特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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患者との関わり方

患者との関わり方


私は長い間、このような恵まれない環境で患者達と関わってきて、心の持ち方についてある考えがある。よく上から目線で患者達に関わるべきでなく、同じ目線から、対等にという話しを聞く。しかし、私は患者の立場に立ったとき、本当は上からでも下からでも、同じでも何でもいいように思うのだ。もしこれを医療者以外の人が、言うならば私は少し違和感を感じる。なぜなら、その人たちはこのような患者を直接治療することもなく、頭で理想を語り、現実とうまくすり合っていないと感じるからだ。このような謙虚さや立場のあり方は、医療者にとっては、他人から指図された時点で終わりだ。他人から出なく、自ら課すものであって、自ら自覚するものであって、そのときの患者の期待や医療者としてのプレッシャーが分からない別の立場からは、上からとか下からとか、とても形し上学的な意見に聞こえる。欧米人は基本的に上からのスタンスが多い。それはそれでいいと私は思っている。それで彼らはやりがい、生きがいを感じ、さらに頑張って患者の為に働けるのなら。しかし、上からというのは私にはなじまない。だから同じ目線でやる。それが、スッキリするし、それが精神的にも安定するからだ。自分達が、どうあるべきかは、自らの哲学による。医療を受けることが出来ないでいる患者は、どんなやつらでも、治してくれる人が最高と考える。だから、どの目線のスタンスでやるかは、自分で決めることだ。美意識の問題かもしれない。力量を磨き、患者に負担をかけない、それが出来ない組織や団体は、目線などといっているのが、おこがましい。他人のスタンスを気にしている暇があったら、少しでも誰かの為に、やるように心がけている。
by japanheart | 2010-07-29 12:06 | 活動記録 | Comments(1)

動く,動く,動く

動く,動く,動く

 止まらないで,動きながら考える。
 ゆったりとした時間の流れの中でしか、研究は難しいが、アイデアを出したり、事を動かしてゆくには,もしかしたら忙しく動いている方が、いいかもしれない。

 多分それは、事が連続性に、しかも並列に処理されてゆくから、流れが見えやすい、あるいは流れに乗りやすくなるからだと思う。

 これから約ひと月の間、3カ国を大きくまたいで動き続けることになる。
 またなにがしかのアイデアを携えて帰ってくるつもりだ。

 時代のニーズにあう、誰もしたことにない、誰も思いつかないことを,ジャパンハートは、そして私はやってゆく。

 どうせアイデアは盗まれるから、その時にはどんどん先へ進んでいたい。

 まず目指すのは、巨大ベンチャーNGO。

 まずは最初のお仕事。

「 ガンの子どもと家族のための旅行のコーディネートと、旅行付き添いを無料化する。」

 今まで予算の都合上、必要経費は負担してもらうというスタンスであったが、それをやめる。

 別にお金が沢山入ったわけではない。

 日本人のこころをもう一度、詮索して見たくなったから。

 企業家、善意ある個人などの協力がなければ、ジャパンハートは破産するかな。

 失速する日本、低迷する日本。

 さあ、どうだろう?

 人や企業が自分のことばかり考える国はこうなる。

 「国を復活させる」とは、「こころを取り戻す」ことに他ならない。
by japanheart | 2010-07-20 07:34 | 活動記録 | Comments(0)

悪貨を駆逐する

悪貨を駆逐する


 評価のない世界には、必ず偽物が幅を利かせる。

 まさしく我々がいる国際協力の世界。

 おじさんおばさん達が、善意で行っている小さな規模のうちは、独断と”のぼせ”はあっても、あまり悪く言う気にはなれない。なぜなら、周りがどう思っているかはともかく、本人たちはいたって善意に満ちているからだ。

 しかし、組織が大きくなって、巨大化してくるとそうは簡単でなくなる。
 うそも悪いことも確信犯的になる。

 今までいかに多くのうそを目撃してきたか。
 それをいちいちけなす気はない。まあ、言ってみても仕方ない。
 否定しあえばはむしろ、自分の発展を妨げる結果を生む。今の政治を見るようだが。
 ではどうすればいいのかというと、たった一ついい方法がある。

