段に縛られず、目的を達成できる仕組みを。

ジャパンハートの国際看護研修。
いきなり、途上国に行ってもらう。
そこで現地語を習得しながら、働く。
そして、帰りにシンガポールの語学学校で英語を学ぶ。
それから再び、海外に旅立つ。

もし将来、ジャパンハートでなくとも、どこでも働けるようには考えている。
でもジャパンハートなら、まあ、英語はそれほどなくても働くことはできる。
あなたの働く目的が、途上国の困っている人たちのためにそれがしたいのならば、今すぐにでもそれは現実のものとなる。
余計な駆け引きを人生に対してしなくてすむ。

既に1年にあたり、のべ150人の看護師たちが実際にジャパンハートから海外の途上国医療の現場に旅立っている。
by japanheart | 2011-02-28 07:18 | スタッフと想い | Comments(2)
だからやらねばならない!

昨日の続き。

ガンは日本人みんなの問題として捕らえる視点がなければならない。
明日あなたが、あなたの子どもがそうなるかもしれない。
その時に、社会が少しでも支えてくれれば、少しくらい助かるはず。
そういう相互扶助が世の中には大切。
このプロジェクトもその相互扶助のひとつ。
社会のセーフティーネットなんだ。
医師:石田健太郎と中田志織が指揮するスマイル・スマイル・プロジェクト。
石田健太郎が書くブログから今日の思いを、留め置かまし!




どうも、石田です。

さて、つい先日スマイルスマイルプロジェクトで
また一人の女の子の企画を実施しました。

個人情報のことがあるので
詳しいことは言えないのですが、
彼女はいわゆる「末期癌」でした。

頭には多数の転移が見つかっており、
片肺は癌性胸水のために水浸しになっています。

事前の主治医先生からの情報でも
かなり厳しい状態ですとのこと。
実施日を決めてはいたものの、
そこまでもたない可能性も
十分あるだろうということでした。

そんな彼女もなんとかその日を
迎えることができました。
家族5人のささやかなお出かけでした。
ずっと楽しみにしていてくれたのです。

今回は主治医と担当看護師の
お二人たっての希望もあり、
自分に加えてそのお2人が
同行したのですが、そこで
驚くことが起こったのです。

当の本人が見違える程
元気になっていました。
少しトイレに行くだけでも
息切れが激しかったその子が
妹の押す車いすに乗り、
誰も追いつけないようなスピードで
走り回っていたのです。

そして、興味がある場所には
車いすから降りて積極的に
自分で歩いて行きました。

終始笑顔だった彼女は食事も
もりもり食べて一日元気に
過ごしきりました。

それを見て医療者3人は
ただただ唖然としていました。
だって、変な話、この外出中に
何か起きて亡くなっても
おかしくないくらいの人でしたから。

ご家族も大変喜んでくださって、
「やってよかった」と思えるものになりました。

さて、ちょっと具体性に欠けてしまう
報告でしたが、言いたかったことは
「生命力はほんの些細な
目標にも大きく影響される」
ということです。

きっとこういう小さな楽しみのおかげで
その人が一時的に元気になれて、
家族で濃い時間を過ごすことができたら
もし寿命を縮めることになったとしても、
大切なことですよね。

頭では分かっていたことだけど、
やっと心に響いて理解できました。

付き添ってくれた担当看護師さんは
報告に帰った病院に到着すると、
安心と嬉しさで泣き出してしまいました。」

「先日「生命力」というブログを書きましたが、
そこに補足したくなることが起きました。

今日聞いた話だと、その子の企画実施後に
病院に戻って検査をしたところ、
肺に溜まった胸水が減っていたそうです。

彼女の胸に溜まっていたのは悪性胸水で
専用のチューブを胸腔内に留置して
排液しても、すぐにまた溜まってきた
どうしようもないものでした。

まぁ、我々のお陰だと声を大にして
言えるようなものではないにしても、
もし役に立てたのならば、それって
すごいことですよね。

いやー、何にせよ人間ってすげー。」
by japanheart | 2011-02-23 12:48 | いのちの重み | Comments(2)

