特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:医者の本音( 102 )

未来の可能性をぼかさない


  重ねて言うが、未来に可能性を丸投げしてはいけない。

  どんな名言集を紐解いても、今(現在)を生きろ!と書いてある。

  将来、しっかりと技術を身につけてからきますとか、英語をもっと勉強してからきますとか、
  今は、これの習得に専念してから、いつの日にかとか、とか、、。

  私なら、今やれる可能性があれば、今やるに決まっている。

  どっちの可能性が、時間の経過とともに失われていくかを考える。
  失われていく可能性が高いほうが、今やるべきことのはずだ。

 例えば、救急をやりたいという若い世代は多い。
 それをやってから、海外医療をと考えていますという人も多い。

 私はこの考え方には賛同しない。

  救急は、帰ってからでもいつでもできる。
  2年待ったからとて、どれほどの違いが生まれるか?
  結婚したって、こどもができても、基本的に何も変わりはしない。

  じゃ、海外医療はどうよ??
  結婚して、2年も海外行くことを許してくれるような心の大きい伴侶を、あなたは手に入れる自身ある?
  かわいいわが子どもを、置き去りにして私みたいに2年も海外に赴任する健忘症に陥る自身ある?

 ないやろ!普通は。

 じゃ、今やるべき順番は決まっている。

 未来に、可能性を丸投げしてはいけない。
 どうせそんな人間の人生はやり残した思い出の残骸で埋め尽くされている。
 本人は知らないかもしれないが、その残骸には、多くの人たちの期待もたくさん埋め込まれている。
 自分のみならず、他人にも期待はずれのあなたの人生がそこに晒されている。
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 そういう人間は、子どもの頃きっと親にこう言われたに違いない。
 
 おや:「宿題おわったの?」
 
あなた: 「後でする。」

 今しかできないことこそ、今しなさい!

おや:「あとじゃなくて、、今しなさい! 今!!」


 大きくなったら、親は何も言ってくれない。
 

 
by japanheart | 2012-10-08 14:41 | 医者の本音 | Comments(1)

明暗分ける40台

明暗分ける40台

 40歳代後半のいわゆる私と同世代の人たちを見ていると、やはり覇気がない人が多い。
 私も結構、ため息はよくつくが、これは若いときからのくせ。
 20歳代、30歳代の生き方が、40台以降の人生を左右することはいうまでもないが、その期間どんなにがんばって40歳代になってもそこで失速していては意味がない。

 海外で医療ボランティアを志していた若かりしころ上の医師たちから、最も多く聞いた台詞は、
           「私も若いころしたかったんだが、できないままにこの年になってしまった」
と、今の私の年より若い医師たちが言っていた。

 学生時代に海外で恵まれない人を救いたいと思って医師や看護師になった人は結構、いる。
 ジャパンハートができて約10年、多くの学生が来て、そんな台詞を彼らから聞いてきた。

 社会人入学で医学部に入った人たちも多くいたが、彼らはお金持ちになりたいからって社会人入学したわけでもなかろうにと思う。

 一生懸命、医療に専念することは悪いことではない。もちろん。

 しかし、そうすることが自分の人生を潤し、一度しかない人生を、なるべく豊かにする過程でなければならない。
 齢50を前にして、すっかり意気消沈し、元気をなくし、医療への探究心をなくしている人が多き現状は、
 若かりしころの夢を、お金や安定と引き換えにし、気がつけばすっかり元気をなくし動けなくなってしまっているのではないか!?

 本当にこんな医療者としての生涯でいいのか?
 こんな人生を想像していたのか?

