ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:随想( 55 )

美しさを求めて

美しさを求めて



 美しいモナリザの絵が目の前にある。

 この美しさきものを何とか自分のものにして所有したいと思う。

 そしてあらゆる力をつかってとうとう、それを手に入れる。

 

 目の前に本当に出会ったことがないような美人がいてこの女性をあなたの伴侶にしたいと思う。

 そしてあなたはとうとうその女性を妻にできた。


 また、あなたは自分のまだ幼い子どもが笑っているのを見て、なんとも美しくそして愛らしくなんともいえないような幸せな気持ちになりこの瞬間をなんとか留め置きたくて写真のシャッターを何度も切って記録する。

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 それから30年後、、、、。


 モナリザは相変わらずあなたの前にあり永遠の微笑をたたえている。

 時々その絵を取り出してみては何度も美しいと呟くのだ。


 若かったこの世のものとも思えないようなあなたの妻も50歳を過ぎて、髪にはかなり白いものが混じり、しわも深く刻まれるようになった。

 あなたは思う。「私の妻はいまだに美しいが、私が出会った頃の妻は本当に美しかった。初めて出会ったあの日、この世のものとは思えないような息を呑むような美しさだったな、、。」と。

 


 まだ笑顔が本当に愛おしく幼かったわが子は既に30歳を過ぎ、今ではすっかりいい男になった。背も高く、ひげも濃いが、なかなかのハンサムな息子だと今でも自慢である。



 それからさらに20年後、、、。


 モナリザは相変わらずあなたの前にあり、相変わらず永遠の微笑をたたえている。

 少し視力が弱くなってきたが、その美しさは本当にすばらしいものだと今でも思う。


 美しかった妻は、すっかりいいおばあちゃんになってしまった。

 しわは深く刻まれ、それが彼女のいろいろな人生の経験を物語っているようだ。

 あの頃に戻れてもう一度だけあの頃の妻に出会えたらどれほど幸せだろうか。


 息子も今では立派になり、彼の息子、すなわちあなたの孫もそろそろ結婚を考えていると聞いている。


 それから10年後、、、、、。


 今では取り出してみる機会はめったになくなったがモナリザは相変わらず永遠の微笑をたたえている。その美しさは本当にすばらしいものだと今でも思う。

 この絵は私は死んだ後、どうなるのだろう?それだけが気がかりだ。

 そのことを思うといたたまれない気持ちになる。


 妻は1年前に死んでしまった。毎日妻の写真を眺めては幸せだった日々を振り返る。

 出会いの頃、彼女は本当に美しかった。彼女と出会えたことは私の人生で一番の幸せだった。


 まだ子どもだと思っていた息子も孫に囲まれここしばらく会っていない。時々、ここに

子どももや孫をつれてやってきてくれる。

 ひ孫を抱いたとき、息子の同じ頃をふと思い出し幸せな気持ちになる。


 そして、、、、、、それから数年後。


 さてそろそろ私も臨終が近づいているようだ。


 モナリザの絵は、あの世にもっていけないが今でもきっと美し微笑んでいるだろう。

 目を閉じればいつでもその微笑を思い出すことができる。

 


