特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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先日、長崎でのこと

先日、長崎でのこと

 先日長崎に行ってきた。長崎の離島にスタッフを送る計画を実行するための話し合い。
長崎県庁で話し合った。

 東京からこのために、わざわざある代議士が駆けつけてくれて私たちの後押しをしてくれた。
僻地医療の強化は本来、国や県など行政の仕事だ。それを私たちも少しは力になれればと民間人の立場で思っている。
 が、しかしである。肝心の行政が本気でそれを改善したいと思ってはいない。
 地方での医療不備は、きわめて人災に近い要素もある。

 
200の有人島を有する長崎で、行政の人の口からは、医療従事者の不足は聞いていないというものだった。
 そんなわけはないだろう!
都会でも不足している医師や看護師が、地方のしかも僻地に十分いているはずがない。

 僻地で働く医師も看護師も悲鳴を上げている。
だから、そこの住民たちは本当に気の毒な状況になっている。

が、しかし、そのことを県政の上層の人たちは理解していない。

 忙しいのは分るが、一度、時間をとって、島々を訪れ、医療従事者や島民たちの生の声を聞いてみたらどうだろうか?
 私ならばそうする。
 生の声を聞かずして想像や報告だけで、真の政治は実現できない。

東京からそのためにわざわざ駆けつけてくれた今回の代議士のように、本当にいいことだと思ったならば、たとえたった一人の国民や県民の声にも耳を傾け、実行に移すべきだ。

 
by japanheart | 2008-02-23 12:12 | 随想 | Comments(0)

東京事務局 開設

東京事務局 開設

 新しく海を越える看護団の東京事務局が開設した。

 これからしばらくの間はここを拠点に活動を広げてゆくことになりそうだ。

 住所は 東京都大田区西蒲田7丁目25-7 グレワンビル605号
  
 JR蒲田駅からすぐである。

 3月にはジャパンハートのほうの事務局も移転予定にしている。

 また同じく大阪市内の予定である。

 徐々に体制を整えつつある。
by japanheart | 2008-02-22 12:12 | 活動記録 | Comments(0)

天職の見つけ方

天職の見つけ方

 今日も再び妻との会話から。

うちの妻が今日も再び私に質問を投げかけてきた。

「どうしたら自分がどの分野に向いているとか、どういう分野に才能があるとかを発見できるのでしょうか?」

特別な才能を発見する、あるいはその人の天職を発見する方法は私にはひとつしか見当たらない。

 「目の前の仕事に同化するほどに、没入を繰り返すこと。」

 少し説明が要るが、たとえばそれが掃除であろうが、料理であろうが我を忘れて、必死にやってみる以外にない。そうすれば不思議と自分の才能ある分野に辿り着いている。
 だまされたと思って若い人たちはやってみてほしい。本当になるから。しかし、何年でそこにたどり着くかはその人に与えられている縁だから分らない。

 この同化と没入ということがキーワードになる。
 同化は少し説明すると、一流の野球選手が球を打つとき、自分の手や腕とバットの境界がなくなるような感じといえる。あるいは、一流の武道家が、腕の延長線のように剣や槍を使うのに似ている。すなわち一体化。その事象と、合一すると言い換えることが出来るかもしれない。
これは単に物質的なことだけでなく、場や時にも当てはまる。
 これを呼び起こす秘訣は没入するということ。

これらから起こるものは、すなわち自我の消失、もっと簡単に言うと、我欲の消失。
自分の進路を塞ぐのは、常に欲、自分の欲であるように思う。
才能や天職を見つけたければ、瞬間瞬間に我欲を消し去っていかないといけない。
それが上手くいかないと、人はやがてはその天職にたどり着くかもしれないが、時間を失う。

知らず知らずのうちに我欲の罠にはまる。自分ではなんだかんだと理由付けして、上手く自分をごまかしながら生きていけるが、きっちり自分で人生という時間を消費しながらつけを払う羽目になる。

 理性だけで考えているうちは決して直線では進めない。
最短距離をいきたければ、心と感性で人生を掴み取る必要がある。

だから私は、その時に一番大切で、一番必要なものたったひとつだけ、それだけを取りにいかねばならないと言っている。その目標は、航海での星の役割を果たす。あとはその星の方向を一度見定めたら、我を忘れて必死に舵を漕ぐ。ひたすら漕ぐ。時々星の位置を確認する。そして漕ぐ。