 人は、自分を守る防御反応か、必ず自己正当化をする。
 私が、なぜしなかったのかと聞くと、いろいろともっともらしい理由をつけて、自己肯定することだろう。
 だから、ばかばかしくて質問などしないが。
 一度の人生、それでいいなら、別に私は困らない。

 芭蕉は確か齢46になって、奥の細道の旅に出た。

 そろそろ、あなた方も、自分の奥の細道の旅に出ないと、間に合わないかもしれない。

 芭蕉は、その後、長崎へ向かう旅の途中、胆石に斃れる。

      ”旅に病んで、夢は枯野を駆け巡る

 あなた方の夢は、元気なうちに駆け巡らせたほうがいい。

 人生はいつまで続くかわからない。

 どんなもっともらしい理由をつけても、死はお構いなしに、時が来ればお迎えに来る。
 

 
 
 
by japanheart | 2012-09-21 14:23 | 医者の本音 | Comments(0)

ちょっと夏休み

ちょっと夏休み

 最近、学生に機会が多くなってきた。
 それはそれで、悪いことではない。

 日本の国の学生は甘えていてどうしょうもないと思っていたら、海外の学生も結構同じで、こんなものかもしれない。
 それでいて結構、やるなっと思わせる奴らもいるんで、こっちも真剣に向き合わざるを得ない感じになっている。


 私の誕生日にちなんで、後進の人たちに一言。
 
 早く自立しなさい!
 しかも、1日でも早く。

 私は30歳になってすぐに、100万円を握りしめてミャンマーへ乗り込んだ。
 そして今、ここでこうしているわけだけれども、47歳にして思っていることは、2年遅れた!ということだ。

 あと2年早く動いていたら、もっと違う世界があったような気がする。
 もっと前に進んでいたような気がする。

 47歳にして思っていることは、同時に、あと思いっきり動ける時間が30年ほどしかないかもしれないということ。

 はっきり言って、焦っている。
 時間が無さ過ぎる。

 しかも体力がだんだんと失われていくことは避けられないことは、自明。
 動きが制限されるということだ。

 若い間の時間は、特にお金には代えられない。
 年をとっていくほどにその価値はわかるのは、残りが少なくなってきたからで、70歳の1年より、20歳の1年の方が、値打ちだよ。
 
 どんなに時間をセーブしても、後悔はするだろうが、しないよりしたほうがいい。

 だから、恋愛でも勉強でも、なんでもいいが思いっきりやってみたほうがいい。
 思いっきりというのは、我を忘れてという意味だから。

 勉強でも気がつけば2年くらい経っているというくらいに、毎日そのことしか考えないくらいに生きるということ。
 恋愛だって、ボロボロになるまで突き進めるか?
 どうせ人生1回だから、天国と地獄の両方を見たほうがいい。

 何でもいいだよ。
 自分の持ってるモノを全て捨てるくらいの覚悟で。
 プライドも捨ててね。

 この前、ある学生が来たんだ。
 内定もらったけど、それを捨てていいって。
 勇気があるね。
 既に自立しようという意志がある。

 社会の既得の常識からの自立。
 将来への不安感への対峙。
 自分への信頼心。

 これらすべてがうまく働かないと、そうは行動できない。
 
 将来、安定を失っている日本という国の、日本企業を信頼し、よく信用できるな、多くの若者たちよ。

 国を信じるな。、企業を信じるな。自分を信じなさい!と言いたい。


 私のところにくる若者がいれば、容赦はしないが、面倒は見るよ。

 さあ、どうする?
 日本の20代、30代の若者たちよ。
 来る人いるかな???

 
 
by japanheart | 2012-08-13 01:27 | 医者の本音 | Comments(1)

弱者の本音

弱者の本音

 思い起こせば2004年、私がジャパンハートを立ち上げたとき、何もなかった。

 お金もなければ、人もいない、ネットワークもなければ、支援者もいない、おまけにミャンマーの片田舎で貧乏人相手に医療をやっている人間のことなど、身内以外は日本の誰も知らない、そこからのスタートだった。

 あれから10年も経っていないけど、テレビ局の視聴率が1%100万人と換算するならば、日本の1000万人以上の人たちが、何らかの形で私やジャパンハートのことを知ったことになる。

 私は確実に、弱者だった。
 何もなかった。
 技術は誰も取らないといったが、私にあるのは数人の仲間とわずかなお金、そして医療の技術だけだった。
 しかし、その技術が日本と違い、直接、お金を生み出さないところが、歯がゆかった。

