特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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昨日逝った11歳の子ども

昨日逝った11歳の子ども



昨日、11歳の女の子が亡くなった。

生まれつき大腸が二重になっており、人工肛門もある。



ここへ辿りついた時、すでに全身はやせこけ、骨と皮だけになっていた。

お腹だけは大きく膨れ上がっていた。



患者の子どもには家族の思いが宿っている。

傲慢かもしれないが、どうしても助けたかった。



一方の腸に大量に溜まった大きなウンコの塊が悪さをしていた。

お腹を開け、手術をするにはあまりにも全身状態が悪すぎた。

だから、栄養剤を入れながら時間を待った。



しかし、間に合わなかった。



昨日、肛門に指を入れた。

この大きな塊が、お尻と膣を切り開けば取れるくらいの場所に位置しているのを、今更ながら分かった。これならばお腹を開けなくても出来る唯一の手術法だった。

こころが、急く。



手術は上手くいった。

成功した。



しかし、遅すぎた。

術前から、不整脈が連発し始め、術後、数時間後に心臓が鼓動を停止した。

スタッフは何時間も格闘していた。



だが、結局は戻らなかった。



私の医術の目が、もう少し研ぎ澄まされていたら、助かったかもしれない。



いつも自分の能力を悔やむ。
by japanheart | 2010-08-27 08:26 | Comments(1)
患者を想う、子どもを想う

 最近、特に忙しく、日本でも動く。
 現地の患者たちと相対する機会が少なくなっている。

 医者の部分の私は、いつも少し後ろめたい気がしている。
 もっと時間を取って、少しでも彼らのために働きたいと思うのだ。
 交通費を借金してでも遠くからやってきて、あの椅子で待っている彼らの姿は、いつも私のこころの中にある。

 私がいなくても本当にいい医療が彼らに提供できたら、これほどうれしいことはない。
 そのために少しでも多くの優秀な医療者が、単に名声のためでなく、この活動に参加してくれればと願うのみだ。
 こういう活動は、他人に誇ってはいけない。
 そっとして、自らに医者を志したものにとっては当然の行いのひとつと位置づけることだ。

 こういうことをむやみやたらに垂れ流して自慢しているのを見ると、馬鹿な行為だとさげすんでしまう。

 これから出会う患者たちに、少しでもいい医療が行えるように、私は私以外の人間を鍛えることにしたのだ。

 振り返れば、日本ではうちの長男が5歳にして、保育園に行きたくないと登校を拒否っている。
 うちの妻にはさんざん泣きながら、お母さんには理由は言わないといいながら、どれが本当か知らないが1時間ほど多くの理由を言っていた。
 (本当はどうもプールが苦手らしい?)
 
 お父さんには理由言ってもいいかもということで、私と2人車に乗り込んで30分ほど走った。
 たとえ小さくても男と男は、何となく距離がある。
 私と父親もそうだった。
 30分間、何も話さなかった。
 黙って前を見ながら夜の道を走り続けた。
 車を降りたとき、私が日本にいるときは、保育園を休んでもいいと言った。
 1日中、一緒にいてあげるからと言った。
 その代わり、私が帰らないときは行くしかないと伝えた。
 

 たとえ小さな子どもでもいやなことを無理矢理することはないと私は思っている。
 でも正しく誘導するには時間の共有が必要だ。
 私には時間がなく、今は子どもと多くの時間を共有できない。

 子どもが納得するまで一緒にいたいのだが。
 
 ああ、外国でも日本でも私には時間が不足している。
 大切な患者たち、私の妻や子どもたちにどうすればもっといい時間をプレゼントできるのだろう。

 

 
 
by japanheart | 2010-08-19 23:43 | 活動記録 | Comments(1)

国際送金

国際送金

ミャンマーという国が、経済制裁を受けて久しい。
経済制裁はほとんど効果が無いのに、形だけ続いている。
アメリカがそうしたいからだ。

情けないことに、他の国はそれを半ば強制されている。

それで逆に、貧しい人たちが被害を受けている。

そして、なんと国際送金ができない。
人道援助(人の命がかかっている)のためにと説明しても、日本の大手の銀行は拒否する。
なんと建前とは、裏腹な行動か?
情けない。
いつからこういう占領下の様なメンタリティーになってしまったのだろう。

ユダヤ人を人道的な立場から国の方針を無視して逃したかつての日本大使のような矜持は今はない。
民間人だって、 政治家のことばかり悪く言えるか?