 それは、本当の意味でクリーンな組織を創り、世間に対して示すことだと思っている。
 それを世間が認め、ひな型にしてくれれば、不正やうそは簡単には、まかり通らなくなる。

 そうやって国際協力の世界が少しずつ修正されてゆくことを望む。

 多分、日本のNGOも欧米のようにこれから巨大化してくる、だろう多分。国が邪魔しなければ?
 その時、少なからずビジネス体としてのNGOが生み出される。
 それは時代の流れだから仕方ない、と私は思っている。
 その時、大切なのは組織の哲学になる。

 かつての日本企業のように、哲学が、モラルが。

 初めからそれがない組織は、ちっとどうかなと思う。
 強烈な創業者の哲学がほしい。

 もしジャパンハートも今後そのような道を歩めば、組織の企業化はやむをえないと思っている。

 しかし、哲学はしっかりと染み込ませる。

 そういう未来が、そこまで来ている気がする。
by japanheart | 2010-07-15 01:09 | 活動記録 | Comments(1)

思い出をつくる

思い出をつくる

 9月の中旬、数組のカンボジアのガンの子や障害のあるこどもに,旅行をプレゼントする。
 
 人は生きるにせよ死ぬにせよ、少しでも、どうせならいい思い出を持てるようにと思う。

 海外であれ、日本であれ、ガンの子どもたちそのの家族に思い出の旅行をプレゼントしたい。

 多くの企業や個人が賛同してくれて、寄付が集まってくれば、そのほとんどが無料化できる。

 そうでなければ、必要経費を患者や家族からもらわなくてはならない。

 その社会で,どれほどのことができるかどうかは、まあ民の力にかかっている。

 企業もエコに対する投資もいいが、こんな活動に投資してくれるところがないものか。

 ガンの問題は,日本人ひとり一人の問題だ。

 実際の病気をはじめ、肉体を救うための経費は国が保証してゆくしかないが、こころのケアは主に、私たち一般の人間の役割によるところが大きくなってゆくと思う。

 今年から、もっと力を入れて国内のガンのこどもたちとその家族に、いい思い出をつくってもらう。
 毎日毎日の過酷な闘病生活から少しでも離脱する非日常は子どもにとっても親にとっても大切なことだ。
 決まった場所ではなく、その家族が行きたいところへ、付き添ってゆく。
 

 この旅行を、より安全なものにするために、日本中に医者や病院のネットワークを構築したい。
 付き添いは、ジャパンハートの研修を1年以上終えた看護師たちがする。
 それを医者のネットワークが支える。

 1年後どうなっていると思う?

 

 
by japanheart | 2010-07-11 03:47 | スタッフと想い | Comments(3)

質という考え方

質という考え方

 他人の人生や生死に長く関わってくると、少しでも多くの人の境遇を何とかしたいと多くの人は思う。
 それは、当たり前のことで、それはそれでいい。
 
 人間、生きてなんぼ!ということだ。

 しかし、、、。

 多分、それに私が全面的に賛同していたら、私が目指す”たとえ死んでもこころ救われる医療”という概念は,生まれなかったろう。

 私は、一人でも多くの人を救おうと活動をしている人間から見れば、まあ、あまり歓迎されることはない存在だ。
 必ず否定的な意見を、どこかしこで言われている。

 実は私、昔この活動をはじめた16年前、押し寄せる患者たちにたった一人の医者として立ち向かった。
 少しでも多くの人のために!とこころと体にむち打った。
 本当に過労死するかと思った。ちょうど、30歳の頃。今なら死んでいると思う。
 朝の5時から働き、夜は12時まで毎日働いた。
 そしてわずかな睡眠時間も、上手くいかない患者たちの治療の夢を見ている。
 それはそれで幸せだったかもしれない。

 でもあるとき、こう思ったのだ。

 ”私って,本当に幸せ?”
 ”これが私が本当にしたかった在り方?”