 結論から言うと、しかし、時代が味方してくれたのだ。

 2004年ころから急速に、日本中に急速に広がったものがあった。
 ちなみに、鳥インフルエンザではない。

 それは、インターネットだった。
 今では、検索は日本中、グーグルが使われているが、当時はグーグルにヤフー、ライブドアなど、結構自分たちで検索サイトを運営していた。

 その時代の流れが、私を助けてくれた。
 たとえお金がなくても、ほとんど無料でWEBを通じて、24時間365日、日本中にリクルートをかけることができた。自分たちの成果を報告することができた。ミャンマーの片田舎にいて、医療をやっている人間のことを知らせることができた。
 そして、電話など通じなかったミャンマーからメールで返信できた。
 
 双方向のコミュニケーションが成立したのだ。

 私がジャパンハートを立ち上げる時、私が以前所属し、もめてやめた団体の代表は私の前では応援する!と言ったが、裏では「そう簡単にうまくいくはずがない。私がこの団体をここまでするのにどれほど苦労したことか。」と当然、失敗すると思っていた。

 確かに10年前ならば、そうなったかもしれない。

 しかし、既に時代は変わっていた。私より20歳以上も年長のその人は、このネットの世界の威力を本当に自覚していなかった。
 WEBの威力を操れるものは、”神の手”を持った如くに振る舞える。
 この”神の手”を少し振ってみた。

 私は弱者だった。
 だから悩んだ。だから、考えた。だから、早く行動した。
 
 人生の一時期、このような期間は絶対にいる。
 
 そしてその行動体系は、おそらくこの組織が世界一になるまで継続されることだろう。
 さらに今年から、この”神の手”を激しく振ってみたいと思っている。
 

 
 
by japanheart | 2012-08-05 13:37 | 医者の本音 | Comments(0)

開祖を超えよ!

開祖を超えよ!

 よく「道」のつく会からの講演があるとこの話をする。

 武道、茶道、そして宗教も。

 現存する大きな伝統宗教などは、平安から鎌倉時代にその流派が興されていることが多い。

 それが1000年近く残って現在に至る。

 それぞれの流派には,その始祖,すなわち開祖が存在する。

 その宗教の一派が生み出された時代、日本は疫病や飢餓、災害など今の人たちが見ると目を覆いたくなるような状況だった。
 世界中どこでも多分、同じだったかもしれない。

 昭和の戦争前ですら、日本人の平均寿命は45歳程度だから、多くの子どもたちが死んでいた。
 その少し前には,2 ・2 6 事件があり、東北地方の惨状を嘆いた一部の軍部がクーデターをおこしたとされている。
 ましてや平安鎌倉時代、人は当たり前に死に、子どもたちの数人にひとりは普通に亡くなり、食べ物は始末で、食物は安定的に与えられることはなかった時代。
 ただそこに生きているだけで、開祖たちは悩み、傷つき,考え、苦しんだ。
 だからこそ、新たなる真理に目覚め、流派を興した。

 今は,恵まれすぎて宗教者も、かつての開祖のようには悩み・傷つき・考えそして苦しまなくなっている。
 だから、開祖の心が分からない。
 開祖の生み出したその教えの真の意味が分からない。

 それは武道の型に似ている。
 型は,かつての達人たちが生み出したものだ。
 すなわち達人でなければその方の意味を理解できないし、使いこなせない。
 型はその達人が、未熟であった過程で創り出されたものではなく,完成されたあとに創り出されたという事実がある。
 それゆえの理を真に理解し体現するためには、それを生み出した達人と同じレベル以上でなければ,理解できない。


