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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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志という言葉

志という言葉

 先日、ある国会議員と話をしていた。

 そこで彼が,「志」をもっている議員がもっと増えればと言っていた。
 選挙の都合上、どうしても選挙区の評判が大切だ。
 しかし、正直に言うと、国会議員が地元に利益を還元したり、誘導したりということはもういい加減にやめてほしいと思っている。
 それをしたければ、県会議員か市会議員、知事や市長になってやってほしい。

 国会議員はもっと大きな枠組みに取り組む仕事で、ある場所に利益を誘導することが仕事ではない、と思うが。
 そこにも「志」が必要になる。

 今、日本人は、市民とか県民という意識を度外視して、本当に国民というレベルで苦しんでいる。

 どうか、国民を救ってほしいと思う。
 国民を救うことが,日本を救うこと。

 実際、私はこの議員に期待している。
 
 既存の権力構造や枠組みを打ち破り、新しい「かたち」を造る時期に来ている。

 私が選挙に出ることは生涯ないが、こういう「志」のある人は応援してゆく。
 それが日本のためだと思えば,躊躇はない。

 私は政治家にはできないことがあると思っている。
 医師も芸能人も企業家も弁護士も,政治の世界に転身する人も多いが、私は私で,転身などしなくとも今の私の立場でできることが,山のようにある。

 様々なレベルで、社会に働きかける。
 そして、こういう「志」のある政治家とときに、何かができればいいと思う。社会のために。

 政治家たちは、揚げ足取りの、揶揄合戦をしている暇があったら国民生活をミクロの視点から知るということに時間を使ってほしい。すなわち、個人の人生に焦点を当て知る、という時間を持つということ。

 国民は揶揄合戦をさせるために、あなた方を選んだわけではない。

 私は多少のミスはいいと思う。人間だから。
 その代わりそれを踏まえて、どうか社会のために少しでもがんばってほしい。

 
by japanheart | 2010-06-30 23:51 | 活動記録 | Comments(1)

副作用の法則

副作用の法則

 薬剤には、知っての通り、「主作用」と「副作用」がある。

 痛み止めの薬を飲むとき、痛みが止まるという働きが、主作用。
 胃が痛くなったり、じんま疹が出たりというのが副作用。

 人生ではこの副作用がきわめて重要になる。
 最近、このことに気づいて、にんまりしている。


 もう少し詳しく。

 たとえば、医者になりたいと行って、勉強をはじめ、大学に合格し、国家試験に合格し晴れて医者になったというのが、主作用(主目的)。
 その課程で、勤勉さや忍耐を身につけたり、大学でいい友達や恋人ができたり、将来の妻に出合ったり、クラブ活動でいい経験を持てたりというのが副作用(非主目的)。

 こういうことになる。

 さて人生でどっちが重要??
 答えは、ケース・バイ・ケース。時に収穫は副作用の方が遙かに大きい。

 だから、失敗しても、まずチャレンジしてみる価値がある。
 何せ、人生におけるこの副作用の法則に気づけば、やらない手はない。

 時に、目的は達成できないこともある。全線全勝の人生はあり得ないから、多くは失敗や徒労に終わる。
 それは誰もが経験済み。
 この副作用という、予想外のびっくり箱をひっくり返してみてはどうか?

 これを生み出す秘訣はただひとつ。
 ダメ元でもいい、目標を立て、チャレンジしてみること。

 行動する、しない。
 これにかかっている。
 ただそれだけ。たったそれだけ。
 あらゆる可能性の扉は、行動によって開かれる。

  びっくり箱をひっくり返せ!

 この私、それに気づいてから、大口たたいて、とにかくやってみる。

 この副作用を期待して。
 主作用は、まあ達成できたらうれしいかな、と考えている。
by japanheart | 2010-06-29 00:19 | 基本 | Comments(2)

カンボジアから

カンボジアから

 カンボジアの空は碧い。
 ミャンマーやカンボジアにくると、いつも空を見上げる。
 日本で見る青空とはひと味違い、そういえば子どもの頃見た日本の空もこのくらい碧かったなと思いだす。
 この1週間、カンボジアにいた。
 手術も順調に終わり、明後日からミャンマーに移動する。

 ミャンマーにいる、腫瘍の子ども、ライミョウはそろそろ寿命のようだ。
 現実は、受容する能力を越えて厳しい。

 容姿は大きくゆがみ、普通には生きてこれなかった13歳の少年は、弟にも妹にも優しいお兄ちゃんだった。
 そして母親には、かけがえのいない大切な長男だった。

 もうすぐ消えるだろういのちの灯火は、人間というもののいたたまれない存在の在処を教える。

 最近思うことがある。
 それは、寝たきりの子どもは、誰のために生きているのか?
 もう動かなくなった植物状態の人たちや、ほとんど意識のない人たち、老人たち。
 そのほか何でもいい、解決できないほどの障害を背負っている人たちは何のために生きているのか?