 そして長く考え続けた。
 答えは”NO”だった。

 数量の概念に,支配された私の人生は、あまり幸せを感じていなかった。
 そこで重大なことに気づく。
 こんなに多くの人に、少しでも幸せを振りまいているのに、自分の人生がなぜか痩せている。
 本当は私は、私が幸せになりたくてこうしているはずなのに、私のこころはあまり幸せだと思っていない。

 私にとってもっとも大切にしなくてはならない,かけがえのない、たったひとつのもの。
 ”私の人生”

 それが、ないがしろになっていた。

 誰よりも,現地の人のために働いていた。
 多分、誰よりも。
 けれど、思ったより幸せにはなれなかった。

 そして、再び考え続け、ある結論に達する。
 どうして、幸せになれなかったのか。
 、、、ただ数におぼれ、患者の人生の質に、踏み込めずにいたから。

 他人の人生の質を無視することは,自分の人生の質をないがしろにしていることなのだと気づいた。

 それから、数量よりも、質をいつも意識してここまで来た。
 
 当たり前だが、質という限りは、どう考え、どのような態度で、こころで,技術で患者に相対するかということが、自分の人生には大切になる。
 ただ、数を助ければいいというなら、こんな活動はしていない。
 知り合いの優秀なマラリアの専門家の先生にお金を全部預けて,一人でも多くの人を助けてもらう。

 ただ、それでは自分の人生が痩せるのだ。
 そして痩せれば痩せるほど、たったひとつの大切な自分の人生が豊かさを失うのだ。

 一人でも多くの人を救うことが、何にもまして大切だと思う人間はそうすればいい。
 別に、それを否定はしない。
 ただ一緒には仕事をしないだけだ。

 今日本も、30兆円を越える予算を医療に使っている。
 その中で,果たしていくらが人命に関わることに使われているだろうか?
 
 自分の国でも、多くは直接、人命に左右する医療に使っているかどうか怪しいのに、海外だからといって,人命至上主義は、私には納得できない。
 風邪程度で、病院にかかるのはやめましょう。
 骨折は,死ぬ病気ではありません。
 生まれつき顔の変形があっても大丈夫ですよね。
 皆さん、なるべく生死に関わる人にお金を使いますから、どうかそうでない人は医療を受けるのは,ご遠慮ください。などなどと。
 
 いったい、誰か言ったやつはいるか?

 人にはそれぞれに自分の人生を最も大切にする権利がある。
 だから、風邪でも,骨折でも,変形でも、医療を受けることを非難されたりする必要はない。

 海外医療だけに、なぜ人命至上主義が,はびこるのか?

 私は30歳の頃、自分のいのちを賭けて、挑み、そして自分の人生の質と患者たちのいのちや人生の着地点を見つけた。
 だから、せめて多くの人には、安全な場所にいて、裕福に守られる環境からの発想ではなく、そのくらいの人生を賭けた挑戦から得た知恵の言葉や思いを聞かせてもらいたい。

 私にはできたから、誰でもできると思う。
 やるかやらないかだけ。

 修行もしないで、本ばかり読んでいる僧侶のことを信用するか?
 実際に厳しいトレーニングもせず、知識だけたくさんあって、現場で活躍もできないアスリートのアドバイスを聞くか?
 お金だけ動かし、システムをいじっても、いっこうに国民を豊かにできない政治家の言うことを信用するか?

 
 
 


 
 
by japanheart | 2010-07-07 03:03 | 医者の本音 | Comments(1)

環境を造る

環境を造る

 こういう活動をしてゆく中で、しばしば私に対して指摘される事柄がある。

 この活動をはじめて、この活動からは私は幾分かの給与ももらったことはないし、今後ももらわないと思う。

 それは私のこだわりなので他人に強要はしない。

 ただ自分の生き様を,金銭に置きかえたくはないという、やせ我慢かもしれない。

 時間をお金で切り売りしないという,私なりの美学がある。

 今までも、そしてこれからも多分このように言われるだろう。

 「あなたがそのようにできるのは、奥さんが働いて,子どもを養い,生活の面倒を見ていてくれているからだ。」

 その指摘は多分、正しい。
 今の形のあり方は,妻の献身があってのことだと思う。

 私はたとえ妻と出会っていなくても,この活動をしていた。
 しかし、自分の身を支えたり,子どもがいれば、その生活を維持するために,日本で働いていたと思う。
 飢えない程度、最低限は。