目の前で人の命が左右されているのを見たら、本当にそんな決断が下せるか?

いつもいいことばかり言って、頭の中で考えて、自分を守ることだけ考えて、、、、。

そんな力が、日本国内に向かっても働いていると思わないのか?

そんなことで日本は良くなるのかな?
by japanheart | 2010-08-16 06:59 | いのちの重み | Comments(0)

忙しく、嘆く

忙しく、嘆く

 だんだんと私のやるべき事が増えてゆく。
 
 スタッフのこころは今までどおり、私に期待する部分も多く、中々上手くいかない。

 私がやっていたことをいかに委譲できるか。
 今しきりにそれをやっている。
 これからの組織の成長を見据えて、今やらねば近い将来、空中分解する。


 現地のスタッフや患者たちはどうしているだろうか?
 病ある人たちのために、少しでも何かをしていたい。

 現実はその逆に振れてゆく。
 私の代わりに、それを成し遂げてくれる面々の存在を待っている。

 私が救いたい、私が何かをしたい、私が、、、、。

 それは欲だと思っている。

 「我思う故に我アリ」と、フランス人ならば言うところだが、

 私は、”天命”なる東洋的なるものを採用している。

 だから、生かし生かされるという感覚も、すんなり入っている。

 私が、任されていること。

 それは何だろうか?
by japanheart | 2010-08-11 23:37 | 活動記録 | Comments(0)

有効に使う

有効に使う

人もお金も時間も有効に使わなくてはならない。

 これらはマネージメントの能力による。

 海外で医療活動し、そして自己の医療のあり方の理想を追求したいのなら、マネージメントはある程度は理解していなくてはならない。

 いまカンボジアにいる。

 カンボジアに来るために結構、いろいろ犠牲にしている。
 家族との時間、日本での仕事、10万円以上の航空券代や交通費、などなど。
 何より大切な自分の時間を投資している。

 今回ここに、巡回診療をするためにきた。
 主な目的は、8月下旬に行われる形成外科の患者を集めるということ。

 ところが、患者が集まらない。
 何人もの人間がこのために準備し、多くの犠牲を払っているのに患者が集まっていない。
 広報や患者や地域への情報発信に問題がある。
 病院との連携に問題がある。

 要するに、コーディネートができていない。
 そのためにみんなの努力が犠牲になる。
 時間が無駄になる。
 これからやってくる形成外科のチームのすべてが無駄になる。

 判断が間違っている。
 
 笑って見過ごすわけにはいかない。

 人の時間や労力は、有効利用しないともったいない。

 わずかな時間しか休暇を取れない日本の医療従事者に、時間いっぱい働いてもらわないともったいない。

 カンボジアチーム、大いに反省すべし!
by japanheart | 2010-08-08 00:11 | 活動記録 | Comments(1)

患者の死、その後

患者の死、その後

 患者が死ぬ、ということは医療者ならば何度か経験しなければならないかもしれない。
 
 幼い子どもの死にすら、目を背けることはできないこともある。

 患者たちが病と闘う。

 長い間、苦しい治療を続け、やがて力尽きてゆく。

 私たち医療者は、彼らを励まし、家族と力を合わせ、様々な努力を重ねてゆく。

 結果、死が訪れる。

 悲しい別れをしたあと、病院を霊柩車が去ってゆく。
 その背中を見送ったあと、私たちはまた日常の業務へと戻ってゆく。
 少しその死を引きずっている。

 そのあと。

 そのあとがあることに、私たちは気づかなかった。

 そのあと、幼い子どもを失った、あるいは一家の大黒柱を失った家族は、どうなったいるのだろう?
 悲しみを一体、いつになったら乗り越えているのだろう?
 ご飯を食べれているのだろうか?
 毎日、どのような日常が待っているのだろう?

 そこに光を当てる視点を持ちたい。
 大切なものを失った人間が、ほんの少しだけ、1%でもいい、少しだけ元気になるように、少しだけ早く立ち直れるように、そんな医療を生み出してみたい。

 私の目指す、「たとえ死んでもこころ救われる医療」の、救われるべきこころとは、決して患者だけのこころだけではない。 
by japanheart | 2010-08-05 10:54 | 活動記録 | Comments(2)