 妻よ。そろそろそちらへ私も行くときが来たようだ。

 目を閉じれば、君との思い出がよみがえってくる。

 君は本当に美しかった。今でもその美しさは永遠だ。君のその美しさははっきり思い出すことができる。


 息子よ、私はもうすぐ旅立つがしっかり生きて行ってくれ。

 お前があの幼き日に私に向けてくれたあの愛くるしいほどの姿が、その微笑が何度私を勇気づけてくれただろう。本当に感謝している。

 こうして死の際にあっても、この脳裏にしっかり思い出すよ。

 ありがとう。




   、、、、、、、、、、。



 万物流転。何一つとして留まることはない。刹那刹那に全てが変化して、同じものなどない。

 どんなに美しいものでも時と共に変化し、それは失われていく。

 人の苦しみは所有できないものを所有しようとしたときに生まれてくる。

 たとえどんなに美しい女性でも、本人ですら、それを生涯、持つことはできない。

 否、一瞬たりとも同じ美しさを持つことなどできない。

 どんなに愛くるしい存在でもやがてそれは無くなってしまう。

 本人が自覚もないうちに。

 若さも感動も、人生で本当に価値あるものは全て。


 私たちの存在は時間に制約される。


 やがて全てを手放さねばならないときが来る。

 はじめからもてないものをもとうとしないことだ。

 そこに苦しみが生まれる。


 モナリザの美しさを所有などできないのだ。

 モナリザの美しさなどという決まったものは本来どこにも存在しない。

 その絵から感じる美しさは、あなたのそれと私のそれとは全く違うものだ。



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 どんな美しさもきっと自分の中にある。

 あなたがモナリザに感じた美しさ、若き妻に感じた美しさ、わが子に感じた愛くるしさ、それらはあなただけの特別なもので、あなたの心と頭の中以外、どこにも存在しないものだ。

 それを感じる感性さえあれば、いつでもどこでも、あなたの中に蘇える。

 それが本当に所有しているということだと思う。

 だから、物理的に所有などする必要はないのだ。

 それをすれば苦しみが生まれる。


 モナリザを見たとき、なんと美しい!と思う。

 若き日の妻に出会ったとき、なんと美しい人だ!と思う。

 幼きわが息子があなたに向かって微笑んだとき、なんと美しく愛くるしい!と思う。


 そう感じた瞬間、あなたは既にその全てを、その全ての美しさを手に入れている。

 それが永遠の宝であり、誰にも奪えないものだ。



 もっと言えば、その美しさははじめからあなたの中にあったものだ。

 人は自分にないものには感応しない。

 外部の刺激であなたの中のその美が目覚めたに過ぎない。

 はじめからその美をもっていたのだ。

 だからそれを外部に求めて所有しようとしてはいけない。


 私たちの人生は外へではなく、自分の内へと深く入っていくとき真実が見える。


  

 




 

 


by japanheart | 2016-05-20 14:06 | 随想 | Comments(0)

現在の価値を知る

現在の価値を知る

医者になって二十数年が経ち、もうすぐ50歳になる。
思えば、研修医の頃が懐かしくなる。
早く一人前になりたくて、いつも焦っていた。
中身はともかく、長い時間働いていた気がする。いつもチャンスがあれば寝る機会を伺っていた。
働き出してふと見上げた空に星がたくさん輝いていた。空はもう肌寒い秋の空だった。働き出して6ヶ月も空を見ていないことにそのときはじめて気づいた。
30歳になれば少しはましな医者になると思っていた。なってみたら全くもって大した医者にはなっているとは思えなかった。
そして100万円を握り締めて軍事政権下のミャンマーに単身乗り込んだ。本当は軍事政権だとは知らなかった。
30歳の頃の私は十分な医療をミャンマーの人々に施すことは出来なかった。いつもすまない気持ちでいっぱいだった。
30台で小児外科を学び、NGOも創設した。40台で少しはましな医者になっているかと思えば、満足できるレベルには達していない。
今から思えば、上を目指して毎日、毎日、とにかく体力にものを言わせることが出来ていた研修医の頃が一番幸せだった気がする。
能力も技術もなかったが、希望だけはあった気がする。

うちの父親は74歳で亡くなり、祖父は73歳だった。
もう一度、医師になってからの時間をすごしたときに、私はもうこの世に存在していないかもしれない。
ついこの前、医者になった、研修医をしていたと感じるのに。

時間とは無常なものだ。

どんなに努力し、優れた技量や強さを身に着けても、その存在と共にこの世から消えてなくなってしまう。

毎日、毎日、惰性を貪っていた過去が悔しくて仕方ない。
今も、毎日、失敗しても良いから若かったあの頃のように、体力のその限界まで自分と向かい合ってみたい。
夢などなくてもいい。
人にはもしかしたら理解してもらえないかもしれない。それでもいいのだ。


きっと今やらなくては、未来の70歳の私が後悔する。

時間は私の人生そのものだ。
今もこの瞬間も磨り減って消えてゆく。

今、この瞬間は過去の自分が夢見て希望していた通りの私であるだろうか?
今、この瞬間を私はしっかり味わい、そして恍惚の中で生きているのだろうか?
さくらの散る美しさを私は十分感じたこの春だったろうか?
五月雨をこの身に受け、毛穴を開き、その地球のしぶきをわが身わが心で歓喜と共に受け止めることができたろうか?
夏の熱い太陽の日差しを受け、この身に吹き出す玉の汗を喜びをもって、送り出すことが出来ていただろうか?