 私なりに理解している答えは、それはそれに関わる周りの人たちのために、彼らは生きていると思えてならない。

 どれほど、そのひどい状態の人に関わり、そこから何かを得なければならないのだろうと。
 だから、その人たちを無視したり、邪見に扱ったり、義務的に接していたら、その人たちの献身的な恩に報うことができない。特に医療者は肝に銘じなければならない。
 多分それは仏教やその他の宗教的な考えとも矛盾はしていないと思う。
 神仏は、そのように具現化し、人を導くという考え。

 そう考えると、ますます、そのような障害のある人たちに対するあり方を自分自身に対しては見つめ直さなければいけないような気がする。

 今亡くなろうとする生まれて大きな顔の変形と共に生きてきた13歳の少年。
 それに関わった私たちのスタッフ。
 日本人の看護師。

 彼らに神仏は微笑まないはずはない。

 だから自信を持って言える。

 彼らは昨日までの、彼らでなくなっている。
 もっと愛情に満ちた人になれている。
 そして、家族や看護師たちのこころに、記憶に、この少年は鎮座する。

 多分、家族や看護師やスタッフが苦しくなったとき、語りかけてくる。励ましてくれる。
 関わったものは皆、このたった13年で亡くならねばならない少年の、いのちをも背負ってこれからますます強く生きていかねばならない。
 

 
by japanheart | 2010-06-16 13:04 | 活動記録 | Comments(3)
看護師からの手紙ーその2

 今日も、荒木看護師からメールが届いた。
 
 気になる子どもの経過とも併せてお話したい。

 最後に私が彼女に送った返信も添える。


 「ライミョウですが・・・歩けなくなってしまいました・・・。
3人かかりで抱えて立ち、椅子に座るのが・・やっとです。
月曜日には3cm大だった、左後頚部から新しく飛び出した腫瘍は、水曜日には15×12×4cm大ほどになっており・・・今じゃ寝て過ごすのがほとんどです。
しかし、私たちが訪問した時は必死に座ってくれ・・・ガーゼ交換の間も耐えてくれます。
腫瘍がはびこりまくった・・・頭が重すぎます・・・。

「座ってガーゼ交換をするのはもう限界かも知れない・・・」と思い・・昨日、マンダレーの寺子屋に行った際に、座椅子を探してみましたが・・やっぱりありませんでした・・・。

食事も入らなくなってきました・・・。私が訪問した時に一緒に食べる時しか摂取しない・・・とお母さんが話していました。

オメプラールを1週間内服したところで、胃痛が軽減したため、プレドニゾロンを開始してみましたが、胃痛が再燃し・・・中止しました・・・。

ライミョウにしてあげられる・・・最後の薬だったかも知れないのに・・・・です・・・。

しかし、今日は2回笑ってくれました。
もう、腫瘍が大きくなり過ぎて、顔も腫れ始めて・・笑いにくくなった顔で、私の顔を見て笑ってくれました。
そして、マンゴーをフォークで口に運んでくれました。
甘いお餅を好きだと言うと、手に乗せてくれました。
肉まんは二人で半分こして食べました。

彼を愛しいと思う気持ちにブレーキがかかりません・・・。

朝の瞑想時間は、いつしか雨が降らないように祈る時間になりました。
ミャンマーの神様(?)にお願いするために、新しいミャンマー語も覚えました。

モーマユ-バーゼーネ
雨が降りませんように・・・。」


 私は返信した。本当はあまりかける言葉も見当たらないのだが。その場にいる人間にしか分からないことや、感じないことは多い。
 率直に、思ったことを少ない言葉に載せてみた。

 彼女の経験は特殊な経験だが、本当は昔は多くの医療者が少なからず経験して来たものだったはずだ。
 時は過ぎ、ガンそのものより、抗がん剤の副作用で死ぬ人が多くなり、その姿は、ガンそのもので死ぬ姿とは違うものになった。それは良いか悪いかではなく、そうなった。
 抗がん剤でできる限りやったなどと、自分も慰めることもできるようになった。
 たいした治療法がまだなかった時代、多分、医療者たちは苦悩したことだろう。
 何とかできたらと何度、苦い思いをしたことだろう。
 
 私は多くの看護師たちが、マザ-テレサにそのあり方を求め、インドに行く人を多く見てきた。

 でも、そんなことは本当に必要だろうか?
 本気で思う。
 今も、目の前にいるだろう。あなたの優しさを求める人たちが!
 
