特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

<   2008年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧

ミャンマー人スタッフ

ミャンマー人スタッフ

 今ミャンマーでは活動が大きく変化しようとしている。

 今までは多くの日本人と、優秀な少数のミャンマー人という組み合わせでここまでやってきたが、とうとう日本人の長期派遣スタッフの数を、ミャンマー人スタッフの数が上回ってきた。

 これは私がずっと望んできたことであり、ようやく少しずつ形になってきたのかもしれない。

 これから、多分、活動は大きく展開してゆくことになる。
 多くの優秀なローカルスタッフが揃えば、それは自明なことなのだろう。
by japanheart | 2008-09-25 01:42 | スタッフと想い | Comments(0)

また、がんばろう

また、がんばろう


 何か大きなスランプにおちった時、苦しいことにあったとき、どうしたらいいのか?

 私の恩師の母親は90才位で、昇天されたが、本当にポジティブで、何が起こっても決してマイナスには考えない人だったようだ。
 だから戦後の苦しい時代、主人を戦争でなくしても、何人もの子どもたちを育て上げ、年老いてからも多くの孤児や障害者たちのために死ぬまで忙しく働かれていたのだろう。

 ある心理学では、苦しくなったとき悲しくなったとき、人は下を向いて、暗い顔をして肩は落ち、口元はへの字になっているから、まず上を向き、明るく笑い、大きな声を出せばずいぶんといいのだと、書いてあったが。

 上の例のどちらも私には無理らしい。
 どうしても苦しければ、ポジティブなんか考えられないこともある。
 苦しいときに上を向いて笑ったりしたら、自分で自分がいやになるだろ。
 不自然すぎる。

 もう本当に、台風が早く過ぎないかなという感じで耐えているような気がする。
 やっぱり、日本人なんだなと思う。

 ひとつだけ、このようなとき、抜け出す方法を身にはつけている。
 時間はかかるし、苦しみも余り減りはしないが。

 それは、何もしないこと。
 食べて、寝て、ボーとして。これを繰り返す。
 時間はもったいないけど、繰り返す。
 考えたければ考え、考えたくなければ考えない。
 食べてければ食べ、寝たければ寝る。

 なるべく多くの人には会わないようにしながら。
 そうすると、仕方がないので、自分と向き合うことになる。
 どのくらいかは、時期や対象にもよるが、まるで充電したように復活してくる。

 身体が、動きたくなる。そしたら運動する。
 人に会いたくなる。そしたら会いに行く。
 いい空気を吸いたくなる。そしたら森林浴に行く。

 何かしたくなったら、自分からエネルギーが溢れている証拠だと思うことにしている。

  時を経ずして、復活してくる。

 この環境になって、本当にいろいろな人たちと知見を得たが、皆それぞれに苦しんでいるし、
 大変な人生を生きている。

 有名人でも、お金があろうとも、地位があろうとも、楽な人生はない、と本当に思う。

 自分だけ楽な人生とは、虫が良すぎる。
  

  
 
by japanheart | 2008-09-21 00:02 | 随想 | Comments(0)

続ける事

続ける事

 何年も活動をしてきて、何人もの人が私の前を通り過ぎていった。

 私はよく参加した人に、質問するのだが、このような活動を生涯続けてゆくつもりか?と。

 長期で参加した人たちは、ほとんどそのつもりだと答えることが多い。

 ある人は進学し、ある人は別の分野に行き、ある人は元の職場に復帰する。

 今も何か続けているのだろうか?

 また将来やりますでは、ライフワークとは言わないだろう。

 趣味というほうがいいかもしれない。

 様々な状況が起こるかもしれないが、途中でやめてしまっては、自分の言葉にあまりにも責任がなさすぎだろう。
 できないなら最初からあまり言わないほうがいい。自分への戒めもこめてそう思う。

 考え方が合わない、、、、それもわかる。
 自分の状況が今は厳しい、、、、それもわかる。
 経済的にもう持たない、、、、それもわかる。

 どれもこれも社会人にはよくあることだ。
 言い訳や妥協はいつでもできる。

 将来の陽の目を信じて、今、極貧に耐え、夢だけを追っかけている、役者の卵のほうがましか。

 私とあなたの状況は違う。
 私とあなたを比べて、うらやましがったり、妬んだりしても仕方ない。
 そうだろ。

 それぞれが自分で限界を決めればいい。
 その投資に見合った、報酬しか受けることはできないだけだ。

 今、いなくなった人たちは何をしているのだろう?

 言葉どおり、このような活動を続けているのか?

