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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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こだわり

こだわり

 人間誰しも、人生の分岐点がある。
 その分岐点でどの方向に舵を切るか、どの程度切るか。
 今までの人生を振り返るとき、自分の舵の切り方を反省してみた。

 舵の切る方向というのはたぶん個人的な要因が大きいので、他の人の参考にならない。
 しかし、どの程度の舵を切るのかということは、少しは他人の参考になるかもしれない。
 
 私は今までどの方向に舵を切ろうとも、一気に限界まで舵を切ってしまう性質のようだ。
 とにかく中途半端ができないできた。

 子どもの頃は,優柔不断で中途半端が多かったのが、20歳を越えた頃からだんだんそうなったような気がする。年齢のせいか、生来の性格が固定してきたのかよくわからないが。
 職業でも、今の生活環境でもとにかく中途半端なあり方はできないという感じがしている。

 たぶん他の職業や環境を選んでも2足のわらじを履くような生き方は多分しないで生きていたような気がする。

 もしかしたらそういう思い切った生き方やあり方が,時にいいように作用し,今のような多くの仲間たちを得れる因になっているのかもしれない。

 成功しても失敗しても、全身全霊を傾けて思い切ってやってみる。
 中途半端は生き方は、成功すればそれなりに満足できるが、結果的に失敗すれば必ず後悔を生む。
 だから本気でやってみるという生き方はむしろ失敗したときの保険にもなっている。
by japanheart | 2010-04-30 00:35 | 医者の本音 | Comments(1)

黙々として

黙々として

研修医の頃、毎日忙しく働かなければならなかった。決してよくできた研修医ではなかった。まあしかしごたぶんに漏れず拘束時間だけは長かったように思う。
春に病院に就職し、気がつけば秋だった。病院からの帰りの夜道、肌寒くて息を吐きながら空を見上げたら,星がきれいだった。もう秋なんだとふと感じたのが、
数ヶ月ぶりに季節を感じることだった。

 なぜか昼も夜もずっと一生懸命に働くことは人としての義務のような気がしていた。たとえ何日休みを取っていなくても病院からの帰りの夜道に
工事現場で働く人を見れば、こんな夜中でも黙々と働く人たちが本当に立派に見え、自分がだめな人間に思えた。何となく罪の意識すら感じていた。


 今でもこうして日本にいて家族と過ごしていると何となく、世間に申し訳なく感じてしまうことがある。
多くの人たちががんばっている姿を見たときに,ふとそう感じるのだ。

 まだまだ一流にはなれていないのだと思う。
 結局、誰かと自分を比べてしまっている。

 自分は自分の人生のスタイルを通せばいいだけだと言い聞かせる。
 
 他人の能力を羨んだり,他人の境遇を羨んだりしているうちは、まだまだなのだと思う。

 人間に生まれたからには,ゴリラの力を求めない。鳥のような跳躍を求めない。
 私という人間に生まれたからには、だれかのような能力を求めない。
 私にはどんな本性があるのだろう?

 今は黙々として,自己を見つめる。
by japanheart | 2010-04-26 00:39 | 天職 | Comments(3)

あの子のこと

あの子のこと

 ひとり気になる子どもがいる。
 手術を何回かしたが、結局上手くいかなかった、悪性腫瘍の子どものこと。
 この国では、悪性腫瘍はたいていの場合、助からない。
 抗がん剤等の治療を受けるための知識もなければ、金もないという状況があるからだ。

 その子どもはその腫瘍を手術で全て取りきることすらできなかった。
 その後、腫瘍はどんどん大きくなっており多分近い将来、死ぬ。
 年齢は13歳。

 もうすぐ死を迎えるこの子と家族、特に母親のために何かを残したい。
 母親は、この子ががんで、もう治療を何もできないのだと説明したあとも何度も病院にやって来て、何がしかの薬をもらってゆく。
 痛みのコントロールもままならない。
 母親というのは、こういうものなのかもしれない。その行動が痛々しい。
 先進国日本で子どもを痛めつけている親の話をよく聞くが、何が先進なのか?現地の母親たちに対して完全に文明力は劣っている母親が多いと思う。

 今度、現地でジャパンハートのスタッフがこの家族と共に、最初で最後の思い出の旅行を企画する。
 おそらく行き場所は敬虔な仏教徒の彼らが最も望むであろうミャンマー仏教の聖地バガン。
 現地でお坊さんたちに、この子と家族のためにお経をあげてもらおう。
 生まれ変わりを信じる彼らのために、元気ないのちとして再び転生できるよう、祈ってもらおう。

 この母親が、この子とことを思い出したとき、いつもその記憶がよみがえり、少しは心救われるように。
 
 残り少ないこの子の人生の中で、少しでもいい思い出ができますように。
by japanheart | 2010-04-24 23:30 | 子どものこと | Comments(3)