 今働いている環境の中でなぜ、そうしないのだ?
 それが私には未だに分からない。

 環境や他人があなた方に、それを与えてくれるわけではない。
 ましてや、マザーテレサが与えてくれるわけでもない。

 自分の中に眠っている優しさや良心を呼び覚ますだけで良いのだ。

 定時が来たら、すぐに帰りたがる、あるいはそのために患者の欲求を遮ってしまうようなあり方はどうかと思う。
 
 患者のシーツが汚れていたら、誰に言われなくとも代えなさい。
 患者の爪が伸びていたら、たとえ汚くとも喜んで切りなさい。
 患者の手が足が汚れていたら自ら進んで、洗いなさい。
 患者が死に、家族が悲しんでいたら、かける言葉がみつからなくとも、黙ってそこにいてあげなさい。

 これは私の言葉だけど、マザーならそう言いそうだろ?
 それは誰だって、分かっているはずだ。
 でもしない。
 5分10分20分の時間が惜しいと思う。なんで?
 それで、あなた方は看護師になって、何がしたいの?
 
そして私の返事。

 「世の中の人たちとの、その経験や思いをshareしてあげてください。

日本の看護師たちもまた、迷走しています。
何が大切で、何のために看護師をやっているのかわからなくなっている人ばかりです。

経験が人を育てるとしたら、あなたにとっても大切な時間です。
できうる限り、寄り添ってあげてください。
よろしく。」
by japanheart | 2010-06-11 01:59 | スタッフと想い | Comments(2)

講演会について

講演会について

 最近、講演会が徐々に増えて、まあ、結構やっているかもしれない。
 自分の経験を、軽々しく話すのには何となく、腰が重い。

 誰でもきっと一生懸命生きていれば、苦労はしているはずで、別に私だけが特別苦労しているわけでもない。
 海外で医療という特殊性はあるかもしれないが、別にきわめて特別なことでもではない、と認識している。

 毎年、同じようにするところがあって、その度に昨年と同じことを話しては申し訳ないと思っているので、できるだけ違う話をするように心がけている。
 ということは、その1年で話すに値する経験や洞察をしなければならないということで、それは私にとっては良いプレッシャーになっている。
 海外医療などという世界は所詮、評価のない世界。
 あっても私の知る限り、きわめていい加減。

 だから、人のこころを打ち、生き方そのものに影響を与えれるような1年を過ごす。
 それができているうちは、人前で話す。
 なくなれば辞退する。

 たとえば、1年で1万人の人間を助けました、と話しても「すごい」と多くの人は思うかもしれないが、人のこころは打たない。
 たった一人助けても、人のこころを打つ話がある。

 そこに、こころを込めたか、人としてのストーリーがあるか。
 物語のあるところに、ひとはこころを同調する。

 高校生や中学生が多分私の話を聞くことは、意味があるのだろう。
 本当は、誰もみんなに聞かせたくはない。
 こころがこっちを向いているそんな若者に語りかけてみたいとは思う。
 そうでなければ、お互い迷惑な話になる。
by japanheart | 2010-06-09 00:57 | 講演会 | Comments(1)

看護師からの手紙

看護師からの手紙

 腫瘍の子を任している、看護師からメッセージが届いた。

 あの子どもにとっても、看護師にとってもかけがえのないいい時間を過ごせているだろうか?
 きっと、この看護師ででよかったと、あの子は思ってくれるだろう。
 以下、彼女から届いたメッセージをそのまま紹介したい。 
 手を加えるなく、そのまま。
 そっと、この看護師のこころを感じてみてほしい。
 
 
 「最近、ライミョウに会えない日が続いています・・・。夜にスコールが降ると、翌日、道がぬかるみ、車が動けなくなりますので会いに行けません・・・。
雨が降り、会えない日にはライミョウは泣いてくれます。
こんなにも雨が切なく聞こえる日はありません・・・。
ガーゼ交換中に、自分にたかるハエはさておき・・・私の虫刺されだらけの足を、さらに噛まれない様に団扇で追い払ってくれます。
お菓子を食べて。とむくみまくった手ですすめてくれます。
見送ってくれる時に腕を組んでも、決して私には体重を掛けません。
あと何回、こうやって一緒に歩けるのか・・と思うと、その一回一回が愛しくて・・・でも、心がちぎれそうです・・・。

早く会いに行きたいです。

ライミョウに会えて幸せな気持ちを、たくさんもらっているのは私です。

私にライミョウの家に行かせて下さった、テンゾーさん、毎日連れて行って下さるカーセア、強くて優しいライミョウのお母さん、病院で待っててくれるスタッフ、そして、この縁を下さった先生に深く感謝します。」
by japanheart | 2010-06-05 03:32 | スタッフと想い | Comments(3)