 続けることは、大変なことだ。
 
by japanheart | 2008-09-20 00:00 | 天職 | Comments(0)



 自分の活動の根は何であろうか?
 今見えているあらゆる現象は、おそらく葉に過ぎないのだろう。

 最近、人生で最大のスランプ状態にあって、本当にそのことを考えざるを得なくなっていた。

 最近、妻や看護師たちにもよくいう言葉は、私は生まれ変わっても医者には絶対にならない。

 その責任の重さに、医者になって17年目におののいている。

 そのことを口で言っても始まらないし伝わらない、と思う。

 
 そういえば、先日アプガニスタンで若者が殺されてしまった。

 代表の方が、悲しいコメントをしていた。親のような心境なのだと思う。

 私は、その人の気持ちが痛いほどわかる。

 本当はその人が死ねば楽だったろう思った。

 もし今後私の組織の誰かが同じ目にあっても、私は自分が死ねればよかったと思うに違いない。

 なぜなら、その人も私も、自分が始めたことに多くの人が巻き込まれて、今のような現実が起こっていることをよく理解できているからだ。

 自分が始めなければ、何もおこらなかった。
 若者も死ななかった。多分。

 本当に人を助けたいと思い、はじめたはずなのに。
 いつしか誰かが死んでいる。
 その因果の因は、自分。

 私が始めたことで死んでいった人たちのことが重く重く、のしかかるのだ。 
by japanheart | 2008-09-18 02:50 | いのちの重み | Comments(0)

風になって

風になって

 私にはどうしてもわからないことがある。
 
 ある僧侶の人が、数年前にはやった歌で、死んでも自分は墓にはいない、という歌がはやっていることを嘆いていた。
 にほんの宗教的には、やはり死んだ人は墓に入っていなくてはならないのだろう。
 墓の前で、お経を上げる意味すら薄れてしまう。

 そこに遺骨があり、静かに眠っている。

 だから風になってあちらこちらにいていることは不自然なのかもしれない。

 そう考えている僧侶の方も多いのかもしれない。


 63年前の戦争の遺骨がまだ100万も帰っていない。
 ほとんど誰も集めていない。
 僧侶の人たちも、中には現地にいって、お経を上げてくれる人はいる。
 しかし、遺骨は帰らない。
 毎年、お盆には僧の方たちは、うちにやってきてお経を上げるにもかかわらず、現地には毎年入ってはくれない。ほとんど一度か二度で終わり。

 本当は、こういう立場の人が、その遺骨を日本に持って帰るために先頭にたたねばならないのではあるまいか。
 すべての遺骨を、日本の僧侶たちが、取り返せれば、日本の仏教は蘇る。
 多くの若者が、参加することだろう。
 しかし、誰かそれを何年もやっている僧たちを知っている人はいるか?
 どうせ、誰も連れて帰る気がないのならば、せめて風になって日本に帰ってきたほうがいいではないか。

 ミャンマーには10万以上の遺骨が放置されている。
 日本政府は、相変わらず何もしてはくれないだろう。
 役人たちは、安全な場所で変わらず、生活を謳歌していることだろう。
 恩人たちの、顔を踏みつけながら。

 私の使命のひとつは、それを伝え、自らもそれを行なうことなのだと最近気づいたのだ。
by japanheart | 2008-09-16 02:51 | 戦争 | Comments(0)

過去と向かい合う

過去と向かい合う

 最近、いろんなことが上手くいかない。
 どうして、こんな風になってしまうのだろうと考えていた。

 ゆっくり時間をかけて色々整理していた。
 さまざまなことに想いをめぐらし、少しずつではあるが自分なりに、その答えを見つけ出していった。
 その答えはこれから、行動で示してゆきたい。

 その中で、特に最近私が意識したことがある。
 なぜ、自分が今もミャンマーに留まり、やっているのか。
 というオリジンをもう一度、再確認した。これが今でもその土地で私がやり続けている根に当たる部分であるからだ。
 
 「ミャンマー、それはわずか60年数年前、19万人の日本人が死に、多くの日本人がミャンマー人によって助けられた場所」

 ということに尽きる。

 少しうがって聞こえるかもしれないが、あの戦争の、多くのミャンマーでの悲劇と日本という国の未来のために散っていった日本人達の死を、語り伝え、日本やアジアに意味ある未来を生み出すことが出来る使命を、受け取った人間が、私なのかもしれない。と本気で思っている。
インパールの悲劇も、悲しい人々の物語も、今なを国から見捨てられたままになっている多くの遺骨の物語も私が伝えてゆく。
私が生きている限り、歴史は生き続ける。
私がちょうど戦後50年目にあの土地に降り立ったのも決して偶然ではないだろう。

 そして同じ力で未来を生み出して行きたい。



 
 
by japanheart | 2008-09-07 00:56 | 戦争 | Comments(0)

悲しみに震える

悲しみに震える

 1歳の子どもの患者が,術後に肺炎を起こして,亡くなった。

 何が起こったのだろうか?

 多くの困っている患者達がいる。それを治療したい私がいる。
 私が,治療する。
 多くの協力者やスタッフが集う。
 そしてまた,患者達が集まる。

 全ての始まりは私だった。
 そして多くの人々が助かったに違いない。

 しかし,私が始めたことで,今,かけがえのない命が失われた。
 この子を死なせてしまった責任と原因は私にある。

 今更ながら,人の命に関わるこの仕事に,震えている。
by japanheart | 2008-09-02 00:34 | いのちの重み | Comments(0)