未来の目標や希望は私たちに力を与え、生きてゆくエネルギーになるかもしれない。
でも、そんなことより、今、この瞬間を心から味わい感じ、辛ければ心から苦しみももがき、うれしければ心から喜び笑う。
それ以上の幸せなどない。

1000年後、この世に今の誰もなく、今みんなが不満を抱いていることもこの世になく、すべては宇宙の闇に帰る。

うちの父親が死んだとき、病室で10時間その亡骸と二人きりだった。
私から見ても決していい人生でなかった親父から、「俺は後悔ないよ」という言霊がびんびん伝わってきた。
「お前もそういう人生を生きろよ」というのが親父の最期の教えだった。

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by japanheart | 2015-05-26 06:25 | 随想 | Comments(0)

人生はマラソンでしょ?

人生はマラソンでしょ?

 最近よくスタッフにアドバイスしているのは、この台詞。
 前からよく、人生を相対化しろというけど、こちらの方がずっとイメージしやすいと思う。

 医者としての私の人生がたとえ40年あっても、私の人生の一部に過ぎないから、ここは大切なポイントかもしれないけど、そこが全てではない。
 医者としての人生は、私の人生の前半中盤あたりから人生の後半にかけての時期ではあるが、普通に生きれば医者を引退してからまだ10年くらいは生きなければならないことになる。

 医者人生40年とすると、このうちの1年を早く走っても仕方ない。その時間に無理をして、ペースを乱し人生をガタガタにしたら元もこもない。
 また、医者としての人生を膨らましすぎて、人生の全てが台無しになっても仕方ない。
 
 こう考えて日々生きていくほうがきっと上手くいく。

 昔、岡山大学の大学病院外科で若い医者の自殺が相次いだ事件があった。
 何があったかはわからないが、最終的には心身喪失になったのだろう。
 この若い医者たちは、日本では確実にエリートで、大学に受かったときはさぞかし両親も本人も喜んだことだろう。
 でも結果から言うと、医学部に受からなければ、自殺などすることはなかった。
 医者にならなければ、そうならなかった。
 大きな大学病院に入らず、小さな地方の診療所に勤め、周りに大切にされていればそうならなかった。
 
 人生というのはトータルで見てみないとなんともいえない。
 人生全体を最高のものにするためにどう走ればいいのかを考える。
 これは人と比べてどうのこうのという問題ではない。
 人生はマラソンと唯一の違いは、スピード競争ではないということだ。
 しかもたった一人で走る競技なのだ。

 だからどのくらい早く走るのかということではなく、どのように走れたのかということが大切なのだ。
 自分の納得いく走りができたのか?
 ただそれだけだ。

 毎日を必死に走ることは大切なこと。
 しかし、この考え方のいいところは、自分が逆境のときに役に立つことだ。
 苦しいとき、思い通りにならないとき、人生はマラソンだから、この時間をどのように位置づけ、考え、過ごすのか。
 そのように考えるべきだ。

 本気のアスリートたちは、ペース配分を考えることがあっても、手を抜くことはない。
 このことは大切だ。
 だから毎日、必死に走らなければならない。

 大切なのは歩いてもいいから、途中で走るのをやめないこと。
 最終的にどんな走りになっても、手を抜かず必死に最後まで走ればきっとそれなりに「まあ、こんなもんかな」と自分は納得すると思う。