不安ついにて

不安について

 先日東京で、スタッフが集まった会合があった。
 海外や日本各地からスタッフが東京に集まり、会合する。

 たった数人で始めた活動が数年足らずで、このようになるのは嬉しい限りであった。
 まあ、しかしこのまま成長していきたいと思っている。

 多くの次世代の人たちと関わってみて、特に気になることがある。
 仕事に対する姿勢もさることながら、自分の人生のあり方について悩んでいるということ、
 それらの人はまだましで、悩みすら抱かずに流され、漂っている人が結構いるということ。

 結論から言うと、その場所から動かないから、動こうとしないから、次の展開が見えない。
 同じところに何年もいても、ぬるま湯にいるようで心地よさがあることはわかるが、気が付けば身体がふやけている。
 結局どこにいても、何をしていても自分の思うようにはならない。
 だから最後は、自分のオリジナルに全ての人はたどり着かなければならない。
 そうでなければ、いつも誰かにやらされたり、コントロールされたりする人生で、不満を抱きながら生きることになる。
 不安と不満は違うものだから、もし自分のオリジナルを生きれるようになると、不満はほとんど解消される。
 そのかわり、不安感は増すかもしれない。
 不満は、安定を前提にしている。
 安定していない人間は、不満を言う余裕など持てない。

 だから不満を言っていることに気づいたら、自分が今、ある安定状態にあると思ったほうがいい。

 人生は不安との格闘かもしれない。
 ひとつひとつ制圧してゆくしかない。

 誰もが経験しているように、実際に取り組んでみると思ったほどでもなかったというのが、人生かもしれない。不安感が強ければ強いほど、現実はそれほどでもないと、多くの人は知っている。
 本当の大変な現実は、逆に不安を意識できないときに襲い掛かってくる。それも知っている。

 もしかしたら不安感があるというのは、人生にGO!のサインかもしれない。



 
 
by japanheart | 2010-04-23 10:09 | 随想 | Comments(1)

物資の寄付について

物資の寄付について

 昨今の航空業界の不況のあおりを受け、、、、。

 多くの物資の寄付の問い合わせをいただくことも多い。

 基本的には物資は、派遣者たちが順次現地に持ち込む。
 優先順位は医療物資・医薬品・活動者の生活物資という順番になる。
 いうなれば、無くては困るものの順番ということだ。

 それ以外は隙間ができればということになる。
 航空業界は、一人あたり20kgという制限を設けているために、すぐに制限を超えてしまう。
 大目に見てくれても最近では5kg程度。だいたい25kgが限界か。

 1kgを超える場合、ミャンマーやカンボジアには4100円/kg超過料金を取られる。
 10kg超えれば、41000円、、。あり得ない?金額となる。

 そのため、それ外の物資を運ぶことはほとんどない。
 衣類を運ぶ場合、4100円もあれば現地でシャツが40枚買える。

 しかしながら、多くの人が何らかの物資の寄付をと、いってくれることも多いので、従来は断っていたが、
 現地事務所に直接送ってもらえるならば、是非受け取ることにしたいと思った。
 残念ながら、送料は寄付者に負担してもらわざるを得ないが。
 衣類ならば、段ボール一箱で、郵便(EMS)だと日本から5000円程度かかる、とおもう。

 これとても実は現地で受け取るのは決して楽ではない。
 海外からの送付物資は、残らず開けられ目の前ですべてチェックされる。
 そのために朝から順番を待ち、すべて終わるのは夕方になることも多いのだ。
 現地スタッフにとっては大変な仕事ということになる。

 善意と現実をすりあわしてゆくのはなかなか骨が折れる仕事という現状を理解してもらえればと思う。
 航空業界も、協力してもらえればありがたいが、自分から申し出てそういうことをするほど、日本の航空業界は成熟はしていない。
 だいたい、航空業界の上の人たちは、NGOの名前すら知らないと思う。

 
by japanheart | 2010-04-15 01:37 | リンク集 | Comments(2)
”しんがり”をかってでる

 負け戦の時、その軍団の大将をを逃すため、命を捨て敵を最後尾に残り、食い止める。
 その多くは、死を余儀なくされる。そのため、もっとも勇気と度胸と忠誠心がある者がその役目を担う。
 その役目を、殿(しんがり)という。

 この時期、多くの機能が停止する東南アジアの仏教国の国々。多くの患者たちは、村でその時期を過ごすことを望み、無理を押して帰って行く。
 ジャパンハートの活動もまた、この時期、やはり2週間ほどの休息に入る。

