ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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地域医療の強化

地域医療の強化

 地域医療をもっと日本の医療者たちに身近にできないか。
 近い将来、高齢化の波は必ず訪れる。
 そして医療経済の破綻。

 年老いたものたちは、必ず病を抱えながら、自分の家で生きることになる。

 隠岐の島に、行って来た。
 30年後の日本の姿がそこにはある。

 様々な連携をしながら、島前病院の皆さんは医療を支えていた。未来のヒントを、そこから多くの医療者はもらえるような気がする。

 院長も、看護師長もやっぱり立派だった。
 お互いいい線で、住み分けをしながら、決して自らの仕事の範囲を狭めようとはしていないのだと思う。
 お互いのエリアを少しずつ犯している関係が、最も患者にメリットがある。

 看護スタッフの高齢化の問題もあるが、こうゆう病院には必ず人は集まる。
 あとは時間の問題。それを乗り切れるかどうか。

 来年から地域医療強化のために、新しい試みを日本でも始めるつもりだ。

 これから多くの病院と連携を築いていく。

 日本あっての、ジャパンハート。
by japanheart | 2009-09-30 02:36 | 活動記録 | Comments(1)

患者様

患者様

今、日本では「患者様」という表現が大流行のようだ。
小さな子どもにも様付けで呼んでいる。

医療というのはサービス業だという認識だろうか。
私が医者になった頃はもちろん「患者さん」という言い方だった。
今でも私はこうしか言わない。

様々な言い分があろうが、多くの医療者はこの「様」という表現をどのように捕らえているのであろうか?

最近、身内が病院にお世話になることが多い私は、この様付けという表現と、実際の医療者たちのあり方に大いにギャップを感じている。
患者の立場からすると、様でもさんでもいいからもっと心を砕いて関わってほしいと思うに違いない。日本社会そのもののあり方を反映したような、表面的な丁寧さなど、うそ臭くどうも違和感を覚える。

患者が求めるレベルのケアーを医療者に求めたら、ほとんどの医療者はいなくなるかもしれない。
最近の看護師たちは5年もすれば、その職場を半分くらいは既にやめている。

最近開業した私の同級生は、看護師に怒ったことはないといっていた。
私のように怒ったりすればすぐにやめてゆくそうだ。
患者のために怒ったとしても。

私はよく思うのは、人の質が落ちれば、やはり医療の質も落ちてしまうということ。
だから質の高い医療をしたければ、質の高い人を育てる必要もある。
そっちが先。

周りを見渡してばかばかしく思えても、自分はまっすぐに、しっかりと医療をやってゆくという決意をすること。結局は、日々の生活こそ自分の人生の質そのものだから、くれぐれも自分で自分を汚さないようにと願う。

一生懸命に患者のために働いて、親しみを込めて「患者さん」と呼ぶのが私には心地いい。
by japanheart | 2009-09-26 01:17 | 医者の本音 | Comments(6)

見えない未来ーその2

見えない未来ーその2

 先日初めて目の見えない彼らに日本人スタッフによるマッサージのトレーニングが行われた。
 彼らはこんな日が来るとは予想していなかったと思う。
 本当にマッサージの技術を外国人から学べる日が来るとは。

 彼らは本当に一生懸命に学んだそうだ。
 あまりの素直さに、あまりに喜びと興味を持って学ぶ彼らの姿に日本人のスタッフたちは皆心打たれ、自分たちの今のあり方すら反省したそうだ。

 今回の経験で面白いことが分かった。
 生まれつき目の見えない人たちほど、素直に個性発揮しているという事だ。
 目が見えない彼らは、人と自分を比較することがあまりなかった。
 だから人がどう言っているとか、どうしているからという発想ではなく、自分がどうありたいかという事を素直に伝えてくるそうだ。
 
 目が見えるゆえに逆に人は心が不自由になっているということを彼らを通して教えてもらった。

 真の豊かさは心にあるとすれば、彼らは豊かな人たちという事が出来る。
by japanheart | 2009-09-21 00:09 | 活動記録 | Comments(0)