 という自分ももう後半に入っているので、これからどんな走りをするのか、したいのか、今も必死で走りながら考えている。
 


by japanheart | 2014-10-13 03:03 | 随想 | Comments(0)
ファーストレディー 安倍昭恵さん について

色々揶揄するマスコミもいるが、私が知っているファーストレディー 安倍昭恵 さんについて語ってみたい。

彼女とはじめて知り合ったのはご主人がまだ、官房副長官の頃だった。

昭恵さんは以下のように私の中でイメージされている。

1)日本のことがとっても好きで、本当に日本のために生きようとしている。
2)涙もろい。
3)私よりはるかにお酒が強い。
4)できる限り公平性を持ちたいと心がけている。
5)一本気。

江戸時代のどこかの姫様みたいなイメージがある。

2008年ミャンマーがサイクロン、津波による被害で14万人も亡くなったときに渋谷の街頭に自ら立ち募金を呼びかけていた。現役のばりばりの政治家の奥さんでこんなことをする人はいなかった。
今も、東北にあしげく通っているが、政治家の妻としてより、一人の人間として通っていると思う。

私は彼女が日本のアジアや途上国に対する国際人道支援の広告塔にもっともふさわしい人間だと思っている。
彼女のような人が広告塔になってくれれば本当に日本のイメージもどんどんアップすると思う。

これは僕の勘だけど、将来はご主人よりも別の意味で名前を残すのではないかと思っている。

70年も前にミャンマー(ビルマ)のような国で亡くなった日本の人たちのことをいつも心に留めていてくれる人に悪い人はいない。
私も彼女もそういう意味ではミャンマーという土地で歴史の声を聞いた人間だと思う。

私の背中にも、彼女の背中にも、20万人の日本の人たちの”日本をよろしく!”と言う声がいつも木霊している。




by japanheart | 2014-09-28 10:05 | 随想 | Comments(0)

芸術としての人生

全てを手に入れた人は最後に何を求めるのだろう?
学生で企業家を目指す人たちを前に人道支援について講演会をした時に、ある学生が私にこう感想を述べた。
「とは言っても、僕は金持ちになりたいんです。」

それでなくても今時の人は、昔の大名みたいな生活をしてぜいたく品を食べ、
便利な乗り物にのり、病気の時はしっかり医療を受けることができ、、、、。

人は、果たして最後にたどり着くのは、、、どこなのだろうか?

大きな目標を掲げ、前に向かってどんどん進み、大きくしっかりとした時間の中で生きる。
子どもの頃の、小さな時間で達成される目標から始まり、しっかりと時間をかけなければならないような目標にどんどんシフトし、
やがて人生の多くの時間を費やさねばならない目標に取り組む。
それらがおおよそ達成されるような事態になったときに、さらに大きな目標はその向こうに見えてくる。
若い頃は、大きな目標を達成することが喜びで生きがいだった。
達成したときの自己肯定感はたいしたものだった。
しかし、いつからだろうか?
大きな目標を達成しても、若かりし頃のあの感覚は蘇らない。
生きがいとか、充実とかそういう日々を与えてくれそうで与えてはくれない。

極大は至りて極小にいたる。

長い時間を賭けて大きな目標を達成していくと、やがて満足感とか充実というのは目標そのものの中にはなくなってしまう。
目標は所詮、目的になってしまう。

そしてやがて悟るのだ。満足感や充実というのは長い時間を無限に細切れにした中にこそあるのだと。
すなわち、全ては瞬間の中に宿るのだと。
そしてその中でしか充実などという感覚は得れないのだと。

日々、生きている実感がほしければ、少しでも密度の高い瞬間を持つしかない。
多くの時間はその瞬間のために犠牲にされる。
しかも歳を取り、自分に何も課さなくなった人間からはこの瞬間、永遠なる現在は失われていく。

お金がほしければ求めればいい。
それを目的にしてしまえば、やがては”永遠なる現在”から遠のいていく。
若い頃はお金や権力のパワーに振り回される。
それはそれで若い頃は充実も満足感も得ることができる。
しかしいつしか、同じパワーに満足できなくなる自分を感じることになる。
まるで麻薬中毒患者のように。