 宗教も,同じ。

 それ故すべての求道者は、その在り方として 開祖を超える という志を持って修行しなければならない。

 それ無き者は、その道を廃れさせる一員となる。

 開祖がいかなるレベルにあろうとも、その道に入った限りは、それを目指さなければならない。


 だから開祖を崇めてはならない。
 崇めれば、そこには到達できない。

 キリスト教のように、相手は神ではない。

 釈迦も親鸞も日蓮も、千利休も小堀遠州も、植芝盛平も宮本武蔵もすべて人なり。

 自らの個性を著しく開花させた人たちである。

 心すべきはすなわち自らの個性の著しき開花。

 これのみ心がけ日々、道を進む。

 
 

 
by japanheart | 2012-07-04 23:22 | 医者の本音 | Comments(0)
本当の望みが実現してゆく

 最近気付いたことがある。
 人は本当に望んだことしか実現しないのかもしれない。

 医者になりたいと、学力のない私はある日思った。
 同じように思っていた友人も何人かいたが、望みが叶った人は数少ない。
 私はもちろん、ない頭を絞って勉強した。
 しかし、余り成績は上がらなかった。
 それでも大分たって知らず知らずのうちに成績が上がって、結果的に医学部に合格したが、別に何かを変えたわけではない。
 偶然かそうでないかは知らないが、勉強に集中できるようにあらゆる人たちと望んでもいなかったがなぜか、疎遠になっていった。

 そしてなぜか勉強時間が短くなっていった。どう考えても6時間が限界の毎日の自習だった。
 あの頃、毎日夜の9時が私の消灯時間だった。
 朝、4時半に起床し、毎日ランニングして朝から風呂に入り、予備校に通った。
 
 どうして、医学部に受かったのだろう??

 その答えを25年以上たった最近見つけた。

 私が勉強と同時にしていたことがある。
 それは、医学部に行くことを、頭ではなくこころから私自身の欲求にする習慣だった。
 毎日、私が睡眠前にしていたことは、なぜ私が医学部に行かねばならないかを夢想することだった。
 そして医者になってどう行動するのかを決めることだった。

 毎日不安に駆られながらそれを続けているうちに、医学部に行くことは私のこころからの要求に変わった。
 だから、エネルギーの失速もなく、ばかばかしいと思いながらも勉強をペースを落とさずに続けることができた。
 やがてその欲求の実現に向け、現実が動き始めた。気がつけば、私は医学部にいた。

 それと同じように海外医療を私の本当の欲求にした。
 最初は、頭でそれを大切だと理解していただけであった。

 もしあなたが何かを実現したいと望むなら、それの実現のための具体的な行動とそれを本当のあなたの欲求に変えるための努力と二つのことを同時にしなければ現実は動かない。
 これはきわめて重要なことだ。

 そしてもう一つ。
 物事には裏と表が同時に存在する。
 太陽には必ず月がある。
 昼と夜はセットでこの世には存在する。

 あなたの望む願望は、あなたがそれを成就したくない理由が同時に存在する。
 その隠れたマイナスの欲求を縮小させていかねばならない。
 意味わかるかな??

 この隠れたマイナスの欲求の理由を突き止め、コントロールし自分自身にGOのサインを出す。
 それから、本当の欲求に変えていき、同時に行動すると願いは実現していくというのが私の人生から得たいまのところの結論になっている。

 野球の選手になりたいと思って毎日努力する。
 しかし、なかなかレギュラーになれない。
 そこで、レギュラーになることが自分の心からの願いなのだと自分に納得させていく。
 でもレギュラーになれない。
 それは、レギュラーになりたくない、こころに隠れた欲求があるということ。
 それを見つけ、コントロールし、レギュラーになることにたいしてブレーキを外してあげねばならないということ。
 その人は、もしかしたら幼少期に対人恐怖症で人の目線集まる場所にいることに恐怖があったのかもしれない。あるいは、子どもの頃から、自分の親に目立つなと教え込まれてきたかもしれない。あるいは、子どもの頃に否定的な意見を言われたことがあるのかもしれない。何があるかはその人次第だが、そういうマイナスの元になっている原因を突き止め、解放してあげないと上手く行かないだろうということだ。