 だから今のような状態は,妻の協力なしには成立しなかったろう。
 
 だからといって、そうでなかったとしても、この活動から直接、報酬を受けるつもりはない。
 それが、私の美学だから。

 ここで敢えて言いたいことがある。
 
 それがあるから私が安全であり、自分たちはそうでないと思う人たち。
 私だけが恵まれており、自分たちは経済的なことも含め、もっと困難な状況にあると考える人たち。
 そういう人たちに、私からのメッセージ。


 もし、私のような境遇さえあればと思うならば、そういう人を伴侶にすればいい。
 そういうパートナーを獲得すればいい。自分の力で。
 私は運がよかった?
 まあ、そうかもしれない。
 運も実力のうち?という使い古されたフレーズがある。

 他人の境遇を羨んでも仕方がない。
 ああ、もっと裕福な家に生まれたらと思って生きていても、裕福にはならない。
 裕福になりたければ,そのように行動するしかない。
 それほど当たり前のことを言っている。

 ぜひ、多くの人が,最高のパートナーを獲得することを願っている。

 最初にすることは、自分の魅力を上げること。
 類は友を呼ぶから。
by japanheart | 2010-07-06 02:10 | 医者の本音

繰り返される失敗

繰り返される失敗

 組織には、どんな形にしろ繰り返される失敗をいかに防ぐかという課題がある。

 ジャパンハートの医療活動の中にも,大小様々それがある。

 たとえば、患者の傷が術後に開く。

 現地にいるスタッフに術後の管理を任せているが、どんな時期でも、、、。

 どんな時期でもというのは、何年も活動する関係上、現地に滞在するスタッフは数ヶ月ごとに入れ替わるからという、誰がそこに滞在しようともと言い換えることができる。

 必ず、何々という理由で,傷が開きましたと連絡が入る。

 あるときは、安静が保てない。あるときは感染を起こした。あるときは術中の侵襲のせいで。

 このような報告を,何度も、そして何年もずっと受けている。

 それでいつも苦々しく思うのは、そこに自分のミスや技術的な問題があったという認識がいつもない!

 あたかも運が悪いかごとく。
 あたかも全部患者が原因のごとく。

 だから、本当に悲しくなる。
 ああ、この人たちは日本でもそうやっていつも自分のせいにはしなくて、患者や周りのせいにしてきたんだなと思う。多分それは当たっている。こころの習慣とは,そのようなものだ。

 患者たちは、上手くいかないと、それを背負っていかないといけない。
 しかし、医療者はどうせすぐに忘れる。
 忘れて元気に何もなかったように生きてゆく。

 どうせ忘れるなら,せめてその時は,ミスをしないようなレベルであるのが最低限だ。

 私はミスに対して、個人攻撃をする。
 責任をどう取るつもりかと,責める。
 責任もとれないくせに、ミスを犯すなという。

 結局、個人の経験や手痛い体験が組織に蓄積されていないのだと思う。
 それを伝える人間にも事欠いている。
 その歴史的な積み重ねを知恵というなら、知恵のない組織とは恐ろしい。
 また同じ失敗をしている。
 
 多くは,悲しいかな医療者が本気になって、豊かな医療をするとはどのような,有様か,知らない。

 ただ時間を,一生懸命働くというのでは永遠に、豊かな医療など実現しない。
 時間に追われ、ばたばた働いて,満足しているメンタリティーには、見ていて寂しくなる。
 
 頭を使い、知恵を絞り,時間を生み出す。
 生み出した時間を、患者の質の向上に使う。
 豊かな医療はそうして生み出される。

 頭を使わず、時間に追われる医療は,物量の域を出ない。

 個々人の能力に見合ったパーフォーマンスを発揮し、自己の能力を自覚し、そしてチームプレーに調和してゆく。
 医療も,スポーツも、何でも一緒。そういうチームは強い。

 ああ、こういうチームを作ろうとして,何度失敗してきたことだろう。
 
 
by japanheart | 2010-07-04 05:11 | 活動記録 | Comments(2)