 この繰り返しで、才能を開花させてゆく。
by japanheart | 2008-02-20 02:22 | 天職 | Comments(0)

自分を観る

自分を観る

 今日、妻と話をしていてある話題になった。
今、妻が読んでいる本の著者(心理の世界の人)について、妻はこの人は凄い人だという意味のことを言ったので、私も同意した。
 しかし、「私は自由なんだ。」と妻に宣言した後、私はある質問を妻に投げかけてみた。

 「どうして、宮本武蔵や植芝盛平(合気道の開祖)は、達人になったのだろうか?」
 「どうして、孫正義(ソフトバンク社長)はあんなに事業ができるのだろうか?」

 妻は訳の分らない質問に、妻がポカンとしている。

 私は、こう答える。
 「彼らが才能があったからだ。」
 剣術や体術武道、あるいはビジネスであれ、同じことをしている人はごまんといる。
その中でなぜ彼らが、そのように達人になれたかと聞かれれば、才能があったからだとしか言えない。
 運や出会いも才能だと考えている。

 ひとつ何か大切なことを言えば、彼らは自分の一番才能を発揮できる分野に生きている。
だからそれを見つけることが才能を発揮するための必要条件になる。

 私は誰かを崇拝したりはしない。
その凄い心理の分野の人だって私たちと何も変わらずに育った普通の人間だった。少し見栄と向上心が強かったので外国に留学して、勉強してゆく中で、あるときスイッチが入った。そしてそこを突破口にして今を築いていった。そういう経過だと思う。

 誰もがこうなれる可能性はある。その宝の在りかを見つけるだけだ。

私はあるときには、ある人の考え方に傾倒する。またあるときには、別の考え方に傾倒し、あるときには数人の考え方を混ぜる。誰の考えも採用しないこともしばしばある。
そして、最後は自分の経験を振りかけて、勝手に哲学や考え方をつくっている。


誰をどのように使うかは、私には自由である。
何人もの様々な分野の達人たちが私のなかで融合している。新しい世界を生み出してゆく。
そして誰の考えにも染まらない。私は私のオリジナルと人生を一番信用している。だから、誰かを崇拝したり、狂信的に傾倒したりしない。

私は自由である。
by japanheart | 2008-02-18 01:12 | 基本 | Comments(1)

ラッセル車のごとく

ラッセル車のごとく

 私が最近よく使うフレーズがこれ
 「(ラッセル車のように)踏み潰して行く」
 という表現。
 
 踏み潰すものは、困難、中傷、批判、コンプレックス、否定的な自分、弱い自分の自分の心
、などなどである。

 一面の真っ白い雪の中を切り裂くように走ってゆくラッセル車は、私たち自身でなければならない。
 ただひたすら前に進んでゆく。何事もないように、雪の重さなど感じさせずに前へ進む。
私たちも、困難にあっても、ひるまずただひたすら前を見て進む。

 だから私の周りにいる人たちが弱気になったり、ひるんだりしているとき、私はすかさず、
「踏み潰して進んで行け」と指示を出す。

 これから私たちが成し遂げようとしていることに思いを馳せれば、ひるむ必要など何もない。
 胸を張って前へ進む。
by japanheart | 2008-02-16 01:23 | 基本 | Comments(1)

忙しく働く医師たち

忙しく働く医師たち

 最近接することの少なかった日本国内で働く医師たちに、少し接する機会が何故か増えている。理由はよくわからないが、以前とはその出会いの状況は違い、学会とか勉強会ではなく、海外であったり、私の講演会、学園祭などの機会が多い。
 彼らはかつての私の姿かもしれないが、客観的に見てみても、皆さんよく働いている。そして皆さんよく疲れている。そして現状に何故か不安と閉塞感を感じている。