 たとえば、私。
 17年もミャンマーに関わっているのに全くミャンマー語が上手くならない。
 本当に悩みの種だ。
 その原因を、とうとう突き止めた。
 そしてこれからゆっくり解放する。
 3年後にはペラペラになっているつもり。
 
 乞う、ご期待。

 自分で上の理屈を証明してみたい。
 
 
by japanheart | 2012-05-28 08:50 | 医者の本音 | Comments(5)
さわがしいミャンマー現状

 ご存じの通り今、ミャンマーはかなり騒がしい。
 テレビだけでなく毎日商売を生業とする人々が、この国を訪れはげしく政府の役人や高官に会うために、あるいは調査等にやってくる。

 日本の政治家たちもミャンマー友好会なる組織を立ち上げたり、まあ、騒がしいこと、この上ない。

 この17年間、この国を内からも外からも見てきた人間として、まるでハイエナが死体に群がる光景を見せられているような気がする。
 日本だけじゃなく世界中がこの調子だから、どうしようもない。

 人々の暮らしもしばらくは大きく変わるだろう。貧富の差はますます激しくなる。ある程度社会が落ち着くまでに10年や20年はかかると思う。豊かになったその頃には、国民のための保険制度ができているかもしれない。


 最近、政治家や起業家をはじめ様々な分野の人たちと知り合うにつけ、やっぱり市井の人の感覚が一番、信用できるし、まともだなと思うようになっている。
 だけど、いつも犠牲になったりツケを払わされるのはこの真っ当な人たちなんだから、悲しくなる。
消費税の問題、一つとってもそうだろう、、、。

 昭和30年代の日本ような好景気のそして急成長をするミャンマーのど真ん中にいて、真っ当な生き方をしなければと改めて思った。

 その真っ当な生き方とは、市井の人により添う生き方であり、流行や廃りに沿って右往左往する生き方ではなく、自分が正しいと思うことをこつこつと良いときもそうでないときも愚直に続けていく生き方。

 私にとってどんな人生が望ましいのだろうか?

 どこかの政治家のように権力者になりお金お動かしたり、大きな仕組みを作ったりして、どんなもんだという風に世間に知らしめる生き方ではない。
 どんどんお金を儲けて、自分は大した人間で、贅沢な暮らしを当たり前にする生き方でもない。
 有名な企業家になり生涯、お金の心配をすることなく、やりたいようにやっていく生き方でもない。

 当たり前の市井人のように、毎日お金の心配を少し位しながら、世間の不合理に怒りながら、小さなことに幸せを感じる感性をもって、困った人がいたら迷わず助けてあげたいと思っているような普通の人間でありたい。

 ミャンマーにいて、今感じるのは、そんなこと。

 
 
by japanheart | 2012-05-22 01:57 | 医者の本音 | Comments(2)
日本人の残念なメンタリティー

 第二次世界大戦で負けた日本人たちにはどうしても超えないといけない壁がある。
 それはたとえば、合理性がないというメンタリティー。

 その考えの基では、精神主義がはびこり、刀や竹槍で飛行機を落とすのだという考えになってしまう。
 自らに足りない能力をどうしても精神力で乗り越えるということは、気持ち的にはよくわかるが、最後まで合理性を失わないことは大切なことだと思う。

 恐ろしいことに、気がつくと日本の組織というのは例に漏れず、この蟻地獄に落ち込んでゆく。

私の主催するジャパンハートも精神的にも肉体的にもタフな若者たちがやってくる故に、知らず知らず、そこにはまり込んでいたことに最近気づいたのだ。

 勇気を持って改めてゆく。

 たとえば日本人は精兵主義だといわれる。
 達人や名人に過度に評価を与える。
 だから何かをするときに、精兵主義に陥る。
 精兵主義に陥るとは、名人レベルの人たちでないとできないような作戦を立てたり、プログラムを組んだりしてしまいがちだ。
 しかし、本来は普通の一般人が達成できるレベルの作戦やプログラムを堅固に作り上げ、それを積み上げてゆくのが長い経過の中では最後には、有効であると歴史が証明している。