 患者を残しながら、すこしずつ4月に入ると撤収が進められてゆく。
 患者たちが水祭りが近づくにつれて猛烈な勢いで、帰路につく。

 目標は、全員退院、全員帰郷。

 最後までかなりきびしい患者もいるが、患者家族そして医療スタッフがその目標に向かって努力する。

 ジャパンハートのしんがりはたいていの場合、看護師になる。
 患者の傷を、治療し、最終決断を下す。

 もし患者の状態が退院を許さなければ、たった一人、異国の地に取り残される。

 数日間、患者を診て、自分で食事も水も用意し、残らなければならない。
 せっかく用意した帰国のための航空券も、紙くずに変わる。

 自分の責任で、それをやってのけなければならない。

 しかしながら、ジャパンハートには自分からそのしんがりをかってでる人が、必ずいる。

 彼らは命をかけはしないが、たぶん彼らの人生観や使命感、職業観という、意識がそれにかかっている。

 しんがりをかってでれる人は、本当にプロになれる可能性はある。

 人生はいつも、やるかやらないかの選択を繰り返す。
 そしていつもやると選択するのは、面倒なことだ。
 しかし、それを繰り返すうちに、いつしか自分を取り巻く世界が変わっていることに気づく。

 10年前、私が見ていた景色は今はない。
 おなじ場所に立ち、同じ景色を見ていても、すっかり違う景色を見ている。

 同じ医者という職業をし、同じ病気の患者や家族と接していても全く違う世界にいる。
 その世界は10年前より、遙かに美しい世界だと、認識できている。
 
by japanheart | 2010-04-13 23:53 | 活動記録 | Comments(1)

現状維持しない

現状維持しない

 何かあったとき、特に思わしくない出来事が続いて起こって気持ちが萎えることがある。

 とにかく、いい時も悪いときも、現状を維持しないと意識している。

 私は、現状維持は、緩やかな衰退だと考えている。

 時間を少し延ばしてみれば、多分そうなる。

 成果も、現実も自分の意識が大きく影響する。

 人のいのちが、緩やかに死に向かって進むように、成長期を過ぎたものは多分、緩やかに下降しはじめる。


 だからいつも意識して、成長期を維持しなければならない。
 どんなに安定しても油断などしない。
 安定したと思ったとたんに、緩やかな下降が始まる。

 現実には何で寿命があると思う。
 人もシステムも国も、、。

 しかし、それを構成する人の意識がのその寿命に大きく影響するのだと思う。
 少なくとも時間の密度には大きく影響を与える。
 老いたと思っている人間と、まだ若々しいと思っている人間は、日々の過ごし方がまったく異なるように。

 どんなにうまくいってもいかなくても、いつも少しだけ機体の頭を上に向けていたい。
 機体とは、自分であり、組織であり、国であり、、、なんでもいい。

 その意識が、自己を自己成長の過程だと認識付け、現状維持という、緩やかな衰退を防いでくれる。

 だから努力もし、モチベーションも保てる。

 今、広く世の中を見渡してみる。

 まだ若いのにすでに現状維持にはいっていたり、それを望んでいる人たちが多いのに驚かされる。

 安定したい。
 保証が欲しい。

 どうせなら高く上って強固に安定し、大きな保証のほうがいいのではないか。

 ちまちま安定しても、すぐに崩れてゆく。

 私なら、いつもビビッテいる人生などもっぴらご免だ。
by japanheart | 2010-04-09 15:49 | 活動記録 | Comments(0)

そして、カンボジア

そして、カンボジア

 4月1日にサガインを後にし、2日から4日までインドとの国境の町、陸の孤島、プータオというまち。

 今やミャンマー各地から治療を求めて私たちの病院に患者はやってくる。
 そしてこのプータオからも。

 なんと来るのに4日もかかる。
 お金もかかるだろう、多分。

 行ってみた。
 そこはまさに、この世の桃源郷だった。

 住民達は昔ながらの生活をし、質素に生きていた。

 病や奇形無くば、きっと幸せに生涯送ったことだろう。

 この地で1年に、2度でもいいから、手術を子ども達のためにしてみたいと思っている。

 1回に50人くらいの子ども達の手術をできればと。

 

 話し変わって、今カンボジアにいる。
 今来たところだ。
 そして明日、ミャンマーに帰る。

 前回のカンボジアの患者でひとり、未だに術後くすぶっている患者がいる。
 再手術のためだ。
 
 たった一人のためでも時に全力で動く。
 動かないといけないと、自分に言い聞かせやって来た。

 むかし、始めてミャンマーに行ったころたった一人の患者の治療の薬を買うために、片道18時間かけてバスで動いたことを思い出した。
 それでも私は幸せだった。
 たった一人の患者のためにそこまでできるということを、本当に幸せに感じた。

 そして15年たった今も同じように感じている。

 
by japanheart | 2010-04-05 23:48 | 活動記録 | Comments(0)