若かりし頃魅力的だった多くの人間が年老いて魅力が衰えていくのはどうしただろうか?
肉体が弱り、老衰していくのは仕方ない。
しかし、私は人間力や芸事というのは極論すると、死ぬまで進化するものだと思っている。
だから武道の達人は書や絵画の達人でもありえるのだ。
武道の最高の極意は、戦わず勝つというのがある。
これは技術に支えられた人間力のなす業であり、芸術の領域に属するものだ。
年老いた白髭の老人が若い猛者たちをバッタバッタと倒していく武道の達人のイメージのようなものが強くある。

自らの人生に何をどう課すのか?
それが最も大切になってくる。

人生50年。
ここから先は、それぞれ人は芸術性を帯びていかねばならない。



by japanheart | 2014-09-23 10:25 | 随想 | Comments(0)

折に触れ

折に触れ

最近はどうも昔のことをよく思い出す。
子どもの頃、中学生の頃、高校の頃のことなどなども思い出す。
その時々で自分なりに一生懸命のつもりだったのかもしれないが、本当に時間がもったいない人生を過ごしてしまったと思う。

先生も後悔してるんですか??
とよくスタッフにも言われるが、当たり前に普通の人以上に後悔している。
悲しいかな時間は戻らない。
どうしてこんなになってしまったんだろうか?とよくよく考えてみると、原因はたった一つのことに辿りつく。

”正しいと思ったこと、いいと思ったことを実行しなかった。
実行してもすぐにあきらめた。”

ホントこれだけだった。
お粗末さま、、、、。

これからどれほどの時間を有意義に使えるのだろうか?

私は世の中でそれほど重宝はされていないと感じることが度々ある。
多分、私自身が世の中を大切にしていないからだろうと思う。

それと同じなんだろう。
自分がいいと思ったことや正しいと思ったことを自分の人生で自分に形にしてあげないから、自分の人生は何も返してはくれないのだろう。
 
10代のとき日本でグタグタしているくらいだったら、アジアやアメリカの学校へでも行けばよかったかな。
勇気を出して。
今ならば、こころから奇声を発して気合をいれ、全力で突っ込んでいけると思うが、、。

若い世代には、私からのお願いなんだけど、どうか10代や20代の頃の私の敗戦の仇を討ってもらいたい。
よろしくお願いします。



折に触れ、その時代の自分を映す歌を最近、思い出している。

面白いことに、自分の人生のなかで何度も現れた人生の歌というべき歌が2つあった。

中島みゆきの ファイト!
という歌と
竹内まりあの 時空(とき)の旅人
という歌だった。

私の尊敬する偉大なミュージシャンの
浜田省吾さん と 氷室京介さん  の人生の歌としては現れなかった。ちょっと残念、、、。
歌もさることながら、彼らはその存在そのものが、レジェンドだから許してもらおう。
きっと僕なんかよりも、もっともっと彼らを必要とする多くの人々の”人生の歌”として彼らの歌は存在している。

やっぱり音楽はいいな。
すごい。

私もせめて彼らのように、彼らの歌のように人々の人生を色づける存在になれるように、まだまだがんばるしかないな。
50歳にして振り出しに戻ったような心境だ。







by japanheart | 2014-09-03 05:51 | 随想 | Comments(0)

こころの年齢

こころの年齢

こころの年齢というものがある。
最近、サプリや食事療法、肉体改造などによる今流行りの実際の年齢よりかなり若く見える体の話が巷を賑わしている。
しかし、私の経験から言うと、もちろん肉体が若いのはいいことだという前提だが、実際にある経験を人生の中で味わっていくときの幸せ度は、肉体の若さと相関せず、こころの年齢に相関してそれが決まる。

分かりやすくいうと、いくら50歳で20歳の肉体が持てても、所詮、50歳のこころので感じる幸せしか感じることができないということだ。
50歳で、20歳の女性と恋愛しても、20歳の頃のような気持ちや感動はなく、50歳、その年齢相応の恋愛しかできないということ。
一瞬、感情の高まりはあるかもしれないが、それは長続きはしない。

人には、こころの年齢に見合った生き方、感じ方というものがある。
そのことを知らねばならないだろう。

それぞれの年齢に見合った経験を積み重ねていく。
人間とはそういう風に、生きていくしかない。

今の私には、人生の大きな目標というのは存在しない。
ジャパンハートの代表としての目標はあるし、医師としても目標もある。
しかし、私のという人間の目標は存在しない。