新しい価値を

新しい価値を

 多くの参加者がジャパンハートきて、国内外の活動に参加してくれている。
 これからもどうぞ。

 今、特にガンなどの病気を抱えるような家族からの依頼がどんどん増え始めている。
 特に、闘病中や辛い長期入院を控えている、あるいは先が短いかもしれないという、そんな子どもたちからの依頼。

 東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンに連れて行く。家族と一緒に。もちろん兄弟も一緒。子どもや家族には無料でこの小旅行をプレゼントしている。

 希望があれば好きな場所に旅行に行ってもらえるかもしれない。

 私たちは他の組織と違う最大の特徴は、医療者が付き添えることだ。
 そして、死ぬのが前提の、一度きりの思い出にするつもりはない。
 がんばっている子どもやその家族のために、がんばっている兄弟たちのために、病状と相談しながら、
 何度でも連れて行きたい。たとえ助からない運命の子どもでも、関係ない。運命の時が訪れるまで、連れて行く努力をする。人間は、死ぬ前でも、楽しみがあったほうがいい。
 家族のためにも、医療者のためにも。

 多くの医療者の協力が必要だ。
 多くの医療者が、ジャパンハートや私の考えを理解してもらって、ぜひこの活動を支えてもらいたい。

 まずは、一度海外に3日でも良いから来てもらいたい。
 ジャパンハートの原型は、海外の医療活動にある。
 そこで3日でも良いから、私と時間を共有してもらいたい。
 それから、このような子どもたちに、生きる元気、病気ともうしばらくつきあってゆく勇気を与えてあげてほしい。

 資金も必要だ。
 家族は闘病で、すでに資金的な余裕がない。だから、無料にしている。
 しかし、、、。
 担当の石田医師が、なかなか企業の理解が得られない、とこぼしていた。
 協力してくれる企業が少ないと。


 この国の企業は、金儲けしか興味ないのかと思うと暗い気持ちになる。
 もしかしたら、死んでしまうかもしれないような子どもに、儲けた金の一部を使うことになぜ、躊躇する?
 なぜだ?
 付き添っている医療者は、みな給料ももらわず、ある者は仕事を休み、一部の人たちは他に仕事もせず、無償で1年以上この活動を支えている。
 特に、抗がん剤を扱っている製薬会社、医療物資の関係の各社が協力を渋るって意味がわからない?
 アメリカやヨーロッパの会社なら、すでに協力してくれていると思う。
 日本の企業家は、このレベルということか、、、。

 各社の立派な企業理念の、「社会に貢献する」という項目を、今から、黒マジックで塗りつぶしてほしい。
 もうすぐ死んでしまうかもしれない、子どもだよ?
 
 子どもは死ぬまで、国の宝!

 わかる?
 その気合いと理解が、未来を生み出しているということに気付けないか??

 こんなことも理解できない、政治家や企業経営者が支配するこの国は、早晩、滅びてゆく。

 こころある医療者は多い。
 
 こころある、日本の未来を真に思う、政治家や企業家の連絡を待つ。

 
 

 

 
 
by japanheart | 2011-02-22 11:51 | 活動記録 | Comments(1)

歴史の感じ方

歴史の感じ方

 ミャンマーは第二次世界大戦で、日本が展開した国で、イギリスそして植民地インドの軍隊と主に交戦した。

 多くの日本人が死に、多くの現地人が死んだ。もちろん対戦相手の軍人たちも。

 ある意味、戦争の是非はともかく、近代戦は国際法上、軍服を着て指揮官の統制下にある兵隊たちによる戦闘と考えられる。
 その意味では、都市への無差別爆撃は、多くの非戦闘員を殺傷しており、野蛮行為ということになる。
 おおよそ文明のある人々がやることではない。未開人のやるべき所業。
 アメリカをはじめ、多くの国ではそれをやっている。いまだに。
 だから原爆の投下という行為は、言わずもがなで、つける薬はない。

 私は日本人であるという事実を、強く認識、自覚している。
 だから日本人の死に対して、たとえそれが軍属であっても、非常に同情的で感傷的に扱う。
 他人はどうかは知らないが、私は自然とそうなる。