Sad story されど

Sad story されど

 さらに欲深い私の話を。

 いつかシャン州という北の地域でわずかなお金で売られてゆく子どもたちの話を書いたことがある。

 ジャパンハートのスタッフ;マトゥーザは親がエイズでなくなってゆく子ども達を自分のわずかな蓄えで今まで面倒を見てきた。約16人の子ども達を彼女は面倒を見ている。
 多分それが彼女の精一杯の出来ることだと思う。

 先日、彼女が私にある話をした。
 彼女が2人の子どもを引き受けるという話。
 子ども達の母親はすでにエイズで死に、今、父親もエイズで先が長くない。
 この子ども達はもともと4人きょうだい。
 一番上の子は母親が亡くなったあと、父親の知り合いの村長の知人という男性が面倒を見るということで引き取っていったそうだ。
 いつでも会いたくなったら会いに来ていいと、住所を書いた紙を手渡したそうだ。
 父親は、何かの時に村長と一緒にその住所に行く。しかし、、、、。
 何もなかった。
 村も、娘も、何も。
 全てうそだった。

 今、その娘はどこにいるのだろうか?

 二番目の子どもはクリスチャンの神父が面倒を見てくれているそうだ。

 三番目と四番目の子ども達を彼女が面倒を見る。
 父親が、自分がまだ生きている間に、子ども達を彼女に引き取って行って欲しいと頼んだそうだ。
 安心して死にたいと。


 さらに欲張りの私は彼女の人生にも乗っかった。
 彼女と共にヤンゴンに大きな施設をつくりたいと思う。
 今年中にやる。
 このような子ども達を引き取り、学校を出し、職業を与えるところまで何とか面倒を見たい。
 もっともっとこんな子どもたちがいる。

 彼女は人生をかけてこのような子ども達の母親になってくれる。
 だから安心している。
 私は喜んで彼女をサポ-トする。
 きっと、彼女が子ども達を幸せにしてくれる。
 
 
by japanheart | 2009-09-15 01:52 | 子どものこと | Comments(1)

見えない未来ーその1

見えない未来ーその1

 私は欲深いのかもしれないが、できることは何でもしたい。
 躊躇する理由はないから。

 ミャンマーにも目の見えない人たちが30万くらいいるといわれている。
 この人たちは、生涯、家の中にいて過ごすことが多いそうだ。
 もちろん職業などない。

 盲人のための施設を何度か訪ねたことがある。
 毎日、皆静かに座って時間を過ごしていた。
 その先に見えるものはなんだったのか?私にはわからない。

 このような人たちに職業を与えたい。将来の糧を与えたいと、ある実業家の人が立ち上がった。
 この人は事業は将来の奉仕活動ができるようになるためにしていると、昔から言っていた。
 この人が盲人たちのために、マッサージの技術を伝授し、将来の生活の糧を得てもらいたいと、新しい試みを始めた。

 これに私も乗っかった。
 欲深いから。
 現地の社会福祉省も全面的にバックアップしてくれている。

 ジャパンハートが何とかマッサージの指導者を集め、彼らに教えてゆき、この国の盲人たちの将来に希望を与えたい、と名乗り出た。
 躊躇する理由はないから。
 
 ヤンゴン市内に2店舗彼らが働く場所が確保された。
 そこで働くことが盲人たちの憧れになっているらしい。
 今まで家族におんぶに抱っこだった自分が、家族を養っている。

 この感動はいかばかりかと思う。
by japanheart | 2009-09-10 00:37 | 活動記録 | Comments(5)

あるシステムを生み出す

あるシステムを生み出す

 はじめから他人を当てにするような行動や心は慎みたい。
 何をするにしてもどんないいことをしようとしても、あるいはどんな状況に陥っても。
 
 どんなことがあっても自分で何とかしたい。

 私たちの活動は、そのほとんどが寄付によって成り立っている。
 私たちとは逆に、なんらかの制度資金に依存している組織もある。
 何かに依存しすぎると、結局自分の首を絞めることになるので、できるだけ依存の割合を減らしたい。
 何だか国の食料自給率に話をしているような気がしてきた。