 本当によくやっていると思うだけに、気の毒になってくる。
そういえば、今日、以前にのどを割り箸で突いて死んでしまった子供の裁判の判決が出ていた。医師は無罪だそうだ。様々なコメントを読むと、そんなことをさせている親が悪いという人や、医師が気の毒だという人や、様々だったが、私は本当に皆さん気の毒というほかない。
 死んだ子どもも気の毒なら、その医師に大丈夫だと言われて安心していたが、大丈夫ではなくて子供が死んでしまった親も気の毒なら、そんな経験も殆どなく青天の霹靂でそうなってしまって今も憎まれている医師も気の毒なのだ。
 憎しみのエレルギーはすざまじいから、きっとこの子供の親は自分の健康すらも害しているかもしれない。
 
 こんな時私は思う。
 誰か本当に裁判官以外に、お互いの立場を説明調整し、うまくどこかの時点でこの殺し合いのような裁判する前に何とかならなかったのだろうか?
 とても人生経験のある、そして科学的知識もある、きわめて公正な人格者が。

 今のような解決の手段しか日本にないならば、親はどのような結論が出ても、子供を失った悲しみと相手をいつまでも憎む気持ちは収まらないと思う。

 そしてこの忙しく働いていたであろう医師も何かスピード違反のような運の悪い出来事に自分が捕まり、もともとそうなったのは親が割り箸などくわえさせているからだと思ってしまう。

  お互いが自分の非を少しずつ認め合い、せめてこの亡くなってしまった子供の記憶が、これからの子供たちの健康と命に繋がるようにともに動ければ、可愛そうなこの子供の生は、本当に意味のあった生に昇華される様な気がする。

 忙しすぎる医師たちは、この国システムが作り出した存在だと思う。
突き詰めれば、自分たちが生み出しているとも言える。
 
 私たちはもしかしたら、もっと多くの税金を払い、もっと多くの医師をつくるのか、税金を払わず今のままで私たちも医師もこのまま耐えて行くのかという岐路に立たされているのかもしれない。
by japanheart | 2008-02-13 00:44 | 医者の本音 | Comments(0)
経験について、もうひとこと

 経験することについてもうひとこと、付け加えてみたい。

 経験する事というのは、どれ程大切なのか分るだろうか?

 少なくとも、いのちの現場と関わる私たちにとっては、このいのちへの哲学的アプローチをなくして医療を行うことは罪なことだと思う。
 海外で医療を行う上で、いのちと向かい合うということは如何なることなのか。これの答えを自分なりに、経験から抽出できてはじめて、その他へ目を向けた方がいい。
 
 実際の経験がなければ、知識は智恵へと昇華しない。
 たとえば、素振りもろくにしていない野球選手にいいコーチがついてアドバイスしても、ろくなものにならないように。
 型だけしか知らない武道家たちが、実践でいとも容易く敗れ去ってゆくように。
全ての型は、いのちを懸けた実践の中から生み出されている。

私たちも実践に人生を懸けて、何かを掴み取らなくてはならない。それを体系化するときにこそ、知識が必要になる。体験さえあれば、知識はその時手に入れればいい。


最近、多くの人たちが私の元にコンタクトしてくるが、なまじ大学院で知識を学んでいたり、そこに行くつもりの人たちほど、礼儀を知らない。
 吉田松陰の言葉を借りるまでもなく、知識を付ける最終目的は人格形成のためにある。
より高い知識をつけようとする者たちが、それより低い者達よりも、礼儀や作法がなっていないとは、笑止千万。それが出来ていないような人たちは、私のもとに来てもらわなくても結構。どうせここで少し参加しただけでも当たり前のように履歴書に記載するだろうから、私も迷惑する。

 だから私はそういう人たちを相手にする気すら起こらない。

私の中では、経験が知識の圧倒的上位に位置づけがある。
だから経験の少ない人は、知識がいくらあっても対等の関係は結べない。
by japanheart | 2008-02-12 10:00 | 医者の本音 | Comments(0)