 講演をはじめ、多くの機会に、ミャンマーで亡くなった19万人以上の日本人たちに同情を示すと、時々、現地人のことは良いのか、相手国の人々への同情は良いのかという人がいる。
 正確に私の感情を吐露すると、同情心が私に起こるとすると、日本人10に対して、現地人7,敵国の兵隊は2くらいしかない。
 それはおかしいだろうか?
 それを同じでないと、おかしいと感じる人がいるかもしれないが、そうだから仕方ない。
 理屈ではない。
 だから正直に、異国で戦争なんぞで亡くなった日本人たちが気の毒だと思うと言う。
 そして、ああミャンマーの人もたくさん迷惑しただろうな、そして亡くなった人も気の毒だとふと思う。
 私は、多くの子孫に先祖の遺恨を押しつけてもらいたくはない。
 おまえの5代前の、じいさんが俺のじいさんを殺した謝れと言われても、私の知ったことではないし、私には関係ないと、私は答える。
 しかし、おまえのじいさんが死にかけたとき、俺のじいさんが助けたそうだと言われれば、ありがとうと素直にお礼を言える。
 わかってもらえるかな?

 淡々と歴史の事実を教えることは大切。しかし、感情や考えを押しつけてはいけない。特にネガティブな感情の強制は控えるべきだと思っている。
 どう感じ、どう考えるかは本人の自由意志の問題で、同じ人間の中でも年齢や経験、その時々で大きく違ってきてもいいのだ。

 どうせ教えるなら、子孫に伝えるべきは、身に覚えなおない反省や歴史観ではなく、感謝のこころ。
 第二次世界大戦の時、多くのミャンマー人が日本人を助けてくれた。
 迷惑もかけたけど、今も友達として見てくれている。
 ありがたいな、ということを伝えなければいけない。
 それが、建設的な未来を生み出す。
 
 反省しろ、謝れという人がいるけれど、そうしたい人はすればいい。
 昔、在日韓国人の友人に、豊臣秀吉の朝鮮出兵を反省してほしいと非難されたことがある。
 反省したい人は、やればいい。
私は豊臣の時代の日本人のことを反省などしないけれど、この国に残った在日の人たちとは、 良いも悪いも含めて、ありがたい関係をつくっている。

 今、ジャパンハートのスタッフに、ある優秀なミャンマー人の若い女性がいる。
 彼女のおじいちゃんは、第二次世界大戦の時、スパイ容疑で日本兵に連れて行かれて帰ってこなかったらしい。
 でも、私はこの家族ともいいつきあいをしているし、彼女を本当に立派な社会人にするために、協力する決意をしている。
 こんなの罪の意識でやっていられると思う?
 この人たちに対して、私には感謝の意識しかない。
 そんな過去があるにもかかわらず、家族も彼女も私を日本人として大切に扱い、ひとりの人として評価をしてくれている。

 先祖のために、子孫がいい関係を築けないなどということがあっていいわけなどない。
 
 私は”反省”より”感謝”こそが、いい未来を生み出すと思っている。
 
by japanheart | 2011-02-19 01:00 | なぜミャンマーか | Comments(4)

追伸: 氷室京介 様

追伸: 氷室京介 様


 先日、スタッフ数名とコンサートへ参戦させて頂きました。
 ありがとうございました。
 本当は、こっそり行きたかったのですが。

 スタッフが、皆、かっこいい!!と横でうるさく言うのが、邪魔でしたが。
 やっぱり、バラード最高でした。たくさん歌って頂き、感激しております。
 すばらしい。すばらしいアーチストだと、わからせて頂きました。

 コンサートの中で、MOONという曲を歌って頂き、ありがとうございました。
 宇宙からの視点が、私たちにあれば人はどんなに優しくなれるでしょうか。
 あの曲のように、私も人生を、世界を俯瞰してゆきます。
 
 

 すぐにアメリカに帰って、レコーディングということ。
 多分、またお会いできるときは、さらに高くそして前にと、進化されているのだと思います。
 私も、負けないように前にずんずん進んで行きます。

 また近い将来、ぜひ!


 
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by japanheart | 2011-02-14 22:18 | 天職 | Comments(8)
人のために何かしたいあなたへ


 多くの人たちから、もう何度聞かれたことだろう?
 何かしたいが、何をすればいい?