私という人間は、ただただ、生きていることに幸せを感じることしか有り様を表せないのだ。
到達点もない。
今、このときを、いかに密度高く充実した時間にするか、それしかない。
”永遠なる現在”を意識した生き方。

そういえば、こころの年齢を重ねると感じることがある。
私だけにある感覚かもしれないが、時代とのマッチングを色で見分けるという感覚だ。
今までの時代は、原色の時代だった。
濃い赤や茶色、青もそう。
しかし、これからは薄い色の時代になる。
薄いピンク、薄い青、薄い緑。
そういうイメージを持っていない組織は時代に取り残されていく。

たとえば古いデパートは何色をイメージする?
医師会などの制度は、どんな色?
日本政府は何色だろうか?

ジャパンハートはもちろん薄い色に導いていく。

まあ、そんなこともこころの年齢を積み重ねると何となく感じるようになる。
肉体は、衰えを隠せないが、歳を少しずつとっていくのも悪くないかな?と自分を慰めている。



by japanheart | 2014-06-29 19:45 | 随想 | Comments(0)

10年後

10年後

10年後は一体どうなっているのだろう?
考えても仕方ないが、時代に振りまわらされたくはない。
最近のキナ臭い世界情勢の中で、あなたの家族や日本が今のまま安全であることなど誰が保障してくれるというのか?

人間は目の前の日常にしっかりコミットしなければならないが、いつ何時何が起こるかわからないと心の準備をしておいたほうがいいというのが私の見解だ。
 武士道が日本国民にそういう形で残っていけば、大いに意味がある。

 たとえ日本という国家がなくなっても、私も私の子どもや子孫もどういう風に生き残らせようかと考える。
 手に職を持つという方法は今も昔も有効な方法だと思う。
 さまざまな角度から、そういう視点を持ってみるのもいい。
 迫害の歴史が長かったユダヤ人たちに、医師や弁護士が多いのは偶然ではない。
 人の秘密を知ることができるポジションにいることは、彼らの安全弁だった。
 世界に最も移民が多いのはイタリア人・アイルランド人・中国人。
 過去の歴史に中で迫害の憂き目にあってきた歴史がそうさせたのだろうが、今やそれが彼らのさまざまな安全弁になっている。

 医療者の世界はどうなるのだろうか?
 医は仁術というのは、もう昔話になるかもしれない。
 社会も医療者に、人格を求めるのはいいが、それ以上の自己犠牲を求めてはいけない。
 これからは、医療を行うものは外国人になるかもしれない。
 期待が大きければ、また落胆も大きい。

 10年前、今の世の中を予想できて人はどれくらいいただろうか?
 20年前、この世からソビエトが消え、社会主義が消えていった。
 25年前、韓国は軍事政権だった。
 40年前、中国は文革をしていて、国民はみんな飢えて青い顔をしていた。
 50年前、日本は高度経済成長を駆け上がり、オリンピックをすでに終えていた。
 70年前、日本は戦争で焼け野原。壊滅状態だった。

 時間はあっという間にすぎていく。しかし、それ以上に時代が早く流れて私たちを翻弄するかもしれない。
 だからこそ、準備が要る。


 昔、乳がんの患者は早期に病院に行かなかった。
 私は若い頃はそんな患者たちを時々診たし、アジアでは今でも当たり前に見る。
 乳がんは、成長し、やがて皮膚を突き破って破裂する。
 そして噴火した火山のような形状になる。
 そこに感染を起こし、膿をマグマのように垂れ流す。

 しかし、患者たちはなぜそれほどまでにひどい状態何に病院に行かなかったのか。
 現実を受け入れられないこころ。
 それ以外に何があったのか?
 それは、今日の乳がんの様相と、昨日の乳がんの様相、そして明後日のその様相が、見た目にあまり変わらないからだ。
 一日一日は、それはほとんど変わらないのだ。
 しかし、その一日が積み重なって6ヶ月になったとき、大きく変わっている。
 1年たったとき、どうなっているのか?
 やがてその変わらない塊が破裂し、感染を起こし、異臭を発するのだ。