 ある意味、私たちの場合、自給率とは寄付をはじめとして得た自己資金ということになる。
 政府や財団などからもらう、いわゆる制度資金がそれ以外の輸入に頼らねばならない食料という感じかもしれない。このお金はかなり制限が付く。用途も決められ、予算も1年2年ごとに切られてしまう。だから10年なんていう大きな単位で、何らかのプロジェクトなどできない。

 私は食料と同じで、活動にも絶対に守らねばならないラインがあると信じている。
 今はそれがサガインでの活動だと思っている。
 なぜならばここは現地の人にとってだけでなく、多くの日本人医療者を育てている場所になっているからだ。
 今後はカンボジアのサイトにもそうなってほしいと思っている。

 だからここを最低でも、守るためにどうすればいいかを考えてきた。
 誰からも振り向かれなくなっても、何とか現地の人と医療者だけは育ててゆきたい。

 そしてその問題がようやく解決しつつある。
 自給自足ができるかも知れない。

 2年も給与のない組織でなぜかそれが可能になる。
 その方法は、また機会があれば語ってみたいが、要は自分で稼いで自分で使うということだ。
 
 
 ものの本質に気切り込めるようになってくると、だんだんと気の利いたことも言えるようになってくる。
 最近、お金の不安を抱える人には
  「いくらお金を持っても、人は一日に三度程度しかご飯を食べれないよ。特に年をとるとだんだんそうなる。」
 
 将来結婚を夢見る看護師には
  「女の人は嘘をついてはいけない。嘘をつく親の子どもは嘘に対して鈍感になる。だから将来子どもができたときに、嘘を平気でつく相手を無批判に受け入れて選ぶようになる。やがて、その相手と自分が、戦う羽目になる。」 
 
 そしきもおなじ。お金に対する恐怖心を抑え、誠実な運営が大切だ。
 組織を内部から崩壊させないためには、お金のコントロールと正直な運営を心がけている。
by japanheart | 2009-09-06 04:06 | 基本 | Comments(0)

傷が離開の報告

傷が離開の報告

 先日帰国した。
 今日、現地から顔の形成手術をした子どもの傷が開きましたという報告が来た。
 前回やってかえった同じ手術の子どもたちは問題なく治って退院していった。

 今回は同じ手術の術後に、4名の傷が開いた。
 それで、今回何が悪かったのか今からミーティングを開くという内容の報告だった。


 本当に、いい加減にしてほしい。
 もう、相手に伝える言葉も見つからない。何も話したくはない。
 ミーティングなど、勝手にやっていればいい。
 本当に腹が立つ。
 
 あの麻酔が不十分な環境の中で、この手術をするために、患者が背負った「いのちのリスク」を何だと思っているのか?
 親もまだ幼い子どもたちも、麻酔が不十分にしかないと、十分自覚もできないまま、ただ治してもらいたいとだけ念願し、手術を受けたのだ。
 それが何かしらスタッフたちの、特に今回消毒を担当したスタッフの未熟さゆえに傷が離開?
 本当にふざけている。
 しかも今頃?
 
 今まで日本で働いていたときも、そうだったが、何がしかの医療的な失敗が起こると、看護師が私にいつも謝る。
 何で、私に謝るのか、今でもすっきりこない。
 私がせいぜいかぶった被害は、その患者に使った労力が無駄になったくらいのことだ。
 ほとんどの被害は患者だから、患者に謝ればいいのに。

 軽く考えているからこんな失敗を犯す。
 必死になって、いつもおびえながら、、オドオドし患者を看ていないからだ。大した経験もないのに。

 医療者としての根本がなっていない。
by japanheart | 2009-09-04 02:08 | 活動記録 | Comments(0)