 私たちがやっているような活動もまた、私のような経験が長い医者ががんばるものではなくて、ごく普通の経験のものたちが集まっても成果を得ることができ、それを積み重ねていくことによって私が成した成果を大きく上回ってゆくそうなる方が、理にかなっていると思う。

 組織から精兵主義を極力排除し、今後取り組んでみたい。
 今までは、余りに精兵主義故に、後継者すら育たなかった気がする。

 もちろん、精兵主義が不必要なものではなく、もちろん大切なポイントでは登場させることに疑問はない。

 これからジャパンハートはしっかりと必要なものはお金でも資材でも使いながら、ある程度の経験があれば誰でもできるようなスキームを多く生み出し、世に役に立っていきたいと思っている。



 
by japanheart | 2012-04-23 00:51 | 医者の本音 | Comments(0)

感性一本で通す!

感性一本で通す!

 私が大好きな言葉は
          「感性一本で通す!」

 麻雀の天才、桜井章一のことば。
 正確には
      彼は、「男なら感性一本で通す」だが。

 私は、男も女も、感性一本で通せ!と思う。

この前の講演会でも言ったが、
 感性は、そのひとがそれまでの人生をかけて手に入れたすべてを一瞬で発露させたものだ。

 感性を大切にするというのは、すなわち自分の人生を大切にしている、ということ。
 自分の人生を信じているということ。

 信じるものは救われる。
 自分の人生を信じるものは救われていく。

 もしかしたらと、ふと思う。

 人生報われていない人たちは、感性を大切にしていない人たちじゃないか?
 理性が働く前の一瞬にしか、感性の言葉は聞こえない。
 一瞬を捕らえよ。

 一瞬の心の声を聞き、素直に従い、行動に移せ!

 それは、魔法の杖になる。

 「感性一本で通す!」
by japanheart | 2012-03-25 22:43 | 医者の本音 | Comments(2)
こうやって歴史は刻まれる

 震災から1年が経った。多くに人が、現場から去り、被災地も徐々に回復し始める。
 建設業界は、活気づき震災バブルが続く。
 漁業が破壊され、未だに復帰できない人も多い。
 仮設住宅の中で、寂しく生きている人たちも、そのままになっている。
 家族を失った人たちの悲しみは多分、私たちの考えているよりずっと生き残った人たちを、釘づけていくことだろう。

 そんなことは”いのちの現場”で何度も目撃してきた人間ならばよく理解できる。
 しかし、こんなに一度に、その光景を見せつけられると、なんと声かけをして良いのかもわからない。
 
 60数年前、東京大空襲ではアメリカの無差別爆撃で10万人が一夜にして亡くなった。
 あの時の人たちは、どうやってそれを耐えたのだろうか?
 広島の、長崎の原爆も同じだった。
 あのあと人々は、どうやって悲しみを癒し、自分たちを元気づけ、生きてこれたのだろう?

 こんなことを考えるたびに、たった”ひとつのいのち”の大切さを噛みしめる。
 2万人、10万人、その数はもはや私の中では数値ではない。

 何人の人間を助けてきましたかと、聞かれることがよくある。
 「何万人救いました!」というと聞こえは良いかもしれないが、それでは私のやってきた医療は、ぼやけてしまう。
 何人の人を助けましたか?
 何人の子どもたちを助けましたか?

 そう聞かれれば、私の本音は多分、以下のようになると思う。

 「いつもがんばって、目の前いる”たったひとりのこども”を助けようとしてきました。そして、ひとり、またひとりと助けてきました。」

 

 今回亡くなったひとたちも2万分の1人りではなく、誰かにとってのかけがえのない”たったひとり”だから尊いのだ。
 言葉はいらない。
 変な慰めは、かえってこころをかき乱す。
 
 多くの人は大切な人を亡くした家族のそばに寄りそう医師や看護師のように、静かに寄り添おうではないか。
 多分それだけで良いような気がする。
by japanheart | 2012-03-12 01:22 | 医者の本音 | Comments(2)