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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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子ども手術のこと

子ども手術のこと

 
 ネットに全くつながらず、ブログの更新もままならない、そんな国で。
 4月の活動休止、例年の1週間ほどの小休止にむけ、現在手術を制限してきている。

 最近は大きな手術は5月に皆押し込んで、子どものヘルニア、大人のヘルイア、あるいは簡単な形成の手術などを手がけている。
 私は長年このような不遇な環境で手術を行っているせいで、手術が早い。
 早ければ良いというものでもないが、早くしなければいけない事情は今の私たちには大いにあるのでそうなった。
 子どもの手術は日本にいるときは必ず全身麻酔で、大人のヘルニアなども脊椎麻酔でやるのが普通だった。

 が今、私は共に局所麻酔のみでやっている。
子どもは局所麻酔を打つ間だけ、少し眠らせて、手術中は5歳の子どもでも話しながら手術している。
 少し痛がるときは、気のせいだとうそぶいて子どもにいっている。
 今日は5歳の子どもに手術中に、もっとゆっくりしてくれないとひっぱて少し痛い感じがするといわれた。

 日本の医者たちが聞いたらびっくりすかもしれない。
 ヘルニアの手術ならば大体10分で終わる。
 
 短い麻酔、弱い麻酔が、ここでは何より患者の命を守る。
 本当に、失った命を経験した者のみが、その意味を知る。
by japanheart | 2009-03-30 03:24 | 子どものこと | Comments(0)
自分の考えを持つためには

自分の考えを持っていないとか、人の意見に流される、周りを見てしか動けない、など日本人の特性、性格的な傾向のようによく言われる。

海外にいて、日本人と接してみて、なおさらそのように感じることが多い。

人に流される人には傾向というものがある。
自分の考えを持っていない人には傾向というものがある。

人前で話すときに必ず声が小さいのだ。

何をいっているのか聞こえない。
自分の考えを持っていないから、自信がないから、大きな声が出ないのかどうかはわからないが。

一方、アメリカ人はその逆で、たとえ恐ろしくレベルか低くても自己主張してくるし、自分の意見を持とうとする。かなり独善的で、かかわりたくないが、その傾向が強い。
やたらと覚えたての変な日本語を駆使して、話しかけてくる外国人は多いだろう。
自己主張が激しいのだが、声も大きい。
小さい頃から自分の考えを持つことが美徳と教えられてきた人たちは一応に、しっかり言葉で自己主張するために、声が大きくなっている。

私は日本人が自分のしっかりした考えや、意見を持つために必要なことは、ただいつも大きな声でしゃべりさえすれば良いと思っている。
特に自分の意見や考えを含む会話の中ではことさら大きな声を発するようにする。
常に心で大きな声、大きな声と繰り返し、気をつけていれば良い。

気が付けば、自分の考えや意見をしっかり持っている自分に出会える。
いつも一つの言葉に力を込めて言葉を発する。
やがて自分を取り巻く、様々なことが変化してゆくと思う。
by japanheart | 2009-03-22 02:55 | 基本 | Comments(0)

忙しく動く

忙しく動く

 最近は忙しく動いて、なぜかゆっくり落ち着いた心境になれない。
 乗り物に乗る機会も多く、西に東によく動く。
 家族とはなるべく時間を共有したいと思っていてもわずかばかりになってしまう。
 
 今年から数年間は大きな動きをする感覚にとらわれている。
 日本も世界も大きく変わるその余震を感じているだけかもしれないが。

 日本の「ジャパンハート」を 世界の 「JAPAN HEART」にするために少し頑張ってみたいと思う。
 日本にいて今、道に迷って、何をする気もわかず、ただ毎日をやり過ごすだけの人達へ、
 飛び立つ力を与えてみたい。
 というより、背中から無理やり押すだけだが。

 私の力は、今や私の力ではなく、私の元に集まっている多くのスタッフの力の総和になっている。

 孫悟空の毛、よろしくどこにも私が現れる。そんな人たちを生み出してみたい。
 最近そういえば、スタッフたちと話していて、驚く事がある。
 それは、皆びっくりするほど自分の意見や考えを述べ、書いている文章も本当にしっかりしているのだ。
 わずか1年や2年前、あれほど頼りなかった人たちがこんなにもなるのかと驚かされるのだ。

 これから益々、悟空の毛は世界に散り、その威力を発揮する。
 
by japanheart | 2009-03-14 23:10 | スタッフと想い | Comments(0)

個人は重い

個人は重い

 かつての私の上司は、大学の教授をあっさりとやめ、今、国立病院の院長をしている。
経営をとやかく言われるご時勢、患者集めのために院長自ら外来に立ち、時に患者の手術もする。
先日、こんな話をした。
あるおなかの手術をした患者の手術後の状態が悪く、腹水がたくさんたまり危く命に危険があるほどだった。
私が訪ねた日、なんとか危機的な状況を脱したようだった。