 答えは自分でみつけるしかない。
 頭で考えるのと、実際、経験するのとではその答えは大きく異なることが多い。
 だから、現場で答えを見いだすのが一番良い。
 一番良いけど、すぐに自分の納得する答えが見いだせるかどうかは分からない。
 ましてや、人のためにもなり、自分のためにもなるような答えはそうは簡単に見つからない。

 自分では良いと思って、軽い気持ちで、何かをやり始めることも多いが、時間が経ってみて、一体、本当に人のためや自分のためになっているかどうかは、はなはだ疑わしいことが多い。

 何でも簡単には、いかないのは誰でも知っていると思う。
 あなたの人生が、教訓として既にそう教えてくれているはずだ。

 実際、現場で何かするのは、本気で良いものを作ろうとすれば大変なことだ。
 中途半端で、いい加減なもので良いなら、話は別だが。
 だから、いつも何かしたいのなら一時は、本気でやってみると良いと思う。

 事務局でボランティアなら、自分の予定も、一生懸命に調整しながら週1日でも良いから、2年3年と続けてみる。
 海外でそうするなら、1年や2年はしっかりと現地にいるか、毎年1週間程度しか参加できないのなら、それを10年続けてみる。
 お金を出すのなら、しっかりと相手を見極め、お金を出す。
 出したならば、支援は徹底して継続的にやる。

 いろんな異性と浅くつきあうより、たったひとりでも深くつきあってゆく方が、人生よっぽど豊かになる。
 これも人生の教訓だ。


 まずは、理想を思い浮かべる。
 そして現実を知る。
 そして落ち込み、そこから、全てが始まる。
 そして理想を捨てないで、我慢して、少しでもそこに向かって歩みを進める。

 人生はそんなに多くのことはできない。
 だから、心が動いたならば、その感覚を大事にして、それを実行する。
 あとは時間をかけて、しっかりと熟成すると、きっと思わぬ成果が現れる。
 
 お米からお酒が造られるという、事実を私たちは知っているはず。
 
 

 
 

 
by japanheart | 2011-02-10 01:30 | 基本 | Comments(6)
甲状腺ガンの子ども-カンボジアへ帰国


 カンボジアから治療のため来日していた甲状腺腫瘍の女の子が帰国した。

 放射線を使って治療、思ったほどは劇的には、現時点では効果がないかもしれない。
 この後、数ヶ月、様子を見守り、徐々に治療効果が現れてくるのを待つ。

 今後どうなるかは、分からないが、許されるならがんばって治療を続けてゆきたい。

 カンボジアに着いてからこの子、ソカが「大変だったけど日本に行ってよかった。治療を受けることができて嬉しかった」
 と言っていたそうだ。

 医療も人生も、いつもハッピーエンドばかりではないことは分かっている。

 10年後も、20年後も、この子と友達でいれるように、ジャパンハートのスタッフたちもがんばってほしいと思う。

 
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by japanheart | 2011-02-05 22:52 | 活動記録 | Comments(5)

もっと良い人生について

もっと良い人生について

もっと良い人生ってなんだろうか?

 いま、国境からエイズで両親が亡くなったり、貧困で人身売買の危険にさらされている子どもたちの施設
「Dream Train」をつくっている。
 ここの子どもたちの人生について少し考えてみたい。

 生まれてから貧困が当たり前、毎日食べるものにも事欠き、両親が苦労している姿をもの心ついてからずっと見てきた子どもたちのなかには、自ら売られてゆく子どもたちもいる。
 それが彼らの美徳であり、悲しい幸せの形でもある。
 ミャンマーだけでなく、タイや、昔の日本だって同じだった。
 昭和の初め頃の恐慌で、東北地方の女の子たちは飢える家族のために、自らそうした行動を取った子どもたちもいた。

 あるとき国境の町で、通訳が私に言った。
「このむき出しのレンガの家、決して立派ではないですけど、この程度の家と引き換えに、彼女たちはエイズになってみな死んでゆきます。」
 家族のために外国に出て、体を売り、一時、このような家を建てるほどのお金を得て、つかの間の幸せと親孝行を味わう。そして、エイズになる。