大切なものひとつだけ

大切なものひとつだけ

 私の考えでは、人は最も大切なものをひとつだけ手に入れるように行動するべきだと考えている。
それを規定する大切な基準は時間。
 
 今最もやらねばならない、最も手に入れなければならないものを、自己に問い、それを手に入れるために全てのエネルギーをそれに集中する。
 海外でもし医療を志すことがあるなら、今大切なものをひとつだけ選び、それ以外は捨ててゆく。結果的に、いくつも手に入れることもあるが、それは、副次的なものだと考える。
 患者のために働きたければ、今そのことに集中する。それ以外にエレルギーを漏らさない。
 知識をつけることもいいだろう、お金を保証されることいいだろう、地位を約束されることもいいだろう。しかし、それは今でなくても手に入るものばかりだ。
今しか出来ないことを、今する。今手に入れる。それが時間を、大切にするということだ。

 少し智恵のある人ならば、経験こそ宝だと分るはずだ。

経験こそ、根である。知識は枝葉に過ぎない。
知識は経験によって智恵に変わるが、経験がなければただの情報に過ぎない。

そのことをよく多くの次世代に考えてもらいたい。

知識をつければ何か新しい世界が開けていくように勘違いをしているが、それは幻想に過ぎない。

 どうせなら本物にならなければならない。
 本物に触れれば、偽者の自分では自己嫌悪を起こしてしまう。

本当のチャンスは渋い顔をして、片目をつぶってやってくる、と言う。
何かしら自分にとって美味しい話は、自分の欲の部分に反応してそう感じている。

そのつけは、人生で償う羽目になる。

 
by japanheart | 2008-02-11 22:50 | 基本 | Comments(0)

最近の動向

最近の動向

 最近の動向として、昨年の騒乱以来、派遣希望者が減っていた。どうも日本人は臆病らしい。いつからそうなったのかが分らないが。
 派遣者の安全を守ることは、私の最優先事項だが、日本にいれば安全だと思っていること自体が、危機管理能力に欠けている。
 向こうは危険なところに近ずかなければ安全は保証される。日本はそうではない。どこで誰に傷つけれれるかすらわからない。
交通機関も日本のほうがはるかに死ぬ機会が多い。

 安全なところにいたければ、そうするほうがいい。リスクを犯した分だけ、人は手にするものが多いということはよく耳にする言葉だ。
 だから怖ければ止める。単純なことだ。ささやかに生きてゆくことは出来る。
ここで経験したあと、人生は大きくその舵を切ることになる。
それほどある期間ここに関わった人たちの人生は変化する。
 20代や30代で何を恐れているのか理解に苦しむが、自分の人生だから私は強要はしない。
好きにすればいいさと思っている。
 親や教師はアドバイザーではあるが、決まって保守的な意見を言う。
 彼らは自分の人生に責任は一切取ってくれないのだということが分らないのかもしれない。
 自分の人生は、自分で決めるもの。時には誰の意見も聞かないという選択肢もある。

 最近、派遣希望者が増えている。日本人はどうも忘れっぽいらしい。
 今年からはネパール、カンボジアと足を踏み入れる。
 
by japanheart | 2008-02-07 01:45 | 活動記録 | Comments(0)

怒らないこと

怒らないこと

 今回のミッションで私が余りスタッフを怒ってくれなかったといって先日帰国した看護師にたしなめられた。
一体、なぜに怒らないことを責められなければならないのか分らないが、どうも達観されると不安を感じるのかもしれない。
 いくら私が、怒るのが得意でも、たまには怒りたくない時もある。
誤解を多くの人たちに受けているので、あえて宣言しておこうと思うが、私は何かが出来ないことにはそんなには厳しくはない。
すぐにあれが出来ない、これが出来ないといって萎縮している人もいるが、それは時間をかければ解決する問題だと思っている。だから怒る気はあまりない。
 常に私が問題視して、厳しく接しているのは心のあり方の部分だ。
出来もしないのに、出来ていると思い込んでいる人間、出来もしないのに努力をしない人間。
あるいは自分がやったことをすぐに他人に誇る人間。

 他人は成果を評価する。しかし、努力はあまり見てくれない。
これだけ勉強しました、これだけやりましたはいいけれど、結果が出なければ空しい徒労という。
 
 努力は自分に対して誇るもので、他人に対して誇るものではない。

そういうメンタリティーが、私には怒りの対象になる。
今回の看護スタッフは、そういう意味では、いいと思っただけだ。
 
by japanheart | 2008-02-06 02:22 | スタッフと想い | Comments(0)