 変わらない一日を、見過ごしてはいけない。

 

by japanheart | 2014-04-21 13:27 | 随想 | Comments(1)
自分でがんばるしかないんだ

 人生は、自分でがんばるしかないといえば、確かにそうかもしれない。

 先日、北海道に行った。
 昔から北海道の人たちがよく、北海道の不景気はひどい、ひどいと言っていた。
 だから、みな生活が大変なんだよと。
 まだ雪も残っていて寒いから余計にそう感じたのかもしれないが、本当に寂しい感じがした。
 札幌は今回行っていないが、千歳から小樽、岩内へと抜けた。
 どこの町にっても人もまばらだし、観光客も少ないし、飲食店もガラガラのような気がした。
 
 その後、沖縄にいった。
 沖縄も似たり寄ったり、暖かい分、幾分気持ちは沈まないが、はやっている店はごく一部、季節柄か、勧告客があふれている気配がない。
 産業があまりない沖縄が、この程度の観光客で大丈夫かと思った。

 少しでも客のあまりいない店で食べてあげよう、とふと感傷に浸っている。
 こんな感傷のあり方は、子どもの頃と変わっていない。
 日本人の性か、何となく、そういう人々や光景に哀愁を感じてしまう。
 客のいない店の中で、静かに一人テレビを見ているマスターや女将。
 がんばって家族経営で何とかやりくりしている旅館。
 こんなのは、昔から当たり前の日本の一風情?でありきたりのものだった。

 しかし、何とかしてやれよ!日本政府。今のままじゃまずいだろ?って言ってしまいそうになる。

 しかし、アジアやミャンマーの人たちと接していると、はじめから政府を頼っている人々なんていない。
 当てになんかしていない。
 当てにしても仕方がない。
 何かあっても自分で、自分達でなんとやって行く。
 それが当たり前。
 
 洪水になっても、あっさりしたものだ。
 自分達で掘っ立て小屋を作って、生活し、収まれば、当たり前に元いた場所に帰っていく。
 毎年のように見る光景だ。

 私がアジアで学んだ大切なことは、結局、自分でがんばるしかないってことだった。
 誰かを頼りにしたり、当てにしたりしていたら、自分の能力が制限されてしまうということだった。
 精一杯努力して、誰かに助けてもらうことはあるかもしれないけど。

 北海道の人たちだって、沖縄の人たちだって、自分でがんばるしかないんだ。
 同情をもらったって、他人の同情など長続きするわけがない。
 
 今の若者も同じ。
 結局は自分ががんばるしかない。
 夢や希望がないというけれど、毎日、空爆にさらされた70年前の戦争中や戦後の焼け野原の頃の日本の若者達よりはよっぽど、希望や夢もてるだろ。
 
 テレビの向こうのかわいそうな境遇にある子どもを見て、みんな同情してくれるけど、どうせすぐに忘れる人たちばかりだ。
 人間というのはそういう生き物だ。
 それを責めちゃいけない。
 
 大切なのは、子ども達が自分達でがんばることだ。
 ただそれだけだ。
 その同情してくれた人たちの中のそのまた少ない人たちだけが実際に助けてくれるかもしれない。
 それは神様の助けみたいなもので、本来、望んではいけないものだ。

 だから、誰かに頼るこころではなく、何があっても自分が自分の力でがんばって生きていくんだ、という事が当たり前に根付いている人間をつくりたいと思う。
 
 
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by japanheart | 2013-04-20 00:34 | 随想 | Comments(2)

新刊のお知らせ

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新刊のお知らせ

 新しい書籍をすばる舎から出すことになりそう。

 今月21日(11月21日)が発売日になります。多分。

 タイトルが、結構長くて????


 「1度きりの人生だから絶対に後悔したくない! だけど、まわりの目が怖くて、なかなか動けない……そんな20代の君が1歩を踏み出す50のコトバ

 てな感じになっています。

 アマゾンではすでに予約ができるようです。

 またお知らせします。

 
by japanheart | 2012-11-05 03:01 | 随想 | Comments(0)