 エイズになって、このぼろ屋を家族に残して、死んでゆく。

 親より先に死ぬ。
 親にとってそれほどつらいことはない。


 私は、もっといい人生があることを教えたい。
 決して急には豊かにならなくても、エイズのような病気にかからず、勉強もして、仲間もできて、そして最終的には、自らの才能を生かした収入の道を得て、自分も家族も共に豊かになる道があることを教えたい。
 時間はかかっても、その幸せのほうがいいのだと教えたい。
 
 彼らが信じている美徳は、十分な幸せのあり方ではないのだと、知らせたい。

 Dream Trainにきて、時間はかかるけれども、その幸せを知った子どもたちは、多分、刹那の豊かさや命の危険を冒した幸せの形など求めないと信じている。


 100メートルの景色ではなく、1000メートルの景色を子どもたちに見せたい。

 人は、自分の才能や能力が目覚めることをこころの底では、懇願している。
 もし、起伏のない、何も起こらないような人生を望んでいるならば、すでに豊かさを失っている。
 これくらいで良いというならば、自分の人生を大切にしていることにはならない。
 「足るを知る」こころは自らの才能を殺すことではない。

 せっかく生を受けたのだから、せめて自分の人生を大切に、そして信じて、可能性や才能を発揮させてあげたい。
 才能は、努力によって開花する遺伝的な能力だ。

 それが開花しはじめたとき本当のもっと良い人生が目の前に出現する。


 
 
by japanheart | 2011-02-03 22:16 | 医者の本音 | Comments(3)

隠岐の島にて

隠岐の島にて

 今、隠岐の島にいる。

 日本海の豪雪をかき分け、昨日ここにやってきた。
 
 私が主宰するジャパンハートでは、日本の離島数カ所にスタッフを出している。

 日本の僻地離島を、人的にサポートできないかということで、数年前にこの事業を立ち上げた。

 現在までに、何十名かのスタッフが、各地に赴き、そこで地域医療を学びながら、働いてきた。

 こういう事業をやってゆく中で、いろいろな問題が発生するのは、どの世界でも同じ。

 ひとつずつ解決してゆくしかない。

 こうして1年に1回は少なくとも、各地を回り、様々な問題を解決、調整をしている。


 多くの離島や僻地をみてきた経験からいうと、そこの地元スタッフが、がんばっている病院は、住民から期待もされるし何とか、将来もなってゆく感じがする。
 一方、そうでない病院は、見るからに将来厳しい。

 私たちが外からできることはわずかしかない。
 やはり自助努力は、大切なこと。

 これは個人の人生も同じ。
 自助努力なくして、いい未来はやってこない。

 努力はエネルギーの凝縮を生む。
 このエネルギーの凝縮が、ある閾値に達したとき、結果を生み出す。
 実はこれはどのくらいの期間、あるいは凝縮があればいいかは、誰にも分からない。
 例えばどのくらい、努力すれば、地元の人たちが信頼するいい病院になっているだとか、人員が確保されるかだとか、そういうことだ。
 でも、トライ-アンド-エラーを繰り返しながら、エネルギーを凝集し続けると、あるとき結果を生み出す。

 そこまで、歯を食いしばってもがんばらないと仕方ない。
 途中でやめると、結果はゼロ。全ては今までのまま。
 何も、目の前に出現しない。

 人生というのは、個人だけでなく、真の人格のない組織や国にも、当てはまる。

 もっといい人生があるのだと、私が言うと、多くの人は私たちはこれくらいでいいと答える。

 私に言わせれば、それはもっといい人生の一部でも経験したことがない人の言う台詞だ。
 それの一部でも、一度経験してしまったら、これくらいでは我慢などできるはずがない。

 1000メートルの頂きから見る景色を見た者は、100メートルそこそこの高さから見る景色には感動しなくなる。そして再び、1000メートルのそれを見たくなる。やがては、それ以上のものを。
 それが人間の本性。
 そういう遺伝的折り込みには誰も逆らえない。
 
 だから一旦、目覚めさせてしまえばいい。
  
by japanheart | 2011-02-02 09:31 | 活動記録 | Comments(2)