そこで一言。
「吉岡、未だに手術はしているのか?」
やらざるを得ずやっています、と答えると。
そろそろやめたほうがいいのではないかというアドバイス。

「自分も経営と診療を同時にかけもちしているが、人、個人の命がかかった時の大変さは、経営が左前になったときのしんどさとはレベルが違う。本当に消耗するからね。」

そんなことしていたら身も心ももたないよ、と言いたかったようだ。

この話をときに、公衆衛生をしている人間はどう感じるだろうか?
大きな範囲に輪をかける事業と私のように個人と向かい合ってゆくあり方。

本当はどんなに大きな範囲を扱っても所詮、個人の集まりに過ぎないと思うが。
なんだか大きな範囲や予算、などを扱うと人は自分がさも大きくなったり偉くなったような気がするらしい。
一人ひとりの分子を見る視点を失えば、道を間違う。
学者も医者も政治家も同じだろう。
そういう能力に欠ける人間が、どこでも多いから問題になる。
昨今のご時勢のように。

いつでも大局と個人の両視点はしつこいくらいにしっかりと意識して持っていなくてはならないと思う。
by japanheart | 2009-03-12 20:50 | いのちの重み | Comments(1)

学生と国際協力ー2

学生と国際協力ー2

 昔から他人の夢を盗もうとする人間は多い。
ここに来たいといって、親や上司に相談したところ、危険だからやめておいたほうがいいと説得されたり、説教されたりしてやめた看護師や医者は結構いるのだ。

 怖ければやめればいいというだけだ。
 自分の行動の責任は自分で取るという単純な事柄の認識だ。
 他人がとやかく言うことは、大きなお世話といわざるを得ない。
 成人になった人間ならなおさらだ。

 いつも言うことだが、他人にアドバイスは簡単に求めない方がいい。
 他人にとって正しかったことが、自分には正しくはたらかないことが大いにあるからだ。
 真のアドバイスはいたるところの散在している。
 わかるかな?
 今日起きて、見たテレビの言葉の中に、小説の一フレーズの中に、陽の光の中に。
 自分に必要なものは、全て自分にだけ分かっている。他人には分からない。
 必要なものには必ず反応するようにできている。
 自分の心が、夢泥棒たちに、同調すれば、その情報を自分の心が拾い出す。
 その国や近隣国で人が殺されたり、問題があったりした情報ばかりが飛び込んでくるようになる。

 自分が行くのだと決心すれば、現地で元気でやっている日本人や問題なく帰国した多くの日本人の話を聞くことだろう。

 どれを採用するかは自分にかかっている。
 どっちを取ることもできる。私たちには自由意志がある。怖ければ辞めておく、それを圧して何かを感じれば前に進む。
結果は自己責任。

そういえば、上司たちのアドバイスに従って、ここへ来ることを辞めた人たちのその後は知らないが、上司たち反対を押し切って勇気を絞りここへきた多くの看護師や医師、学生たちがその後、大丈夫かどうかを確かめにきた上司は一人もいない。
わかるだろ?
彼らは自分の常識を振りかざし、自分のために、そうだろ、部下の看護師や医師が抜ければ、自分の管理する状況が大変になるから、あれやこれやと心配をしたふりをしていただけであったということだ。
誰からも安否を気遣う、、、、連絡なし。

親すらも同じ。夢を盗むことには変わりない。
子どもは親が死んだ後も、何十年も生きていかなければならない。
たとえ愛情から出ていたとしても、余計なことを言って、子どもの人生を台無しにしても責任など取ってくれない。大人ならわかるだろ。
何十年も親を恨んで生きてゆく人生は正常ではない。

ゆめゆめ夢を盗まれないように。
by japanheart | 2009-03-12 00:43 | 基本 | Comments(0)

守・破・離

守・破・離

ジャパンハートのもうひとつの活動地カンボジアに、今2名の看護師と1名の医師が入っている。
そこで、今後の大まかな方針、現地の状況も自ら確認するためにカンボジアに来ている。

 看護師独自の活動を、自ら調整・構成できるか、これからの1年にかかっている。
ジャパンハートの研修を終了した、あるいはその途上で、自分たちが必要と思う場所で、必要と思われることを実現してゆく過程である。

 他人の考えたこと、他人のやってきたこと、それをなぞっているうちは、まだまだ最初の段階。
すなわち「守」。

 自分がたとえば私の世界観から出て行こうともがいている段階にさしかかってこそ、
すなわち「破」。

 こののち自分のオリジナリティーの世界をもててこそ、
すなわち「離」。

「破」にいたらなければ、この世界に対して自らの存在価値がなかったとも言える。
by japanheart | 2009-03-02 19:48 | 天職 | Comments(1)